第172話 ひっそりと手厚くされ…… その二
時は少し戻る。
城塞都市の東の方から上層を走らず、それより速い飛んで来る者がいた。その者は西門近くの城壁に目当ての人物を見つけ、手套から放出していたファイアフライをじわりと絞ると城壁に着地し、お目当ての人物に駆け寄った。
「トーコ団長」
「ポルカか。ご苦労」
「西で防衛機構が働いて城に入れず団員が泣いてるんですが」
「はぁ?」
「バチッと弾かれるんです。魔法も全部弾かれて城塞都市に入れなくて困ってます。門の前も覆われてるし王都の防衛機構と違うようなので、これ、団長がやったんですか?」
「いや、私ではない。しかし困ったな」
トーコ自身、この防壁がレッドドラゴンのブレスさえ防いだのを見ている。それも目の前で見ている。あの火力を防ぐ防衛機構をどうやったら外せるだろうかと考える内に、その防衛機構が消えた。
「外させたわよ」
耳元でメラニー王女の声がした。とりあえず目をやると、確かにひんやりとした魔気が城壁の上層部に流れこんで来た。
「消えたようだぞ」
「え?」
ポルカが小首を傾げつつ小石をつまんでポイとした。
「あ、本当だ」
投げた小石が城壁の向こう放物線を描いて落ちて行く。
「じゃあこれでは入れますね」
「ああ。城兵に頼んで伝令を走らせろ」
「わかりました」
城壁に雷装が消えたことの伝令がこのあと飛び回った。
「それで団長、我々の再出撃は?」
「ハロルド枢密院の許可が出るまでは待機だな」
「ハロルド様の? 魔法士団の任務が優先ではないんですか。こう言ってはなんですが彼らは目。私たちは手足です」
「統括部が大々的にハロルド枢密院に敵対したらしい」
ポルカが絶句して団長をマジマジと観た。
「それ、本当ですか」
それが事実なら。組織図的には魔法士団統括部の下部組織である魔法士団もすべて疑われてもおかしくない事態になる。
「本当も何も、対処をハロルド枢密院の配下の者に任せるというのは王剣筆頭からの要請でもある」
「ヘルベルト様から?」
そうなると王命である。王剣からの命令は、ライム王ワッカインの命令と同義になるから王命同様としたわけだが、しかしそうはいってもハロルド枢密院に全てを任せるというのはどうかと思う。はっきり言って疑問だ。
それが顔に出たのだろう。つづけてトーコ団長が私に要った。
「ついでに第三王女のメラニー様もいる。彼女のお墨付きでもある」
「メラニー様まで」
つぶやいて言葉の接ぎ穂を失った。
メラニー姫はライムの姫の三女である。子供の頃から冒険者に強い憧れを持ち、それを本当に実践してしまったライム屈指のおてんば姫である。
そのメラニー姫がお墨付きを出したのなら、統括部の暴走は事実ということになる。
「ポルカ」
喚ばれるままにトーコ団長があっちだと頭を振る所作のままそちらを見やると、城壁の最前線にへばりついて彼方に目を凝らしてる姫を見つけた。脇にはヘルベルト様もいる。
そのメラニー様御一行は、どうやらレッドドラゴンがいた辺りをじっと眺めているようだった。
「お前も見ておけ。私もちょっとビックリしている。噂以上だぞ、ハロルド枢密院の従者達は」
「そうなんですか?」
「レッドドラゴンは既に撃破した。跡形もない」
「え?」
あの二人が凄いのはソマ村で実際に見もしたが、まさかのドラゴン撃破という快挙に自分の耳を疑った。
――跡形もない。
そこまで凄いのか、と。
実際に外殻都市の向こうに氷雪系の魔法を行使する魔法使いがいる。
それが何度も何度も団長級の氷雪魔法をポンポン放っているのだ。まるでライムの最古参の団長、オーロラの洪水魔法士団のマルー・ベスト団長のようだ。
「…………すごい」
「ああ。まるで極北の水魔法だな」
トーコ団長が言った極北の水魔法の使い手は、オーロラの洪水魔法士団団長、マルー団長の通り名だ。そしてどっちがサマース君だかヒュー君だかわからないが、いずれにしろどちらも信じられない魔力量だ。
レッドドラゴンを撃破し、周辺の炎系の魔物も根こそぎ魔法剣で根絶やしにしている。
