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第163話 Don't Stop Me Now その一

 向かっていると左手の方に流してもらった映像の辺りが激戦となっているようだった。


 ドーン!


 城壁にぶつかる音がした。城壁の上に警邏隊が集まって来てるから、城壁に当たったのは騎士団ではあるまい。


「魔物だと思うか」

「そうね」

「ちょっとだけ寄り道するぞ」

「年寄りを待たせるなって言ってるんだけど」


 ヘイールの爺さんか? オレには聞こえない。


「豊聡耳か?」


 メラニーが雷信の玉を持ち上げて、こくりと頷いた。つと眦を吊り上げる。


「逃げるなって誰に言ってるの!?」

「ん?」


 こちらが疑問に思う間にもメラニーが雷信の玉に魔力を流して叫んでる。


「ハロルドが魔物が生まれるぞって警告してるわ」

「枢密院殿が?」

「さっきのもハロルド。何か騎士が二人突然現れて突然消えたみたい。城外なのに転移を操ったみたい」


 郊外都市の人々に対して逃げるなと言ったわけではないのか。メラニーからの追加情報にオレは少し安堵した。枢密院殿がそのような錯乱をする方ではないとは思うが、状況がわからないとこういうところからも齟齬が生じる。

 それにしても騎士が二人、か。姿形をそのまま鵜呑みにするつもりはないが…………、咒札(じゅふだ)だろうか。


「それはどこだ」

「モンスターが出た場所よ。ちょうど今城壁に音がした辺り。下がれ警邏隊! だって。飛び出そうとしてるのをウチのヘイールが止めてるみたいよ」

「あー、もう。そういうことか」

「過ぎたことは気にしない。ほら、やることあるんでしょ」


 合流するわよとメラニーがさっさと飛べと促している。随分とまぁ小間使いのように思われるようになってしまったものだ。

 しかしメラニーはこう言うがオレは別のことを考えていた。

 騎士はいるのだろうか。騎士がいたならまともな剣技では話にならん。オレは道場生だし、それ以前に剣がないのだが贅沢は言えんか。


「騎士相手なら手数と難関ぶりになるように。魔物相手なら威力と範囲攻撃かな」

「もしかして召喚魔法?」

「ああ、そうだな」


 頷いた瞬間に肩を掴まれた。メラニーも手慣れたもんだ。


「光あれ」


 オレは中空へと光速移動し、西の城壁を遥か下に見下ろす。風がピューピューと耳元で唸りを上げていた。

 来る時に見た城壁の外に広がった郊外都市が無残にも焼け落ちていた。あちこちで火事が起きたらしく、その種火が残ってるのかと思ったら、それが魔物だった。カサカサと動いて火トカゲがゴキブリのようだった。

 城壁を移動すると、東の城門辺りの喧騒も風に乗って聞こえてくる。


「すごいな」

「何がよ」

「ライムの国作りだよ。オレは枢密院殿の命を受けてこの事態をどうにかするつもりで動いてたわけだが、警邏隊や騎士が既に動いて外の不法住人も王都に避難させている。それどころか住民同士、誰に言われるでもなく、王都に住まう人々が必要なことを互いに手を差し伸べ合っている」


 喧騒の中に手を取り合う人々が必死に動いている。

 これはいわば極限である。彼ら市民に魔物に抗する力はないが、そこから避難するという意識は共有しているのだ。

 この凄さは極限で放り出されたオレたち兄妹には有り得ない光景だった。オレたちは敵の尻尾もわからないままに外交の道具として外に追い出された。意識の共有もなく、外交とは名ばかりの外交方針すら示されなかった。

 なのに今、オレの眼下には市民を誘導している人たちがいる。そうして人々を逃がした当人達は鉄火場に残って、また火トカゲをあっさりと倒した。


「手際がいい。何より気持が通じ合ってるようなのが良い。凄いことだぞ、これは」

「なーに言ってるの。そんなの当たり前じゃない」

「そうか。当たり前なのか」

「サーバは、いいえライムはそういう国よ」


 平然と言い切るメラニーに溜息が零れそうになった。


「何よ」

「いや、オレたちはその手に救われたんだな、と」

「はいはい。で、どうするつもりなの」

「そうだな。城の兵士達は数に対してどうするつもりなんだろうな。敵は炎の魔物ばかりだから水魔法がいいんだろうが、こうして見やっても水魔法するには周囲に溜め池すらないな」

