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第17話 自治領に来てからの、初めてのお茶会 その三

 天道神さまを降霊召喚したわけだが、牧場(まきば)の奥に山脈の連なる雄大な牧場風景に、天道神さまはいたく感激なされたようだ。


(なかなか牧歌的で素晴らしい光景だが、何じゃ。庭先か?)

(そう。早速ですまないが、天道神さま。リアの目になってくれないだろうか)

(かまわぬぞ)


 と許可が出たので、さっそく肩に触れた手を通して、天道神さまにリアの目の代わりになってもらう。


(あに)さま、今の魔法の召喚陣を覗かせてもらっていいですか」


 魂に刻んだ紋様だろう。全くかまわない。


(いいぞ)


 そう返事をすると、リアがオレの魂をのぞきこむ様子がわかった。それから自分の魂へと覗きこむ。そして、自分の魂の表層にオレとおんなじ紋様があるのを確かめ、オレのと違って自分の紋様には、紋様が刻み損なって、焦げた魔気が付着しているのが見えたようだった。


「この字は、……ル・ケルプと読むんですか」


 リアが自分に刻まれ損ねた文字を読み、久方ぶりに触れた召喚陣に嬉しそうにしながらそう言った。


(ほれ)


 と天道神さまがオレに憑いたまま全身をゆずってくれた。


「そうだ。オレもそのように読んだ」

「どういう意味です、(あに)さま?」


 ――意味か。意味と来たか。


 簡単には答えられなかった。しばし瞑目して考えるが思いつかないので、今度はしっかり目を開けて景色を楽しみながら考えた。答えを考える間に、オレはリアの姿を眺めやった。風に吹かれてたなびくリアの金色(こんじき)の髪が、日に透けてきれいだった。

 しかし意味か。ふ~む。


「自分で(こく)しといてなんだが、回路が通りやすくなるようにいじってたら、そのような紋様になっただけだ。意味はない。いや、あるのだが、意味というほどの深い理由はない」


「ケルプだなんて、この星の名前と一緒の語感だなんて」

「素敵ですね」


 リアの言葉にアンナが一緒になってうなずいた。確かに星の名前に紋様の形が近くなるなんて、故郷を追いやられたオレたちにとっては瑞兆(ずいちょう)のように見えてしまうのも無理もない。

 オレがうんと肯くと、アンナがにこにこしてオレとリアとを見合っていた。

 ハッと気づいた。

 からかわれたのだ。言葉遊びというやつか? よくわからないが――、


「アンナまでからかうな」


 するとリアがくすりと笑った。


(あに)さまはアンナと言ったり、アンナさんと言ったり、今になったり昔に戻ったりで大変ですね」

「仕方あるまい。オレだってお前と同じように、赤子の頃からアンナには世話になったのだ。それこそおしめの交換だってしてもらったようだしな。アンナと喧嘩して、サーシア母さまからその話を聞いた時には、アンナに頭が上がらない理由がこれでわかったかと諭されたものだ」

「あら、そんなことがあったのですね」


 リアが楽しそうにティーカップを見やりながら、愛おしそうに見えるままにカップの形を目でなぞって楽しんでいた。

 心ここにあらずである。

 まぁ物が見えているのだ。それも無理はないのだが――。

 そして、つと気づいた。アンナにも声をかけてみる。


「なんならアンナも見てみるか?」


 リアはもう庭先の風景と身の回りの小道具に興味が移って、一生懸命にさまざまな物を見ている。だから折角なので、オレの空いてる手をアンナの肩に乗せて、アンナにも自分の魔法陣の状況を観てもらおうかと思ったのだ。

 しかしアンナは首を振った。


「いえ、私はおっかないので結構です」


 そんな答えが意外で、ちょっと様子を窺ってみたのだが、本当にアンナは覗いてみる気はないようだった。


「いえ。自らの魂を覗けるなど、神憑きにでもならねば出来ないことなのはわかってますけれど、でもそれが自分のものとなると、やっぱり少々おっかないので」

「そうか。アンナがそう言うなら、無理強いはしない」


 そうしてオレたちは思い思いに牧場(まきば)を見ながら、お茶を楽しんだ。甲斐甲斐しくアンナはリアの世話を焼き、オレは天道神さまの気の向くままにリアの肩に手を置きつつ、あっちに行きたそうに足を動かしたり、屋敷に戻りたそうに足を向けたり、空を眺めては飛びたそうに浮いたり、それはもう落ち着きのない子供のようになっていた。

 というか、リアの肩に置いた手が支点だな。ここを中心にコンパスのように円を描いている感じだ。時折三次元的になるのが、人に見られたら驚かれそうだが。


 まあいい。

 天道神さまと仲良くしてるアンナでも、恐れ多いというか、おっかながるのかと云う思わぬ反応についての方が重要だ。これがアンナ特有なのか、それとも普通の民人(たみびと)の反応なのか、と言うことだ。



 この天道神さまの目は、人の目には見えないはずの物を色々と見せてくれる。そしてあの日のリアのように、リアから奪われた四肢と目が、どこぞの異空間を通ってどこかの誰かにつながってると、見抜いてくれた目でもある。

