11 小さな友人
「あなた、私が見えるの?!」
目の前のそれがそう話しかけてきた。
こっちを確認するかのように右へ左へとふわふわと移動し、そしてまた目前まで戻ってくる。その動きを目で追っていると、それは驚いたような表情をして口を開く。
「うわっ、うっわー。本当に見えてるよこれ。えっ何、何で見えるのあなた。」
そういって心底驚いたような仕草をパタパタと手足を振りまきながら語りかけてくる。
これはいったい何なんだ?
手のひらに収まるぐらいのサイズ、およそ20センチぐらいだろうか。それは明確な意志をもってこちらに話しかけてくる。
その容姿は人間をそのまま小さくしたような姿形をしている。年齢的に12~3歳ぐらいだろうかとても幼く見える。肩まであるアイスグリーンの髪がとても印象的で、その可愛らしい顔によく似合っていた。これが普通の人ならば美少女といっても差し支えないだろう。しかし目の前にいるのは明らかに人の大きさではない。
「ねぇ、もしもーし。あなた私のこと見えるんでしょ?もしかして私の声聞こえてる?」
なおも喋りかけてくる。
目の前の存在に驚きながらもそれについて考える。
これはもしかして、ファンタジー物の作品でよく登場する妖精だかの類だろうか。
確かによく見るとそれらにとても似ているような気がする。
「ちょっと!無視しないでよ!ってかさ、あなたさっき私の名前呼んだよね!?何で?どうして私の名前知ってるの!ねー、応えてよー!!」
こちらが驚いているのをよそに一方的にまくしたてるように話かけてくる。
「もー、じれったいわね!何か応えなさいよ! そうだ、ちょっとあなた。手出しなさいよ手!ほら手を前に持ってきて」
腰に手を当てて仁王立ちするかのようなポーズでそう言い放ってくる。宙に浮いているのでそれが仁王立ちになるかどうかは分からないが。
思考が定まらないが、とりあえず言われるがままに手を目の前に持ってく。
「…うぁー、本当にこっちが何喋ってるかわかるんだ…。うわー…。」
何故か若干引き気味にそう応えると、それはちょんと手の上に乗っかってきた。そして女の子座りをしながらこちらを見上げるようにして顔を見つめてくる。
「えっと、あの、その…。君は何者なの? もしかして、妖精とかそういう類の存在?」
「はぁ?妖精??ちょっとふざけないでよ!なんで私が妖精なのよ!私はね、歴とした精霊よ!せ・い・れ・い!一緒にしないでちょうだい。」
そう言ってプンスカと怒りながらこちらを睨んでくる。とはいえこの小さな容姿も相まってあまり怖くはみえないのだが。
「精霊っていうと、あの大地の精霊だとか水の精霊だとか自然に宿るっていうあの?」
「あら、よく知ってるじゃない。そっ、私はその精霊」
そういうとまたもや腰に手を当てて自慢気に言ってきた。ドヤ顔でこちらを見つめてくるがそう言われてもどう反応すれば良いのか。
「何よその反応。もっと敬いなさいよ。っていうか、あなた私の名前呼んだわよね。なんで私の名前知ってるの!ねぇ、なんで!?」
「なんでって言われても…」
ステータス画面を見ました。なんていっても意味不明でおそらく理解出来ないだろう。実際自分でもよくわからないのだから。
どう説明すれば良いのか分からず黙っていると、それを訝しむような目つきで彼女がこちらを伺っている。
「…はっ?!あなたもしかして… 私の事狙ってたんでしょ!!」
身体を抱きしめこちらに背を向けるようにして後ろを向きジト目で睨んでくる。
「…ヘンタイ」
「…え? あ、いや、その…」
なおもこちらを睨んでくるその視線にどうしてよいのか対応に困っているとふいにその視線が和らいだ。
「なんてね、冗談よ冗談。もー何本気にしてるのよ。」
けらけらと笑いながらフワリと宙に浮かぶと、スゥっと顔の高さまで上がってきてこちらの瞳を覗き込む。
「でも私の名前を知ってる理由を知りたいのは冗談じゃなくて本当よ。ねぇ、なんで?」
こちらをじっと見つめて聞いてくる。
その瞳にはおふざけや冗談といった感情は見て取れず、真剣そのものだった。
その瞳に見つめられると全てを見透かされるような気分になってくる。心を覗かれているかのようにさえ思えてくる。
