第62話 手がかり
山頂につくった見張り台を再利用して、今度はボヌーヴ川の川筋ではなく反対側のソマ村の全景を見下ろしてサマースの姿を捜したわけだが、遠く、オレたちの通ってきた山道を人が急いでいるのを見つけた。おそらくアルバトスの放った空をも裂くような強力な魔法を目にして急いでいるのだろう。
岩肌と深い木々に紛れて正確な人数はわからないが、相当な速さであった。
だがオレが探してるのはその者達ではない。
そして見つけた。
枢密院殿に命じられた通りに、サマースは村の反対側の入り口近くに居た。しかし見つけ出したそのサマースは、材木置き場の脇にある黒い塊に蹴りを入れていた。
「何をやっているのだ、あいつは」
まったく、呑気なものである。
「光あれ」
三角移動でオレはサマースの元へと飛んだ。
「サマース」
「おう、ヒューか。いやなに、盗賊共を捕まえて闇の中に放りこんでたんだ」
「ほう」
それは大掃除であった。手練れも流れて来てただろうに、サマースにはそこまで焦った様子はない。さすがはアーサー道場の同年代一の遣い手である。そしてオレは少しだけリロの顔を思い出した。
「して、共と言ったな。何人捕まえた」
そう訊くとサマースは闇の壁に丸窓を設けてくれ、中の様子を見せてくれた。サマースは五人ほど捕まえていた。闇落ちで眠らせ、闇の中に放りこんで、さらに周囲を闇の壁で覆っていた。恐るべき三段活用である。言われなければオレもこの中に敵がいるとは思わなかった。
「それでこの闇の中に蹴り込んでいたわけか」
「まぁそうだ」
サーバ中で話題となってるアート王を護った枢密院殿の用心棒なのに、人聞きが悪いなとツッコミを入れようと思ったのだが、オレも向こう側で女子を殺そうとした敵を藪の中に蹴り込んでたな、と思い出した。
「うむ。さすがはサマースだ。仕事が早い」
そしてその闇の牢に目をやった。中々しっかりとした闇の壁である。どうやったのかは知らないが、手で叩いてもびくともしない。
「しかしこの闇の牢、サマースがいなくなっても大丈夫だろうか」
「わからんが、仮に村の人が気づいて壁を壊そうが、闇の中をおっかなびっくり進もうが、どっちにしろ寝てると思うぞ。村民が起こすとは思えん」
「そうか。敵は?」
オレとサマースは村の中心部の方へと注意を向けたが、斥候が来る気配は微塵もなかった。
「ぱったりだな」
「よし。では行くぞ。向こうは緊急事態だ。枢密院殿が貴公を呼んでいる」
「おい、そんなところに枢密院殿を置いてきたのか。お給金がもらえなくなったらどうするのだ」
「うむ。しかしこれも雇い主の命令でな」
「そうか。急ごう」
「うむ。光あれ」
オレはサマースを連れて三角移動をした。
枢密院殿の元へ飛ぶと、言われるまでもなくサマースは身を屈め、大樹の下の下草の陰に隠れた。そしてオレが土いじりで除けた土塁の向こうで何が起きてるのかを探った。
するとオレがサマースを呼びに行った時には洞穴に入ったはずの女エルフが出て来たいた。未だ岩肌に倒れて動けずにいる乙女の祈り魔法士団の小隊三名に、あざけりの声をかけていた。
「知らんな。それは貴様らの都合だろう」
「戦争が始まりそうだからって、こんな事をしても無事で済むと思わないことね。私たちは絶対にあなたの顔を忘れない」
「そうか。自分が生きていられると思ってるのだな。そういう話を聞くと殺したくなって来るではないか」
「殺されないわよ。私たちはまだ負けてない。勝手に勝った気にならないで」
「援軍でも来るのか? おおかた下に布陣してるフィッシュダイス騎士団と合流するために派遣された魔法士団なのだろうが、勝てると思ってるのか?」
「負けない」
「私たちもです」「小隊長の言う通りです」
ルイ小隊長につづいて、スミエとポルカも残る右足の片膝を立てた。失った左腕と左足の処置はしたのであろうか。だが顔面は血の気を失って蒼白である。
やれやれとアルバストが首を振った。
「何を言いたい。賢しらげに振る舞っても中身がなければ以後、皮肉な態度を取るしか出来ない無能だったと軽く扱われるだけだぞ。例えそれが魔法に長けると謳われたエルフであっても」
「隊長、エルフで相手にされないからこんなことしてるのでは?」
「珍しくポルカがいいことを言ったな」
「あ、酷い」
酷いのはそなたらだ。
左の手足を失って、情報を引き出すために相手をなお怒らせようとするとは、魔法士団とはこうも無茶なのであろうか。いや、枢密院殿が見てるとわかってるからこうしてるのか?
