第58話 すがるような目で
時に木の枝に、時に山の岩肌に、光あれと光速移動の呪文を唱えながら、オレは枢密院殿を連れて戦場を駆け抜ける。ソマ村の中央は今や村民と盗賊共との間でせめぎ合いとなっていた。
だが盗賊共の目的は盗みが目的でないのは半ば決め打ちした方が良いだろうとオレは思っていた。盗賊共は確かに坊主がいいわけで示唆したように、村の中に押し入るのが目的ではなく、村民を自分たちの後ろに回り込ませないことを目的とした動きをしていたからだ。
つまり盗賊共の後ろだ。その先にオスニエル王子がいるはず。
「ぬ」
と言って枢密院殿に袖を引かれた。つぎの移動先が屋根の上だったので、オレはそのまま屋根に身を伏せたのだが、枢密院殿はうまい具合に手近な煙突の物陰に隠れた。
楽そうで何よりだ。オレは年寄りにとっさの行動はあまり期待しない。オレの爺さまと婆さまが自分の召喚獣に乗ろうとして、ゆっくり動いて騎乗した途端に背中から転げ落ちて、召喚士を引退したのは子供心によく覚えている。それを考えれば咄嗟に煙突の陰に隠れるなんて、よくすぐに行動に移せたものだと思う。なにしろついさっき剣を抜こうとして抜けなかった、そんな老いた姿を見たばかりなのだから尚更である。
「どうしました」
「彼奴、見たことがある。確かライムの王杖の防具を盗もうとして捕まったような」
「ほう。王杖から……よく生きてましたな」
「キボッドは本気でライムからの離脱を考えてるのか?」
「少なくともかつてライムに仇なした者を、恩赦を理由に使ってるという証拠のひとつにはなるでしょうな」
「しかし知らん者もおる」
「枢密院殿は犯罪者にはお詳しいので」
「そういう情報は枢密院で共有してるからの」
おそらく属国のサーバだけでなく、宗主国のライムも含めたライム全体として把握してるのだろう。でなければ王杖の情報をつかめるとは思えない。
それにしても元冒険者が恩赦を餌にキボッドから解放され、ちいさなソマ村を襲う、か。
仇なすどころか殲滅対象になるのではなかろうか。
国を滅ぼす力があるから、ライムのワッカイン王に認められ、王杖や王剣はその名を名乗れるのだ。もちろん気性や来歴も鑑みられて王が自ら選んでいる。いわば魔法士団や騎士団の団長クラスを王の私兵として引き抜いて、側近にしてしまうのだ。だから王杖は王の私兵、王そのものの武威である。その王杖の防具を狙った上に、今度はソマ村への襲撃である。間違いなくこれはライムへの、そして王への背信行為である。
冒険者に戻れることも二度とあるまい。
「して、あの者の名は?」
「確かバックドア・クックじゃな。モンタッタから殺されずに済んだというのに、次こそは殺されるじゃろうな」
「モンタッタとは?」
「王杖の第四席じゃよ。しかしその割に小人族と行動を共にしてる可能性もあるのか…………。ふむ、行くぞ。この場での確認は取れた」
オレは頷いて、バックドア・クックを含めた明らかに背後を守ってると思われる盗賊共を見極めた。
「闇魔法、闇」
途端に盗賊共の顔を闇が覆った。突然の暗闇に盗賊共がパニックになる。そしてあっという間に真正面から横合いにまわった村人たちに賊共が叩き伏せられていた。防衛戦が崩れ、オレの判断から外れてた盗賊共もつぎつぎと打ち倒されていった。
そしてオレは光あれと唱えた。
村の中央を抜けると、樹影の濃い場所へと出た。そして魔物の咆哮も聞こえる。オレは高所での移動をやめて、山道を小刻みに進んだ。なだらかな斜面が踏み固められているが、人の気配は山道を逸れたその奥からした。
「枢密院殿。ここから先、光速移動ではいきなり敵前に飛ぶ可能性があります」
「うむ。ここからは隠れながら接近しよう」
「はい。しばしお待ちを」
「ん?」
「土魔法、土いじり」
オレは下草の生えた山肌を畝のようにして脇にのけ、一本の土の道を作った。
枢密院殿が呆れたような眼を向けてきた。
「これなら草を踏む音もしないので」
「器用なことをする。では行くぞ」
返事をしてオレは先を歩いた。いわゆる露払いである。道をつける仕事もあるので先を歩いたが、本来なら枢密院殿の仕事優先で、枢密院殿を先に歩かせないといけなかったとは思う。
「止まって下さい。ゴブリンです」
