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第158話 地鎮祭

 オレが深度一から通常空間へと揺蕩ってると、召喚の場でも三柱の神がこの神域を楽しんでるようだった。


(出来ればここが異界へ吹き飛ぶ様なんて見たくないわね)

(異界へ)

(ここは紐の終端でもあるようだったから)

(知らんな)

(紐宇宙よ。私たちのいる日ノ本もこの紐が繋がっている紐宇宙のひとつ。そしてあなたが消えてれば紐もほどけた末端だけを残して、あちこちに消し飛んでいたんでしょうね)

(あるものは塵となり、あるものは異界を渡り、あるものはどこにも辿り着けずに紐の中で終焉を迎える)

(そのようなことが)

(あるのさ)(あるのよ)


 オレはふわーっとした感じで聞いていた。聞こえてはいるが理解はできない、そんな神々の話であった。小太郎も気の毒に。


(あなた、折角ヒューに信仰してもらったんだから地鎮祭をしなさい。せめて自分のいた神域ぐらい、継ぎ接ぎにならないように)

(さきほど時量師神が繋ぎ止めてくれたがのぅ)

(私じゃなくてヒューでしょ。でもヒューの手によるものじゃなく、この星を作った本柱の分け身であるあなた、あなたの手できちんとした方が良いと思うのよ)


 ケルプの願いで神域を安定化させる。それがどういう事かをオレは知っている。知っているという事を知っている。不思議だ。


(ヒュー)

(異界渡りの陣を起動する気はないよ。これから王都の人たちが地下から脱出するのに風の道をつなげるのはまずい)

(そうじゃないわよ。ケルプの意を流して上げなさい)

(流すとどうなるんです?)

(剥離しなくなるわ)


 アルバストの言ってた星の表層の交換か。それを防いでケルプが安定化するなら確かに今やっといた方が良いだろうし、知識のどこかにも引っかかってるのだがしかし、どうやれば――。


(ヒューが正常な形に整えてくれた神域に、ケルプさん、あなたが神域だと認識しなさい。神威を張り巡らせるのです。お勧めは最下層の紐の繋がってるところまで神域化するのが良いと思うわよ。昔はあそこまで神意が通ってたみたいだし)

(そんな場所があるのか? だがそこは魔物が棲み着いているのでは)

(最奥からここに来るまで魔物とは一切遭遇しなかった。さすがだよ、分け身さま)

(ヒューの言った通りよ。だから安心してやってみるといいわ。今はもう得難い信仰もあるのだし、折角なんだから綺麗にしましょうよ)


 分け身さまが苦笑した。人嫌いな様子もあったが――。


(ヒトも認める。今日はそういう日だ)

(やったねヒューくん)(佳き日じゃ)

(くん付けは勘弁して下さい。では寝転がります。召喚魔法陣を展開してきますので、後は分け身さまのお好きにどうぞ)


 そうしてオレは分け身さまのために降霊召喚の魔法陣を拡張してみたのだが、いざ魔法陣をオレが通ってきた道を基準に深奥へと動かしてみると、それはまるで異界渡りの風の道のようにも感じた。異界渡りとなると物騒な気もするが、しかし召喚契約をしていない分け身さまの神意を降ろすには、降霊召喚の魔法陣を利用するのが一番良いだろうとそう思ったのだ。


 そうしてひと仕事を終えて、神域の出入り口に目をやると、


「赤い瞳に乾杯!」


 そんなドラ声が洞穴から響いてきた。続いてメラニーが心底嫌そうな顔をしてオレの元へと小走りに駆け寄って来る。

 オレはメラニーに尋ねた。


「枢密院殿は?」

「来てるわよ。もうすぐ」

「で、そなたは何を引き連れて来たのだ」


 とメラニーに確認する間もなくオレに向かって魔法が放たれた。金属弾だ。何の金属かはわからないが土魔法で生成された何かしらのバレットだろう。その魔弾が結構な勢いでオレに飛んで来る。