「みんな暗渠よ。サーバ城の水道網は機密事項だからアンタにも教えないわよ」


 ならば、と言ってもやることは同じか。


「どうするの。私の持ってる属性は無属性と火魔法だから相性悪いわよ」


 その声がたぶん勘違いではないだろうが、召喚魔法への期待に溢れていた。オレとしては火種を消すのに別に水魔法でもいいのだが、水浸しにするのも後の処理が大変だとも思った。火を消すのは何も水ばかりでもない。

 ならば、とばかりにオレは右手を外套から抜き出した。


「土魔法土いじり」


 今にも火付けをしようとする三体の火トカゲに対して、土輪で耕起する。


「土魔法じゃない!」

「そうかもね」

「かもねって何よ、かもねって。どこからどう見ても土魔法じゃない」


 厳密には違う。オレの土魔法は魔気を飛ばすようなことはなく、現場その物の場所に出現する極めて特殊な魔法なのだが、オレの魔法は召喚魔法だよと、わざわざ説明する気もない。

 ニシキさんは揶揄こそしなかったが、フォルテの貴族がこの魔法を知った暁にはおそらく、生命体と召喚契約にいたれない第七王子の欠陥召喚の悪あがきとでも言われるのだろう。そもそも魔法の評価自体がフォルテでは低いわけだし。


「まぁいいか」

「よくないわよ。私の期待を返してよ」

「わかった。お気に召すかどうかは知らないが」


 チマチマと片づける気もないので土輪を思い切り大きくしてみた。

 魔法の発動を見て、周囲から人の手がいなくなった場所を思い切り土を入れ替える。耕起とは上の土と下の土とを入れ替える大事な農作業のことである。これで栄養満点の土になるのである。


「これでフィッシュダイス騎士団も少しは楽になるはず。しかし――、問題は地平の彼方騎士団なんだけど」

「城を攻めてる時点で反逆よ反逆。殲滅で構わないわ」

「それをフォルテの残念王子に言うのか?」

「ハロルドの用心棒に言ったのよ」

「なるほど。全く問題ないな」


 するとメラニーがキッと城塞都市の市街地を睨んだ。


「問題あったか?」

「ボサッとしてないでとっとと戻る。年寄りを待たせるなってあなたの雇い主が言ってるわよ」

「それは一大事だ」


 オレは光あれと上空に光速移動をした。枢密院殿の姿を探したわけだが、下でメラニーが文句を言ってるので、自分の脇に飛んで来てもらった。


「むかつく。あそこにいちゃまずいって私が気を利かせてあげたのにアンタは私を置いてった」

「ん? あそこ」


 メラニーが城塞都市のとある場所を指差した。そこには革鎧を着込んだ者達が四、五人集まっていた。オレたちが最前までいた場所の近くだ。


「冒険者よ冒険者。質の悪いのもいるのよ冒険者の中には」


 あー、それで察した。オレの首を狙う宰相派の息のかかった冒険者がうろつき始めたんだな、と。


「光あれ」


 もう一度落っこちないよう細かく高さを微調整する。


「ちょっとアンタ飛びすぎよ」

「ん? そうか? 取り敢えず高くと思ったんだが」

「アンタ、こんな所で寝ないでよね」

「寝はせん」

「雑よ雑」


 とジトッとした眼を向けられる。赤い瞳に眼力がある。碧と赤の違いこそあるが、どことなく昔のリアにそっくりだと思った。

 風がピューピューと耳元を吹き抜けて行く。

 しかしメラニーに見抜かれる程か。気張らねば。


 地平の向こうの田畑では、フィッシュダイス騎士団が魔物と地平の彼方騎士団相手に奮戦していた。先ほど雷信の玉で見せてもらった様相とさして変化はない。陣形は横隊一列といった感じだが、そこはフィッシュダイス騎士団の売りである光魔法を駆使して戦場を縦横無尽に飛び回ってるようだ。

 眼下を見やる。

 城壁の外で警邏隊か騎士かは知らないが次から次へと沸く魔物に絶望していた。怒鳴りあう言葉が不思議と聞こえる。


「避難は」「通用門も閉じたぞ」「もう大丈夫だ」「だけどもう魔力が」「あっちにも」


 何者かが魔物のいる方向を指差した。火の点いた郊外都市からぞろぞろと魔物が屋並みから出て来ていた。

 彼らは躊躇わずにそこへ向かって走り出した。会敵と同時に炎が吐き出された。結構なスピードのファイアボールだ。


「火トカゲだ」「速いぞ」「チョロチョロするな」


 気合いと共に一閃がはしる。

 しかしにょろっと火トカゲが地面を這うと、その斬撃は空振りに終わった。その横合いから別の火トカゲがガラ空きとなった騎士の横腹に噛みつく。


「だりゃっ」


 と声がした。

 噛みつかれた男の革鎧には浅くはない傷をもたらされてるはずだ。それでも気合いで痛くない痛くないと叫んでいるのだ。今も堪えている。


「離すな」「押さえろ」


 と無茶なことを要求しつつ仲間の一人が火トカゲを斬り捨てる。無茶を言ってたもう一人はしっかり他の二匹の警戒をしている。そして何も言わずに遊撃に回った残りの二人がしっかりと周囲から火トカゲに包み込むように包囲し、残る二匹の逃げ場をなくして見事に仕留めた。


