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第54話 思わぬ要請

 ライムの王剣筆頭、ヘルベルト・アーサーだ。

 属国キボッドの地平の彼方騎士団が、同じく属国であるサーバの国境地帯に侵入したという連絡が入った。今、ライムの王宮は事実確認と噂話でもちきりになっている。

 オレはその情報を携えて、ライム城のどこかにいる第三王女のメラニー姫を探している。自室にはいなかった。自室にいないとなると次に姫が向かう先はと考え、訓練場を目指したら案の定そこにいた。しかも何やら驚いている。


「そ、それは大事件じゃない。お父さまには?」

「は。すでに一報が入ったかと」


 衛兵からたった今報告を受けたところらしい。

 振り返った眼が合った。


「王剣筆頭!」

「は。すぐに向かいます」


 いつの間にか呼びに来たのに付き従うことになった。この姫とは冒険者パーティを組んでいるが、よくこういう事がある。しかし城内でも同じようになると、いっそ清々しくもなる。この王女は、自分の立場というものをよく理解している。


 そこから先は早かった。王と王族達による速やかな王族会議が開かれ、キボッドの隣国である仕掛けられた当事国のサーバに密かに騎士団出動命令を出すこととなった。

 サーバには四つの騎士団があるが、俺の息子のいるアーサー騎士団ではなく、フィッシュダイス騎士団に出撃させるべきだとメラニー姫が献策した。


 その理由は光と闇に長け、足が速いから。


 瞬足系の騎士団を派遣して、まずは第一波を抑えるのが先決としたのだ。そして王がこの案を採択し、かつ属国の枢密院へも命令を出した。



 ◇



 情報は入手したが、オレにやれることはなかった。しかしサーバに攻め入って来たとあっては、いつダルマーイカ自治領に侵攻を始めてもおかしくないのだ。

 今でも侵入者対策はしているが、よりによって一番苦心している継戦能力が高い騎士団がやってくるのだ。第一陣、第二陣、そのあとも延々とつづく波状攻撃にさらされれば、我が屋敷も難攻不落というわけにはいかない。

 翌朝、早速リアとアンナに昨日付与した魔法を強化することとし、今わかってることの魔法の基礎練習から始まった。

 リアにはオレが降霊召喚をし、天道神さまの眼を借りて、自分がどんな魔法を放っているのかを実際に見てもらっている。

 ちなみに今やってるのは火の魔法だ。火の玉を大きくしたり小さくしたりして移動させている。すると目の前にあった火の玉を、いきなり山向こうの山脈の頂にまで飛ばしたのでビックリした。


