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まもるもの  作者: ろこ
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短編「真実と事実」の影視点となります。

先にそちらをお読みいただけますと幸いです。

王子 1

R15は保険です。

明るいお話ではありませんのでご注意ください。

設定等は相変わらず甘いです。雰囲気を楽しんでいただければ幸いです。

 拍子抜けするほど、平凡な能力の子供だった。過ぎる程に整った容姿は別として、よく転ぶし、言い間違いもなかなか直せないし、里で面倒を見させられた幼子たちと変わりない。刺激が少ないのか、ぼんやりしていることもよくあって、ひょっとすると後輩たちよりも発達は遅いかもしれない。私が初めて影としてついた相手は、二歳間近の王子だった。


 相手が幼児なものだから、任務も警護というより子守に近い。何故か乳母や女官が外している時にばかり王子は世話が焼けて、寝台から転がり落ちかけた体の下に布団を放ったり、走り出してぶつかる前に椅子を退けたりと別の意味で気が抜けない。稀に刺客と応戦することもあったが、大半は平穏であったから僅かばかり緊張感を欠いたまま私は王子の傍にあり続けた。


 緩やかな月日の流れに変化が齎されたのは、王子が二度目の生誕の儀を終えた翌日のことだ。侍従と守役として二人の青年が側付きに加わり、王子の生活は細かく時間を区切られた。


 起床後に典医の診察を受けて、身なりを整えてから守役に体術を学び、再び着替えて朝食。午前中の講義は日替わりで、母国語と友好国語の読み書き、算術、一般教養、建国史を巡り、昼食を挟んで午後は帝王学の後にマナー。お茶から夕食の間は馬術かダンスで、入浴から就寝の間が自由時間だ。


 王子は器用な質ではなかったから、いずれも習得に手古摺り、毎日自由時間を復習に充てていた。影として生きるために自分も大概無茶な育てられ方をしたが、王族はそれ以上だ。しかも大半が生死に直結しないものばかりで、幼児のうちからそれらを詰め込まなければならないことに私は驚嘆した。




 王子は五度目の生誕の儀を控えていた。本人の不器用さも愚直さも相変わらずだったが、周囲の態度に変化が見られた。同じ正妃腹で一歳違いの王女は何でもそつなくこなすと評判があがり、然して比べられた王子は愚鈍と謗られるようになったのだ。


 得てして幼い頃は女の方が器用なものだ。目端が利くし、自分に何が望まれているのか推察するのに長けている。長じれば男女の性質の違いが露わになり、比べることは意味がないと知れるだろうが、当人にとっては心穏やかならぬ事態だろう。果たして私が危惧したとおり、王子は荒れた。


「もう無理だ。ウェスタとはちがって、私は凡人だ。同じようにはできない、私は無能なんだ!

 もういいだろう、放って置いてくれ!」


 マナー講師からの度重なる嫌味に、王子の我慢は限界を超えたのだろう。足音荒く自室に戻るなり、王子は寝椅子のクッションを壁に投げつけ、そのまま座面に突っ伏した。後を追ってきた侍従は床に落ちたそれを拾いあげ、自分より遥かに幼い主人の前に膝をつく。


「ご自分でそう思われるならば、より一層お励みください。

 殿下はこの国の王子でいらっしゃる。臣民を導き、国を支える為、学ばれているのです。投げ出すことは許されません」


「私だって、好きで王子に生まれたのではない!」


 勢いよくあげられた王子の顔は、悲痛に歪んでいた。涙が零れていないことに、私は王子の矜恃の高さを知った。


「王家にお生まれになったのは確かに殿下の所為ではございません。あるとすれば、神の御意思でしょう。

 殿下も私共も人にしか過ぎず、過去に遡って殿下のお生まれを王家でないものにすることは誰にもできません」


「でも、私は王子として相応しくないのだろう?愚鈍だと、皆が蔑すんでいるではないか!」

 

 差し出されたクッションを掴み、王子は再び壁に投げつける。力なく垂れた手を取り、侍従は王子に視線を合わせた。


「殿下は確かに器用な質ではいらっしゃらないかもしれませんが、真面目で勤勉でいらっしゃる。わからないことをそのままにせず、時間をかけて丹念に学び直し、確実に習得されてきたではありませんか。

