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第3話 伸び伸びとした街

 オレの部屋をアンナがノックした。オレが何かに集中してることを知った上での、ひそやかなノックであった。


「白ひげ先生が帰られました」

「そうか。オレが連れてきたのに挨拶もしないで」


 そこまで言ってオレは書き付けを胸の内ポケットにしまうと、急ぎ部屋を出た。まずいことに気がついたのだ。

 オレは敵を一度農道で撃退している。その敵が今度は数をそろえて同じ場所で待ち伏せているかも知れないのだ。そんな中に白ひげ先生を一人で向かわせるわけにはいかなかった。


「白ひげ先生の護衛に出る。農道は一本道だ。奴等が奪い返しに来る可能性もある」


 アンナの顔が蒼ざめたが、オレが外套を羽織ろうとすると、そのオレをアンナが止めた。


「あ、それは私の方から先生に申し伝えておきました。帰りはロラン・サーキ様の紋灯を掲げて帰られた方がよいと。これでおそらくは大抵のことは回避できるかと」


 オレは外套を肩に羽織ったまま、アンナに振り向いた。これは詳しく話を聞く必要ができた。


「いい判断だ。ではロラン殿の母屋の方へと白ひげ先生は行かれたかな?」

「はい。あくまでロラン様のお客として振る舞うつもりのようでした。今頃は寄られてるのでは? 真っ直ぐな一本道を通らずに、ロラン様の邸の方へ向かわれてましたので」

「大人の知恵だな。剣の傷でそこまで見極められたか」


 だがオレが外出する素振りのまま外套を脱がないので、アンナが不思議そうに尋ねて来た。


「お取り止めにならないのですか」

「うむ。ちくと行くところが出来た」

「それは」

「ハロルド・カーギイカ枢密院の屋敷だ」

「それはまた大物のお方の屋敷へ。この時分にですか?」

「そうだな。夜も更けてるのはわかってる。ちと急ぐでな。説明は後だ。リアと女子(おなご)のことを頼む」

「わかりました。ですが神憑きはご使用なさらないように。()ばれても小太郎さままでです」

「召喚魔法を使う気はない。案ずるな。お前に忍術を教えたのは誰だ」

「それは、ヒュー様です」

「お前はオレの通うアーサー道場の誰かに襲われたとしても、自分が負けると思うか?」

「アーサー先生にはさすがに」

「本音で言え」

「いえ。負けませぬ」

「それが答えだ」


 今やアンナ一人でもこの地の住民の誰が襲いかかって来ても、そうそう遅れは取らない。そしてオレはそのアンナの師でもあるのだ。そう心配されても困る。


「このダルマーイカでは忍術だけで充分に通用する」


 オレは外套を一度バサッとはためかせると胸元で留めた。潜入は忍びの技倆の粋でもある。小太郎から学んだ風魔の忍術、多少のことでは後れを取るつもりはない。

 そしてアンナは今は詳細をオレが話す気がないことも悟ったようだった。廊下を抜けると妹のリアの住まう部屋の前に出た。


(あに)さま」

「すまんな、リア。野暮用ができた」

「どうぞ、ご存分に」


 リアが先程と同じことを言って、オレの背中を押してくれた。


「うむ。遅くはならぬ」


 そしてオレはこの非常事態をもたらした女子(おなご)にも眼を配ると、思いの外に女子(おなご)が落ち着いていて、静かに寝息を立てていることがわかった。


「では行ってくる」

「行ってらっしゃいませ」「行ってらっしゃいませ、ヒュー様」


 オレは納屋である我が根城から、月夜のダルマーイカ自治領に足を踏み入れた。こればかりはフォルテから他国に来たという生国の絆というものがある。だからたとえ再び放逐され、ダルマーイカ自治領からまた別の領地へと送られても、その心持ちは生涯変わらないと言えるだろう。


 月は天頂へと差しかかっていた。書き付けの見聞で思わぬ時を喰ってしまったようだ。だがハロルド・カーギイカ枢密院の屋敷までは歩いても十分ほどで行ける場所だ。あの名前も知らぬ女子(おなご)は、闇雲に我が屋敷の農道を選んで歩いたわけではないらしい。