 オレたち兄妹にとってみれば、礼を言っても言い足りない、ありがたい神さまである。

 だがそのような神の目に触れるのが恐いと思うのも、人の身であるならば当然のような気もした。神さまは神さまで、人は人なのだ。

 もしかしたら気のいい神さまに甘えてる、当事者たるオレたち兄妹のほうが、異常なのかもしれない。ならばアンナの感性はオレたち兄妹にとっても重要な指針となるであろうと、そう思えた。



「そうだな。ならばこの話はもうよいか。…………それにしてもティナとトライデントの話は長いな」


 オレは屋敷の方を顧みた。


「親子水入らずですし。存分に味わってもらいましょう。私も久しぶりに外の風にあたって気持ちもいいですし。そうだ、(あに)さま。小太郎さんも喚んで下さい。皆でお茶にしましょう」


 リアが少しはしゃぎ気味にそう言った。


「多重召喚か。ほかの神さま方もうるさそうだが」


(なに。そこは儂が取りなす)


 ということで天道神さまのお墨付きも得たので、オレも心を決めた。


「ならば喚んでみるか。リアの頼みならば、たまにはそういう大人数でお茶会というのも楽しかろう。あやつが暇ならば良いが…………」


 そしてオレはふたたび降霊召喚を行おうと、リア達の後ろから離れ、屋敷からも目につかぬよう大きな楠木の陰へと移動した。牧場からの視線もない。全てを確認したので、オレは楠木の陰で、召喚の際に光りかがやく召喚光を出して耳目を集めることを避けるため、召喚魔法陣を自らの身体の内で起動する。

 体内で大きく、自分の思い描いてた以上に召喚陣が広がるのを見やり、オレがビックリしてどうなってるのかと確認を始めると、脇で天道神さまが愉快そうに召喚魔法陣を眺めては手を叩いていた。はしゃぎすぎである。というかリアも一緒になって眺めてるようであった。


(触れてもいないのに、大サービスしてるな。そんなことまで出来るのか)


 召喚陣の大きさに秘密がありそうだ。

 オレは軽い驚きとともに心に温みを感じつつ、そして小太郎の名を喚んだ。


「降霊召喚、小太郎」


 するとオレの周囲で風が一瞬、鋭く吹いた。夏の終わりとは言えそれなりに暑い(おり)なのに、寒さを感じるほどの風であった。だが、その寒さを感じたのはオレだけのようだった。

 リア達には風がそよいだ気振(けぶ)りさえない。


 オレの中に小太郎が召喚された。すると即座に小太郎に身体を乗っ取られてしまい、オレは魂の隅っこから天道神さまと一緒になって、なぜか悲愴な顔をした小太郎をのどかに見やる事になってしまった。

 ちなみにその時、リアも一瞬で自分の身体に戻されたようだった。今はもう目も見えてはおるまい。

 そしてそんなことも露知らず、小太郎はいきなりオレの頭を下げた。


「すまん、リア、アンナ」

「小太郎さんですか」「いらっしゃいまし、大師匠。しかし、いきなりですね」


 まったくだ。

 近頃、第七王子の頭がやたらと軽くなってる気がする。更に言わせてもらえばオレは手に、何やら違和感を覚えていた。何も持っていなかったはずの手に、何かが持たされている。


「俺がヒューに枢密院の屋敷に突撃させたのだ」


 あー、という(かお)をふたりともがした。


「そのせいで厄介をエイオリー家に持ち込んでしまったかもしれない」


 そしてオレは小太郎が地に頭をつける姿を見た。


(天道神さま、あれは何ですか。意味もわからぬのに微妙に不快なんですが)

(あれか。あれは土下座じゃ)

(土下座…………)

(意味は命乞いじゃ)

(命乞い? けしからん)


 オレは小太郎から身体を取り返すと立ち上がり、パッパと身体廻りについた土と草を払った。


「アンナさん。小太郎からの詫びだ。オレへの詫びが足りぬが」


 そう言って手にしていた包みを、オレはアンナに手渡した。オレからその包みを受け取ってアンナがテーブルに置くうちに、詫びが足りぬと言ったオレへの答えが小太郎から返って来た。


(ヒューは弟子だからな。師匠の(しり)も拭え)

(つねられる次は拭えと来たか。オレもなかなか忙しいな)

(何だよ、いきなり)

(いや。天道神さまから聞いた。お前は命乞いなどするな。お前には我ら兄妹、アンナも含めて感謝している。それに突撃後の、その後のことはオレが決めたことだ。枢密院の用心棒にもなれて良かったと思ってるぐらいだ。だから命乞いなどするな)

(だがこの事で、無関係なリアとアンナを危険にさらすやも知れぬぞ)

(そこは敵に釘を刺したし、リアとアンナには魔法も覚えさせるつもりだ。だから心配するな)

(魔法?)

