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第159話 嘘は言ってないよ

 戦の匂いがする。ヘイルの爺ちゃんがつぶやいた。塔の屋上の端まで行って周囲の様子を探っている。しかし大した成果はなさそうだ。何しろ星読みの塔の屋上より王都の城壁の方が高い。


「おいピュー」

「ヒューです。どうしました?」

「こちらが聞きたい。何か考えがまとまらんのか?」

「何を仰ってるのかわかりませんが、そうですね。まとまらないと云えば正直ひどく眠いですね」

「…………左様か。まぁヘイールが無頓着にそなたの後を付いて歩いてったから儂らも続いたが、おそらくじゃが後続の王都民や貴族たちは本当に道が正しいのか疑問に思っておったのも多いと思うぞ」

「あ」


 それはしくじった。どうしてだろう。すっぽり頭から抜け落ちていた。確かに道が正しいという証拠立てをオレは全くしていなかったし、それどころか思考放棄してたような気もする…………。


「警邏隊の連中にも感謝するのだな。陰に日向にフォローをしてくれとったはずじゃ。しかしまぁ王都民も皆まだまともに動けん」


 枢密院殿が幼馴染みの方へと向かい、そしてそこかしこに魔物の死骸が倒れ伏してた。サーバの魔法回路はズタズタ。王都民も魔力切れから僅かに回復してるぐらい。まともには動けない。


「あ、魔物だ、炎系だわ。魔気飲み」


 ヒュゴッとメラニーが剣を一閃すると小さな赤い身体は芥子粒となって消えた。


「すごいな、メラニー」

「アンタも出来るでしょ」

「いや出来ん」

「え、そうなの。ふふん」


 そのドヤ顔に敬意を表そう。


「しかしこれは何じゃ」


 王都に魔物とは、と言って枢密院殿があったはずの城と王都をつぶさに観察し始めた。


「何かわかりましたか」

「嫌がらせ、かの」

「嫌がらせ?」

「嫌がらせが一度で終わるわけがないじゃろう。撤退時に置き土産を残したと考えるのが普通じゃ。城が落ちて魔物が現れれば、よりスムーズに脱出を図れる」

「そんな事のために」

「テロリストとはそんな者じゃろう」

「は。枢密院殿がしつこい奴らと言ってた意味が身に染みるようです」


 メラニーが斬ったのはファイアリザード、小さな魔物だった。だが似たような物を見た記憶が…………。


「ああ、あれか」


 ソマ村のサラマンドラだ。ここに現れたのもまた炎系統の魔物だとすると、自然発生だとか別の手の者とはさすがに考えにくいんだが…………、むしろ神域近くに魔物が好んで寄ってくるとも思えんし、星読みの塔を隔離するために置いたように思える。何しろ警邏隊も魔力がないから討伐できない。フィッシュダイス騎士団や魔法士団はラインゴールド・ダッシュ団長らを措いて、魔物を相手に奮戦してる。

 城壁の向こうで誰かが戦っているのは、猛烈なスピードで何者かが行き来してるのでわかる。だが人の手はそう多くはないのが不思議だ。


「金色の地平を押さえてるのは誰じゃろう」


 枢密院殿が計ったように呟いた。

 真っ先に思い浮かぶのはやはりフィッシュダイス騎士団なのだが、騎士団同士の大戦にしてはぶつかり合う数が少ないように聞こえる。散発的なぶつかり合いしか発生していないのは流石におかしい。それとも他へ人を回して、わずかな人数で魔物や騎士団と対峙してるのだろうか。フィッシュダイス騎士団の得意技と伝え聞いた光速移動で神出鬼没に動き回ってるのだろうか。


「王都は未だ落ち着いておるの」


 それは確かにそうだ。城が落ちたというのに騒ぎにもなってない。

 つまりフィッシュダイス騎士団は王都へは行かせないようにしてる。ボヌーヴ川に押し込めるようにしてる?