樹影の濃くなった木々の向こうに、岩肌の剥き出しとなった急峻な山肌があった。そこに敵の盗賊が陣取って何やら魔物を迎え撃っている。
エルフを見つけた。
すらりとした女性のエルフがいて、その女の指示に皆が従ってるようだ。あれがアルバストという輩だろうか。
「あのエルフ、魔物を扱えるのか? エルフ女が我らに気を向けただけで魔物も一気にこちらを向いたぞ」
「ですがバレていません。このまま続けますか?」
「うむ。検分続行じゃ」
隙を見て盗賊共がゴブリンを血祭りにあげている。中々腕の立つ奴等であった。
アルバストは一定の配下を供回りに引き連れて、自分と、自分の背後にいるやんごとなき御方を守っているような布陣を取っていた。山の岩肌を背後に鉄壁といっていい布陣だ。その山の岩肌に、年端もいかぬ女の子が連れ回されているようだった。服装からしてこのソマ村の女子だろう、その女の子がこちらに気がついてすがるような目で見てきた。さすが地元の女子だ。普段とちがう景色に異物をあっという間に見極めたようだ。目がいい。
その女子が盗賊から小突かれた。さっさとしろという女子を脅す声がゴブリンの雄叫びを縫ってこちらにまで届いて来る。
「どうしますか、枢密院殿。サーバの国民が泣いておりますが」
「うむ。助ける。ちと別行動になるが、ピュー、お前が助けてこい」
「ヒューです」
女の子がぽっと明るい魔光を放つと岩肌にそのちいさな手を押し当てた。
「開くぞ。警戒しろ」
アルバストの声に人垣から二人ほどがそちらへ割かれた。
そして岩肌が動いて暗い穴が姿をあらわした。あの女子が開錠したらしい。おそらく彼女は土魔法の遣い手で、口を開けた洞穴の扉の開閉を、固有の魔力を通して行使したのだ。その女の子を石ころのように脇にのけて、次々と盗賊共が中に入って行く。自分はどうしたらいいのかわからず、あわわと逡巡する女子を、最後に中に入ろうとした元冒険者が、ホッとしたようなそれでいて決意を込めて追いかけようとしたようなそんな女子についでとばかりに笑いかけ、躊躇うことなく斬ろうとした。
「光あれ」
飛んだ時には盗賊の頸を斬り裂いていた。外套を羽ばたかせて女子の視界を塞ぐ。オレの後ろで盗賊の男が洞穴の入り口に寄り掛かるようにして倒れた。
「よう頑張った。助けに来たぞ。もう大丈夫だ」
殺されかかって女子が小さな口をわなわなと顫わせている。
「あ、ありがとう」
「それでいきなりで済まないが、奴等、何と言ってたな?」
「オ、オスニエル様が早くこの国を脱出するぞと…………」
言って女子がガタガタと身体を顫わせはじめた。
「無理をさせた、すまぬな。闇魔法、闇」
オレは斬り捨てた盗賊を闇で覆うと、さらに重力から解放して浮かせて、女子の目に入らぬようそのまま木立のなかへ、あっち行け、と蹴り飛ばした。
それを合図と見たか、枢密院殿が盗賊が木立に消えたのを見て、こちらへやって来ようとした。オレは身体を打ち顫わせている女子を抱っこすると、その背中をもう大丈夫だとばかりにトントンと叩いて上げた。幼かった頃のリアをオレはよくこうやってあやしていたものだ。その事を思い出した。
「さて…………」
オレは洞穴の中に消えた盗賊共の足音を聞いた。結構な下り坂が穴の奥へとずっとつづいてるようだった。そこへ来て女子の証言だ。
オレはオスニエルが側近とともにキボッドへ出ると見せかけて、実際はフェルマータに脱出しようとしてるのではないかと思った。
それというのもサーバに展開する騎士団に保護してもらってそのままキボッドに入れば、同じライムの属国とはいえ、サーバの追っ手からは逃れられるからだ。だがオスニエルはそれを選択しなかった。対峙してる騎士団から小隊が出た様子もないことを鑑みても、オスニエルは人の目を避けてサーバ城からこのソマ村まで人目を忍んでやって来たと考えるのが妥当だ。そしてこのような辺鄙な山岳地に来て、しかも普通のサーバ国民なら知りようもない秘密の洞穴のようなものを利用してるなると、オスニエル王子はこの村に関してもよく知っているということだ。
オスニエル本人が自分の身を守らせるために、この盗賊共を手引きしたとしか考えられなかった。
だがキボッドへと直接に入るようなことを避けているのも明白である。手順を踏めば踏むほど、オスニエル王子がキボッドを警戒していることもまたよく表れてると思えるのだ。そもそもオスニエル王子は身を寄せるキボッドからの自分の評価を、どう考えているのだろう。
