第171話 ひっそりと手厚くされ…… その一
足音が近づいて来る。道場生ならすり足が基本なのにわざと音を立てている。
オレはレッドドラゴンの輪廻へと還った姿を見届けてから、サマースに振り返った。
「不機嫌そうだな、サマース」
「まったく、全く、まったくだ」
「何が全くなんだ」
「全く馬鹿なヤツだ」
「馬鹿とはえらい言われようだな」
「馬鹿だろうが。大体にしてお前には信じられないほどお坊ちゃんなところがある」
「何だと。馬鹿なお坊ちゃんだと貴公はそう言いたいのか。証拠を出せ、証拠を。ないであろう」
サマースが溜息を吐いた。
「肉をほったらかして呑気にくっちゃべってたことと言い、ドラゴンの眼に腕を突っ込むことと言い、これを馬鹿げた行為と言わずして何と言う。ああん?」
「ドラゴンの眼はいざ知らず、肉とは季節料理屋ゲソでのことか」
「それ以外何がある」
「あれはお前がオレの分を取っていっただけだろうが」
「馬鹿め。そう思うところが馬鹿なんだ。信じられないほど迂闊なことを平気でするな、お前は」
「うむ。ではない。酷い言いようではないか、サマース」
「酷いと言いつつ、にこにこしながら口上を述べるな。嬉しそうにしやがって。だから馬鹿なんだ」
「そりゃお前に言う分には気楽だからな。なんせ命が懸からない。そういうお前こそどうなんだ。訊きたいことがあるのではないか? レッドドラゴンの事とか、消えちまった事とか」
「まったくお前というヤツは……、折角俺が空気を読んで聞かずにおいてやったのに」
「応」
「応じゃねー。聞かせるべきと思ったら放っておいてもお前は話すだろうが」
「うむ」
「お前は馬鹿だが不必要な事はしない。そこらへんの信頼はある」
「おっ」
「おっ、じゃねー。まったく。ただしいいか、レッドドラゴンの件は貴公が枢密院殿へ報告しろよ」
「うむ」
「うむ、じゃねーよ、もう。さて、そんなレッドドラゴンを相手してる間に随分と咒札から魔物が放たれたな」
数こそ少ないが田畑の向こう、北にも南にも炎の蠢く姿があった。そしてその炎の向かう先は間違いなく城壁を目指していた。
「水がないからファイアリザードなんかが城塞都市に入ったら最悪だ。チョロチョロ動き回られただけで至る所で火事だ」
となると地平の彼方騎士団はもしかしたら水門の操作をさせないためにも、あの場所に布陣してたのかもしれないな。
でがこれが当たっていたらライムの属国と言うよりキボッドが独立国となったような振る舞いだ。サマースには言えんな。
「それでヒュー」
「なんだ」
「お前、土輪でどれだけの重さを動かしたんだ」
「重さ? 知らん」
「たったそれだけで済ませるか。恐ろしい奴だな、貴公は」
「ん? お前にも出来るだろうが」
サマースは嘆息した。
「ああ。以前の俺ならいざ知らず、今となってはきっと俺にも出来るんだろうな。何しろ平然と止めを差せというようなヤツのお墨付きだ」
「馬鹿を言え。お前道場ではオレのことをボコボコに叩きまくってるだろうが。それにそもそも表のことはお前に任せると約束してもある」
「それはそうだが」
「これで貴公もドラゴン殺しだ。上手く行けばライムカップにもシードで参加出来るんじゃないか?」
しかしサマースは返事をしなかった。
「どうした」
「不思議だな。思ったよりも嬉しくないようだ」
「妙なことを言う奴だな」
「そんな事よりイカを」
「ん?」
「俺はイカを食べたいな。季節料理屋のゲソで食べた、あのイカを。あのイカは美味かった」
「そうか。俺は肉だな」
「ふふふ。肉がいいか。なら帰ったらまた食べに行くか」
「行けたら考えてもいいが、そんな小料理屋で使う金がなぁ」
オレの脳裏には財布を握るアンナさんの姿が思い浮かんでいた。
無理そうである。
「あのなぁヒュー。細かいことは気にするな」
「何だそれ」
「お前、レッドドラゴンを前にしてこれからどうやって倒すか、いちいち考えて倒してたか?」
「言われてみれば確かにそうだな。細かいことは気にしてられないか」
「しかも戦った後だ。用心棒としては士気の維持は努めねばならん」
