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第170話 Wide Awake その二

 サマースがゆるりと降下して来ながら、


「おま、びっくりさせるな」


 と言った。


「そういうお前こそもう少し自分の魔法を信用しろ」

「あのなぁヒュー。お前はその根拠のない自信でもって、何度もなんども道場で返り討ちに遭ってることを思い出そうか」

「面白いことを言う。ん? 面白い?」


 レッドドラゴンが息を更に大きく吸い込んでいるが、そんなのは知ったことではない。

 何だろうこの安心感は。

 オレは面白いと思うほど心に余裕があるようだ。


「全くお前という奴は。しかしまぁ、しのぎきったのは見事だ」


 サマースが手を差し伸べてきた。

 その手をパチンと叩いた。雷装と雷装が重なり合って、花火のように火花が飛び散った。

 メラニーと接待脱出していたときとは明らかに違う軽やかな心持ちである。それもこれもオレの次の言を待つこいつの所為だろうか。


「しかしキンキン剣が駄目なら、分子氷結剣はどうだ」

「ぶ、ぶんしひょうけつけん?」


 サマースが目を白黒させている。


「基本、学が足りんな、サマースは」

「うるさい。お前は警戒心が足りんわ」

「奴のことか? 話していても、奴はそれが誘導だと思って視線は魔法使いの姿を探しているぞ。無駄に知能があるだけドラゴンでいるというのも大変なようだな。なぁレッドドラゴン」


 しかし振り向きもしない。オレは相手にされていなかった。


「でかいからって全てが力押しで事足りてたんだろうな」

「それがドラゴン種ってもんだろうが。だから俺達の手には余ると言ってんだ」

「馬鹿言え。足の構造を見ろ」

「おう?」

「前には出やすいだろ」


 まるで捕食獣のような足に鱗が覆われてるような足だった。爪と鱗の付いたヒョウやチーターみたいなもんだ。

 つまり逆説を辿ればドラゴンは後ろに下がりにくい。だからこちらから距離を詰めれば、下がろうとしても間に合わなくなる。間に合わなければ首を曲げて敵に対処しようとする。

 そしてそこをつつくと案の定ドラゴンは首で追いかけて来た。


「ドラゴンと恐れられてるがバカだなこいつ」


 オレを狙って首が撓んでる。的でしかない。


「風魔・行き暮れ」


 一瞬にして夜に入る歩法である。オレを見ているが脳が補完する先読みを越えて移動してしまい、その姿を見失う。暮れから夜に入ったように見えているはずだ。そしてレッドドラゴン以上の速度で突っ込んで勝手が違うことに苦労してる間にその首は刈りとられていた。オレの忍者刀の前ではドラゴンの皮膚も薄い紙切れと変わりない。だが忍者刀が短くて、太いドラゴンの首は断てていない。足下に土を作ってその場で後方にジャンプする。レッドドラゴンがオレを追って首を曲げようとするが、そのせいで斬り裂いた首の傷が大きく開いた。