「リア」

「魔力も魔気も使ってないですよね」

「あ、ああ」

「あれに乗れたら、あそこまで行けるのかしら?」


 リアはさらっと恐ろしいことを言う。


「基礎練習だぞ、リア。何が出来るかもうちょっと慎重に」

「でも兄(あに)さま、少なくともあそこらへんまでは簡単に飛ばせることがわかりましたよ?」


 そういって火の玉を手元にまで引き戻した。

 相当な距離を飛ばしたろうに、一瞬で手元の元の位置にまで引き戻して何事もなかったかのように平常心とはどうなんだ? しかもリアはなんともないようだし。

 大丈夫そうなら問題はないのか。ないな、うむ。

 それにしても思い切ったことをする。普段は四肢がなくて行動に制限があるリアだけに、動かせるとわかったら、思い切り動かしたくなったのだろうか。

 限界かどうかもわからぬが、ひょんなことからかなりの広範囲で魔法は扱えるのだという事がわかった。


「この形態だと舞わなくていいから楽ですね。私は手足もありませんし」


 思わぬことを言われた。しかもフォローに困る。


「だが確かに予備動作が巷で見かける魔法使いより少なく出来るのは確かだな。無詠唱の魔法使いには出くわしたことないが、こんな感じなのだろうか」

「わかりません。無詠唱でも手足で指示を出した方が、より速く方向転換や軌道の変化はつけられそうな気がしますが」


 つとリアが押し黙った。魔法を解除する。

 そして遅れて、庭に面した屋敷の軒下に吊している笹の葉擦れの音がする。常設してる警報装置が鳴ったのだ。

 仕掛けは簡単だ。屋敷周りに埋設してる召喚陣を誰かが足で踏んづけたのだ。知らない人にはどこかで葉擦れの音がしてるだけにしか聞こえない仕組みだ。


「ごめんください」


 声を聞いてオレは警報を外した。召喚陣に一時許可の付与をしたのだ。この召喚陣は三人で共作した共通召喚陣だが、こういうときにオレの持つ変身スキルは便利だ。常時起動の召喚陣にでも、起動させたまま変身という名の付与を追加することで、止めることが出来る。リアとアンナさんだと一度召喚魔法を発動させてからでないと、追記はできない。


「ヒューさん、ごめんください」

「庭にいます。廻って下さい」


 オレがそう言うとカーラ嬢がまわって来た。かなり急いでいたらしく肩で息せき切っている。


「ハロルド様のお屋敷まで来て頂けないでしょうか。急な案件が発生したのです」

「それはキボッドの件ですか」


 一瞬もう知ってるのかとカーラ嬢が驚いた顔をし、それからはい、と素直に肯いた。


「それはオレにだけですか?」

「いえ。サマースさんにも城から連絡が行ってます」

「なるほど。お兄さんですね」

「はい」


 辺境伯はすでに昨日の時点で知っているのに、今日そのように動いたということは、枢密院殿へのライムからの指令だな。おそらく王杖の第三席、サドン・バーストが雷信で報せたのだろう。


「そうですか。しかしそう簡単には頷けません」

「それはどうしてでしょう」

「ただ働きはゴメンだということです」


 カーラ嬢が小さく肩を落とした。ということは彼女も苦労してるようだというのがその一所作だけで大体わかった。当事者ではないのに当事者の立ち位置に立たざるを得なかったことも、おそらくこれまで何度となくあるのだろう。そういうのが透けて見えた。だがそこに情けは無用だ。情け無用でこき使われたオレの方こそ、いい迷惑である。


「そちらは後でハロルド様と交渉していただけないでしょうか」

「前回の分も上乗せしてもらいますぞ」

「はい。それで構わないと思います」

「む」


 オレは困った。断ってくると思ったら断ってこなかった。

 これではこちらから断れないではないか。


「兄さま」

「む、なんだ」

「行ってあげてはいかがでしょうか。本当に困っておられるようですし」


 む、む。

 つまり、リアがこう言うということは、天道神さまがカーラ嬢の心持ちを見抜いて伝えて来たとのではないかと、オレはそう思った。

 事実そうなのだろう。

 リアが大きく肯いている。


「ヒューさん、先に洩らしてしまいますが、ハロルド様はライム本国から監視役として動くよう命じられました。現在ライムにいるすべての枢密院が、ライム国内の情勢を一気に観察する態勢を取ることになってます」

「ほう、それはまた大規模であるな」


 と言うことは貴族にも通達が出てるはずだ。私兵といえども仕える家の一大事になるかもしれぬのだ。引き締めは当然行われることになるだろう。その最中に武装して単独で行動をする者がいたら、それは一気に怪しい人物となるわけか。

 だが戦争だぞ。

 国と国のぶつかり合いに自国だけを引き締めても、いや、属国同士だからライムからすれば国内問題なわけか。


「なるほど、監視役だ」

「では」

「そう簡単に喜ばないでもらいたい。妹はこう言うが、本来オレがあまり出歩けぬ身であることは、カーラ嬢にもわかったであろう」


 オレが誘導すると、カーラ嬢は妹を見た。目を伏せた。


「……はい」

「出向きはするが枢密院殿次第だ。期待はせんでもらいたい」

「わかりました」


 こうしてオレは屋敷を出た。

 気まずい空気だが、これはこれで致し方あるまいとオレは思ってる。そもそもそうなるような人の扱いをしたのは枢密院の方なのだ。むっつりと押し黙ってオレは少し考えた。

 ライムの意図だ。

 枢密院の本来の職務は、国のために良かれと思うことは自由闊達に何でも物申せるところにある。それをハロルド枢密院の所属するサーバだけでなく、ライム本国、そして各属国に対して今回のような通知を宗主国が出したということは、貴族だけでなく不穏な動きをした者、そのすべてに関して物申せと枠を取っ払ったことになる。

