第75話 汗を掻いて生きているのです
光速移動で上空へとひとっ飛びしたら、風が乱雑に吹き荒れていた。平地に建てた城塞都市には周囲に遮るものが何もないので、唯一の高い建造物である城の天守や城塞の各塔に当たった風が右に左に入り乱れているのだろう。おかげで見通しはいい。足下には北門と分厚いカーテンウォールがある。通常なら北門から城塞都市に入って街並みをめぐりつつ、時折上空にある空中庭園や見張り塔を眺めやることになるのだろうが、オレと枢密院殿はその広大な城塞都市を眼下に見下ろしている。
「ぬ、落ち出すぞ」
枢密院殿の指摘に、もうひとつ飛びますとオレは答えて「光あれ」と呪文を唱えた。
再び上空へとちょびっとだけ移動する。その上へと向かう流れの余勢で上昇をつづけるわけだが、城塞都市の更に向こう、サーバ城の本丸界隈が何やら騒がしかった。人が激しく行き来している。
その景色を見やりつつ、枢密院殿がぽつりとオレに尋ねた。
「サマースは何を言おうとしたんじゃろうな」
そうか。枢密院殿もサマースになにか違和感を感じていたのか。
オレもサマースが何か言おうとしていたのはわかった。だがそれはサマースの中でもはっきりとした形にはなっておらず、不確かなままにそれを口にするのも憚りがあったようなので、心を惑わさずにやることに集中しろと発破をかけて、砕けた応対をしたわけだが、さて、あいつは何を伝えようとしたのだろうか。
枢密院殿がそう仰るならばオレとしても考えねばなるまい。
「いざとなったら逃げ回る。お前もそうしろ、ぐらいではないでしょうか」
「なるほど。そうすれば負けはないからの」
「ええ。そうすれば枢密院殿もジッと物事を見極めることも出来るようになりますし」
「それはありがたいの」
そう言って枢密院殿が彼方に向けて目を細めた。三つあるカーテンウォールのその向こう、王都サーバの本丸辺りだろうか。
「あまり離れてもらっても困るが。こうもちっと見えるような場所から見たいの」
枢密院殿は王の居城に近づきたいようだ。
だがしかし、それはアルバストがどこにワイバーンを停めたのかがわかるまで待って欲しい。ほいほい飛び回って、王都上空のあちこちに姿を晒すのは悪手だ。
敵の目を気にすべきという面からも、オレの正体を秘匿したいという点からも。
「…………善処します」
そこはこう無難に答えた。
すると枢密院殿が眉を顰めてオレを嗜めた。
「そこはやれ。金蔓からの要請じゃ」
「いや、あれは言葉の綾で、サマースの緊張を解きほぐそうとしただけで。
…………それにこう言ってはなんですが、枢密院殿から金蔓と言えるほどの金を頂いたこともないような。というか今回の用心棒とて金額交渉をしただけで、枢密院殿からは未だ一ギルたりとも貰ったことがないのではないか…………、うむ、そうだな」
「ぬ」
「それを金蔓とは言わないでしょう。金蔓というほどの修辞は、皆きっと冗談にしか受け止めませんぞ」
「お主、黒いの。スッとそんな言葉が出て来るあたり、余程大人の世界で揉まれたと見える」
「ん? ええ、まあ」
「サマースの言いたかったことはそこかの」
いや、これ以上話を広げて枢密院殿との仲を険悪にする気もないので、オレは特に反論をしなかった。ただ、サマースがオレが叩き台として提示したように逃走を念頭に置いていたのなら、どのみちこちらの光速移動に追いつける者はいないということもわかってる。アルバストはワイバーンで移動した。それが奴らの最速の移動手段だからだ。だがオレたちの光速移動は追いつかないようにと調整までする始末だった。このことからして速度や射程の長さを鑑みても、我らが逃げを打つと決めたらそれはもう相手にはどうしようもない逃げ足の速さとなるだろう。
「ふぎゅ」
滞空しつつアルバスト達の行方を捜してたら壁にぶつかった。おそらくサーバ城の魔法陣が機能してて城に入れないのだろう。空からの対策も万全だということだ。
「ん? 待てよ。何であいつらが通れてオレたちは通れないんだ」