「ヒュー」


 聞こえているさ、サマース。お前の声だ。オレはレッドドラゴンの横合いへと飛び出した。


「届かぬなら届く物を武器にすればいい」


 外套を脱いで手にした。

 周囲の温度を下げる。どんどん下がって魔物がオレに近づくのを嫌がった。

 吐く息が白く凍りつき始めると同時にオレは外套をぶんぶんと振り回して五、六回ほど回した後に振り回してると、あっ、というサマースの声がした。

 鋭い尾の攻撃をかわす。


「馬鹿野郎、死にそうになってんじゃねーか。思わず神様に祈っちまったぞ」

「そりゃいい」

「よくねーよ」

「いいんだよ」


 今頃、召喚の場で、分け身さまも喜んでいることだろう。


「神さまが言っていた。不幸自慢の相手には幸福をぶつけないと駄目なんだよって」

「あん? どこの神様だよ」

「オレの国元のだ。不幸を売りにして来るなら不幸を取り除けば攻撃する理由がなくなって力を込められなくなるんだとさ」


 思えば天道神さまの導きはそうだった。

 降霊召喚を断った閻魔大王さまにも何か理由があったのだろうか。


「おいヒュー」

「ん?」

「頼むから集中しろ。目の下に隈作ってる場合じゃねーぞ」

「失敬な。今終わったとこだぞ」


 すると外套がキンキンに凍って一直線の棒となった。その棒からどうしようもないほどの冷気が周囲へと流れ出していた。


「おい、それ……」

「キンキン剣」


 長さは二メートルはあろうか。屹立した棒は完全に凍りついていた。


「よく見てろサマース」


ドラゴンの翼がはたき落とそうとするが、オレは必要もないのに唱える。


「背反世界」


 平静な声と絶大な効果にサマースが眼を剥いた。


「なっ! ドラゴンの動きが!」

「遅くなったろ。背反世界を信じろ」


 ドラゴンが吠えるが、随分と温いドラゴンだとしか思わない。アーサー流の道場生が剣、ではないが忍者刀を持っているのだぞ。


「拡がれキンキン剣」


 横に薙ぎながら冴え冴えとした刀身から氷の奔流が放射線状に広がる。それは水面に生じた波紋が広がるかのように斬線となって拡大して行き、ドラゴンの前足を斬り飛ばした。


「なっ、銀盤が広がったと思ったら」

「このぐらいサマースにも出来る。だろ?」

「くそっ、あんなぶっとい足をそんな疲れ切った顔でこの野郎」


 サマースがオレのことを口汚く罵った。

 レッドドラゴンが支えを失って横倒れになった。地震のような揺れと地鳴りがオレたちを襲い、城ではまた騒ぎになってるようだった。

 レッドドラゴンが身悶えて苦しがっている。だが起き上がれない。首もあっちを向いてその腸をオレたちに見せている。


「フハハハハ。今ならお主もオレにボコボコだな」

「吠えるな。斬り飛ばした足のせいで向こうの穀倉地帯に火が燃え広がったぞ。あっちはまだ大丈夫だったのに」

「何。くそ。貴公だけ給金をあげてもらおうって魂胆か」

「誰がそんな事を言った! 馬鹿か!」

「うるさい! メラニーが聞いてるんだぞ! まず間違いなく!」

「メラニー? 誰だそれは」


 とサマースが言う間にレッドドラゴンが首を起こした。


「サマース、いいからやれ。首を起こしたぞ」


 オレが忍者刀で斬り裂いた場所からゴアッと熱い息が噴きこぼれている。


「無理むりムリ無理」

「ふざけるな」


 とオレが窘めると同時にドラゴンからも炎弾が吐かれた。それはファイアボールと言うにはあまりにも大きく、火球の中で炎が台風のように対流しており、ジャイロのように伸びやかに向かって来た。

 城壁の方でもよく見えるようで大騒ぎになっている。


「方向が違うのになんで城は騒いでるんだかな」

「その代わりこっちがピンチなんだろうが」


 ピンチか。

 炎弾の熱で進行方向の土がガラス化して、炎弾の通り過ぎた辺り一帯がつるつるになっている。熱がこちらにも来てるのだろうが、その熱は背反世界で流されてオレたちには全く影響がない。その下には雷装もあるのだ。まず間違いなくオレたちには効かない。


「おいヒュー、ボーッとするな! お前のせいで向こうは集中しちまったじゃねーかっ! 馬鹿か! ここはお前が餌になるか、油断させといて魔法使いを探させる場面だろーがっ! 何で俺に言い募った!」


 サマースが右に左に飛んでいる。ちゃっかり避けて背後をうかがう動きを見せてたらしい。だがオレがここに居たままだったので、レッドドラゴンが動くサマースの方に注意が向いたようだ。

 あれだ。蠅を目で追いかけるのと同じだ。同じなわけだが――。


「サマースお前、オレを囮にするつもりだったのか!」

「当たり前だろうが。ドラゴンの様子を見てたくせに何でそう素直なんだお前は。全部が全部口に出すな。騙せよドラゴンを! いちいち説明してるせいで全部筒抜けじゃねーか!」