 あとはあの女子(おなご)に代わってオレが使いの代わりを果たせばいい。どうやらオレはそれだけの恩を、アート・サーバ・ルーゲリス国王から知らず受けていたようだ。

 オレは月夜の空を見上げた。最早月に(かさ)はかかっていなかった。待ち伏せの気配もない。四囲に注意を払い、時折月を眺めては、ふとした拍子に胸の書き付けを落としてしまってはいないかと、胸に手を当てたりした。落とすはずもないのに、そんな事までしてしまうとは、オレも随分と慎重になっているようだった。


 オレと妹はフォルテの王族として、フォルテと同じ五大国のひとつライムへと、いわば人質として送られたわけだが、噂になったオレの能力と妹の姿を見知って、どこの国でも扱いに困ってオレたちの身柄を下々へ流した。

 彼らは皆、フォルテにとって価値がない物を、自分たちに押しつけられたと、ライムも、ライムの属国であるサーバも、そして自治領領主も、オレたちのことを見限った物だとばかりに思っていた。

 最後の貧乏くじを引いたのが、今オレたちが納屋を用意だてしてもらった豪農、ロラン・サーキだと思っていた。

 だがサーバ国王の思惑はオレの見立てとは違ったようだった。オレたちは僻地ではない。一番安全な場所へと送られていたのだ。そのことをこの書き付けで知った。


 これは恩を返さねばなるまい。


 オレがこの不穏な書き付けを、ハロルド・カーギイカ枢密院に届けることに否やはなかった。


 やがて農道からでもダルマーイカの石作りの街が見えてきた。石壁で守備を固めた大きな街である。自治領と言うべきところなのはわかっているが、フォルテ王宮で暮らしてた目からすれば、やはりこの地は街であった。

 それというのも石壁の上には木々がのびのびと伸びて、街の大らかな気風がよく表れていたりするからだ。石壁で守備を固めているが、攻め込まれたことなど実は一度もないのではなかろうかとオレは思っている。


 何しろ辺境だ。


 遠目にも人気はなかった。オレはそのまま街に入り、往来に関しても道の真ん中を歩かぬよう端を歩き、目立たぬように眼を配りつつ人の気配を探っても、やはり人の気配はない。もはや夜道を歩いてる者はいなかった。

 オレはそのまま息を殺してわずかに歩くと、右にハロルド・カーギイカ枢密院の屋敷の道が見えた。


 ここにも誰も居ない。


 後は左に曲がって密書を届けるだけという段になって、ハロルド・カーギイカ枢密院の屋敷が男達に包囲されてることを知った。


「どうやら女子(おなご)を救ったオレの詮索ではなく、必ずこの屋敷に届けに来ることを知った上での包囲網だな」


 ハロルド・カーギイカ枢密院は見張られていた。

 しかも枢密院の屋敷だというのに、屋敷の周囲を門番や見回りの者が警戒するような様子もなく、相手方の男たちが気ままに屋敷前をたむろしてるので、この者たちの背後には余程有力な後ろ盾があるものと思えた。


 枢密院の名は軽くない。

 このダルマーイカ自治領の政治の顧問団として腕を振るう立場にあり、この地においてはわずか十三名しかいない要職である。いわばダルマーイカ自治領の政治の生命線でもあった。


 オレは辻の陰に隠れて、眼につく人数を数えた。五人だ。

 士気は低い。夜更け特有の睡魔から来るであろう、だらだらとした雰囲気であったが、たとえこちらが枢密院に訪いを入れようとも、数に任せてどうとでもなるといった(てい)でもあった。包囲網の中身はないが根拠のない自信はあるという、ザッと見でも、網のあちこちに切れ目のある包囲網であった。


 石作りの街は忍び込むにあたって足場に苦しむことがない。石の凹凸が革靴のどこに当たっても取っかかりとして踏みこむことが出来る。


 城というものは角に見張り所を構える城もあれば、塀の中ほどに見張り所を構えるところもある。

 要は自然と一体になって、一番利便性の高い設計をする物なのだが、枢密院の石壁は分厚く高さもあるが、それだけであった。忍び返しの(たぐい)もない。

 忍びという概念がないから、物盗りは魔法体系で補ってしまってるのだろう。


 だがそこが穴だ。


 魔法では空間認識が主になる。異物が入って来たら警報を鳴らすのだ。だがそこに小動物の(たぐい)は含まれない。犬や猫が入ってくるたびに警報が鳴っては、就寝する間もなくなるからだ。