「乙女の祈りとフェンリルは何をしてるんじゃろうの?」

「正門に魔物が押し寄せてるわね、そこよ。魔法士団なら」

「流石だな、メラニー」


 そこへヘーイルの爺さんも戻ってきた。

 その動きに釣られて、地下から解放された貴族の令嬢がお礼を言いたそうにこちらに歩み寄る素振りを見せたのだが、貴族の母親か誰かがヘーイルの爺さまを指差して、その令嬢は塔の別の階段へと連れ去られることとなった。脱出口の長い長い列はまだまだ続く。屋上にでてくる者が貴族ばかりだということは、王都民はまだまだ神域で順番を待ってることだろう。

 下ではこれでもかと首を長くして警邏隊の人たちの云う事を聞いているのだろうな。だがそれを支える警邏隊の人も大変なもんだ。何しろ常に自分を後回し、である。

 それにしても――。

 改めてこの爺さんは何者なんだろうと思った。ヘーイルの爺さんは我等に向かって気楽に声をかけて来る。


「城の落ちた攻撃がわかったぞ」

「攻撃?」


 それは物騒なことになるぞ。魔物ではないような口振りだ。


「ああ、攻撃だ。城は剣技で四閃ほどで落としてるな。おそらく敵の団長クラスが来ている」

「ちょっと待って。剣技で?」

「ああ」


 メラニーが難しい顔をした。その頭をヘイールの爺さまがぐしゃぐしゃっと乱暴に撫で回した。


「城内がもぬけの殻で人がいないのは知ってたのだから難しい顔をするな。少なくとも人死にはあるまい」

「…………そうね」

「下で聞いた大きな音のひとつは、この城が落ちた音なのかもな」

「なるほどの。騎士団の激突音と思った儂らのような者もおる。城の落ちた諸々を地震と思った者もおるやも知れぬ」


 しかしそれは騎士団同士がぶつかってるのは先ず間違いないと思ってるような口振りであった。オレも枢密院殿と見解は同じである。何しろ騎士団や魔法士団の姿を全く見かけないのである。彼らにしても城が落ちたのにそこへ集まれないだけの理由があるのだ。


「しかし問題は魔物だな。ここ星読みの塔に近づく魔物に限っては、近づくにつれてどんどん小さくなって消滅してしまうようだが、他は違う」


 ん? どういうことだ。


「城壁の向こうが見えたらいいんだが、生憎星読みの塔は古い時代の名残でな、背が低い。だが西門から徐々に被害が拡がってるぐらいはわかる」

「!」

「それは魔物による被害かの?」

「そうだ。建物に避難してるようだが、幾ら王都が石作りとは言え時間の問題であろうな」

「まずいな」


 こういう時に動くのが冒険者なのだろうが、その冒険者に制限をかけたのが枢密院殿なのだ。上にあがれば後は騎士団の話だとばかりに思っていたのだが、そうもいかないようだ。

 問題は魔物だ。


「こういうことが出来る奴をオレは知ってます」

「ほう。どんな奴だ」


 とヘーイルの爺さんが鋭い眼を向けた。

 オレが枢密院殿を見やると、枢密院殿はあごを引いてお前が話せと促した。


「バックドア・クック」

「誰それ。魔物を喚び寄せるのだから召喚魔法かと思ったわ」

「召喚魔法ではない。咒札(じゅふだ)による収納魔法の解放だ。何より一度オレはそれを見てる」

「冗談よ、冗談。そんな恐い顔しないで」

「む。や、すまぬ」


 隣では枢密院殿が唸りだした。

 あやつは剣技は使えないはずじゃ、とブツブツ言っている。城を落としたのは別人と見ているわけだが――。


「魔物に関しては否定できんな」

「そうとなればやはりオレが出撃せんわけにはいかんでしょう」

「アンタ眠いんじゃ」「ピュー?」

「後は騎士団に任せるというわけにはいきませんよ。城が落ちたのはともかく幸いにも被害は無いことがわかってる」


 オレはヘーイルの爺さまに目をやった。

 この爺さまはライムの姫の従者であり、被害無しと我ら一行にお墨付きを与えた立場にもある。つまりこの問題は既にライムの王族の手に渡ったと見ていい。オレや枢密院殿の手を離れて属国の城に対して宗主国がどうするかという話に既になったのだ。

