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第19話 アーサー道場の片隅で

 アーサー道場での練習を終えると、オレは幾つかの視線を感じたが、オレよりもあちらの方がいつアーサー先生に告げ口されるだろうかと、胃の痛い思いをしているはずなので、全てを無視してサマースを飲みに誘った。

 余分な持ち合わせなど我が家の家計にはないが、ここでサマースに話を通さねばならんので、泣く泣く身銭を切ることにしたのである。


 それを思うと、別れしなにトライデントが白ひげ先生にかかった金子(きんす)を、今度用立てて渡しに来てくれると聞いた時にはホッとしたものだ。交渉をしなければならなかったはずの家主のオレが、その件に関して頭からすっぽり抜けてたのもまずかった。あれで口は悪いが、トライデントも自分から言い出しただけに、中々に律儀な男のようだ。



 しかし、いくら医者にかかった代金だとしても、自分が医者を決めて払ったわけでもない、こちらが勝手にしたことに対しての金を払うという話なのに、心なしかあやつはうきうきしていたような…………。



 もしかしたら――。



 今思えば、立て替えたお金を返しに来るのではなく、ただ単に娘に、ティナに会いに来るだけのことで、にこにこしてたのではないかと思い至った。

 オレの心もだいぶ蝕まれてるらしい。真っ先に考えることが金で、金が第一義に来るようになっていた。おまけに、暮らしの金の補充が出来、そのことに頭がいっぱいになってリアの敵討ちが頭からすっぽり抜けるようでは、修行が足りん。第一義はリアなのである。


「だからサマース、今から飲みに行こう」

「いきなりだな。しかし、はて? またか」

「ちと相談事があってな。貴公にとっても良い話だぞ」

「なに? 女か」

「違う。たつきの話だ」

「たつき…………。それは本当か?」

「本当だ。貴公は騎士団志望なのだろう?」

「うむ。だが今は平時だからな。団員の募集を行っていない」

「おや? 団員は毎年、募集するものではないのか?」


 フォルテではそうだった。そうでないと戦争が起きた際に、ただでさえ飛び飛びで人事計画を進めてしまうと、損耗した人員によってぽっかりと世代の穴が大きく開き、隊や団で連綿と研ぎ澄ました隊風や団風が途切れてしまうことがままあるのだ。それはフォルテにとっての損失なので、どれだけ充実した王廷守護隊や攻廷騎士団でも、毎年数人は必ず補充をしているはずだった。

 だからライムの属国であるサーバでも、ライムの目が光ってるはずだったが、サーバから更に独立したダルマーイカ自治領では、勝手が違うのだろうか。

 するとサマースにシッと咎められた。


「あまり大声を出すな。声をしぼれ、ヒュー」

「ふむ」

「ここには募集がなくて、あぶれてる先輩方もいる。不躾に人の耳に入るように話していい話ではないぞ」


 サマースが小声で言った。


「わかった」

「しかも見ろ。既に聞こえてると見えて、鋭い視線が俺達に浴びせられてるではないか」


 そういって、どうもどうも、とサマースが諸先輩方に手を振った。


「よく教えときますんで。はい、それはもう、しっかりと」


 別に視線が鋭いのはそればかりが理由ではないと思うが、ははん、と来る物があった。おそらく諸先輩方の中には、小遣い稼ぎも兼ねて宰相派についてる人たちもいるのだろう。アーサー道場に通って虎視眈々と団員の募集を待っている身としては、声がかからない以上、どこかで金を稼ぐ必要がある。


 どこも大変なのだな。


 オレも道場に出かける際、リビングのテーブルから座を外して応接室に入り、サマースを懐柔するために銭が要ると言うと、アンナさんがそれまでのお茶会の雰囲気も忘れて、急に重苦しい空気をまとった。

 オレはアンナさんの不機嫌そうな空気を重々感じながらも、枢密院の護衛を成功させるためにはサマースの協力がどうしても必要なのだと力説する。するとアンナさんはいったん自室へと戻り、それから応接室に重い足取りでもどってくると、オレを目の前にテーブルの上に、つと金を置き、黙ってそのお金をオレの前へと押し出した。そのときのアンナさんの清水の舞台を飛び降りるような青ざめた表情を、オレは無駄にするわけにはいかないのである。


「いいか、ヒュー。騎士団に入るにはどうしても魔法の制御も必要だ」

「ふむ」

「魔法士団の魔法使いから攻撃をされたら、お前はどうする」

「指でチョイだな」

「はぁ?」


 天道神さまが憑いてれば避ける必要もないが、小太郎の場合は避けねばならんだろうな。指でチョイは貧乏神さまあたりだろうか。まぁ大差はない。結果は同じだ。

 だがサマースは真面目にオレの言ったことを想像してしまったのだろう。理解が追いつかないようだ。


「冗談だ。そうだな盾に身を隠す。これが騎士団ではないか?」

「おまえ、騎士団志望じゃないのか?」

「うん? なぜわかった。そんなこと、貴公にひと言も喋っておらんが」

「騎士団志望なら、盾に身を隠すとか、そんなことは絶対に言わないぞ。盾で防ぐというに決まってるからな。そのために自分の持つ魔法を、盾に展開して、敵の攻撃を防ぐんじゃないか」

