12 為すべきこと
精霊のミミと知り合ったことで孤独だった世界に安らぎを得ることが出来た。
初めてできた繋がり。
自分でも驚くほど彼女に心を開いていた。
まだ出会ってほんの少ししか経っていない。
今までの自分では考えられないことだ。
それほどまでに自分は孤独に恐れ、そして人の温もりを欲していたのだろう。
それらを得ることが出来た今、心に余裕が生まれてきた。
そして得られたものはそれだけではなかった。
この世界の理についても話を聞くことが出来たのだ。
「それじゃあ、この世界にはやっぱり魔法とかそういった不思議な力が存在するんだ。」
「別に不思議な力ってわけじゃないけど、別世界から来たあなたからしたら確かにそうかもしれないわね。」
自分の頭の上で寝っ転がりながら足をパタパタと動かしている。此処が定位置として気に入ったらしい。
「まぁ魔法といってもその術式は様々ね。己の魔力を媒介にして術を構築するやり方もあるし大地や大気のエネルギーを媒介にして術を構築するやり方もあるわね。あなたの場合だと前者になるのかしら?」
頭をペチペチと叩きながら聞いてくる。
「どうだろう。前の世界では魔法なんてものは存在していなかったし、そもそもこのゲームの能力は魔法とは違う気がするんだよ。」
そういいながらステータス画面を映し出す。
今の所これらの機能を行使して魔力を消費したりするような感覚はない。魔法とは別の能力だと考えられるだろう。もしかしたらスキルとかそういった別枠の能力なのかもしれない。
「魔法といえば、ミミは魔法を使えるの?」
「そりゃ精霊なんだからもちろん使えるわよ。まぁ正確に言えば魔法ではなくて精霊術ね。私達精霊ってまぁ言ってみれば自然そのものが意志を持ったようなものだから、その自然を操る感じね。」
頭の上で寝っ転がっているミミが手を前に突き出し指を指揮棒を操るように動かす。すると近くに落ちていた小石がフワフワと浮かび上がりこちらに近づいて来た。手を前に出すとその手の上にストンと石が落とされる。
「おぉ…!すごっ。こんなことも出来るのか。」
「まあね。もっと大きな物も動かすことが出来るわよ。でもあんまり力を使いすぎるとお腹が減っちゃうんだよねー。」
ペチペチ
頭を叩く音がリズミカルに聞こえる。
「お腹がへっちゃうんだよねー。」
ペチペチペチペチ
どんどんテンポが早くなっていく
「お腹が減っちゃうんだよねー。」
「いや、さっき食べたばっかじゃん。すぐにはあげないよ?」
「えーー?!」
ペチペチからドンドンと叩く力が変化していく。
「なんでよっ!いいじゃないー。精霊術見せてあげたでしょー。ねぇーえーー。食べたぁーーいぃーー。」
「だめだよ。数に限りがあるんだから、そんなにほいほい食べちゃったらすぐ無くなるから。」
「え?!だってあなたの能力で出せるんでしょ!?」
「出せるけど、一日一個しか補充出来ないんだよ。」
これまでの検証で判明した事をミミに説明していく。
「なによそれ!それじゃお腹いっぱい食べられないじゃない!むーー!ケチくさい能力ね。無限に出しなさいよ!」
そんなこと言われてもこれはゲームの仕様を引き継いだだけなので自分にはどうしようもない。
「まぁ、そうは言っても出せないんじゃ仕方がないわね。1日一個しか出せないって事だし、半分で許してあげる」
「えっ?」
身体の大きさから考えてどう見ても半分はフェアではない気がするのだが…。
ミミは足をパタパタとさせながら鼻歌まじりで寝っ転がっている。
とても言い出せる雰囲気ではない…。
仕方がないのでその条件を飲むしか無かった。
レーションの回復効果もあるので半分で餓死するということはないと思うが、もしそれでもキツそうだったらその時に改めて交渉してみよう。
「ところでさ」
鼻歌交じりで上機嫌だったミミが尋ねるように話しかけてきた。
「あなた此処に戻ってきた時ものすごーい暗い顔してたけど、何か会ったの?」