 だがテロリストとなれば話は違う。聖剣ガウェインが出て来たら対峙できるのはオレしかいないし、魔物に関してもオレたちには責任がある。

 何しろ枢密院殿が冒険者を動かさないために打った会心の一手である。


「魔物を出した元凶、とりあえず逃げ切りを果たしたはずの男が何を血迷って戻ったのかは知りたいですな」

「うむ。行けるか」

「行きます」

「じゃあ私も行く」

「そなたは」

「連れてってやってくれ。その代わりそなたの雇い主は俺が責任を持って守る。相手もわかっているのだろう?」

「おそらくですが」

「相手の名は?」

「たぶんバックドア・クック」

「メラニー自身も会敵して、地下深くに飛ばしてくれた相手か」


 む。

 それを言われるとメラニーも連れていかないといけなくなるような気がして来る。メラニーの仇討ちのようにも聞こえるから不思議だ。


「また飛ばされるんじゃないかの?」

「枢密院殿、それはないです」

「理由は?」

「城の魔法陣が全く機能していませんから」


 何より分け身さまがオレの召喚の場に居候している。かの分け身さまが魔の力による神域奥への移動魔法を見逃すはずがない。絶対に打ち消す。先ほどとは条件がまるで違う。


「自信ありそうじゃな」

「何度も同じ手は喰いませんよ」

「そういうことだ、ハロルド。改めて俺からも進言しよう。連れてってやってくれ」

「と幼馴染み殿がおっしゃってますが、いかがいたしますか枢密院殿」


 枢密院殿が、楽しそうに剣の柄に手を置いたメラニーを見て嘆息すると、行けと命じた。


「わかりました。では行きます」


 オレは人のいない、明後日の方向へと歩き出した。


「ちょっとちょっとアンタどこ行くの」

「奴を捜しに」

「だから、そっちは階段じゃないでしょ」


 メラニーの云うところの階段の方に目を向けると、そこにはたくさんの喜んでいる人たちがいた。

 オレは地下から脱出して塔の階段へと流れる人波を割って入る気にはなれなかった。今は貴族の従者たち、その家族ぐらいであろうか。魔力を抜かれて四苦八苦してた人たちも多かったし、順番待ちしてる人はまだまだ多そうだ。やはり割って入る気にはなれん。オレはスタスタと屋上の際まで歩いた。


「だからどこ行くのよ、アンタ」

「飛び降りる」

「え、ここ五階ぐらいじゃなかった」


 下の石畳の庭は、玄関の反対側の方は閑散としていた。脱出した者達は塔から出たら皆すぐに自分の屋敷や家に向かってるのだろう。


「問題ないな。嫌なら残るか?」

「連れて行きなさい」


 西から魔物が来てると言ったな。ならばバックドアも西にいるだろう。


「では急ぐか」


 メラニーの手を取ろうとしたら、枢密院殿が手を差し出した。反対側からはお付きの爺ちゃん、ヘイールの爺さまも。


「?」

「儂らも下までは連れてけ。そこからは城壁に上がって適宜判断する」

「はあ」


 まぁライムの姫の手を握るのは、一用心棒であるオレが問題ないと言ってしまっても語弊があるのだろうな。人の目はある。神域の深奥からの脱出時に重力制御で手を繋いだから今さらなんだが…………。


「どうしたピュー」

「しかし飛び降りるのに手を繋ぐのはいかがなものかな、と。それからヒューです」

「お主の頭はすっぽり抜けておるのだのう。光速移動せんか、光速移動を」

「ここ、星読みの塔ですよ」

「サドンとバシバシ魔法を使っておったではないか」


 あの時とは状況が違うのだが、まぁいいか。オレは人で消えてるのは魔物だ。


「光あれ」


 問題なくオレたちは光速移動した。



 ◇



 バックドア・クックはかつて来た道を辿るように戻ると、ギョッとするような奴と出くわした。

 ヒューだ。ヒュー・エイオリーだ。


「目的だった神が再臨したんだ。しかし何だってこの場所に奴がいる」


 サーバの魔法陣が示す奥の奥、一番奥へと飛ばしたはずのヒュー・エイオリーが裾もボロボロになった外套をはためかせてこちらへとやって来ていた。もう一人いるのは一緒に飛ばした冒険者の女だ。

