第26話 何その魔法
槍使い三人と魔法使いひとりを拘束し、ウインドで浮かせて次の町まで連行すると、町に入った途端にハロルド枢密院の馬車は、ある意味注目の的となった。
町の警察部隊への説明はカーラさんが請け負ってくれた。道中の守護がオレたちにはあるので、後処理は自分がやると手を挙げてくれたのだ。これがオレには大変ありがたかった。何しろ顔や名前を明かす機会は少なければ少ないほどいい。こういう名を出さねばならぬ仕事を、彼女はハロルド枢密院の名の下にすべてを処理してくれるのだ。
これは望外の誤算であった。もしもオレが門番に潜り込めた暁には、枢密院の名は絶好の隠れ蓑のなかに入れたことになるとわかったわけだ。めくるめく皮算用がはかどって胸躍らせ、オレは終始ご機嫌だった。
さて、警察署内のことである。
やがて国政会議があるというのに、興の乗りだした枢密院が隣にカーラさんを従えて武勇伝を語り出し、オレたちは終わりそうにないので暇になり、警官に我々は馬車が盗まれないよう馬車で待ってますと言伝をして、表に出た。
さりとて表に出てもやることもないので、御者席にでも座って馬番でもしようかと腰を下ろすと、サマースも隣に座ってオレに話しかけて来た。
「おい、ヒュー。ちょっと話を聞かせろ」
「ん? 警官みたいなことを言うな。カーラさんはありがたいと思ってるぞ。面倒なことを引き受けてくれたのでな」
「ばか。そっちじゃない。が、まぁいいか。確かに面倒臭い説明をせずに済んだのは俺も助かった」
顎に手を添えて、短く伸びて来た鬚をなぞりながらサマースが言った。そして頼もしそうに枢密院の脇にいるであろうカーラさんの影を追ってそちらを見やる。
「遣り手だよな、カーラさん。馬車も扱えるし」
「まったくだ。うちのメイドさんにも世話になってるので頭が上がらないが、カーラさんもそんな感じだな」
ちなみにうちのメイドさんに頭が上がらないのは当然だ。
時々小太郎の方から里に来いと呼ばれて、仕方ないので今度は何だと異界渡りを試みる時は、オレはまるっきりアンナさんの世話になっている。
それというのもリアを残しているからである。オレがリアを残して動けるのはアンナさんのおかげであり、それをオレは重々わかっている。
だからこそオレが異界渡りや外に出たら、自らが全てをやらなくてはいけないのが常なのだが、オレやサマースが本来やらなければならないはずのことを、今回のように護衛があるということで、カーラさんが後事の全てを取り仕切ってくれるのだから、ありがたいことこの上ない。
つまり、頭が上がらないということだ。
未だ世間話をすらしたこともないメイドさんだが、オレは既にカーラさんには一目置いている。
「それでだ、ヒュー。ちと確認をしたいのだ」
「応。なんだ」
「ちょっと出来る魔法を見せてくれ」
「魔法をか」
ならばこの間トライデントに所望されたのがいいだろう。おそらくあれがライムの、その圏内にいる国の、魔法の標準的な確かめ方なのだろうから――。
「まずは火炎輪」
御者台の上で、ポンと炎の輪を手の平のうえに作ると、隣で「ふうむ」とサマースが唸り、それから言った。
「大きさは、どのぐらいまで出来る」
「そうさな」
このぐらいかなと、一気に炎輪を頭上にかかげて警察署の屋根のうえまで広げると、どこの建物にも迷惑がかからない高さまで行ったようなので、そこから横に向かって炎輪をどんどん広げていった。
「自在度は?」
「自在度?」
「伸ばせたなら縮められるかってことだ」
「ああ、伸びたり縮めたり、ね」
オレは火炎輪を適当に広げたり縮めたりした。すると繁華街の中だったので目についたらしく、子供達が何が起きてるのかとワッと駆け寄って来た。
そんな珍しい物でもあるまいに。
「もういい。爆ぜさせろ」
ふむ。消せということらしいので、集まってた魔気を散華させると、すみわたった青空に火炎の大輪がまるで江戸で見た花火のように広がった。
「おお、キレイだな」
オレがつぶやくと同時に、空を見上げてた子供たちからもワッと歓声が上がった。
「兄ちゃんもっともっと」
「ふむ」
女子からリクエストされた。リアに似た金髪の、まだ七、八歳ぐらいの女子だった。
「そうだな」
サマースからのリクエストもある。リアはいま目がないので直には見せてやれぬが、この女子には立派な目がふたつある。残りの五種類、ぜんぶ見せてやるかと、オレの心に火がついた。
