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第152話 分け身

「糧食は持ってるか」


 歩きながら突然にそんな事をヘイルの爺ちゃんに訊ねられたのだが、雇い主殿がすかさず返事した。


「持っておらん。あるならよこせ。昼から何も喰っておらん」

「ハロルド。お前の性分はわかるが、命に関わるからこういうところでケチるな」

「そっくりそのまま返すわ。持っているならお主こそケチるな」

「ヒュー君にはお前が喰わせるべきなのだぞ」

「む」


 いや、だがオレも持ってこなかったし、どこかの茶屋でも飯の補給は出来るものと思っていたし、今でこそこんな事になっちゃてるけど、本来なら対峙した騎士団の状況を遠くから偵察するだけの予定だったんだよな。

 枢密院殿が言い淀んでいると、お付きの爺さんが更に言った。


「騎士団同士がぶつかった戦時下の調査に来たのだろう。何があってもおかしくないことは知っているはずだ。ハロルド、お前はじじいだから腹も減らないかもしれんが、ヒュー君は、あーいくつだ?」

「十七です」

「十七歳と言ったら食べ盛りだ。小一時(こいっとき)もしたらすぐに腹が減るもんだ」


 おおお。それは確かにそうである。

 この爺ちゃん、襲われたり飯の種を盗られるんじゃないかと疑ったりもしたことがあったけど、何て話のわかってる人なんだろう。伊達に歳を取っていないな。

 するとメラニーがベルトに括り付けてた総革のバッグを手にした。そのバッグの口枠を広げる。とその口枠が伸びる。のびてのびてびろーんと伸びる。縦横十数センチしかない口枠なのにどうなってんだ、とそう思っていると、中からバッグより大きい木皿を取り出した。


「すごい物を持ってるな。アイテムバッグだろう、それ」

「まぁね」


 メラニーは、言葉つきこそぞんざいだが顔はもっと誉めろと言っていた。アイテムバッグは貴重品である。これはダンジョンでないと見つからない物で、お値段はオレではとてもではないが手が出ないほどお高い物のはずだった。


「しかもこれだけじゃないのよ」


 そう言ってプラスチックフィルムでないレトルトパウチを取り出すと、オレによく見せてくれた。


「じゃーん、このレトルトパック、ワイバーンの胃袋製よ」

「ワイバーン、それはすごい」


 しかもやっぱりまさかのレトルトパック。

 ライムの兵はワイバーンに騎乗してるので、亡くなった後も竜素材を有効活用してるのだろうが、それでも竜種をレトルトパウチにするという発想は凄い。こんな場所で文明の最先端に触れられるとは思いもしなかった。

 それというのもこのレトルトパックという概念は、母さまの未来召喚で各国に伝播したものなのだ。発端が母さまなのである。おそらくフォルテで大流行したレトルトパウチの技術を、ライムでも様々な素材で実験して試したのだろう。フォルテに頼らずともレトルトパウチに代わる素材の研究をし、その研究結果の一つがこのワイバーンの胃袋であった、ということだろう。

 竜種なら薄く丈夫で火にも強い。

 そんなワイバーンの胃袋から作られたレトルトパックが、メラニーによって一瞬で火魔法で温められた。


「ほい」


 と言ってオレにくれた。中にはごろっとした肉が幾つもある。しかもこの色、匂い、ビーフシチューである。


「これはありがたいな」

「パンに浸して食べなさい」


 大盤振る舞いであった。ただでさえビーフシチューはオレの好物だったのに、そこにパンまで付けてくれるのだからありがたい。思えばオレは常にリアの側にいて日を開けて屋敷を出るという事もなかったので、糧食を持って出かけるという習慣がなかった。しかしメラニーが手渡してくれた温かな料理に触れたことで、古き良き思い出を思い出した。しかし美しい思い出も糧食として持ち歩くことは当時はかなわず、母さまが持ち歩いていた干物や干し肉とは隔世の感を覚えた。