ミミに尋ねられたことであの惨劇を思い出してしまい思わず呻き声が漏れてしまった。
ミミと出会えたことで気持ち的にはだいぶ持ち直したが、状況的には何も変わっていない。自分はこの世界のことをまだ何も知らないのだ。
「あのさ、ミミに教えて欲しい事があるんだけど」
「何?」
「この世界ではさ、俺みたいな見た目の人種、亜人とかって討伐対象なの?」
「はぁ!?」
ミミが素っ頓狂な声をあげる。思わず頭からずり落ちるほどだ。
「何、いきなりどうしたの?」
頭をよじ登って定位置に戻って座り直した後、何故そんなこと思ったのか理由を聞いてくる。
なので先日目撃した出来事をミミに話し始める。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…なるほど、そんな事が起きていたのね。」
ミミは苦い顔をしながら事の顛末を聞いていた。不快感を隠そうともせず、口を開く。
「相変わらずくだらないことをしているわね…。」
頭の上からフワリと浮かび上がり顔の前まで移動してくる。
「あなたが言ってた事だけど…。残念だけどそういう事も起っているわ。とはいってもごく一部だけだとは思うけどね。」
「ごく一部?」
「そう。あなたの元居た世界のことは知らないけど、この世界では基本時に特定の種族だげが迫害されるといったことは無いわ。もちろん種族間での争いが全く無いというわけではなくて種族によっては仲が悪かったりすることもある。けどそれはそのお互いの種族が険悪ってだけで他の種族は普通よ。ただね、逆にある特定の種族がその他の種族全体を嫌っているという事は、残念だけど存在するわ。」
そう言われた時に、ミミが言わんとしていることを理解した。いや、理解出来てしまった。
「それが…」
「そう、あなたが目撃した通り。人間族の人たちよ。」
元いた世界…地球では種族と呼べるものは人間だけであった。でもその人間はその小さなカテゴリーの中でも差別や迫害が蔓延していた。選民意識により他の人種を見下したり、また宗教によっても対立が激しかった。挙句の果てには同じ国、同じ人種にも関わらず住む地域が違うというだけで差別なんてことも珍しくなかった。
肌の色、見た目、性別、大きな違いから小さな違いまで、ありとあらゆる違いを見つけては優越感にひたり相手を蔑み迫害していった。
同じ人類でありながらこのような出来事が起きていたのだ。ではこのあらゆる種族が存在するこの異世界ではどうなのか。少し考えれば判ることなのかもしれない。だから無意識のうちに考えないようにしていたのかもしれない。
今の自分は見た目が人間ではない…。
迫害されるかもしれない…。
その恐怖から、目を背けていたのかもしれない。
思いつめた顔をしていたのだろう、もしかしたら絶望したような表情だったのかもしれない。
そんな自分にミミは軽い感じで話を続けた。
「でもまぁ、そんな思いつめなくてもいいんじゃない?確かにあなたが目撃したのは悲惨な出来事だったのかもしれない。なら無理に関わらなければいいのよ。」
「…でもこの世界で生きていくのに、まったく人間と関わらないって無理じゃ…。そりゃこうやって一生を洞窟で暮らすんだったら可能なのかもしれないけどさ…。」
「…はぁー、あなた本当に何も…って別の世界の人なんだし、仕方ないか。それにしても、本当あなたの世界とこっちの世界は全然様子が違うみたいね。」
そうなのだろうか…。確かに多岐にわたる種族は地球とは全く違うだろう。だがその性質は同じように思える。地球だろうが異世界だろうが人間の業の深さは変わらないのかもしれない。
「そもそも人間族なんて、種族全体の割合でいえば極一部、百分の一にも満たないわよ。だからわざわざこっちから会いに行かない限りあなたが迫害されるなんてことは無いわ」
続くミミの話に耳を傾けていたが、一瞬何を言ってるのか分からなかった。