「水輪、風輪、土輪、暗輪、光輪」
風輪だけはちょっと見えにくかったので、紫電を混ぜて見やすくしてみた。襲撃犯を連行するためにちょっと立ち寄った名も知らぬ町だったが、町の子供たちは存分に楽しんでくれたようだった。すると表に警官が群れをなして出て来て、ちょっとした騒ぎになってしまった。
「すまん。護衛の確認だ。なにせハロルド枢密院を王都にまで無事運ばねばならぬのでな」
「そうか。役目はわかった。だがもう少し町中だと自覚してくれ。ここはダルマーイカ自治領と違って、町中での高レベル魔法は禁止なのだ」
「わかった。手間をかけ申した。以後気をつける」
「頼むよ、ホント」
「うむ」
警官からの思わぬ詰問に冷や汗をぬぐうと、それまで囃し立てていた子供たちやその親たちが蜘蛛の子を散らすようにいなくなっていた。
さすがの変わり身の早さである。オレは世の世知辛さはよく知っている。フォルテでもこういう感じだった。
それにしても折角カーラさんが警官への説明を一身に引き受けてくれたのに、田舎者だったせいで慮外のことで警官を招き寄せてしまい、さらには人の世での思わぬ社会常識を教えられてしまった。
しかしそうか。この町では魔法は禁止なのか――。
するとサマースがオレのことを見てニヤリとした。
「どうした」
「いや。お前の話し言葉は貫禄があっていいな。警察官がちょっと偉い人かと思って、責めなかったではないか。こりゃきっと護衛も名のある魔法使いを連れて来てるのだろうなと、勘違いしたぞ」
「やめてくれ。そんな大層なものじゃない。この地に馴染むために覚えた物だ」
「そうなのか? では剣は?」
「かの地で生きてくために身につけたい物だ」
「なるほどなぁ」
そしてサマースがこちらに身を寄せると、声を潜めた。
「それにしても、だ」
「それにしても? 何だ、サマース」
「全属性とはな、恐れ入った」
「さよ、ではなくて、そうか。恐れ入ったか」
「正直、なんじゃこりゃと言った感じだ」
「失敬な。普通の魔法だぞ」
「そうだな。しかし普通ではないぞ。オレは土属性しかない。しかしお前は全属性がある。この時点で何か思わぬか?」
「他の魔法も覚えろ、サマース。手抜きを咎められても、貴公が覚えればそれで済む話だ。オレを責めるのはお門違いだぞ」
ヤレヤレとサマースが肩をすくめた。
「普通の者は、たいてい属性はひとつしかない。二つあれば町の宝。三つあれば国の宝だ」
「げ」
「そこへ来てお前は何だ。世間知らずにも程があるぞ」
「六つは異常なのか?」
「異常だ」
ふうむ。
召喚魔法は気をつけてたけど、魔法に関しては全く気をつけていなかった。だがどうやらオレは魔法使いとしては、かなり異質らしい。
「しかしなぁ、魔気を加速させれば火の魔法に。魔気を止める方向に振れば氷の魔法に。魔気を動かせば風の魔法に、そこから派生させて魔気を弾けさせれば雷の魔法に。触媒とする魔気、魔水、魔素によって、より簡単な構築で済む場合もある」
「どういうことだ」
「つまり、オレが説明できる程度には簡単に出来るということだ」
サマースが真剣な顔になった。何事かに思いを巡らせて、沈思している。
「ヒュー。お前は魔法をこの地に馴染むために覚えた物だと云ったな」
「そうだ。正直いうと覚え立てだ。おまえをお仲間に誘ったあの日に覚えたものだ」
「それ、本当か?」
「本当だ。川の畔を上流に向かっておってな。暇つぶしに川の水で魔法を覚えてみようかと試してみたらこうなった」
「おい、ヒュー。その魔法は俺でも出来るか?」
「無理だ」
リアとアンナさんにも付与出来なかった。
「実は妹に覚えてもらおうと試みたが駄目だった」
「だめとは?」
「付与しようとしたが失敗した」
「だがそれは魔気で試したのだろう?」
「そうだな」
「でも貴公は魔水でその魔法を覚えたわけだ」
「なるほど。媒体が違うな。その可能性があったか」
「どこの井戸だ」
「いや、ダルマーイカ川だ」
「もしかしてあの水を飲んだのかっ」
うむと肯くと、やけに驚かれた。
「あの水は腹下しの水として有名なのだぞ。飲めば必ず下痢になる。みんな酷い目に遭うのだ。だから自治領の人間であの水を飲む者はいない」
「いや、だがトライデントは飲んでたぞ」
「トライデント?」
「あ、いや、トライデント殿だ。ティナの父御で、水車番の」
「そりゃ水車番だからだろうな」
サマースが納得したように、うんうんと頷いた。それから尋ねて来た。
