第44話 カヤの外
しかしサマースは棒きれを持って聖剣ごっこをして遊んでたのか。オレはそういう遊びをしたことがないだけに、少し羨ましかった。
聖剣ガウェイン。
ライムの、それも自治領であるこの地では、絵本でみる物語や吟遊詩人の詩で知り、その勇壮な姿を想像しては楽しんでいたのだろう。
自分もそうなりたいと奮って遊ぶわけだ。
そうして聖剣ガウェインに憧れる。いつか自分もそのような剣を手にしたいと。
そうやって幾度も繰り返して、自分の中で姿形をかたちづくって行くのだ。
対してオレは――。
オレは聖剣ガウェインの姿形は王室の書庫で資料として見たことがある。あるが、そうか、棒きれを聖なる剣に見立てるだけで、そのような遊びを友達と叩き合って覚えるわけなのか。
オレはなんとなくそれが羨ましくもあり、また、この地でアーサー流が生まれたその源流を見た気もした。
しかしそうなるとあれだな。
先日ハロルド枢密院の庭先で用心棒として雇われるために、我らの腕を見せるために嬉々として木刀で撃ち合ったのは、オレにとっても新鮮な体験で、良き思い出にもなったわけだ。
あれは楽しかった。心の底から楽しかった。
ひのきのぼうとはいかないが、ふむ、オレは子供の遊びを体験していたわけか…………。
「なんだよ、ヒュー。一人でにやにやしやがって。気持ち悪い奴だな」
「なっ」
「お前が聖剣ガウェインに憧れる気持ちもわからんでもない。風雲急を告げる剣、嵐を呼ぶ剣、全てを解き放つ剣、最後には全てを晴れ渡らせる剣。吟遊詩人もこれでもかと歌い継いできたからな」
「そうだな。オレも聞いたことがある」
「だろう? だから俺の中でも、今でも数ある聖剣の中で、聖剣ガウェインこそが特別な聖剣なんだ。まさに聖剣のなかの聖剣だな」
「お前の熱い気持ちはわかった、サマース。しかしそうなるとあれだな、自治領で聖剣の話をしたら、みんな挨拶のように話に乗ってくれるわけだな」
ここはアーサー流のお膝元だし。
「まぁ人気が出て、どこにいるのかと噂話に花を咲かせるまでが自治領の定番だな。サマースもそうだったのだろう?」
トライデントが大人の貫禄で話を回した。
それにサマースも頷いて返事をした。
「ええ。よく就寝前に親にせがんで話してもらってました」
「親にせがんでた話はそれだけか?」
「えっと、はい、もう一つありますね」
トライデントが、そうだろうそうだろうと頷いた。
「あ、以前の時の話だったんですね、これ」
「そうだ」
サマースの言葉にトライデントも頷いた。
「おい何だ。二人だけで納得して。オレにはちっともわからんぞ」
「以前にモンスターが爆発的に増えた時も、我らが王剣筆頭とのちに五大国フォルテの王族となった市井の娘、それと五大国サカードの商人とで対処したのだ」
フォルテの王族?