「言われてみればそうかもな」
「そうだ、うまいもん喰おうぜ」
「了解だ」
ガシッと肩を組まれた。
「その時にその変な剣もどきについても教えろ」
「これか。これは実験しながらやろうではないか。そうだな、オレの屋敷の裏庭辺りで」
「実験だと?」
サマースが素に戻って離れた。
「ああ実験だ。魔法初心者なりに色々とやってて気づいたんだが、この世界の魔法は波で出来ている」
「んあ?」
「その波がどこまで波となるのか、四人で、いや、師匠になってくれるらしいからサドンさんも含めて五人でやってみようではないか」
すると考える暇など与えないと言わんばかりに、辺りからサラマンドラが湧き出してきた。ファイアリザードよりも大型の魔物たちである。体長はオレたちの身長を超えるのではないか。
「もう面倒臭い」
「ならばやって見せてくれ、土魔法土いじり」
声が届く。メラニーのお付きの爺ちゃんの声だった。
サマースが周辺に眼を配るがそこには誰もいない。
「いや、だから使う気ないんだけど」
「リクエストだ」
「知らんぞ、どうなっても」
「この件については何か遭ったら俺の方で片を付ける」
「ならいいけど」
と言われるままに土いじりを発動した。
直下からサラマンドラを飲みこんで土の流れが地中へと潜って行く。その土は色を変え、灰色の粘土質になったかと思うと、やがて炎を帯びて上昇し、また土の中へと沈んでいった。
「いやいや、これはもう大規模魔法マントルだろ。新しい魔法だ」
届いた声にサマースはハッとする。柄から手を離し、それからおののく。外套がふわりとサマースの身体を包んでいた。
「どうした、サマース」
「いやいや」
そう言ってゴホンと咳を払った。
「そう言えばヒューもさっき言ってたな、マントル? それって何だ」
「マントルか。昔ある女性から教えてもらった。この星の内部に流れる熱いあつい土の塊さ」
「何じゃそれ」
「だから星の内部が超熱くなってるんだよ。土がドロドロになって対流する程にな」
「俺たちの足下でか?」
「そうだ」
「土の上だぞ」
「その土の下深くにあるんだよ。熱くてドロドロな、マグマってやつが」
「お前、眠くて頭おかしくなってるのか。夢見てんじゃねーぞ」
「見てないわ。魔素を感じてるだけだ。とは言っても確かに熱くなってるのはここら辺一帯だけのようだが」
「ファイアリザードがちょろちょろしてる、なっ」
と言いながらサマースがキンキン剣を伸ばし、まとめて斬り伏せた。
オレはもっと恐ろしい事を言ってるのだが、分け身さまの話は今ここでしても時間の無駄であろう。
「とりあえずヒュー。そのマントルとやらの詳しいやり方を教えろ」
「だぁかぁらぁ、やってることは土輪の延長だって言っただろ」
「ならば俺にも出来るのかな」
「出来るさ、土輪だぞ。気楽なもんだ」
「なるほどな。やってることは基礎中の基礎か」
「そうだ。だから細かいことは気にするな」
「応、細かいことは気にしない」
「だから寝てもいいか」
「おま、ふざけるな」
サマースに怒られてしまった。しかし冗談のように持ちかけたが本当のところかなりヤバイ。マジで眠い。こんな事はサマースにしか言えないんだが。
それでも後から新たな炎系の魔物が土の中から抜け出てくる。
「もう一度魔法で、土輪で処理しちまうか」
「やめとけ。それで耕起しちまったせいで一度は地中深くに沈められてたレッドドラゴンが戻って来たんだ。地表近くまで土輪で運ばれて」
「な。それでやりたがらなかったのか」
「そうだ」
「つまりお前のせいだったのかよ」
「大きな声で言うな、人聞きの悪い。枢密院殿に聞かれてたらどうすんだ」
「む」
サマースが唸った。
声が届いてるのだ。枢密院殿に訊かれていないという保証はない。訊かせるなと頼むのも、そのひと言が枢密院殿に聞かれたら極めて心証が悪くなる。
それは避けたい。
「しかしなるほど。それならまた出てこられても困るな。ドラゴンの誇りで屍を晒すまいと炎輪で土の中に潜ったなら、どうせ死ぬ身だ。余計な事をする必要もあるまい」
