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第160話 オレは賞金首

 オレは王都の第一層を足早に歩いていた。メラニーにネチネチ(あげつら)われる前に、深度一でバックドアから何を手にしたのか、その情報の共有を図っていた。

 これも外交の一環である。たぶん。


「城を落としたのはクレッシェの王の爪の誰かではないかと疑っていた」

「どこまで本当かはわからないのね」

「メラニーはクレッシェの王の爪に知り合いは?」

「筆頭のホークマン・キーン、二席のボビー・グラスパー、十一席のコクライ・ドーコは知ってるわ」

「その中で城を切り裂けそうなのは?」

「そんなの全員出来るわよ。防衛システムを失った城ぐらい、王の爪なら簡単よ簡単」

「となると絞り込めんな」


 とオレがつぶやくとメラニーが突然身を翻して歩いてる人を斬った。


「もともと十一席中三席しか出してないけどね」

「じゃなくておいっ」

「おいじゃないわよ。こいつ、アンタを狙ってたのよ」

「何」


 思わぬ物言いにオレは倒れ伏してる男を見下ろした。血だまりが広がり始めており、怪我の具合を見ようかと思った矢先であったが、こうも物騒なことを言われてしまっては斬りつけられたらかなわんので手を差し伸べる気もしぼむ。


「一般市民じゃないのか」

「ダガーを隠し持って近づく一般の王都民ってどんな王都民よ」


 メラニーの側に回ってから見やると、男は左手にダガーを持っていた。


「わかった? なら意識を奪って」

「了解。闇魔法、闇落ち」


 掌底から出た黒い玉に中ると、途端に男が鼾を掻いた。見事な熟睡である。それからメラニーはポーションを垂らして男の傷口を治すと、ついでに目の前にあるボディバッグを漁った。


「ふうん、キボッド王都の冒険者」


 ひらひらと冒険者カードを見せてくれた。


「生憎オレには冒険者カードの素養が無い」

「そ。じゃぁちょっとウチの者に報告するわ。バックドアの件も含めて」

「出来るのか?」

「雷信の玉があるのよ」

「じゃぁ物のついでに枢密院殿へもそなたの幼馴染みから話してもらえんか?」

「いいわよ、それぐらい」


 どうせヘーイルからハロルドには話すだろうし――、と言いながらメラニーは男の冒険者カードを自分のアイテムバッグだかボックスだかにしまった。するとオレの表情に問い質したいという気持ちが出てたのか、証拠品よ証拠品とメラニーはカードを振りつつそう弁明した。

 それからメラニーはおもむろにアイテムボックスの口をビロンとあけると、物証である冒険者カードをポポイと仕舞いこみ、ついでに雷信の玉を取りだした。一緒に取り出した玉置きの台の上にその玉をセットする。何の台かと訊いてみると、メラニーは風魔法の属性を持ってないのだが、この台に玉をセットすると、この二対で魔道具となって雷信が出来るようになるそうだ。