そんなのが二人もいるのか、あそこに。
「ハロルド枢密院の従者のことは、城兵の間でも話題になっていた」
「団長のそういう俗っぽいところ好きですよ」
「うるさい」
「野次馬根性ぐらいなんですか。団長が柔軟だと部下はありがたいって言ってるんです」
「とにかく、お前が来る前のことだが、落ちてしまったアート城界隈は騒がしかった。その時に配下の者を使わした元締めがすぐそばに居たので尋ねてみたのだ」
「元締め…………。ハロルド様ですか?」
「そうだ」
「そこんとこ詳しく」
「言葉遣い」
「すみません。ということで詳しく」
団長が溜息を吐いた。
「お前はかの御仁に奨学金をもらってた口だったか」
「そうです、団長、団長」
「ったく、魔法科を卒業したならそれで恩には報いただろうに。はぁ。いいか、ハロルド枢密院はこう云っていた。『あれをやっとるのはヒューじゃな。それともう一人、サマースじゃろうな』と」
「さすがはハロルド様」
「だから私は『それは本当ですか』とハロルド枢密院に訊ねたわけだが、『自分の従者を間違えたりするもんか』と答えておいでだった」
ちなみに廻りでは「すげー」「どこの騎士団だ」「たった二人であの数の魔物を」「バカ! サラマンドラだぞ。有り得ないだろ」と騒いでいたと団長が付け足してたが、右から左に流した。有象無象の話よりハロルド様の話のほうがよっぽど大事だった。
ハロルド様は王立ライム学院に奨学金を設けている。優秀だが孤児院出身だったり、貧しくて学費を払えない家庭で育った私のような者に、返済の義務なし、国家に尽くせ、という明文の下、王立ライム学院への道を開いてるのだ。
おかげで今の私がある。魔法士団の私がある。
「そんな感じだったのが、レッドドラゴンが出て来てからは口さがない奴等もその口を閉じた。だがブレスが来ても防衛機構がブレスを防ぎ、レッドドラゴンの首も落ちた。
そこからはもう興奮の坩堝であったな。
おい、聞いてるか」
トーコ団長の話は続いていた。
「人に説明させといて、いい性格してるな、ポルカ」
「聞いてます、聞いてます。王都の防衛機構はさすが鉄壁です。姫さまに頼んでたのは何でだか知りませんけれど」
疑り深い目を向けられた。
「そんな目で見ないで下さい。それより欲しくなりました? サマース君」
団長は首を振った。
「断固拒否だ」
「えーっ」
「あのケチから引き抜きを画策するなんて、ワッカイン様でも無理だ」
「えー酷い。ハロルド様に救われた苦労人は多いんですよ」
「だが吝嗇家だ。あんな吝いのから凄腕の用心棒を引き抜いたら何を条件に出されるかわかったもんじゃない」
ポルカが、むーっとした表情を浮かべている。
「それにうちは乙女の祈りだ。うちと組みたがる騎士団は多いわけだが、これはうちが徹底して女子のみを入団させているからってのはわかってるだろうが。おかげで団の財政も潤っている」
「はい」
「だがそこに彼らを入れたらどうなる。男に手助けされたい騎士団員がいると思うか」
「うーっ。でも凄いんですよ、あの二人。サマース君なんて炎の再生まで持ってましたからね。千切れかけた腕だって元通り、一瞬ですべすべの綺麗な肌ですよ。しかもほぼ無詠唱、かける魔法を教えるために魔法名を唱えてた感じでしたもん」
「なら尚更だな」
「はい?」
「うちが手を挙げることはない。そんな人材をのこのこ入団を促しに行ったら、そこら中に似たようなことを考えてる連中で溢れかえることになる。彼らとて勧誘に殺到されたら迷惑になるだろう。ましてや彼らは王剣筆頭とメラニー様の目に入った。メラニー様はわからないが、ヘルベルト様が自分の幼馴染みから手足を捥ぐことを許すかな」
「あ」
それは絶対に無理、そう思った。あの二人は幼少の頃からの大の仲良しである。
わかったな、と団長が前を向いた。
つと現実に引き戻される。人々は避難し城門辺りも静かになっている。戦場に目をやれば、そこでレッドドラゴンと戦闘があったとは思えないほど静かに澄み渡っていた。冷気は届いてこないが辺りから火の影は一掃され、煌々とした月明かりが田畑を癒すように撫でていた。
