第169話 Wide Awake その一
「サマース、我らも舐められたもんだな」
「何がだ」
「貴公も頭に来たのではないのか? アイツ、オレたちを相手にブレスでは無く威圧を選択したんだぞ」
サマースが眼を鋭くした。
そしてニヤリとこちらに向けて笑んでみせると、サマースが言った。
「…………ブレスよりマシではないか」
そんな表情をしといて、よくもまぁ心にも無いことを言う。だがそれが故にサマースの腹立たしさが伝わって来た。
そりゃまぁそうだよな。
頭に来るよな。
攻撃ではなく威嚇を選ばれたのだ。
「大体お前のせいだ」
「なんで!?」
思わぬ流れ矢が来た。
サマースは再度レッドドラゴンに向けて突進する。先ほどより思い切りがいい。
「おい、聞こうではないか。思ったより貴公、承認欲求の塊だったのか?」
後を追いながらオレも叫んだ。
「馬鹿が」
「オレの会心の冗談をバッサリ斬って捨てるな」
どこからか「はぁ」と耳に溜息が届いて来た。いつか見た風景だわとまで言っている。
「いいかヒュー。あれは魔法使いがどこかに潜んでると思ってる。だから我らが陽動だと思ってるのだ」
「あー、そういうことか」
だからオレのせいだと言ったわけね。
マントルに封じられた影響なのかも知れないが、そんなドラゴンの警戒や恐怖などこちらの知ったことではない。オレたちがやることは一つだ。
オレとサマースはレッドドラゴンの動き出す先を取って交差し、場所を入れ替えた。寸詰まりのようにドラゴンがその場に押し留まり、釘付けとなる。オレたちはそれを幸いにそれをこまめに行ってどんどん近づく。リーチ差がでかいのだ。近づくためなら何でもする。
レッドドラゴンはオレかサマースか、どちらへと攻撃をするか迷っていた。そのくせその眼は遠くを警戒している。
舐められたものだ。
「燃えるぞ」
レッドドラゴンのいる一帯は草木が一瞬で蒸発していた。燃え滓すらも残らない高熱があるらしい。
「だがそれが何だ」
何だろう、心が軽い。そしてオレは風を切る。レッドドラゴンへと真っ直ぐ向かって炎のなかを駆け抜ける。
はやい! 速い!
「サマース、重力制御」
「わかった」
一人で枢密院殿を守っていかなければならないと思っていた星読みの塔からの一連の中で、今ほど心の解放を感じたことはない。
「今」
「応」
と同時に重力制御をして中空を駆け抜ける。あっという間に二十メートルは浮いていた。この高さでちょうど胴と頭の中間だ。サマースも遅れずに同時に浮いている。背反世界が高熱をオレに寄せ付けない。そしてブレスの収束現象がレッドドラゴンの口腔に集まりだすが、
「あんな幼竜のブレス、ブレスごと斬り伏せてくれる」
外套に手を入れ忍者刀を抜き打つ構える。足を畳み、外套が風にはためき、オレは一塊の黒い塊となって夜空の中を滑空する。そのまま夜陰に溶けこんで赤く染め上がるレッドドラゴンの熱域へと飛び込む。だが――。
「ふっ」
鼻で笑ったサマースが風のひと押しを強め、滑空するオレよりも一足先にレッドドラゴンへと斬りかかる。サマースの狙いは首筋の左側だ。レッドドラゴンもサマースの方を警戒して長い首を撓めている。なのでオレは張り出した右の首に狙いをつけた。
ブレスを吐くときに首が伸びきるから、その反作用に巻きこまれないようタイミングを見極めながら突っ込んでく。
するとレッドドラゴンはブレスを吐く息を止め、オレを一瞥もせず、城の方へと上下左右に細い目を走らせた。
――一度はオレに破れたくせに、この野郎!