 通信内容に聞き耳を立てるのはマナー違反なので、オレはメラニーから少し離れた。代わりに待ってる間に王都を眺めやる。

 城塞都市の下層を爺さん婆さんが元気に動いてる姿を見た。枢密院殿と同じで魔力がもうないから、王都の魔法陣に魔力を吸われたような影響を受けなかったのだろう。

 そんな爺さん婆さんより体格の余程いい中高年の方がしんどそうなのが今の王都の異常な状況だと言える。そうこうしてるうちにメラニーがやって来た。


「終わったのか」

「ええ。集合よ、成果を持って城壁にだって」

「う。厭なことを言うな」

「異議があるの?」

「まぁ了解だ」


 オレは周囲を見渡すと歩き始めた。足を速める。


「ゆっくりしなさい」

「いや、とっととこういう場から離れた方が良いだろう。襲撃地点の近くだぞ」

「対象と見極められて襲われるわよ。一体この王都で幾つの足音が足早になってると思ってるの」

「本当、なんだろうな、メラニーが言うからには」

「いいからフードをかぶりなさい。そしてゆっくりと歩きなさい。そうね、従者が私を先導するように」


 オレがフードをかぶるとメラニーが言った。


「アンタが逃がしたバックドア・クック」

「何というか、そなたと話してると耳が痛いことばっかりだな」

「話が早いと言ってよね。それでバックドアなんだけど、アイツは咒札(じゅふだ)による魔物寄せを発動してたのよね」

「魔物を咒札から喚び出してたな。理屈はわかったりわからなかったり自信がないが」

「それは召喚魔法じゃないのね」

「魔物に知性がない。配下になってない。召喚契約ではなく、ただ詰め込まれただけだ」

「聖剣ガウェインの能力を付与された可能性は? 異界渡りをした聖剣なんでしょ」

「さてな、ガウェインが絡んだらこの程度では済まんと思うぞ。むしろその前提だとバックドアの嫌がらせは本当にただの嫌がらせだったとしか思えんのだがな。おそらく聖剣ガウェインはオレ以外の者が触れると死ぬぞ。これはここだけの話にしておいた方が良いだろうが」

「わかったわ。一応連絡後だし」

「ありがたい配慮だ」

「でもね、私からすると召喚魔法は移動魔法なのよね」

「ん?」

「契約した魔物を自分の所に喚び出すんだもの。移動させるわけでしょ」

「そうだな」

「バックドアは、いえ、キボッドは魔物をどんどん喚び出すことで、魔王の先触れもその場所に呼び込んで、転移現象誘発を狙ったんじゃないかしら」

「フェルマータや秘密結社じゃなくてか」

「秘密結社?」

「まだ確定したわけじゃないが、テロリストはこちらがそう呼ぶだけで、あちらは自らを秘密結社と任じている節がある」

「へー」

「メラニーの云う転移現象は、フェルマータや秘密結社の思惑が入ってるんじゃないかなと、そう思っただけだは、待てよ。魔物が増えれば益々この星が魔に満ち溢れ、特に濃くなれば魔物を、魔物が魔物を呼ぶ可能性は十分にある」


 そこでオレは気がついた。


「このまま魔王まで喚ぶ気か?」

「何それ」

「メラニーが言ったのではないか。魔王の先触れを誘導しようとしてたんじゃないかって。案外外れてないのではないか?」


 もしそうだとすると、フェルマータや秘密結社、あるいはキボッドは、魔物や転移現象をサーバか自治領に押しつけたいのではないか。これがキボッドも絡むとなると、キボッドとすれば魔物や転移現象より、より身近な問題としてフェルマータの軍を押しつけたいというのもあるか。事実サーバは田畑の上で騎士団同士の対峙が発生している。来年の収穫を考えたら、自分の土地よりよその土地でやって欲しいと思うのは至極当然だ。

 その思惑が進行した上での今だとしたらどうなる。実際自治領に魔王の先触れと言われるバイコーンが出て来ているぞ…………。

 まずくないか。

 オレの脳裏に咒札が発動して魔物が溢れ出てくる自治領の姿が浮かんだ。


「リア…………」

「こんな時まで第三王女君の心配? それ、どうかと思うわよ。お付きの人がいるんでしょ」

「アンナさんな。そうだな。彼女がいればバイコーンなど問題外、か」


 ジッと見られる。


「何だ?」



 ◇



 メラニーは思い出していた。暗い地下からの脱出時に、うしろで王剣筆頭のヘルベルトとヒューの雇い主のハロルドが一生懸命話しているのを。


「現状あれに対抗出来るのはピューしかおらん。しかしピューには身体に不具を負った妹が居るそうだ。そんな妹がいるのに儂の出すはした金では突撃など命じることは出来ぬ。じっと待つしかなかった、正直」