 左手で忍者刀を抜いてその魔法を斬った。結合を解かれて二つに分かたれた金属はオレの左後方にふたつともすっ飛び、白亜の床に着弾した。白い粉塵が微かに舞った。

 左に流したのはオレの右後ろにメラニーが隠れたので、一応、接待先を危険にさらさぬよう配慮したのだ。


「魔法を斬ったぞ」

「魔道具の短剣なのでは? 形も変ですし」


 どたどたと貴族と三人の従者が神域に入って来た。


「そうか、オイお前。その短剣を置いてけ」

「これはオレのだ」

「この私が寄越せと言ったのだから寄越せばいいのだ」

「マイズナー男爵様」


 そういって後ろに注目させた。


「ほほう、やはり上玉だな」


 こいつ、メラニーを見て欲情してやがる。メラニーも何も言わないところを見るとオレに対処をさせたいらしい。

 と言うか小突いてくるな。メラニーは肘でこつこつと、そこらへんどうなのよと小突いてきてるのだ。

 オレとしてはそこに異存はなかったが、それ以上の関心を持ったことはない。二人で並んで歩いていても、別に特段の話があるわけでもなかった。何より迂闊なことを言えばそれを言質に王室外交に不備が生じてくるわけで…………。

 いや、メラニーの場合は召喚魔法を観られる機会を捻出したつもりなんだろうな。自分の欲望に忠実なのは冒険者を標榜する王女の特性なのだろうか。


「よし、殺せ」


 まったく。


 どいつもこいつも欲望剥き出しだ。


 配下の者が槍を手に構えを取ろうとしていた。だがオレはその配下の者よりも貴族の方を観察していた。

 こいつは派閥とは無関係な貴族だろうか、それとも宰相派だろうか。いや、派閥の仲間をこんな地下牢に送り込まないか。今回の大騒ぎで強制ワープに引っかかった間抜けな貴族というところだろうと思った矢先に、相手が動いた。


「降り注げ慈雨の雨粒、さみだれ」


 フェルマータの何代も前の王の槍、王槍が開発した槍術スキル、さみだれ。連続攻撃を繰り出すそのスキルは、瞬間的に突きを何発も放つことで一度に無数の槍を飛ばすことができる定番の技だ。

 オレの兄であるフォルテの第一王子、ドム兄さまもよく使う技だ。

 ドム兄さまが槍使いの修練をよく積んでるので、アーサー流にするか槍術にするか、フォルテを出る際に迷った末に母さまとも縁の深いアーサー流にしたわけだが、


「…………厄介だな」


 定番は攻略が難しいからこそ定番なのである。威力もある。

 刀身でいくつかは捌けそうだけど、これが実は小手調べであり、ここからさらに速度が上がりでもしたら流石に手に負えない。軌道も手癖も知らない相手に、初見で欲張るよりは避けに徹したほうがよさそうだ。

 風切り音がすごい。

 ステップを踏むことで最初の数発を寸でのところで躱したわけだが、その時に外套を開いて剣の柄を見せた。

 当然剣での攻撃を気にするところを、ひと息に忍者刀を抜いた。これなら斬れそうだと思ったので残った突きは忍者刀で穂先を斬り飛ばしてしまう。


「は?」


 結果、一度として槍がオレに届くことはなかったわけだが、眼前で相手が拍子抜けした顔をされても敵に訊くなと叱りつけたくもなる。もっとも剣に目を向けたら短刀の出来損ないのような物が閃いたのだから、わけがわからなくもなるであろう。おまけに自慢の槍をねじ伏せられてもいるのである。


 つと思った。


 多分これが、小太郎がオレに言いたかったことなのだろう。

 風魔の忍術の手ほどきを受ける際に、小太郎がオレに対して現地の剣術を修めろと言った意味がようやくよくわかった気がするのだ。剣の術理で来ると思っていたところを忍者の術理が急襲したせいで、面白いように相手の意表を衝けるのだ。相手には初見殺しのような嵌め技、あるいは秘剣の類といった奥義に見えたことだろう。

 相手も処理が追いつかぬまま、最後の方は短くなったただの棒を一生懸命突いてただけで惰性で槍を振ったつもりになっており、自分が何をしてるのかもわかってないようだった。おまけにスキル発動中でベタ足なもんだからオレに届くわけもない。