オスニエル王子によってボヌーブ川は氾濫しなくなり、治水管理が上手くいくようになった。堰堤工事によって水量をサーバの都合で調節するようになり、サーバの農家は大いに助かったわけだが、さて、そこでキボッドの農家ではどうなのかと思うわけだ。キボッドでもボヌーヴ川に沿って農業を営んでいる場所はあるはずだ。
しかしこの問題も、キボッド側でも堰堤工事をするなり貯水池や堰をつくって対処すれば良いだけのことなのだが、それをしたという話もオレは聞いたことがない。そういう話を聞かないということは、枢密院殿によるアート王の心象のように、それをした工事の功績よりも、工事に携わったことで死んでしまった、その際の死者の数を聞いて二の足を踏んだとも考えられる。ふむ、確認すべきか
「枢密院殿」
「なんじゃ」
「ボヌーヴ堰堤工事の際にキボッドはどう反応しましたか? サーバ、あるいはライムに対して何か訴えませんでしたか?」
「特には何もなかった。いや、待てよ。キボッドではその年の収穫がガクッと減ったような覚えがあるな」
「それは大問題では? ここは高地です。キボッドは低地というわけでもないが平野部です。それまでの暴れ川から管理された川となってその恩恵を受けたためか、ここに来る途中に通り過ぎた田畑を見て、枢密院殿は二毛作ではないかと言ってましたよね。キボッドでもそうだったのですか」
「いや、キボッドでは通常の作付けだけだったはずじゃ。こちらでは九の月に収穫しても、本来なら麦の収穫は六の月ぐらいではなかろうか」
通常通り…………。
暴れ川の間隙を縫って、雨が降る季節の前に収穫までを済ませようという考え方もあるだろうか。水を管理して収穫時期を検討できるサーバと違って、キボッドは情報をサーバから与えられなければ、これまでの経験を根底から覆されてしまい、却って困ってしまったはずだ。
「ふうむ」
これはキボッドの懐は思った以上に深いような気がする。よく怒らなかったものだ。さすがはフェルマータとライムの狭間にあって緩衝地帯となっていた国である。オレの母国であるフォルテなら、すぐに相手国に文句をつけたであろうが、キボッドはそこを一旦飲みこんだいうわけだ。
「どうした。聞かせてみい」
「はい。おそらくですが、ボヌーヴ堰堤工事のせいで川の流れが変わって、キボッドでは迷惑を受けたのであろうな、と。例年通りに水が流れずに、高地の都合で勝手に水量を割り当てられてしまい、これを下流に住む人ならばどう思うと思うかな、と」
「なるほどの。面白くは思わないだろうな。しかも宗主国のライムからはボヌーヴ堰堤工事はよくやったと褒められていた」
「ああ、それで文句も言えなくなったわけですね…………。やはりキボッドがサーバの王子を受け入れる余地がないですね。むしろオスニエルは憎むべき対象だ。堰堤工事をした張本人でもある」
「この逃亡劇に裏があると?」
「ええ。オレはフェルマータが糸を引いてると思います」
だが騎士団を勝手に動かして開戦を決めるには、それだけでは理由が軽い気がした。譲歩できる多少の過多なら耐え忍ぶだけの懐の深さがありそうだし、キボッドは小国ではある。もっと複雑な、相手の立ち位置を見極めて動いている国が、動かざるを得なくなった理由が、きっとどこかにあるはずだ。
ソマ村を殲滅戦ではなく、戦線維持をして国抜けするオスニエルの姿を隠した感もある。ただ殴ればいいと思ってる戦い方でもなかった。
それにキボッドの立場なら、どこかの後ろ盾の国がないと、戦争を仕掛けても大丈夫と判断出来ないはず。
恩赦を約束された元冒険者や盗賊共は、ウキウキしながら仕事をしてるのだろうか。
オスニエルはそれを好意的に受け止めてるのだろうか。
枢密院殿は押し黙ってジッと洞穴の奥を眺めていた。何処に続くのかも知らない洞穴の向こうからは足音とともに生ぬるい風が吹いてくる。助けた女子の背中を撫でながら、枢密院殿がどう決断を下すのかを待つ身であったが、オレの眼にはこの闇の奥は、キボッドが溜め込んで鎮めた、重苦しい怒りにしか見えなかった。
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