「聖剣ガウェイン、か」

「正直ヘルが来てくれて助かったわい。お前なら何とか出来るじゃろう」

「コペルニクスとサドンがやられてるのにか? もっと無理だぞ、きっと」

「何じゃと」

「彼以外には、かの聖剣は反撃してたんだろ」

「うむ」

「なら無理だ。聖剣の背後関係を調べなければ如何ともしがたいのではないか?」

「それではライムは蹂躙されてしまうぞ」

「だが彼と戦う約束をしたんだろ、聖剣は?」

「それまでは安全……か」

「意思を持った武具は久しぶりだ。バイコーンの件も含めて無関係とは思えんな」


 そんな事を思い出していると、フォルテの第七王子が足を止めて私の様子を窺っていた。



 ◇



「いいえ、何でもないわ。それよりなぁに、強力な召喚魔法士なの? アンナさん」

「強力だ。攻守にバランス良く、地上にいる生物にとっては厄介極まりない相手になる。たとえそれが召喚獣相手でも」

「何それ。そこんとこ詳しく」

「言わんよ」


 ふとした光景が目に付いた。しんどそうにしていた中高年が肩を貸してた相手に請うて降ろしてもらい、その場に座りこんでいた。手助けしてた爺さん婆さんも去るに去れずにその場に一緒になって座りこんでいる。


「地下でハロルドのお情けで休憩させてもらった身で言うのもなんだけど、お爺さんお婆さんがいい歳した小父さん達を手助けしてるのよね。どうなっちゃったのかしら、この国は」

「魔気を吸われたんだよ、王都中にはびこる魔法陣に。その割りにメラニーはよく動けるな」

「魔気飲みが出来るアーサー流の剣士から魔気をちょろまかそうだなんて、けったいな泥棒達ね」

「では騎士団は大丈夫そうだな」

「魔法士団もでしょ」


 そういって上層を走り去る警邏隊を眺めやった。

 だが魔力を奪うべき対象がいなければ、例えば味方だらけの場所だと自分の弱体化を外因で回復することは難しそうな気がした。魔力をなくした統括部の連中がいたこともオレは知っている。


「戦闘が専門職じゃない者はアンタの言う通りなのかもね」


 ということは魔気飲みなどという芸当は出来ないが、オレのアーサー流もそれなりに身についたという事だろうかと思い、そう思うとちょっと嬉しくなった。

 その一瞬の間隙をいきなり中高年に襲われた。メラニーが目を配った方向を見やると、ファイアボールが飛んで来ていた。


「任せろ。メラニー、爺さん婆さんは」

「無関係、びっくりしてる」


 中年男二人に爺さん婆さんは突き飛ばされていた。さっきまでヘロヘロだった中年男達が嘘のように生き生きとしている。

 それを視界の片隅に捉えながら、向かってくるファイアボールを炎輪を召喚して受け止める。と同時に召喚を解除したら、そこには魔法の欠片も残らなかった。


「待ってれば近づいてくれるんだから、楽なもんだ」


 突然に消えた不意打ちのファイアボールに、よっぽどの自信があったのか魔法使いが混乱してる。

 その魔法使いが咒札を手にしてワープしようとしたので、咒札への流れを忍者刀で断つ。と同時にオレは魔法使いに肉薄して、咒札を離しそうとした魔法使いの小手を斬り飛ばす。