 そこへ矢が唸りを上げて飛んできた。オレの意識が敵を倒したと思ってそちらに向いてると思ったのだろう。


「これで終わりだ!」


 露骨に宣言をして残心を取ってるとはアホなのか? と思う。

 オレが気づいたことに気づき、弓使いは遠距離から弓を構え、矢を番える。第二の矢も狙いは当然オレ。もう避けようもない、そう思っているのだろう。

 だが、甘いな。端から相手が呪文を使えることを忘れている。


「プラズマ」


 未だ人の知らない新たな魔法の地平を唱えると、オレから弓兵へかけて立ち込める暗雲が彼我の距離を埋めた。そこにいくつにも枝分かれするプラズマが発生すると同時に暗雲の中は一気にプラズマで満たされた。

 そのプラズマは地表すらも焦げ付かせる威力を持つ雷の一撃よりも威力が高く、雷よりも濃い密度で空間その物を満たしてしまった。弓使いが途中で第一射の矢がプラズマに絡め取られて中空で止まり、その得体の知れない魔法が物言う暇もなく自分もその連鎖の中に飲み込んでしまい苦悶の表情を浮かべた。オレは弓使いが気を失うその前にパッとプラズマを解除する。と、男は死にはしなかったが、体力と気力を一気に削るところまで削りきった状態まで追い込むことが出来たようだった。


「ほえ?」


 そんなボケッとした相手にオレもオレも思わず戦いの最中だというのに、そんな隙を晒していいものだろうかと驚いてしまった。

 身体中から力が抜けて、意思が通らなくなり、ドウッと尻から床に崩れ落ちる。弓が火傷した手の平とくっついてたようで、指を開くことも出来ずに床に接地した男は、弓の長さで手首ごと持ってかれて、手首が嫌な音を立ててあらぬ方向を向いてしまう。


「ぐがあああ!」


 男は七転八倒した。

 しかしオレは苦しがる男を尻目に、プラズマを濃くしたり薄くしたり、そのプラズマの動きに注目していた。

 実際プラズマは制御が楽だった。オレの思ったところに思ったように奔るし、魔力を使ってるかどうかもわからない手抜きとも言える状態で、いとも簡単に敵を追い込めるのだ。もっと力を込めればプラズマの温度も高められそうでもある。

 と思った矢先に貴族の護衛の女から、炎弾がメラニーに向けて飛んだ。


「光速移動」


 光魔法を発動すると、余裕をもって矢を迎え撃てた。


「ふんっ」

「そんな! ぶん殴るだなんて!」


 炎弾はメラニーに(あた)る寸前でオレによって消滅させられた。しかしオレとしては物申すべき事があった。


「そなたも避けろ」

「いやいやいや」


 メラニーは首を振った。そんなに召喚魔法を見たいのか。


「次は補助もしない」

「えっ、それは駄目でしょ。ヘルじゃなくてヘーイルとも約束してたじゃん」

「逃げる気もない者を構ってはおれん。そもそもそなたにもオレと同じ雷装が施されてるわけだし、そのオレが殴って何ともなかったんだから、そなたも大丈夫だ」


 後ろでギューギャーぶー垂れてるが無視だ無視。


「さて、次はお前か」


 くっと女が息を飲んだ。


「オレでなく獲物を狙うとはな。雇い主の不興を買うのではないか?」

「不敬な奴が何を言おうと響くか」


 炎弾を落とされたというのに気落ちしてなかった。むしろ意気消沈してるのは槍の方の彼で、そんな槍使いを尻目に護衛の女は剣を抜くと剣術『超炎斬り』を発動した。

 火の属性を持つ剣士が使うメジャーな大技だ。

 烈火の如く燃え盛る猛き炎は、その剣身を包み込み、炎の斬撃を顕現させた。

 横合いからはさみだれも降り注ぐ。貴族自身もストーンアローを撃ってきた。それも三発も時間差で。

 でもまだプラズマはあるんだよ?