そんな瞳に抗うことが出来ずに、これまでに至った経緯を話し始める。
転移なんでバカバカしいとは自分でも思いつつも、それでも話は止まらなかった。
・
・
・
「ふーん。そのゲーム?っていうの、がそのままこの世界に来ちゃったと。それでアイテムや銃って武器?を取り出すことが出来て、そのステータスってので私の名前を知ることができたと。」
「とんでもないこと言ってるとは思うんだけどさ、実際その通りだから仕方がないというか。自分でも何変なこと言ってるんだって思うよ。信じられないかもしれないけど」
「確かにトンデモな話よね。こんな話見たことも聞いたこともないわ。一番近い話としては召喚の儀とかに似ているかもしれないけど、それともちょっと違うみたいだし。」
思考するかのように精霊…ミミは、自分の考えを語っていった。
「でもそのゲームってのはちょっと私も聞いたこと無いし。んー、ダメね。全然理解出来ないわ。というか私でなくてもこんな荒唐無稽な話理解でいないんじゃないかしら。」
確かにこの世界の住人からしたらコンピューターゲームなんて理解するのは難しいだろう。そのゲームからさらに転移など、現代人ですら混乱するというものだ。
「まっ、よくわかんないものは仕方がないにしても。とりあえずはそのステータスってやつのお陰で私のこと見えるようになったってことでしょ。そのステータスっての見せてみてよ。」
「え?」
「えって何よ。そんな珍しいもの気になるじゃない!いいじゃない別に。減るものじゃないんでしょ?」
ミミは興味津々といった様子でこちらに催促してくる。確かにゲームのメニュー画面なんてこの世界の住人からしたら未知の存在で好奇心をそそられるのだろう。
しかしこの画面、当たり前のことなのだがゲームではプレイヤーが自分で操作確認するもので、他の者に見せるといった機能は存在していなかった。
なので出したところで、他人に見せる事が出来るのだろうか。
「えっと、とりあえずは出してみるけど、他の人に見えるかどうか分からないよ。ゲームではそういう仕様じゃなかったし。」
「そうなの?でもまぁ物は試しにって言うでしょ。ささっ!」
随分とノリノリな精霊である。
ミミの要望通りにステータス画面を映し出す。
「これなんだけど、この画面みたいなの見える?」
画面が見やすいように移動するとミミが顔の近くに寄ってきて覗き込むように手元に目線を向ける。
「むむむっ!」
「えっ見えるの?」
この反応からするとどうやらミミには画面が見えているようだ。ということは自分以外の存在にもステータス画面が写って見えるというのだろうか。
これはゲームとは異なる仕様なのかと考えているとミミがこちらに話しかけてきた。
「これがあなたの言うステータス画面っていうのね。随分と面白い能力ねこれ。なかなか興味深いわ。ふむふむ、ほー、へぇーー。」
唸るようにして画面を食い入るようにして凝視する。
暫く唸っていると、ふと何かを思い出したかのようにこちらに向き直ってくる。
「ねえねえ!私の名前ってどこに表示されてたの?」
ミミにそう言われ名前が表記されているところを彼女に伝えようとすると、あることに気が付いた。
「あれ?これって…」
「え、どうしたの。」
「いや、ここの所に君の名前が表記されているんだけど…」
そう言って彼女の名前のところを指差す。
「へぇーここに私の名前が映ってるんだー。」
彼女は興味深そうに自分の名前のところを注目している。そこには彼女の名前が確かに表示されているのだが、映っているのはそれだけではなかった。
「…チャット機能が動いている。」
ゲーム内では特定の個人と一対一でチャットをする機能が備わっており、それにより第三者に見られること無く会話をするという事が出来ていたのだが、今ミミの名前のところを確認するとその個人チャットが機能していたのだ。
「どういう事だ…」
「どういう事ってどういう事?」
首を貸して疑問を頭に浮かべている彼女に、ゲーム内でのチャットについて簡単に説明をする。
「なるほど。あっ!だからかー。ちょっと不思議に思っていたんだけど、納得したわ。」
「え?」
その言葉に思わず反応してしまった。彼女は何が判ったのだろう。
