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第5話 あの日のリア

 男を荒縄で縛って枢密院の屋敷に放置したままにしたのは、当て身を入れた以上、もうどんな工作をしようとも敵がいるということが向こうに知れ渡るだろうと判断したからだ。殺してしまえば後腐れはないのだが、フォルテの第七王子という立場がそれを押しとどめた。最早フォルテからは放逐されたも同然の身とはいえ、世間はそのような眼では見やしないと言うことが少しはわかってきたからだ。

 人気もない農道を走りながら、ハロルド枢密院がなぜ屋敷にいなかったのか、その理由を探してみたが全く思い当たるところはなかった。


 サーバは安定したライムの属国で、サーバの国王が手紙で出せずに密書で報せを送るといった意味が、全く予想もつかなかった。この密書を今頃首を長くして待ってるのは、ハロルド枢密院だけではなく、枢密院を昼日中から監視しても文句を言わせないだけの力を持った輩が相手なのだと、ここに来てオレは悟った。


 ──しかも敵と言ったな。


 ここまできたら女子(おなご)が目を覚ますのを待って、きちんと話を聞いた方がいいと思えた。

 少しだけ気が楽になった気がする。オレは走っていた足をゆるめた。


女子(おなご)は目覚めたか?」


 家に帰るとオレは早速アンナに尋ねた。だがアンナは首を振ってまだ目覚めないと言った。


「白ひげ先生は殺すつもりの太刀を受けたと言っておられました」

「そうか……」

「先程も晒しを変えたのですが、筋が立たれております。おそらくもう腕が上がることはないかと」

(むご)い話だ。まだうら若いだろうに」

「ヒュー様と同じ歳か、それより一つ上かどうかと言ったところでしょうか」


 オレは玄関脇から奥へと眼を配ると、


「だがあの時よりはマシだ」


 と言った。

 そしてそのオレの言葉に、アンナはハイと肯いた。


 その日、オレの妹、リアは王宮の召喚の儀式の間で、初めての召喚獣との契約を執り行うことになっていた。リアは緊張しながらも、母さまや(あに)さまと同じような、立派な召喚獣を手に入れますとちいさな(こぶし)を握り、気合いを入れていた。

 オレが召喚獣を手に入れられず、異界渡りをしてしまったことから、オレの妹であるリアもどうせろくな結果にはならないと、リアも陰では貴族どもに陰口をたたかれていたが、リアは母さまの直系の娘である。オレは男だから残念な結果になったが、妹は現状でも魔気の扱いに優れている。古今東西無双の母、サーシアの技を継ぐなら彼女しかいない、そういう期待も根強くあった。


 その場にはオレの時同様、父を筆頭に王家に連なる兄弟達がいた。それから公爵、侯爵、伯爵と力のある貴族も招かれていた。

 儀式の守護警備としては、今回は召喚の儀で内政に関わることなので、王を守り、王の親族を守り、そのために存在する廷臣の中から選ばれた特に魔法と武において優れた者で構成された、王廷守護隊が務めることとなった。

 王廷守護隊は十隊からなる守護警備専門の部隊になるのだが、その中からこの場の守護警備に認められたのは、隊としてではなく、隊長としての十人であった。


 もっとも、攻廷騎士団の団長を務めてる兄も二人いるので、その兄二人だけでもリアの警護は事足りていた気はするのだが、王族の召喚の儀は内政に関わることなので、王廷守護隊がすべてを取り仕切るのが筋であった。兄たちも騎士団としてではなく王族として参加をしていた。


 だが通常の召喚の儀では、各王廷守護隊の隊員が何人かつくだけで、隊長がつくことなどは滅多にない。


 そういう意味では普通の召喚の儀ではなく、王家の召喚の儀でなければ、このようなそうそうたる顔ぶれは集まらなかったと思うが、理由はそれだけではない。

 やはり母の直系の娘である、その一事が大きかった。悪し様に云う者も、興味だけは示していたのだから──。


 母サーシアの持っていた未来召喚、そして異界渡りで未来に渡ってしまった未来渡りという母固有の特殊スキル。

 その圧倒的な威力と便利さは、フォルテの文明を他国より数百年は進めたと謳われている。五大国最強にして、最高の文明と文化を持つ海洋国家とフォルテが尊敬を集めるのは、間違いなく母の功績であった。