 戦時下とは言え、大きな決断をしたと思う。ライムとしてはそれ以前に当事国であるサーバの枢密院の機能強化も図りたいところなのだろうが、事はもうすでに起こっている。


 間に合うのだろうか。


 いや、間に合わせるために、王の知恵倉としてのはたらきや貴族への抑止力としての働きだけでなく、戦時下でのあらゆる流れに関しての監視役として、枢密院を動かしたいのだ。


 あとは、それを枢密院がどう考えるか、と言うことだ。



 ◇



「だからお主ら、再び我に力を貸せ」


 会ってすぐにハロルド枢密院はオレとサマースにそう申しつけた。オレが来る時に悩んでたのが馬鹿みたいであった。枢密院はそんなことはとっくに承知した上で、国のためなら正確なものを観て、見極めたいと考えている。

 相手がどうこう以前に、自分がこうせねばならないと考えてるのだ。


「枢密院とはこういう人でなければ務まらないのだな」


 オレの脇を小突きつつ、サマースがそんなことをボソッと言った。お人好しである。


「報酬は? 最早ただ働きというのは承服しかねるぞ、枢密院どの」

「報酬? 国難だ。貴公もこの国の禄を喰う者なら、今この時に協力せんか」


 なるほど。この人にお仲間が増えないわけだ。だがこういう意識の高さからだからこそ、地域の人から人材としてはこの上なく認められてもいる。


「あ~、しかしですな。我らも食べていかねばならん。とくに我が家には腹を空かした女子(おなご)が二人もおる。先日のようなキャベツ一個では家族の腹はふくれんのだ」

「何? あんな立派なキャベツを受け取っておいてか?」

「老人の腹とは違う。育ち盛りの女子(おなご)ふたり分の腹であるぞ。もちろんオレも十七歳、常に腹が空く青年期まっさかりだ」

「ふ~む。儂などそこのカーラにロールキャベツ一個を作ってもらっただけで腹いっぱいになるが」

「若い頃っ、若い頃を思い出してくれっ。アート王と同じ釜の飯をつついたのであろう。大変な思いをしたのではないかっ?」

「あ~、あいつな。あいつは意地汚い奴だったな。めぼしいおかずに先に唾を付けてくのだ。気にせず儂は喰ってやったがな」


 なかなか高貴なことをするな。ここの国王と枢密院は。

 フォルテでは絶対にできん。


「いや、しかしうむ、わかった。確かにキャベツだけでは味気ないな」

「では一日二万ギルで」

「そんなべらぼうなっ。現物支給であろう」

「いやいや、それではこちらが必要な物を買えんではないか。女子(おなご)には様々な要求があるのだぞ」


 枢密院殿がカーラ嬢に目をおくった。そしてそんなことはないとばかりに首を振った。


「貴公、苦労しておるのだな」

「枢密院殿には言われたくないわ」


 カーラ嬢はどんな生活をしてるのだ。


「遠慮もないの」

「当然だ。飯の種であるぞ」

「飯の種か。ふうむ、ならば一日五千ギルだ」

「いやいやいや、それでは四分の一ではないか。例えばフォルテでは傭兵を雇った場合、一日四万ギルは経費としてかかっておったぞ」

「それはまたふっかけられたな。そもそもフォルテの民なら傭兵など必要としないだろうに」

「だがそれが相場だ。冒険者ギルドならその半額ぐらいではないか? だからオレは一日二万ギルと申したのだ」

「むー。お主、金に汚いな」

「あんたに言われたくはないよ」

「もはや敬語もやめたか。ふはは。面白い奴だ。よかろう、一日一万ギルだ。それ以上はまかりならん」


 まかるとは負けるということだが、例えばキャベツをこちらがこれだけ負けてくれと言うのなら、代金を安くしてということなのでわかるが、値段を高くすることに負けないと言い出す人を、オレは初めて見た。

 そしてすぐにでも出立したいと言い出してるからには、枢密院殿はほんとうの意味での職業意識の塊なのであろう。だがちょっと待て欲しい。オレとて家族に連絡を取りたいことがある。その旨を枢密院殿に申し出た。すると調査は数日の予定だし、家族への連絡にはカーラ嬢が行ってくれるということで、落着となった。

