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第166話 Don't Stop Me Now その四

「急行する」

「私も行くわ」

「ん? なら魔法だけだ。魔法だけ急行する。あんなのが暴れ出したらフィッシュダイス団長が騎士団戦に集中できないぞ」

「その顔はなんで急にそんな事言い出したんだって顔ね。知りたい?」

「手短なら」

「じゃぁ報告。魔物の対処で乙女の祈り魔法士団がばらけたわ。これはばらけさせられたみたいね。少なくともトーコはそう思ってる」

「トーコ?」

「乙女の祈りの団長よ」

「なるほど、了解」

「でね、そのトーコがどうにかしようとしているわ」

「どうにかって、レッドドラゴンをか?」

「そう。もう魔力も尽きかけてるみたいだけどね。だからやるならさっさとやって」


 口調はべらんめぇだが、メラニーはトーコ団長とやらを心配していた。メラニーは人に優しい。そしてオレには厳しい。

 オレは用心棒が仕事とは言え、城塞都市の防衛戦は枢密院殿との間で意気に感じて始まった事柄であった。その事柄が、いつの間にかメラニーの手の中で転がされてるような気がしないでもないのである。つまりだ、このようにやることを枢密院殿ではなくメラニーから提示されると、む? と思うところが出て来るわけなのだ。がしかし、それは枢密院殿の立場では宗主国の姫の言う事は絶対になるだろうから、ここでオレが文句を言っても結局やることはさして変わらないのだろう。やはり理不尽な気配がいささか色濃くなった気がする。


「トーコ団長とやらに離れるよう伝えることは出来ないか?」

「それは俺がやろう」


 そう言ってヘーイルの爺ちゃんが出張ってきた。


「では頼む。できればレッドドラゴンが居る辺り一帯の人々に退避命令を出してもらえるとありがたいのだが」

「田畑だし農民は皆逃げてる。今いるというか向かってるのは乙女の祈り魔法士団の団長だけだな」


 と同時に爺さんの声が消えた。

 周囲を見やると篝火のお陰で辛うじて魔気が見えるが、明らかにその魔気の流れがおかしな事になっている。

 何だこれは。


「本気で出撃するのか」


 枢密院殿から尋ねられた。


「いえ。あそこまで行くのはやめました」


 すると脇であからさまにメラニーが不服そうな顔をした。


「ここから魔法で迎撃します。幸い枢密院殿の幼馴染みが言うにはあの辺に人影はないようなので」

「出来るのか?」

「そこは雇い主殿に良いところを見せないといけませんので」

「そうではない。疲れた身体に鞭を打つ必要はないと言っておるのじゃ。後は王剣や王杖の到着を待てばよいではないか」

「そんな当ても無い者を待つつもりはありません」


 遠く目を凝らすとレッドドラゴンが動き出した。魔気の流れからも城塞都市に向かって来てる。ぽこっと小さな灯火のような炎が時折レッドドラゴンの周辺に生まれる。この現象も不思議だった。


「あれは眷属でも呼び寄せてるんだろうか」

「例の咒札(じゅふだ)かもね。ヒュー急ぎなさい。トーコが動き出したわ」


 それはまずい。団長の足ならきっと結構な移動手段を持っていることだろう。


「今止めた。だが急げ。フィッシュダイスが戦場のコントロールに苦労してるようだ」


 確かに。フィッシュダイス団長が西のボヌーヴ川付近を押さえてるから、今オレたちはこの時間を与えられてるのだ。


「やります。土魔法、土いじり」


 ゴポッと遥か彼方で土が隆起した。夜目にも遠く土が盛りあがったのが見える。レッドドラゴンが面倒臭そうにしてるが、やがてどんどん盛り上がるその土の盛り上がりに姿が消えた。


「おいピュー。疲れてるのなら無理をするな。変わってもらえ」

「ヒューです。変わってもらう者がいないではないですか、そう焦らずに。とりあえず今のはこれだけ離れてても魔法が遣えるかどうかを試しただけです。本番はこれからです」

「疲れて威力が出ないのではないのか」


 射程距離も長いわよ、とメラニーが言った。


「枢密院殿と我ら用心棒が始めた事です。冒険者案件は、我らが全部引き受けるのが筋でしょう」

「しかしの。レッドドラゴンじゃぞ」

「それが何です。むしろ楽なぐらいです」


 これまでは誰が敵なのか、どこに罠が仕掛けられてるのか、どんな手口で嵌めようとしてくるのか。オレはそんな環境の中を人相手に疑心暗鬼に、ただひたすら目立たぬよう縮こまって戦ってきたのだ。