するとアルバトスが楽しげに言った。
「無能はどっちだ」
「…………」
「お前らの炎は火力が弱い。こんな山岳地帯に人を寄越すのに、おまえらのような炎の魔法使いを選択してる時点で、お前らの上司は無能だ。フッ、これはライムの魔法士団とやらも実は大したことはなさそうだな」
そしてオレも思わぬ事に気がついた。
幼い頃のフォルテでのことである。
確かに女エルフの言うように、母さまの未来召喚で得た軽トラは高地では動かすのに違和感があったのだ。オレとしてはいつのようにペダルを踏みこんでるつもりなのだが、なぜかエンジンから力が出て来ないのだ。のろのろとしか進まない。後にこの問題はモートレーが軽トラのエンジンは高地では空気が薄くてパワーが出ないことを突き止め、そして魔動エンジンへと切り替える切っ掛けとなったのだが…………。
モートレー・ブックフィールド、王廷守護八番隊の隊長である。未来召喚の特務研究の長のようにもこの頃からなっていた。
さて、ということで彼女たちの炎魔法なのだが、高地だと軽トラのエンジンからパワーが出にくいという、それと同じ事が眼前で起きていたと言えた。山岳地帯では魔気が薄い。魔気が薄ければ魔法の威力も落ちる。平野部とでは火力に差が出るのだ。必然的に彼女たちの渾身の炎魔法も、ここではその最大威力自体が落ちる結果となる。
思い出してみれば彼女たちの炎魔法は、炎心と内炎は黄色とオレンジだった。外炎にいたっても赤い炎であった。モートレーのいうところの火力の強い青い炎ではなかったのだ。
対して相手がエルフだというのも彼女たちにとっては分が悪い。
エルフは巨大樹や高地にも住んでることもあり、その環境で起こる出来事に関してもよく知っているのだ。まさに今の環境と合致するから血肉となった経験をなぞるようなものだろう。
そしてアルバストの物言いから考えを類推すれば、アルバストがこの地にいるのは自らの判断ではなく、上司が適材適所を見極めてこの地に派遣したとも取れる内容を示唆していた。
オレはその上司を知りたかった。
その間にも隣で枢密院殿とサマースとの間でひそひそ話が交わされていた。オレは言わば見張りである。
枢密院殿が落ち葉のうえに女子を寝かせつけ、その姿を見てもサマースは何も言わなかった。
つとサマースがオレを見た。枢密院殿が我らに尋ねた。
「あの女、まるでライムを知らないような物言いであるな」
「はあ」
サマースがおざなりに雇い主に返事を返すと、
「知り合いか」
と枢密院殿が何気なく尋ねていた。
「いえ、知りませぬ」
「ここでお主は魔法を使ったか?」
「まさか。枢密院殿に言われた通りに村の入り口で陣取っておりました」
「ふむ」
考え込む枢密院殿にオレも見たことを報告した。
この御仁はそれを証拠にはまだ弱いと考えておられるのだろう。
「サマースは入り口で五人ほど捕まえておりましたぞ。我らが誰一人捕まえられぬ間に、五人もです」
「ほう、五人もか」
「五人もです」
「それよりあの女、何者です」
「空を裂いた女じゃ」
「空を裂いた?」
「しらんのか?」
「はあ、なにぶん闇魔法で闇の牢屋を作るのに…………中に入って懸命だったので」
と言って多くを語ろうとせず、サマースは押し黙った。おそらく脳裏にお給金のことがよぎったのであろう。弱味を見せてお給金を減らされてはかなわん。オレも巻き添えを食らわずに済んでホッとした。
「あの女、エルフにしては目が変ですね」
サマースに言われて気がついた。
確かに、エルフのようだがエルフにしては目がおかしい。
「エルフの一族は碧眼のはずだが」
「金眼だな」
そして枢密院殿も頷いていた。サマースの疑いが大分晴れたらしい。すると新たに増援として加わった村民が、目の前でアルバストに親指を飛ばされた。
「嬲ってますな。殺す気がないのか?」
「サマースもそう見るか」
「はい。しかも目が冷たい。領土化したらこき使われるのでしょうな」
「そのために殺さぬと見たか」
「はい、適当ですが」
そう言ってサマースがアルバストと話す女子たちに目をやった。
「して、あの女性たちは? 村人とは少々格好が違うようですが」
「あれは魔法士団じゃ。乙女の祈り魔法士団の小隊じゃ」
「魔法士団、魔法士団があそこまでボロボロに?」
「サマース腹を割れ」
「は」
「彼女らをやったのは、お主の魔法ではないな」
「違います」
「儂の目の黒いうちは嘘は許さんぞ」
枢密院殿がすごんだ。
しかしあんた、至る所で見えぬ見えぬとぼやいていたではないか。大丈夫なのか?
