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第46話 初めての謳歌

 一度見送ったのに再び店を訪れたオレたちを見て、季節料理屋ゲソの店員たちは忘れ物でもしたのかと尋ねて来た。するとサマースが剣の柄を斜め下にずらすと、コンコンとオレのベルトに剣と一緒に吊してある袋を叩いた。

 器用なことをする。

 だが店員もそれでオレたちが飲み直しに来たのだと理解した。雨が降って客足が途絶えたなかで、再来店したオレたちは歓迎された。


 先程はラガーだけだったので、今回は食事をすることも伝えると、なお一層喜ばれた。店員が勧めたこともあって、今日は肉ではなく、魚介を食べることにしたわけだが、特にサマースが食いついた。


 つまりおそらく、お値段がお高いのだろう。品を海から山まで持って来るとなるとコストもかかるだろうし、魚介は鮮度の良いうちに提供しないと廃棄処分することになるだろうから、雨で客足の止まった店側の事情と、オレの臨時収入を目の当たりにしたサマースとの思惑が、見事に合致したということだ。


 オレとしてはフォルテ近海の魚を毎日のように食べてこそいるが、ダルマーイカ自治領の魚介は山岳地方に居を構えるオレたちには縁遠く、実はそんなに食べたことがない。フォルテでも地方によって捕れる魚の種類は変わるし、こちらでも変わるだろうと思ってサマースのリクエストに応えたのだ。


「おい、ヒュー。これだ。これがいい」


 サマースがメニューを指差すので何かと思ったのだが、サマースが指でぐりぐり押さえて字が影となり見えないのだが、オレは苦笑しつつも店員さんにこれを二人前とお願いした。

 サマース、満面の笑みである。


 出て来たのはアカイカだった。イカの種類が多いことは知っていたが、食べてみて、この世にこんな美味い物があるのかと思うぐらいアカイカは美味しかった。特に和え物が美味しい。塩辛なのだがフォルテのスルメイカとはまたちがった独特な甘みに、オレは心をわしづかみにされてしまった。おかげでその後はアカイカ尽くしとなり、ラガーも進んで三杯も飲んでしまった。


 そうして季節料理を満喫した後、夕方となって人がぼちぼちと店に来店してきたこともあり、オレたちは季節料理屋ゲソを出た。


 雨で湿った土の道に水たまりが散見しており、夜気も湿り気を帯びて肌寒さが今日は一段と速くなっていた。ゆっくりと酔いが醒めてくのを覚えながら、サマースは外套を脱いだ。


「どうした」

「喫緊の課題だ」

「なんだよ課題って」

「背反世界、レボルト・ワールド」

「ああ、あれか。背反世界」

「そう。あの技だけはすぐにでも覚えないといけない。本当は家に帰ってからこっそり練習しようと思ってたんだがな。水円が思ったよりも簡単に出来たから、どうせならヒューに手伝ってもらおうと思ってな」

「そういうことか。今日は訓練もしてないしな。わかった。いっちょ付き合うか」


 道場に行ってなかったことを思いだした。

 ちょっとリアとアンナさんに申し訳なくなる。少なくないお金をアーサー道場にはお月謝として支払っている。

 いや、だがしかし、今日はバイコーンを倒した日なのだ。

 町の治安に一役買ったと思えば、リアとアンナさんも許してくれるだろう。罪悪感はじっとりと粘り気を帯びていて気軽に流せないが、それでも魔物の大侵攻の先触れを潰したと考えれば、オレのお月謝など些細な問題だろう。


 そしてオレが考えてる間にサマースが三叉路の外れに場所を移し、木剣を用意しようと胴着袋を肩から外していた。


「いや、ちょっと待て」

「なんだ」

「いや、まず全属性が使えるかどうかの確認が先だろ。以前、オレがやって見せたように、炎輪から順に全ての属性でやって見せてくれ」

「あれか。了解だ」


 オレも胴着袋を道の端に置くと、木剣を抜いてサマースと相対した。


 また雨が降りだした。

 水円をおおきく展開する。ふたりが存分に撃ち合えるように傘代わりの水円である。

 サマース打ち込んでくる。


「ずるいぞサマース」

「バカめ。敵がお前の都合を斟酌してくれるものか」


 確かにその通りだ。その通りなのだが、なんか腑に落ちぬ。

 そして脳天に一撃が落ちた。


「うわははは。参ったか」


 まだクラッとしてる。だがここは――。


「元祖背反世界!」

「あ、動けねー。おいヒュー、貴公、ちょっと待て」

「愚か者め。敵が貴公の都合を考慮してくれると思うか」

「てめ」

「脳天ぶっ飛ぶ一撃ドン」


 最前のオレのように目を回すサマースが痛快だった。

 オレが笑い転げていると、突然に動けなくなった。


「む?」

「ふははは、ヒューくん、お痛(いた)が過ぎたな」


 サマースが目を回してる間にオレの周りの魔気をがっちりと固めていた。今度はオレの動きが制限されて、サマースが追い風に乗ってオレの身体のあちこちを叩いて行く。


「サマース、これじゃ向かい風どころか大気の固定じゃないか」

「背反世界も進化するのだよ、すでに貴公は周回遅れ。わかったかね、自称元祖くん」


 ふざけるな。

 これでは敵に魔気の固定をしてることがバレバレではないか。敵に気づかれずに動きを制限するから敵は戸惑ってどんどんドツボに嵌まってゆくのに、これではあからさまに何かしてますよと宣伝してるので、次の相手には対策を打たれてしまう。