「ドラゴン種の誇りか。そいつを信じよう。お給金が台無しになるのは嫌だしな。少なくとも奴の首は獲った」
「うむ。そうなると、湧き出てくる雑魚共のことだ」
「結局土いじりを何度しても深くに沈めたのが地表に近づけさせることになるわけだよな」
「まぁそうだ。そして細かな土の流れを地中深くで分散させるほど土魔法に長けてない。サマースは知らんが」
「せっかく付与したんだし、魔法剣で斬った方が早いな。出てこられる個体だけを斬り捨てていった方が話が簡単だ」
「うむ」
「それに俺たちは道場生だ」
「だな」
「アーサー流で斬り伏せる方が性に合う」
「異論はない。であるなら正門はサマースに頼む、オレは西から回って残りをやっつけよう」
「ふっ」
「何がおかしい」
「存外騎士のことを知ってるのだな。道場の薫陶の賜物か?」
「何が言いたい」
サマースが門から延びる街道へと遠く眼を凝らし、ポツリとつぶやいた。
「ぶつかってるな」
「ああ。フィッシュダイス騎士団がんばってるな」
「その邪魔をしないために引き受けたんだろう? あのドラゴンのことを」
「何を言いたいのかよくわからんが、これは枢密院殿が言い出したことだ」
「ここで我らの雇い主殿の名前を出すことはない。貴公が騎士同士の名誉を重んじれたのだ。よく耐えた」
サマースに真正面から誉められてしまった。存外に恥ずかしいぞ。何だこれは。
「秘密結社クーからは、無駄なことを、と言われたんだがな」
「そいつらからは無駄に見えようが、俺たちは無駄な時間は過ごしてない。大体これまで総じて退治して来ただろうが」
そう言ってる間にもまた湧いて来る。咒札は土いじりで一緒に消えたはずなのに。
案外爺ちゃんの言ってることは本当なのかもと思ってたら、爺ちゃんの声がまた届いて来た。
「異界渡りをした魔物の通った痕はダンジョンになる。そうなる前に潰せ」
「マジで? だったらここもそうだけど自治領もまずくないか? オレ、ダルマーイカ川のバイコーンの出現場所、放置しちまったぞ」
つと、リアの姿が脳裏を過った。
リアは、リビングの衝立の向こうでどこにも動けず眠っている。
リア…………。
「バイコーンが異界渡りを抜け切る前に潰したことは騎士団から聞いている」
「何で知ってるんだ」
「答えるわけがなかろうが」
正体を当てろというヤツか。面倒臭い。
しかしどうやって、あ、姫がいるからか。騎士団の情報も当然王家に集約されるから、お付きの爺ちゃんが知っていても不思議はない。
「自治領は無事だ。辺境伯も居る」
あのファンキーなおっさんか。辺境伯を任されるぐらいだから強いんだろうがオレにはいまいちどうもそう見えない。むしろアーサー騎士団のお膝元だからというのが、あの場所に暮らす者としての実感だ。
「ダンジョンになったら魔気がますます星の奥深くで溜まるな」
「なに」
「だからそうなる前に潰せ。ここを不活性化させるわけにはいかないだろう」
確かに――。
ここは分け身さまの本拠地でもある。いくら分け身さまを召喚の間に招いたからといって、それで本拠地を捨てていいはずがない。
「ハロルドから聞いた話を鑑みるに、パッチワークのように土地が異界渡りをしてるということらしいな。だがそんな事だと、いずれ星から熱が奪われるぞ。そもそもサーバの熱は守らなければならない」
「爺ちゃん、何者だ?」
自転や公転、それは母さまの唱えた未来召喚でもたらされた情報だ。
「答えを聞くな。宿題であったろうが」
「ここでもそれか。一方的に押し付けられてもなぁ」
「サマース君も俺の正体に関しては、たとえ気づいてもヒュー君には教えないように」
咽喉が鳴るような音がしたので隣に目をやると、サマースがゴクリと唾を飲みこんでいた。返事の代わりだろうか。
「それより急げ。ダンジョン化を防げないというのなら、ここでハロルドの用心棒に取って代わってやってもいいんだぞ」
「それはご免こうむる。反論したいこともある。そもそもあれは咒札で…………」
「出たのはな。だが帰りはどうだ」
輪廻越えに気づいている?