それともアルバスト達の時には障壁がなかったのだろうか。
いや、そもそも本当に魔法障壁があったのかどうか、まずはそこからだな。目を凝らしても透明なので見えない。仕方がないのでもう一度風の流れに乗って障壁のあった辺りに流れてみると、やはりバリアに弾かれた。
「落ちるぞ馬鹿者~」
「おっと。了解です」
思考に気を取られて光速移動を怠ってしまった。しかしさて困った。敵を通して味方を通さないとは、とんでもない壁である。しかも魔法の障壁なので見えない壁でもある。
予定外だ。こういう場合はどうしたらいいものか。
(おい小太郎)
(とりあえず光速移動しとけ)
とりあえずとはお座成りだな。小太郎にやる気はないということか。まぁしかし何でもかんでも頼るのも変な癖がつきそうでもある。
「光あれ」
オレは再び上空へと光速移動した。そして場所を変えて城塞都市の魔法障壁へと近づき、障壁の位置を確かめると、身体を密着させつつその状態からの侵入を試みる。
「ぐっ」
おかしい。
浅いとは言えオレの魔法は召喚魔法の一種なので、深度一に片足ぐらいはかけてるはずなのだ。それがやはり入れない。光速移動から闇雲にぶち当たるのは嫌だったので、密着状態から抜けようとしたわけだが、見事に阻まれてしまった。試みた際のオレの魔力が魔法障壁の中に流れて霧散している。
「枢密院殿、魔法をぶつけてみます」
「うむ」
「ウォーターボール」
城塞都市の障壁に当たる。だが三分の一ほど埋もれて通るかと思ったら、結局弾かれて今は障壁の半球体の表面上をあっけなく流れ落ちてしまった。
「枢密院殿、サーバ城の防御陣は魔法ですよね」
「そのはずじゃ」
オレは言葉を失った。
召喚魔法であるオレの魔法が、人の対応したわけでもないたかが一介の城塞の魔法陣の壁によって防がれてしまったのだ。
今回は意識して、幼少から持ってた光魔法をつかう意識ではなく、召喚の場に召喚陣をきちんと展開してそこから魔法を発動した。
れっきとした水魔法であったはずだ。
だがその水魔法は防がれてしまっていた。オレが念入りに、気をつけてぶつけたにもかかわらず障壁に弾かれていた。
――これは確認もせずに光速移動で突っ込んでたら、墜落していたな。
フォルテの召喚魔法は絶対である。
位相をずらせぬ他国の魔法では召喚魔法には対抗し得ない。それが絶対の事実であった。魔法では深度一には通用しないのだ。
それが常識であった。
その常識が今くつがえされようとしている。
オレが知らなかった以上、フォルテ本国でもこの事はおそらく知るまい。外国の城の防御機能など秘中の秘もいいところだろうから、そこに間違いはなかろうが、しかしこの一件を母国に報告するにしても、調査と検証は必要だ。
ふむ。
オレがきちんと召喚陣から魔法を発動したのは間違いない。天道神さまと時量師神さまが、ほほーと物珍しげに見物してたのだ。魔法が妙な発動をしていたなら何かひと言あっていいはずだ。だがそのひと言がないということは純粋にサーバ城の防御壁がオレの水魔法をしのいでいるという事なのだろう。
ちなみ小太郎はオレの目に憑いているので召喚の場にはいない。
さて、その小太郎だ。
(わかったとしても教えてくれぬのであろうな)
返事はなかった。
小太郎とて魔法に精通してるわけではない。魔法のない日の本で生活してるのだからオレ以上に魔法には疎いだろう。
そしてオレの手に残る固い感触は、この結界魔法が相当高度な結界で、数多の魔法士の魔力によって練り合わされた障壁なのだということがわかる。
(おいヒュー)
(お前から話しかけて来るかよ、ここで)
(時間がないのであろう)
(そうであった。しかしオレへの課題にしたのではないのか?)
(下を見ておったのだ。サマース達も中に入る様子がないのでな。下も同じような問題を抱えてるようだぞ)
(あ、本当だ。門兵から何やら説明を受けてるな)
(それに俺としてもこちらの城攻めの特殊事例になるかもしれんから興味はわく。で、これは深度一に対応したのか?)
