第24話 王剣の帰還
わずかな魔気を封じ込められた家や店のガラス張りの門灯に、下働きの者達によって放たれた炎魔法や光魔法が反応し、男も女も酔いどれてダルマーイカの町を歩く姿が煌々と照らされていた。歩く人々の足取りはバラ色の千鳥足である。
この世の至福がそこにあった。
そんな町の中を、ひと組の男女が灯火のとどかぬ陰のなかを、風のように走り抜けていた。男の肩にかつがれていた女子は、今はもう男の後をついて必至に遅れぬよう走っていた。決して女子の走るような速度ではなかったが、スカートの端をつまんで走るその姿は、男の背後に隠れるよう意図してその配置におり、ふたりだけだが立派な陣構えと云えた。
目指す目的地が見えた、立派な門構えの屋敷である。その屋敷に躊躇なく飛びこみ門をくぐると、二人は足を止め、周囲に眼を配って町からの注意も引いてないことを確認する。追う者の姿もないので、警戒態勢を解こうとした。するとそこへ、瞬きするほどのあいだに、屋敷との間にいつのまにか黒い影が立っていた。
その黒い影に対し、とっさに腰を落として身構えたふたりだったが、相手の困惑した眼を向けられてしまうと、ホッとひと息吐いて、女子の方が緊張を解いた。
「あははは。あー面白かった」
「姫」
「あんなに走ったの久しぶり。一生懸命逃げたわねー、私もだけど、あなたも」
息を切らして女子が楽しそうに言った。
家を守るために対処に動いた黒い影も、嘆息する。
黒い影はこの家の家主であるロッド・アーサー、アーサー流道場の総帥で、アーサー騎士団の副団長である。そのロッドは、屈託のない女子と、それから一緒に帰ってきた父を見て、叱ろうとして毒気を抜かれた。
ふたりの姿はまるで砂だらけだった。
「いきなり帰ってきて…………、何ですか」
ロッドが呆れたように、汗で砂を頬に貼りつけた娘を見た。しかも父まで肩で息をしている。ライムの王剣筆頭の父が体力を使ったと言わんばかりの仕草をするのは、記憶にも数えるほどしかない。しかもそのくせ父の顔は満面の笑みだったのだ。その口が、楽しそうに開くと、面食らったように言った。
「いや、面白い目に遭った。長生きはしてみるもんだ」
吐く息が弾んでいる。よほど面白い何かがあったらしい。
「どうしたんです」
「ヘルベルトがね、ある男の子を魔法で攻撃したのよ」
「はあっ?」
ロッドの語気が強くなった。何て事をしてくれたんだといった感だ。
「安心して。誰も死んでないわ。むしろピンピンしてるわ」
ヘルベルトが肯いた。
「俺は剣で試すつもりだったんだがな~」
「本当よ。なんで魔法戦になってるのよ」
「ちょっと待って下さい。メラニー姫じゃないですか。目的は何なんです」
「目的は二つよ」
家主に、どうぞと目で促された。
「ひとつはハロルド枢密院の警護をするという奴の腕を見ること」
「もうひとつは?」
「もうひとつは、フォルテの王族達の顔を見ることよ」
「何を言ってるんですか、姫は。酔ってます?」
すると酔いたくなる気持ちはわかると、ヘルベルトが言った。
「なにせ酷い目に遭った。いや、久しぶりに遁走したわ」
「遁走? 父さんが逃げたんですか」
「ああ、そうだ。強いぞ」
「そう。ハロルド枢密院の守護者、笑っちゃうぐらい強かったわよ。光、炎、氷、他にも使ってたわよね」
「風、土、闇もだ」
「闇も使ってた?」
「いい気分で眠っていただろうが」
「あっ、あれ。あれ闇魔法だったの?」
「闇落ちっていうヤツだな。すぐ眠ってしまうという闇魔法だ」
「ちょっと待って下さい。それ六属性全てじゃないですか」
「そうだ」
「そんなの。最初からアーサー流の魔気飲み使えば」
するとヘルベルトは楽しそうに首を振った。
「言っておくが、アーサー流のその極意は出し惜しみしてない。最初から使ってたからな」
「父さんが? じゃあその辺りの魔気はなくなるじゃないか」
「そう無くなってた」