 その母もオレが八歳の時に死んだ。テロリストの凶弾によって、その希有な召喚魔法と特殊スキルを、フォルテは失ってしまったのだ。

 母の享年は二十九歳だった。五年の年月が流れていた。しかしその失われたこれらの召喚魔法と特殊スキルが、今日この日に復活するかもしれないのだ。


 リアは、さまざまな意味で、全ての国民から注目されていた。


「リア」

 父が妹の名を呼んだ。

「はい」

 と返事を返したリアが、楚々(そそ)として父の前まで歩いた。

「リア。お前には多くの者が期待している。この儂もだ」

「はい」

「廻りを見ろ」


 リアが儀式の間に集ったそうそうたる顔ぶれを見渡す。そんな幼いリアの眼に、ここにいる人たちみんながこの道を通ったのだという、自分も続かねばと云う責任感みたいなものがわいた。そう後で聞いた。

 リアは決意も新たに父の方へと向き直ると、一礼をし、己の横に用意されていた召喚陣へと向き合った。


「お前にも未来が見えるか?」

「はい。素晴らしい未来を手に入れられるよう、母さまのようになれるよう、全力を尽くしたいと思います」


 そして結果は真逆になった。召喚陣が暴走したのだ。


「あっ」


 喉から声が出るが、召喚の呪文を唱えることすらもう出来なくなってしまったようだった。儀式の中断である。そしてリアは召喚陣の中央に何もないのに磔にされたように四肢を固定され、暴走した召喚獣が怒りにまかせてリアへと喰らいつこうとした。


「龍神召喚、龍神合体っ。させるかよっ」


 九番隊のガイ・ガー隊長が真っ先に召喚魔法を行使し、星渡りの龍を喚び出した。儀式の間だからいつもより極小の形で召喚していたが、ほぼ同時に龍神合体というのをしたのには驚いた。

 召喚獣で合体技をするなんて、見たことも聞いたこともなかったからだ。おそらくガイ・ガー隊長の隠し技なのだろう。

 リアに押し寄せる意思を持った鋼のような塊が、ガイ・ガー隊長の拳のひと薙で召喚空間の中に溶けこんでしまっていた。妹に勢いよく襲いかかっても、ガイ・ガー隊長の龍の波動で壁にぶつかったように散ってしまうのだ。

 ガイ・ガー隊長がこうやって、得体の知れない召喚獣を、元の世界に追い返してしまってるのに気づいたのは、もっとずっと後のことだった。

 この時に思ってたのは──、


 固く、速く、鋭く、強い。


 それがガイ・ガー隊長の龍神合体だということだった。

 この迅速な対応のおかげで、リアは身体の全てを(にえ)として奪われずに済んだのだ。

 そしてとどめは七番隊の隊長、ロッド・ホーヘバッグさんが刺してくれた。

 鋼のような未知の召喚獣を、ロッド隊長の召喚獣である雷鳥が、雷の下、未知の召喚獣のすべてを麻痺させて召喚陣の中に沈めてしまったのだ。


 完全なる封殺だった。


 誰しもがそう思った時だった。妹の四肢が千切れて召喚陣の中に吸い込まれて行ってしまった。


「リア」


 オレが名を呼んで振り返ったリアの眼が、その光を失って(くら)(うろ)となっていた。


 やがて召喚陣の光彩が消え、妹はドサリと役目を終えた召喚陣の上に落ちた。

 誰も声も出ない。

 ガイ・ガー隊長もロッド隊長も、リアは王族なので手を出しづらそうだった。


「失敗ですな」


 伯爵の誰かがそう嘲った。


「兄よりも酷い事になりましたな」


 答える貴族も王家への尊崇の念を抱いていなかった。

 もうこうなってしまえば、ただの厄介物にすぎないと、人間扱いすらしていなかった。


 そして妹の衣服は全て千切れて失われていた。四肢を失うほどの力で、引き裂く力が働いたのだ。無惨な裸体を衆目の眼に晒すこととなっていた。


 オレはリアに駆け寄ってその身体にオレのマントを羽織らせた。

 そうして眼や四肢から血を流して身動きできぬ妹を、周囲の嘲りと、好奇の目から隠すと、オレは妹を背負って、ふたり召喚の儀式の間から出た。


 誰も止める者はいなかった。


 とめどなく妹の身体から血が溢れるのをオレはどうにか止めようと、病院へと向かい、さまざまな医療室の扉をたたいて医者を捜した。だが王宮の専属医師はリアの手足のない身体を観ると、誰もが最早無理だといって匙を投げた。

 そしてオレは妹を妹の部屋に運ぶと、誰もせぬならオレがやると、自分の召喚魔法を発動したのだ。


 神憑きである。


 人に対して発動したことはない。神さまが手伝ってくれるとも限らない。

 だがオレにはもう神さまに頼るしか、妹のこの状態を治す(すべ)がなかったのだ。


「降霊召喚、天道神」


 そしてオレは何の光も見えないままに、日の本の神、天道神さまを召喚した。


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