「それよりもポルカ。ハロルド枢密院の従者達もいずれ魔力切れでへばる。彼らが頑張れるのは後詰めに私たちがいるからだ」
「あ、そうですね。サマース君だって私たち乙女の祈り魔法士団が後ろにいるから最初から全力で当たれるんですもんね」
「そういうことだ。だから今は少しでも休んで魔力の回復に努めろ。彼らの後を任されるわけだから無様はさらせないぞ」
「はい」
◇
王剣筆頭のヘルベルトは回想していた。巨大魔法の三連発。それから耕されたばかりのような黒々とした土を見る。
「一から整地だな」
そして一瞬の光と共にその場から消えるサマース。現れたのは正門側にほど近い大分向こうだった。
何故じゃ、とハロルドが城壁を移動してサマースの姿を追う。
なぜ魔物の姿が向こうは少ないんじゃ、とほざいている。あまり離れて欲しくないのだが、言って止まるような好奇心の持ち主でもない。
「それにしても速いな。光速移動の距離が一キロメートルぐらいありそうだ」
サマース君が停止する度に氷の波が周辺に広がり、あっという間にモンスターが平らげられている。
それも一見魔法のように見えるが、果たして見たままの魔法なのかどうか。剣から氷を出してるように見えるが、自分の四方を埋め尽くすほど氷を出せる物だろうか。
「ねぇ」
「ん? 何だ」
「あれ、回収する気ないよね」
「そうだな。おそらくヒュー王子が廻るよりも自分が廻る距離を稼ごうとしてるんだろうな」
「競争とは言ってたけど」
「競争ではないな。競争なら少しは獲物を回収して見せびらかすだろう」
「そうよね。冒険者なら当たり前。たとえハロルドの従者という立場でも、冒険者なら周囲を認めさせるためにするものね」
メラニーは氷原が解除され、田畑へと戻った外殻都市の向こうを見やった。サマースの通った後には膨大な数の獲物が息絶えている。
「結構な金額よね」
「それを言うならドロップした物も一顧だにしてないがな」
「知らないわけではないよね」
「ロッドからバイコーンを確保したときに報奨金を出したとは聞いたな」
ロッドとはロッド・アーサー、ヘルベルトの息子で自治領でアーサー流道場の道場主をしている。アーサー騎士団のお目付役でもある。そしてヒューとサマースの師匠でもある。
メラニーが真剣な顔をしていた。
「あのサマース君の制圧攻撃、ぶちのめせるかしら」
「防ぐんじゃなくてか」
「防ぐなら魔法無効化(大)のアクセサリーでも付ければいいでしょ。でもそれじゃ駄目でしょ。サマース君だって私の後輩なのよ」
「年は上だがな」
「それでもよ」
そう言ったメラニーが顔を曇らせた。
「どうした」
「魔力切れを起こしたらどうするつもりなのかしら。彼、魔力用のポーション持ってるのかしら」
「さてな」
「道場生でしょ。稼げてないはずよね」
「そうかもしれん。だがあれを止めてはならない」
「何でよ」
「あれは何かをつかみかけている」
メラニーが耳を澄ました。
「無詠唱…………」
「あれがそんな体系に含まれるものだと本気で思うのか?」
「魔法体系を越えてるとでも言いたいの? スキル?」
それはないか。彼が今使っているのは魔法なのだから。
でもそんな強力な魔法でも使い続けて魔力切れを起こせばぶっ倒れる。
しかも何を思ったのか自分の通り過ぎた後に巨大な氷の壁を作り出した。
「まるでマルー団長みたい」
私が心配した事柄を笑い飛ばすかのように彼は巨大な水魔法を発動した。しかも城塞都市の城壁並みの氷の壁をだ。あれを作り出すために一体どれだけの魔力が必要になるのか、考えただけで並みの魔法使いでは太刀打ちできない魔力量を想起させる。
「どうなってんだろう、どうやってんだろう」
「氷は剣から出してるようにしてるだけだ」
「?」
「わざと過程を増やしてるのさ。その方が自分の感覚に合うから」
「言ってることがわからない。魔法剣は魔法剣でしょ」
