第154話 第二の特殊スキル「神憑き」 その二
「ちょっとちょっと、アンタそれ何やってるのよ」
「飲みこんでる、神威を」
「手で払ってるだけじゃない」
「あー、そっちの払うじゃないが、祓ってるといえば祓ってるのかな。おかげで向こうも真っ向勝負だろ?」
礫のように投げつけられる神威を、オレは手刀で祓っていた。少しずつ前進しながら外套から手を出し、敢えてそれれらを手刀で左右に散らしてるとも言えるわけだが、神威は言ってみればオレの神憑きにかかれば同質の物となる。祓わずに飲みこんだ物に関しては、今頃召喚の場で楽しそうに神威を色々とこねくり回してる事だろう。
メラニーは神域に倒れてる人々を見て、まともに喰らったりぶつかったりするのはどうかと考えてるのだろうが、この分け身の神威を捌くには、これが一番良いと思っている。
分け身が、身を削って攻撃してるからだ。
メラニーに見せてることを考えたら、深度一なら透過できるので、その優位性を示すのも今後の関係を考えたら恩を売れる状況なので良策なのだが、オレは敢えてそれをしなかった。透過させずに神憑きで飲みこむことで、分け身を真正面から説得することが出来るからだ。そしてこれこそが最重要であると、そう考えてもいる。ガチンコでこそケルプもこの戦闘の結末に納得できよう。
理由付けとしては薄いが、位相をずらすことをメラニーに開示するのは、人によってはマズイという事もあった。召喚魔法の秘事の一端を更にライムの姫に開示したとなったら、フォルテの貴族はオレを詰るだろうなと云う事も予想できた。
いずれにしろ開示するよりも真正面からぶつかる方が、オレにとってより優位性があったというだけの事だ。
「まぐれじゃないのよね」
「まぐれじゃない。意図してやってる」
「他の人はみんな倒れてるのに」
「例外なくな」
「アンタが言うな。例外が」
人体にぶつかれば神威が魔気を駆除する。その結果体調を崩すし、事と次第によっては呼吸困難になることもある。
「倒れないでよね」
「情況をよく見て言え」
余裕に見えるだろうが。
「私の壁なんだからね」
そう見てるのか。
「外交以前にアンタに言っておくわ」
「手短にな」
今は戦闘中である。
「サーシア様のことはよく知ってる。多分王族では私が一番サーシア様のことを知ってる。だからアンタらに何が起きたのかも大体把握してる、と思う」
「…………」
「ただね、実力を表立って出せないから実力を出さないのなら、ここではそんな事をしなくていいよ」
「何故そんな事を言う」
「馬鹿貴族を無礼討ちにしなかったじゃない。アンタの立場なら出来たはずよ」
「買いかぶりだ」
「そうでもないわ、私知ってるもの。サーシア様と王剣筆頭は一緒に魔の島に行ったんだからね。私は子守歌のようにその話を幾度となく聞かせてもらったわ」
「なに」
「アンタ知ってる? 何しに行ったか」
「魔物退治であろう?」
「ブッブー。右速歩」
おいおい外交のつもりか。
と思いつつも急いで右前方に出た。小さな神威がそれでもオレの方へと鋭く曲がってくる。最初の一つだけ手で祓い除けたが、直後を同じような神威が連なって通り抜けていった。
ぎょっとした。
しかし王室外交をこなしながら指示を出されても切り替えが中々むずかしい。こなしているけれど。
「オイ、正解は」
「正解はいつか王剣筆頭から聞きなさい。私の聞きたかったそれが、アンタの云う通り、本当に特殊スキルなんだと納得したからもういいわ」
「なに?」
「神の意向をそこまでことごとく袖にしといて普通の魔法なわけないでしょ」
「…………」
「でしょ」
「そうだな。言われてみればこれもオレの第二の特殊スキル。その派生だな」
「そのくせやってることはアーサー流の歩法」
「基本に忠実だろ」
「ええ」
「基本こそ相手にとっても脅威になる。だから基本なんだ。基本がしっかりしてればしてるほど崩すのが難しくなる」
やはり神の神威が曲がり出したようだ。だがオレはそれすらもはたき落とす。
「でも何で出来るの」
「神固有の攻撃手段もあるはずだが、あそこまで信仰を失って小さくなったケルプでは、自身の固有攻撃が悲しくなるほど脅威とならないのだろう」
神の御前だ。事実を断じず、情けで少しばかりぼかした。
すると神域の壁に変化があった。壁から白いブロックが抜け出て来て、それが周囲の至る所で同じような現象が起きたのだ。
