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第150話 はじまり

 辿り着いた地下広間の人集りには、見渡す限りのあちこちに王都の人たちがいた。いきなりこんな地下に飛ばされて困惑してる人や、子供連れで飛ばされて懸命に子供の不安をあやしている女性、一般市民も大勢いた。

 そしてそんな人々を支える人たちもいた。サーバ城においては本来上層を移動する警邏隊や貴族の人たちだ。時折魔法を扱おうと呪文を唱える姿を見るが、サーバ城の魔封じの魔法陣が発動した名残はここにも色濃く残っており、かの結界が魔力を強制的にガウェインに持ってってしまったために発動までは見ない。魔法を放とうとしてもその魔力が未だ自身の身体に漲らないのだ。むしろ坐りこまずに活動的に過ごせてる時点で、貴族なら貴族の務め、警邏隊なら城の警備を仕事にしてるだけのことはあると言った感だった。


 オレは細かくまとまったとその集団を縫うように歩き出した。しかし不思議と人々の目がオレに注目することはなかった。つい最前にサーバの貴族の用心棒を斬ったばかりだというのに、この人達の目は後方で騒ぎがあったことにも気づいてないようだった。前方の人集りばかりを気にしている。

 つと後ろを見やった。

 サムズアップするメラニーは措いといて、お付きの爺ちゃんが枢密院殿と熱心に話しながら歩いているのにその話がオレの耳にまで届いてこないのは、これはもうどこかの誰かが何をしているのだろう。誰がしてるのかは何となくわかるが、そこには触れるわけにはいかない。これを為してるお付きの爺ちゃんは、ライムの姫ならばいざ知らず、用心棒という形で偶々ここに参加しているだけのフォルテの廃嫡王子に、ライムの詳細な話を聞かせる気はないと実力行使で示しているだろうから。

 まぁそのおかげで副産物として周囲からの注目をオレは浴びずに済んでいるわけだ。

 人集りが左右に割れた。奥の方まで見えるようになると、人が数人分しか通れそうもない狭まった穴があり、そこから


「どいたどいた」


 と言って人集りを掻き分けて出て来る者達がいた。

 その者達は露払いのようで、本命はその後ろにいるひとかたまりとなった人達のようであった。担架に人がのせられている。のってる人はぴくぴくと痙攣しながら今にも息が止まりそうだった。

 そのまま重傷者は貴族の構えた陣地へと運び込まれて緊急を告げていた。何かが居るようだという話がザワッと広がって、その一帯に緊張がはしる。

 後方から枢密院殿が「奴等か」とつぶやいていた。

 だがオレは担架に乗ってた者の様子から見て、あの力の抜け方はガウェインに吸われたのとは違う感じがした。

 むしろオレが降霊召喚時に魔法を無効化するような…………。

 いやしかし、周囲には薄いが魔気や魔素がある。


「ちょっといいですか。おかしくないですか」


 オレはそう訊ねると足を止めて枢密院殿達を待った。


「おかしいとはなんじゃ」

「魔気の濃度です」

「別に普通にすごせているがのぅ」


 枢密院殿は身体上の都合で魔法が苦手だから何ともないのかもしれない。断言しないのは雇い主殿への配慮であるが、おそらくだが人集りの近くを避けて通ると魔気がどんどん薄まってると考えられる。それどころか土も普通の土になっており、魔素が浄化されている。一見出口に見えるあの狭い穴を中心に人が集まっているのは、実は人だかりから離れて座ると体調がおかしくなるから自然とこうなってるのではないか。事実人集りの外側の方にいる人たちは明かりの魔法を行使しようとして不発。物理は土を掘ろうとして掘れてるようにも見えない。

