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第18話 女子の前では話せぬ話、ないしょないしょ

 オレは我が家からダルマーイカの町へと至る、いつもの農道の一本道を、てくてく歩いていた。アーサー道場へ通う午后の道すがら、途中まで、トライデントと一緒だった。親なのだから心ゆくまで娘と一緒にいれば良いものを、オレが軽く昼餉を食べて、これから出かけると聞くと、それなら自分も水車村に帰ると言い出したのだ。

 アンナがそんなトライデントに、せめてパンだけでもと手渡そうとしたが、トライデントはそれを固辞し、オレと共に道々行くことを優先した。それでアンナも、トライデントがオレに話があるのだと察したらしい。お気をつけてと我らを送り出してくれた。

 背後に屋敷も見えなくなると、早速トライデントが話しかけて来た。


「ヒューはアーサー騎士団に入るのか?」

「いや。さすがに騎士団はまずい。それはダルマーイカ辺境伯にもそれとなく禁じられた」

「だろうな。となると、やはり枢密院の門番とかいうのは狙い目になるわけだな」

「そう。家臣とかそういうのも、まずい。雇われ者の立場で、気兼ねないのがいいのだが、そう言う話はまず無くてな」

「商売は?」

「それも考えぬではないが、リアの周りに人を近づけるのは避けたい」

「なるほど。敵持(かたきも)ちと言っていたしな。それほどにまずいのか?」

「わからぬ。だが妹は召喚の儀で、間違いなく狙われたことが判明している」

「公では聞いた覚えがないな」

「だろうな。ライムの者も知るまい。敵も知るまい。知ってるのは狙われたオレたちと、貴公とティナだけだ」

「おいおい」

「だからこれでリアが狙われたら、そなたが(かたき)となるな」


 オレがジロリとトライデントを()め付けると、トライデントが滅相もないと首を振った。


「わかった。このことも決して話さないと誓おう。しかし何だってフォルテの王族がこの自治領に来たんだ?」

「ライムの王はフォルテの王族と聞いて喜んだようだが、来たのがオレと、四肢をなくしたリアと知り、あからさまにガッカリしてな。式典の途中で中座して、そのまま王宮へ消えたな。その後ライム本国から出されてアート王の治めるサーバへと来、そこから更にダルマーイカ自治領に移された」


 あー、と唸ってトライデントがぽりぽりと頬を掻いた。


「だが、サーバ王のアート殿の真意は、今回の件でオレはわかっている。ちょっとした内輪もめが起こるから、その場から遠ざけてくれたこともだ。もっとも、ひょんなことから密書を届けるなんて羽目にはなってしまったが」

「そ、そうか。ではアート王に含むところは?」

「そんなものはない。あるのは感謝だけだ」

「そうか。それを聞いて安心した」


 ホッとしたトライデントに、オレはその先の木立(こだち)を指差した。


「あの辺りだ」

「うん?」

「貴公も帰り(みち)には気をつけるようにな。ティナが襲われてたのはその辺りだ」


 すると今さらながらに、ティナがサーバの首都から迂回して、人気のない道を選んでダルマーイカの町を目指してたのだとわかった。あのとき見逃した闇魔法の使い手は、その後姿を見せていないが、この農道を逃さず見張っていたとなると、宰相派の中でも鼻が利く相手なのかもしれない。


「こんなところでか」

「そうだ」


 改めてトライデントが周囲を見渡した。

 当時の状況を想定すれば、夜道のうえに左手には木立(こだち)があり、右手には広大な田畑(でんぱた)がある。見通しもいい。人の気配もない。襲うには絶好の場所だということが、よくわかったであろう。


「闇魔法の使い手と言ってたな。どんな奴だった」

「背はオレより高いぐらいで、顔は普通の顔だな」

「それじゃわからん」

「だがどう説明しろというのだ。目が二つで鼻が一つで口が一つ、こんなこと言っても意味がなかろう」

「…………」

「どうした」

「いや。王子なのだなと、そう自覚しただけだ」


 微妙に引っかかるが、まあいい。会えばわかる。それが重要なのだ。


「で、ティナはどうだった」

「手強く戦ってたようだな。でなければ相手も筋を断つような真似はすまい」

「そうか。そうなると、やはりヒューには感謝だな。よくぞその時間、その時その場に、帰っていてくれた。大げさでなく、ヒューが通りかからねば殺されていただろうな」

「余計なことだ。ティナは助かったし、役目も果たした。それだけが残る。枢密院にも、アート王にもな」

「王族の立場とはそういった物なのであろうな。だが助かった」


 あえてティナの胸の中に手をつっこまれ、まさぐられていた話は省いた。こんな話をしたら男親としては逆上して、地の果てまでもその闇魔法の使い手を探し出すに違いないからだ。そもそも水車村でティナの話と聞いただけで、オレに藁掻きでもって攻撃してきたような男親だ。果たしてダルマーイカ自治領に何人の闇魔法の使い手がいるのかは知らないが、探さないということはまずあるまい。

 だがそれを探すとなると、今後の枢密院の動きにも差し障りが出るだろうし、ティナにも根も葉もない噂が沸き立つことになる。それはティナの今後の人生においても、きっと悔しい噂になることだろう。


 そしてオレが話を伏せたことを知らないトライデントは、手に入れたその情報だけでも押し黙った。黙々と農道を歩く。

 トライデントが何に思いを馳せてたのかは知らない。だが物思いに沈む男親の感慨を邪魔するような真似をする気はなかった。おそらくこれも、アンナの言うところの癒やしの時間なのだろう。トライデントには今日一日で起きためまぐるしい出来事を、整理する必要があるはずだった。