ブロックは二メートル四方ぐらいの立方体で、鋭い角を織りなしている。壁から抜け出たブロックが互いに床の上を滑り始めて、時折進路上でぶつかった。するとそのぶつかりあったブロックが互いに弾き合い、カツーンと甲高い音を神域に染み渡らせたりしたのだが、あちこちからカツーン、カツーンと澄んだ音が響き渡っている。その内のひとつがこちらに弾かれて来た。石と石とがぶつかり合い、それが全方位的に組み合わさって来るからどこから来るか手に負えない。
「おいおい、反則だろ。神威じゃ叩かれるからって質量で叩けないようにするって」
「物量でしょ」
答える暇はなかった。
白亜のブロックが滑り込んでくる。言うなれば白亜の神域全てがケルプ神の領域であった。
ブロックがぶつかると、ぶつかったところからある石は反転し、またある石は右に行ったり左に行ったりと、跳ね返る方向が不規則な動きをしたので、一層読みにくさを増していた。だが戻って行ったブロックは規則性があるらしく、必ず壁に収まって既にブロックがあるところには収まって行かなかった。
眼を離した隙に、すぐ近くまでブロックが迫っていた。
でかい。大きい。まずい。
「戻る方向は右、左」
アーサー流の歩法だ。すぐわかった。その通りに動くと急場をしのげた、そう思った瞬間後ろにいるメラニーから、
「継げ、継げ、継げぇっ、反転っ!」
と鋭い指示が来た。
更にその通りに左に継いで継いで継いで動くと、ブロックの弾幕が薄くなった。気がつけばオレとメラニーは神域の入り口寄りのほぼ中央にいた。四方の壁から適度に離れて、各壁の状況がわかるから、ここは一種の空白地帯となっていた。
仕切り直しだ。
オレは後ろのメラニーに声をかける。
「助かった。だが距離を伝えてくれるとありがたい」
「了解。三歩下がって付いてくわ」
この野郎、随分と余裕あるな。
「にしても、これをしてくれてたらさっきの遺体回収は楽だったのにね」
何を言うのか、この非常時に。
「床もブロックなんだから造作もなく運べたでしょうに」
「分け身とは言え神がそこまで配慮するかよ。そんな事がわかったら人々がそこら中で神に祈りを捧げ出すぞ」
「そうね。だからこそアンタと分け身が仲良し小好しじゃないのもわかったわ。本当にアンタが神威を防いでるって事もね。むしろ掃除してくれたアンタに攻撃してくるなんて、神って随分と随分なのね」
えらい物言いだな。だが確かにそこは同感だ。
もう少し配慮して手を抜いてくれても良いのに、実際のオレはそれどころじゃない。物理の物体がふたたび次々と襲って来たのだ。こんなのに物量で押し込まれたら、オレはブロックで挟まれるか壁に挟まれるかでぺちゃんこになっちゃうぞ。
「右開き足」
聞こえた瞬間にオレは右後ろへと移動した。開き足とは、前進してくる相手を躱す際に用いる歩法だ。相手を中心として、進む方向と同じ側の足を円を描くような形で出して行くのだ。その時に、爪先が相手を向くように置くとなめらかに足を運べるわけだが――。
「メラニー?」
先ほどもオレの動きに付いて来ていた。その事実にオレは気がついた。
すると祓うまでもなく神威がオレの左側を通過して行き、避けることが出来ていたわけだが、それ以上の質問をする機会もなく、「転進」と指示が出た。オレは開き足を開き終えた後に、淀みなくメラニーの云う転進先に進む。進むとそこに道が開けていた。
それもかなり広い。
オレはその隙間が空いてる内に進めるだけ進む。
「今はいい。言うこと聞いて」
「了解」
ここで手に入れたアドバンテージが強烈だ。本来なら分け神のいるあの位置まで、手間暇かけて反射行動を延々とつづけて何とかして辿り着かなければならなかったところなのだが、そこをメラニーのお陰で時間と距離を詰めることが出来たのだ。
次が来た。前から来た。だがメラニーはあらぬ事を言った。
「左に継いで、右開き足」
オレからすると左に継ぐだけで良いと思ったのだが、その通りに動いた。動いてみたら、継ぎ足で駆け抜けたブロックの右後方に密かに陰石が仕込まれていた。もしも継がずに先ほど見せた通りに避けていたら、後追いの陰石にオレとメラニーは潰されているところだった。
ケルプも対処してきたのだ。
だが左に継ぎ足を送ってブロックを駆け抜けた事で、陰石の背後に逆に身を置くことができたわけだ。