 力を蓄えるために、幾年月を耐え忍んできたのだ。

 それに比べたらどうという事はない。


「ピュー」


 また口癖の(あざな)で名を呼ばれた。

 オレは心配げな枢密院殿に自信ありげに頷いて余裕を見せると、その隣にいるヘーイルの爺さんが口を真一文字に結んで、気を揉んでるのに気づいた。しかし何もフォローは言わない。問われてもいないのにフォローするのは違うと思うのだ。

 そしてメラニーはメラニーで目でもって早くやれと急かしている。何故だろう、召喚魔法をするのではないかと期待に満ちた輝きを放ってるような気がする。

 まったく、全くである。

 ライムの姫なら属国の国土が蹂躙されてるこの時にそんな顔をするなと思う。


「城の魔法陣はまだ繋がらないのか‼」「やはりどこかで切れてます‼」「早く調べろ‼ まずいぞ‼」「はい‼」


 人々を避難させた城兵は、持ち場に戻るとあちこちから確認の声を上げて城兵全体で共有できるようわざと声を出していた。彼らの目は遠くレッドドラゴンの姿を捉えてて、事態の進行を前倒しにして急いで対処している。

 もう少し待ってくれ。今に特大のを喰らわせてやるから。オレとしては魔力を練りながらこう思うしかない。


「大丈夫。アンタなら出来るわ」

「何の保証だよ」

「…………アーサー流の先輩の保証よ」


 メラニーが大きく頷いた。本当はライムの姫の保証だとでも言いたかったんだろう。だが枢密院殿がひどく慌てたのでアーサー流と言い換えたようだった。そのぐらいわかるぐらいにはオレもメラニーのことは接待したわけなんだろうがしかし、そんなメラニーを見てしまったためか、体内に魔力を回しながらフォルテでのあの日のことがオレの脳裏を過った。

 今考えても酷いやられ方だった。

 何しろこの星々の世界で最強の父さまのいた召喚の間で、オレたちは敵に出し抜かれたのだから――。

 敵はまともに戦っては絶対に勝てないダブルリグレットと御神祖さまを前に、裏をかいて対人ではなく対物で戦争を仕掛け、そしてオレたちを破ったのだ。

 その代償は高く、不完全な召喚の儀式による召喚獣と、リア自身の四肢の欠損、それから両の眼をリアが失った。


 だがそれだけでは終わらない。その後がまた地獄だった。


 どこから来るのか、何が来るのか。

 その時に対処できるのか。

 何より王族であるオレたちに話しかけて来るこいつらは、本当に味方なのだろうかという疑義が常にオレにつきまとっていた。

 それはそうだろう。

 リアの召喚の儀は秘中の秘であり、王族と王廷守護隊の隊長しか知らされていなかったはずなのだ。その絶対とも言える秘中の秘のなかを敵は物の見事に突破したのだ。疑ってかかるなと言う方が無理であろう。オレの神経戦はそこから始まった。


 だが今この場ではそんな配慮は必要ない。

 相手は人ではない。魔物なのだ。

 小山の向こうからドラゴンの咆吼がこちらへと轟いた。


「再確認‼ 間違いありません‼ レッドドラゴンはこちらに向かってます‼ レッドドラゴンの来襲です‼」「クソ‼ こんな時に‼」


 防衛機構の切れた城塞都市を、城兵の隊長らしき人が嘆いている。

 と同時に咆吼が途切れて小山の向こうが真っ赤に染め上がり、真っ赤な火線が縦横に走った。そ火線の太さに城壁のあちこちから絶望的な声が洩れる。


「ブレスです‼ ブレス攻撃を放ちました‼」


 土魔法で作った小山が跡形もなく消し飛んだ。

 再び現したレッドドラゴンのその姿に、一部の城兵が恐慌に陥った。だがオレからすればこいつは魔物だ。人ではない。


「おいピュー」

「枢密院殿、心配御無用。本当に楽なぐらいなんです」


 そのうえ魔力を回すだけで発動する召喚魔法を、これだけ練りに練った上で用意したのだ。


「ドラゴン相手にどこまで圧倒できるか」


 一つ、実験材料になってもらおうか。

 オレ自身これから放つ土魔法が破れるなどとは微塵も思っていない。いざとなったら降霊召喚さえある。あの日コテンパンに打ちのめされた時から、オレは日々を積んで此処まで鍛え上げてきたのだ。


