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第151話 異な感触

 通路にバタバタと人が倒れてる。ある程度元気だったはずの警邏隊の者達までもがうずくまっており、全滅である。

 メラニーもきついようだ。呼吸が浅く速くなっている。じきに貴族たち同様に足が止まるのは目に見えていた。


「オレの魔法でコーティングしてみるか?」

「コーティング?」

「魔法を纏うことさ」


 言って指先に風輪をうかべた。その風輪に徐々に波をもたせて雷を形作ってゆくのだが、メラニーはあからさまに「げ」といった顔をした。


「いやか?」

「そうじゃない。思い出しただけよ」

「思い出す?」

「こっちのこと。それより痛くないの? 攻撃魔法でしょ、それ」

「大丈夫だ、付与と思えば付与になる」

「まぁわかっていたけど、やっぱりあの時のあれか。いいわよ、付与して」

「では」


 と言ってオレはやけに聞き分けのいいメラニーに手を出せと促した。メラニーが右手の手のひらをオレに見せたので、その手のひらに風輪から雷輪となった基礎魔法をそっと置く。すると、へたりこんでいたオレたちの先にいる貴族の従者が何事かとオレたちの方を窺うように覗いてきたので、オレは外套を心持ち広げてその者の目に見えないようにした。

 メラニーの手の平に乗った雷輪が薄まってメラニーの体表を一気に覆ってうすくのびて行く。このように人に対して付与をしたのは国政会議のサマース以来だろうか。随分と久方ぶりのような気もするが、サマースに付与した時のように雷装はメラニーに対しても上手くいったようだった。バチバチと威嚇するような物ではなく、静かにひっそりとメラニーを守るための波を纏ったように定着している。


「どうだ」


 メラニーが自分の腕や身体を触れて確認した。触れた先からバチバチと放電するような下品な状態にはなってなく、あくまで静かに魔気の拡散や在り方を変えられないように機能している。


「ふんふん、遊んでたわけじゃないのね」

「そなたは何を言っている」

「いいのよ、わからなくて」


 すると枢密院殿が姫を見て意外そうな顔をした。


「驚かないんじゃな。魔法の属性について」

「何で?」

「片手に光源、片手に付与の(もと)。ちがう魔法を同時展開してるのじゃが」


 などと枢密院殿が言ったが、この場にいる誰も驚きはしなかった。

 そもそも枢密院殿は知らないが、オレは一度屋敷近くでメラニー達に襲撃されてるので、その時に魔法を披瀝済みである。要はメラニーとそこにいる爺ちゃんは既に知っているのである。騒ぐわけがない。


「まぁ問題ないのですからいいではないですか、枢密院殿」

「ふむ」

「それでメラニー、呼吸はどうだ」

「呼吸」


 思い出したようにメラニーがすうはあと息を吸った。


「不思議ね。いつもと変わらなくなったわ」


 うまく魔気が拡散しなくなったらしい。上々である。


「のけ」


 えらそうな声を出した貴族がこちらをろくに見もせずにオレたちを追い抜いて行った。、こちらの様子を窺っていた先行者もその姿に欲望を刺激されたらしく、休憩は終わりだと言わんばかりに立ち上がって奥へと急いだ。

 オレとしてはよっぽど光源を明るくして枢密院殿の顔もよく見えるようにしようかと思ったのだが、隣にいるメラニーを見て、こいつがライムの姫だと気づかれる面倒のが回避した方がいいという気持がわずかばかり上回ったので事なきを得た。


「何よ」

「そなたも目立たないようにするのは大変だな」

「あー、今の馬鹿貴族のこと? そんなもん当然あとでお仕置きよ、お、仕、置、き」


 ぽかりとお付きの爺ちゃんから頭を小突かれた。


「何よ」

「呼吸を数えてるんだから大人しくしろ。喋るな」

「う、わかったわよ」


 そして静かな呼吸音が暗い洞窟によく聞こえ、


「一分間に十二回、本当に治ったようだな」


 とお付きの爺ちゃんからのお墨付きも出た。

 オレたちは再び洞窟を進み出した。

 わーわーとした喚声が聞こえてくる。歓声でないのはそこに喜びはなく、恐怖の色合いが色濃くうつっていたからそのように捉えたのだが、メラニーはと見ると、


「ダンジョンボスかもよ」


 などと呑気なことを言った。


「トラップもないし、この洞穴自体人の出入りを想定してないように思えるがね」

「詳しいのね」

「別に。そう思っただけだ」


 オレはダンジョンに入ったことはない。ないがしかし、神域には日ノ本で何度かお世話になっている。人のためにではなく神自身のためにある、いわば神の住居に入れてもらったその時の感覚に似ているという事なのだが、メラニーが口を噤み、前方から喚声が消えたことに数瞬遅れてオレも気づいた。

 と同時に、ふおん、と聞き慣れない音がして何かが現れる。

 それは春のきまぐれにも似た突然の訪れだった。


「…………」


 小さな存在だった。

 人の形こそしているが、体躯としては四十センチメートルと言ったところだろうか。色が抜けたような透き通ったような、神装であるはずの着衣すら存在が希薄なので、在り方その物が儚くあるような者だった。