「これなら追撃を打てないでしょ。壁にブロックが補給されてないんだもの」
なるほど、確かに。
陰石の後ろに身を置いたことで、分け身がいくら追撃をしたくてもその追撃を同じ軌道を辿って送りこむことが出来ないわけであると、そうメラニーは言っているのだ。壁が地肌を晒してる以上、既に攻撃するためのブロックを放ったからには、その軌道上の空白に身を置いた我らに対して、分け身は追撃するブツがない。白亜の壁だった場所はすかすかで地肌が剥き出しとなっており補給もされてない。
最小工程で済ましたからこその恩恵である。
しかも、しかもである――。
分け身自身が困惑していた。おそらくだがメラニーの指示がアーサー流の道場用語だから、ケルプには彼女が何を言っているのかがわからないのだろう。
すると今度は右前方から三列となってブロックが囲うように動いて来た。追い込みの一手である。避ければ壁へ壁へと近づけさせられる。
神は果断だ。荒魂なら尚更である。
「屈んで」
すぐに指示が来た。
目の前で三列のブロックが互いにぶつかると、屈んだ頭上をブロックが通過した。オレが飛んでいたら間違いなく潰されていた。上二段が来ていたのだ。
そして三列ブロックは互いにぶつかって右へ左へ進行方向を変えた。
「メラニー、すごいな」
新たな手口だったのに、結果無傷で攻略してしまった。
ちらと眼を配るとメラニーは剣に手をかけていた。三列ブロックが来たらどうにかするつもりでもあったらしい。そして歩法でオレに違和感を感じさせていない事から、オレ以上に歩法に長けていることも窺える。オレは道場生でしかないが、やはりメラニーは騎士並の実力があるのだろう。
「ふふん。下よ」
メラニーがそんなことを言った。バツの悪いタイミングにオレはそうなのかと一瞬思考を停止しかけたのだが、その途端にグイと後ろに引っ張られた。
「石! 気をつける!」
赤子を叱りつけるような感じで叱りつけられた。
だが結果はメラニーの言った通りだった。ブロックは横からだけではなく、下からも宙に浮くような仕掛けだったらしく、意外なところから飛んで来た。考えてみれば神域全部が白亜のブロックで構築されているのだから、全体で警戒しなければいけなかったのかもしれない。
オレは全く予想だにしていなかったが、どうやらメラニーのおかげで無駄な労力を使わずに済んで、余計な事も考えずに済んだらしい。時折瞼の重みを感じるだけに、もしもメラニーが引っ張ってくれてなければ足下をすくわれていたに違いない。
トットットと後退を余儀なくさせられた。
「ケルプから離れちゃったわね」
「すまんな」
だが悪い後退ではない。手の内を晒させるのには、むしろよく見える位置取りに安全に誘ってもらえたわけだから感謝すべきだというのもある。
ケルプも気づいたようだ。このまま神威を撃たされては神威だけを消費させられ、いずれ自分は消え去る運命になると。
そしてそれを契機に白亜のブロックが壁だけでなく床からも天井からも降り注いでくることとなった。総力戦だ。どうやらこの白亜の神域全てが、分け身の意を通じて自由自在にあやつれるようだ。
そこに陰から神威が飛んで来る。これは防ぎようがない。
普通ならば――。
だがこちらにはメラニーがいる。
メラニーが見えない攻撃を軌道計算して処理してくれるならば、オレが神威を神憑きで処理すればいい。
この役割分担のお陰でオレはブロックを囮にした神威をも、余裕をもって飲みこむことが出来た。
今はブロックを三角蹴りで中空へと回避しながら神威を無駄打ちさせることも可能だ。
「誰も突破できなかったこの神域を私とアンタが突破するのよ」
「む」
「だから私を信用しなさい。悪いようにはしないわ」
いやしかしな、そなたは「アンタと私」でなく「私とアンタ」と言ったのだぞ。信じて用いるにしては、そなたの本音が駄々洩れのような気がするのだが。
あとがき
1×1=1
11×11=121
111×111=12321
では
1111×1111は?
予測はつくでしょう。でも本当にそうなるのか。
というようなことを数字を解体して、そのメカニズムを理解するよう吟味してる父が居ました。
コロナで日々をどう遣り過ごすかは人それぞれですが、尊いような物を見た気がしました。
読んで頂きありがとうございます。