いや、異界渡りをしたと判じただけかも知れない。何せオレは降霊召喚のことを黙っているし、オレが深度一に入る前に幼竜は既に神々と話をしていたのだ。
送還で還ったわけでもないから、城壁から見ていた爺ちゃん達からすれば、断ったはずの首と胴が消えた…………いや、そうか、異界渡りのように亜空の中に消えたと考えても不思議ではない。
ヒュゴッと音がした。
オレの視界に一直線に伸び、そこから左右に拡がる氷の世界があった。
「いきなり何かと思ったらキンキン剣かよ、サマース」
「その技名はやめろ。ガキの時分の遊びのようだ」
そして近隣にポツポツとあった火の影が消えてることに気づいた。
「おま、今の一振りで小物を根絶やしにしたのか」
「一時だろうがな。根こそぎ狩ったら、その時は存分に寝ろ」
「む」
「気づいてないと思ったか。後顧の憂いを断ったら好きなだけ寝ろ。とりあえずここには俺も居る。枢密院殿への報告はその後でも良かろう。どうせ王都は徹夜で城壁の外を監視する事になる」
そこへメラニーから雷装の解除要請が来た。人が入れなくて困ってると云う。
「おいこの声は」
「メラニーだ」
「いいから早く解除して」
「了解。雷装解除」
「うん、消えたわね。じゃ警戒よろしく。被害が拡がるわよ」
サマースと眼が合った。
「ま、仕方ないか。後で話を聞かせろ」
「あ、サマース君、私のことも言っちゃ駄目だよ。口外禁止です。何となく想像ついてるんでしょ、私のこと」
「…………」
「おいサマース、メラニーに訊かれてるぞ」
「うるさい。了解しました」
「何を冷や汗を掻いておるのだ」
「うるさい。直答したんだぞ」
「はぁ?」
「もういい。とにかく左右に分かれるぞ、ここにもう一度集合だ」
「それはいいが、先ほど上空から見た時は魔物が現れるのは東門が中心であった。いや、西かな、こっちは」
「西門だ」「西門よ」
「とにかくここら辺一帯が集中して現れる場所だ」
「うむ。しかしほほう、気になるな、その条件付けが」
「テロリストが逃げるついでに咒札をばらまいたようだからな」
「なるほど、そういう事が」
「何だ。お前の方でも何かあるならオレに教えとけ。わからないでは困る」
「それなら俺からも報告しようか。東に流れて来たモンスターはおそらく乙女の祈り魔法士団の方々が片づけ終えている。実際に俺は見た」
「それは朗報だな」
「と言うわけで魔物が湧いてるのはここら辺だけだろうから、競争だ。見つけたら根こそぎ狩るぞ」
「狩るって…………」
「途中でやられる事は許さん。お前は剣だけでなく魔法ですらここまで操ったのだ。向こうからでも見えたぞ、巨大な炎の柱が立ち上がったのが」
まぁそれはいい。興味が無い。そんな事よりも――。
「…………城壁の外を一周するのか?」
「そうだ」
「そうだって、この様子だと落ち着くまでどうせまた湧くぞ。空から一掃するほうが楽だ」
「それだと王都民に姿を見られるぞ。良いのか? 敵の息がかかった者もいるかもしれない」
リアの件か。確かに秘密結社の息のかかった者、適当に情報源にされてる者もいるかもしれない。いや、いるだろうな。冒険者なら求められたら金にする。王都民だって酒の肴にするかもしれない。
しかしまさかサマースから言い出されるとは思わなかった、が、しかし、確かにサマースの言う通りだろうな。仮にオレがこれはサマースの功績だとサマースに押し付けても、尾鰭のついた噂の前ではそんな詭弁も通用しなさそうだ。むしろ勘繰る材料を提供してしまうだけの気がする。
そういえばアルバスト達も話が通じなかったな…………。
欲しい情報を執拗に要求するのが秘密結社クーという組織なのかもしれない。
おい、と肩を叩かれた。
「わかったなヒュー。どうせ何回か繰り返せば済む話だ」