「えっとね。そのチャットてやつなんだけど、相手と意思疎通できるって能力なのよね?」
「能力っていうか機能なんだけど、まぁ簡単に言うとそういう事かな。」
「つまりね。私とあなたは言葉で会話しているんじゃなくって、直接お互いの意識を共有するみたいに意志疎通しているのよ。そもそもあなた達に私たち精霊の言葉は理解できないし聞くことも出来ない。シャーマンとかの一部の術士とかが心を通わすことによって意志を大まかに感じ取ることが出来るって感じなんだけど。今回あなたはこのチャットっていうので私と繋がることができたのよ。つまり心を通わすっての同じ事ね。だから私の考えを感じ取ることが出来るようになったんだと思うわよ。あなたに名前を呼ばれた時に何かが繋がったような感覚を覚えたんだけど、きっとこのチャットのせいね。」
ゲームではチャットで互いに話せるようになったが、この世界ではそれが意識そのものとして繋がるというのだろうか。
「その証拠って訳ではないけど、この画面に映し出されている文字なんだけど、これあなたの世界の文字よね。私はこの文字を読むことが出来ないけどなんとなく意味を汲み取る事が出来るのよ。」
彼女はステータス画面を指差しながらそう応える。
彼女の説明になるほどと納得する。確かに意識そのもののやり取りなのであれば文字や言語などは異なっていても関係ないのだろう。
そう考えていた時、ふとあることに疑問が生じた。
あなたの世界の文字。
彼女のその言葉にに思わず息を呑む。
当然のことだがここは日本ではないので、文字だって異なるだろう。
そうなると当然言葉も違うということだ。
今彼女とは普通に会話をすることが出来ているが、これはチャット機能のお陰らしい。
では普通の人との会話はどうなるのか。
果たして言葉が通じるのだろうか。
「ねえねえ」
気がつくと彼女がこちらに何か話しかけて来ていた。
どうやら暫くの間熟考していて黙り込んでしまっていたようだ。
「えーと、何かな」
「あれってさ!あなたがそのゲームの能力で出したやつだよね?」
そういうとフワフワと飛びながら離れてった。
どこに行くのかと思っていると、飛んで行った先にレーションが落ちていた。
先程まで自分が食べていた物だ。
「これ、あなたがいつも此処で食べていたものよね。」
「そうだけど…、何でいつも食べてたって知ってるの?」
「実はちょっと前からここであなたが食べてるの見てたのよね。」
話を聞くと、どうやら自分がこの洞窟を拠点として活動してた時に偶然見かけて、その時に物珍しい物を食べていたから興味を持ち観察していたらしい。
「それでね、ずっと気になってたのよね。見たこと無い食べ物だしさ。だからね、これもう食べないんだったら私にちょうだい!」
そう言いながらレーションの周りを飛び廻っている。確かにレーションは元の世界の物でこっちの住人からしたら物珍しいのかもしれない。
別にあげても良いのだが今彼女の下にあるのは食べかけであり、流石にそれを渡すのはどうかと思うので新しいレーションをストックから取り出すことにした。
「それ、食べかけだからこっちの新しいのあげるよ。」
手渡ししようとして、包装されたままだと彼女では開けにくいと思い中身を取り出し彼女に差し出す。
「おおー!ありがとうー!」
差し出されたレーションに抱きつくようにして、そのままかぶりついてきた。
レーションを頬張る姿は、彼女の大きさも相まってなかなかシュールな絵面だ。大きさ的には抱き枕に抱きついている感じだろうか。
「もぐもぐ」
そんな音が出ているかのようにレーションを頬張るその姿はどこか小動物に似ている。口いっぱいに頬を膨らませるその様子はハムスターのそれにそっくりだ。
「ぷはーっ!これ美味しいわね!今まで味わったことがない味だわ。心なしか身体も喜んでいるわ!力が漲ってきたーーー!」
いや、そこまで絶賛するような味ではないと思うけど…。
それに何だか無駄に元気になっているような気がする。
だがよくよく考えてみると彼女が普段口にするものは花の蜜や果実といった自然になっているもので調理されていないシンプルなものだ。なのでいくつもの味が混ざているレーションは美味しく感じるのかもしれない。
それにもしかしたらレーションの体力回復効果も相まっているのかもしれない。
