第73話 城塞 その一
「体力のないオレが体力バカと言われたのか」
顔を真っ赤にしてリロが早口で何か言ってたなという印象は覚えているが、そんなことを言ってたのか。オレはやられてヘロヘロになりながら立ち上がってたはずだから、やられた側がやった側の話なんて正直聞いていられない。反省と次はどうするかという方向に集中してたわけだし。
しかしリロがそんなことを言っていたのか。これは感慨深い。
リロの話は雇い主である枢密院殿には報告しているが、アーサー道場にはしていない。だから先輩方はリロがオレたちと立派に戦って死んだ、戦死とは知らずに、お国の都合でアーサー道場を辞めた後輩だと思っている。
キボッドがサーバに攻め込んだ今のこの状況を鑑みれば、キボッド出身のリロに至急帰国せよと帰国命令が出たとしても先輩方は皆まで言わずとも納得するだろう。
納得で思い出した。
「そう言えばサマース」
「なんだ」
「ソマ村で擬態を解いた時、どんな感じだった」
「そうだな。そもそも擬態にかかったことさえわからなかったが、乙女の祈り魔法士団のお姉さん方が擬態が解けたらしい時に、こんな顔なんだと口にしてたので、いつの間にか解けてたのだろうな。俺としてはルイ小隊長に言われて初めて気がついた」
「そうか」
「どうしたのだ」
「いや、魔法は難しいと思ってな。自分でもどうしてこうなったのかと疑問に思う時がある」
「それは俺も同じだ。だが今ある手札でやりくりしてくしかないだろう。今回の事案は王都に関わることだ」
「うむ。オレたちが撒いた火の種でもある」
「いや、そこは用心棒だからだろう。ヒューは大げさだな」
するとダンケ先輩がオレたちに話しかけてきた。
「ちょっといいか」
「「はい」」
「摺り合わせをしたい。今後どうするのかという」
先程で一時間あまりの余裕があったから、今ならまだ二、三十分程度は対策を立てることが出来るだろうか。オレたちは茶店の縁台から立ち上がって、防風林の中へともどって行った。
◇
人影が防風林の中にいないのを確認すると、ダンケ先輩が口を開いた。
「どのみちあいつらも城に入るためには門を通らなければならない」
「ボヌーヴ街道からだと北門になるにゃ」
「ああ。正門からに比べると北門は通行量も少ない。むしろその頃合いを見計らって我らアーサー騎士団としては奴らを捕縛した方がいいだろうな」
オードリー先輩とダンケ先輩のことばに枢密院殿が肯き、そして枢密院殿が訊いた。
「ふむ、トライデントはどう思う」
「騎士団のことに口を挟むつもりはない」
「いいのかの?」
「ああ、よく見えんのでな」
異なことを謂うとオレは思った。
トライデントはまるで他人事であった。見えるも見えないもオレたちはこれから城の奥深くに入るのだ。サーバ城の城の奥深くに入るということは、自治領の水車小屋で水車番をしているトライデントの出る幕ではない。ここまでご苦労であったと労って後は騎士団に任せろとお帰りを願うところであった。
サマースも少々驚いたらしく、チラとオレに目配せしたので、オレの方からも小さく肯いておく。
だが枢密院殿はそれ以上何をいうでもなく、それで手を緩めてしまった。正直トライデントは乙女の祈り魔法士団のお姉さん方同様、城塞が見え、人の往来もあるこの場に残してしまった方が良いと思うのだ。先刻別れたお姉さん方の小隊は、あの場でフィッシュダイス騎士団と合流するという王命があったから、それに従うまでという形になっていたが、おそらくオレとサマースの中には、彼女たちはアルバスト達と交戦していて完全に顔を覚えられているというのがあった。
つまりオレたちがこっそり隠密に追跡しようとしたとしても、ひょんな事から後ろに振り向かれた瞬間、そこに見た顔があるという事態になるわけで、それは枢密院殿が秘匿しようとした我らのとっておきの移動手段、光速移動と、そこに付随するこれまでしてきた隠密行動が台無しになるということがあった。
誤解を生じさせたとするならば――。
サマースが何度かオレと役割交代をして光速移動をしたことにあるのかもしれない。明らかに慣れてないサマースに集団での光速移動をさせることによって、トライデントにはオレたちの行動がガッチガチの隠密行動には見えなかったのかも知れないが、サマースは絶対にあいつらに圧力をかけてみようかとか様子をもっと近くで見てみようとか、そういった余計なことは一切しなかった。
だから行動に多少の幅を感じたのかもしれないが、それは言葉にこそしなかったがサマースのオレがフォローするという信頼感が根底にはあった、と思う。
その点では小隊のお姉さん方と違って、トライデントは奴らに顔も見られていないので特段の問題ではないのだが、かといってそこにはテロの阻止に同行する理由もない。
オレはここがおかしいと思うのだ。
むしろトライデントは王都城塞都市に通じる城外に広がった、この街道の宿に置いて行くこともアリだと思うのだ。
サマースからこの件は突いてくれるとありがたいのだが、そのサマースもこの件に関しては黙っている。まだ様子見だろうか。
それに付き合って今も枢密院殿との話を聞いてると、やはりトライデントが同行するのは規定事項のようになっているのだ。ダンケ先輩とオードリー先輩も特に反対する様子がない。それ以前に騎士団の一員でもないのに自治領からずっと三人一組で動いている節がある。
ふむ。
「トライデントはどんな立場なんだ?」
「俺か? 俺は水車番だ」
「こんなことを手伝う役目でもないのに、枢密院殿も止めないし」
「元は貴族だ、代を譲ったがな」
貴族!