 そこへ横合いから不意打ちが来た。


「ブレイン・パニック!」


 ガツンと衝撃が走ると同時にオレの頭脳がブルルと震動した。


「これで廃人だ。待ってれば近づいてくれるんだから、楽なもんだったぞ。死ね」


 光が閃き、男がダガーを腰だめに隠しているのがわかった。今にも解き放たれそうだ。

 そのダガーを外套が絡みつくように開いて、腕ごと斬り飛ばした。敵が腕を折りたたんでいたせいか、上腕と手首の二箇所を切り離している。


「なっ」


 驚く男にメラニーが言う。


「そいつに精神魔法が効くわけないじゃない。それも私より格下の男程度の魔法に」

「何だと。小娘が舐めるな」

「誰に頼まれたの、言いなさい」

「誰が喋るか」

「でも言いたくなったんでしょう?」

「ああ、言いたくなった。ペパーミント、あ、がっ、ぐっ」


 男が咄嗟に舌を噛み切っていた。素晴らしい反応速度だった。


「ゃれだ」

「私が誰だって言いたいのね。教えて上げるわ、欲望操作の使い手、ライム第三王女メラニー・ライム・ケルトニウムよ。で、ペパーミントはどこ」

「ェルマーラ」

「フェルマータね」

「チッ」


 舌打ちと同時に顔がどろりと溶け出した。これ以上自白させられる前に自死を選んだのだろう。舌打ちではなく歯に仕込んでた溶解液でも噛み砕いたのなら、大した者だ。

 オレは右手を押さえて呻いてる魔法使いを、闇魔法の加重人臥で石畳の上に押さえつけると、メラニーに振り返った。


「そなた、その強さ、えげつないな」

「一応アンタを庇ったんだけど」

「オレより気づきが早いのは流石だ。だが放っておいても問題は無かったぞ」

「そういうことは役に立ってから言いなさい」

「ぐ」


 メラニーは生き残った魔法使いを見据え、言った。


「頼まれたこいつらの上に誰がいるのかが問題ね。あ、それとそこのお爺さんお婆さん。ライムの第三王女メラニーの名において今起きた出来事の口外を禁じます。いいですね」


 爺さん婆さんは一も二もなく頷いた。


「さて、で、アンタはどう思った」

「オレの顔はそれほど売れてないはずだ。出来るだけ目立たぬよう生きてきたのだ」

「そうね。私も知らなかったもの」

「だがこいつらは迷うことなくオレを襲ってきた」

「ホリーとは」

「知らん。サーバで面識があるのはアート王だけだ。サーバに寄った際も城には寄らず、会っていないからな」

「となるとアンタの姿がどこかで映されてるわね。テロリスト内では出回ったかも」

「ではオレの現し身を描いたあらゆる文物の配布を禁じよう。福の印発令」


 アルバストとバックドアに、これで制限がかかったはずである。


「ホリーの放送で周知された可能性もあるわね」

「ふむ」


 その放送は見てる暇がなかったからわからん。


「いずれにしろ今のアンタは賞金首よ。私が火消ししてあげようか?」

「必要ない。アルバストらからオレの映像が流出する可能性はなくなった」

「随分と自信あるのね」


 福の神さまの縛りだ。神意を亜人の手でどうこう出来はしない。星読みの塔でやり合う前まで、あいつらはオレに興味の欠片さえ示していなかったのだ。その上変身スキルで小太郎の顔で接していた時間の方が長い以上、アルバストらはどれが本当のオレの顔なのかも虚実が入り交じって断定は出来まい。

 枢密院殿の従者としてオレを認識できるのは、宰相派ぐらいのものだろうが、こちらも牢屋に入っていなければの話となる。


「まぁいいわ。それにしても随分と手が込んできたわね。冒険者としては王都を出歩けないからって、わざわざ無垢な王都民の振りして近づいてくるなんて」


 そういう意味では今のオレは失格なのかもしれないな。メラニーに助けてもらわなければ、やられはせずとも二手三手は遅れてたはずだ。


「一つ尋ねたいのだが、そなたらは誰から金を貰うつもりだったのだ」


 オレは加重人臥にかかってる魔法使いに訊いた。


「ちょっとアンタ」

「だってそうであろう。城は落ちてるのに依頼を出した元宰相の娘の言葉にどれだけの価値が出て来るのだ? 父親は投獄され、夫のオスニエル王子は生死不明。そんなオスニエルの妻の言葉ひとつでオレの首を獲りに来るか? まずは依頼主の懐を確認しに行くのが普通だろう。オレならそうする」

「アンタ苦労してるのね」


 結構マメに説明したと思うのだが、しかし、捕らえられた男は何も話そうとしない。ここで話せば助かる道も出て来ると思うのだが、どうなんだ。取り付く島がないとはこの事だろう。