「あなたこんなに美味しいもの普段からお腹いっぱい食べているなんてずるいわよ!」
「いや、お腹いっぱいって…。これ一つじゃ腹なんて満たされないから」
彼女からしたらレーション一つが身体と同じぐらいの大きさだからお腹いっぱいになるのかもしれないが、自分としてはとてもじゃないが満腹にはほど遠い。
気が付くと彼女はレーションをまるまる一つ完食していた。そのせいでおなかがぽっこり膨らんでいた。この小さい身体によくあの大きさのレーションが入ったものだと感心してしまう。
「満腹まんぷく。いやーこんなにおなかが満たされたの久しぶりだわー。」
膨らんだお腹を擦りながら満足したような顔をしている。
その幸せそうな表情に思わず笑みが溢れる。
「満足してくれたようで何よりだよ」
知らず識らずのうちにかなり気持ちが落ち着いていることに気が付いた。
彼女と出会ったことで張り詰めていた精神がゆっくりと解けて行くかのようだ。
数日前の出来事で荒んでいた精神が幾分和らいでいた。
あの惨劇は自分に耐え難い不安と恐怖を身体に刻み込んでいた。
それでなくても異世界転移をいうふざけた出来事で参っていた所であの惨劇だ。
精神が参ってしまうのも仕方がない。
それが彼女という存在のお陰でだいぶ落ち着いていた。
こうして彼女と話せたのはある種奇跡なのかもしれない。
人と話すこと自体がかなり久しぶりだ。
会話に飢えていたんだと思う。
彼女の何気ない行動や言葉のどれ一つとっても微笑ましく思える。
「あのさ」
「ケプ、あらっごめんなさい。 それで、何かしら。」
お腹を擦りながらコチラに向き直りフワフワと近寄ってくる。
「あの、それでさ…」
歯切れが悪い。それも仕方がないと思う。せっかくこうして彼女と知り合えたのに、もしまた一人になってしまうと考えるとどうしても怖くなってしまう。
それでも、言わないわけにはいかない。
「もしよかったら、これからも話し相手になってくれないかな。勿論強制するつもりはないよ。嫌だったら断ってくれても問題ないし。それでもさ、その…」
もし断られたらと思うと絶望感から身体が震えてしまう。
またあの孤独と一人で向き合わなければならないのだ。
「あら、そんなこと?別にいいわよ」
そんな自分の思惑をよそに彼女はあっけらかんと言ってのけた。
「そんな簡単に応えていいの?」
「ただ話し相手になるだけでしょ。別に縛り付けたり無理やり従わせようって訳でもないみたいだし構わないわよ。それに私たち精霊って結構好奇心旺盛なのよね。あたたと一緒だと色々楽しめそうだしね。それに…」
そういって彼女はその膨らんだお腹をポンッっと叩いた。
「美味しい物お腹いっぱい食べさせてくれるんでしょ。」
満面の笑みでそう言ってくる。
レーション一つで彼女と繋がっていられるのであれば安いものだ。
ストックに限りがあるし補充も1日一つと決して多くはない。そもそれは自分が食べるのを少し減らすだけで間に合わせられる。空腹はあるが孤独なんかよりずっといい。
「ありがとうミミ。そんなんでよけでば、是非提供させてもらうよ。これからよろしくね。」
「こちらこそよろしく、って。そういえばまだあなたの名前を教えてもらってないわね。」
彼女の名前はステータスで確認したのでお互い自己紹介をまだしていなかった。
「そういえばそうだった。んじゃ、改めまして。俺の名前は篠崎瞬、気軽にシュンって呼んでよ」
「シノザキシュン?あんま聞き慣れない名前ね。って別の世界から来たんだからそれもそうか。んじゃ次は私ね。私の名前はミミ。よろしくねシュン」
そういって彼女はフワフワと飛んできて自分の頭の上にヒョイと飛び乗ってきた。
この世界に来て初めて友人が出来た。
今回にきてやっと異世界でのヒロインが登場です!
彼女との異世界の旅をこれから見守ってやってください。!
ここまで読んで頂きありがとうございました。
もしよろしければお気に入りやブックマークなどをして頂けますと大変嬉しく思います。
ご感想なども頂けますと作者のモチベーションが上がり、更新頻度にも表れます!
何卒よろしくお願いいたします!
それではまたお会いできることを楽しみにしています!