(してなければ通れるはずだ)
オレは腰から剣を抜くとこんこんと障壁をつついた。剣先が障壁に当たり、そのたびにそこから波紋が広がってゆくが、わずかの間にすぐ透明になって消える。
(深度一に対応したとすればライムから王剣か王杖が関わってる可能性があるな。彼らの中には勇者装備を引き継いだ者がいるやも知れぬ)
(勇者か……)
(そう、確かにわずかだが、勇者仕込みの結界の可能性もある。どこかの国がフォルテに勇者召喚を依頼し、フォルテで召喚された勇者は、強大な魔物を屠った後には当事国、よその国に棲み着くことが多い)
(どういうことだ)
(ケルプには時折だが魔物が異界渡りをしてくるのだ。先日もバイコーンが我らの住む自治領にやって来た)
(それで?)
(この魔物だが、異界渡りをしたせいで、特殊スキルを持つ個体となることが多いのだ)
(ならば魔物退治などフォルテに頼めばよいではないか。今はケルプ中が友好国なのであろう?)
(そうもいかん。国は国だ。父さまなんかよその国に出張ったら、それこそその国は属国のようになってしまうぞ)
(ふ~ん)
(王の威信が形無しになるのだ。だからそれを避けるために、そのような特殊個体の魔物に対抗するために、勇者を召喚してくれと依頼を出すのだ、フォルテに)
(参勤交代みたいなものか。相手には金を使わせて自国は潤うという)
(属国ではないぞ)
(やってることは一緒さ。治外法権を買うような物だな。お主の親父、そこまですごかったのか。あの時挑みかかっておればよかったな)
帰還パーティーの、お披露目の時のこと言ってるのだろうか。
(馬鹿か。一瞬でやられるぞ。宇宙が滅びる以上の攻撃をお前に放てるか?)
(たわけたことを言う)
(それぐらいの相手だって事だ。召喚獣ダブルリグレット。固いなんて物ではないぞ。あれは防御でもあるし鈍器でもある)
(そんなになのか?)
(ああ。ダブルリグレットの爪に触ったことあるが、あれはオリハルコンどころではないな。父さまの剣でつついてみたのだが剣の先端が丸まりそうに感じた。オレも意地になってな。母さまの未来召喚で彫刻刀という物を出してもらって、これが削り出し専用の工具なのだが、それで挑んでみてな、何とかダブルリグレットの爪にヒューと書こうとしてみたのだが…………)
(結果は)
(未来の専門工具でも刃が通らなかった。その次に研磨機やらドリルやらを母さまに出してもらったわけだが、それも全滅。結局、壁や床は楽に削れるそれらの道具がダブルリグレットの前には全く通じなかった)
(それはすごいな。お前の忍者刀で斬りつけてみたいな)
(通らないわよ)
くすっと笑って時量師神さまの声がした。珍しい。
これを機会にオレは時量師神さまに尋ねてみた。
(本当に無理ですか? 時が止まってるのですよね)
(ええ。でもそれ以上なのですよ、彼は。彼の滅び越えは事実です。そして時の終点は私も越えられません。でも彼はそれを越えた龍なのです)
神さまがそんな事を云うのか。神なのに。
(ダブルリグレットは最強か。伊達ではないな。それを召喚獣に降したというのは恐ろしいな。どうやったのだ)
(知らん。冷たい親だが実力は確かなのだ)
(ふうむ。少々話が逸れたが、そうなるとあの障壁にもそれらと似たような何かがあるのだろうか。しかし見た感じセプティリオンでもない。召喚魔法でもない。
確かな実力、か)
実力と聞いて思い当たった。
(どうした)
(いや、でかいのをぶつけてみるか)
それならばおそらく通る。
ライムでも対召喚魔法でいろいろと研究してこの防御壁を作り上げたのかも知れないが、オレの方でも研鑽して身につけた新しい魔法の使い方があるのだ。本気の魔法を放てばおそらく壊せる。
にやりと笑いたくなった。
そういえばオレはまだ一度も本気で魔法をぶっ放したことがないのだった。もしも本気で魔法をぶっ放してみたらどうなるのだろう。そしてオレが気兼ねなく魔法をぶっ放してみるには、ちょうど今、おあつらえ向きの実験材料がある。試すのなら火魔法が良いだろうか、隠密性を考えて水魔法か。