 その小さき者は未だ言葉を発しなかった。洞穴という暗がりでこういう風に見えるのだろうと先行者は思ったのかも知れないし、小ささ故にいつでも踏み潰せる魔物と思ったのやも知れぬ。

 だが少し離れて見てしまったオレたちにとっては、それは気安く触れていい存在ではなかったし、異質な存在でもあった。


 そしてオレは確信した。

 これは人でも魔物でもない。神である、と。


 オレの見当は正しかったと確信したわけだが、そこでヘイルの爺ちゃんがオレより前に出た。

 だがそれでは暗くてよくわからないだろうと思って光源を少し前に動かしたら、手でそれはよせと制された。ヘイルの爺ちゃんはこちらの動きも気取ることが出来るらしい。

 その爺ちゃんが路端で挨拶でも交わすように手を挙げた。


「久しぶり。覚えているか」

「…………」


 だが、いっかな待っても神は返事を返さなかった。それでも爺ちゃんは声をかけ、用件としてここを通してくれないかと頼みこむ。


「通すわけが無い。魔の者が増長するな」


 発した言葉は峻厳であった。男の声でもあった。どうやら男神らしい。


「おいおい俺を忘れたのか」

「知らぬ」


 一刀両断であった。

 知らぬ物は知らぬ。

 通さぬと決めたら通さぬ。

 それが神の在り方なのだ。ここケルプの神の存在理由なのだ。


「参ったな。しかも本当に神だぞ」


 ヘイルの爺ちゃんはこの神を知っているらしい。

 しかしオレから言わせると飛んだ荒魂であった。ヘイルの爺ちゃんも話の接ぎ穂がなくて困っている。


 するとオレたちがそんな風に困惑してるのを幸いに、オレたちより先にいた先行者が厄介ごとを押し付けてこっそり先へ行こうとした。だがその行動が神の不興を買ったらしい。スーッと神が岩壁に消えたかと思うと、先行者のいる辺りから微かな光が差して来た。洞穴がわずかに左に曲がっているので詳しいことはわからなかったが、どうやら神が先行者の前に出たらしい。どうやら目的はオレたちではなく、(くだん)の先行者であったらしい。

 先行者の苛立たしげな声が聞こえて来た。


「邪魔だぞ」


 尊大な言葉であった。神は最短距離で岩壁の中を通ったようだが、もちろんオレたちにはそんな真似は出来ない。オレたちは音も立てずにゆっくりと見える位置まで坂を上り、こっそりと岩陰から様子を窺った。

 男は坂の上にいる神を見下ろして踏みつぶさんと威嚇していた。

 何も知らないということは幸いなるかな不幸なる哉。

 神は返事の代わりに男の腰元に鋭く眼を配り、佩いている剣を見咎める。


「ヒトたるが故に多少の多寡なら見逃してやるが、さすがにそれは見逃せない」

「狙いは俺の魔剣リューグか。強盗め」


 男が神の目から剣を庇って腰を捻り、背中に隠す。いつでも抜剣できる態勢をつくりだしていたが、神は無造作に手をかざした。

 その手に向けて男が剣を抜く。抜きながら切りつけようと歩を進めたが、その足はすぐに速度を落とし、踏みしめてた土に片膝をついた。


「うげ、げ、げ、おえっ」


 嘔吐いて吐いた。剣を杖に立ち上がろうとするが、その剣がドロッと溶け出した。前のめりに倒れるところをすんでの所で踏み止まったが、剣はどんどんその形を失って行き、呼吸を荒げながら岩壁に逃げた。剣の刃がその形の大半を失っていた。溶けた金属が坂道をぽっこりした形のまま下り出す。


「お、俺の魔剣リューグが」


 慌てて剣を立てて地面から離そうとするが、剣は完全にその形を失って地面へとぽちゃりと落ちた。


「あああっ」


 男が跪いた。

 だが溶け出した金属は止まらないようだ。オレの眼には先行者の背中が邪魔でそれ以上見ることはかなわなかったが、跪いた股下から足下に向けてトロリと金属の塊が流れ落ちていて、かつての剣だった物が銀色の液体となっていた。そこに魔気や魔素の気配を感じない。純粋な液体金属であった。

 狭い洞穴の坂道をその金属がこちらの方へ流れ落ちてくる。銀色の液体であるが、ドロッとして不定形であり、まるでスライムのようであった。その残滓から立ち昇る湯気が、その液体金属がまだ相当な高温を有してることを伝えている。

 この熱は神の怒りだろうか。

 神は魔を祓う。

 正しく神であった。


 更にその先を行ってた四人がバタバタと倒れた。

 そのまま神さまがこちらに視線を向ける。事のついでに魔気を全部浄化するつもりだ。


「ヘーイル、ピューを先に出せ。偵察の動きはピューが一番だ」


 枢密院殿と眼が合った。


「やれ」


 枢密院殿が問答無用でオレに指示した。ヘイルの爺ちゃんもほうと唸ってその役目をオレに譲った。

 ケルプが御業を発動して魔を祓ったようだ。オレたちの後方からも座りこむ気配がしたのだが、オレたちに影響はなかった。メラニーの雷装も何事もなかったかのようにまだ存在している。