つまり何度も王都の外周を駆け回るわけか。それは、それだけでひと苦労な話であった。
するとお付きの爺ちゃんから声が届いた。
「現状でも未だ王都の人々は魔力が枯渇して動けない。回復させるには睡眠が必要なわけだが、それにはゆっくり寝かせられる状況を作らねばならない。これが必要なことだというのはわかるな」
サマースがオレにチラリと眼を配った。
是非もないだろうが。
「へいへい。オレたちで引き受けた事だ。枢密院殿に疵をつけるつもりはない」
すると爺ちゃんでなくサマースが言った。
「後でたっぷり寝かせてやる。この一周だけだ。気張れ」
そう言い残すとサマースが出撃した。
速い。
光速移動が洒落にならないほど距離が伸びている。光が見えなければわからないほどだ。
猪突猛進、矢の如く。
そしてその光もすぐに見えなくなった。
後に残るのは何もなく、魔物の影もなく、ただただ静かになっていた。フィッシュダイス騎士団のぶつかり合う音が聞こえるぐらいだ。オレは見えなくなったサマースの姿を探していた。
「いいヤツだな」
しみじみとそう思った。
あいつはリアと会った時も、奇異の眼を向けることもなく普通にリアと言葉を交わしていた。目の色までリアが教えた時には正直ビックリもした。
「おそらくあいつの頭ん中じゃ王都防衛じゃなくて、立てない人がいっぱい居るから魔物は城壁の外で全部倒してやるって気概だけなんだろうな。あんな奴がいっぱい居るから…………、ああいう奴等のおかげでオレたちは安息の地を得たんだろう」
知らず、足が前へと踏み出されていた。
オレの意思ではない。呼吸のように自然なものであった。
「立てない人がいるならば、立たずに済むようにしないとなぁ。
なぁ、そう思うだろう? リア」
オレは一気に走り出した。
「魔法は使う気なかったんだが…………」
ちょびっとだけ嘆息した。
「だがもう使っているだろ」
爺ちゃんから声が届いた。
やらせた本人が言うなよ、と思いつつ、素早く周囲へと目を配った。サマースは既に出撃している。オレが回る分を少なくさせようというアイツなりの配慮だろう。
そしてこの場所でオレがゆるゆると処理してる間に、ここまで戻って来ることもアイツの中ではあるのかも知れない。
――何が競争だよ。
オレは自然と口元が綻んでいた。
身体が勝手に動き出す。
「この地に流れて来たことを考えると、この地で関わった人のことを蔑ろにするのは性分じゃないようだなぁ。まずはこいつで動きを止める。コペルニクスの恐ろしさを思い知れ。クロック・ストップ」
半径百メートルほどの魔気が停止した。動きが素早いはずのファイアリザードがその場に張りついて身動きひとつしない。躯から噴き出した炎も揺らぎすら許されず停止している。
「サドンさんの凄さもその身に刻め。プラズマ」
そしてプラズマが吹き抜けた後には咒札も魔物も欠片ひとつ残っていなかった。そこへもってレッドドラゴンの去った場所へと手をかざす。
「ご要望通りこいつでダンジョン化も潰す。土魔法、土いじり」
マグマを対流させる。これでピンポイントで対処出来たはず。
再びの大規模魔法に城壁の方から歓声が沸き上がった。メラニーからの声も届く。
「何でそこまで」
その声が心なしか小さくなっていた。当たり前のように会話が成り立ち、一体どうやったら声を届けられるのか相変わらず不思議な技だが、とりあえず返事を先にする。
「ここにダンジョンを作ったら大損だって理解させるためだ」
◇
「と言うようなことを言ってるけど、どうするのハロルド」
「自分で引き起こしたことを引き合いに討伐したと言われても金は出せぬ」
「はぁ。いいわ。それはこっちの方で持つから。いいわね、ヘル」
恐るべき案件が相談されていることをヒュー達は知る由もなかった。