 それではこの技の肝である人に気づかれずに暴勇を振るう、その趣旨に反する。


 だがそんなオレの思いをねじ伏せるようにサマースの猛攻はつづく。

 いわば手の内を知ってる身内だからこその木剣への強引な魔法のかけ合いだが、くそ、オレよりサマースの方が対処が早い。


 頭に来たから力技で魔気を強引に味方(こちら)に付けて動かしてやった。


「あ、てめ」

「お主の拙い魔気操作など、オレの前では赤子同然なんだよ」

「バカめ。段階を踏みつつ試そうと思っていたがもう止めた。全壊だ」


 不穏な声が聞こえた。「ぜんかい」が違うような。


「火魔法の治癒は再生らしいし、遠慮は要らんよな」

「そんなの初耳だぞ」

「バカめ。魔法の基礎知識は貴公よりまだ俺の方がマシなんだよ。その差を悔いるがいい」


 そして遠慮のない撃ち合いが始まった。これまでの寸止めにも似た当たった瞬間に握りを緩めて威力を逃がしていたはずの攻撃が、互いに当たったら昏倒させるような必殺の威力を持った撃ち合いへと変化していった。

 オレも背反世界に力を入れている。だがサマースも全く遜色ない背反世界をオレに向けてかけている。互いの魔法が打ち消し合って、魔法がないニュートラルな状態に場が戻って行った。


「ここまであっという間にマスターするとは」

「ありがとよ。今までの魔法の悩みが嘘のように何でも出来そうだ。そしてヒュー」


 サマースがとっても良い笑顔でオレに笑いかけた。


「魔法が互するなら、剣の腕が物を言う」

「ちくしょう。いい笑顔しやがって」


 アーサー流の腕はサマースの方が上だ。風魔の忍術を織り交ぜれば互するか上回れるだろうが、それをしたらオレの負けのような気がする。これは殺し合いではなく酔い覚ましにも似た、遊びから始まった本気の遊びなのだ。


 剣と魔法で始めたのなら、剣と魔法で終わるべきだ。


(おう、頑張れ)


「げ」

「ん? どうした」

「何でもない。やられはせぬ、やられはせぬぞ」


 そう言って互いが互いの剣を撃ち落とす、果てしない撃ち合いを繰り広げる。それにしてもオレの中にまだ小太郎と天道神さまがいた。


(送還しておらんではないか。楽しいからな。見物だ)

(いい友達ができたのう)


 そしてオレは天道神さまの云ういい友達から容赦のない一撃を腹にもらった。


「おい、サマース友達だろう。少しは教導しろ。お前の方がアーサー流は年季が入ってる。それも約束したはずだぞ」

「おう。だから今やってるではないか」

「これはちとちがうのではないか」


 棒読みになった。だがサマースの手は緩まない。腹が痛い、手が痛い、足が痛い。て言うかオレばかりやられてるではないか。

 調子に乗るな。


「あ、貴様」

「ふははは」


 今度はオレがサマースを打ち据えてやった。


「水円を取るとは卑怯だぞ」

「バカめ。何でオレが敵のために雨傘を用意してやらねばならんのだ。存分に濡れろ! 濡れるがいい!」

「友達ではないのか!」

「フハハハハ」


 笑い声でもって返事とした。

 オレは傘代わりの水円を上空一面にではなく、オレだけに差したのだ。びしょびしょになってくサマースの木剣の握りが甘くなって、撃ち合いの速度がさっきよりも落ちた。服も自分の素肌にはりついて動きづらいだろう。そこを容赦なくオレが打ち据えて行く。


「腹っ、手っ、足っ」

「貴様」

「フハハハハ」


 そしてサマースは自分で自分の身体を治していた。どの属性の治癒を行ってるのかはわからない。だがオレはオレでサマースを見習って痛むところに光の治癒をふんだんに施した。


「魔力切れも魔気切れもない。不思議だな」


 サマースがそんなことを言ったが、そんなもの、オレは知らん。オレは魔法に関しては無知同然なのだ。そういえば前々から魔法の教本はいつか買おうと胸の奥底に秘めていたが、今回トライデントからの臨時収入もあったし、これを機に残った金で初級の魔法教本を買おうと改めて思った。


