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第165話 Don't Stop Me Now その三

 ライムの王剣筆頭、ヘルベルト・アーサーである。


「とりあえずアイツをやっつけてきます」


 そう言って新たに現れたグリフォンに向かって彼は光速移動した。まるでオレのことは止めるなと云わんばかりであったが、その光速移動一つ見ただけでも見事な魔法であった。


 ――光魔法の使い手ばかりを集めるフィッシュダイスがこれを見たら何と言うだろうか。


 少なくとも団員に欲しがるだろうなとは思う。

 何しろ彼はいとも簡単に詠唱破棄をして消えたのだから、それぐらいの価値はある。とそう思っていたのだが、それではこちらの見込みが甘かったと痛感することになった。なぜならヒュー王子の姿が彼が見てたはずの数十メートル先に現れることがなかったのだから。


「ハハハ」


 と乾いた笑いをした時には、ヒュー王子の姿を外殻都市の上空に見つけた。彼の見た先を伸ばして伸ばしてようやく見つけたのだ。距離にして約数百メートル。その距離を一気に彼は移動したようだった。これはこれまでの光速移動の移動距離は視認した先二十メートル前後という常識を覆したことになる。

 魔法陣を展開してたようにも見えないし、魔法陣を起動した後の魔力光の残滓もないので、ハロルド枢密院の用心棒はおかしな光魔法を駆使して、おかしな光速移動を、その範疇を超える移動を簡単にしてのけてしまったという事になる。しかも現在の彼はその位置から微動だにせず宙に滞空している。

 このようなおかしな魔法を行使する者を王剣としても見たことがない。

 もちろん召喚魔法の使い手がここまで魔法を駆使した姿も見たことがない。

 魔法使いとしても異質だが、フォルテの者としてもヒュー王子は異質だった。


 それにしてもまさか外殻都市で遣ってたのが魔法の才能を鑑定する初期魔法、土輪を大きくしただけの物だとは思わなかった。しかも土輪を大きくするだけで、これだけのことが出来るという新機軸である。正直、目から鱗を落とし、感心もした。

 ヒュー王子はああして簡単にしてのけて見せてるが、細かな調整とかテコ入れはきっとあるのだろう。だがそれにしてもその融通というか発想というか、基本性能の初期魔法にこんな馬鹿げた方向に力を入れることが出来ることに驚く。本来初期魔法は魔力を込めた魔法の通りを見るのが目的である。

 そこに適性とか、魔力の扱いとか器用さ、その他個々の傾向を観るために、魔法を循環させるのである。

 それを、ただ循環させる魔法であれだけのことを成し遂げてしまう当人の無邪気さというか真面目さに、笑いが込み上げて来てしまう。


 ――いや、笑ってる場合ではないな。


 ヒュー王子には言わなかったがグリフォンを騎獣にしている者はいるのだ。簡単に思い出しただけでもクレッシェの王咒筆頭がまず頭に浮かぶわけだが、さて、王咒筆頭が果たしてこの地に来ることが有り得るだろうか、とも思う。ないと思う方に九割九分がた傾いているのだが、心には留めておく。

 今はそれで十分であり、グリフォンが人を乗せるために調教された個体かどうかを調べることも出来ないのだ。そもそも人が乗っていない状態で現れてるから野良の可能性の方が高いという見方も出来るのだ。

 話を広げるのは戦いが終わった後の総括でもいいだろう。それで間に合う。

 それに、グリフォンは二頭いたということも…………。


 とそこまで思考に埋没していると、急に周りが騒がしくなってきた。ひそひそ声がやけに聞こえてくる。

 腕をツンツンとされた。姫である。


「いいの? アイツに言わなくて」

「ん? 顔に出てたか?」

「出てないわ。けどわかるわよ」

「そうか。だが、いいんだ。彼は五大国最強のフォルテの第七王子だ。そして、サーシア殿の息子でもある。相手がもしも王咒筆頭だろうとフォルテの王子が後れを取るわけにはいかないはずだし」

「王咒筆頭?」

「おっと口が滑った。今は些事だ。戦いには集中しろ。たとえそれが見取り稽古になったとしてもだ」

「わかってるわよ。初見殺しのオンパレードのようなびっくり箱だしね、アイツ。まぁ私としても王咒筆頭だろうとアイツを相手にしたら無傷では済まないと思うわよ。何せ荒ぶる神さまを鎮めたのは実質アイツだったんだし」