「説得して吐かそうとしても中々耳を貸してくれないもんだな」

「そう? 丸わかりだったじゃない」

「どこがだ?」

「いい耳を持ってないのね」

「いや、そういう問題じゃなくてだな、心が聞こうという状態になければ話にならないとオレはそう言いたいのだが」

「敵対勢力の説得なんて、出くわしたその場で簡単に出来るものだとでも思ってるの?」


 閻魔様が出て来てくれれば問題ないのだが、自力で解明するとなると難しい、かな。


「こういうのは本当の意味で勝たないと、そうならないってことなんだろうな」

「聞こえていても聞き分けがないなら、それはもうアンタがその域に達していないのよ。高いか低いかは見地次第だけど、アンタを見てると耳を貸さない理由が自罰的っぽいから高い所に居たけど転げ落ちた感じなのよね」

「うん?」

「迂遠なのよ、追いこみ方が」

「いや、こいつの都合でこいつが話さないだけであろう?」

「話さない前提で所作を見逃すなって言ってるのよ」


 ほう。


「すごいな、メラニー」


 よくもまぁ口が回る。

 見逃してる、あるいは聞き逃してることが多々あると言うことのようだが、さて、メラニーが何をつかんだのか、それはオレの想像の埒外である。

 もっとも転げ落ちたと思われた部分に関しては、オレとしては敵の目につかぬよう潜伏しただけのつもりなのだが。

 それももう終わりだ。


「ではどうする。サマースの使ってた闇の牢屋だと簡単なんだろうが」


 オレとしては闇魔法を乱発したい気分ではない。


「いいわよ。私の方でここに居させるから」


 そう言ってメラニーが魔法使いの男に流し目をくれた。


「あなた、ずっとここに居たくなったでしょう?」

「そんなわけあ……る……」

「ここに居て何もしたくないんでしょう」

「そうだな。何もしたくないな」

「邪魔にならないよう壁に張りついててもいいのよ」

「ああ、そうだな。そうしよう」


 頷いた魔法使いの男がこちらに背を向けて、城塞のブロックの壁にピタリと張りついた。全てこの眼で見ていたことだが、俄には信じられん。

 メラニーがおもむろに男に近づいて男の背負った背嚢のサイドポケットに手を突っ込み、ガラス瓶を抜き取った。それを壁に張りついて未だ血を流し続ける男の右手にかけルと男の血が止まった。これまでは心臓が鼓動を一つ拍つたびに男の手首から血がピュッピュッ、と噴出していたのだが、それがすぐに止まった。ついでに口の中にも突っ込んでいた。


「おい、メラニー」

「ポーションで治しただけよ」


 正確には血を止めただけで右手首はあちらに落っこちてるんだが、他国の王族へ自国の人間が奇襲をかけたのだ。この国を治める王族としては穏便な処置だろう。

 実際男の口の中も右手も、もう傷口の治癒が済んでいるようだった。


「これで私が許さない限り例え何かが起きようが、すぐあそこに張りつきたくなるわ。便利でしょ、欲望操作」

「便利というか絶大ではないか」

「アンタには効かなかったんだけどね」


 と喋る視界の隅でちょろっと火トカゲが動いた。威力を増した神域に近づいたせいで、今にも消えてしまいそうなほど小さいが、メラニーは素早く剣を抜いて、上段からひと息に振り下ろした。