 この星ケルプの糧食事情も相当変わったようである。その進化の一端に、オレの母さまが関わっているのは何となく鼻が高かった。


「それにしても火魔法の加減がうまいな。燃やしてるわけではないのに温めるなんて事も出来るのか」

「ふふん、そこに気づいたか」

「ん? どぅいうことだ」

「火魔法は燃やすだけが能じゃないのよ。例えば木なんかは火を付けないと燃えない思ってる口でしょ、アンタ」

「火を付けないと火は点かないだろ?」

「違うのよね。木が自然発火するのは二百五十度ぐらいだからね。それだけ温めるとそこらに転がってる枯れ枝だって自然と火が点いちゃうだから」

「ほう。そうなのか」

「そう。だから私の火魔法は物を形作る、中の物を少しずつ早く動かしてくって感じかな。そうすると温かくなるのよ」

「なるほどな」


 それは分子のことだ。分子を加速させて熱を与えてるのだ。

 それは母さまが未来召喚でもたらした知識でもある。

 メラニーがなんで知ってるのだろう。母さまは后だったから王室外交でもライムへと来たことがあるのだろうか。オレの知る限りそんな事はないはずだが、いや、ライムの姫なら火魔法の師匠もすごい達人に教わってもおかしくはない。サドンさんのような火が得意な王杖もいるだろう。

 召喚魔法だけが日々を積んでるわけではないのだ。魔法も日々積む。研鑽を、知識を、経験を。

 ここはフォルテではない。異国の地なのだ。


「これはね、私固有の得意技なのよ」

「メラニーは凄いんだな」

「冒険者なら当たり前」

「ん? メラニーが凄いんだろ?」

「冒険者が凄いのよ」


 まー、そういうことなのか。

 本人にそういう矜持があるのならオレの存念の及ぶところではない。


 しばらく進むとどこかの洞穴の様子が変わった。控えの間ではダンジョンボスがいるようなことを口々に言っていたが、そこへ到達する前に、円筒のような滑らかな作りだった洞穴がまた元の岩場のような無造作な形になってしまっている。

 止まるつもりはないが、何があるのか用心して進もうと思うようにはなる。


「ねじれておるな」


 ふと枢密院殿がそんな事を言った。

 一本道のように思えるのだが、枢密院殿が言うからにはねじれておるのだろうと思い、注意して上下を見回す。すると枢密院殿の仰る通り、天井から足下にかけての岩肌がねじれて上下逆に捻られているようだった。それは枢密院殿のいる後方から続いており、床だった物が天井に、天井だった物が床へとなったような歪な繋がりを持っていた。


「地層のつながりもおかしくなってるわね。こんなの初めて見た。ダンジョンでも見たことないわ」

「音は?」

「前方に広い空間。後ろから騒がしい連中」

「次々とやって来るわけか」

「別の道が潰れて、人気のこの道にやって来た集団みたいね。まぁ前にもいるんだけど、こっちは疲弊してるわ。さっきの私みたいに」


「メラニー。ヒュー君にもう一つ渡しとけ」


 こんな事をいうお付きの爺ちゃんだが、この人はまた人が来るとサッと気配を消すのだろうな。これまでことごとくそうだった。オレも気づいていてなかったが、人が幾度も追い抜いていったのに、この爺ちゃんだけは一切何も言われなかった。洞穴という閉鎖空間で気配さえ消して遣り過ごしてるのだから、その点だけでも恐ろしい腕前だ。

 もしこの爺ちゃんに隔意があれば、オレも知らずに殺されてるという事と、それは同義でもあるからだ。

 かといって糧食を喰えという戦慣れした配慮もするのだから、された方としてはありがたい。メラニーがワイバーンの胃袋から作ったパックを一瞬で火魔法で温めてオレにくれた。中にはごろっとした肉が幾つも入ったビーフシチューがあった。