「ぐあああああ!」


 貴族は声を出して痛みを訴えることが出来たが、護衛の男女はふたりとも声も立てられずに白亜の床に沈んだ。プラズマで筋肉が弛緩し、目から鼻から口からも体液をこぼしていた。やがて白亜の床に、ふたりの股の辺りから染みが広がった。


「さて、殺そうとしたわけだから殺していいか」


 オレは後ろの女に声をかけた。メラニーが連れて来た味噌である。ライムの国民だがイヤとは言えまい。


「ふざけるな! 儂は貴族だぞ! マイズナー男爵だ!」

「オレは何に見えるんだろうね、アンタの眼には」

「よせ、やめろ! あ、ハロルド枢密院!」


 貴族がこちらを覗きこんで近づいて来る枢密院殿に気がついた。


「面倒だな。死んどけ」

「よせ! やめろ! ハロルド枢密院! あれはアート王の目だぞ! 報告が行くぞ!」


 チッと舌打ちしたい気分になった。

 オレの手が止まったと見て取り、貴族はハロルド枢密院! ハロルド枢密院! と何度も呼びかけてうるさい。


「む、なんじゃ」


 押っ取り刀で枢密院殿が駆けつけた。もっとゆるりとしてくれていいのに。


「助けて下さいハロルド枢密院、こいつに殺されそうになりました」


 枢密院殿がオレをチラと見た。オレがメラニーを見やると、枢密院殿も事情を察したらしい。


「儂の従者じゃ」

「は?」

「儂の用心棒と言っておるのじゃ」


 そういうと貴族は押し黙った。


「去れ。去れば問わぬ」


 そう言って枢密院殿が神域の中ほどへと足を向けて見逃した。

 色々な含みがあるが、一番の意味合いはマイズナー男爵のためではなく、全ての人が神域に出て来るまではまだそれなりに時間がかかろうと云う事だと思った。オレは枢密院殿に付き従ってその後を追うと、貴族が慌てふためいて反対方向へ走り去って行く足音がした。やがてその足音は上ってくる人たちの足音に紛れて消えた。


「ふう、まったく。余計な手間であった。メラニー、そなたのお付きの爺ちゃんは?」

「下の人たちを引き連れてるわ。アンタは気にしないでいいの」


 いや、オレがそなたの接待をする代わりに、そなたのお付きの爺ちゃんには枢密院殿を護ってくれという交換条件であったはずだろう。それなのに枢密院殿は一人でここに来てたぞ。


「私の仲間にも立場があるのよ」


 恐るべき論理だな。まるで話の答えにはなっていないのだが有無を言わせぬ物がある。流石はライムの姫。だがまぁこの国に住まわせてもらってる以上、オレはライムの姫の御用聞きみたいなもんか…………。

 チラと見やると常と変わらずメラニーは剣を佩いてスッと立っていた。


「それにしても…………」

「それにしても、何よ」


 小声でつぶやいたのにしっかり拾っていたらしい。オレは豊聡耳を逆手に取ることにした。


「立場という物を放っておいても勝手に向こうから近づいて来るとはなぁ」


 失礼しちゃうわよね、そんな事をメラニーが言った。


「メラニー、そなたは国事行為にほとんど出席してないであろう」


 ギクッとしていた。足の運びが僅かに乱れた。


「そうでなければライムの姫にこうも言い寄る輩が続出するわけがない。少しは顔を出して火の粉が降りかからないようにしろ。どれだけ冒険者に馴染んでいようともオレと違ってそなたは紛うこと無き姫なのだぞ」


 このオレの小さなひとり言も彼女にだけは聞こえているだろう。励ましを置いておいた。


「そなたなら出来るさ」


 何せ立場がわからずとも貴族共が言い寄ってくるのだ。

 人も集まるさ。

 オレにはそんな事はなかった。そしてそれがオレの至らなさであり、限界でもあった。

 返事を待つわけではないが耳を澄ますと、遠く人々のざわめきがした。



 ◇



 人々のざわめきがする。

 先頭グループには警邏隊の人たちが一杯いるが、中には魔力を吸われて立っていられず、同僚の肩を借りている人もいた。足下は覚束ないが、その顔は引き締まっている。ダンジョンボスのいたフロアへと入ってきたつもりなのだろう。


「ピュー、出口はあったか」

「ヒューです。しばしお待ちを」


 そして召喚の場に呼びかけた。


(分け身さま。どこに行けば外に出られます?)

(つながったから、一度下って道なりに上れば塔に出る)

(つながったとは?)