 バックドアは手持ちの咒札を石畳の上に伏せると、音も立てずに後退した。次々と埋設して仕事をこなしていくが、ヒューは何も知らずにまだこちらへ向かって歩いて来る。

 炉端の看板の陰に身を潜めたが、魔力の巡らない王都は暗く静かで人通りもない。ヒュー達は大して警戒しているようでもなかった。

 黙って無造作に歩いて来る。

 バックドアは知らずほくそ笑んでいた。これは大いなるチャンスだ。


「来た来た来た来た。魔気飲み」


 咒札が発動してヒューの周りから不思議な防禦陣が消えるのを確認した。咒札から音も発光もしないのに何故付与魔法が消えたのがわかったかというと、咒札の陣が役目を終えて消失したからだ。

 アイツを殺すには、まずは妙な防禦陣を突破する必要があった。ずっとすっとぼけられていたが、奴に何かするには先ず奴の纏う付与魔法からどうにかする必要があることを俺は学んだ。己が丸裸にされたことにも気づかず奴はそのまま歩いて来る。あと三歩、二、一。


「リベレーション、解放」


 咒札、火魔法の火収納からサラマンドラをヒューにぶつける。


「俺のバックドア。初見殺し」


 いきなり炎のトカゲが現れた。


「うお、びっくりしたぁ」


 襲いかかられたそれが無数に噛みついている。

 だがヒューに噛みついた火トカゲが、何故か噛みついたそばから蒸発して行く。


「馬鹿な。付与魔法は外したはずだ。咒札より強力な付与なのか?」



 ◇



 オレはメラニーに来るわよと言われ、何が、と問い返そうとしたらいきなり火トカゲにからまれビックリした。だが牙を突き立てられたそばから火トカゲ自体が雷装に潰されて行ったので、これなら後ろにいるメラニーも大丈夫だろうと思った。

 オレは魔力の流れを見ようと、眼に力を込めた。

 何歩か先にも、その先にも咒札が伏せられている。その咒札に向かって魔力の込められた魔気が伸びて来ており、オレが通ればいつでもその咒札を起動させることが出来るよう準備万端に整えられていた。その魔気の線を辿ると、


「お前か」


 そこにバックドア・クックがいた。その瞬間オレの脳裏にニヤリと笑うニシキさんの悪い笑顔が浮かんだ。

 闇魔法の使い手に気をつけろ、だったか。

 確かに気をつけましょうと眼を配るが、やはりアルバストの姿はない。バックドアだけである。聖剣ガウェインも居ないのなら凶悪なカウンターも気にする必要もない。


 行くか。


 逆に咒札ごと魔気を辿ってこちらからカウンターを仕掛けようと思ったが、こういう輩には真正面からねじ伏せる方がいいのではないかと思い直した。


「光あれ」


 オレはバックドアの後ろに光速移動すると、その頸筋に忍者刀を当てた。


「詰みだ」

「ガ……あ? 何でここに」

「さてな。だがこれでお前は死んだ」


 バックドアの命を確実に握っている。それは此奴にもよくわかったことだろう。斬ると思って目を閉じていた。しかしオレは忍者刀を引き斬らなかった。


「お前があの時オレのことをヘラヘラ笑いながらリアを、オレたち兄妹を冒涜していたなら、あの時点でオレは間違いなくお前らを殺していた」


 だがお前らには理由があった。オレにも理由があった。


「ふう。深度一」


 オレはひとつ息を吐くと、深度一へと潜り、バックドアを引きずり込んだ。位相のずれによって限りなく時の流れの遅くなった世界に景色がセピア色へと変わって行く。

 ただしここでは深度一に入る許可をバックドアに出さない。バックドアは止まった時間の中で取り残されてしまっている。オレはバックドアの手にかけてる闇収納の中に、自分の手を突っ込もうとした。