 さっきはうまいと思った味が、メラニーにジッと見られながら食べるとなった途端に一段味が落ちたような気がした。


石組みが円筒で仕込んであり、それまでの洞穴とは作りが違った。

そこに警邏隊の人が座りこんでいた。


「枢密院殿」

「なんじゃ」

「さっきの人がたくさん居る場所に彼を運んでもらえませんか」

「む」

「あそこは神域に隣接するなら前庭か控えの間かと思います」

「なるほど。岩場から再び作り物に壁が変わったし、状況的にここが最後の安息の場ということか。しかし儂は確認せねばならぬ。この先には貴族だけでなく、警邏隊の連中もおるようじゃし」

「わかっております」

「ふむ。了解した」


 そうして枢密院殿がオレを見たので、その意を察したオレはちいさく顎を引き、安心してもらえるよう首肯した。


「では行きます」

「うむ」


 枢密院殿が短く送り出してくれた。


「じゃが、ひ…………メラニーはここに」

「私も行くわよ。今も雷装がかかってるのよ、今も」

「それは」

「私はこの洞穴の一番深いところですぐ魔力切れになったわ。魔法なんて杖とか媒体を持ってないとすぐ枯渇するのに。ライトもずっと使ってた」


 それだけ言うとメラニーが付いて来ていた。付いて来てるがヘイルの爺ちゃんも止めなかったので許可は出したという事なのだろう。あるいはフォルテの王子が行くのにライムが自国の姫を出さないわけにはいかなかったのかも知れない。王室とはそうあるべきだし、王室外交のつもりならば尚更だ。

 ただしその場合、ヘイルの爺ちゃんは秘匿してるオレの身分を余すことなく知っているという事になる。

 しかしそれも歩いてる内に忘れた。もっと大きな疑問がわいて来たので、そちらに気を取られたのだ。オレたちは相変わらず洞穴の狭い道を歩いている。だがその道が円筒の壁になったり地肌むきだしの岩肌となったり、通路の作りとして一向に安定しないのだ。普通は工事を始めたら順繰りに壁面工事をして行くはずだ。だが途中でやめてしばらく行くと、また思い出したように工事をしている箇所に出会うのだ。


「どうもこの通路はおかしい」

「そうね。ダンジョンでも同じ階層で岩になったり壁になったりしないわ。しかもずっと左に回ってる」

「それは気づかなかったな」

「聞こえてくる音が常に左回りで反響して伝わってくるのよ」

「なるほど。言われてみればそうか」


 坂なので傾斜しているが、道としても緩やかに左回りに回っている。


「壁面だと人の手が入ってるだけあって真っ直ぐなんだけどね」


 なるほど。他にも枢密院殿が発見したねじれるような地層はここでも見つけることが出来た。

 だが考えても答えなど出ないのは同じだし、そんなことは重々承知しているのに、何故かオレは敵対しながらも懸命に訴えていたアルバストの恨み辛みがふと胸の内をよぎった。

 そんな洞穴をオレたちは進む。やがてまた岩肌が突然に途切れる場所に出た。だが今度は様子が違った。

 新たに現れた円筒の壁は明らかに別の場所への導入となっており、そっと覗くと、その先には広い空間が広がっているのが覗えた。

 オレは顔を引っ込めてメラニーに訊ねた。


「広いか?」

「かなり」


 メラニーが即答した。

 つまり、おそらくだがここがケルプの神域なのだろう。オレとメラニーはついにダンジョンボス扱いされてる神の下に辿り着いたわけだ。岩肌と白亜の壁の境目が、人と神とを分かつ境目なのだとオレは思った。

 もう一度こそっとのぞきこむ。たくさんの人々が仰向けであったり横倒しになっていた。こちらに近いほど人の数が多い。


「座りこんでるの?」

「いや。死んでいる」


 メラニーが息を飲んだ。あまりにもたくさんの人が神域で死んでいたからだ。その向こうに魔剣使いを見咎めた神が静かに佇んでおり、その姿がオレには何故か骸となった人々のことに注意を払えない疲れ果てた姿に思えた。