「アンタ、何かやったの?」

「やれとは言われたが、特には何も。ただ前に出ただけだが」

「ふうん」


 ケルプの御業を受けきったようだ。しかしこれは何なのだろう。ケルプが何の神を指すかをオレは知らないが、それにしても神威がヘロヘロである。ケルプの神威とはこの程度の物なのか、そこが疑問であった。


「本当に神か」

「失礼ね。私の連れが言うならあれは絶対に神さまなのよ。無敵、絶対の存在」


 メラニーが鼻息も荒く言った。

 いや、神には違いないのだろうが――。


「神崩れとはもう戦った。ですよね枢密院殿」

「お主はそう言ってたな。そしてケルプ神とは別なようだが、貴様があれを聖剣ガウェインなだけに神崩れというのも頷ける」

「え?」「なんだと。聖剣が神崩れ? 初耳だぞ」

「言っておらんかったからな」


 あれは深紫の闇を纏っていた。枢密院殿もあれをそのまま聖剣と呼ぶのには心理的な壁があるのだろう。

 そして当座の神がオレたちを見据えて言った。


「この先は通さぬ。他を当たれ」


 峻厳なお達しであった。

 だが聞くべき所はそこではない。むしろオレたちの方から訊くべき事が多々あった。

 果たして神に対して無遠慮に訊いてもいいものかどうか、そこの判断がオレにはまだつかないが、目の前の神は荒ぶりに対してあまりにも儚かった。


 まるで今にも消え入りそうな。

 信仰を失くした神のような――。


 オレがこんな当たりを付けるのにも理由がある。

 神は人々からの信仰をなくすと姿が薄まってしまうという話をオレは聞いたことがあった。その話にプラスして、ケルプの神が顕現した御姿があまりにも小さい。ハタとこれにはまた別の理由がある可能性を思いついたが、天道神さまや時量師神(ときはかしのかみ)さまは何も言わない。未だ召喚の場に小太郎と共に留まっているのはオレにはわかっている。

 この天道神さまと時量師神さまとは、異界渡りをした日ノ本で会った時には普通の人々とさして変わらぬ身長で顕現されていた。その事が頭にあっただけに、この地の神が対象に合わせて顕現できないという事はあるまいと思えるのだ。だが実際は、ケルプの神は手の平に乗せられそうなほど小さい。本当に小さなちいさな御神体であった。

 その姿に思うところがあるのか、日ノ本の神達は未だずっと押し黙っている。その事がオレに弁護を決意させた。


「枢密院殿」


 オレは背後でジッと息を詰めている雇い主殿に声をかけた。

 報告はせねばなるまい。それもオレのお役目だった。


「おそらくですが彼の神は、地表に対して力を振るってたのではなかろうかと思います。そこに我々が来て、薄まってしまった姿見を見ることになったのではないかと、そう推測します」

「力を振るったか。それはラインゴールド達に対してか」


 その言葉と同時に神はスッとその場から掻き消えた。地脈に潜って神域へと戻ったのであろう。


「ハロルド、布陣位置から考えるとフィッシュダイスかも知れんぞ。あるいはその両方か」


 お付きの爺ちゃんも言い添えたが、オレはそれも可能性の一つだと思った。あの状態の神が二つの騎士団に対して力を振るえるかどうかはどうなのだろうという疑問もあったが、それはここでは意味が無いだろう。力を失っているというの事実だけがあった。

 それもオレの感触に過ぎないのだが――。

 オレたちは先へ進んだ。

 来るなと言われても、オレたちもこの洞穴から脱出せねばならない。人々を地表に出さなければならないのだ。


 広い所に出た。


「広場かな」


 メラニーが呟いたが、神域の控えの間だろうとオレは思った。だが先の先まで数多の人がいるので口にはしなかった。

 溜めた力を使い切ったのだろうか、息も絶え絶えに人々はその場にうずくまっていた。下の方で魔気切れを起こした人たちよりも更に状態が悪い。先へ進もうとするオレたちに対してどこかの小姓の子が親切心で、声をかけてくれた。


「この先に化け物がいます」「やめた方が良い」「ダンジョンボスだ」


 口々に忠告が吐いて来た。

 具体的な説明とはいかないようなので本当に命からがら逃げてきた様子だ。

 枢密院殿の隣で、メラニーのお付きの爺ちゃんが佩いている剣の柄に手をかけた。


「爺ちゃんがやると神さま死んじゃうぞ」

「知り合いが神に帰依してるから、出来ればそれは避けたいのだがな。しかしこのままでは外に出られないのでそうもいかない」

「知り合いであるのですよね」

「そのつもりであったのだがな」

「ならオレがやるよ。元々冒険者には枢密院殿からの命令として動くなと通達を出してるからね。ここでも用心棒がどうにかするのが筋であるかと」

「ヘーイル」

「了解だ、ハロルド。作戦継続中ということにしておこう」


 そしてオレはどこかの地下に出た。その場所は石組みが円筒で仕込んであり、それまでの洞穴とは作りが違った。


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