(本体が施した細工を無理矢理繋げられたのだ。詳細は知らない。とりあえず神域の奥に祭壇の跡がある。そこに下る階段があるはずだ)

(ありがとうございます)


「枢密院殿」

「わかったか」

「祭壇の跡に下りの階段があるようです。そこを道なりに進めばやがて上り階段となり、外に出られるようです」


 するとメラニーが口を挟んだ。


「正面の壁から十五メートルぐらいの所にそれはあるわ」

「そうですか。ではピュー、いつも通りに頼む」

「了解です」


 枢密院殿が、こっちじゃ、と手を振ると、警邏隊の人たちが距離を空けてオレたちの後を付いて来るようになった。その集団からするするとヘイルの爺ちゃんがやって来て、オレたちと合流する。


「いいのか?」

「説明はした」


 枢密院殿がヘイルの爺ちゃんと短いやりとりをした。それだけで話は終わった。


 五分ほど歩くと白亜の床に下ってる階段を見つけた。

 その階段を迷わず降りて行ったが、白亜の石作りが途切れ、洞穴のような自然な造りになったので珍しくメラニーが大丈夫なのかと訊ねてきた。


「大丈夫だ」

「でもここも捻れてるみたいよ」


 言われてみれば広間に至る際に通った道と似たように、床が天井に、天井が床にと地層が捻れてるようだった。しかし分け身さまの神域から出てるのだと思えば、むしろこれは地上が近くなった兆候だとオレには思えた。


「じきに着く」


 そう言って数十メートルほど歩くと上り階段に辿り着いた。


「ピュー?」

「ちょっとだけ先行します。おそらく出口だとは思いますが」

「わかった。よろしく頼む」


 上り階段はひたすら上るわけではなく、幾つかの踊り場があった。その踊り場の四つ目に当たると、螺旋階段が現れた。


「いよいよだと思います」


 オレがそう告げると、枢密院殿が警邏隊の人にこの螺旋階段を抜ければ地上に出られそうだ言い、それを後続にも伝えるようにと手配した。それを聴いて警邏隊の隊員ふたりが後方へと伝達に向かった。

 オレは上ります、と全体に告げると螺旋階段を上りだした。石組みの螺旋階段は左回りに何か大きな物の側壁に沿ってるようだった。ゴツゴツとした無垢の岩肌が階段の処理と比して荒いので、この螺旋階段が普段あまり人に使われていない様子が窺える。

 先を行くのは当然のごとくオレである。枢密院殿はメラニーと幼馴染みと話しながら付いて来ている。しかしその後ろからもぞろぞろと人を引き連れているのに、いささか声が大きいのではないかと思うのだが、何故か枢密院殿は頓着しなかった。


「あいつだけじゃった。あの深紫の闇からの攻撃に耐えられたのは」


 今はどうやらオレのことを話しているらしい。おかげで姫が興味を持ったようだ。


「コペルニクスはやられた。サドンもやられかけた、が、あやつの回復魔法でどうにか一命を取り留めてる状態だ。先刻も言ったが」

「コペルニクスとサドンが? 理解できないんだけど」

「本当じゃぞ。深紫の闇、その正体は聖剣ガウェイン」

「聖剣」「ガウェイン…………」

「何か知らんがピューの血を戦闘中に取り込みおった。そうしたら自分とピューとを同一視しはじめての。ピューへの攻撃がコペルニクスやサドンに致命を与えたような風にならなくなった」

「ほう?」


 とヘイルの爺ちゃんが興味を持ったところで行き止まりとなった。

 オレの前には白亜の壁がある。

 白亜の壁となれば――。


(分け身さま)


 オレが呼びかけると召喚の場で分け身さまが身動ぎした。


 石組みの側壁に白亜のブロックが顕れ、そのブロックにスイッチが付いていた。そこに触れると白亜のブロックがなくなり、どこかの開けた場所に出た。

 円形の広場のようであり、直径は二十メートルぐらいであろうか。オレが外に出た石作りの扉のように、円形広場の反対側にも同じような扉があった。


「ふむ」


 オレが外に出るとすっかり日は落ちて暗くなっていた。風がビュービューと吹き抜ける。空気の匂いに木々の匂いが色濃くのっており、どうやら本当に閉鎖された地下空間からオレたちは脱出できたようだった。