「ねぇ、アンタは何でこんな事になってると思う」

「神が、魔気を嫌って祓ったんだろ」

「そんな…………」

「メラニーにどれだけ神の知識があるのか知らないが、神は清浄なる者。不浄な者が近づくことを許さない。ましてや集団で襲って来たのならば自ずとどうなるかは導き出されるだろ」

「ケルプ神。それが……神……」


 伝承にもないのだろう。フォルテもそうだった。

 その小さな神が、透き通るような身体を嘆いて嘆息していた。


「メラニー、勘違いするなよ」

「どういうこと」

「あれは分け身だ。神の本体は別にある」

「え?」


 メラニーがオレの様子をジッと窺った。どこまで本気かを確かめているようだったが、その表情が不意にいらだたしげになった。眉を顰めて来た道を振り返る。


「どけどけーい」


 ほどなくしてそんな事を喧伝する貴族がこちらに向かってやって来た。元気で欲深くて功名心に逸る貴族らしい貴族だった。その貴族がオレたちを一顧だにせず、有るか無いかもわからないお宝の総取りを目指してケルプに向かって突っ込んで行った。それはもう見事な潔さであり、オレとメラニーは迷わず洞穴の岩肌に身を寄せて道を譲っている。忠告も何もしない。権力も示さない。聞いても時間の無駄とわかっていた。


「たからー、おたからー」


 是非もない剥き出しの思いが神域全体に響き渡った。あの貴族はああやって欲望を曝け出すことで力を出してるのだろう。俗に言う戦声というやつだ。戦場で偶にいる普段以上の力を出す方法のひとつである。

 あいつはあそこに(おの)が命を懸けたのだな。

 短杖を取り出して分け身へと炎系の魔法を放った。すると分け身からの声がして、


「天は翳りて神は哭く。何故に魔の地と化したのか」


 と聞こえて来た。

 元気な貴族はあきらかに足がゆるくなった。短杖も炎が出たと思ったらすぐに炎が霧散して攻撃の体を為さなくなっており、それどころか短杖自体がみるみる短くなって行く。

 分け身は全く動かなかった。ただ嘆きをブツブツ呟いている。

 貴族が神域の奥にさらに入ると、分け身からの浄化の光をその者は一身に浴びたようだ。


「魔を祓いし地は腐葉土と化すであろう」


 神託か勧告か、貴族が何をどう受け取ったのかは知らないが、物の数歩で走るどころか立っていることも出来なくなって、顔から神域の石畳にその身をダイブさせていた。擦過音が傷の擦り切れ具合を伝えてくる。

 石畳の上に止まった時は元気だった貴族はピクリとも動かなくなっていた。

 傷の痛みではなかろう。行き倒れたわけでもなかろう。自らの意思で殺すつもりで挑み、元気な貴族は夢破れたのだ。それだけの事にすぎない。

 あるのは事実のみ。

 神によって魔気や魔素を根こそぎ浄化され、人としての機能を完全に停止させられてしまったのだ。瞬殺であった。


「何あれ。神さまってあんなに恐いの」

荒魂(あらみたま)だ」

「荒魂?」

「荒ぶる神の御心ということだ。分け身だがな」

「本当にあれで分け身だというの?」

「そうだ」

「何でアンタはあれが分け身だと思うの。その根拠は」

「そなたのお付きの爺ちゃんが知り合いだと言ってたのに知らなかった。つまりは分かれてからのことしか知らないと謂うことであろう? オレはそう推測したのだが」

「そっか…………、なるほどね」


 他にも色々あるが事実を認識できればそれでいい。辺りにはその事実が数多斃れていた。斃死である。

 ここにはお宝があると信じて(おの)が全てを賭けて挑んだ挑戦者達の、夢に殉じた骸が転がっているのだ。ヒト側に神域という認識はない。逆にそんなところに神の姿が在る事こそ無様であった。


