第35話 妹の名誉、あるいは友への弔意
サマースがリロの遺骸をひとつに合わせ終えると、夜空を見上げ、光源の正体に気づいてオレに声をかけた。
「どうする。手伝うか?」
「いや、いい。弔ってやってくれ」
そうしてオレはコムロに眼をやった。
「リロは斃れた。もう十分であろう。退け」
「任務も忘れて友達ごっこを始めた男だ。やられても本望だろうよ」
「貴公、仲間の死を嬲るか?」
「事実を言ったまでだ。手抜きがどうのとか、何を甘えたことを尋ねてるのかと、正直自分の耳を疑ったぞ。勝てばいいのだ。相手の状態など忖度する必要もない。敵は敵だ」
「その敵がふたり、無傷で残ってるのだが、それでもまだ戦うのか?」
「任務とはそう言うものだろう。貴公は、枢密院を置いて帰れと言われて、はい、わかりましたと云って帰るのか?」
「帰らんな」
「ならば聞くな」
つまり宰相派の任務は、ジョージ宰相は死に、組織としては瓦解したとは言え、まだ任務としては生きているというわけか。
そうなるとジョージ宰相の上の立場の者が、この男に命令を下していることになる。
「まさか、オスニエル第一王子の命令で動いてるのか?」
「さてな」
ジョージ宰相が失脚しても、アート王の長男であるオスニエル自身がこの動きの裏を引いてるとなると、ジョージ宰相を倒しただけでは話が終わらないことになる。むしろ国を割るような事態にもなりかねない事になるのではないかと、オレはそう思った。
そんなオレの思索を遮るように、コムロがそっと毒を吐いた。
「そういえば貴公、四肢なしの妹がいるそうだな」
「貴様、どこでそれを」
「さてな」
先程と同じ答えだが、今度はその顔をニヤリと歪めてオレを嬲っていた。
「だが貴公を倒したら、その妹を襲ってみるのも一興かもな。四肢のない女は、一体どんな味がするんだろうな」
「貴様、オレの妹に手を出すか!」
オレがコムロとの距離を縮めようとすると、コムロが嗤った。
「もう遅いんだよ、…………夜よりも深く闇をいざなえ! 暗黒!」
オレがリアのことを問う間に、呪文を唱え終えたコムロが、再びオレに向かって闇魔法の暗黒を放った。
黒い靄が杖の先から広がって、オレの周りへとその範囲を広げる。
「四肢なしなど生きてても仕方あるまい。死ねばいいんだ、そんな女。女としての価値もねー。アハハハ」
「見えん」
「後退しても一緒だ。本気でレベル2の暗黒をかけたのだ。光魔法がちょっと出来る程度のアーサー流の使い手など、本来敵じゃない」
「左様か、いや、そうか」
「何気づいた気になってるのかな。貴公では俺の闇魔法は破れねーよ」
「オレが見えんと言ったのは宰相派のことだ。こんなバカを政争の道具に使って、いったいサーバをどんな国にしたいというのだろうか」
「なんだと」
怒ってるが、貴様の怒りなど、人に見せても大丈夫な程度の怒りだ。
それにしてオスニエル王子か、残存宰相派の思惑かはわからないが、こんな下衆をリロと組ませたという一事が、癇に障る。
わざとオレを怒らせようとしてる可能性もあるが、その場合はコムロは逃走を図ってることになるわけだ。
だがコムロは好戦的な眼でオレのことに喧嘩腰で向かって来てる。お荷物な妹を抱えてるくせに、サーバの国政にちょっかいを出して、貴公には痛い目を見てもらおうとか、妹の味見をしたら墓に報告に行ってやるとか、まぁ、黙って聞いてれば調子のいいことを散々ぶつけて来てくれるものだ。
しかし母国のフォルテで、宮廷、議場、城下町と、いたるところで嫌味や皮肉を聞こえるように散々言われてきたオレなので、オレにはこの手の耐性がある。だからこうは言ってるが、コムロの真意をどこにあるのかと探ることも出来ている。それでも聞いてて良い気持ちはしないわけだが、コムロに逃げる素振りは一切なかった。
つまり、本気で言っているらしい。
オレの肚の底で、何かどす黒い物ががぞろりとうごめいた。
「アーサー騎士団にも選抜されない時点でお前もリロも、その才能が知れるというわけだ。おまけに俺の闇魔法にかなわないと思って、貴公は一切の光魔法を発動していない」
えらい言われ様だな。
「そろそろ終わりだ。暗黒解除。闇魔法、加重人臥。ひれ伏せ!」
暗黒が晴れるとオレは膝をついた。
「確かにオレはアーサ-流の遣い手だ。だがお前のようにぶん殴って終わり、殺して終わりのような世界では生きていない。必要とあるならば、遣うことに躊躇いはない」
「ほう。だが何が出来るという。暗黒を解いてもらって、ようやく俺の姿を拝めたのだぞ。その代わり、もう立てはしないだろうがな」