「ヒューも魔力切れがなさそうだな」

「何それ、という感じだな。あ、貴公、そこでオレの小手を撃つのはずるいぞ」

「バカめ。相手の都合で気を抜く闘いがあるものか」

「言ったな。絶対に参ったと言わせてやる」

「それはこちらの台詞だ」


 サマースが魔法を色々と試しているようだ。特に治癒に関しては惜しむことなく、すぐに回復をかけてるようだ。

 そしてそれを未だに不思議に思ってるようだが、オレたちとしては、出来ることをやるだけなのだ。剣戟だけでも道場よりも濃密な鍛錬をしているし、魔法も虚実合わせて織り交ぜてるので、その蓄積たるやこの短時間で色々なことを学んでいるようだ。治癒も属性によって治り方に向き不向きがあるようだとか、新たな発見も数多ある。

 だがそれをまとめるのは後でいい。

 今はとにかく一機に経験値を積み上げるべき時なのだ。それほどまでに修練の内容が濃い。


 何せ不思議なこととらしいが、痛みをかたっぱしから治癒して行けるのだから。


 そしてこれが出来るということは、仮に木剣の寸止めを誤ったとしても、撃ち合うことを止めずに継戦してもかまわないということを意味していた。


 道場で支給される木剣は柔らかく、折れやすくもあるが、それでも痛いものは痛いし寸止めが基本である。振り抜く、撃ち抜くといった実戦同様の動きをしても良いのは防具を付けたところだけなので、好きなだけ撃ち合えるというのは、騎士団に入り込んでからでなければ出来ないことなので、野辺でアーサー流の奥の奥を、無理矢理確認することも今なら叶う。

 オレもサマースもお互い笑っていた。


「楽しいな、ヒュー」

「まったくだ」


 サマースの剣速がまた一段と風に乗った。背反世界をマスターするため、あるいは覚えたばかりの魔法がどこまで出来るのかを確認するため、そんな初期目標はすでにどこかにぶっ飛んでいた。


 それが楽しかった。

 生まれて初めてと言ってもいい。何が生まれて初めてなのかは今はわからないが、十七年生きてきた短い生の中でも、今まで感じたことのない充足がここにはあった。


 オレの普段は単純明快だ。オレの生活はいついかなる時もリアを中心に、絶対の一線を引いている。父は王で父ではなく、母はもう既にこの世にはいない。幼いリアを守るのはオレの役目であり、思いであった。


 リアにも問われたことがある。


「なんで兄(あに)さまが、そこまでするの」


 落ち着いた問いかけだったが、悲しいほどに現実を見たリアの慟哭だった。


 四肢を失い、目を失い、召喚にも失敗し、国が見捨てたリアという存在を、なぜオレがここまで守るのか、リアはそれを問いたかったのだろう。だがその答えは簡単だ。リアが妹で、オレが兄だからだ。


 リアは召喚の儀で、王国内ではびこる、地に落ちたオレの評判すらも挽回する気で力を入れていたことをオレは知っている。情けないことだが、オレは妹にそこまで気負わせてしまっていたのだ。

 結果、リアは失敗し、身体を召喚獣に持って行かれてしまったが…………。だが召喚の儀に挑むその姿勢は、とても美しい姿勢であったとオレは今でも思っている。

 それに後(のち)に、召喚失敗が敵の罠であったことが、その場に居合わせたオレの降霊召喚で判明もしている。

 ならばオレがリアを守るのは当然であった。父が冷たい王で、オレしか敵に気づくことが出来ず、秘事である召喚の儀にもひっそりと介入されて、フォルテ国内ももはや信用できない状態にあるならば、地に落ちたオレの分まで、第三后の血筋ここにありという意気込みで命を懸けた妹を守るのは、兄であるオレの役目ではないか。

 リアは自らの機械召喚を証明し、兄であるオレの降霊召喚をも再評価させようと考えていたのだ。


 そんな心清らかな妹リアのために――。


 それが以後のオレの指針であった。いついかなる時でもこの目的は見失うことなく、オレはリアの現状をこれ以上損なわないよう、あらゆる注意を払って生きてきた。国を出され、異国の地に追放同然に追い払われても、それは小揺るぎもしなかった。

 だがそんなオレが、サマースといると、心が解(ほど)かれている。命の危機を感じて目標や目的にがんじがらめに己を律して状況に変わりはない。だがいつの間にかその一線を越えて、あるいはより深く己の心持ちを問いかけている自分がいる。

 今がそれだ。

 剣による撃ち合いなど、本来殺伐とした行為のはずなのに、異国にぽつんと放り出されたはずの身なのに――。


 正直オレはいま楽しい。


 霧をさらに静かにしたようなこぬか雨の中、オレたちは嬉々として道端で撃ち合った。

 町と水車村と豪農ロラン家との三叉路なので、それなりに人通りがあるはずの道なのだが、雨が降ってるにしても人っ子一人いなかった。


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