「いや、だがな、オレが詐術を使ったらお前まで騙されるぞ」


 サマースがニヤリとしながら手を突き出した。この野郎無視かよとも思ったが、それは殊更に悪い手だった。

 サマースはリロのよくやってた嵌め手を、あれをやろうぜと持ちかけてるのだ。

 アーサー道場でオレたちの友達であったリロはチビだった。チビだったが、チビだと思って舐めてくる奴を相手に、鋭い踏み込みで急襲を仕掛けては咽喉に突きを突き入れ、相手を羽目板までふっ飛ばすのだ。羽目板にぶつかって床に昏倒した相手は、呼吸困難に陥って息も絶え絶えに呻いているわけだが、そんな光景をオレたちは何度も見た。

 そいつは悶絶しながら空の青さにも負けないくらいに顔を青くさせていた。

 そしてそいつの気持ちはオレにはよくわかった。

 オレもよくそうなったから。

 天井が高かった。

 つまりそれを基に、このドラゴン相手にやろうぜと誘っているのだ。二手三手先を組み上げるぞって事なんだろう。悪いヤツだ。

 夥しい火の粉が魔気が、レッドドラゴンの口腔へと次々と集束しだした。


「来るぞヒュー。これだってブレスの一種なんだからな」

「ブレス?」

「そうだ」


 と肯きながらもこの会話を相手に聞かせようとしてるのだからサマースも人が悪い。しかし敢えて言おう。


「違うぞサマース。これはブレスではない。ただ臀の穴をすぼめて踏ん張っただけのただの吐息だ。そもそもブレスには意思がある。ブレスとはそう言う物だ」


 ダブルリグレットなら宇宙を壊す覚悟で、アクロス・ザ・ユニバースなら銀河を消し飛ばす覚悟で、そんな心構えでブレスを撃つ。オレの知る龍のブレスとはそういう物だ。別に相手の油断を誘うために否定してるのではない。

 ただの感想だ。

 詐術に満ちた感想だがしかし――。


「ん?」

「それをこいつは小バエを追い払うかのような心持ちで簡単に撃とうとしてるわけか…………。その腑抜け具合も少々癇に障るな」


 この馬鹿は足をぶった切られたくせに未だ余裕ぶっこいているのだ。

 オレの話を聞かされて集束が早まったが、オレには幼い竜が利かん気を起こしただけにしか見えない。幼く思えたのはオレの側には常にリアがいたからだとは思う。リアは四肢と眼を奪われた十歳の頃から利かん気を起こしたことはない。つまりはこのレッドドラゴンは精神的にも十歳だった頃のリアにも劣る、その程度の存在なのだ。

 そもそも咒札(じゅふだ)に封じられた相手に腹を立てるべきであって、解放された途端に近くに居た生き物を根絶やしにしようと腹を立てるのは短絡が過ぎるだろう。竜の利かん気にしても幼すぎる。


「ヒュー?」


 乗ったんだよなと目で確認をしている。オレは無論だと肯きつつ、それにだ、サマース、と呼びかけた。


「何が『それにだ』かわからんが何だ」

「そもそもオレたちは…………」


 サマースに向かって腕をポンポンと叩いた。


「腕は立つと、そう売り込んで枢密院殿の用心棒になったのであろうが」

「ああ、それはそうだ」

「ならばこの程度のドラゴン、擂り潰すぞ、正面から」


 そして離れる。オレは下、上はサマース、お前が目立つとこをやれと言わんばかりに。

 アーサー流に擂り潰す武器なんてないぞ、なんて言葉が聞こえたが聞こえなかった。やることに変わりはない。


「居もしない魔法使いを絶えず探していたのが貴様の間抜けさだ」

「お前も何を苛ついてるんだ。魔法使いなどいないと言え。あの土輪を放ったのはここにいるアーサー流の道場生、ヒューだと」

「お前が名乗りを挙げるな」


 オレからはツッコミだったが、ドラゴンからはブレスが放たれた。

 中空に浮かんで攻撃の姿勢を見せるサマースへだ。オレはブレスから派生した縦横無尽に奔る火花から逃れながらサマースへと向かうブレスに固唾を呑んで見守った。すると、サマースはそこから一歩も動かずに眼を眇めて待ち受ける構えを見せた。剣で相対してる時、サマースはたまにこんな表情をするわけだが、その時、サマースが背反世界を解いていることにもオレは気がついた。