 何やらどうあってもすぐに出立したいようだが、老人のくせにえらいペースの速い人だ。


「さて、であれば後は馬だな」

「馬? 馬は要らないですよ。馬には飼い葉も水も必要です。宿に泊まれば馬小屋の使用料もいる。維持費が馬鹿になりません。走ります」

「走る? そんな事したら、いざという時に疲れてるだろうが」

「アイストレイ」


 オレは水魔法で足下に氷のまるい板を作った。氷の盆である。

 魔法使いは敵に魔法をぶつけて攻撃するが、リアの一件から、オレは魔法はぶつけずとも移動の手段にしても良いのではないかと、そう思ったのだ。幸いオレの魔法は一度召喚したら魔力は使わないし、実質座ったり立ったりしてるだけで、移動も出来る。なにより速度も馬よりは速いはず。


「疲れたらこれで移動します」

「いや、そこまでしろとは言っとらん」

「楽ですよ」


 オレはアイストレイを前後に動かしてみた。実になめらかである。


「だから貴重な魔法をこんな所で使うな。魔力切れをおこしたら、下手したら丸一日かけても回復しないじゃろうが」

「大丈夫です。妹は一日中魔法を発動してますが疲れません」

「…………それは追い込みすぎであろう」


 リアを馬扱いであるか。言語道断である。

 リアは魔力を奪われて眠くなりはするけれど、赤い糸で繋がってないオレが魔力を奪われることはない。

 しかもリアは火の玉をあっという間に山向こうにまで飛ばしてた。


「なぁ、サマース。大丈夫だよな」


 そのサマースが、オレのことを真性のドケチを見るような眼で見つめていた。


「なぁ、おい」


 同意を求めたら、お主ら、似てるな、とそんな心外なことをサマースがしみじみと言い出した。

 オレはそんなにケチだろうか。しばし顧みる。


「いや、だが、季節料理屋ゲソで毎回金を払ってるのはオレだぞ。なぁ、オレがサマースに奢ってもらったことは一度もないのに、それは酷いのではないか、サマース」


 しばし視線が交差した。しかしサマースの眼はオレを見ずに自分の内奥を見ているようだった。


「あ」


 と口を開けたかと思ったら、そのままサマースが脱力した。思わぬ事実の発覚と、その飛び火の威力に言葉をなくして棒立ちになっている。

 まずいな。心底ショックを受けたらしい。目の焦点も合ってない。

 これから調査だというのにこれでは、環境を整えるべきところを環境破壊したオレの落ち度となるではないか。用心棒としても相方としても、これはオレの失態である。慌ててオレは、お前はどうするつもりだったのだと、一応話を変えてサマースに振ってみた。

 するとサマースがぽそりと言うには、何でも家に馬を取りに行くつもりであったようだ。今は衝撃からか、オレに付き合ってくれるつもりのようだが。

 隣で枢密院殿がほうほうと皮算用をつぶやいた。


「となると、儂がお主に馬を貸せば、全員に馬が行き渡るわけだな」


 冗談ではない。それを許したら賃料を取られることは目に見えてるではないか。オレの取り分が減る。それにどうせ節約するならばと、枢密院殿が馬車の話まで考慮に入れだしてしまい、面食らう。オレは乗馬は出来るが御者は出来ない。何しろオレは今まで馬車といえば乗せてもらう立場の者だったのだからな。

 我ながら二転三転して怪しいな。ぶっちゃけよう。もっと言えば乗馬もあまり得意ではない。

 オレには母さまの未来召喚で車があったから…………。


 まあいい。


「オレとサマースは走ります。体力をつけるために」

「本当に大丈夫か?」

「移動で迷惑をかけた時はその日のお給金は要らないです。これならどうです」


 そしてにっこりとした枢密院殿とオレは、固い握手を交わした。

 そんなこんなでオレとサマースは枢密院殿を雇い主に、ライムの目となり報告するために視察の旅に出たのだ。用心棒稼業の再開である。しかも今度はきちんとお給金の入る真っ当な用心棒である。

 がんばらねば。


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