「必中、命中、百発百中、中れ、魔気飲み」


 シュッと消えるようにして火トカゲは影も形も見えなくなった。


「それは剣技だろ」

「そうよ」

「凄い技だな」

「剣を持たずに出来そうな奴に言われてもね」

「はて、どうだろう」

「何よ」

「いや、さっきはその魔気飲みとやらでドヤ顔してたのにコロコロと表情が変わるものだなと、そう思ってな」

「黒歴史に触れるな。アンタならすぐに出来るだろうと思ったから恥ずかしくなったんじゃないの」

「ん? だが今現在オレには出来んぞ。なにしろアーサー道場の道場生だ。正規の騎士様とはまるで違う」

「そういうのもいらないの。道場に帰ったらどうせアンタもすぐに習えるだろうし」


 そうか。習えるのならば有り難い。


「なんだ? 何かオレの顔に付いてるか?」

「アンタは騎士団には入れないのよね」

「そうだな。廃嫡同然とは言え、一応王室外交を名目に異国に出されたわけだしな」

「名目も何もアンタは王子でしょ。実際アンタを外に出すなんてフォルテもどうかしていると思うわよ。大きな声では言えないけれど」

「そうか?」

「そうよ。もういい。何だかちょっと咽喉が渇いたわ」

「ふむ。ならば丁度良いし、ちと水でももらいに行くか」


 オレはおもむろにブロック構造の下に構える商家の中に入った。おそらく金物を商いにしてる商家なのだろうが、店に入っても店番の小僧すらいなかった。


「ごめんくださーい。頼もーう」


 そう行って店を通り過ぎて奥にずんずん入ると、従業員の待合室で四人ほどが机に突っ伏していた。


「すみません。全員魔力切れになってしまったので店は閉店してるんです」

「うむ。その、済まないが水を一杯所望したくてな」

「ご自身でやって下さい。そこの水屋の脇にお勝手がありますので」

「や、すまぬ」


 そう言って台所に入ると蛇口を捻ったが、いつまで経っても水は出て来なかった。


「魔力を流しなさいよ。王都の機能が停止してるんでしょ」

「ふむ、そうか」


 蛇口に手を添えると魔法陣にそって魔力を伸ばした。しかしちょろっとしか水が出て来ないので腑に落ちぬ物を感じたが、込める魔力を増やすと普通に水が出て来た。オレはカップに水が溜まるのを眺めやると、おもむろに溜まった水を飲んだ。


「うむ。普通だ」

「ちょっとアンタ、先に私にくれるもんでしょ」

「毒見だ」

「それはお店の人に失礼でしょ」

「冗談だ。ご主人どうもありがとう。や、助かった。助かったついでにもう一ついいかな」


 オレはメラニーの分を捻り出しながら店主に尋ねた。


「何でしょう」

「城のことは何か知ってないか?」

「城のことは特になにも知りませんが何かあったのですか?」

「左様か。では他に何か気にかかったことは」

「そうですね。ハロルド枢密院の裏切りと、ホリー様がそのハロルド枢密院と従者二人に賞金を懸けたというのは放送で聞きました。やはり、お城で何かあったんですか」

「わからないから聞いておるのだ」

「なるほど、ごもっとも」


 ようやく納得してくれたようで何よりだ。が、しかし、この御仁は城が落ちたことを本当に知らないようでもあった。魔力切れで動けないなら外の様子を見てられないだろうから、それも腑に落ちるわけだが、オレとしてはまさかここで賞金首の話になるとは思いもしなかった。


「ふうむ」

「あの、何か」

「いやいや、何が起きたのかさっぱりと言うのはホトホト困った事だとそう思ってな。道は暗いし、王都も暗いし、少しでも情報を知りたいと思ったのだが、いやご主人には世話になった。今日の水一杯は忘れぬ。どうもありがとう」