「でもポンポン魔法飛んでたわよ。しかも巨大魔法ばかり」
ロッドは目を剥いた。
ありえない話だった。
「本当だ。召喚陣を張らずに魔法だけで対処してたぞ」
「召喚陣だなんて、アーサー流は剣でしょうが。何を馬鹿なことを言ってるんですか」
「そうそう。疲れすぎね。しっかりしてよ」
そう言ってメラニーとヘルベルトが顔を見合わせた。意気投合して肩をすくめ合っている。
「姫も気づいてないのか?」
「何がよ」
その返答に、もういいとばかりにヘルベルトが手をひらひらと振った。
「で、姫は彼をどう思った」
「あなたが襲った子? 暗くて顔はよく見えなかったわね。まぁでも、あれだけ出来れば護衛は大丈夫でしょ」
「うむ。失格どころか、一人で十分だな」
「うわ。王剣筆頭にそこまで言わせるんだ、彼。じゃあ護衛はヘルベルトじゃなくて、彼で決まりにするのね」
「ああ。俺は万が一のための影警護だな。ハロルドの花道は、古い友人として俺が後押ししてやりたかったんだがなぁ」
「ちょっと、そこは我々でしょ。私もいるのよ」
「姫か…………。あー、俺はてっきり孫の世話を焼いてるものだとばかり思ってた」
「ひっどーーい」
そこでロッドも思い当たった。
若手二人がハロルド枢密院の護衛に付くという話を。
「護衛って、もしかしてサマース・キーとヒュー・エイオリーを襲ったのか、父さんが。王剣のすることじゃないだろう」
ロッドが本気で嗜めていた。どちらも自分の道場の生徒である。
どっちを襲ったのだろう。どっちも魔法は得意ではなかったはずだ。サマースは土魔法が制御できてないし、ヒューはそもそも魔法は光を家の明かりに使うときしか使ったことがないと言っていた。魔法とは馴染みのない国から来たはずだ。
「まぁ聞きなさい」
メラニーがそう言うと、ロッドも大人しく耳を傾けた。一応ライムの姫なので、従うべきは従う。
「とにかくハロルドの守護に関しては、とりあえず様子見として、大丈夫だわ」
「姫がそういうなら師匠の私も門下生の出来に鼻高々ですが…………」
魔法を使ったという意味がいまいちよくわからない。まぁこんな玄関先でなく、後でゆっくり聞けばいいわけだが、とロッドが考えてると、メラニーがちゃきちゃきと言った。
「残る一つは明日にでも片づけるから」
「もしかして、さっきの王族うんぬんの与太話ですか」
メラニーがムッとした。
「ひっど~い」
「まあまあ」
ヘルベルトが取りなした。そして言った。
「ロッド。我らの魔気飲み以外に、有名な魔法封じを知ってるか?」
「えーっと?」
ロッドがポリポリと頬を掻いた。何を今さらといった質問だった。
「召喚陣を張れば、何人たりとも手を出すことは叶わない。これはもちろん知ってるわよね」
「有名な故事ですね。無論知ってます。でもそれがなんですか」
「おかしいと思わない」
「そりゃ思いますよ。攻撃が当たらないんですから」
メラニーがふふんと笑った。
「何ですか、姫。感じ悪いですよ」
「ロッドも知らないのね」
呼び捨てにされたがロッドはまるで怒らなかった。彼はアーサー道場の道場主であり、アーサー騎士団の副団長である。
だが怒らない。それほど立場が違っていた。ロッドは女子のことを、先程から姫と呼んでいるが、姫は本当に姫だった。ライム国の第三王女、メラニー・ライム・ケルトニウム、それが彼女の名前だった。
「どういうことですか、姫」
そう息子に尋ねられた。だがヘルベルトは迂闊に話すことは出来ない。
なのでヘルベルトはメラニーに確認を求めた。この案件はライムの秘事でもある。ライム以外の国がこの事実を、まだ知らないし、話を聞いた自分以外はライムの王族だけが知る秘事である。
そもそも召喚魔法を放っている召喚士自体が、なぜそうなるのか、その原理を知らない。話すには王族の許可が必要であった。
「いいわよ、話して」
メラニーの許可が下りたので、ヘルベルトが口にした。