誰だろう。知ってる者だろうか。
「ちなみに王剣筆頭ということはロッド先生の父上だな」
「そうだ」
「サカードの商人とは誰だ?」
「フーターさ。未来視のフーター」
サマースのその言に、サカードのことなのに、トライデントがどこか遠い目をした。
「何かあるのか、トライデント」
「おい、ヒュー。年上の方に失礼だぞ」
「いや。恩人なので、かまわん」
トライデントが救いの手を入れてくれて助かった。言われてみれば、目上の者に対する市井の者の言葉ではなかったな。
「ふむ。よかったな。トライデントさんが温厚な方で」
「ふむ。流されてしまったようだが、まあいい。それでもう一人は?」
とオレがサマースに訊いたところで、ちょっと待てとトライデントに突っ込まれた。オレが不思議そうな顔をしていると、
「お前、本気で知らんのか」
と重ねて訊かれた。
「知らん」
やれやれとトライデントがサマースに先を促した。
「もう一人はフォルテのサーシアさまだ。何年か前にお亡くなりになられてしまったが、フォルテのシコン王の、何番目かは忘れたが、その后となられたお方だ。そのサーシアさまが王剣筆頭と未来視のフーターと一緒に、魔の島に向かったのさ」
そのサマースの説明を聞いて、オレはあんぐりと口を開けた。サーシアと来たならばそれは、もしかしてもしなくても、オレの母さま、その人である。
あー、トライデントの眼が度し難いバカを見てる眼でオレを見てる。
「知らなかったのか?」
「あ、ああ、知らなかった」
正確にいうと、知ってるといえば知ってるし、知らないといえば知らなかった。それというのも母さまは遊びで何度も魔の島に行ってるからというのがあった。そして魔の島の奥深くに深く分け入った母さまは、時折めぼしい魔物を見つけては拘束し、王族を守る攻廷騎士団の配下の者に契約させたりもしていた。いわば召喚獣のネタを捕まえに、日常茶飯事で魔の島に出かけてたのだ。だからそんな重大事で出かけてた時もあったのかもしれないが、オレはそんな話を全く聞かされていなかった。
要は母さまが魔の島にハンティングに行くのは日常だったのである。そのハンティングには父も何度も付き合わされていたはずだ。その時は行かなかったのだろうか。
いや、他国の騎士が動くのなら、王としては動くわけにはいかなかったろうと思い当たった。それをするなら攻廷騎士団を向かわせる。母さまを派遣したのは、せめて魔の島に慣れた者を向かわせたと、そういうことなのだろう。
母さまは強力だ。人助けにもなるが恩を売ることにもなる。
何より、他国の精鋭に、母さまの力を見せつけることが出来る。
これが一番の大きな理由ではないだろうかと、オレには想像できた。
「しかしライムの王剣筆頭が魔の島の経験者であるなら、トライデントの云う今回の先触れとやらも、その後のことも既に魔の島で経験済みということになる。確か王剣筆頭はロッド先生の父とサマースは言ってたよな」
「ああ」
そんなところからかと明らかに呆れた眼をトライデントから向けられた。
まぁ他国からの解釈など知らなかったのもあり、自治領では常識でもオレは知らないという無知は自覚しているが、さすがにそれはサマースの前で表情にだしすぎだと思う。
今は無視だ。
こいつはオレの母さまのことを知ってた上で、オレを驚かそうとした。何を興奮してるのかは知らないが、サマースに秘匿情報を秘することは出来たが、いい歳をした大人のトライデントが、サマースにまで秘事を開示しろと誘導したとも取られかねない今の行為は、さすがに見過ごせない。
開示するしない。
それを決めるのはオレだ。
そしてオレは敵の素性もわかっていない以上、表に出るわけには行かず、影働きに徹するつもりだ。そうせずにはいられぬ事情があるからだ。
しかしそれをひっくり返そうということは――。
こいつはリアから更にどこかの身体の部位を失わせたいのだろうか。
ぞろりと、肚の奥底で黒い感情がうごめいた。
「ならばここはやはりトライデントに動いてもらうのが正解だろうな。ただし、敵を舐めるなよ」
オレがトライデントを睨みつけると、間違いなくようやく両方の意味が伝わったようだった。これでわからなければ、トライデントを二例目のオレ印の貧の刻印を打つところだった。
すると突然だった。
「勇者の話をしていて機嫌を悪くしてんじゃねー」