 ――あいつ、雷装のみでドラゴンのブレスに対抗するつもりだ。


 試さずにはいられないんだろうな。

 アーサー道場に通ってるのだ。目の前で出来ると見せられたら自分でも確かめたくなるのが道場生ってもんだ。オレは口元が知らずほころぶのを感じた。

 ブレスがサマースに直撃する。周囲にブレスが四散し、火線がサマースを中心に四散するが、その四散はいっかな収まらず、レッドドラゴンが本気になって長くブレスを吐いてるのがわかった。そして四散がずっと続いているということは、ブレスの直中(ただなか)でサマースが未だ健在してることを示していた。

 レッドドラゴンは前足を失ったせいで踏ん張りが効かずにブレスの勢いに押されてズズズと後方へ押し下げられている。自らの威力とはいえ因果な物だ。と、レッドドラゴンが羽を広げて羽ばたかせた。後退が止まる。

 そしてオレの方にまで火の粉が舞い、集まって来ていた他のモンスターが炎に飲まれてレッドドラゴンから逃げ惑っていた。


 オレはサマースの姿を探す。


 ブレスが真っ赤な火の精を散らせて四散している。あの中で生きていられるとしたらそれはもう人外だ。消し炭になるか、気が狂うか、人の生存領域から大きく外れたそんな中、サマースは微動だにせずその場に留まっていた。

 オレより根性を決めてるではないか。

 この野郎。

 そう思いつつレッドドラゴンに向けて、


「サマース健在、サマース健在」


 と煽った。するとレッドドラゴンは深紅の目をますます(たぎ)らせてブレスを吐き続ける。それはレッドドラゴンの意地を込めたブレスだった。長い長い、それこそ城では人々が絶望の声を上げるような長さを伴う苦痛の時間であった。

 しかしそれをあの場で耐えるサマースもサマースである。逃げればいいのに逃げもしない。

 オレは四散する始点に向けてこっそりと前から近づく。


「サマースもオレに意地を張ってるのかな?」


 さっきはオレが雷装だけで対処しちゃったし。

 自分だけ背反世界を稼働させていたのが恥ずかしくなっちゃってたりして。


 ――いた。


 サマースは相変わらず眼を眇めながらレッドドラゴンの口腔を見据えていた。その眼がギョロリと動く。


「そんな眼でオレを見るなボケ。ヒュー、お前後でボコボコな」


 ブレスの直撃を受けてるはずだがサマースの周りから恐ろしい勢いでブレスが巻き散らかされる。散逸するブレスの粒子が花火のように夜空を駆け上った。だがレッドドラゴンの首から炎がこぼれる。サマースに向けて、見得を切るようにしならせた反動で鱗の向こうに届いた傷口がどんどんこじ開けられてるのだ。