「そうだな。そして詳しい説明を求められても本当のところは俺にもわからない。だがしかし彼が新たな地平を進んでいるのは間違いない。レッドドラゴンの頸を落としたのも実質は彼だしな」
「そうね」
「属性持ちのドラゴンは、ただのドラゴンよりも脅威度は跳ね上がる。大地ごと城を消し飛ばすことだって可能なレッドドラゴンだったが、彼らはそれをさせなかった。まぁ王子の力も多分にあるが」
「変な魔装よね。城塞都市全体にまで影響を及ぼせるなんて」
「とにかく、騎士団と魔法士団総出であたる案件をあの二人はたった二人で成し遂げたのだ。しかも実質止めをさしたのは彼、サマース君の方だ」
「そうね」
しかも彼は中空に浮いていた。ただ浮くわけではなく、様々な軌道を描いてレッドドラゴンへと攻撃を加えていた。
それも剣で、である。
魔法による直接の攻撃を選ばず、魔法剣での攻撃に終始し、そしてその首を獲った。
「わからない。わからない。サマース、サマース君のこともわからない。そもそも何で近づけるのよ。周りの草木や家屋はことごとく燃えだしてたのに。まるで炎熱も障壁もないように普通に動いてた」
「あれも大したもんだ。無理をしてる素振りが全くなかった」
「ヘルは出来るよね」
「無論だ」
「私は出来ない。…………何よ。そんな目で私を見ないで」
「いや、成長したなと」
「すぐ出来るようになってやるわよ」
「そうだな。そしてメラニーがそう思うように、彼もまた今新たな成長を手に入れようとしている」
「また? またなの」
「そうだ。この恐ろしく密度の濃い時間の中で、何をつかむかは彼次第。だから今の彼を邪魔してはいけないのだ」
それは私自身も何かを把もうとしてるんだよと、私ははそうヘルベルトに言われたような気がした。
そしてヘルはサマース君からヒューへと視線を戻し、それから遠く地平へと目をやった。
「音が止んでるな」
ハッとしてメラニーが耳を澄ました。その理由はすぐにわかった。
「フィッシュダイスの魔力ポーションが心許なくなってるみたい」
「そうか」
「それは地平の彼方騎士団にも言えるけどね」
「そうか」
騎士団同士の本気の戦い。
意地と正義を懸けた戦い。
ライムを裏切った形のラインゴールド団長が何を懸けたのかは知らない。知らないがラインゴールドは乙女の祈り魔法士団の乙女達を追わなかった。フィッシュダイスと相対することを選んだのだ。
そしてそれはフィッシュダイスにも言える。フィッシュダイスは乙女の祈り魔法士団をモンスター退治に振り分けてまでラインゴールドと対峙することを選んだのだ。
その選択の決着がつくまでは騎士フィッシュダイスを信じるほかなかった。矜持とはそう扱うべきものである。
その結果がどうなるのかは私にもヘルにもわからない。
「む」
ヘルの眼が鋭く地平を射抜いた。レッドドラゴンの消えた辺りだ。
「魔力が膨れた。サマース君の方だ」
私は右を向こうとして「嘘」とこぼした。
サマース君はさっきまで王都東、右に向かっていたのだ。それが僅かな思考の間に既に王都の左側にいたのだ。それもそう思考してる間にレッドドラゴンと対峙した元の場所へと移動している。つまりこの一瞬の間にサマースは城塞都市を一周したというわけで、更に驚くべきこと、もしも外殻都市の外を廻ったのなら、私が想像したのより更に長い距離を移動したことになる。
「なんで…………どうやって…………」
いくら何でも速すぎる。
「メラニー」
「なに」
「メラニーが検証してる間にサマース君はもうひと仕事を終えてるぞ」
「え」
雷信の玉を見せられた。
そこには信じがたい映像が残されていた。レッドドラゴンを撃退したのが伊達ではない恐るべき実力が映っていた。
「それにしても…………」
「何。言いなさいよ」
「よく付いていこうとしなかったな。結局サマース君が一周して、彼は動かなかったわけだが…………。見越してたのか」
「別に動かなかったのはそんな理由じゃないわ。ただヒューのこだわり、あれは、私の冒険と同じだから」
「ハロルドの身内で片づけるということか?」