「…極一部?」
「そりゃそうよ。こんだけ沢山の種族がいるのに人間だけが繁栄するとかありえないでしょ。それでなくってもああいった性質なんだし、多種族との共存なんて難しいわよ。だから彼ら人間族は人間族だけの領地で生活しているからむしろ他種族よりも数は少ないわ。まぁ、人間族全部が排外主義って訳でもなくて一部の人間族なんかは他種族との交流もあるみたいだけど、それでも人間族全体のニ、三割り程度じゃないかしら。」
教えられた事実に驚きを隠せないでいた。しかし、これらの事実もよくよく考えると判ることなのかもしれない。
何故人間だけが栄えていると思ったのか。
自分が人間だからだ。いや、元・人間と言い換えたほうが正確だろう。
当たり前のことなのかもしれない。元の世界は人間しか居なかったのだから。
だがここは異世界だ。多種多様な種族が存在している。人間はそのなかの一つの種族でしかないのだ。人間が一番だという考えは驕りでしか無い。
「本当、元いた世界とは全然違うんだな…。」
これからも価値観の違いで苦労していくのかもしれない。しかし、それでもこの世界で生きていくしか無い。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「それにしても…この近くに人間族の縄張りは無かったはずだけど、その人達はどこから来たのかしら。」
この世界について色々と考えていた時、ミミが疑問に思っていたことを口にした。
「この近くには人の、いや人間族の街って無いの?」
「無かったはずよ。そこまで正確に把握しているわけではないから断言は出来ないけど、小さな村や集落ならともかくあなたが見たような統一された鎧を纏っているような集団は見たことがないわね。」
自分が見た人間族はその多くが同じような鎧を身に着けていた。なので盗賊や野党ということはまず考えられないだろう。鎧に関してはまったく知識は無く素人といっていいだろうが、その素人が見ての彼らの鎧はどう見ても安物には見えなかった。あれだけ人数がいたのだからその鎧数も相当であろう。それらを一式揃えるとなるとかなりの資金力だ。
そんな大層なものを身に着けた集団がたまたまフラッとあの村に立ち寄るなどまず考えられないだろう。大部隊が移動するとそれだけで金がかかるのだ。おそらく何かしらの目的があってあの村にいたのだ。
「その襲われた村ってどこら辺にあったの?」
「えっと、確か…」
メニュー画面を開き全体マップを確認する。
探索するにあたってマッピングはとても重要なことなので、主要箇所には分かりやすい用マーカーやメモなどを書き起こしている。もちろんこの洞窟も拠点としてマークしてるので、迷わないで探索が行えている。
全体マップで村のおおよその位置を確認し、その位置をミミにも伝える。
「この部分、ここが俺とミミがいるこの洞窟で、そっから川まで行ったらその川を下流に向かって四日ほど歩いたところに偶然焚き木の跡を見つけて、そっから森の中に向かって二時間ぐらい歩いたところ、ここがその村だよ。」
そう言ってマップの村の位置をトントンと指す。
「なるほど、洞窟から結構離れた場所まで移動していたのね。」
ミミは自分の頭の上から肩に移動して腰掛ける様にして座り画面を確認している。
「でも、それでもやっぱりその村の近くには人間の街は無かったと思うけれど。もしかしたらかなり遠くから来たのかも。」
「かなり遠くって、どれぐらい?」
「さすがにそこまでは知らないわよ。ただそうね…。」
肩からふわりと宙に浮かびマップ画面の前まで移動する。
「確か、この川の向こう側、そのずーーっと先に人間族の国があったような気がするわ。でも本当に遠くでそんな簡単に行き来できるよううな距離じゃないと思うわよ。」
「そんな遠くから。いったい何が目的でそんな遠くまで来たんだろう。」
「そんなの私が知る訳ないじゃない。」