構えて眼下を見下ろす。
思い立ったが吉日。やらぬという選択肢はなかった。
(あ)
だがそこでオレは気づいてしまった。そしてそれと同時にすっかり魔法を撃つ気をなくしてしまった。
なぜなら眼下にはサーバ城の城塞都市が広がっているのだ。
ここには人々が生きている。日々を暮らし、人生を謳歌し、懸命に生きているのだ。
ここでオレが防御壁を突破するために火でも水でも渾身の一撃を放ってしまえば、おそらく防御壁をぶち抜き、その余勢が城塞都市へと降り注ぐことになるだろう。
そうなったら生き生きと生きている人も死ぬ。
城も壊すだろうし。というか城塞都市におおきな穴も開くだろうな。
(この方法は駄目だ)
そして打つ手がない。なくなってしまった。
(おいヒュー)
(なんだ小太郎)
(魔法は最近覚えたのであろう。しかも召喚魔法の魔法というややこしさの自己流で)
(ああ)
(ヒュー、お前自身が深度一に潜ってこいつに触れてみろ)
まぁ師匠筋の小太郎がそう言うならやってはみるが、結果はそう変わるものでもあるまいと深度一に潜って試してみたわけだが、さきほど剣でつついた辺りに手を伸ばすと、ぶつかると思ったその場所でスッと手が通り抜けた。
(なんだ? 何も障壁を感じなかったぞ)
(確かな実力というやつだな。お前だけならこの障壁を抜けることは出来る。だがこれだと枢密院殿が通れなさそうだな)
(それは困る。オレは用心棒だ。雇い主を置いていったとなったら貰える給金ももらえなくなる。オレはこれでリア達の飯を喰わさねばならんからなぁ)
(魔法が通らず、お前自身は通った。年季という奴だな。ならば斬れるだろうな)
(斬れる? 忍者刀か)
(そうだ。斬れ。斬って斬って斬りまくれ)
(しかし簡単に言うが)
(なんだ、やらぬのか?)
その選択肢はない。師匠は厳しい。わかっててつついて来る。
(了解だ。それとおい小太郎)
(なんだ)
(頼りになるぜ、師匠)
(気持ち悪いからよせ。いいからとっととやれ)
オレはシッシと邪険に追い立てられて通常空間へと浮上した。体内に展開した召喚魔法陣から天道神さまと時量師神さまと、それからオレを追い出したばかりの小太郎がジッと見物している。
これは失敗するわけにはいかんな。
「行くぞ」
と気合いを入れた。
そこへ雇い主からの呼び出しがかかる。
「おいピュー」
「ヒューです」
「落ちだしたぞ、あ、おいっ、急げ、ほれっ」
「やろうとしてることの腰を折らんでいただきたい。ちょっと上空で待ってて下さい」
「おいっ。あっ、あああああ」
オレは枢密院殿をさらなる上空へと飛ばした。これで少しは時を稼げるであろう。
枢密院のハゲ頭よ、光あれ。キラッと光った。いい照り返しぐあいだ。
これだけ飛ばせばとりあえずは大丈夫。
「待ってられんぞーーーーー!」
段々近づいて来る魂の叫びをオレは無視し、この稼ぎ出した時間でケリをつけるのだと、外套から忍び刀を二本抜く。
「落ちてるぞーーーーピューーーーー!」
自力で待っててくれと言ったわけではない。枢密院殿は誤解している。
それからここでもやっぱりピューなのね。
そう思いつつ城塞都市の小癪な魔法のシールドへとオレは刃を立てた。するすると忍者刀が透明な魔法障壁の中に挿し入る。
「ずいぶんと喰い込んで行くな」「助けろーーーっ」
しかも分厚い。城塞のカーテンウォールが十四、五メートルはあったからほぼそれに準拠してると見た方が良いのだろうか。厄介だな。
「しかし刃は通る」「死ぬーーーっ」
小太郎のオーダーは、斬って斬って斬りまくれ、であったな。つまりはそういうことか。
「行くぞ魔法壁。勝負だ」「こっちを見ろーーーーっ」
オレはくりぬくように目印を付けると、後はひたすらに忍者刀を振るって魔法の障壁を斬った。注文通り、斬って斬って斬りまくった。
(おほっ。これはすごい)
(ほんに、良い物を見させてもらえてますなぁ)