「鎮めた? 鎮めたのか!?」

「そうよ。多分、ケルプ様はアイツのことを気に入って今は御身隠しになり、この世界のどこかから見てるんじゃないかしら。アイツは分け身さまと呼んでたけど」

「ヒュー王子がそう呼んでたのか」

「そうよ」

「なるほど。想像以上の利発さだな。それは正しい認識だ。確かに呼び名として分け身さまと呼ぶのがふさわしい。しかし鎮めたのか。祓ったのではなかったのか」

「祓う? どういうこと」

「…………」

「ヘルも何か色々ありそうね」

「説明せんぞ、今こんな場所では」

「わかってるわよ、私だって時と場所は」

「しかしなるほどな」

「何がなるほどよ」

「いや、随分と信頼を寄せるようになったのだな。彼のことを。ハロルドを守れるのか試さないとと息巻いてたお姫様が」

「ふん。アイツは冒険者に向いてるわ。王室での魑魅魍魎との心の削り合いには負け負け負けましたーって宣言して、とっとと自分の必要なことに手を出しちゃってるちゃっかり者よ。あの強さで逃げまくられたら追いかける方だって大変だと思うわよ」

「フォルテの王室が追うのに疲れたか。面白い見方をするな」

「だって神を鎮めたのよ。この星で他に誰がそんな事できると思う? あなたたちでさえ出来なかったことなんでしょ」

「俺の心音を聞くなよ、これだから豊聡耳使いは全く」

「で、どうなのよ」

「言わないしわからん。わからんが王咒筆頭が出て来たら面白いなとは思う。何よりもしもそれが現実となった暁には、その成果はワッカイン王への説得材料になる」

「父さまへの」

「そうだ」


 フォルテが厄介払いを押し付けてきたという心象、あるいは逃げて逃げて逃げまくったという心象、奇しくもメラニーが字面では同じ事を言っていたが、内包する意思はまるで逆なことを知ったら、あのワッカイン王ならどう動くだろうか。

 サーバの宰相派の目論見を叩き潰して、対テロリストでも八面六臂の大活躍をしている。


「ふうん、わかったわ」


 そう言ってメラニーが口を噤んだ。手はこれ以上は駄目とストップをかけている。

 途端に「大先生だ」「大先生だ」「初めて見た」「本物だ」なんてひそひそ声が聞こえて来た。

 メラニーが会話を止められたことに怒るでもなく、むしろ悪戯が成功したかのように俺を見て笑っている。


「随分と前から聞こえてたのか」


 しかしメラニーは教えてくれなかった。言わずもがな、か。

 俺が振り返ると、俺が気づいたことに気づいた若い剣士たちがピッと背筋を伸ばして直立不動の姿勢を取った。俺が目礼をしてやると、彼らは感激して頭を下げ、その場を嬉しそうに後にした。するとそのそそくさと立ち去るところがおかしかったらしく、メラニーがころころとした笑い声をあげた。


「あーおかしい。でもアーサー流の剣士もいるみたいね。ヘルのこと大先生だってさ」

「茶化すな。だがここでは必要か」


 煌子力ソードの光だと気づいて人々が集まりだしていた。一番安全なところに人は集まりたがるものだ。

 スッと離れて行く姫を見送りつつ、俺は落ちた城を見やって、この場を治める必要が出てきたのを感じた。

 思わず溜息がこぼれそうになる。

 これではハロルドの危惧した通りになっているではないか。老いて魔力の欠片もなくなってしまった幼馴染みだが、こうもあいつの見立て通りに事が進むとハロルドを馬鹿にできん。俺は奴を見倣ったというわけではないが、取り敢えず周囲を観察した。

 商人、労働者、王都民、まだ回復して間もないと言った感じで脱力感が色濃く漂ってるが、中には元気そうな冒険者の姿も混じっていた。それも一人や二人ではない。結構な数の冒険者が下層をうろつき始めているのが目についた。


「あの光はやっぱ王剣筆頭だったんだ」「王剣の戦いが見れるのか!」「やべー、オラわくわくしてきた」「王都はちがうべな」


 田舎から出て来たばかりか、統制の取れてない冒険者もいる。従う気がない、情報収集の方が優先、様子見、思惑がどうであれ力が戻って来た冒険者なら動き出すのはありえる話である。何しろそうやって自らの命をテーブルに載せてくのもまた冒険者なのだ。