「よっしゃ」「やったやった」「魔力ポーションほしいわー」「魔石確保ー」「そろそろ休もう」


 若干泣きの入った女騎士もいるようだが、通りの向こうにまた炎がポッと灯ると五人ともその方向へと向けて進み出した。

 オレはメラニーに言った。


「いい奴等だな」

「団に所属する騎士じゃないわね。流れの騎士じゃないかしら」

「ライムの騎士じゃないのか」

「わからないわよ。アンタの通うアーサー道場にだって色んな所から人が集まって来てたでしょ、それと同じよ」


 なるほど。リロやオレみたいな輩で既に騎士の者か。ある意味オレの理想とする集団があの場でああやって戦っているのだな。


「でも報酬は出ないんじゃない?」

「なんと!?」


 と思ったが、確かに雇い主を見繕ってから魔物退治をするような暇などなく、外殻都市は突然に襲われたはずだ。

 それでも向かおうとする騎士達のために、オレは改めて参戦を決意した。騎士の憂慮にならないよう、新たに大挙して現れた北西の魔物を、土魔法土いじりで耕起して一掃する。騎士達が唖然とし、それから大喜びする。


「地面に飲みこまれたぞ」「何かグルンってなってた、グルンって」「石畳が回ったよな」


 そう言って近くまで行ってコンコンと足場の石を踏んづけて確かめている。


「石畳だ」「石畳だな」「どうなってんだ」「わからないわよ」「なんか土が燃えてたわよ」


 それから魔石の回収が出来ないと嘆きだしたのでオレは居たたまれなくなって、城壁の方、おそらく枢密院殿達がいる方を見やった。

 だがこれからオレたちが下りようとしてるその城壁でも同じ事が起きていて、


「もしかしたらフェンリルの団長では?」「コペルニクス団長か!」「そうだ! コペルニクス団長に違いない!」「魔熊の杖か!」「すごい! 初めて見た!」


 なんか盛り上がっていた。


「おいメラニー」

「何よ」

「非常に城壁に降りづらいんだが」

「あら」

「何が『あら』だ」

「フォルテの王族からそんな言葉が聞けるなんて不思議」

「残念王子、廃嫡王子、一応王子、呼び名がいっぱいあって王族扱いなんかされた覚えがないんだよ」

「ふん、またそんな事を言って。でもまぁアンタが片鱗を見せただけでこうだもんね。私から言って上げようかしら。今の魔法はコペルニクスじゃなくってフォルテの第七王子がやったのよっーて」

「おいよせ、やめろ」

「どんな顔するかしらね。強力な魔法に喜んでるけど、この魔法の後に更に召喚魔法も控えてると彼らが知ったら」

「あんまり脅すな、メラニー」

「だからわかってるわよ。世を忍んでることぐらい。でもいいじゃないちょっとぐらい」

「そのちょっとが致命傷なんだ。油断も隙もないフォルテの最深部で、父さま、王廷守護隊の諸隊長、それらの眼を掻い潜ってリアの四肢を奪った輩がオレたちの相手なんだぞ」

「それ本当!? 初耳なんだけど」

「嘘かどうかはわかるだろ、豊聡耳で」

「うん」


 メラニーが押し黙った。


 だがしかし――。


 騒ぎにはなってるが、良い事を聞いたとも思った。

 何せこのまま知らんぷりしていればコペルニクスがどこかで魔法を放っていたという事になるのだ。実際にコペルニクスは王都入りしているし、コペルニクスに肩代わりしてもらうのが最も角が立たずに収まる。

 収まるではないか。

 そうほくそ笑むオレの目を覚ますような恐ろしく鋭い剣閃が空を横切ったのはその時だった。七色の煌めきが夜空を割り、目的を果たしたのか、スッと闇に溶けこんで行った。



 あとがき


 知り合いが今回の熊本豪雨で家を流されてしまいました。私も言葉になりません。


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