忍者刀がその首を斬り裂く。だが忍者刀の長さでは灼け爛れた鱗の奥にまでは刃が届かないようであった。マントルに灼かれて歪になったせいで、むしろ鱗の密度は上がってるのかもしれない。硬い。爛れた鱗の手応えが尋常でなく硬かった。
駆け抜けた勢いのまま重力制御を解いて着地する。と同時にレッドドラゴンが勝ち誇ったような咆吼を城塞都市へと向けて放った。
城は恐慌騒ぎとなった。どよめきがここまで届く。ドラゴンがますます調子に乗ってるが、警戒していた魔法使いが魔力切れでも起こしたと思ったのか、笑う度に鱗から炎がボウボウと噴き上がって背反世界を施してても微妙にうっとうしかった。ドラゴンは魔法を封じることにこれで成功したと考えたらしい。高笑いをするように首を伸ばして、更に躯から炎を溢れ出させた。
オレとサマースは走ることを止めずにそのまま距離を取る。オレから話しかけた。
「ブレスは来なかったな」
「来なかったではない。ヒューの攻撃は効いていないではないか」
「お? そんな事を言い出すってことは、やはりわざと囮になったのか」
「無論だ」
なるほど、サマースはわざと囮になったのか。中空で長いこと身体を晒して自分の方へとドラゴンの向きを変えさせて、オレの攻撃は通りやすくしたわけだが、想定したよりオレの攻撃力が低かったらしい。
「お陰様だが小癪なことをするな。ってかコラっお前こそ手を抜くなっ」
「抜くわけなかろうが」
「ウソを吐け!」
通り抜けたサマースは鱗の一枚を削ぎ落としただけだった。
「自治領のあの橋の袂ではオレが二発撃つ間にお前は三発撃って来てたろうが」
「む」
と唸り、サマースが走っていた足を止めた。そのくせ視界の隅でレッドドラゴンが身を翻すのを待ってるのだからこの男は抜け目がない。これでこちらを向いてくれたら儲けものだが――。
しかし馬鹿トカゲは振り向きもしない。むしろオレたちの周囲にレッドドラゴンを旗頭として集まって来たファイアリザードやレッドホッパーが無数に蠢いて来たのだが、自分の味方として集まって来た同種の火属性の魔物を、奴等の燃焼温度よりも高いためにドラゴンは燃やし尽くしてしまっていた。
いわゆる味方殺しである。
ファイアリザードやレッドホッパーからすれば、理不尽であろう。だが燃やされた自分の属性と同じ魔気が、躯を形作る魔素が、自分以外の物によって書き換えられてしまって手の施しようがないのだ。
「この熱量があるから振り返りもしないんだろうな」
ポツリとつぶやいた。
「ちょっと格好いいフレーズだな」
サマースがそんな事を言って外套の前をきつく閉じた。熱を遮断し、オレに近づいて来た。
オレはフンと鼻を鳴らした。
「いいかサマース、わかったならケチるな。オレはお前の攻撃捌けないんだから、お前が引っ込んだらオレがこいつより弱いみたいではないか」
「ふむ。言われてみれば確かにその通りのような。高名な竜の障壁とやらも無いようだし…………」
「わけのわからんことを言うな。いいか。やることは単純なのだ。オレが二発撃つ間にポカポカ三発撃ってたのを、スパスパ三発に切り替えれば良いだけなのだ。てか斬れ」
「むむ。しかし厳しいぞ」
「オレは思い通りになったことなんか数えるほどしかないけどな、お前に関して妥協は許さん、やれ、サマース」
やってみた。しかし刃筋が通らない。そう言いたそうだ。
「貴公、存外にわかってないのだな。斬る時にいちいち考えるな。オレを木剣でぶん殴る時いちいち考えていたか?」
仮にもフォルテの王子をぶん殴ってたんだぞ。
嬉々としてぶん殴ってるんだぞ。
ドラゴンごときに遠慮するのはこのオレが許さん。
「しかしなぁ、おい、剣がヤバいぞ。貴公は大丈夫なのか」
「こっちは平気だ。魔法みたいなのが付与されてる」
「そうではない。少しでも長い獲物を使えと言ってるのだ」
「応、使ってるぞ」
「違う。いつもの剣を使えと言っておる」
「そっちか。そっちはもう既に折れた」
「は?」
「痛い出費だ。今回の用心棒代でトントンだろうか」
「おい」
「帰ったら修繕も試みてみるつもりだが、一度付けてもまた取れてしまったからどうなることやら」
「おま、もしかして戦闘中にやったのか?」
「当たり前だ。お主も自分の剣に魔法を付与しておけよ。レッドドラゴンはマントルに炙られてどうやら硬くなったようだ」
すると得心がいったはずだが、何やらサマースは憤慨していた。