「位相がずれるからさ。深度一とも言ってたな」
「位相のずれ…………。誰からそのようなことを?」
「フォルテのムーリ殿から聞いた」
「次期公爵の…………。この話を我が国に教えてくれたのはムーリ殿だったのね。それは私も知らなかったわね。彼、頑丈そうな公爵だったわよね」
メラニーは公職家には似合わないほど頑健な体格をした男を思い出した。
しかし隣でやれやれとヘルベルトが首を振った。
「姫から見れば次期公爵かも知れないが、俺から見ればムーリ殿はフォルテの攻廷騎士団、聖なる風の精霊騎士団団長さ」
「それは政治的に見るか、戦力として見るかの違いでしょ」
ヘルベルトは顎をぽりぽり掻いた。
「まぁ、姫の言う通りだが、あの人は武人だ。ただの次期公爵ではない。もちろんただの召喚士でもない」
そう言ってヘルベルトは水を一杯飲んだ。メラニーがもう一つの確認事項に話を移した。
「それでフォルテの王子さまだけど」
「ああ」
「無能だとか、能無しだとか云われてるのよね。妹は四肢なしだとか」
「フォルテの貴族は口さがないからな。妹は召喚の儀式に失敗して四肢を失ったという話だが、兄は儀式に成功している」
「それは知ってるわ。でも能無しなんでしょ?」
「さて…………。彼は彼で召喚魔法を身につけてるはずだが、果たして本当に能無しなのだろうか」
ヘルベルトの懐疑的な声に、メラニーも目を伏せて考えた。同盟国とはいえ、情報を偽るのは普通に考えられる。
しかしそんな人材をライムに王室外交として送ってきたわけだし、どう判断していいのか、それは会うまではやはりわからない。何しろ召喚士を他国に預けること自体が、フォルテの例外中の例外なのだ。ましてやそれが王族に連なる者なのだから、悪い噂と前代未聞な驚きとで、考える方向性をまとめられない。
父は心が決まったようだが、自分はまだ、会ってさえいないのだ。軽々に決めてしまうには、フォルテの召喚魔法はあまりにも惜しすぎる。
もしかしたら仲良くなれれば、教えてもらえるかもしれないのだ。
「異界渡りもしてるのよね。サーシアさまでさえ為してない」
「二度してるはずだ、です」
メラニー姫の瞳の輝きに、ヘルベルトはパーティの相方としてでなく、王族を守る王剣としての立場に、姿勢を改めた。
「スキルは? 異界渡りをしたら、必ず身につけるはずでしょ?」
「勇者が身につけてるからね。ヒュー様も身につけてる…………はず」
「はず?」
「ひとつは変身スキル。これは確定です。フォルテでは大変な不評だったそうです。なんでも蠅に変身しただとか」
「蠅? きったなー」
「そうですか? 俺は脅威に感じましたけどね。蠅に変身できるということはそれだけの小ささになれるということだ。これが蠅だけなのか、他の虫や動物にもなれるのか、そこまで詳細はわからないが、自国だろうが他国だろうが、暗殺しようと思ったらやり放題だな」
「まっ」
メラニーが驚いて考えを改めた。それは確かに脅威だと思ったのだ。
「もう一つのスキルは、父さん。その子は二回の異界渡りしたんだろ?」
「フォルテで大不評だったのでな。二回目の帰還記念パーティーは、そもそも開催されなかったそうなのだ。だからお披露目もない。二つ目のスキルに関しては一切が謎だ」
「謎…………」
ロッドが閉口し、他国のこととはいえ、王族に連なる者としてメラニーもやや呆れていた。
「それでいいの、フォルテは」
「国力があるから、一度駄目だと判断を下されたら、もう二度と日の目を見ることはないようだな。サーシア様が生きてれば、また受け止められ方は違って、そのようなこともなかったのだろうが」
「不運ね」
「そうだな。あのサーシア様が急死するとは、俺も思いもしなかった」
ロッドが父を見た。
サーシア様の子供。確かふたりいたような覚えがする。だがまずはサーシア様だ。アーサー騎士団副団長として知っておいて損はない。