「では条件を整えればどうだ。行けるか?」
「う~む。まぁ陣を組めば、行けるかもな」
「そうか。魔法陣を組み上げれば俺でも出来るのか。俺に教えてくれ。こういう護衛に付く場合は便利だ」
「そうだな」
そこにはオレも異存はない。そもそもサマースはオレが無理矢理お仲間に引きずり込んだようなものだ。安全を図る義務がある。
「だがヒュー」
「なんだ」
「このことは他言せぬ方が良いぞ。でないと貴様、こんご身動き取れなくなるぞ。リア殿に取り入ろうとする輩も増えるはずだ」
「なんと」
アンナと似たようなことを言うと思った。アンナはオレに、もしも召喚魔法をライムで見せれば、ヒュー様は何者かと正体を探られることになると云われたのだ。だがそれでは困る。
人目については困るのだ。敵を誘き寄せても大丈夫なほど、オレの腕はまだ完成されてない。
それに――。
「それに、オレが励まねばならぬのは剣だ」
「うむ。もちろんそちらもだ。遠距離、中距離、近接、全てにおいて隙をなくしてくのは武人の基本だ。代わりと言ってはなんだが、そちらは俺が幾らでも付き合うぞ、ヒュー」
「おおっ。それは大いに助かる」
「こっちも助かる。お互い様だ」
「お互い様か」
「お互い様だ」
なんという良い言葉だろう。王族では決してこの響きは味わえなかったに違いない。
そしてオレはアート城の付け人の待合室の片隅で、グッとサマースに引き寄せられ、周りに聞こえぬような小声で諭された。
「だからだ」
「だから?」
「前段として言うが、お前は自分のために剣を修めるのではなく、リア殿のことしか頭にないのだなと思ったのだ。ダルマーイカ自治領の環境が良かったのか?」
「そうだな。リアはとりあえず気に入ってくれてるようだ」
「とりあえずというのがちと気に食わんが、アーサー道場で剣を学びたいというのは本気なのだな」
「無論だ。オレには剣を学ばねばならない事情がある」
「王剣の剣に釣られて来たわけではないのだな」
「左様、いや、そうだ」
オレはとっさに召喚陣を展開するわけにもいかない身だ。そしてそれをして目撃者でもいたら、それこそ目も当てられなくなる事になる。まず間違いなく相対した敵、それから周囲にいた者、遠巻きにしてた者、それらに正体を探られてしまうことになる。そしてその情報が敵に流れでもしたら、またリアが狙われることになるかも知れない。オレとしてはその愚だけは何としても避けたいのだ。
「ならばこれも知っておけ。その剣が王剣と言われるのは、王剣筆頭のヘルベルト様は召喚魔法すら物ともしないからだ」
「何だとっ」
オレは驚愕した。
そんな話をオレは聞いたことがない。
「ヘルベルト様は、昔、召喚魔法の使い手とともに魔の島を旅したことがあり、その時に召喚士から加護を受けたということだ」
だがしかし、オレはサマースのその説明に、ろくすっぽ相槌を打つことすら困難となった。
それは召喚陣に入れるということを意味するのだ。普通は召喚魔法陣を起動したら、敵の行為はすべて当たらなくなり、こちらが一方的に召喚魔法により蹂躙攻撃をするだけとなる。しかしもしも王剣筆頭に庇護を与えた者が、高位の召喚魔法の使い手であれば、下位の召喚魔法を攻撃することは出来る。例えば父のシコンならばフォルテの全ての召喚士に対して、幻獣召喚で殲滅攻撃をすることができるように、父の庇護下の契約ならば、息子であるオレの召喚魔法陣すらも容易く崩されてしまうことだろう。
果たして誰の庇護下で召喚魔法をものともしないようになったのか。そしてその庇護がわからなくとも、王剣筆頭は剣の腕だけでも、王の片腕となり、その筆頭と呼ばれてるのだ。その牙がどこに向かうかは誰にもわからん。
ライムの、王剣筆頭なのだ。
ライム王の事と次第によっては、オレたちなど体の良い実験材料にされてもおかしくない。本当に召喚陣を切り裂けるのかどうか、ちょっと興味を持たれただけでも、表舞台に引きずり出されることになる。
そして、実験材料とされてしまうのだ――。
オレは――。
オレはリアの安全の前提が、ここに崩れたのを知った。
今年最初のブックマークを、どうもありがとうございました。病身にはがんばらねばと、殊の外効きました。つづきを楽しみにしてくれる方がいると言うだけで、きちんと完結させるまで誠意をもって書かねばと、そう気持ちが引き締まります。年初からありがたいことです。