 人は歩く。


 あいつらの頭にはそれしかない。

 でもオレは歩かない。塀に登っての四足の術でも構わぬし、匍匐の術もある。

 だがそれすらも今回は選ばない。オレの頭上を大木が枝葉を伸ばしていた。

 オレは無防備な隣の家の屋敷に入り、そのまま苦もなく木を登って枝をある程度渡ると、外套から用意していた忍び道具を取り出した。


 重石とかぎ爪、それから縄と滑車である。


途中からはロープを投げて枢密院の屋敷にある大木の下枝に向けて重石とかぎ爪のついた縄を放った。

 音もなく下枝に重石がぐるぐると巻き付き、かぎ爪がそれを固定した。引っ張ってもビクともしない。

 それからオレは井戸についている滑車を流用した物だが、その滑車に腰当てにするよう縄に編み目の枠をくくりつけ、それをあちらの木へと張った縄に引っ掻けると、オレはその身を月夜に躍らせ一気に滑車を滑らせた。音もなくすべる滑車が風を切る。

 身体を丸めたので魔法感知にもかからない。

 そんな出し抜いたとすら言えない侵入法だった。風魔の里ではこんな事は忍術にすら数えられないかも知れない。

 だがオレがこうして枢密院の屋敷に渡っているのに、包囲網を張ってる見張り役の誰ひとりとしてオレの気配すら感じなかった。


「気づくこともすら出来ない無能者、か」


 ぽつりとこぼれ出たが──、

 だがしかし、この言葉は自分にとっても、棘となって少々深く刺さる言葉であった。

 国元にいた頃は、まさにオレがこの言葉を周囲から囁かれていたのだ。五大国のひとつ、フォルテの第七王子であったこのオレが、である。


 オレの身につけた召喚魔法は、そんな物は知らないと鼻であしらわれた。異界渡りをした者なら誰しもが必ず身につけるスキルも、オレが身につけたスキルを実演した途端、こんな役立たずなスキルを王族が身につけるとは是非もないと、誰憚ることなく父にまで悪し様に言われたものだった。おかげでその後の王宮の華やかな舞踏会は、一気に冷ややかな物へと様変わりしたものである。


 いかん。集中せねば。

 オレは使命の途中で傷ついた女子(おなご)に代わって、ハロルド・カーギイカ枢密院にサーバ国国王からの密書を届けに来たのだ。


 しかしこうして無事侵入して辺りを見渡してみると、庭には篝火も焚かれていなければ、戦準備でざわついてるような様子もなかった。門番や外の見廻りの者がいないことに驚いたばかりだが、まさか庭にも誰もいないとは思いもしなかった。

 オレは茂みに身を寄せてひっそりと考えた。


 何しろサーバ国国王が頼る相手だ。


 手駒にはさぞ屈強な人材が揃っているのだろうが、その人材を全て屋敷の中に配置したとオレは見た。だが考えてみればそれも当然であった。

 これ見よがしに周囲の警戒をしてしまうことで、国内に何か不穏なことが起こっていると、近在の住民に余計な詮索や心配の種を与えることになるのである。それが連日連夜積み重なれば、どうしようもなく不安になる人身の乱れを誘引する可能性だってあるのである。

 それを考えれば屋敷内だけで対処可能と考えるハロルド・カーギイカ枢密院は、剛胆で政治手腕にも長けた人物であると言えた。


「これは田舎どころではないな」


 辺境と思っていた自分の浅はかさも、いつの日か詫びないといけないかも知れない。それも近日中に。

 思っただけで侮ってはいないから、そこは勘弁して欲しいものだが、オレの浅慮で枢密院が不快に思い、フォルテとはこのような者達なのかとフォルテに傷がついても困る。あそこは、いずれリアが戻る国なのだ。


 しかしこうなると──。


 これは屋敷に入った時点で室内戦になるな。そう予感できた。

 そしてそれはサーバ国国王への義理を欠く行為になる。

 軽々(けいけい)なことは慎むべきであった。


 せっかく攻略したのだが──。


 とオレは外套に閉まった縄や滑車の類をもう一度外套から取り出すと、


「大人しく帰るか」


 と納屋に戻ることにした。


 そこから学んだこととして、ハロルド・カーギイカ枢密院に会うためには、どうやら日中に、しかも正面から入るしかないようである、ということであった。


 それはどうしても騒動を起こしかねない、至難の業のように思えた。


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