カマをかけてみるか――。
「でも言えないんだろ? 父さん」
サーシア王妃が亡くなったその詳細は知らない。国の秘事だと言われたなら、それはそれで身を引くつもりだった。
するとメラニー姫があっさりと告げた。
「テロと言われてるわね」
「姫っ」
「いいのよ。ロッドだから。でも真相は藪の中」
藪の中。それでもテロと言われた。つまりライムの王室もそれが一番可能性が高いと、そう判断してることが、メラニーの言葉からうかがえた。
「それで姫、パーティの相方として尋ねるが」
「どうぞ」
「弱いと思ったか、姫は」
「奇襲をかけた門下生のこと?」
「そうだ」
弱いと聞かれたら、否定するしかない。奇襲を仕掛けたのに手も足も出なかった。それどころか、こんなことしちゃいけないよと諭されもしたのだ。
嫌味はなかった、と思う。
芯からそう思ってるのが感じられた。見逃されたし。
メラニーは大きく首を振った。
「いいえ。正直強すぎでしょ。魔法だけで王剣筆頭と互すのよ」
「それは、異常だな」
「親に向かって異常とか言うな」
親を見ながらだが、あえてメラニーは指摘しなかった。これがアーサー家の親子の語らいであると思われたからだ。ロッドは端から話を信じてなくて笑って話に乗っている。
本当なのに。
なので感触をロッドに伝えておく。アーサー流ではなく、魔法で対処されたのは残念だったが、彼は紛れもなくロッドの門下生なのだ。
「そうそう、まだ全然本気じゃなかったわね。でも魔法陣の構築もなしにポンポン魔法を放って、ヘルベルトの魔法を迎撃してのけたのよ」
わかるわよね、と言った感じでメラニーがロッドを流し見た。まだ幼いが、色気のある流し目だった。
「それは瞬時に魔法の種類を見極めてたということですか?」
「ええ、そうよ」
「それは、あっさり対抗魔法を構築して放ったと、そういうことですか?」
「ええ、そうよ。防御は一切しなかったわね。ピンポイントで撃ち落としてたわ」
「天才ですな」
そしてロッドはやや考えを改めた。
誰のことを言ってるのだろうか、と。
ロッドとしては、門下生の思わぬ一面を知ってしまった感じである。枢密院の守護をするサマースでは土魔法がわずかにできる程度だし、ヒューにいたっては道場ではまったく魔法を使う素振りがない。光魔法を少々という話だけで、実際は使えないものだとばかりに思っていた。本人も魔法には全く興味を示さなかったし、剣で身を立てたいようなことも云っていた。
どう考えても一致しなかった。
するとメラニーが弟子を考えて沈思するロッドを放りだして、自分のパーティの相方に、急に話を逸らしたわけを尋ねた。
「でね、さっきから思ってたんだけど、何でヘルベルトは彼の話で、彼とフォルテの王子さまの話が、入れ替わり立ち替わり出て来るのよ」
すると王剣筆頭がハーッと嘆息した。
「やれやれ。本当に気づいてないのか。じゃ、メラニー。今日確かめに来たフォルテの王族が、フォルテ国内でどう呼ばれてたかは知ってるかい?」
ええ、と肯いた。
「フォルテでは能無しと呼ばれてたそうよ。お父さまも落胆して、パーティーを途中で抜けてたけど」
ロッドがヘルベルトに目をやった。
「父さんはどう見る?」
「とりあえず、ヒューくんがいれば、俺がハロルドを守る必要はないかな」
ヒューか、とロッドは思った。
そしてそのまま顔を顰めた。何を言ってるのだと、言いたげな顔だった。ヒューは魔法を使わない。誰かと勘違いしてることがほぼ決まった。剣で身を立てたいと、ヒューは真剣な顔で自分にそう言ったのだ。
更に言わせてもらえれば――。
王剣筆頭はライムで一番強いことを意味する字だ。安くはない。そして今回の案件は生まれ故郷のサーバに係ることであり、友人のことでもあるはずだ。
ヒューらしき人物に全てを委ねる、その気もないくせに――。
だが父の言いたいことはわかった。