(うむ。さきほど一度付与に失敗したが、必ず原因を突き止める)

(面白そうだな。話せ。と、その前に)


 オレは再び小太郎に身体を奪い返された。


「それは江戸のお菓子で羊羹(ようかん)という。詫びるなとヒューに怒られたのでな。それはただの土産となった。美味いから気兼ねなく食してくれ。見ればお茶会のようでもあるしな」


「はい」「ありがとうございます」


 女子(おなご)ふたりが嬉しそうに返事した。早速アンナが小太郎から荷を受け取って、布の袋を開いている。


「さすがは大師匠です。手土産とは楽しみです」


 うきうきとするアンナに、リアも楽しそうに期待を寄せた。


「そうですね。異世界のお菓子だなんて、とっても楽しみです」


 だがオレの興味は他にあった。小太郎の持って来た、綺麗な布のことである。その布に包んで荷物として持っていたが、アンナが開いたその包みは、ただの布きれ一枚であった。図柄がまた綺麗な紋様で、召喚陣の美しさとはまた違った紋様の美がそこにはあった。


「これは何だ」

(それは風呂敷だ)

「風呂敷というらしい。まぁ小太郎にしゃべらせるとするか」


 オレは身を退いて、小太郎に身を任せた。


「日の本の国ではな、手土産を持ってく際に、よくこの風呂敷を使う」

「とっても綺麗です」


 アンナがそう言うと、小太郎さん、私にも見せて下さいとリアがお願いした。そこで初めて小太郎は天道神さまが憑いてるのに気づいたらしい。


(これは天道神さま。お久しぶりでございます。ご機嫌麗しゅう…………、お恥ずかしいところを見せた次第で)

(よいよい。それよりリアに風呂敷を見せて上げてやろう。喜ぶぞ)

(はい)


 そして小太郎がリアの肩に手を置いた。その瞬間にリアの脳裏に、小太郎が日の本の国から持って来た、うつくしい包みが目に入った。

 アンナが気を利かせて元の形に戻して、見せて上げている。そしてその風呂敷の結び目を解いて、一枚いちまい包みの面をほどいて行く。


「わあっ」

 そのほどかれる布が、紋様をさらに大きく広げて見せた。それはまるで世界が広がるような感じだった。

 しかもこちらの世界では見たこともない紋様に、リアがますます歓声を上げる。


「これは美しい紋様ですね。何の紋様なのですか?」

「それは水紋、水の紋様だ。水に流してくれと、まぁそう言うことだ。意味を説明する前に流されてしまったがの」


 はははと小太郎が笑った。

 そして女子(おなご)ふたりと美しいものを愛でながら、小太郎が手土産として持って来た風呂敷と水羊羹よやらのうんちくを、面白おかしく語り始めた。


(ヒュー)


 と天道神さまに呼ばれた。


(なんでしょう)

(小太郎には聞こえぬように頼むぞ)

(大丈夫ですよ。いま表に出してますし、聞かせたくなければそのように思えば、そのようになるはずです)

(ふむ。では伝えるが、小太郎には気をつけろ。こやつ、情が深いからリアとアンナは何がなんでも死ぬ気で守るぞ)

(それはまた不穏ですな)

(異世界で散らすわけにもいくまい。ヒュー、お前は手伝ってもらってる身だ)

(はい)

(風魔の里にも里長を戻してやらねばなるまい)

(はい)

(しっかりと見とけよ。くれぐれも召喚陣から離れて、小太郎を一人で動かしたりせぬように、な)

(降霊召喚でオレから離れるのは無理ですよ)

(どうかな。お前も優秀だが、小太郎も優秀だ)

(わかりました。そういう可能性もあるということを教えて頂きありがとうございます)


 そしてオレたちは元の日常に戻った。多重召喚したまま、天道神さまも小太郎も、この世界を存分に満喫してくれているようだった。

 特にアンナは、竹の細工物で、スプーンとフォークの代わりとする黒文字という小道具を、いたく気に入っていた。水羊羹をちいさく切っては、リアの口元にその黒文字で刺して運んで上げている。


「金属のフォークと違って、この黒文字は冷たさがないから、水羊羹の温みその物が伝わって、そこがまた美味しいですね。柔らかな甘みですし」


 口の中で羊羹を転がしながら、リアがそんなことを言う。少々はしたないが、ここは王宮でもなく、異国の地で、我が家なのである。まるで在野の娘のように存分に楽しんでくれてるようで、それは何よりである。


「柔らかいのにしっかりとしたのど越しも、とっても上品」


 飲みこんだ後の感触も気に入ったらしい。しかも今は物が見えてるから、尚さら楽しいことであろう。


「この羊羹という物は、本当に美味しいですね」


 アンナも口にして感想を述べた。


「アンナも知らない味なの?」

「はい。生まれて初めて食べました」


 そうだろうそうだろうと小太郎もご満悦だ。


「なにせこれは華のお江戸の名物だからな。またたまに茶菓子を持って来てやるよ」

「うわー、それは楽しみです」「はい、本当に」


 そういって女子(おなご)ふたりが嬉しそうに顔を見合わせて、くすくすと笑った。それは穏やかで幸せな午后のひと時であった。日を浴びながら風に吹かれて木陰で食べる羊羹は最高であった。時折風に、牛馬の糞の匂いが混じるのはご愛敬だとしてもだ。


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