「そ。私が私の冒険を邪魔されたらどうするか、ヘルならわかるでしょ」
「こわいこわい」
「恐いのはアイツ。いえ、あいつらよ。ドラゴンの障壁を何もないように突破していた」「知ってるようでもなかったぞ」
「知らずに突破してるから恐いのよ。つまりそれ以上って事なのよね」
「姫も出来るだろう」
「そうか、そうね。サーシア様の息子なのよね、アイツ」
「サマース君は違うがな」
「でも彼も魔気の流れもなく、いきなり魔法を現出させられる。異様な討伐スピードも見せてくれた」
「ふむ。全力というわけではなかろうが、それでも手を抜いた素振りはない。見える範囲でだが氷の魔法剣でひと薙ぎだ」
そうなのだ。ひと薙ぎなのだ。
そして姿を確かめようと思った時にはもう見えなくなっていた。
「ねぇヘル」
「何だ」
「魔物を地下に埋めてしまって大丈夫なの。ダンジョン化しない?」
「ライムは大丈夫だ。マントルがある」
「そうなんだ。それも経験談?」
「そのために俺はサーシア様達と魔の島に行ったようなものだからな」
「そっか…………」
「案ずるな。魔物が己が命を捨ててダンジョン化しようとしても地表数百メートルがせいぜいだ。その先には行けぬ。仮に出来たとしても雑魚ではダンジョンとも呼べないような短いダンジョンだ。魔素も魔気も薄い」
「うん」
「ましてやここはサーバ。神がいる。魔物が近づくだけで滅ぼされるよ」
「どうした」
「ううん。ちょっとヒューに訊くことができたかな、と」
「ヒュー王子に?」
「今はいいわ。つまりどう転んでもダンジョン化は防げるのね」
「ああ」
「わかったわ。…………お喋りはここまでよ。ハロルドが来る」
「了解」
◇
ヒュー・エイオリーだ。
オレは今メラニー付きの爺ちゃんのリクエストにお応えして、土魔法でレッドドラゴンが消えた辺りをグルッと耕起している。
天道神さまに頼めば元に戻せるのだが、降霊召喚を見せるには人目が多すぎる。まぁ土いじりで耕作しやすくしておけばいいだろう。ダンジョン潰しにもなるし。
「しかし見事なもんだな。本当に俺にも出来るのかな?」
ギョッとして振り返るとサマースがいた。
「サマース、お前もう」
「ということで俺の勝ちだな。まぁヒューお前はそこから動くな」
確かにオレはほとんど移動していなかった。だがそれにしても速い。速すぎるだろう。魔物がそれほど居なかったのだろうか。
「お、湧いたな。俺にやらせろ、ヒュー」
破れかけた咒札から小さなファイアラットが生まれようとしていた。
「ちょろちょろされると面倒だな。闇魔法、重力制御」
モンスターが重力から斬り離されたようにその場から動けなくなった。浮いてしまって足をどれだけ動かしても進めないでいるのだ。わずか数センチの上昇なので、傍目には浮いてるようには全く見えない。だが実際の結果はご覧の通りである。魔力を使ってる様子もないし、むしろ魔力がこの星と同質のような、そんな気がした。
「星の加護には抗えないような」
「ん? 何を言ってんだ」
「後でな。それより土魔法を試すんじゃなかったのか?」
「応」
サマースが試すとマントルが対流してファイアラットを地の底へと沈みこんだ。後には何も残らない。王都から地鳴りのような歓声がした。
「あれだけドロドロな灼熱の土なのに熱が俺たちの方へは伝わってこないんだな」
「そりゃ土輪でコントロールしてんだ。熱いのはあの中だけだ」
「便利だな、土輪」
「うむ」
「ところでおいヒュー、枢密院殿は今誰といる」
「どこにじゃなくて、誰とか」
「そうだ」
「おそらくまだ城壁の上にいると思うんだが、隣には馬鹿強い爺さんがいるから、サマースが心配するようなことはないと思うぞ。大丈夫だ。女子のお守りついでに枢密院殿のことも頼んできた。何やら知り合いのようでもあったし」
「馬鹿強い爺さん…………だと。ではやはり」
「やはり? 何だよ」
「いやいい」
「いいのかよ」
◇
この野郎。呑気に尋ねるヒューがもどかしい。こいつは自治領に来たばかりだから王剣筆頭の重みがわからない。ましてやその王剣筆頭から口止めされてしまったのだ。