「自殺は認めぬ」


 それでもこいつはオレを見ない。魔力を躯に走らせようとしてる。


「再生もさせぬ」


 言いつつオレはそのまま真っ直ぐ突っ込んだ。それは地面へ向けての墜死同然の行為であった。


「無理するな」


 サマースがブレスを受け止めながらそんな事を言った。


「リアの四肢と眼を奪った敵はオレたちを見もしなかった。その姿すら見せずにオレたちから奪っていった。似てると思わぬか?」

「あー、お前だけでなく兄妹の地雷だったか。これは止まらんな」

「ブレスで灼き殺すか正面からねじ伏せるかという一騎打ちを持ちかけておいて、自分だけ余計なことに手を出す性根が気に喰わん」

 焦がすような熱に身を拗らせたが、その熱が急激に周囲からなくなった。熱から解放されていた。

 ドラゴンとの意地の張り合いでサマースが勝利を収めたのだ。

 サマースがオレに加勢して鱗を斬り剥がす。


「くそ。一撃では届かぬな」

「そんな事気にするな。リアの手足も一度には戻ってこない。オレもリアも一発で人生が切り拓くようなことはなかった」

「おい」

「それより何故使わなかった」

「何のことだ?」

「背反世界のことだ」

「貴公が既に証明した。ブレスが届かぬ事はわかっているだろう」

「じゃぁオレのことを叱りつけるな」

「馬鹿め。あの時は万が一の準備は大事だと俺は考えただけだ」

「む?」

「手を抜いたわけではない。苦しい時に真っ先に撃ちかかるお前が同じペースでドラゴンに向かってるのを見て、お前が身体に根深い疲れを抱えていると、そう見切っただけだ」

「お前…………」


 小癪なことを言う。


「城の魔法兵だって大騒ぎしてるしな」

「魔法兵?」

「城兵のことだ。この国に来て三ヶ月のお主は知らないであろうが、ライムや五大国ではそう言う」


 いや、オレはフォルテの王子だが知らんぞ。城兵は城兵だ。


「まぁそんなわけだ。最後ぐらいお前が介錯してやれ。駄目なら後詰めに俺がいる」


 サマースが珍しく真面目な顔をしてオレにそう言った。


「うむ」


 くだらんところで躓いてる場合ではない。サマースが見切ったと言ってたようにオレとてそこまで余裕が、いや、余裕がないわけではない。確かに眠いが、サマースがいれば如何様にもその対処が可能になるとも思ってる。

 小癪だが絶大な信頼感、いや、安心感か?

 とにかく気分的には相当楽になるのは間違いない。

 腕的にはメラニーの方がまだ上なんだろうが、オレ的にはメラニーよりサマースの方が安心感がある。何より気楽に戦えるしな。

 これが同じ時を過ごし、同じ飯を喰った仲間という感覚なのだろうか。


「ふふふ」

「何を笑う。やれ。手抜きは許さないんだろ」

「わかってる」


 やり返されても腹も立たない。それどころか心地よい信頼を寄せられている心持ちさえする。

 何であろう、この無駄に無敵な感覚は。


「一撃で届かぬなら、届くまで食らいつく」


 オレはドラゴンの首の付け根を斬る。斬って斬って斬りまくって断ち切った。ポトリと落ちると上からサマースが手を振っていた。落ちて来たドラゴンの首を見れば、頭の左半分が凍りついている。何故に抵抗がなかったのか、そして本当の意味での止めを誰が差してたのかはその事が明白に物語っていた。


「くそ」


 オレも手を振り返す。

 するとレッドドラゴンの右の頭部から火が噴いた。凍りついていた左の頭部も氷が溶け始めている。流石はドラゴン、生命力が違う。


「しかし幼い。幼すぎる。わかるか? まだ喋れもしない幼竜が、見境なくヒトを狩ろうとして、わからないまま全てを破壊しようとするから手痛いしっぺ返しを喰らう」


 しかし返事のような反応はなかった。

 オレは頭の方へと歩き出し、口元の前を通り過ぎぬようジャンプして遣り過ごし、横倒しになっても炎を噴き出すその首を検分した。ギョロリとその目が動く。燃え尽きようとしてた炎が噴き上がり、一気に周辺温度が上がった。

 中空に滞空したままのサマースがぼやいた。


「ようやく見やがったな、俺たちを。だがヒューが言ったであろう、再生などさせぬと」


 オレの雷装がいとも容易く炎熱を無効化しているので、サマースが顎をしゃくって「やれ」と促した。しっかりとサマースは周辺警備もしている。オレは足場さえ溶けるその熱の中で、オレは細長く伸びたドラゴンの瞳へと手刀を突き入れた。

 拒絶反応を示すようにドラゴンの瞼が反射的に閉じようとする。


「いいのか? 眼を閉じて」


 オレは問うた。

 ドラゴンとしての気高さを問うたのだ。

 仮にオレの知る星渡りの龍と滅び越えの龍がこの状態になったとしたら、アクロス・ザ・ユニバースなら瞳術で殴り合いを仕掛けてくる。ダブルリグレットなら無言のまま圧し返して吹き飛ばして来る。いや、吹き飛ばすどころかオレは塵も残らないだろうか。それは二頭とも共通の結果であろう。