「ほほう」

「中には魔法ごと切り伏せてしまう剛の方もいるが、そういう人は黒鋼の剛剣騎士団を目指すから、アーサー流ではめったに見かけない」

「ふむふむ」


 するとサマースがオレを見て拍子抜けをしていた。


「何と言うか、リロとは違うな、ヒューは」

「そうか?」

「リロは、キボッドから武者修行に来ただけあって、真面目だし、アーサー流のことだってある程度知っていたぞ。それに比べてお前と来たら、筋は良いがのんきなものだ。都落ちしたのも、そのせいなのかもな。なぁおい、もしかしてそれが原因ではないのか?」

「ふ~む。思い当たらんことがないでもないな。しかしそうか。リロはやはりお主の目から見ても優秀か」


 サマースは肯いた。


「必死だな。奴の剣は」

「だがサマースが若手の中では一番なのだろう?」

「俺は剣だけならリロどころか、諸先輩方よりも強い自信はある。土魔法で鋼をより固くもできるしな。実戦なら数多の剣をへし折ってやることもできるだろう。だが如何せん、盾がな」


 そう言ってサマースが顔を曇らせた。


「盾がどうした」

「騎士団に入るには盾の習熟が絶対だ。これが出来なければアーサー騎士団からお声がかかることは絶対にない。それが出来なければその先にある騎士団での集団戦の訓練も出来ないからな」

「ほほう。天下に名高いライムの、アーサー騎士団の騎士団戦か」

「魔法士団の相手もするのだ。魔法の対処はせねば死ぬ。だが魔法士は重装備はしない。それをしたら魔気の吸収が阻害されるからな。魔法使いが普通の平服を着るのはそのせいだってのは知ってるな」

「うむ」

「遠距離、中距離からの魔法をいかにしのぐか、これが騎士団戦の肝だが、中に入れば魔法使いなど物の数ではない。バッタバッタっと斬り伏せることができる。何せ魔法使いはまともな武装もしてないのだからな」

「そうだな」

「だが魔法使いが魔法士団となると、集団で魔法を放ってくるからな。近づくのが至難の業だ。そこをアーサー騎士団はうまくやるのだが、団員にならないと秘中の秘は教えてもらえない」

「頑張って入ればよいではないか」


 アホ、と怒られた。


「俺の場合は、盾に魔法を上手くまとわせることが出来ない。土魔法の土で守ろうとすると、盾の強化へと魔気が向かわず、どうにも土が地面から生じて壁となってしまう」

「むしろ大きな盾ができるわけだから凄いのではないか?」

「いやいや。それでは自ら戦場でその場に釘付けになってしまうようで話にならん。他の騎士は前に進むが俺はそこに取り残され、気がつけば敵前逃亡だ」


 ぷっと笑ってしまった。

 思わずだ。思わずである。

 盾なら持ち運べるが、壁なら持ち運ぶことも出来ず、ひとりその場に取り残されたサマースの困った顔が、つい思い浮かんでしまったのだ。

 気がつけば、悲しそうな目でサマースがそんなオレを見ていた。


「いや、失敬。それでは話にならんな、うん」

「笑えんわ。アーサー先生は俺について、剣は素晴らしいと兄に褒めてくれたらしくてな。おかげで(あによめ)から、今日は出来るようになりましたかと聞かれて、それに答えるのが近頃億劫(おっくう)になって来ているところだ」

「それは大変そうだな」


 そしてサマースは盾をはめる左手を見やった。サマースは盾を持つのではなく、はめる方の盾、ランタン・シールドを好んで使っていた。

 今の話を聞いたことで、おそらくランタン・シールドをはめてれば、地面から土を生じさせずに済むのではないかという淡い期待があるからなのだろうと、そう思えた。


「それでランタン・シールドなわけか」

「ああ。だがそれでも上手くいかない。これのせいで俺は騎士団から声がかからないわけだ。俺の腕では魔法使いとは事を構えられないと、そう見なされてるんだな。悲しいことだが」

「なるほどな」

「先輩方もそうだ。大なり小なり、その手の問題を抱えている」

「なるほどな。頷かされることばかりだ。知らなかったは言え、オレはかなり人の気にしてるところをズケズケと荒らしていたらしい」


 オレは道場の片隅から、未だ残ってる諸先輩方に、慎みをもって目礼した。宰相派の人も中にはいるだろうが、それ以前の話であった。オレは人が苦しんでるところを、ぐりぐりとねじ込んであげつらう下世話な趣味はない。それはフォルテの王宮で嫌になるほど経験した。それを人様に対してやろうとは思わない。