言えるわけがなかろうが。
それにメラニー様のこともある。
自国の姫を呼び捨てにしてると知ったら下手をすれば不敬罪でヒューの首が飛ぶ。そしてそうなったらば広場で会ったあのリアちゃんに寄る辺がなくなってしまうことになる。それは何としても避けるべき事態であった。俺自身もリアちゃんに顔向けできなくなる。
無知が恐い。
それが許されるだけの結果を残して来たであろうヒューの成果が恐い。
そしてトライデントだ。トライデントは間違いなくヒューを死地に追いやっていた。
「おい」
そこで王剣筆頭を呼び寄せるのがヒューの引きの強さだろうか。
「おいサマース」
ん、と目線を上げるとヒューはむくんだ顔で笑ってみせていた。この顔は、枢密院殿のオーダーを頑なに守り抜き、用心棒としての筋を通し、死地を潜り抜けた疲れでむくんでいるのだ。俺にこの仕事を誘ってきたのはヒューからであったが、何と言うか、歴史に残るような遠見の能力者の直系の子孫から、知らず死地を押し付けられたくせに、その悪意を無事に切り抜けてみせたのだ。
笑ってみせるヒューが健気であった。
「本当に、よくしのいだもんだ」
「うん? 何だサマース」
「何だではない。お前気づいているか」
「何がだ」
「酷い顔してるぞ」
「それは今話すべきことなのか?」
「ああ。今じゃなきゃ駄目な話だ」
「おいおい、こんな時に人の容姿をあげつらうとは軽蔑するぞ、サマース。それはオレがどうこうできるものではない」
「目の隈が酷いな。何戦した。何匹倒した。テロリストともやりあったのだろう。俺が指摘したのはそういうことだ」
「む、そういうことか。それは申し訳ない。どうやらオレが誤解したようだ。しかし何戦したかはわからん」
「お前には言っておく」
「何だ急に、真剣な顔をして」
「嵌めたのはトライデントだ。奴はわかっていたのにお前を死地に追いやったのだ」
「ほう」
「赦せん」
しかしヒューは、まぁまぁ、と首を振った。
「そう言うな。城が落ちても犠牲者が出なかったのは、城から出るよう王が差配してた節がある。そんな能力があるならおそらくトライデントの進言だろう」
「だが」
「いいかサマース、犠牲者は出ていないのだ。そしてオレたちは枢密院殿の英断を証明しなければならない義務がある」
「冒険者ギルドを押さえたのは大英断だ。テロリスト共が冒険者を手足として使えないから、外から敵性勢力を呼んだ可能性が高い。そこにはサカードの王矢ホバー・ジョッグル。クレッシェの王の爪がいるようだ。もっともクレッシェの王の爪は内紛でテロリストに売られたようだが」
「お前、そんなのとも戦ったのか」
「いや、戦ってはいない」
コペルニクスがいて、サドンさんがいた。
「おい眠いなら」
「すっかり目が覚めてたんだよ、お前が来たから」
「そうか」
しかしもうまずい。
お前がいるから安心してしまった。
「すまん。ちょっと身体が」
「構わん。出る前に約束したろう。寝とけヒュー」
「深度……い……ち……」
◇
慌てて飛びついてヒューを抱きかかえた。どうも、サマース・キーだ。
いや、何か知らんがヒューの身体が透けるように消えかかったので慌てて抱きかかえようとしたわけだが、バチバチと雷装が弾き合ってヒューが畦から落ち、水の抜けた田の中に落ちたのは内緒だ。
まぁ雷装のおかげで顔に泥がついたわけでもないし、そもそも頽れそうだからって男を抱きかかえるのもアレだし、セーフだろう。
俺は悪くない。きちんと寝床を決めなかったヒューが悪い。
今は互いの雷装を解除している。それにしても――。
同じ十七歳にして親に見捨てられ、妹を押し付けられ、異国からやって来た苦労人のはずなのに、ちょっと度し難いほど素直なヤツだ。まさか本当に寝るとは思わなかった。それも何の警戒もなしにだ。
そのくせ詐術には自信があるようでもあり、剣でも時折フェイントに引っかかりそうになるのだから、詐術が得意というのもあながち嘘ではない気がするのだから不思議だ。