 するとレッドドラゴンが閉じかけた瞼を無理矢理持ち上げて、縦長で(ほむら)のように輝く黄金の瞳を細くして煌めかせた。

 初めて意思が通った。

 オレは穏やかに笑んでみせると、その瞳のすぐ脇から更に奥へとズブズブ手を突っ込んで行った。


「おいおいおいおいヒュー」


 慌てふためくサマースの声が聞こえた。うるさいな。


「どこの世界に竜の目玉に腕を突っ込む馬鹿がいるんだ!」


 ここにいるではないか。会話が出来ないなら直接接触するしかあるまい。

 だから――。

 肩まで右腕を突っ込むと、全てを凍らせるように、波のように、キンキンの氷を拡げて行った。


「お前をここに咒札で置いたのはエルフの女か。違うか。ならば四人組の男達か。それとも闇魔法の使い手か」


 ジッとレッドドラゴンの眼を見る。

 即答というわけにはいかないが、互いが互いを見つめ合っていた。

 やっとと言うべきか、ようやくと思うべきか、幼竜はオレという存在をそのままに見つめて受け止めている。

 噴き出す炎が攻撃時のような直線的な動きではなく、まろみを帯びた曲線へと変化していた。今は互いが互いを認識し合っている。

 大きな眼であった。一メートル三、四十センチはあるのではなかろうか。眼尻の辺りから赤い炎が揺らめくように洩れ出て、その周辺を陽炎のように歪ませている。


「しかしそなたの眼が肯定することはなかった、か」


 眼底の辺りから顕現させて拡がって行く氷が、凍らせながら瞳の奥の魔素をズタズタに切り裂いてもゆく。パキンパキンと魔素が反応する度に硝子体の結合が切断されてくのだが、凍結を向かわせたのは眼球にではない。苦労して断ち切った首の根元へ、根元から凍結を始めた。こうしておけば無駄な体液が外に出なくなる。オレは竜の生態は知らないが、竜はヒトのように肺呼吸をしてるわけでなく、得体の知れないエネルギーで生きており、食べることも排泄することもないと知っている。だからこうしておけば生存時間を稼げるという目論見があった。


 ――と、その前に訊きたいことを訊くのだ。


 と意を決していると無理矢理深度一へと潜らされていた。召喚の場からの干渉である。


(何事ですか)


 しかし召喚の間にいる誰からも返事はなかった。

 オレを連れてきたのは時量師神(ときはかしのかみ)さまのようだったが、その向こうで何やら天道神さまがレッドドラゴンの画像に語りかけており、既に取り込み中のようであった。

 召喚魔法士の間では「あるある」の深度一ではよくある事だ。一瞬で無限のような時間が過ぎているので大抵の事はその間に処理されてしまってるのだ。

 さて、どれだけ話を進めたんであろうか。偉そうな稚児の声がする。


(――その者が居ると思っていたのだ。我を粘液で土にへばりつけた、かの憎き男が近くに居るものと)


 召喚の間に浮かんだ画像に近づくと、レッドドラゴンの幼い躯がデフォルメされて映し出されていた。その映像越しに会話を交わしてるようなのだが、このシステムは召喚の間になかった物なので、秘奥の間にあった統括部のシステムを参考にしたのだろう。

 すると天道神さまがスッと身を引かれた。後はオレに訊きたいことを訊けという事らしい。改めてオレはレッドドラゴンに尋ねた。


(その憎き男とやらを探してたのか)

(いなかったがな)


 思念だと話せるのだな。改めてそう思った。


(この穀倉地帯にはいなかったという事でいいのだな)

(そうだ。恐るべき火魔法を使う使い手がいたのだ。てっきり我を封じ込めたその者が止めを差しに来たのだと思った。炎を司る我をも飲みこむ炎だ)

(あー、それは火魔法じゃない。土魔法だ)

(何? もう一人が挙げた名乗りは、あれは戯れ言ではなかったのか)

(しかし敵持(かたきも)ちか。そなたもオレと同じなのだな)

(…………)


 そんな眼で見ても教えん。自分で納得して気づけ。


(オレもそなたと同じで仇を探している。そいつらはオレの妹から身体の四肢と眼を奪っていったのだが、おそらくそいつらはオレとそなたの共通の敵だ)

(共通の?)