「それが何だ。貴様の剣とて、オレの身体に傷ひとつ付けられなかったではないか。それどころか刃物の形さえなしてない」
「殺せるんだよ。魔法だけで。そろそろ内臓が軋みだしてないか? 話すのも苦しくはないか?」
「いやまったく」
「その痩せ我慢がいつまで続くやら」
あんまり絶対の自信を持ってるようなので、すっくと目の前で立ち上がってあげた。
「な…………」
「闇魔法はオレも使えてな。胸の内で軽くなれと思っただけで、まぁこんなもんだ」
オレはぴょんぴょん跳ねて、軽やかにその場に着地した。
「では沈め。こうかな? 闇魔法、加重人臥」
オレの手から魔気が出てかないので、ちょっとコムロの闇魔法とは違うようで、本当に発動してるのかどうかプルプルと手を振ってみると、確認するまでもなく、コムロが向こうで地面にひれ伏していた。
オレは視界に入らぬよう足下から近づくと、左横に回り、根元にわずかに残った刃を残したコムロの剣を草叢のなかに蹴り飛ばし、反撃できないようその機会を失わせた。
「言葉も出ぬか」
「チッ」
言われて抵抗の意思を見せた。誘導されたとも云えるが、とりあえずコムロは負けず嫌いなようだ。
「ほう、このようにやるのか」
魔気を積み重ねるよう意識すると、コムロの上にどんどん実体のない重みが加重された。それが殊の外コムロには効くらしい。肺の中に溜まってた空気をむりやり吐き出させられて、苦しそうに咳き込んでいる。
「おっと、すまんな。加減がわからぬのだ」
そしてオレは剣を抜き、コムロにもよく見えるように這いつくばったその脇に、かざして見せて上げた。荒い息のコムロだったが、その息がどんどん速くなった。逃げようともがくが、オレはそれを許さぬ。
オレは魔気にお願いして結構な加重をかけ、更にコムロをその場に釘付けにした。コムロの身体は常の厚みより、指三本ぐらい圧し潰されているようだ。
そのコムロに話しかけた。
「友達ごっこ。そう言ったな」
オレは返事を待たずに、コムロの右腕を断った。コムロの腕はそれなりに太かったので、一回突き降ろしただけでは上腕の筋肉のちょっとしか断つことが出来ず、五回ほど地面を突くことで、ようやくコムロの身体から右腕を切り離すことができた。
その間コムロは苦しげに息を吸っては吐いていたが、声に出せるほど深い呼吸は出来ないらしく、見たところ這いつくばるのに一生懸命だった。
「リロを腐してこの程度では、リロに悪い気もするが、まぁ途中か。貴公の腕が足りないのだから致し方ない」
オレはコムロの周りを右回りに回り込み、そのままだと見えないだろうから、顔を足の裏でボールをコントロールするように転がして上げ、こちらに向けてあげた。
「それからこうも言ったな。リアを汚す?」
左腕を断った。息も吐かせず六回ほど突き降ろすと、コムロの左腕は身体から切り離れた。
「ぐうっ」
「おいおい、声を出すなよ。リアは四肢を失ったその時にも、呻き声ひとつあげずに堪えていたぞ。その時リアは幾つであったろうか。まだ十歳であったかな。それに比べてお主はまだ足二本を残しているのに苦しそうな声を出すのだな。そんな体たらくでは、リアの足下にも及ばないぞ」
「リアを生きる価値もないと?」
右足を左端から断った。雷装の紫電を剣にまでまとわせて、一気に断ち斬って見せたのだ。断罪である。傷口が焦げて火傷となり、図らずも止血になっている。
これはいいと、オレはコムロの両の腕にも剣の剣身を当て、コムロの腕の付け根を焼いた。
「いいか、コムロ。リアはわずか指一本分の距離さえも進むことが苦しい。だがそれでも先に進もうと懸命に生きている。進む足がなかろうとも思考をその先へと懸命に進めている」
「足がないなら進むわけがなかろうが」
「それでも進むのだ。想像もつくまい」
「四肢無……し……が」
「貴様のような物事の事実だけでしか物を見ぬ者には永劫にわかるまい。血潮を振りしぼってそれでも進む、その意思の偉大さを。いずれ死ぬその気配をどれだけ間近に感じても、わずか爪先の欠片だけでも進みたいと願って進む健気さを。
貴様は見たことがないのだ」
つと気がついた。
「いや、感じる心がないのだろうな」
オレが厳かに頷いて、コムロを見下ろしていると、
「おいっ」
とサマースに呼ばれた。
「うぐぐぐ」
呻き声がうるさい。
「黙れ」
オレはひょいと魔法を放つと、サマースを顧みた。
「どうした」