「ことごとく返り討ちか。なら搦め手からよね」


 それからメラニーがオレを見て嘆息した。


「なんだ。溜息を吐かれるようなことをオレがしたか」

「私の欲望操作がアンタに効かなかったことを思い出しちゃったのよ。こんなんで神に効くかなぁ」


 いや、自信をなくされてもな。


「そもそも本来偵察だけでいいんだぞ」

「え?」

「おいおい会敵即戦闘なんて、メラニーの血の気が多いのか? それとも冒険者の流儀がそうなのか?」

「冒険者なら当たり前。てか普通そうでしょ」

「いやいや違うだろう。フォルテならまず第三騎士団が偵察して戦場の状況を把握し、フォルテ全体で共有する。それからだ。それから一気呵成に攻め立てる」

「げ。フォルテのそういう所が嫌なのよねぇ。血も涙もないところが。まどろっこしいし」

「好悪をそうはっきり言われてもな。誉め言葉と受け止めておこう。

 オレとしては最終的には戦うことになるだろうが、まずは報告が先であろうと思う。さすがに亡骸を放置するのも忍びないし、それとも踏みつけながら戦うか?」

「う。そうね」


 メラニーがたらりと汗を流した。神域の壁が切れて剥き出しの岩場からこっそりのぞいて神を流し見る。神は厳しい眼をこちらに向けてるようだった。


「でもそれで向こうは納得するかしら」

「それを今から確認する」


 オレはケルプの前で全身の血管を巡るように魔力を流した。本来神前で魔を行使するような愚行は避けたいところなのだが、起動の前にはどうしても召喚魔法陣に魔力を流す必要があるから仕方ない。できるだけ速く回すようにした。


「展開」


 と同時に召喚魔法陣を展開する。


 ――潜れ深度一。


 位相がずれてオレは深度一に潜った。ついでにメラニーにも許可を出す。

 何が起きたのかもわからずメラニーがゴクリと唾を飲んで息を止めた。辺りを見回しだす。

 そしてあらゆる物の動きが止まっていることにメラニーが眼を見開いた。位相がずれてることはわかっていないが、あらゆる現象が遅くなってることには気づいたようだ。

 セピアに色褪せ、静かで、物が静止し、宙を対流する大気の一粒でさえその場にとどまって、まるで時が止まったかのように見えてる事だろう。それが深度一であった。


「大丈夫か」


 そう訊ねたがメラニーからの返事はなかった。メラニーはただただ深度一の世界を見渡している。

 メラニーの身体に変調がないようなのはオレが雷装を付与したからだろう。フォルテでも初めて深度一に潜った者は所かまわず吐き出すのが常なのだが、メラニーは変調どころか嘔吐感すらないようだった。


「夜の静寂(しじま)みたい」


 それどころか深度一を堪能する余裕さえあるようだ。もう一度訊ねた。


「変わりないか」

「変わってるわよ。周りの人たちどうしたの? 色まで褪せて…………。死後の世界?」


 灰色となった世界をメラニーはそう呼んだ。


「死後の世界ではない」

「何、何なのこれ」


 中空に浮いたまま止まっている埃に気づいたようだ。その一点を凝視している。手に取ろうとして自分が苦も無く動けることにメラニー自身が気づいて戸惑った。


「おいメラニー」

「何よ」

「一つ言っておく」


 オレの気合いを込めた眼に、メラニーがゴクリと唾を飲んだ。


「フォルテを舐めるなよ」


 メラニーが周りをキョロキョロと観る。オレがフォルテの人間だと秘匿してるのを気にかけてるのだろう。


「優しいところもあるのだな。だが大丈夫だ。ここで動けるのはオレとそなたしかいない」


 メラニーがハッとした。


「これ、もしかして」

「今そなたはフォルテの秘密の一端に触れた。そして欠陥召喚と言われようが、オレはオレの召喚魔法に矜持を持っている。そしてオレが召喚魔法だけではないということを、今ここで見せてやる」