「行きます。土魔法土いじり、大耕起」


 周囲が大騒ぎの中、むしろひっそりと口にしてオレは召喚魔法を発動した。誰の目にも止まらなかっただろうと思う。

 消し飛ばした小山を満足そうに踏みつけながら、レッドドラゴンはこちらへと咆吼を浴びせて勝ち誇っているが、その直後に足下でオレの大耕起が発動した。

 緩んだ土に足を取られてレッドドラゴンの前足が土の中に沈んだ。だがその土の状態は自らが吹いたブレスによる影響だと、ドロドロに溶かしすぎたと、そう愉快そうな咆吼をこれでもかと夜空に向かって吠え、まるでゲラゲラと嗤っているかのように見えた。そうして鷹揚に翼をはためかせたその時、


「行け」


 オレは大耕起を思い切り上空へと屹立させた。


 最初に騒ぎ出したのは、東の城壁で悔しがっていた城兵達であった。その城兵達がれどどが土砂に巻かれるのに驚きの声を上げた。彼らの目にもハッキリとわかるほどに土が奔流となって夜空へと立ち昇って行ったのだ。

 その奔流はレッドドラゴンの咆吼を飲みこみ、地鳴りのような重々しい轟音を低く轟かせてどんどんと勢いを増していった。と見る間に上空へと押し上げられたレッドドラゴンが土砂の中に飲みこまれた。


「何してるの、ヒュー」

「あいつの自慢の炎をこの星で飲みこんでくれる、と言う感じだ」

「え? 何?」

「この大耕起を地殻の表層だけで終わらせるつもりはないってことだ」

「あ! 赤くなってる!」


 メラニーが遠く指差した。

 その先の土砂に、ようやく赤いマグマが混ざりだしていた。あれはこの星を自転させている溶岩流である。オレの掘り起こした大耕起がようやく地表にマグマを循環させたのだ。

 土いじり大耕起は、基本は初期魔法の土輪である。土輪の下から上へと回転して回す土の流れを、マグマの流動するマントルまで延ばしただけのことである。

 しかしメラニーは心配そうな顔をしていた。


「大丈夫だ」

「でも星が、ケルプが」

「知ってるんだ、ケルプの中がどうなっているのかは、…………母さまに教わった」

「大丈夫なの?」

「ああ」

「そう。土輪なら元に戻るんでしょ」

「そのつもりだ。あいつをマントルの中に閉じ込めて、だがな」


 メラニーはおそらくケルプの中身がどうなってるかを知らない。だがそのケルプの情報を齎したのがオレの母と聞いて大きな所で納得したようだ。何しろ母の召喚魔法は未来召喚である。この星の未来をこれでもかと切り拓いてきた召喚魔法なのだ。

 その未来召喚によって齎された知識となれば、おそらく大丈夫だろうという心持ちにはなるはずだ。後はオレが失敗しないようにすれば良いだけのことである。


 城塞都市に住む人々が二層の回廊に腰を下ろしたまま空を見上げていた。眼前に起きている現象の何かも知らないままに、ただただレッドドラゴンが居た辺りから、目だけを動かしてその姿を探していた。


「どうなってる」「レッドドラゴンが土石流に消えちまったぞ」「何なんだあれは」「すごいぞ」「きっとあそこらへんだ」「そんな高くまで」


 噂し合う人々の話に聞き耳を立てつつ、城兵達もその目を瞠っていた。

 マグマが城壁の遥か上空にまで弧を描いてまだまだ立ち昇っている。しかもそのマグマが発生した辺りの大地は更にその直径を大きくしているようなのだ。おかげで広がってく直径に巻きこまれて炎系のモンスターが問答無用でマグマに飲みこまれていた。