この声は天道神さまと時量師神さまか。
だが小太郎からの声はかからない。師匠筋は厳しい。
オレは忍者刀を振るう。斬り伏せるたびに魔素の結合を解いてごっそりと障壁をえぐり抜いて行く。固化された魔法障壁の魔素がそうやって次々と後方へと打ち捨てられ、かろうじて繋がってた結合も中空でその機能を停止し、あっという間に魔気へと気化して行く。そうして十メートルにも及ぶシールドの厚みを、オレはものの十数秒で攻略した。
立派なトンネルが出来上がっている。
「通りましたぞ枢密院殿」「いいから助けんかーーーーっ」
オレは枢密院殿の下へと飛んで、下から支える。そこから細かく浮上した。そうやって雇い主殿をトンネルの入り口まで運ぶと、ゆっくりと斬り開いた見えないトンネルの上に降ろした。トンネルの縁に立てたことで、ようやく枢密院殿も落ち着いたようで、それ以上何も言わなかった。
オレの成果に気づいたようだ。風が吹き抜けたことで、この穴が魔法障壁の向こうまで抜けてることがわかったのだろう。枢密院殿が額から流れ落ちる滝のような汗を拭い、ようように安堵の息を吐いた。て言うか全身から汗が噴き出しておるな。
なんか、黙っていられると恐いのですが、枢密院殿。
死んだオレの爺さまよりこわいや。
なんかしゃべって。
「…………」
「おい、何か言うことはないのか」
「その、命令は一つずつしかこなせませんのでな」
うむ。あれもこれもと一緒くたには出来ない。物事を進めるには順序があるのだ。
それにしてもあれであるな。あれである、あれ。
年寄りの悲鳴を間近で聞かされるというのも、人間の生への衝動を叩きつけられてるようで、そこは先達への情けで聞かなかったことにしておこうかと。
「いや、聞け~~~い」
「は。聞いておりまする」
「老い先短い命がさらに短くなったわ」
「それは困りますな。お給金の日まで長生きして下され」
こつんと忍者刀で足場を叩くとパキパキと嫌な音がしてシールドに罅が入っていった。やばい気がしたので忍者刀を罅の中心から外してカチンと納刀すると、その音がちいさく響いたわけだが、なぜかそれと同時に王都を守る堅固な魔法障壁がパリンと一斉に割れた。
シャランシャランシャランと、城塞都市を囲む魔法障壁がぐるりと結合を解いて行き、大気に入っていた罅がいっせいに消えて見えなくなった。
城塞都市を半球に包む不可視のシールドが見えただけでも大問題に思えるわけだが、今やそのシールドが一瞬にして消失してしまった。
王都が誇る魔法障壁が、その魔素が盛大に魔気へと気化している。
ふわふわと中に散華して行く魔素がとってもきれいだ。
「…………。あ」
これからテロが起こるというのに、これはまずくないか?
全部が壊れてしまっていた。
シールドが消えたおかげで、城塞都市の騒ぎもよく耳に聞こえてくるようになった。
王都は魔法が使えなくなって大騒ぎになってるようだが――。
ん?
「と、とまれかくあれ、あれですな。とにかく通れるようになり申した。それにしても王都の魔法陣はどうなっておるのでしょうな。ハッハ」
「まったく、こいつは」
「はあ」
「それでっ。お主はどう思う、下のあの騒ぎを」
「はあ。…………関係はないですかな、と。おそらく城塞都市の魔法陣が問題だったのでしょう。出入りの出来なくなったカーテンウォールと、それに付随する魔法のシールドが人を閉じ込める形となってたのでしょうから。しかしそれはもう解決しましたので」
うむ。良い方向に考えようではないか。
オレが壊したおかげで人の流れは流れ始めている。滞っていたカーテンウォールの中へも外へも人が入れるようになり、出られるようにもなった。物流が復活し、城塞都市そのものの都市機能が回復したのだ。今の混乱もじきにおさまる。
枢密院殿がジトッとした目をオレに向けた。
「枢密院の名にかけて、お主がしたことの報告はあげんとな」
「は?」
オレが城塞都市の魔法のシールドをぶち壊したことか?