「おいサマース。集中しろ。オレでさえ眠たい目をこすってやってるのだぞ」
「そうじゃない馬鹿野郎。お前の忍者刀とやらでは届かないであろうが、肉までに」
「届かなかったなら届くようにすれば良いだけではないか」
「ドラゴンはただでさえ…………。ん?」
「ちなみに今王都には雷装をかけてあるんだが、彼奴、それを気にして魔法使いを探してるのかも知れぬな」
「何だと」
「そうだな。どうやって届けてくれようか」
「おいヒューお前か」
「黙れ。迂闊なことを言うな」
ドラゴンは賢い。これだけ離れていても情報は収集しているはずだ。
「安全に倒す方法はないのか」
ぼわっとドラゴンの周辺で炎が舞い上がった。
ドラゴンが鼻で嗤っていた。それだけで周辺が自然発火するのだから堪らない。だが周辺を根絶やしにするその炎も、オレたちの展開する背反世界の前では巻き散らされていた。竜の目が、それでも生き残ってるオレたちに向けて細くなった。
「竜は思ったより視野が広いな。後ろも見えるのか」
「おいヒュー」
「わかってる。アクロス・ザ・ユニバースによれば、魔物は宇宙にでも放り出せば躯を構成する魔素が分解されて徐々に散って行くとか言ってた」
「アクロス・ザ・ユニバース?」
サマースが聞き返して来る。その間にレッドドラゴンがこちらへともう一歩足を踏み出した。ドシンという重い足音がオレたちの身体すらも揺らす。
炎も燃え広がっていた。火が点いてなかった田畑もいきなり発火温度に達して火を噴いている。稲穂が炎の中に溶けるように消え、家屋が痕跡も残さず地理へと分解された。その塵も夜の闇の中にあっという間に消える。
その余波で離れた場所にいる魔物たちが活性化された。炎系ばかりのモンスターが咒札に封じられていたのが地味に痛い。放っておけば被害が拡がるのは確実だ。
「宇宙へ放り出すのは無しだ。貴公の武名を轟かすぞ。そもそもお給金が出なくなる対処をするのは用心棒としてどうかと思うしな」
「お前はどこまで本気なんだ」
オレは肩をすくめた。正式名称である「アクロス・ザ・ユニバース」も知らないサマースは、たぶん「星渡りの龍」とか、いわゆるガイ・ガー隊長の召喚獣の通り名「星渡り」としか聞いたことがないのだろう。フォルテ育ちのオレと自治領育ちのサマースとでは、そのへんの慣れというか経験値が違う。だがそれも今日までのことにしてもらおう。サマースにはこの程度のドラゴンで恐れてもらっては困る。
「そうだな、火の反対で水を、いや、氷を付与してみるか。かったい固い氷の剣だ。氷の粒がレッドドラゴンの炎ひとつ動かさぬような、そんな付与だ」
キンキンに冷えた剣が周囲に冷気をこぼした。
振り返ったレッドドラゴンが怒りの双眸をもってオレたちへと向ける。巨体に大地が揺れる。一歩方向を変える度に震動が来る。
「名付けてキンキン剣」
「本気で言ってるのか」
「無論だ、キンキン剣」
「それではラガーのようではないか」
「む」
突っ込んで来たサマースに不満げな顔を向けたと同時に今度こそブレスが来た。赤みがかってた周囲を青く炎上させて吹き抜けて来る。ブレスが来る。物凄い勢いで逃げ場を閉じようと拡散されて、集まってきた魔物を、大地を溶かしながら、絶対にそれを避けさせまいとしてやって来た。中空へ逃げようかと思ったがやめた。ドラゴンの眼が気に食わない。背反世界すら解く。
「おいヒュー」
闇夜へと離脱するサマースに向けて、オレはニヤリと笑んでみせた。
サマースがオレにまで背反世界を延ばすが、それは拒否した。
「余計なことをするな」
曲がりなりにもオレの召喚魔法が深度一にも到達してないブレスごときに負けるわけがない。
直撃する。周囲が青く染め上がった。赤い魔物が青に飲みこまれて消えて行く。
そうして高熱源のブレスがオレの周囲を吹き荒れていたが、オレは雷装ひとつで防ぎきってみせた。サマースは中空でしのぎきり、余分な流れを背反世界で流したようだが、そのサマースがブレスの吹き荒れた大地の上にぽつんと立つオレを見つけ――。
目を剥いていた。
あとがき
この夏、皆様はいかが過ごされたでしょうか。私は身の回りのことに追われていました。
川の氾濫の後に台風10号の襲来、もうどうしようもない夏でした。そんな襲来時の頃の話ですが、台風10号のニュースを見てる家族に向かって「おお、九州は今日コロナゼロだ」と私が喜ぶと「台風で誰も調べられなかったから」と家族から身も蓋もない返事が返って来ました。
イエイ。