ぽかりと横から頭を叩かれた。
「いきなり頭を殴るとは酷いではないか、サマース」
「バカめ。どうやって倒したとか、魔の島で何があったのかと聞くのが普通だろうに、そんなことは気にせずに、バイコーンの処置が先か」
「いや、でも実際そうだろう。先触れというなら尚更だ。おいサマース。オレにも一発殴らせろ」
「バカめ。物を頼むのに頼む相手を睨みつけるような奴には手段を選ばんのだよ。お前は人にものを頼んだことがないのか」
「……む……。確かにそうだ」
「お前が無知なのは仕方ない。まだダルマーイカ自治領に来てからひと月ちょっと、やっとふた月の背中が見えてきたぐらいだ。この地の風習に暗いことぐらい、わかってる」
「そうか」
「そう。先刻こっちは承知してるんだ。だからいちいち怒るな」
「む、わかった」
なんか煙に巻かれた気もしたが、そんなオレは置いて、サマースはトライデントに頭を下げていた。
「すみませんね。こいつは聞いての通り、ここに来て日が浅いんです。できればバカにしたような目はしないで頂きたい」
「違うよ、サマースさん。お父さんは私がヒューにくんに惚れたから、彼につらく当たってるんだよ」
「はぁ?」
オレが困惑するのと同時に、トライデントが憤怒で顔を赤黒くするのと、サマースが振り返るのとが同時だった。
「ティナ」
「久しぶり、ヒューくん。わたしの未来の旦那さま」
玄関に意味不明なことをのたまうティナが、サーバ城で見た衛視みたいな姿をして、颯爽と立っていた。
「衛視だったのか」
「今は外交官だよ、ヒューくん。それからこんにちは、サマースくん」
「あ、どうも。いやそれより未来の旦那さまって」
「認めんぞ、ティナァァ! お前に結婚はまだ早い!」
原因はこれかと、ようやくオレはトライデントがオレに食ってかかる理由を察した。
トライデントならこうなるだろうなというのも納得した。そもそも初めて会った時に、ティナを預かってると言っただけで、藁掻きでもってオレに攻撃してきたような父親だ。その父親が、娘から結婚すると聞かされた日には、そりゃ目の前のような有様にもなるだろう。
「だがしかし、オレはそんな話は聞いてないし、する気もないぞ」
「貴様! 俺の娘では不服とぬかすか!」
「どっちなんだ、お前は。おいティナ、迷惑だからトライデントを煽るな」
「でもホラ、わたし、裸であなたに抱きついちゃったし。女の子は自分の旦那以外には柔肌を見せないものでしょ」
トライデントが瞬間的に沸騰してオレをぶん殴ろうとしたので、オレは背反世界を展開した。向かい風にトライデントの動きが急に遅くなり、加速したオレがトライデントの足を払って床に倒すと、そのまま制圧した。
「ティナ、縄」
「はい」
ティナが縄をオレに渡しながらジッと見た。
手早く手足をそれぞれ縛る。その間にもちらちらとティナがオレを見てる。
「なんだ」
「初めての夫婦そろっての共同作業ね」
「頭、大丈夫か」
すると手足を縛られて身動きのとれなくなったはずのトライデントが、身体のバネで跳ね起きて着地し、そのまま膝を屈めて力を溜めると、オレ目掛けて体当たりをしてきた。
その体当たりをスッと躱すと、勢いあまって棚にぶつかったトライデントがごろんと床に寝っ転がった。次の攻撃をしてこないので、そっと陰からのぞくとトライデントは意識を一瞬手放していた。今はぶるぶると頭を振っている。
「まったく。この村に来るたびにオレはトライデントに襲いかかられなきゃならんのか」
そうしてぼやいてる間に、ティナが新たな縄でトライデントの手足の縄をくっつけて縛りなおしていた。そんなティナに向かって、娘が親を縛るのかとトライデントが顔を真っ赤にし、親が娘の人生を縛るのかとティナはティナで言い返していた。
勝手に盛り上がってる親子から一歩距離を置くと、サマースに話しかけられた。
「おい、ヒュー。貴様、裏切り者だったのか?」
「は?」
「七男坊のくせに、もう潜り込むところを確保してたのかってことだ。なるほど、婿入り先を見つけてたのなら、ダルマーイカから出るわけにもいかんわけだ」
次男坊のサマースが、その心が、なぜか猛り狂っていた。
こっちはこっちで面倒臭いことになりそうだ。
やれやれ。オレのことはカヤの外で、あちこちで勝手に話が進んでいた。