「誓って嘘は申しておりません」
「よろしい。ではお主ら、何とかしろ」
な、なんというアバウトな命令――。
そしてオレもいきなり巻きこまれていた。
「ヒュー、俺を上に。状況確認が必要だ」
咄嗟のサマースに、枢密院殿が頷いたのでオレも呪文を唱えた。
「光あれ」
そして思う所はあったが、サマースのノリに付き合って正解だった。山頂から見下ろすと、洞穴の秘密の入り口に向かって人が幾人も集まろうとしてるのが見えた。
「あれは村で捕まえた者達ではないか? サマース」
「ヒューがそう言うなら、そうなのだろうな。知った顔でもいるか」
「遠くて断言はできんが、おそらく王杖に喧嘩を売った猛者が逃げ出している」
「王杖? ライムの王杖にか」
「うむ。王杖の第四席と枢密院殿は仰ってたな」
「モンタッタ・スモールランド様か」
「知っておるのか?」
「当然だ。小人族の炎の魔法使いだ。山の噴火を上から炎を浴びせて鎮めたという話を聞いたことがある」
「本当か?」
「だが王杖だ」
「なるほど。実績が物を言っておるのか。ぬ、まずい。アルバストが合流の気配に気づいたぞ」
止めを刺しに入りそうだ。
「外套のフードをかぶれ。顔を見せるな」
「了解だ」
「光あれ」
オレが洞穴の入り口に光速移動をすると、一度は捕まったはずの敵が姿を現し、口々にアルバストに感謝の言葉を述べた。
「お、上役が女を潰してるぞ」「水分身ありがとうございましたー」「あの魔法、どうやったんすかー」「お礼に今夜一晩付き合いますー」「「「ギャハハハ」」」
アルバストがジロリと睨んだ。
「死ぬか?」
「さーせんでしたー」「したー」「したー」「した」
しかし助かった。すぐにでも殺されるかと思った小隊の命がおかげで一瞬延びた。そう思った瞬間に後ろを向いたままアルバストが巨大な水魔法を放った。
「水帝龍水弾」
発動した瞬間に、あらゆる物を斬り裂きながら押し流し、圧し潰す。岩場を粉々に斬り裂き、圧し潰し、さらには洗い流そうとする。
「ファイアウォール」「くっ」「ぐ」
「無駄だよ」
アルバストが口の端を吊り上げた。
だがそのファイアウォールは自分たちの前面に展開するのではなく、アルバストの眼前に展開されていた。それはこれまで抜かれ続けた彼女たち乙女の祈り魔法士団の小隊としての工夫であった。
同じやられ方はしないという知恵であった。
だがその知恵をもアルバストは軽く凌駕して行く。
ファイアウォールなどなかったかのごとくに一瞬で通過してゆく。
「そんなっ」「あれでも駄目なの」「打つ手がもう」
彼女たちが岩場を砕きながら押し寄せてくる見上げるほど巨大な龍水に目を奪われていた。どこにも逃げ場はない。龍水はその大きな口を開けて自分たちを飲みこもうとしている。そして息も出来ずに苦しんで、削られた岩と一緒にシェイクされながら、その身を粉々に噛み砕かれてくのだ。
人生の終焉が見えた。
それはそんな達観した表情であった。
「光あれ」
「あっ」「だめっ」「ヒューくんっ」
小隊の三人の声が合わさった。
「「「死んじゃうっ」」」
そしてオレは水帝の前に立ちはだかり、一身にその身で水を押しとどめた。轟音が濁流となってオレの身体へと次々と叩きつけられる。だがオレはその龍水弾を後ろには通さなかった。ただひたすらに叩きつけられるままに叩きつけられた。
「なっ」「あっ」「どうやって」
「だから言いましたよ、光あれと」
防いでもいいのだが、足場に大量の水が残ると水魔法の使い手としては二の矢にしやすいだろう。そう思ってボヌーヴ川に飛ばしたのだ。
そして突然に水の流れが途切れた。龍の尻尾まできちんと水を受けきったらしい。
敵側が突然現れたオレに怪訝な顔をしている。おそらくバックドア・クックを含めた十数人は、自分たちがどんな一瞬を作ったのかもわかってないだろう。
「そしてオレが間に合った」
「ん? 誰だ、貴様」
威嚇するような赤い光がアルバストの元へと戻り、それからアルバストの周りを周回軌道のように廻りだした。
そしてオレは心の底から打ち顫えるような感慨を味わった。近くに来てようやくわかった。わかったのだ。
「おい」
そう言ってサマースがすぐ脇に飛んで来た。