「どうしたではない。おい、ヒュー。おまえ、痛めつけるつもりでやってるのではないか」
「無論だ。こいつはリアを辱めようと画策した。ただでは死なさぬ」
「しかし。殺すなら一気にやってやるべきではないか?」
「それではリアの名誉が回復せぬ。こいつはリアを四肢無しと嘲った。赦せぬ」
サマースがちょっとドン引きした。ちょっとでドン引きとは、どういう事なのか、オレにも何やら意味がわからぬが、うん、心は伝わったようだ。
伝わったついでに右足を断った。腕と違って太いので、五回ほど突き貫かなければならなかったが、紫電を纏わせずとも綺麗に断てた。
「ヒュー。リア殿のことで、お前をからかうようなことはせぬ。誓っておこう」
「気にするな、サマース。こいつはリロのことも友達ごっこと揶揄をしたような奴だ。お前はコイツのような下衆ではないだろうが」
「いや、ちょっと待て」
サマースが低く、鋭い声を出した。
「リロを馬鹿にしたのか」
「ああ。リロはコイツに逃げろと警告まで発してくれたというのにな。オレたちを見て友達ごっこと揶揄しおった」
サマースの眼が据わった。
リロの遺骸が握りしめたままの剣を見、おもむろに歩み寄ると、その剣をリロに借り受けると云って自らの手に取り、その様子を静観していたオレの元へと、路傍から音も立てずに取って返してきた。
「のいてくれ」
「ん?」
「残る一本、左足は俺がやる」
そう言ったサマースは、リロの剣をギュッと握りしめていた。
篤い男だ。
そして抜き身のままの剣を再び抜き、議場の時のように自分の胸の前で立てると、リロに向かって弔意を捧げた。オレはそこにサマースの鎮かな怒りを見た。あるいはリロを斬るのは、この男の本意を知ってからにすれば良かったという後悔があるのかもしれない。
もしもコムロの今のような口上を先に知っていたら、あるいはサマースはリロを斬らなかったのやも知れぬ。それだけの月日を、サマースはリロと道場で積み重ねていた。
サマースはコムロに声をかけることもなく、リロの剣をコムロの左足にそっと忍び込ませた。まるで道場でオレが喰らってたリロの突きのような静けさだった。いつもリロの突きは、気がつけばオレの身体に突き刺さっており、その静かな鋭さには本当に手を焼いた。しかもその突きには尋常ではない威力があり、突きが決まるたびにオレは道場の羽目板まで吹っ飛ばされていた。
むろんオレが迎え撃って、叩き伏せたこともある。
だがリロとは本当に良い勝負だったのだ。普通に十本やれば、向こうが六で、こちらが四といった具合だったろうか。
もう二度と訪れることのない、懐かしい思い出だった。
「…………」
サマースもリロを思い出してるのだろうか。リロの剣を突き落としてから、しばらく動かずにいた。
じんわりとした血がコムロの足から滲んでいる。
ちなみにコムロが一切の抵抗を見せず、身体に剣を突き立てられても一向に騒がないのは、オレがコイツの十八番である闇魔法をオレが意趣返しに遣ったからである。
闇魔法、闇落ち――。
収納系と悪意系と重力系が代表的な闇魔法において、収納系を除けば唯一好意的に見られている、子供を寝かしつけるのにいいわ~、と世の奥方達に好評な魔法である。召喚魔法こそ至高とするフォルテにおいても、この扱いなのだから、世界各地でもどのような状況かはわかるであろう。おそらく似たようなもののはずである。
さて、サマースである。
サマースは斬り飛ばさず、剣の半分ほどを切断面に当て、十一回ほどかけて突くことで、コムロの左足を断った。そこには戸惑いも躊躇いもなかった。
「我らが友、リロと……、麗しい兄妹愛のリア殿とを貶めるからだ」
そしてサマースはリロの剣に血振るいをくれて、コムロの血の一滴さえも、リロの剣に残しはしなかった。
こうしてコムロとの決着は、四肢を断つということで、一応の形はついたのだった。
ブックマークありがとうございます。初めて二桁に乗りました。顔も名前も知らず、作為もまったくないままに、十人もの方に続きを待ってもらえているというのは、本当に嬉しい限りです。
本作は初めから本編を描いた作品です。王族言葉の名残設定で、ヒューには時代物の言葉遣いをしてもらっていて、時代物を読んだことがない方には何これ状態の文体であろうことは重々承知しており、この点は不利かなぁと思っていたのですが、二桁の応援を頂いて、感無量です。ここ何日か、病院に入ったりもしてるのですが、術後の身体をいたわりつつ、がんばりますので、今後とも変わらぬ応援をよろしくお願いいたします。