 ここでもバックドアは反撃しようと素早い反応を起こしていたのだ。


「オイタはさせないよ」


 オレとしては、咒札を根こそぎぶんどって自分の闇収納に入れようと思ったわけだが、何故かバックドアの闇収納にオレの手は入れなかった。だがこれで撤退だとちょっと悔しいので、自分の手の代わりに炎輪をどんどん投げ入れた。

 オレの実体だと闇収納に入らなかったわけだが、魔法である炎輪だとどんどん入って行けるようだ。

 どうせバックドアが手をかけてる場所は咒札がある場所に違いないし、それならばこれ以上悪さが出来ないよう、火トカゲの咒札は燃やし尽くすに限る。

 ぽんぽんポンポン炎輪を投げ入れて、こんなもんかと満足したところで、バックドアの背後に改めて移動し、先ほどと同じ体勢になって、ふたたび忍者刀を頸筋に当てた。バックドアが動けるよう位相のずれを浅瀬へと緩める。


「起きろ」


 バックドア・クックを軽く蹴ると、バックドアが目を開けた。と同時に盛大にゲロを吐く。だがこれ以上浅瀬には行かない。


「あっ」


 バックドアが目を覚ました。こぼれ落ちた吐瀉物が雷装に当たったが、これは蒸発し、匂いだけが残る。


「切れ味はお前も知っての通りだ」


 音にはならなかったが喉仏がゴクリと動いた。バックドアはオレが四人組やアルバストの手足をぶった切ったのは知っているはずだし、それを我が身に置き換えたら緊張するのも当然だ。


「だがまぁいいか」


 オレは頸筋に当ててた忍者刀を引いて解放した。一瞬驚いた表情をバックドアが見せるが、そのバックドアはまたすぐに吐いた。これで自分が調子悪いから情けをかけられたとでも思ったはずだ。


「まんまと逃げ切りを果たした男がどうして戻ってきた」


 返事はなかった。


「死ぬぞ」

「死んでたまるか。俺はパッチワーク化するケルプを元に戻すんだ。そして…………」


 ハッとしたように口を噤んだ。だがオエッとまた何かを吐く。


「言いたくないなら言わなくてもいいさ。だが愚かだな」

「愚かだと? 小僧が」

「パッチワーク化を止めたいならパッチワーク化の原因を突き止める必要がある。貴様の放った魔物で王都が魔物に溢れた。だがその魔物はどうなった」

「…………」

「言え。無回答はおまえの目的への裏切りと知れ」

「裏切り」

「そうだ。魔物はどうなった。星読みの塔へと近づこうとした魔物は」

「…………小さくなって消えた」

「そしてお前は何を探してた。何を欲してた」

「パッチワーク化を止めるために、ル・ケルプを…………」

「気づいたか? 要は神さまに、ケルプさまに関わる何かを探してた、そういう事だろう」

「そうだ」

「だが発見したと思った神さまに近づいた魔物はどうなった」

「それも…………消えた。何故だ。なぜモンスターが消える!」


 バックドアが必死だった。

 尋問してるのはオレなのに、これではお膳立てしてる途中でオレばかりが訊ねられてるようではないか。ちと不公平であろう。


「対価も出さずに他人(ひと)に訊いてばかりだな。いい大人が」

「この身の全てを差し出してもいい! だから教えろ!」

「魔物が消えたのは星読みの塔の力ではない。そこに隠遁されてた神さまの力によって為されたものだ」

「なっ」

「そもそもそなたらの申してたこの星のパッチワーク化を防ぐには神の力が要る。なぜなら魔に占領されて神の力が及ばなくなり、及ばなくなったところからどこぞへ転移してると思えるからだ」

