第30話 最初の一太刀
開門しますという衛兵のひと言を聞き、ヘルベルトは貴賓席のドアを衛兵が開けるのを見やった。しかし隣に座るメラニー姫は一顧だにしない。周囲に注意し、場合によっては対処するのは、王族を守護する王剣の務めであった。
「やぁやぁ、足止めはうまくいきましたよ」
そんな事を言いつつサドン・バーストが入室してきて、ヘルベルトは警戒を解いた。しかし姫には気になったようだ。
「肝心の敵が入室してきてないわね。あなたがやったの?」
「はい」
どおりでジョージ宰相が議場に入ってきてなかったわけだ。しかし状況を把握してないわけではないようでもある。ここにメラニーは王杖が風魔法でしっかり情報を収集していたことを知るわけだが、当のサドンはおどけるようにしてヘルベルトに言った。
「アーサー殿、私の魔法は使えるようにしといて下さいよ」
「そんなものは貴公で対処してくれ」
「やれやれ。王の剣、その筆頭は意地が悪い」
「王杖三席は口が悪い。メラニー姫の前でそのようなことを堂々と口にするのだから」
誰の命令なのかはわかっているのだろう、といった意味だ。
第三席のサドン・バーストは、ふふっと笑った。
「彼、私でも魔法が行使できない空間で、魔法を行使してましたよね」
その言がどこまで本気かは知らないが、その眼は興味深そうに、議場の出入り口に立ち、その場を守護しているヒューの横顔を鋭くとらえていた。
実際、魔気飲みが行使されていたことを知る者は、ここにいるメラニー姫とヘルベルトしか知らない。だが伝えてなかった王杖三席のサドンはその事を見抜いていた。おそらく自分と姫があそこいにる若者と知り合いだとも当たりを付けてるのだろう。
「美しいアーサー流でしたね、彼」
その言葉を聞いて、サドンも騙されてるのかと思った。サマースは魔法を行使していない。あれら全てを調整してたのはもうひとりの若者、黒子に徹したヒューであった。
「彼が独り占めして、それでいいんですかね」
そんな事をぼそりと言った。
鎌をかけられたわけだが、気づいてる前提で話を進めていいものかどうか、ヘルベルトが迷ってると、
「いいのよ、馬鹿だから」
とメラニー姫があっさりとぶった切ってしまった。
「バラしてどうするんです、姫」
「姫も、いえ、姫のお知り合いですか?」
「親しく見える?」
「いえ。でも何かはあったようですね」
しかし今度の鎌かけには姫はそっぽを向いた。教える気はないらしい。
ヘルベルトも、自分がやられたことを姫が配下の者に教えるとは思っていない。だが黙って返事を待ってるとも取られかねないサドンの沈黙に、メラニー姫がすずやかな眼を流して、サドンを睨んだ。
「もうこれ以上は詮索しませんので、はい」
そしてサドンは面白そうに下を見つつ席に着いた。貴賓席の眼下に、何者かに邪魔をされて議場に入場できなかったジョージ宰相が、その派閥の者達を引き連れて、いよいよ議場に入ってきたのだ。
「サドン殿に足止めされてた間の情報収集をようやく終えて、ようやく現状を認識したってところかな」
「ここまでそれだけの時間がかかったってわけね」
その現状にさぞ顫え上がったことだろうと想像し、メラニーがまたサドンを眺めやると、サドンはひと顫えして恐れ入って見せたが、その姿を無視して姫はお褒めの言葉をかけた。
「目付のお仕事、ご苦労さまでした」
サドンは、目付として、宗主国ライムの目がここにあるぞと釘を刺して来たのだ。
◇
ハロルド枢密院は鼻高々といった感じで告発席に着座していた。もしかしたら自分が雷装していたことも気づいていないかも知れないと、この時になってオレは思った。それほど枢密院は、自分の告発の意義が高められたことに意気揚々とし、自信に満ちあふれていた。
この枢密院の、アーサー流で言うところの剣を振りかぶって胴をガラ空きにする習性は、いい歳を召されてるわけだから、もうちょっとどうにかならんもんかとも思うのだが、彼の御仁の心はもう政治の方に向かってしまってるようだ。苦労は尽きない。
そこへサマースが告発席に座るハロルド枢密院に合図を送った。
「枢密院殿、どうぞ」
それからサマースが振り返って、議場の後ろにいるオレにも合図を送ってきたので、オレは急いでハロルド枢密院のいる告発席へと戻り、その後ろにある段幕越しの控えの間に陣取った。
片膝をつき、不測の事態にいつでも飛び出せる出撃体勢を互いに整えると、サマースが上気してオレに尋ねて来た。
「ヒュー、どうだった?」
「上々だ」