「聞けい‼」


 周囲の者に大音声を発した。いわゆる戦声である。中にはビックリして腰を抜かした王都民もいる。


「王剣筆頭ヘルベルト・アーサーである。既に聞き及んでるだろうが重ねて命じよう。俺からの厳命でもある。冒険者は王都に待機‼ 勝手な行動をすることはワッカイン王の名代としてこの俺が許さぬ」


 シンと静まり返った後、冒険者に代わって商人が俺を見上げて尋ねてきた。


「何が起きてるんですか」


 すると、


「アート王は無事なんですか」「魔法が使えないんです」「さっきまで動けなかったんです」「王都の明かりもつきません」「ウチの魔法陣も壊れてしまいました」


 思い思いに報告をしだして収拾がつかなくなった。ヒュー王子の戦いが始まりそうでもあり、とっととこの騒ぎを収めたい。治めたくなった。

 俺は湧き立つ聴衆にスッと手を上げて制した。それだけで周囲がもう一度静まり返る。


「これまでのことは既に対処が終わってる。だからその方らも今動けているのだ。だがまだ終わりではない。その事を忘れるな」

「戦ってるんですか」「地平の彼方騎士団ですか」「馬鹿、それはフィッシュダイス騎士団が出撃して対陣してるだろうが」「始まったかもしれないだろ」


「静まれ~い」


 魔気を遮断して無理矢理王都民の話し声を遮った。


「よいか。最善は尽くしてる。いざとなった際には俺も出撃する。だがその時には周辺都市のことは諦めろ」


 城があった場所を見やって話す俺、王剣筆頭を見上げて、人々はそれでようやく何となくだが事情を察してくれたようだった。そのまま身を翻して城壁の際から離れる。

 姫の姿を探すと、姫はハロルドに話しかけていた。ここもこれでいいだろう。そうして俺はグリフォンを相手取るヒュー王子の戦いにようやく見やることが出来た。



 ◇



 少しだけ時間は戻るが、メラニーはハロルド枢密院に対してこんな事を話しかけていた。


「ハロルド」

「何でしょう姫」

「あなた、凱旋したでしょう?」

「いえ。しておりませんが」

「今の話じゃないの。宰相派を一網打尽にした時、帰りしなにあちこちで顔を売ったでしょう」

「はあ」

「おかげでハロルドの従者としてヒューとサマースの顔も売れちゃったようよ、ここ、サーバ城限定みたいだけど」

「はあ」

「賞金稼ぎが狙ってたわ、ヒューとサマースのことを」

「なんと」

「さっきの光魔法で諦めたのが大概みたいだけど、中には魔力切れを狙って賞金首を狙ってる者もいるようよ」

「それは? でもどうして。あやつらが儂の用心棒になったのはつい最近じゃ」

「簡単よ。凱旋する貴方の警護でヒューもサマースもずっと左右に立っていたでしょ? たった三人で宰相派を潰したんだから野次馬だけでなく敵だってその顔を覚えようとするわよ」

「…………まさか」

「じっくりと覚えられたみたいよ。これからは自重しなさい。貴方は味方がいないから世論を味方にしたかったのだろうけど、今ここでのこの事態は貴方に責任がある」

「…………」

「ヒューが死んだら、貴方だけではない。私も、私の父にも係累が及ぶことを、いえ、それでも生ぬるい事になるかも」

「どういうことですか」

「そうね。ライムは滅ぶかもね」

「まさか」

「信じる信じないは貴方の勝手。でもね、たとえこの事態を知ったとしても、それでもアイツは貴方のオーダーに応えようと進むんでしょうけどね。あ、何か腹が立ってきたわ。アイツの責任でもあるのね」


 この責任という言葉の使い方において、アイツと私とでは齟齬があるけれど、用心棒としての責任と事態に顔を突っ込んでく者の自己責任と、(たが)う意見がぶつかり合って、それを知っても平気で平行線の茶番を進めてく王室外交を思い浮かべてしまうと、後はもう考えるのも面倒臭くなった。

 メラニーは大きく嘆息した。

 頭の中にはヒューの今後の身の振り方、力を隠した方が良いのか、示した方が良いのか、その事があった。


「何であんなのが出て来るのかしら」


 ヒューがグリフォンと戦うその中で、メラニーは遠く大いなる咆哮を聞いていた。



 ◇



 枢密院殿の用心棒、ヒュー・エイオリーである。

 グリフォンを倒したがオレの心は晴れなかった。

 オレの光魔法は、あの時見たキラキラには遠く及ばなかったかrだ。あの爺ちゃんが仕掛けた何かにオレの光魔法は真似さえ出来なかった。どんな光魔法かさえも未だにわからない。