(そうだ。組織の名称しかわからぬが教えておこう、仇の名称は秘密結社クーと云う)

(秘密結社クー)

(我らの出会い方は不幸であった。だがしかし、我らの仇が同じというならここは共闘を申し出たいところなのだが、生憎そなたを見逃すわけにはいかぬ。そなたはここで暴れすぎた。ここは人の治めるサーバという国で、その王都だ。そなたのおかげで城は天手古舞いであり、未だその騒ぎは収まらぬ。敵対した以上節目はきちんと付けねばならぬ)

(節目か。戦いとはそういうものだな)

(そうだ)

(我は死ぬのか)

(さて。オレに魔石を壊す気はないが、他の者は知らぬ)

(慨嘆にまで答えるな。ドラゴンの沽券に関わる)


 空気を読めなかったらしい。すまんな、オレはドラゴンでなくヒトなのだ。


(ふむ。まぁ深度一に入ってるのだ。同じ仇といった手前もあるが、情報の擦り合わせはしておきたい。オレたち兄妹の一端を見せておく。天道神さま、降霊召喚)


 途端に天道神さまがオレの身に宿って、オレとリアのこれまでを竜へと流し込んだ。

 この竜が何を思ったのかは知らない。天道神さまも何も言わずに降霊召喚からすぐに召喚の場へと戻って行ったし、竜の前で問う事でもなかった。

 デフォルメされたレッドドラゴンが口を開いた。


(貴様が戦った者の中に我を嵌めた者はおらん)


 意外だった。てっきりサカードの王矢、ホバー・ジョッグル辺りが絡んでるものだとばかり思っていた。


(砂漠の中から一粒の砂を見つけるような物だな)


 無理だとも思ったようだ。


(だが絶対に捜し出すぞ。これは決定事項だ)

(む)

(無駄とは言わせぬ。こうして進むのがオレたち兄妹の生き方だ)

(そうか。…………なるほど我の障壁も破ったのだ。人の障壁など容易いはずだ)

(障壁? あったか? そんなもの)

(ふざけるな)

(あー、腹を立てるのはやめとけ。咒札は負の感情によって存在を縛る。一度取り込まれたお前は感情を動かすとそのまままた泥沼に嵌まるぞ)

(あの男、そんな事を)

(咒札ってのはそういう物だ。むかつけばむかつくほど存在が縛られる。抜けるには恩讐を越えるとか、そうするしかないんじゃないか)

(恨みを忘れろと?)


 オレは首を振った。


(有り得んな。オレも仇持ちの身だ。きちんと殺さねば気が済まんし、オレたち兄妹の時を奪ったのだ。取り戻せない以上相手にも同じ境遇は味わってもらう)


 映像が送り込まれて来た。これは幼竜の咒札に囚われる直前の映像のようであった。

 段々と咒札の中に取り込まれて行く自分。その姿に怒り狂って顕れた親竜。だがそれすらも織り込み済みで親竜が次の咒札の中へと封じ込まれ始める。自分を囮に親を誘き寄せられ、そうして親子共々咒札に封じられたのだ。

 そのくせ相手の姿は欠片も見えぬ。そこに在るのは咒札ばかり。


(これはまた…………)

(そなたならわかるだろう。同じ思いをさせるというのは我も同感だ)

(ふむ。気が合うな)

(そして我を陥れた輩とそなたと妹を落とし入れた輩は、姿も見せぬ手口から、同じ手の者である公算が大きいというのもわかった)

(そうか、わかったか)

(わかった)

(ならば、ここでぶつかった理由もわかったな。ぶつけられと云うべき出会いであったが、それでも節目は付けねばならぬ)

(良い。これを機会に輪廻を越えてやる)

(そう来たか)

(無理だと思うか?)