最後の言葉はまさか詐術ではないと思うが、意味の通らぬボケをかまされると、実際に身体が消えそうになったから、ヒューが妙な魔法に溺れないよう抱きかかえて移動するしかなかったわけだが、それが奏功したのか透き通っていたヒューの身体は元に戻っている。寝顔はぐっすりと眠りに就いていた。
弾き飛ばされ、いや、天と地を寝床にしたせいで横顔にべったり泥が付いてるが…………。
「うむ」
問題ないな。
日々木剣で撃ち合う俺たち道場生の日常に比べたら、泥の一つや二つガタガタ騒ぐほどのことではない。
さて――。
実際二手に分かれてから、こいつは何をしてきたのだろう。
少なくともこいつの外套をここまでボロボロにした敵とやり合ってきたのは間違いないのだが、レッドドラゴンのブレスさえ防ぎきった雷装を、それを突破した敵がいたということになる…………。
しかもアーサー道場の総代であり王剣筆頭でもあるヘルベルト・アーサーを爺ちゃんと呼び、サーバ宗主国のライムの姫さまをメラニーと呼び捨てにしても咎められる様子はなかった。むしろ身分違いを咎めるどころか身分を秘匿して楽しんでる様子さえあった。
つまりヒューはそれだけの働きをして見せたのだ。
それは確かだ。
サマースは泥のように眠るヒューをそっと草むらに横たえた。
畦道脇だがここら辺一帯の風は熱を含んでいる。
「俺の友達はわけありの奴ばかりだな」
サラマンドラによって岩肌や土の剥き出しになった大地がまだ熱を持っているのだ。キンキン剣とやらをヒューがしても、レッドドラゴンが消失したこの場所はまた別の話らしい。そんな地熱を出す草むらの上にヒューを眠らせ、サマースは外套を広げてあぐらを掻くと、剣を抜き撃てるようにしてその場に座った。ヒューが額に汗を掻いている。
そういえばこいつが土輪で土を引っ繰り返していたな。
マグマか――。
「どっちでもいいな。熱いのに変わりない。だがまぁ起きたら自分で拭け。雷装」
俺はヒューに雷装をかけ直すと、胡座をかいた足の上に剣を乗せて護衛を開始した。相棒を守るのも俺の仕事となったのだ。
それぐらいしないと枢密院殿の用心棒として同じ給金をもらうのに躊躇いが生まれる。
風が熱を持って幾度か草を揺らした頃、突然に鋭い声がした。
「気をつけて!」
子供の声だ。しかし出所がわからない。
「チッ」
舌打ちと共に何者かが現れた。
最初、岩塊が動いたように見えた。外殻都市の基準点かなにかの石だと思ったのだが、それはどうやらその男の羽織る外套のようであった。時分の外套とは比べるべくもない高級品だ。ロックリザードあたりの外套だろうか。
その男が近づいて来ながら周囲に目を配り、この周辺に炎の欠片すらないのを見届けるとその男の後ろの方から声がした。一、二、三、三人組か?
レッドという声がした気がしたので、どうやらレッドドラゴンの素材を探しに冒険者が来たようだ。
「そりゃドラゴンが変な風に消えたんだ。色々と来るさ、色々と」
サマースがぼそっと呟いて友人を脇にのけた。
「まずは人か」
立ち上がって外套の中でみずからの剣の柄に手をかけた。声を張る。
「ハロルド・カーギイカ枢密院従者、サマース・キーである。冒険者はギルドにて待機するよう下命されている。貴公ら、即刻王都に戻れ」
「ふふっふふふ」「あは」「ニヤニヤ」
俺の忠告は無視された。
それどころか俺の周りにノソノソと展開し、終始下卑た表情を浮かべていた。
あとがき
活動報告に緊急手術のことを報告したのですが、ようやく抜糸に漕ぎ着けました。お待たせして申し訳ないです。読んでいただいて有難うございます。あの時は四分の三は出来てるつもりだったのですが、辿り着いたらあの時は半分しか出来てなかったんだなぁと気づき、長くなったことに冷や汗を掻いております。分割もせずにそのままで上梓しましたけど果たして良かったのかどうか…………。
さて――。
人生降りかかる火の粉は多々あれど、その度に反骨心が沸くのもまた不思議なもので、根拠はないけど簡単にはやられないよといつも思っております。おりゃ。