「ねえ」

「何だ。手短にな」

「土魔法ってこんなに凄いの?」

「うん?」

「普通は盾とか壁にして防ぐのが土魔法だよね」

「そうなのか? よく知らん」

「知らんって」

「知らん物は知らん。この騒ぎが終わったらサドンさんが手ほどきしてくれると約束してもらったから、知るとしてもその後だな」


 そこでオレの出身が思い浮かんだんだろう。メラニーはそれ以上何も言わずに引き下がった。オレは集中して喚び出した土魔法をコントロールする。


「あ、スパークした」「本当だ」「キレイだな」「ところでお前、ドラゴンが何処に行ったかわかる?」「あの辺じゃね」


 王都民が呑気そうにそんな会話を交わしていた。


「どこまで弧を描くんだろう」


 マントルを掘り起こした深さと対になるぐらいまで。


 そうは思ったがもちろん口に出したりはしない。ここではオレも一緒になって空を見上げてるちょっと伝手のあった一般庶民という立ち位置でなければならない。


「あ」「爆発した」「すげー」


 人々が言うように時折弧の中で爆発したりもした。その爆発はオレが意図したわけではなく、マントルを無理矢理大耕起した連鎖作用なのであろうが、実際あちこちでスパークが夜空を彩った。

 レッドドラゴンも流れに揉まれて最早自力では動けないようでもあった。いま丁度弧の頂点に差しかかる。マントル層までは思ったより地下深くであった。


「ふっ」


 オレは外套の中で一気に右手を振り下ろした。

 途端にマグマが大地に向けて下降を始める。鋭角な頂点を夜空に残して、大耕起はいよいよレッドドラゴンを地中深くに沈めるように動き出したのだ。


「ぶっといな」「太すぎだろ」


 下降を始めてひっくり返る時にその断面が見えたわけだが、その断面を見た人々の口からどのぐらいの直径があるのかという慨嘆がこぼれた。オレ自身も気にしてなかったのでわからないが、レッドドラゴンが流れを泳ごうとしても容易に泳げないほどの直径なのは確かだ。そんな暴力的な直径を持つマグマが、塊となって降雨として降り注ぐ。


「あそこの下で傘を差してたら大丈夫かな」「ばーか」

「つまりそんぐれースゲー事が起こってるんだな」「そうそう」「後で自慢しようぜ」「おーいいねー」


 この降雨範囲に逃れる場所はない。それどころか土輪の流れに埋設された咒札も飲みこまれて露と消えるだろう。その露がマグマというのがこの土魔法の恐ろしいところなのだ。


 さて――。


 冷静になって直径の塩梅を調べつつも、仕留めに入って思う。


 星をも動かすマグマの奔流に、果たしてどれだけレッドドラゴンが耐えていけるのだろうか、と。

 答えはわからない。わからないけど星が自転し公転するそのエネルギーに、あんな小さな体躯の竜が耐えしのぎ、凌駕できるとは思えない。あのレッドドラゴンはアクロス・ザ・ユニバースでもないし、ダブルリグレットでもない。ガイ・ガー隊長の星渡りや父さまの滅び越えの召喚獣に勝るとは、とても思えないのだ。

 そうして流れから直径を把握したオレは、あの大耕起が今や直径一キロメートルぐらいになったと知った。膨大な熱量が城壁に立つオレにまで届くので、要は人々の言う通りそういう事なのだろう。


 でかい。


 溶けた岩が流動し、マグマになった中から時折また別の岩石が姿を現してはマグマの中に還って行く。

 光がところどころで走っては闇の中に消え、また現れてはマグマの中に飲みこまれる。魔気が溶けこみ、稲光や紅炎が轟きを上げる。循環はオレの意図した大きな流れだけでなく、その流れの中でも無限に循環してるようだった。


 ゴドーーーーッ。


 結局レッドドラゴンは一度も姿を見せないままに、轟音を立てて大地の中へと潜って行った。純粋な円の形ではなく、弧を急激に伸ばし、今度は急降下で弧を下降させたせいか、微妙に王冠の形となってマグマが派手に飛び散っている。

 その余波で地面が波打って、城塞都市も一部大騒ぎとなった。


「地震だーーっ」「つかまれーー」「立つなーーっ」「お婆ちゃんっ」


 最後の女の子の声には若干申し訳ないとは思うが、今手を止めるわけにはいかないのでそのまま続行する。本来ならオレが為したのは土輪なわけだから、きちんと円状にうまくいってればスッと円の形のままに沈んで地震など起きるはずもなく済んだのだろう。だがオレは弧を描いて形を変えてしまった。だから本来起こるはずのない地震が起き、皆を不必要に不安がらせてしまったのだろう。そこはオレの練度の未熟さである。

 しかしまぁ今はとにかく遮二無二沈める。レッドドラゴンを地中深くに沈めて鎮めるのである。マグマが魔水なのか魔素なのかはわからない。だがとにかく大耕起を探って思うのは、マグマの中にレッドドラゴンの感触はないということだった。というか生き物の感触がない。