「外ですね」

「間違いないか」

「円形の広場のようです」

「ご苦労じゃった」


 枢密院殿がそう言ってオレを誉めると、警邏隊の人にまた伝達するように言い置いた。あとは後続の邪魔にならないよう円形の広場に出て、道を塞がないようにするだけである。

 警邏隊の人が周囲に散り、それから貴族達がお付きの者と共にぞろぞろと出て来た。


「やった」「外だ」「うわー」


 歓声がこれでもかと沸き上がる。その顔は一様に皆満足そうだった。

 これでどうにか枢密院殿からのオーダーは果たしただろうか。

 長い一日となったが、これでようやくオレも休めそうだ。正直オレも疲れが溜まっておるようで、重石のように身体が重く疲れもドッと出て来ており、眠い。眠ろうと思えば今すぐこの場でも眠れそうだ。

 その枢密院殿は巨大な夜の空を見上げていた。


「ここは…………星読みの塔か?」

「星読みの塔?」


 言われてみればそんな気もする。後続の人たちが次々と屋上に出て来て、反対側の出入り口から塔を降りて行ってる。

 その人達を巻きこまないようにプラズマを外壁に沿って走らせてみると、なるほど、屋上にまでは来なかったが、確かに星読みの塔であるようだった。何せオレが変身スキルでいじった感触がある。神域としての感触がオレにそれをわからせるのだろうか。詳しいことはそのうち分け身さまに訊けばいいだろうが、確かにここは星読みの塔だ。


(おいヒューとやら)


 何やら怒り心頭の呼び声がした気がした。いや、気のせい気のせい、気にしない気にしない。


(ケルプだ。返事をしろ、ヒュー)


 愚図るとそれだけ怒りを募らせるぞ。頼みもしてないのに、そんな小太郎のアドバイスが聞こえて来た。


(……はい)


 うむ、ケルプの分け身さまが目覚めたのは、オレが星読みの塔をスキルで半回転させたせいのようだな。神域が動いて分け身さまも目覚めたのだろう。

 でもまぁ寝てるよりは起きてた方が良いよな。


(おい、ごまかすな)

(その、申し訳ございません。やむにやまれずスキルを使って元に戻しました)

(本体が隔絶した空間を無理矢理つなげてくれたようだな)

(その…………悪気はなかったんですよ?)


 神罰は勘弁して欲しいところである。オレの背中はかつてないほど汗を掻き始めていた。

 そんなオレを枢密院殿が訝しげな眼でジッと見ていた。


「や、まさかこのような所に出るとは驚き申した、はっはっは」

「お主のせいか」

「なぜそれを」


 脇でメラニーがブツブツ何かを呟いていた。

 しかし何故かオレには何を言っているのか全く聞こえなかった。


「ぶ、無事に脱出できたということで、ここはひとつ」


 収まるところに収まったのだからそれでいいではないかと、それからお給金に関わる交渉をちょびっとだけした。



 ◇



「ザッと回ったけど高いわね。城の第二ブロックより高い」

「そりゃそうだろ。ここは星読みの塔だ」

「確かに塔だもんね。でも魔法陣の回路は全く見当たらないのよね」

「星読みの塔は星読みの塔だ。しかしまさかここに出るとはな」


 アルバストらとやり合った時に、この塔の下の部分に何かあるとは知っていたが、それがまさか分け身さまの御座所だとは思いもしなかった。


「わからない人ね。だからその星読みの塔って何なのって訊いてるの」

「アート王の場所だとは聞いたが詳しいことはオレも知らないぞ」

「へぇ、アートの」


 メラニーがそう言って考えに沈むと、階下から歓声がワッと上がった。外に出られて本当に嬉しそうな声であった。


「でも変よね。城はどっち」


 そしてオレは気づいた。

 夜の闇が全てを覆い隠しているのかと思ったがそうではないことに。


「天守閣がない?」


 城が落ちていた。


「何があったんだ」



 あとがき


 読んで頂きありがとうございます。谷はもうすぐ抜けます。

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