 何となく意気消沈して戻ると、


「来るわよ」


 とメラニーから警告が飛んだ。

 その方向を見やると何やら熱の塊があった。


「新手か?」

「まったく。厄介なことしてくれるわね、あのテロリスト共」

「おいおい福の印は刻んだはずだろ。どこだアルバスト、バックドア」


 彼方でビカッと光った。

 だがあれはフィッシュダイス騎士団と地平の彼方騎士団がぶつかり合ってるボヌーヴ川の河畔の近くだ。

 何かが居る場所とはまるで違う。


「こいつとは無関係かよ」


 熱源が現れたのはもっと近くだ。

 だが炎の魔物が呼び水にはなったはずだ。

 眼を凝らす。

 咆哮が届く。

 途端に城塞都市の逃げ惑う人々の(ふる)え上がる声がした。


「ドラゴンだ」「ドラゴンの咆吼だ」「よく見ろ」「見てる! あれはレッドドラゴンだ」「属性ドラゴン」「そんな大物が何で…………」


 咒札(じゅふだ)で封じられたとしては大盤振る舞いにも程がある。そもそもレッドドラゴンなんかがどうやって咒札に封じられたんだろうか。


「お前みたいな大物に暴れられちゃ困るんだよ」


 肌がゴウゴウと炎で燃え上がっている。


「いいね、オレも燃える男だぜ」

(炎上系だよね)

「ブッ」


 小太郎か。

 いきなりツッコミを入れてくれるな。

 メラニーに変な眼で見られているではないか。


(俺にやらせろ、ヒュー)

(フォルテのことを言ったからお前は無し)

(ええっ!?)

(止めるなよ、オレを)


 外殻都市の家々が、屋内から火を噴いた。外壁の石壁は熱に耐えられても、屋内の生活品は発火温度に達して自然発火してしまってるのだ。

 しかも緩やかに燃え上がるといった形でなく、軽く身動ぎするだけで家屋の反対側から火を噴いているほどだ。


(鍛冶士の鍛冶場だな、相当だぞ)

「四、五百度とかもっとあるのかね、知らんけど」


 とにかく、あの辺一帯はもう駄目だ。家財は火でやられ、レッドドラゴン直下の建物はそのドラゴンの自重で潰され、動けば動くだけで街並みが簡単に破壊されてしまう。しかもレッドドラゴン自体が城壁から見上げるほどの高さがあり、おそらく体高は四、五十メートルはあるのではなかろうか。それほどの巨体だからちょっと身体の向きを変えただけで尻尾や炎熱で家々が吹っ飛ばされてしまうのだ。完全に生活圏としては破壊されてしまっていた。

 小麦畑や稲田もあの分では絶望的だろうな。

 来年のこの国の食糧事情は大変そうだ。そしてそれは自治領に暮らすオレたちにも直接の影響が出て来るはず。


「居るだけで災害かよ」

「ちょっと待って、アンタ」


 出ようとしたところをフードを被せられた。


「ひっそりと、それが至上命題なんでしょ」


 それも一時は捨てたものだが、確かに城壁にいる以上余計な眼に晒されたくはない。何より豊聡耳を持つメラニーがフードをした方が良いと判断していると言うのが、素直に云う事を聞いておいた方が良いと思わせてくれる。