 対峙したときの戦闘と、同じ道場で学ぶ者としての立場は、ここで混同してはいけない。オレは非礼であった。


「わかればいいんだよ」

「しかしそうなると、ライムにおいては、騎士団に入るというのは、誰でも彼でも入れるというわけではないのだな」

「そうだ。お前はどうなんだよ、ヒュー」

「オレ。オレか?」

「そうだ。ヒューは騎士団志望でないなら、なぜアーサー流を学ぶんだ?」

「それはほれ、オレはリアが第一義なのでな。リアを守るために見聞を広げてるところだ」

「あー、なるほど。天涯孤独なんだよな、兄妹以外」

「うむ」


 サマースはオレが話した、リアの四肢がないことと目が見えなくなったことを、思い出したのだろう。妹が戦えぬから、兄が代わりに戦ってやるつもりなのだと、そのためにアーサー流を学びに来たのだろうかと、そう思ってるのだろうか。

 敵持(かたきも)ちだとか、詳しいことを話せないのが何となく申し訳なくなってくる。

 するとサマースがおもむろに口を開いた。


「そりゃ騎士団には入れないよなぁ。お前が騎士団に入って遠征にでも行ったら、妹さんとメイドさんは食料の調達にも困りそうだ。普段はメイドさんが妹の世話をしてくれてんだろ?」

「ああ。本当に助かってる」


 ついでとばかりに礼儀を教えてくれたサマースにも頭を下げると、先輩方がそんなオレの姿を横目に、井戸端へと身体を拭きに行った。

 どうやらこの件では許されたらしい。安堵である。しかし世の付き合い方というのは、想像以上に細やかなのを知った。

 フォルテではどこへ行っても焦土のごとくなり、忌み嫌われた。オレたちのいる場所はなかった。

 そうして物思いに耽っていると、道場から喧騒がなくなり、オレたちだけになるとサマースがぽつりと言った。


「なぁヒュー」


 遠い目をして呼びかけられた。


「なんだ?」

「お前、夢とかないのか?」

「夢? 夢か。あるぞ。リアに人並みな幸せを取り戻してあげたい。お主はどうだ」


 サマースはもっと遠い目をした。


「ライム・カップで良い成績を残したい。できれば新人が一度の出場で武芸アリ、魔法アリのライムの総合カップで優勝したいな。そこで優勝すると、三年間の留学権がライム王国から与えられる。それが欲しいというのが、俺の密かな夢だ」

「壮大な夢だな」

「な~に、理由は簡単な事さ。この自治領は魔物が少ないのは知ってるか?」

「やはり少ないのか。やけに魔物に襲われないなとは思っていたのだ。ギルドも見かけないし」

「ここではアーサー騎士団が訓練も兼ねて全てを行うからな。ギルドが出しゃばる隙がないのさ」

「大したものだ。まさに自治領だな」


 だがサマースは首を振った。


「そんなわけがあるからして、魔法が遅れてる側面もある。騎士団が優秀すぎて、魔法士団が立ち入る隙もないわけだしな。必然的にここダルマーイカ自治領では、魔法が他国に比べて遅れている。だからこそ他の国へ渡って魔法の勉強をするのはものすごいことなんだぞ」


 騎士団も魔法士団相手というか、魔法使い相手の訓練がしにくいわけか。そこへ魔法を使えるサマースが現れる、と。

 なるほど。それを思うサマースが凄い。


「見事な向学心だな」

「ちがうぞ。魔法が出来れば、女の子にももてる。しかもライム本国からの都帰りだ。箔がついて婿にも入りやすいだろうが」


 オレはぽかんとした。愕然とはこういうものだと云うぐらいにだ。

 世の知恵の、すさまじい執念というものを、オレはこのとき初めて感じた。サマースは次男坊だ。その次男坊は大変だと、ついこの間サマースは嘆いていた。だがその胸の奥では、次男坊だからこその計略をサマースは思い描いていたのだ。


「…………すごいな」

「恥ずかしいからそんな真顔で褒めるな」

「凄いやつと友達になったもんだと、オレは本気でそう思ったぞ」


 オレはぽんぽんとサマースの肩を叩いた。はにかんだサマースの肩周りの筋肉は、巌のように固かった。


「人には言うなよ。恥ずかしいから。ライム・カップは来年なんだ」

「ああ。応援する」


 サマースがそのライム・カップで良い成績を残せば、当然ライム中にその名が知れ渡ることになるだろう。そしてサマースは次男坊だから、優秀な血筋を自分の家に入れられると、自治領の者はおろか、属国であるサーバの貴族、そしてライム本国の貴族からも、サマースは狙われるわけだ。そうサマースは自分を狙わせたいわけだ。

 しかも頭を下げるのではなく、請われて行くことになるようにして――。



 本当に凄かった。



 どちらの策も、リアを狙わせたくないオレでは絶対に思いつかない、まるで真逆の発想だった。


ブックマークありがとうございました。励みにして頑張ります。

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