「そうなのか」
「昔の話だ。娘がアート王の世話にもなってるし、知った以上は代替わりしたとは言え、手伝うのがサーバに住まう国民というものだろう」
「なるほどな」
見上げた心持ちであった。水車番がこのようでは、ライムは人心健やかに、属国にも安定安心がもたらされてると見える。
さすがは五大国の一つ、と言ったところであろうか。
先輩方も枢密院殿も何も言わぬし、それは事実なのであろう。思い起こせばティナは実際アート王に仕えているのだしな。
密書を持って自治領へと密命を帯びていたのだ。そういう信を得た女子の父なのだ。いや、父がいたからあの若さでアート王の信を得たということだろうか。
となると親バカのトライデントはアート王の側近であるティナのそばに行って彼女を守るつもりなのだろうが、それは言わぬが花というやつなのだろう。
おそらく開戦と聞いて、いても立ってもいられなくなった末の行動なのだろうから。もしかしたら情報を得るために代を譲った自分の息子に会いたいということもあるのやも知れぬ。
うむ。
オレはサマースに目配せした。サマースがダンケ先輩に頷く。
「ではトライデントさんの方で問題ないなら、このまま移動しようと思うのだが」
「ああ」
「ハロルド様、よろしいですね」
「無論じゃ」
「ではサマース、ヒュー、頼む」
「わかりました」
見るとサマースが頷いたので、サマースに任せる。オレは風魔法の用意だけをした。
つかず離れずで四回ほど光速移動をした。そのうち一回は野菜を収穫する農家に見つかり、ギョッとされてしまったのだが、すぐにまた飛んで事なきを得た。見間違いかと勘違いしてくれたら良いと思ってるが、これから起こるテロを未然に防がないとそういう風には思わないのだろうなと、何となく思った。
そして最後の光速移動でワイバーンに乗るアルバスト達が城塞の外縁にかかったのを見届け、オレたちも城塞都市の外縁へと飛んだ。
途端にオレたちは喧騒に包まれた。周囲には壁があり、人の影はない。建物があるので、アルバスト達にもオレたちが光速移動をしたことはわからないだろう。
見上げると鳥のように小さくアルバスト達が飛んでいる。
視線を周囲へと広げてしっかりと確認すると、移動した場所はにぎやかな闇市のような外縁都市の一角で、オレたちは路地裏にこそっと身を寄せたようだった。建物の先には筋があり、そこから威勢のいい声が聞こえてくる。鶏肉が売られ、野菜も売られているようだ。ボヌーヴ川が向こうに流れてるせいか、川魚もこの外縁都市では売られてるようだ。
人々が行き交い、活力のある街であった。
「さすが王都だな」
「ああ」
サマースも驚いている。前回はオレたちは正門から枢密院殿のおかげで貴族の門から入ることが出来た。さすがに正門は、平民が好き勝手に街を形作るわけにいかずに、認可された商人や防衛機構上の兵舎や官舎があって整然としていたが、北門は貴族や兵の匂いはなく、王都のそばでうまい汁を吸おうとする平民のたくましい生活空間が広がっていた。
「奴らが城に入るにしても城壁近くでワイバーンからは降りる。騎兵を預けて城に入るはずだが、警邏隊あたりがオスニエル王子の動向をつかんでいるのかから確かめないとな」
「そんな時間がありますか?」
「城門から市中に入るまでどれだけ時間がかかると思ってるんだ」
ダンケ先輩が辺りを見廻した。
なるほど。これだけ人が溢れてたら城塞都市の中に入るのにも相当な時間がかかりそうだ。そしてこちらには枢密院殿がいて、騎士団所属の先輩方がいる。
そしてアルバスト達は冒険者の風体で城塞への侵入を考えている。
「どう考えても我らの方が早く城に入れますね」
「そういうことだ。これはお前達の手柄だ。よくやった、サマース、ヒュー」
ゲシゲシ頭を叩かれたが手甲がいたい。悪気はないのだろうが鎧姿で後輩を虐めないでいただきたい。
「ちょっといいか」
トライデントが手を挙げた。
「二手に分かれた方が良いと思うのだ。サマースとヒューは分けよう」
「ぬ? どういうことじゃ、トライデント」
「ハロルドさんが入城するのは出来るだけ人に知られない方がいいと思うのだ。先だっての活躍で王都の民もハロルドさんの姿を見つけたらワッと押し寄せてくるぞ」
「ぬ」