 オレはメラニーに連れられて城兵達から離れて人気のない方へと身を寄せた。


「何だ。あまり枢密院殿から離れたくないんだが」

「ハロルドは私の連れに任せなさい。そう約束したはずよ」

「いや、雇われ者としては体裁という物があってだな。働きぶりを見てもらって、もちっとこう、お給金に色を付けてもらえんかと考えたりするわけだ」

「そんなの、私が見てるから良いのよ」

「む」

「大丈夫。ハロルドも今考えることがあるから言うことを聞きなさい」

「豊聡耳持ちのそなたに聞けと言われてもな。水準が高すぎて困る」

「そんなことないわよ。それより神さまに再降臨してもらえないかしら。居場所知ってるんでしょ」


 オレはまざまざとメラニーを見つめた。


「何よ。惚れた?」

「呆れたのだ。分け身さまはあれほど身体を小さくされてたのだぞ。そなた、その神さまに向かって神意を発動しろと言ってるのか」

「あ、そういうことか。それはアートに後で怒られそうね」

「アート王な。一応属国とはいえ王様だ。呼び捨てにしてると身バレするぞ」

「わかったわよ。でもそれはアンタにも言えるわよ。飛び出して目立つ気? もうレッドドラゴンだって王都民までわかってるようよ」


 それを言われると手段が一つに限定されてしまう。だがまぁそれも良いか。


「できるだけ麦畑や稲田は守るつもりだが、それにしても限度がある。来年の収穫量、多少は諦めてくれ」

「わかってるわよ。ライムの姫として許可して上げるわ」

「お墨付きならありがたい。忘れるなよ」

「忘れないわよ。ってちょっとアンタ、ここからやるつもり?」

「そうなるだろう。言ったのはそなただぞ」

「目立たずこそっと行けと言ったのよ。大体ここからじゃ魔法の威力が落ちるわよ、もっと近づかないと」

「その心配なら要らん。そもそもいきなりあんなのが現れるなんて、ホバー・ジョッグルみたいなのが、あそこに手を出して来た可能性もあるのだぞ」

「なっ」

「やっぱり、付いて来る気満々だったのか」


 ヒューヒューと下手くそな口笛が空かし気味に鳴った。


「そなたがやるべき事は別にある。耳を澄ませ。怪しいとこには聞き耳を立てろ。それが出来るのはそなただけだ」

「…………」

「それから証拠として残せるなら残せ」

「簡単に言ってくれるわね」

「難しいか?」

「いいえ。出来ることだわ」

「ならやってくれ。耕起はオレに任せろ」


 そしてオレはひっそりと城壁に身を寄せると、城兵の邪魔にならぬよう城塞兵器の類から離れて陣地とした。

 メラニーが隣で耳を澄ましている。


「土魔法、土いじり」


 隣でぷっとメラニーが笑いかけたが構わない。体内で強めに魔力を回して土魔法を召喚する。

 するとメラニーがわずかだが身動ぎして、初めてオレの魔法の異質な部分、魔気を放出していないことに気づいたようだった。城壁から身を乗り出してオレの手が外套の中に仕舞われていることを目にすると、口をパクパクとさせている。だがその口を挟んでくる様子はない。

 馬鹿でないのは助かる。

 欲望が先んじて、平気で場を乱して思い通りにさせようとするのが貴族であり、もちろんこれはオレの持つ貴族観であるが、メラニーは貴族以上の王族だというのに、それは何だとオレに解説を求めてくることをしなかった。

 戦いの中に身を置いてるというか、抑制が利いているのである。そういった欲得の面でも非常に訓練が施されているのが透けて見えるわけだが、そういえば欲望操作とやらの使い手でもあったな。

 自制の方向でも使えるのだろうか。

 よくわからん。だが安心してオレは土魔法を展開した。


 誰もがレッドドラゴンを注目している最中、


「何だあれは」「土が」「土が盛りあがってる」「馬鹿を言うな」


 と最初に騒ぎ出したのは城兵たちだった。中には戦闘の最中に騒ぎ出すなと怒る向きもあるだろうが、オレからはその反応は高評価だった。

 きちんと事の起こりを捉えることが出来ているので、変化に対する対応を暗に上司に求めることになるからである。これを上司が怒るのか、対応に回るのか、それはこの城の兵隊長の質によると思われるが、兵に関してはそれだけでオレの中では好印象だ。この夜の闇の中でよくもまぁ見える物だというのもある。

 そして変化はレッドドラゴンにも起きた。城壁からはまだ小さなドラゴンにしか見えないわけだが、自らの足下に揺らぎを覚えて、レッドドラゴンが一際大きな咆吼を放った。

 つんざくような咆吼だった。これで王都全体に否が応でもとんでもない大物が現れたことが伝わったはずだ。

 そしてその咆吼は鼓膜を震わせ、身体をビリつかせ、遠く、フィッシュダイス騎士団と地平の彼方騎士団の衝突にも空白を生じさせた。

 全ての眼がレッドドラゴンへと、その脅威へと注がれた。

 燃え盛るドラゴンの体躯が夜の闇に赤く映える。

 城壁に居ても、夜気の温度が少し上がった。



 あとがき


 ありがとうございます。近頃頓に思うこの思い、感謝よとどけ。

 痛快娯楽復讐小説を書きたいという思いで書き始めたヒューくんのお話ですが、ようやく指先が痛快にかかった感じです。

 見つけてくれた同士の皆さんに楽しんで頂けたらいいのですが、さて。


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