「…………いやいやいや、何とかしろと命じられた雇い主からの命に、用心棒は従わなければいけませんので、うむ、こればかりはなかなかに辛いところですぞ。そうは思いませぬか、枢密院殿」
「そうか?」
「そうですぞ。いざその時にはオレからもきちんと、ほれ、警邏隊へと詳細な説明を致しますので、雇い主殿はどっしりと待ち構えていて下され」
「いやしかし、これは儂の職掌だからの」
「そこはほれ、実際に下働きした者にも話は聞いていただかんと。下働きですからな、下働き」
オレは下働きとして身を粉にして働き、そうして汗を掻いて生きているのです。今は冷や汗だけれども。
ジトッとした目が向けられた。
「やはりお主、黒いの」
さ、気を取り直していこう。
オレのせいではない。たぶん。
そもそも雇用関係における業務命令だし。一部が壊れたからって全ての防衛網がいっしょになって駄目になるなんて、あ、ありえないはずだしっ。
「そうじゃの。使えないと騒いでる魔法と城の魔法障壁とは関係がないはずじゃ。儂らが対処する以前から城中では騒がしかったようだしの」
「お、そうですな」
さすが枢密院殿、いい目をしている。そういうことにしておいて下され。後から城の防御壁の修復代を請求されてもオレの懐事情では到底賄えぬ。
そのときには部下の責任は上司にとって貰おう。
それでも駄目なら王室外交を盾にして、フォルテの王子をこき使うとは何事かと攻め立てさせてもらうとしよう。目立ちたくはないが、生活できてこその異国暮らしである。
負けないぞ、枢密院殿。
すると、はあっという溜息が、胸の内の召喚の場からした。深度一へと舞い戻る。
(手段はもう一つあろうが)
(ん? なんだ、小太郎)
(アート王を助ければ王を助けるための行為となって不問になるのではないか? そもそもこの城に来た理由がテロを未然に防ぐためなのであろう)
(おおっ。天才か小太郎っ)
絶対的な言い訳…………でなくて理由が立つな。
(そこで立つとは言わないだろうが。お前の心がどっちに引っ張られてるかがよくわかるわ)
さすが小太郎。よく見抜く。
(わかってる。アート王は大恩ある王だ。城塞の防御面から鑑みても奴らが通過できて我らが通過できなかったのは大変な問題だ。継嗣問題もふくめて一刻も早く王室に伝えるべきであろうな。深度一から浮上する。ここからは全速だ)
そう。ライムのワッカイン王から失望扱いされたオレたち兄妹を良い方向に受け入れてくれた恩人がアート王なのだ。継嗣問題でごたつくのを見越して、サーバからダルマーイカ自治領へ移してくれたのは暮らしの面でも、交友関係の面でも、オレたち兄妹にとって大変ありがたい措置であった。生まれ育ったフォルテ本国からも、そちらの宗主国のライムからも、未だ誰からも相手にされない廃嫡同然のポンコツ王子のこのオレだが、属国であるサーバのアート王はちがった。オレには恩がある。黙って恩を受けたのならば、黙ってその恩を返すのもオレの矜持であろう。
まだ城塞都市の一番外側のカーテンウォール内が騒がしくなってるだけにすぎない。そして本丸までのカーテンウォールがまだ二つある。大丈夫。十分に間に合う。
オレは落ちながら何か叫いてたような枢密院殿のそばに飛ぶと、雇い主殿の利き手をつないで深度一から浮上し、問答無用で城塞の混乱してる場所へと飛んだ。
雇い主殿の希望に添うのも、このオレの大事なお仕事だった。
(勢いでごまかしてないか?)
オレの耳には何も聞こえなかった。
連休いかがお過ごしでしょうか。当方は身体を休めつつ書いたり読んだりして過ごしてます。それにしても「なろうの更新された連載小説」をみてて思うのですが、物凄い量ですね。ひっきりなしに投稿されてます。
こうなると数多ある中から本作を見つけて頂けたのは本当にありがたいです。不動の定番から野心に溢れた新作まで、なろうは面白い小説が本当に多いので、そんな中から本作を見つけていただけた皆様の探究心には頭が下がる思いです。願わくば楽しんでいただけたらいいのですが。
身体を休めつつ、ゆるりと行きます。心を満たしつつ、ゆるりと付き合っていただけたら幸いです。残り少ないですが、良い休日を。