「じゃあとりあえず、ハロルドさんの護衛には、アーサー騎士団を幾人か動かそうと思ってたんだが。ご指名とは別に」
「それも必要ない。むしろ邪魔だな、姫さまの」
うふふとメラニーが笑った。
「よくわかってるじゃない、ヘルベルト」
ますますロッドが顔を顰めた。
「もしかして姫も影警護するのですか。サーバの内政問題ですよ」
「私がライムの名代よ。それからアート小父さんの古い友達だって言うからね。会っておきたいのよ」
「さよですか」
あきれかえる息子に、久しぶりに生家に帰ったヘルベルトは、改めて息子に頼んだ。
「とりあえずロッド。何か飯を喰わしてくれ」
「わかりました」
「それから姫」
「はい」
「夜食の支度をしてもらってる間に、湯に入って身を清めるように。砂があちこちについてるぞ」
「わかったわ。私もちょうど落としたいところだったし」
勝手知ったる我が家のように返事するライムの第三王女に、ロッドは肩をすくめてヤレヤレと首を振った。
アーサー家では、よくお客さんが来る。四六時中ともいってよい。だがロッドの嫁であるヘレンも今夜はさすがに驚いた。ロッドに頼まれた夜食を作ってたら、外で水浴びしてから戻って来たらしい義父のヘルベルトと、少し遅れて風呂場からライムのお姫様が現れたのだ。
慌てて食事を残り物のあり合わせではなく、冷凍魔法から解凍して、新鮮な牛肉と野菜スープを追加した。
食事の提供を終えると、ヘレンは寝室に引っ込む。その際に子供達の部屋にも顔を出して、お客様と義父の来訪を告げるも、国家機密で死にたくなかったら行っては駄目だと釘を刺した。
食堂では、食事を終えたライムの姫さまと王剣筆頭が、王剣筆頭の息子であるロッド・アーサー先生に質問していた。
そして二人はハロルド枢密院の守護警護に就く、ヒューとサマースについて詳しく知った。
「やれやれ。ひたすら話を聞かれて、ロッドはやや閉口した」
「他人事みたいに云って嫌味を言わないでよ。目的はふたつと言ったでしょ」
「そうだな。目的は二つだ」
ヘルベルトはロッドの目に語りかけた。これで伝わったはずだ。
そうして食後の紅茶を楽しみながら、ヘルベルトは肩を回して、わざとコキコキと音を鳴らした。ライムからダルマーイカ自治領まで、ワイバーン部隊の力を借りてやって来たのだ。長旅のくせに、ワイバーンの背中に装着した鞍に座ってるだけだったので、たいした身動きも取れずに、正直道中は退屈だったのだ。
「姫が無茶を言わなければ、俺が来ることもなかったんだがなー」
「あら。枢密院はお友達だって言ってたのはあなたじゃない」
するとロッドが姫の言葉に肯いた。
「そうそう。ハロルドさんは相当落胆したらしいですよ。都で父さんが捕まらなくて」
「姫の稽古でダンジョンに付き合わされたのでな。悪いことをした」
「でも間に合いましたね」
ロッドがそう云ったが、ヘルベルトは首を振った。
「ここまで来たんだがな。会うわけにもいかん」
「それはまた何故ですか?」
「世話になった人の息子がいるんでな」
「父さんが?」
「王はガッカリされてたが、オレは会心の笑いが込み上げてくるのを抑えるのに必死だったよ。無能なわけがないのだ。あのサーシア殿の息子が」
「サーシアさま?」「…………未来召喚」
「そう。魔の島で俺が生き残れたのはサーシア殿のおかげだ。その息子だ。強いだろうとは思っていたが、まさか片手間であしらわれるとは思ってもみなかった。魔気飲みまでしてみせたのにな。それをものともせずに魔法を放って来るんだから、たまらん。しかもレベル8をポンと放って慌てて火力を低く調整してるんだぞ。それも幾つもの属性でそんな感じで、そんな状況がずっと続いた」
「化け物みたいじゃないですか」
「すごすぎで…………ちょっと待って」
メラニーがおでこに手を添えて、頭痛に耐えるような仕草をした。もしやといった思いが頭をよぎり、そうして気づいてしまったのだ。
