第21話 推挙伝達と料理屋での作法 その二
ある程度腹が満たされると、ようやく落ち着いてひと息ついた。もしかしたら大事な話というものは、空きっ腹の時でなく、きちんと余裕のもてた状態の時に進めた方がいいのかもしれない。
フォークを置いたサマースが、ぼんやりと沈思しながら唸った。
「俺が枢密院殿のお味方に加わるのか…………」
「そういうことだ。貴公とオレは道場でもよく一緒に稽古をする仲だ。同意しろ」
「うーむ」
サマースは腕を組んだ。
「お味方とは言うが、たつきの道ではないのだな」
「どこでそう思った、サマース。聞かせろ」
「うむ。つまり、用心棒ということだ」
オレもうむと肯いた。それから、今はな、とも付け足した。
「どういうことだ」
「オレも最初はそのように考えたが、枢密院殿には悪いが、本当に笑ってしまうほど味方がおらん。清廉潔白に生きてきたのだ。彼はな、アート王とも古い幼馴染みだが、その間柄であるからこそ距離を置いて、ひとりであることを尊び、枢密院としての物申す立場を堅持し、全うして来た。ここまではわかるか」
「うむ」
「対して宰相は、国内をしっかりと固めておってな。四、五十人ぐらいは指さきひとつで動かせる。つまりは派閥だ。それに対して枢密院殿は、先にも言ったように、余計な手垢やしがらみなどは今もって身につけておらなんだ。ただただ己の職掌のままに、真っ正直に務めを果たそうとしているのだ。清々しいとは思わぬか」
「うむ。清々しいな」
サマースは瞳を揺らしながら答えた。
「その枢密院殿がだぞ、サマース。オレたち二人に対して力を貸せと申したわけだ。つまり枢密院殿は齢六十三歳にして、初めてお味方を求められたわけだ。これを断るわけにはいかんぞ、サマース」
「だがなぁ、ヒュー。俺達ふたりだけというのは、さすがによく考えると心細いぞ。リロはどうだ。俺達でリロも誘って味方に引き入れようではないか」
「リロか…………」
オレは肚の底に重たいものが溜まるのを感じた。だがそれを聞かれて答えぬわけにもいくまい。枢密院の屋敷から出た時のことを思い出したのである。
昨日枢密院の屋敷を出たのは、昼前のことである。さすがに昼日中なら目抜き通りから一本筋を入ったところにあるだけだし、人通りも多いから、襲われることもないだろうと思っていた。ところが枢密院のメイドに見送られて門から表に出ると、そこから数歩あるいたところで、塀と木の陰から五人ほど男が襲いかかって来たのである。
オレはそこにジョージ宰相の、枢密院の屋敷に近づく者はすべて排除し、枢密院を孤立させて屋敷の中に封じ込めようとする、根深い執念というものを感じ取った。
男達はフォルテでは見たこともないような覆面で顔を包み込んでいて、容貌もわからなかったが、斬り込んできた太刀筋はいずれも鋭く、左右から挟まれるように撃たれて、オレは防戦一方となったのだ。
中でも鋭い突きを放ってくる油断ならない敵がいて、その男は小柄な形ながらもオレを狙って、躱さねば殺されるほどの気合いを剣に込めており、オレは必死になってその剣を躱したのだ。逃げられたのは、その男を相手にすることを巧みに避け、残りの四人を剣で手首や足を斬ったからだが、仲間が傷ついた後、オレがアーサー先生の名を出して、一席打ったのが殊の外効いたようだった。
「この件はアーサー先生に報告するぞ。枢密院の屋敷をアーサー道場の者が、刃物を持ちだして危害を加えたとなると、先生は副団長でもあるから自らの道場の汚名を雪ぐために、アーサー騎士団の出陣する事態となるぞ」
この件は先にも述べた通りである。だがこれが効果覿面だった。通りにいた人たちにも何事かが起きてるのに気がつき、剣で戦ってるぞという声も上がったのだ。
この声が決め手だった。狼藉を働いた者達はその声を聞いて、これはいかんと撤退をしたのである。
オレも後になって脇腹に傷を負っているのに気づいた。衣服が裂け、脇腹からは血が流れていたのだ。
「この傷がそれだ」
オレは服をめくって、サマースの前で包帯を外しつつ、腹を見せた。
「どう思う」
「突き傷だな」
サマースが顔を曇らせていた。
「それをどう思うと訊いたのだ」
「むう…………」
「突き傷が、こんな低い位置に付くと思うか?」
「思わんな。まさかこの傷の流れで斬られたというのか? ありえんだろう。やはり突いた痕だと、そう思う」
サマースは煮え切らなかった。もうオレが言わんとしてることには気づいているだろう。しかしサマースはそれを口にしようとはしなかった。
そしておもむろにオレを見た。
「だが料理屋では腹を出すな、ヒュー。注目されてるぞ」
「や。これは参った」
オレは慌てて腹をしまった。確かに酒場で、いや、小料理屋で腹を出すような真似はしてはいけないだろう。それが作法というものだ。店の女子どもがこちらの席を見てざわついている。良い肉を頼んでいなかったならば、もしかしたら追い出されていたかも知れない。
オレは騒がせたと、店の奥に向かって頭を下げた。すると店の女子たちが三々五々に散っていった。こうしてみるとオレの頭も野に下って軽くなったものだ。フォルテの王子だった頃ならば、これだけでひと騒ぎになったに違いない。
「それで、どう見る」
オレはサマースに尋ねた。
「だがその男がリロと決まったわけではあるまい」