(いや。それならこちらも丸く収まる)

(我の躯は好きに使え)

(要らぬ。人の手で食い荒らされるのを見る気はない)

(ああ、そうか。そなたらは食い荒らされた立場であったな。失言だった。済まぬ)

(いいさ。またな)

(まただ。輪廻の彼方でまた会おう)


 聞き届けてる内にオレは深度一から浮上した。決着は表で、サマースにもメラニーにも聞こえる場で言わねばならぬ。


「さて、見たい物は見られたか?」


 焔のような黄金の細い眼を、その眼筋が収縮してオレの腕をキュッと締めた。ガラス体の震動がそのまま縦長の瞳へと連動し、レッドドラゴンの瞳がオレの姿をジッと見据えている。見据えるためにそうしたのだとオレにはわかった。

 問いたげにオレのことを見つめているのもわかる。

 別れは告げたが、そう言えば自分の口からはまだであったな。


「最後になったがオレの名はアーサー流の道場生、ヒュー・エイオリーだ。向こうに、いや、後ろにいるのがサマース。サマース・キーだ。強かっただろうオレたちは」


 再びキュッと腕を締められたがそこに害意はなかった。冷たさが伝わってくる。もうすぐ終わりを迎えるようであった。


「高次元生命体の竜よ。ましてや炎を司るそなたならばその機会もあるだろうから言っておく」

「…………」

「あの世に、いや、高次元と言うべきか。高次元に逝ったら、アクロス・ザ・ユニバースかダブルリグレットを頼るといい。何者がそなたを咒札に封じたのかぐらいは、すぐにわかるはずだ。お薦めはアクロス・ザ・ユニバースだがな」


 返事はなかった。しかしその眼から刺々しさは抜けていた。


「ではな」


 奥から凍らせていたその凍結が、いよいよ眼球の表層にまで迫って来る。指先にピリピリとした冷たさが伝わってくるようだ。

 オレは眼球から手を抜いた。

 全てが凍りきる直前であったが、レッドドラゴンはオレのその様子を最期まで見る気はなかったようで、焔のように燃え上がってた黄金の瞳に瞼を覆わせ、その眼を静かに閉じて行く。


「輪廻を越えて見せろ」


 一瞬だけ焔が瞼からじわりと溢れた。まるで炎輪の一端のようであった。

 周囲からは燃え盛っていたレッドドラゴンの影響はもうなく、やがて凍りつき、パリパリと砕けてレッドドラゴン自体が魔気へと還元し、やがて火を灯して土の中へと還元していった。背後では足を断たれた胴体からボタボタと焼け爛れた鱗が、ズシンズシンと重たい音を響かせて周囲に落ちて行く。

 土埃を立てて大地に落ちるのだが、不思議とその鱗は土の上で発火しそのまま灼熱の塊となってズブズブと土の中に沈んで行った。

 もう間違いない。

 炎輪だ。


「おいヒューこれは」

「答え合わせだろう」

「答え合わせ」

「『合わせ』とは日ノ本では合戦のことを云う。着ている物を競い合う衣装合わせ、歌を競い合うのを歌合わせ、物騒なところでは裏であわせる裏合わせとかな」

「ほう」

「ヤツが見抜いたのか、誰かが何をしたのか、それとも話を聞いたのかは知らないが、勝手に答え合わせをしてオレたちにひと泡吹かせに来たのさ」

「レッドドラゴンが? 何で?」

「さあな。だが炎輪をわざと見せつけてくとは。小癪なヤツだ」


 サマースへの礼も含まれてるのかな。とにかく幼竜はオレの土いじりが自分を土中へと落とし込んだ事に完全に気づいたんだろう。

 サマースが小首を傾げつつ周囲に眼を配っている。だがレッドドラゴンの名残はもうどこにも残っていなかった。

 王都の西の穀倉地帯はあちこちで火が着いているが、ここだけは静かで冷気に満ち満ちていた。オレが発現してたキンキン剣を送還すると、その流動で一帯が一瞬だけ更にひんやりとした。近づいて来たサマースがその大気に触れて雷装からバチッと荷電が飛んだ。


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