「召喚魔法…………」

「そっちのは教えてやれないがこっちは見せてやる。スキルだ」


 メラニーが息を飲んだ。


「……うしゃスキル」

「ま、もしかしたらではあるがな」


 オレは苦笑しつつ肯いた。交戦となったら出し惜しみをするつもりはない。


「外交案件じゃなかったの」


 先払いだ。

 しかしオレがそれを口にすることは無かった。

 ことごとくが倒れ伏した神域へと突っ込む。


「バカ! アンタ素手じゃない」

「徒手空拳と言え」


 神威が浸透してる場に足を踏み入れながらメラニーを訂正した。閑とした静けさが心地良い。


「スキルでも何でも無いじゃない!」


 もしかしたらと言ったはずだ。それにオレはもう走り出している。


「無茶よ!」

「それでも遺体を放って置くわけにはいかぬ」


 メラニーはグッと言葉を飲みこんだ。

 飛び出したオレにケルプがどう思うのかはわからない。そもそも分け身が深度一で動けるのかもわからない。だが訪れた者としての礼は尽くさねばなるまい。


「遺体を回収させてくれ。弔いは必要だ」


 少なくとも申し出としては神域にふさわしいものだと思っていた。あとは分け身がどう思うかなのだが、ケルプは目を瞑った。

 そのまま何事もなかったかのように分け身はその場所に留まりつづけ、未だ微動だにしてこない。だがオレはしっかり気づいていた。

 わざわざ目を瞑ったということは、ケルプは深度一の中でもオレの動きを目で追えていたという事を。


「今のうちよ、急げ」


 とメラニーに応援だか命令だかも判然としない声援でオレをけしかけて来た。分け身が深度一の世界に嵌まって動けないものと思ったらしいが、黙っていれば見つからないものを、オレだけを生け贄にするつもりはないと云った心遣いには感謝しようと思った。まるで(しり)を叩かれてるような気がしないでもないが、まあいい。


「闇魔法、闇収納」


 幾人かの遺体を回収するとケルプが訊ねてきた。


「それは何だ」

「闇魔法だ」


 あ、あ、とメラニーの困惑した声が聞こえて来たが、最早それどころではない。分け身には誠意をもって正直に対面した方が良い。だから誠実に答えてみせたのだ。例えその返礼が問答無用の攻撃となったとしても、準備が出来てないといって猶予されるものでもない。

 オレは分け身の攻撃に晒された。神威の光線とでも言うのだろうか。それが(つぶて)のようになって降り注いで来た。


「せっかちだな。神なら悼め。後で存分に相手をしてやる」


 すると心なしか攻撃の回転が上がった。()が高かっただろうか。しかし天に吐いた唾は飲めん。と、どこからか天に向かって唾を吐くだとツッコミが入った気がしたが、もごもごと口を押さえられて話せないようだ。

 何をしているのやら。

 ただでさえ不浄を祓う神域のなかを神威が飛んで来る。だがオレはそれを素手ではたき落とした。次は素手で掴む。素手で飲みこむ。

 読み通りの状態なら神威すらどうとでもなる感触をオレはここに把んだわけだが、オレ自身は粛々と遺体を闇収納に飲みこんだ。闇魔法の重力制御で浮かして運ぼうかとも思ったのだが、闇収納を選んで正解だった。こちらの方が遥かに労力がかからない。

 すべての骸を回収し終えると、闇魔法を送還しながら、オレはひとりの男の姿を頭に思い描いて胸の内で呼びかける。


 ――バックドア。


 奥の奥まで飛ばしてくれたようだが、おかげでお前の闇魔法の奥義をオレも出来るようになったぞ、と。


 こうしてオレは神域にて息を引き取ったサーバの人々を引き取った。回収した遺体の数は四十三人。その遺体を持って、控えの間にて報告を待つ枢密院殿へと中間報告をしに向かった。向かったわけだが、オレが神域の外に向かうとわかると分け身からの攻撃はあからさまに少なくなった。

 警戒しながら背走するオレの眼に、分け身の姿は最前よりひと回り身体が小さくなったように映る。

 深度一を維持したままに神域からの撤退をすると、分け身は神域の外へは追ってこなかった。


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