 陛下のようにあろうと、殿下が努力し続けてきたことを私共は存知上げております。殿下が相応しくないというのなら、王家にはどなたもおられなくなりましょう」


 しばらく見つめあった後、視線を外したのは王子だった。面を伏せ、王子が呟く。


「...父上のように皆を守ることが本当に私にできるだろうか? これといった才も無いのに」


 力を込めて王子の手を包みなおし、侍従は顔を上げた王子と再び視線を合わせる。


「微力ながらお手伝させていただきます。殿下をお支えするために、私共がいるのです」


「...うん、頼む。それと...ありがとう」


 私から見ても、王子は側仕え達に恵まれていた。王女や、三つ違いの側妃腹の第二王子と比べられる傾向はそれからも続いたが、王子は己を見失わず、努力を惜しまず、為すべきことを淡々とこなしていった。





 生誕の儀も八回を数えた。

 成長し、体力のついてきた王子は、集中できる時間も増えて、今までの努力が漸く実を結び始めていた。基礎をしつこく繰り返した経験が活かされて、複雑な応用も滞りなくこなすことができ、復習の時間は予習に充てられ、講義内容を深堀する質問を度々投げかけるほどとなった。


 掌を返したように王子は称賛を受けるだろうと私は思っていたが、現実は甘くなかった。できなければ愚鈍とされ、できれば当然という二つの評価しか王家にある者は受けられないようだ。泣き言をいえば叱咤され、自信を覗かせれば傲慢と諌められるとは何とも理不尽なものだ。王族として在るのは苦労が多いものだと、不敬ながら私は王子に同情を覚えた。


 社交の場に出始めた王子は自分の一挙手一投足が注視されていることに気づくと、揚げ足をとられるまいとして注意深く行動するようになった。それは思っていた以上の効果を王子に齎す。


 言葉少なく、落ち着いて振る舞う王子を、思慮深く利発だと周囲が持て囃し始め、やがては天賦の才を持つ逸材との風評に転じていった。なるほど、巷間に流布する出所の知れない王族の逸話とはこのように作られていくのだと、私は妙な感心をした。


 評判の高まった王子の動向を他国の王室が窺い出したが、権勢強化を狙う王の意向で白羽の矢が立てられたのがアウレリア公爵令嬢だった。





 二人の初顔合わせは、王宮内の中庭に面した茶室で行われた。


 王子と三つ違いのアウレリア嬢は、銀糸の髪に薄青の瞳をした大層容姿の整った子供だった。全体的に色調が薄いためか儚い印象が強く、妖精だと言われても肯いてしまいそうな程、現実味が乏しい。


 互いに名乗りを交わした後、大人達は茶席で歓談を続け、子供達は中庭へと移る。


 上位の者として、また年上の者として王子から手を差し伸べれば、令嬢は躊躇いもせずに身を預けた。一回りは小さいアウレリア嬢を投げ出した足の間に抱き込んで、欅の大木に背を預けると、王子は持参した本を読み聞かせはじめた。令嬢は大人しく王子の語りに聞き入っていたが、しばらくすると泣き出した。挿絵の怪物が怖かったらしい。


 アウレリア嬢は本から逃れるように身体を捻って王子の体に強くしがみつく。王子は本を閉じ、しゃくりあげる度に震える銀髪を撫でることで令嬢を宥めていた。やがて呼吸が落ち着いたとみると、王子はアウレリア嬢の小さな顎に手をかけて上向かせ、円い頬を流れ落ちていく涙を拭ってやる。そして、涙の止まる呪いと称して、抜けるような白い面のなか、薄紅色に腫れた令嬢の両瞼に王子は口づけを落した。


 子供同士の触れ合いというには親密過ぎるそれに息を呑む。常に周囲の耳目を気にしていた王子からは想像できない迂闊な振る舞いだったが、そうした違和感を覚えたのは私だけであったらしい。婚約を見据えて場を設けた大人達からは、微笑みをもって歓迎された。


 アウレリア嬢は尚も静かに涙を零し続け、ばつが悪くなった王子はあろうことか守りとして彼女に影をつけると言い出した。


 影は王家を守るためにある。婚約を交わし、いずれは娶るとしても、今は一貴族にしかすぎない令嬢につけられるはずもない。それを知っている公爵や侍従はすぐさま王子を窘めたが、王子はいつになく強情で全く退く素振りをみせず、なんだかんだと理屈をこねて遂には王の裁可を得てしまった。


 前代未聞の事態に、任務中にも関わらず、私は束の間我を失いかけたが、王家の命は絶対だ。控えの影を王子の傍につけ、私はアウレリア嬢に付くこととなった。


ご覧いただき、ありがとうございます。

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