オレもそのままに思ったことを伝えた。実際サマースの演説は、これ以上ないほど貴族たちの心をつかんでいた。そこには次男坊で鍛え上げた、兄貴を巧みに祭り上げる、絶妙なよいしょがピリッとした効き目をもたらしていたことは否めない。
「そうか。騎士団の統括部長にも剣でもって勝てた。これは自信になる」
「ん?」
「ん?」
オレが聞き返すとサマースも聞き返してきた。
「いや、サマース。なぜお前が聞き返す」
「それはこちらの台詞だ。おまえ、統括部長がへぼいとでも思ってるのか?」
「いや、別に。何も思ってないぞ」
「統括部長はおそらく俺より腕が上だったぞ。だが場に支配されて、その実力を存分に発揮できなかったのだ。だがそこまで持ってったのも俺の器量だ。雷装を解いたことで、他の魔法が出るかも知れぬと警戒もさせたわけだし」
「おー、あそこにそんな細かな駆け引きがあったのか」
「なぜ、お前が感心する。俺が訊いたら上々と申したではないか」
「いや、オレは演説の方に意見を聞かれたものだとばかり思ったのだが」
サマースがハァと溜息を吐いた。
「おい、失礼だぞ」
「バカ野郎。友達のずれてるところを、こうも見せつけられて、俺が理解を示したのだからお前も理解して歩み寄れよ」
なるほど。ガッカリした気持ちを表すのも友達であるが故なのか。でもってサマースはそれを、今後は理解して接するぞと、そう言ってるわけか…………。ならばオレとしては、ここがオレのずれてるところと理解しろと言うわけだな。なるほど、質問は拒絶になってしまったわけだな。
「何も思ってないではなく、思え。考えろ」
サマースが念を押してきた。しかしなるほど、言わんとしたことはわかった。
「ふうむ。世は難しいな」
「お前が難しいわ。議場での所作や立ち振る舞いには長けてて、なんで一般常識がお粗末なんだ」
「わかった。お前の言への返答をまずはするよう今後は気をつけよう。しかしなるほど。相手の疑問に答えて寄り添うわけだな。であるならばサマース」
「おう」
「今後もよしなに頼む」
「こっちこそ頼むぜ、親友。いよいよお出ましだ」
サマースはしっかり眼を配っていて、オレに教えてくれた。オレは気づかなかったが、確かに議場にジョージ宰相が、その領袖が、派閥の者達をおおぜい引き連れて入場して来ていた。
そのサマースが近づいて来る一団を見やりながら、つぶやいた。
「何と言うか、暑いな」
サマースが額に汗を浮かべていた。フォルテ出身のオレはともかく、サマースにとってはサーバ母国の出来事なので、オレのように距離を置いて見られるものではないのかも知れない。
実際議場には言い知れない熱気が籠もっていた。外には日が昇り、晩夏の暑気がサーバ城の廻りをつつんでいるせいなのだろうが、オレにはそれだけではないように思えた。
ここに、サーバの未来を決する国政会議が始まったのだ。
見ればジョージ宰相も玉の汗を掻いている。情勢を悟ったか、いつの間にやら工作が破綻しかけて来てることに気づいたのか、あご先から尋常でない量の汗が滴り落ちていた。
王の貴賓席の階下にある議長席から、集団で迫ってくるジョージ宰相の派閥に対して、着席せよとの議長命令が下った。
しかしジョージ宰相はその命令を聞き入れもせず、ずんずん議場の中央通路を進んでくる。対してハロルド枢密院はその姿を見ても、何も感じていないようだった。姿勢も変えず、告発席に着座したまま、自信ありげな顔を崩すことはなかった。
オレの膝にポタリと汗が落ちた。
立てた膝の上に、それからいくつもの染みが広がっていた。どうやらオレも緊張しているらしい。
「出るぞ」
サマースが先陣を切ってハロルド枢密院の左脇に控えた。サマースの右にいたオレも、素直にその流れで枢密院の右脇に立ち並んだ。
するとハロルド枢密院が満足そうにオレたちを見て、それからジョージ宰相一派を迎え撃つように、着座していた席から揚々と立ち上がった。
「場を弁えぬか、愚か者!」
ハロルド枢密院が口火を切った。
相手にひと言いわせてから返事をするものと思ってたので、まさか自分から口火を切るとはオレは思ってもいなかった。
――正直、このお爺ちゃん、血の気多すぎである。
「儂を嘲弄する気か、ハロルド・カーギイカ!」
ジョージ宰相もハロルド枢密院のことを枢密院と役職で呼ばなかった。そこには尊敬も国政会議の会議たる体への配慮もなかった。
血の気が多いのはこちらも同じか。
そしてオレは思い出していた。
枢密院はオレを味方に引き込んだ時に何と言っていたのかを。
彼はこう言ってたのだ。
「最初の一太刀は、儂が浴びせると」
だが枢密院の腰には、剣がなかった。