「まさか、私たちが奇襲して腕試しをしたヒュー・エイオリーって?」
「そう。フォルテの第七王子、ヒュー・フォルテ・ハーグローブ様だよ」
メラニー姫が言葉を失って、口をあんぐりと開けた。
「…………おいおい父さん、本当か」
思わぬ事実を聞かされて、ロッドにも緊張がはしった。
思わずワシワシと髪の毛を掻く。
「いやぁ、時々悪いところを叩いて、打ちのめしてわからせてたよ。国際問題になるかな」
「ならんさ。アーサー流の門を叩いたのは王子だ。普通に教えてやればそれで良い。それでもう一人の男の子はどうなのだ」
「サマースか。サマースは剣の筋は良い。だが魔法防御に関しては赤子同然だ」
「ヒュー様は?」
「まだそこまで見ていない。剣の方に集中してるようなのでな」
メラニーが面白そうに目を輝かせた。
フォルテの王子が魔法が使えることを隠す、その理由がわからなかった。
もしかしたら召喚魔法で五大国最強に上りつめたフォルテの王子なので、召喚魔法以外を使うことは王族としての恥であり、魔法が使えることは秘匿しないといけないのかもしれない。もしそうならば、フォルテの誇りに一太刀入れることは出来たようだった。
だがそうなると、現状でも敵なしだろうに、どうしてアーサー流を学ぼうとしてるのかが気になった。
ヘルベルトも気になったのだろう、息子に尋ねていた。
「本当に剣を?」
「剣で身を立てたいと、真剣な顔で俺にそう言ったよ」
「ふむ。剣も修めたいか。それもまた一興だな。俺にも噛ませろ」
「父さんが来たら、道場が機能麻痺するから駄目だ。うちの騎士団だってどうなることやら」
「むう」
「あきらめなさい。あなたは私の護衛なのだから。王剣筆頭さん」
「しかしそうなると、道場では会えないぞ、父さん」
「ん? なぜだ」
「ハロルド枢密院から出立は明朝、早くに行くと報せが来た」
ヒューとサマースの門下生を雇ったのだから、筋は通そうということで連絡してきてくれたんだろうと、ロッドは捕捉し、そう教えてくれた。
おかげで置いてけ堀を喰わずに済んだと、そう思った二人だった。
◇
ヒューは屋敷で、リアとアンナに明日の朝早くに護衛に出かけることと、サマースとやり合った際に試した、魔法の諸々のことを説明していた。
「六属性の回復魔法を試すつもりだったけど、光の回復ばかりを所望されるので、試せなかった」
「別にまた今度試せばいいではありませんか、兄さま」
すると王剣と姫と一戦をやらかしてから、ずっと降霊召喚をしたまま憑きっぱなしだった天道神さまが唐突に出て来て、ヒューと入れ替わった。
「報告じゃ」
「天道神さま?」「こんばんは、天道神さま」
「ヒューが女子の臀を見て、襲撃犯を逃してあげたぞ」
(ちょ、天道神さま、言わないって言ってたじゃないですか)
「リアとアンナには黙っておくぞと言ったら、いいよもう、とヒューは言ったではないか」
(それは黙っておかなくていいって意味じゃなくて)
だがリアとアンナは目を剥いていた。
「兄さま。剥いたのですか?」
「ヒューさま、ガッカリです」
「いや、オレは女子を裸になどしてないぞ。天道神さまっ」
(責めてないから害はないと判断しておるのだろう。おもちゃになってやれ)
(わかってやったんかい)
こうなることは天道神さまの策略であったようだ。オレは無体にも女子ふたりにやいのやいの言われている。
明日の朝早くに出立なのに。
お茶目な神さま、恐るべし――。
一番困る道を選びました。本作は何となくこうなるだろうなーと云うふわっとした物はありますが、各陣営がどう動くかは特に決めてません。なので舞台装置と人がどう絡むかは、私自身も楽しみにしてます。
メラニー嬢とヘルベルトも、もうちょっと後で出すつもりでしたし、これはぶっちゃけすぎましたかね。
それと、おっ、と思われた方、にやりとして下さい。