「それは本当か」

「本当もなにも神は魔を駆逐するからな。神はその在り方が魔の存在を許さないのだ。なのにお前は魔をあやつって何をしていた」


 バックドアがハッとした。


「もしかして、もしかして俺は真逆のことをしていたのか」

「この星をパッチワークというのなら、神の作ったこの星をよくもまぁこれほど魔物だらけにしたものだと思う。感心する」

「まさか、まさかまさか!」

「オレが出会った時には神さまの背の高さも、もうオレの膝ぐらいまでの大きさしかなかった」

「そんなに小さく…………」

「しかも色が薄れて透明になっていた。そして神意を使えば使うほど自分の存在が薄まって行ってたな。オレが最後に見た時は後ろの景色も見えるぐらいだったぞ」

「そんな! 神の力が薄まればどうなる!」

「オレに訊くな。お前が見て来たんだろう、神さまのいなくなったこの星の情況を」

「教えろ! ル・ケルプは! ル・ケルプはどうなった!」

「魔物を祓うために自らの身体を希薄化させてまで神意を放ってたんだぞ。どうなるかぐらいわかるだろう」

「そんな…………」

「神とはそういう者だ。自らの存在を体現するために自らを懸けることに迷ったりするもんか」

「ではやはり星読みの塔の地下にいたのだな」

「そうだな。だがもう居ない」

「くそっ。俺は魔物を! 魔物を!」

「対価を差し出してもらうぞ。お前にはしてもらうことがある。アルバストをオレたち兄妹のために逃すためにだ。お前が所属するテロ組織の全貌は知らないが、その逃げ足の速さ、働いてもらう」

「…………」

「おい、返事は」

「…………」


 この野郎。


「なら質問を変える。城を落としたのはお前達か」

「違う」

「では誰だ」

「対価としてなら話してもいい」

「ふざけるな。オレはお前の望む物を答えた。それなのにお前は話したいことを自分で決めるというのはいささか都合よすぎではないか?」

「…………」

「くそ。つまりは城を落とした奴は話しても構わない相手ということか」


 バックドアらの敵対者か、また別の転移者か、いや、組織内での別の派閥ということも考えられるな。


「もういい。対価だ。話せ」

「クレッシェの王の爪」

「おい!? クレッシェがライムの城を落としたのか」

「一撃で城が四つに分かたれた。あんな攻撃ができるのは王の爪だけだ」


 それはホバー・ジョッグルのいるサカードに続いて、クレッシェも今のこの時点で王直属の者が参戦したことになる。このインパクトはでかいぞ。しかも五大国のうちの二つが同時に、である。

 だがそこまで言っておいて――。


「何で他人事なんだ」

「他人事?」

「他人事だろうが。何で分析結果なんだ。連絡を取り合ってんだろうが」

「話したからもういいだろう」

「良いわけあるか」


 オレは深度一を深めた。途端にバックドアが嘔吐く。だが吐く物がなくて胃液を出そうとしたので、更に深度一を深めて通常の深さに潜る。

 バックドアはだらりと両腕を垂らして身動ぎ一つしなくなった。

 オレは左手を横に薙いで魔力を通した。


「降霊召喚、閻魔大王さま」


 紫色の魔法陣がひときわ明るく輝いて大きく広がる。

 バックドアに喋る気がないのなら、閻魔大王さまを喚んで根こそぎ読み取ってもらうことにしたのだ。何しろ閻魔大王さまは日ノ本の地獄の番人である。嘘を吐いた奴の舌を引き抜いて地獄に落とすのがお役目であり、その人物がどんな人生を歩んで何をしたのかは聞くまでもなくわかってしまう神である。この場には打って付けの神であった。


 しかし魔法陣から紫色に光っていた光がその輝きを失い、数瞬後には何故かその光そのものが周辺に霧散してしまった。そこにあったはずの光はいまや欠片もなくなり、露となって消えた。


 …………何でだろう。


 しかし返事はない。召喚魔法陣も消えた。

 一つ確かなのは、どうやらオレは来るのを断られたようだった。

 しかもまさか返事すらされないとは…………、貧乏神さまの旦那さんでもあるから、まさか断られるとは思いもしなかったのだが、こうなった以上は自分の力で地獄の沙汰を始めるしかない。