いきなり増えたオレたちに敵側も驚いた。
「瞬間移動か、無属性…………」
自分たちの長が無属性だと思ってそう思ったのだろうか。だがこの光速移動が光属性だとわざわざ教えてやる必要もない。
「やるなら俺もやるぞ」
外套のフードで顔を隠しながら、その方が都合が良いであろうとサマースが言外に言っていた。
確かにその通りだ。その方が助かる。だが助けるのはオレではないだろう。
「貴公は彼女らの元に」
「おい」
サマースが不満を示した。
敵の前だから隙を見せずに敵を見据えたままのいつもの遣り取りであったが、オレはちょっとサマースがオレを当てにしすぎていると思った。
枢密院殿の場所から山頂まで、ごく自然な感じでオレに光速移動をさせたように、自分でも出来ることをサマースはオレに頼んでいるのだ。まだ自分が未熟な土魔法が使えなかった頃のことを引きずっているようだが、それでは困るのだ。
オレたちは、枢密院殿の用心棒である。
そして雇い主の意向は「何とかしろ」である。
オレはアルバストを見据えたまま、サマースに言った。
「貴公が治せ」
「しかし」
「大丈夫だ。光魔法の治癒はオレにさんざんやらせていたであろうが。今度はお前が実践すればいいだけのことよ。それにそもそもだ。見目麗しい美形の女子三人に恩を売っておく機会など、この先の人生においてあると思うか」
「…………ないと思う」
「ならばやれ」
そもそもアルバストのあの魔法はオレでないと防げない。
無属性ではないかと見抜いた枢密院殿の目は慧眼であった。そう、確かに枢密院殿の言った通りだ。オレは枢密院という職業のその目をわかっていなかった。今ようやく心の底からわかった。
あれを魔法と認識出来る者はそれだけで凄腕だと言ってもいい。魔法と認識できるわけがないのだ。魔法だと判じれただけでも尋常ではない。そして魔法を知ってる者ならば、あれは無属性の魔法にしか見えない。
「認識阻害の魔法を広範囲にかける。貴公の方に攻撃は行かないようにするから頼んだぞ」
「おいお前」
さすがはサマースである。敵の前でお前だけは絶対にオレの名前を呼ばなかったな。
(降霊召喚、小太郎)
スキル発動、顔を小太郎に。
オレの正体は、毛ほども気取られてはならぬ。用心しろ。あれはただのエルフではないぞ。
(なんだ、ヒュー。ここ最近喚び出さないと思ったら、いきなり戦闘か?)
オレの体内の召喚の場に喚んだ小太郎は、どこかお気楽だった。いや、好戦的な目で舌なめずりをしていると云ったところか。
(手がかりを見つけた)
(手がかり?)
(ああそうだ。あのエルフが使ってる魔法、あれは召喚魔法だ)
(何ぃ…………)
それもおそらく――。
枢密院殿は無属性の魔法ではないかと疑っていたが、
(それも間違いない…………、機械召喚だ)
(なっ!!!)
驚く小太郎をよそに、オレは外套のフードを静かに外した。
◇
自治領の屋敷では、リアが自分の左足の付け根がうずくのを感じた。そのうずきを堪えながら奪われてく魔力を補うよう、自身の身体に魔力を巡らせていると、いつもなら治まるはずのうずきが今日に限っていっこうに治まる気配をみせなかった。やがて熱くなり、幻肢痛がこれでもかと存在しないはずの左足の付け根に浮き上がってくる。
「失敗召喚だなんて…………私は思わない」
兄さまは慣れない剣術に励んで撃たれても撃たれても立ち向かっていたのだ。そんな姿を見てしまったのだ。
私は弱音を吐いていい身分ではない。
この先に居るのだ。私の奪われた機械召喚体が――。
私の左足が――。
深度一のその先を睨みつけていると、思わぬ痛みが不意に目に来た。汗が目に入ったようだ。いつのまにか大量の汗を掻いているようで、次から次へと自分の玉の肌から汗が浮き出てきた。すると自分の周りにいつの間にかわずかばかりの機械召喚体が展開しており、右に左に揺れて涼やかな風を届けてくれている。
「ありがとう」
お礼を言って、未だお礼を言えない兄の姿を思い浮かべ、そしてひたすらに耐えた。
アンナさんが慌てて自分の元へと駆けつけて来る足音が聞こえた。
長くなりましたが、ようやくここまで来ました。楽しんで頂けたら幸いです。
それとブクマ、ありがとうございます。