 レッドドラゴンの熱量と星の熱量とでは比較にならないという事なのだろうか。

 オレでは知覚できないとか…………。

 それはないな。大耕起の手綱はちゃんと握ってる。


「なぁメラニー」

「なに」

「星の熱とレッドドラゴンの熱とでは、ケルプのが勝ったという事でいいんだろうか」

「わかんないわよ。むしろ私が聞きたいわ。どうなのよ」

「うーん、生き物の欠片もないんだが」


 途端にヘーイルの爺さんがどこぞに向けて何か話しかけた。多分トーコ団長宛だろう。


「ピュー、よくやった」

「あ、どうもありがとうございます」


 枢密院殿からもお褒めの言葉を頂いた。そして何故か枢密院殿が顔を真っ赤にしている。

 いや、暑いからか。ご老体にはこの熱量は堪えるだろう。どうか水分補給などして、ここは倒れないでもらいたい。何せオレはまだお給金を頂いていないのだから。


「ちょっとハロルド」

「はい」

「簡単に誉めすぎ」

「はあ」

「おいメラニー。何を言ってるんだそなたは」


 お前、と言いたいところを結構ギリギリのところでオレは我慢した。そっと呟く。


「これで枢密院殿の心証が良くなって、お給金に色が付くかどうかの大事なところなのだぞ」


 するとメラニーから冷ややかな流し目が流された。


「何だその目は。そんな目で見られる覚えはないぞ」

「あー、そう。そうなのね。竜の革も竜のヒゲも内臓も逆鱗も目も何もかも、何もかもが全部パーになったんだけどね」

「む?」

「わかってないの? 私のアイテムボックスって竜の革で出来てるのよ」

「胃袋だけどな」


 ヘイールの爺ちゃんが言い添えた。


「と、とにかく、アンタは竜の素材を全部駄目にしちゃったのよ」


 そう言われると拙いことをしてしまったかのように思える。オレも竜の素材が貴重品だとは知っている。

 遠く大地を見た。

 土輪の尻尾だけが残り、大地は何事もなかったかのようにただただ静かにそこに在った。レッドドラゴンが居て、そこでそいつが大暴れしてたことなど無かったかのように、既に全てが終わっていた。後は土輪が落ちきって循環を止めるだけである。


「メラニー」

「何よ」

「皮算用を今さら打ち明けられても遅い」


 ピクリとメラニーの額に青筋が走った。


「それにだ。倒すことが主題であって手加減など出来る状況になかっただろうが」


 ついでに申せばオレの雇い主は枢密院殿である。コウセイメイダイ(公明正大)な枢密院殿は後出しなどには小揺るぎもしない。しないはずだ。だからこそサーバの監視の目たる枢密院をアート王から託されてるのだ。


「ハロルド」


 メラニーが我が雇い主殿に素敵な笑顔で呼びかけた。

 いや、大丈夫なはずだ。そこまで金に意地汚い方ではない。

 ケチだけど。

 大丈夫だよな。


「ハロルドはどう思う」

「儂は、儂は被害が出なくて良かったと。そこを喜びたいと思います」


 するとヘーイルの爺さんがバシバシと枢密院殿の肩を叩いた。


「歳を取るとそうなるよな。お前もそういう歳になったんだなぁオイ」

「痛いわ。お主と変わらんじゃろうが」


 そのひと言と時を同じくして大耕起の最後の土砂が大地の中に沈んでいった。オレにとっては大耕起の最後の仕上げである。ここを疎かにしたら土輪をやった意味がなくなるので慎重だ。最後の土砂が地殻に収まると、元からあった地表がぽこっと押し上げられ、何度か揺らいだ後に元通りに収まった。以降、余韻や余波を確かめるが、何事もなく無事に大地は元の姿を取り戻し、静まった。

 オレは魔力をそこで切る。これで大耕起は終わり。召喚魔法による土魔法はその役目をここで終えたのだ。


「ふう」


 オレが深々と息を吐いて腰を伸ばすと、枢密院殿がいそいそとオレの脇へとやって来た。


「平気か?」


 そう心配をされてしまった。その顔はとても真摯である。

 皺のある年季の入った表情でこんな顔をされると、途端に枢密院殿を疑ってしまってオレは申し訳ない気持ちになる。折角レッドドラゴンを倒したというのに、何でこんな思いにならなければならないのだろう。

 まさかこんな気持ちになるとは思いもしなかった。


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