「それは困るにゃ」「確かに邪魔だな。追うのにも、隠密行動的にも」
「儂を邪魔者扱いか。しかし仕方なかろう。これは儂でコントロール出来ることではない」
いやいや、あんた、自分を売り込むために帰りの町々で寄るたんびに自身の宣伝をしていただろうが。
オレとサマースは馬車の廻りでぽつんと待ってたよな。
「我らは列に並んで後ろから監視するとして、城内に入れば警邏隊や騎士団、魔法士団とも連絡はすぐにつく。それに枢密院殿とヒューは隠密で入った方がよかろう」
ぬ。確かにそうだ。枢密院殿の立場でもそうだが、オレとしてもオレの立場で記録を残すのはできるだけ避けた方がいい。いちおう王室外交のかたちでオレはライムからダルマーイカ自治領に行ってるということになっている。
属国とは言え、政変の最中にある場所に、オレの痕跡を残したくはない。
ならば――。
「枢密院殿の容姿をギリギリまで偽装して門兵に対してはその場で解除すればいいのではないだろうか。そうすれば枢密院殿も人に群がられるという事もなかろう」
「その作戦はいいな。アルバスト達より先行も出来る。俺は良いと思いますがハロルドさん、どうだろう」
「そうじゃの。いざというときに例の移動ができる人材がわかれていた方がいいのは確かじゃの。では儂について来るのはピューと言うことで良いな」
「は」
もう訂正するのが面倒臭い。城内で一応本名でもあるヒューと呼ばれるよりはマシな気もするし。
「サマース。お主は先輩をきっちり運べよ」
「は」
返事したサマースがダンケ先輩に頭をゲシゲシやられた。ふふ、痛かろう。
「我らは奴らに先行して貴族の門から入ります。そして城内での手配も先行しましょうか。よろしいですな、枢密院殿」
「うむ」
「そして我らは逃げられぬよう後ろから城を目指しつつ、アート王の下へ駆けつけて王をお守りする。出来れば安全地帯へ逃がす」
「うむ。そこらへんの指揮はトライデント、お主に頼むぞ」
「わかってる。ハロルドさんこそ、ここまで生き残ったんだ、気をつけろ」
枢密院殿が肯いた。
二人はやはり気安い間柄であるらしい。
「ところでトライデント、見えるか?」
「見えないな」
「ふうむ、不思議なもんだの。だがそれでも儂らは行くけどの」
「わかった。おいヒュー」
「なんだ」
「先が見えないというのは不安か?」
「バカめ。オレには帰りを待つ家族がいるのだぞ。先が見えぬからと言って立ち止まっていては腹が膨らまぬわ」
「ふふ。その通りだな」
「家族は守らねばならん」
トライデントが頷いている。
そのうしろにオレはおかしな物を見た。闇市のように広がる乱雑に立ちならぶ商店の屋根の向こうにだ。
なぜ奴らの姿がなお上空に見える。
降り立たないのか?
「と言うか、おい、あいつら城塞の壁を越えてないか?」
「なに?」「そんな馬鹿な」「そんなことしたらトラップが発動するはずにゃ」「あ」「城壁を越えてるな」
やはりサーバ城にも壁の他に上空に結界が張られてるらしい。
だがそれを敵が何故か越えていた。
「アルバスト…………」
考えられるとしたらそれはリアの召喚獣、セプティリオンの悪用だ。
そしてそれは、もしそれが事実であり、その事実をリアが知ったのなら、自らの身体と共に召喚獣をも奪われたリアが更なる苦悩を抱えこむことになる。
「…………随分と、舐めた真似をしてくれる」
オレは知らずつぶやいていた。
なろうは懐が深いですね。趣味バリバリの物語があって、読むも読まれるもお互い様というか、当方は投稿した時に同じ時間帯に投稿したもので、これはっ、と思ったものを読むのですが、そのたびに小説が好きな同好の士がこんなにいるのだなと思ったりします。
さて――。
今度こそ平成最後の投稿になると思います。
令和となり、過ぎゆく平成を慈しみつつ、ゆっくりとですが一歩ずつ進んでいきたいと思っております。
野菜なら彩りも栄養もきちんとバランスの取れた野菜を。肉ならばガッツリとして噛み応えと肉汁のある肉を。平穏な日常を愛でつつ、血湧き肉躍る冒険を。
ガッツリとした形で出せたらなと。
はい、そういうのが好みなんです。
「出来たら投稿」という読者の皆様からしたらいつ投稿されるのか読めない、厄介な部分もあるかと思いますが、どうぞ今後ともよろしくお願い致します。