「そう。確かに決まったわけではない。だが形は小柄で、この位置に、これだけの突き技を放つ男は、この自治領にいったい何人おるかな?」
「むう。面白くない話だ」
サマースがつぶやいてジョッキを手に取ろうとした。だがそのジョッキの中はもうラガーが大して入っていないようだった。それでもサマースは明らかに軽いそのジョッキを口元まで運び、唇を湿らす程度にラガーを飲んだ。入っていたのかどうかは知らない。だがそこにはサマースの気持ちが入っていた。
サマースがジョッキを置くと、オレは先程の店への詫びも兼ねて、手を挙げて店内に気を配ってる女子を呼んだ。それから今度はラガーではなく、前回来た時にも頼んだワインをふたつ頼んだ。
向こうの席で光魔法の灯がともった。
みると店の中はすっかり抑えた光源が灯っていて、明かりが灯っていないのはオレたちのいる席だけだった。窓からのぞく外は、もうすっかり暗くなっている。
「どうだ。決心がついたか」
「さて、さて…………」
「ダルマーイカ辺境伯に仕える兄や嫂に、立派なことを為したと認めさせる良い機会だぞ」
「そんなものだろうか」
「仲間がいない状態で、成果を上げれば、それを守ったのは誰だとなる。そこにお前の名前が出るのだ。サマースここにあり、とな。痛快ではないか」
むむ、とサマースの心が動いたようだった。
「しかもアート王の密書を託されたハロルド枢密院の用心棒として名が上がるのだぞ。もしかしたらライム・カップよりも勇名を馳せるのではないか?」
「そうか?」
口では平坦だが、ガッツリ喰いついていた。
「考えてもみろ。ライム・カップのように、剣術や魔術大会として、安全を保証された場ではないのだ。あくまで実戦、その護衛なのだ。しかもサーバのアート王からの直接の要請だ。おまえはアート王の守護として働くことにもなる」
「むう」
「しかもだ。枢密院は清廉潔白な人物として、その名がサーバの国中に知れ渡っている。そんな人が命を預けた人物が十七歳の若者、サマース・キーと来るわけだ」
「うむ」
「若くて、枢密院に頼られ、サーバのアート王の覚えめでたく、そうなったら自治領の女子どもが貴公のことを放っておくかな? いや。それだけでは済まないぞ。サーバの貴族の間でも、そしてライム本国でもサマース・キーの名は轟くだろうな」
「そうかっ」
「そもそもあれだ。次期王のライオネルもこの事実を知るわけだぞ。自分が玉座につく際に、多大なる貢献をしてくれた若者、それがサマース・キーだと。貴公、そんなチャンスが今後の人生であると思うか?」
「ないな。仮に生きてる間に王の交代があったとしても、その時には俺はもうヨボヨボの爺さまだ」
「であろう。ならば」
「ちょっと待て」
そう言ってサマースがオレを制止した。
「お前はどうなのだ」
「オレ? 何がだ」
「お前の名はどうなのだ」
「オレか? オレは枢密院殿の門番にでも入り込めればそれでいい。リアの元から離れるわけには行かぬのでな」
「なるほど。それは確かに自治領の外へと、ほいほい出歩くわけにはいかんな」
サマースもオレの重大な理由に思い当たったようだ。
「であろう? だから助けると思って手を貸せ」
「良いのか?」
「良いも悪いも、貴公が立ってくれたらオレは大いに助かる。そして枢密院殿は命が助かる。引き受けないわけにはいかないだろう。そもそもこれを断れば、アート王がジョージ宰相と宰相派から打擲されるのを座して見るようなものだぞ。そんな未来を選べるか?」
サマースがワインのグラスをテーブルに置いた。
肚が決まったようだった。
「よかろう。酒も肉も美味かった。ワインもいいが、ラガーの苦みが今日は格別だった。乗ろうではないか、お前の企みに」
サマースがにやりと不敵な笑みを浮かべた。
「それにしても、お前も気のいい奴だな。頼る者がないものを見捨てられないようだ。今度リア殿に挨拶させてくれ。おっと、それから今日世話になったメイドさんにもな」
「わかった」
こうしてオレはサマースを仲間に引き入れることに成功した。
しかしそれにしてもサマースがオレのことを気のいい奴だと言っていたが、サマースに言われて初めて思い至ったが、オレが枢密院を助ける気になったのは、オレもフォルテから最後通告として王室外交の役に立てと放り出され、頼る物がないという心細さを知り、存外にオレがそうであったから、今こうした気持ちになってるのかも知れない。
枢密院を、それから恩のあるサーバのアート王を助けようと、オレも改めて心に誓った。
◇
屋敷に帰ると、リアとアンナが首を長くしてオレの帰りを待っていた。ティナは傷口が少々熱を持ったらしく、もう特設ベッドで床に就いていた。
リアとアンナに無事サマースを仲間に引き入れることに成功したことを伝えると、ふたりとも安堵の息を吐いて喜んでくれた。
そして、本日の会計報告となったわけだが、持ってた物をすべて使ったと意気揚々と報告すると、もしものために持たせたお金まで使い切ってくるなんてと、肩をふるわせてアンナさんに嘆かれた。それでもオレは必至と抵抗し、サマースからの礼と、アンナさんの慧眼を褒めていたことも惜しみなく伝えたのだが、第七王子がチョロくて、私はもう言葉もないです、と一刀のもとに斬り捨てられた。
そうしてアンナさんが湯浴みへと去り、リビングにはオレひとり取り残されることとなったわけだが、そんなオレに、リアも決して声をかけて来ることはなかった。
よっ、お大尽。