ミミからしたら人間族はそこまで積極的に関わりたい種族というわけではないし、どこに人間族が住んでいるかなども興味ないのだろう。
「例えばだけど、人間族が自らの領土拡大を狙ったとか、それであの村が邪魔になったとかそういった理由で村を攻め滅ぼしたのかな。」
「どうかしらね。私は人間族の考えとかよくわからないけど、人間族はそんな簡単に攻めてきたりとか戦争とかするのかしら。」
もし元の世界の人間と同じであるならば領土問題は常に付きまとっていると考えてもあながち間違いではないのかもしれない。
しかし、それでも…。
それでもそんなにも簡単に村の住人を虐殺してしまえるのだろうか…。
そこである考えが頭をよぎる。
もしそんな簡単に虐殺を行えるのだとしたら、はたしてあの村だけで終わるのだろうか…。
「ねぇ、ミミに聞きたいんだけど、この村の近くに別の村とかってあるのかな。」
「別の村?」
「ああ。もしあるのだとしたら、もしかしてその村も襲われてるのかも…。」
ミミが険しい表情を作る。さらなる虐殺が行われている可能性があるのかもしれないと。
「そうね…、あまり遠くだとそこまで詳しくはないんだけど。確かこっちの方に小さな集落があったような気がする。その近くで人影を見たことがあるもの。」
ミミそう言うと、虐殺された村からこの洞窟に向かう間あたりを指差す。
「あなたがこの洞窟から4日であの村まで移動できたのであれば、そうね、おおよそ2日と半日のぐらいってところかしら。」
ミミが指差した辺りを確認する。そこはまだ探索したことがないのでMAPには何も表示されていない空白地帯だ。そこから村を探すのは簡単ではないだろう。
しかし、もしかしたら危険が迫っているのかもしれない。それを知っているのにただ手をこまねいていてもいいのだろうか。
もし虐殺が行われていたら…。
まだ惨劇が行われていないのであれば、危険を知らせるべきではないのだろうか。
あの惨劇を目撃してからずっと心に残っていた感情。
自分は何もすることが出来なかった。
ただ逃げ出しただけだ。
本当に何も出来なかったのか?
もしかしたら自分にも何か出来ることがあったのかもしれない。
もしかしたら、救える命もあったのかもしれない。
ただ逃げるだけではなく、身を隠し、様子を見て、それで幾人かは助けられたのかもしれない。
選択肢は一つだけではなかった。
でも自分は逃げるだけだった。
もしこれが叔父だったらどうだろう。
叔父は警察官だった。
けっして弱者を見捨てたりはしなかっただろう。
そのことがずっと心の奥深くにくすぶっていた。
でもそれを見て見ぬ振りをしていた。
しかたがない。
ああするしかなかった。
ではこのままでいいのか?
確かにあの時は逃げ出してしまった。
だけど、今はどうだ。
危険が迫っている村があるのかもしれない。
それをだまって見過ごすのか。
もしこれを見捨てたら自分は…
「…その村に知らせに行くの?」
「…」
怖いか怖くないかでいえば怖いに決まっている。
もしかしたら自分も殺されてしまうかもしれない。
それでも……
「…その方が、助かる人がいるのかもしれない。」
「確かにそうね。」
フワリと宙を漂いながら自分の目線の高さにまで飛んでくる。
「別に人の生き死ににあれこれ言うつもりはないけど、死ななくていい命をわざわざ見捨てる必要もないわね。」
そう言うとミミは手を伸ばし自分の鼻を指て突くようにしてコチラの顔を見据える。
「でも私は精霊でその住人には見えないんだから、あなたが頑張ってどうにかしなさいよ。」
「付いて来てくれるの?」
「ま、此処に居ても暇なだけだしね。」
そのまま自分の頭の上まで飛んでいき馴染みになりつつある定位置にちょこんと座ってくる。
「さて、そうと決まればさっさと行きましょう!」
「…ありがとう」
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