 福の印や貧の印と同じだ。


「閻魔帳、開帳」


 魔力を手の平に集中してみたのだが、閻魔帳が出て来ることはなかった。それでも小さな召喚魔法陣が発動してるので、その魔法陣をバックドアの頭に当ててみる。


「問おう。お前の名は」

「…………」


 ここでも反抗的である。

 仕方が無い。

 閻魔帳を読み解こうと思って閻魔帳を見やるも開いてない。情報が出て来ない。


「くーーっ」


 くそっ。致し方ない。

 これがオレの実力である。


「お前は秘密結社の構成員か」

「ノー」

「協力関係か」

「ノー」

「契約関係か」

「イエス」

「秘密結社の名前は」

「…………」

「イエス、ノーしか答えられないのか」

「イエス」

「どうしろってんだよ」


 閻魔大王さまみたいにはいかないということだ。


「お前にはアルバストが死なないようにアシストしてもらう。いずれ秘密結社のあらゆる企みを露見させてもらうぞ」

「イエス」

「より良い方向へ進め」


 オレは泣きながら指に魔力を溜めると、バックドアの額に押し当てた。


「刻め『福の印』」



 ◇



 そしてヒューは知らない。

 降霊召喚しようとしたら、召喚の場から天道神さまと時量師神さまが、来るな来るな、シッシと手を振って追い払っていたのを――。

 二柱の神は言っていた。

 完落ちしてるのに閻魔大王の助力は要らない、と。





「あ、あれ」


 バックドアが目覚めると、いつの間にかヒューがいなくなり、いつの間にか魔物もいなくなっていた。それどころか自分もいつの間にか知らないところに居る、そんな自分に驚いてヒューの姿を探ろうとしたが、やはりその姿が見つからない。あるのは冷たい石作りの冷たい王都だけだ。バックドアは逃げようと即座に断を下して闇収納を漁ると、その顔を引き攣らせた。しかし何を言うでもなく足を速めた。完全に逃げ切れたと判断した時になってようやく呟いた。


「俺の闇収納を開いたのか!? 化物かよ」



 ◇



 オレは去って行くバックドアを見送っていた。咒札を使わず自分の足で帰っているところが感心である。ふと、バックドアが何かをつぶやいたような気がした。


「わからんな」

「『俺の闇収納を開いたのか、化物かよ』と言ってるわ」

「ほう。気づいたか。開いたのではなく処理しただけなんだがな。しかし、はて、パッチワーク化を止めるのなら何故奴は引き返すんだ? 神意が通ったからこの地が転移することはないわけだが、それを奴には教えなかった。結局奴は何しに来たんだ」

「アンタ、それ本気で言ってるの」

「む?」

「あの男、『目的だった神が再臨したんだ。しかしこの場所に何故奴がいる』そう言ってたわよ」

「それはっ」


 つまりパッチワーク云々を止めるのが目的ではなく分け身さまの確保が目的だったということになる。


「どうしたのよ」


 まんまと話を聞き出されたとは言えない。しかも話を知っていた、あるいは引きずり出された可能性すらある。


「ねぇ」


 尤も、神は消えたと誘導されて、より落胆は激しくなったろうが、それは結果としてそうなっただけに過ぎない。


「メラニーがいてくれて助かった。奴等の目的は神であったか。礼を言う。ありがとう」

「いいわよ別に。私はライムの姫だから」


 その割りには顔が不満そうだった。

 しかしオレから訊くことでもあるまい。


「ねぇ」

「応」

「中で何があったの」

「中で?」

「自分だけ深度一に潜って何かやったんでしょ」

「それか。すまんがそれは言えぬ。オレの切り札に関わる」

「召喚魔法……」

「うむ」

「いいわ。テロリストを捕まえなかったのは貸しにしといてあげる」


 慌てて振り返るとメラニーはドヤ顔ではなく、普通の顔をしていた。

 事ここに至ってバックドアとの詭計のような駆け引きはこちらの方が割に合わないと気づいた。オレはバックドアに嘘は言っていないし互いに痛み分けかと思っていたのだが、あー、どうやらオレはメラニーに、どでかい借りを作ってしまったようだった。



 あとがき


 分け身さまは頑張っちゃったみたいです。

 それにしてもヒューくん、嘘は言っていないけど、それはどうかと思うのよ。


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