 店を出ると魔法使いの男が梃子でも動かないとばかりに壁にピッタリと張りついて最前と同じ位置にいた。動こうとしなかったのだろうか。中々にものの哀れを誘う光景である。

 その魔法使いにメラニーが声をかけた。


「あなた、秘密結社は知ってる?」


 魔法使いが首を振った。ビタッと壁に張りついて、素直に言ったのは壁から離されるのがイヤだからとでも言わんばかりだ。

 だがメラニーはオレを見て肯いた。


「わかってたことだけど、これで決まりね」

「ああ、オレを狙う賞金稼ぎは、ほぼほぼ事情を知らない者達ばかりなんだろうな」

「おめでとう。額が小さいけど、六千万ギルだっけ」

「知らんわ。しかしオレが賞金首か。フォルテの貴族達がこの事を知ったらまた叩かれそうだな」

「そんな事より賞金ハンターを気にしなさい。これからどんどん来るわよ。城が落ちて冒険者ギルドも動かざるを得ないでしょうし」


 と言ったメラニーがアイテムバッグを手にして、中から小さな玉を取りだした。


「どうした」

「連絡が来たの。うん、ちょっとヘーイルから映像見せてくれるって」


 言った途端に雷信から映像が投影された。暗闇の中にポワリと八センチぐらいの楕円の映像が浮かぶ。小さな画像であったが、何が起きているのかは判別できた。


「そうか。騎士団スキルを用いてたのはフィッシュダイス騎士団だったのか」


 おそらく城壁の向こう一キロメートルと言ったところだろうか。そこに防衛ラインを築いてフィッシュダイス騎士団が奮戦しているようだった。


「だがこれを防衛ラインと言っていいのだろうか。団員がそう意識してるだけのようだが」

「…………すごい」


 そう言ったメラニーの眼は心なしか潤んでいた。


「そうだな」


 二、三日かけて市民が移動するような距離を、彼らは騎士団スキルを用いて圧倒的なスピードで駆けずり回っていた。しかし音速を突破するほどの魔力も最早ないのだろう。それでも彼らは騎士団スキルを用い続けていた。

 だが本質はそこではない。

 そんなことは些事だ。

 着目すべきはわずかな団員が騎士団スキルと光速移動を駆使して、驚くべきことに地平の彼方騎士団全てを押さえ込んでいるということなのだ。時に乙女の祈り魔法士団からの援護は入るが、彼女らは彼女らで魔力切れで戦線を続々と離脱している。

 そうして新たに出来た地平の彼方騎士団に突破されそうな場所を、魔力消費の激しい騎士団スキルを懸命に用いて団員は戦線を維持していた。


「魔力ポーションでお腹はタプタプでしょうね」

「だろうな」


 だがメラニーが本気でそんな事を言っていないのはオレにもわかっていた。むしろ気が気でなくて軽口を叩かざるを得なかったのだ。

 なぜならその奮戦してる彼らはたった五人しかいなかったのだ。

 彼らはたった五人で、金色の水平線騎士団全員を相手に防衛ラインを敷いていたのだ。王都に住む人々を助けるために、王都を護るために、彼らは死に物狂いで騎士団を押さえ、且つ次々と湧き出る魔物を殲滅していた。


「ヘーイル」

「しばし待て。俺は返事を聞いてない」


 雷信を通じてそんな事を言われた。

 オレは背後を振り返った。

 城は落ちている。普通に考えれば向こうが勝利宣言すればそれが押し通るような状況でもあろう。だがこの地で人々は生きていた。魔力を奪われようと、何が起きたのかもわかっていなかろうと、王都民や貴族は今なおこの地で命を繋いでいるのだ。

 王都前の田畑で戦っているフィッシュダイス騎士団がどこまでこの事を知っているのかは知らない。だがこの映像には映っていないフィッシュダイス団長は、全責任を持って王都周辺のどこぞで命を懸けて食い止めているのだろうとは思う。

 そうでなければたった五人でこれだけの士気を保てていられるのが不思議なのだ。

 しかも誰一人諦めていない。

 懸命に立ち向かっている。

 こんな少人数で送り出さざるを得なかった命令も、かの団長は心の奥底で歯ぎしりしながら発令していたのだろうか。

 その心中はわからない。

 だが普段の彼がどういう男なのかは団員の戦い振りを見るだけでわかる。


 ――重いな、責任が。


 そう思う。

 だが責任を負うのは彼であっても、責任の所在の全てが彼にあるとは思えなかった。

 どうやらオレは彼にかなり心が動いているようだった。フィッシュダイス団長の、その在り方に。


「眠たかったんだがな。そうも言ってられんようだ」


 神域でもオレが戦うとヘイルの爺ちゃんには我慢してもらったわけだが、わざわざ呼びだしてこの映像を見せているのは、オレたち枢密院殿とその用心棒が始めた戦いなのだと言ったその(げん)の有効期限を確かめているのだろう。

 ヘイールの爺ちゃんはだから問うているのだ。今なお壁外のこの状況を前にして、これでも続けるのかと、そうオレに――。


 問うているのだ。



 あとがき


 PCがまずいですね。これまでも打鍵スピードにに追いついてこないことはあったのですが、今日は起動するのに五分近くもかかって流石に困りました。午前中に投稿するつもりがこんな時間です。PC環境を整えることを思うと面倒くささが先に立つ。まだだ。たかが起動速度が遅くなっただけだ(アムロ風に)。

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