本は処女ですか?
本屋で本を選ぶというのは、恋人を選ぶ気持ちと似ている――と思う。まあ、恋人がいたことはないからわからないんだけど。
文庫本なら500円前後、ハードカバーなら2000円前後。それだけの値段を、ぽんと払うわけで、これはたまの贅沢に1000円のラーメンをすする私からすると大金なのです。それゆえ、本選びというのはまさしく恋人選びの様相を呈します。
問題と言うのは無論、「何だか本を買いたい気分だが、特にきになる本もないな」という状況のわけです。
まあまずふらふらと書店をうろつきます。
とその前に、書店選びから始めねばなりません。実はこれがもっとも大事なのです。
じっくりゆっくりと、誰にも邪魔されずに選びたいのです。したがって人があまりいないのが望ましい。けれど、じゃあ商店街の小さな書店がいいかと言うと、これは間違いです。小さな書店では、通路が狭く、後ろを向くのや人とすれ違うのに苦労します。
それになりより、店主と1対1、このシチュエーションがまずい。
小さな書店ですから、何から何までおいているわけではありません。そのラインナップには、多分に店主の趣味趣向が含まれている。
つまり、店主からすると、そこに陳列されている本たちはみな、彼の選りすぐりの娘たちなのです。
そんなところに、私のようないかにも童貞の、女性経験もなければ教養もない男が立ち入る。当然店主は警戒します。
物色する私「……」
胡散臭げに私を見る店主「……」
本を手に取る私「……」
私の選本センスのなさを嘲笑する店主「……ふっ」
驚き慌て書店から逃げ出す私「!!!?!???!!」
といったことが起き、私はたまらず商店街のすき屋に飛び込み三種のチーズ盛牛丼にタバスコをたっぷりとまき散らし涙と共にかき喰らうこと間違いないのです。
よって私は本を選ぶ際には、大きなショッピングモール内の、広大な敷地を誇る書店に向かいます。
入り口で深呼吸し、気持ちを落ち着けます。周囲を見渡し、どこに何があるのかを大まかに把握します。
ここにいたってようやく、本選びが始まります。
目当ての本がある場合にはまずそれを探しに行きます。私は生来の方向音痴を備えており、まず素直に見つかることはありません。そのうえ準備不足で、題名のみを持って探すので、まあ見つからない。30分ばかり放浪して、諦め、検索システムを使います。初めからそうしておけばよいのに、と思われるかもしれませんが、これこそ方向音痴の方向音痴たる由縁なのです。方向音痴というのは、むろん方向感覚が鈍いこともありますが、どちらかといえばこまめに地図を見たり、あらかじめその土地について調べるといった労を面倒くさがる傾向がもたらすものであることが大半です。これは道だけでなく、人生全体に言えることで、確かに私は今まさに人生に迷い、袋小路へと入り込んでいるのですがそれはそれ。いまは本を選ばなければならない。
さて、目当てのものが見つかって一安心したところで、私はまだそれを手に取りません。場所を覚え、未知なる出会いを求めて旅立ちます。旅は長引くこと必須で、今手にとっては本が手汗まみれになることもまた必定です。
ふたたび根無し草となった私は内心どきどきしながら、何でもないふうを装い心の琴線に触れるものを求めて、さまざまな本棚を渡り鳥のように移動します。
このとき、なるたけ人がいる本棚には近づかないようにします。近づいたが最後、
おいおい、こいつジョルジュ・バタイユなんか手に取っていやがる
とか
お、俺のお気に入りの本を、手に取ったものの買わないだと
とか
もう気になって仕方がない。
彼が手に取った本が、私の知らない宝物のように見えて、嫉妬と、羨望とが入り混じった――高校の修学旅行で友だちとネズミ―ランドを回っていたら同じ学校のカップルを見つけたときのような――気持ちがむくむくと湧いてきて、いてもたってもいられぬ焦燥のうちにそれを買ってしまうことが多々あるのです。時にはそれも悪くない、しかしできることなら無心のうちに出会いたい。なぜなら彼女は私の恋人となるのですから。
さて、よさげな本をついに見つけました。
まず表紙をじっと見ます。いわば、顔を見ている。
多くの人は、なんだ、表紙なんて関係なかろう、中身で判断せえ中身で、と仰るかもしれない。至極どおりでありますが、しかし中身だけで判断するのであれば中古本で結構です。新品の本を買うならばそうはいかない。しっかりと表紙と題名と著者を見て決める。だいたい、見た目は関係ないと言っている人の何割が心のそこからそう思っているのか、※最低限の容姿があればに限ると思っているのか。もし外見でなく中身が人間評価の最大の指標であるならば、清廉潔白な誰に恥じることもない人生を歩んできた私が、いまだに童の字を十字架のように背負っているのはまったく不当なことではないか。いやいや、本を選ばないと。
さて表紙良し、となれば裏のあらすじに目を通します。
今の自分の心持と相談する。今は何の気分だろう?推理モノ?たまには恋愛モノも悪くない、いやここは思い切って哲学に踏み込むのある。
この工程は見た目よし、となったうえで、性格や体型を考慮に入れているわけです。ここの段階で本が変わるということは、まずありません。彼女は理想の外見をしているわけで、多少性格や体型が私の好みから逸脱していたところで、大した問題にはならないからです。
よし、君に決めた、今夜は寝かさないぞ。と思ってもまだレジには行きません。
ふと、彼女の隣に、妹さんがおられる。妹さんもまた、彼女に負けず劣らず魅力的です。あら、お姉さんも? これはこれは。
しかし、悲しいかな私は貧乏学生。悩みに悩んで一人を連れ出します。もう気分は駆け落ちです。後ろを振り返らず、素早くレジに向かいます。
さて、ここまで来ても、私はまだ書店内をうろうろとしています。何故か。
レジに行くのが恥ずかしい。
これは対人恐怖症だとか、そういうことではなく、単純に恥ずかしい。
要するに、彼らに私の想い人を差し出すのです。
彼らは事務的に対処しますが、しかし内心
そうかそうか、つまり君はそういうやつなんだな
と勘定しているに違いないのです。赤の他人に恥部を見られるが如き羞恥です。
けれども勇気を出さねば彼女を手に入れることはできない。
いざ、と心決めて出陣。
努めて無表情で会計をし、え? ブックカバー? お願いします、などと言い、受け取ります。礼を告げるのを忘れてはなりません。素敵な出会いをありがとう、私は今夜、この娘と素敵な夜を過ごします。
ここまで書いて、本を選ぶということは、恋人を選ぶということよりは、これは風俗店で嬢を選ぶのに似ている、と思いました。まあ、風俗店に行ったことはないからわからないんだけど。
以前投稿したものを書き直したものです。
こういった文章がここで受け入れられるのか不安でなりません。