 そしてオレの方でも考えることがあった。他でもない、リアのことだ。オレが午後の訓練でアーサー道場に通わねばならない刻限がせまり、庭先でのお茶会を終えて、降霊召喚もそこまでとして送還をする際に、天道神さまがこそっと教えてくれたのだ。


 リアが、自分の魂を覗いていた時に、自分の魂から伸びている糸の先を、その目でじっと追っていた、と。

 天道神さまはそれだけを言い残すと、いつものように、あれ~と剽げながら去って行ったが、とてつもなく重大なことをオレに教えてくれていた。


 リアは諦めていないのだ。


 その事だ。

 普段は全く口にも出さないが、召喚されつづけてる己の四肢と目のことは、やはり気にかけていたのだ。リアがそれを口にしないのは驚くべき抑制された心持ちだと思う。普通なら泣き言ややるせなさで、周囲に愚痴や怒りをぶちまけて当然だと思う。

 だがリアはそれをしない。

 考えてるとさえ、察知させようとしない。

 リアは、やはり母さまの娘なのだ。オレも召喚陣の研究をつづけているが、リアの中でも研究がつづいているのだろう。その姿を知ることが出来ただけでも、お茶会を催した意義があった。

 何せリアは今も尚、戦っているのだ。その裏打ちが神さまの目によって取れたのだから、存外の収獲であった。


 不便であろう。苦しいであろう。悔しいであろう。


 だからこそオレは、いつの日にか必ず、リアの四肢と目を取り返すのだ。オレはリアひとりに、お前その状態でひとりでやれなどという薄情な兄ではないのだ。

 リアにはオレがいる。存分に頼れる兄にならねばならん。

 門番上等。護衛も上等。

 斃れるわけにはいかぬ。改めてオレはそう心に誓った。


 するとダルマーイカの町並みが見えてきた所で、ところでだ、とトライデントが言った。


「ヒューは何歳なのだ」


 そんなことを訊かれた。それにしてもいきなりの質問だった。第七王子とすでに教えたので調べればすぐわかることだが、そういうことではないのだろう。世の意思疎通をはかるうえで、天気や生まれや年齢は、話の取っかかりとして鉄板の話題だとオレは聞いている。

 なのでウキウキして答えた。


「十七歳だ」

「そうか。まだそんな年齢なのか。その年齢で、荷が勝ちすぎるな」


 ん? なんか風向きが違うな。もっと心躍る鉄板ネタだと考えていたのだが――。

 リアとアンナを家主として養っていかなければならないことを云ってるのだろうか。だがリアもアンナも荷ではない。オレが帰る場所を守ってくれている有り難い存在だ。二人がいるから、オレは安心して外に行けるのだ。

 そんなわけでもあるし――。

 オレは大きく肯いた。


「まったく問題ないな」

「そうか。…………そういえば腹の虫は下らぬか」

「大丈夫だぞ」

「そうか。異国の地に来ると、たいていはその地の水に馴染むのが大変だと聞くがな」

「ははは。この自治領に来て、ライムの誇るアーサー騎士団の剣術も習える。それなりに今の暮らしを気に入っているからな。荷が重いなどと考えたこともない」

「割と脳天気なんだな、王子は。いや、王子だからか」

「先程から思っていたが、貴公、微妙に口が悪いな。案ずるな。今回の件でうまいことやって枢密院の門番にでも潜り込めれば、安全でたつきの目途もたつ。そうなればフォルテ本国に左右されることもあるまい」


 すると、なぜか気の毒そうな眼で見られた。

 門番ごときと思ってるのだろうか。トライデントとて、水車番であろうが。


「なんだ?」

「いや。希望に燃える若者の前途に乾杯しようと思っただけだ。ところでだ、そんなお主に白ひげ先生はいかほど金を所望した」



 おお、そんな大事な話を、オレはうっかり忘れていたようだ。

 なるほど、気の毒そうな目で見るのもわかる。

 まいったまいった。



 そうしてオレは、トライデントとは川筋の見えるダルマーイカの町の手前で別れた。トライデントも水車番をそうそう抜けてもいられないと云う事なのだろう。

 もちろん、ティナの無事な姿に接したことが大きいのは、間違いない。

 親としても娘を男の家にではなく、他にも女子(おなご)ふたりが起居している家だということも安心材料のひとつとなったことだろう。そのうえリアとアンナを紹介されて頼りにもしたはずだ。あのふたりの人となりに接して不穏に感じたのならば、このオレが赦さぬ。


「フンス」


 そんな風にヒューが鼻息も荒くしてる頃、トライデントは未だ分かれ道の辻でジッとたたずんでいた。

 トライデントは十七歳といったヒューの姿を思い描いていた。

 最初はどんな奴なのだろうかとか、水車小屋からまんまと連れ出されて、嘘だった場合はどう対処するだとか、それなりの距離を置いてつかず離れずで歩いていたのだが、帰り道には全くそのような気遣いをすることはなくなっていた。


 別に正体を知ったからではない。


 置かれた状況の過酷さを知ったからだ。ヒューというひとりの人物は、妹を守るのに必死なのだと知った。その上娘を助けてくれた生粋のお人好しだとも知った。おまけに自分より強いということも知った。六属性の魔法使いは、いずれ自治領だけでなく、サーバ国内でも、それどころか本国のライム内でもその名を馳せることだろう。水車小屋の監視番にもこういう人材と伝手(つて)があったら、心強いとも思うのだが、それは叶うまい。そうして帰り(みち)の道すがら、ヒューの姿が町に消えるのを確かめると、トライデントは改めて町の方へと歩みを戻し、枢密院の屋敷へと寄っていった。


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