 待っていれば結果はわかる。だが待っていて良いものかという思いもある。


「魔物じゃないような」

「どういうことじゃ」

「この先にいるのは何かはわかりません。ただ、権能で無効化されてませんかね」

「権能?」


 いろいろとサーバの貴族が蠢いているようだが、宝がある前提で動いて欲をかくと、逆に神罰で殺されるのではないかとも思える。

 そう。神罰なのだ。

 枢密院殿がお付きの爺ちゃんと顔を見合わせてるので知らないわけではないのだろう。権能という言葉を聞いたことがあるだけでもこの場ではありがたい。


「権能です。権能が及ぶ範囲の端っこぐらいかとは思うのですが」


 枢密院殿が押し黙った。思索に深く沈んでいる。

 向こうで「ダンジョンのボスか」とか「敵の数は」とか騒ぎが大きくなっている。その隙間を縫うようにお付きの爺ちゃんが言った。


「俺もヒュー君の見立てに一票だな。先にいるのはダンジョンのボスじゃなくて、その権能とやらを持つ者だと思うぞ」

「信じられん。信じられんが、もしそうならアートに会わせてやりたいの。本当にまだ居るとするのならばじゃが」

「オレが偵察に行きます」


 うむ、と頷きかけて、枢密院殿がめずらしく意見を翻した。


「いや、ちと待て」


 顔を寄せろと枢密院殿が全員をチョイチョイと指で呼んだ。


「ピュー」

「はい」

「さっきの貴族は何をした」

「精神魔法でメラニーを操ろうとしてました」

「む」

「お主は平気なのか。盾になっていたじゃろう」

「それが用心棒の務めですし、問題ありません」

「お主自身への影響について訊いておるのじゃ」

「はぁ。魔気の流れを見て小さな塊だったので、この程度なら大丈夫かと」

「実際には?」

「何ともありません」


 枢密院殿がヘイルの爺ちゃんを見やると、何をありがたがってるんだか知らないがヘイルの爺ちゃんが目礼をしていた。

 その上で枢密院殿がお付きの爺ちゃんに訊いた。


「よいのか?」

「良いかと聞かれたら悪いだろ。だから彼奴の名前は後で教えろ。だがまぁ取り敢えずぶっとばしているから」


 チラとオレを見、彼に関しては大丈夫だ。ぶっとばした時点で術者の魔気操作は断たれている、と言った。


「ほう、そうか」

「当然だ。しかし魔力が無いとこんな事も忘れるのか。それともボケ始めたのか」

「うるさいヘー……ル。従者の身を案じただけじゃ。しかしピュー」

「はい、ヒューです」

「よくやった」

「はぁ」

「それにしてもこのような事態に際して力尽くで女をどうこうしようとはの。見下げ果てた奴じゃ」


 するとまた人集りの方で動きがあった。入り口近くだ。


「あっちは駄目だ」「ボスもいるしな」「それ以前に倒れた奴が出たのが問題だ」「ガスが溜まってるかも」「そうそう」「みんながみんな、力が入らなくなった」「あれはやばいよな」「道を変えよう」「んなもんどこにあんだよ。まずは行くときも退くときも邪魔な格子をどうにかしないと」「手を抜いてたら倒れた奴を運ぶのも面倒だもんな」「あー、ちがいねー」


 確かにそれまで探索してた入り口の奥に未だ処理されてない格子が五、六本残っていた。あの格子は最奥から脱出した際に見たのと同じ格子のように見える。その格子をどうにかしようと相談がまとまり、どこぞの貴族の騎士達が権益を主張するために頑張りだしている。おかげで狭い入口が人で大渋滞である。

 音もうるさい。

 それを横目で眺める我ら一行…………。


「あれじゃ時間がかかるの」

「たぶんですけど、ダンジョンのボスだと思ってますますお宝の独り占めを狙ってるのではないでしょうか。あの辺りにいる貴族達みんな」

「ダンジョンボスを倒した後のお宝か」

「おそらく」

「ピューはそう思うか」

「はい」

「ふむ。じゃが儂らの後ろに座ってる者達は、あそこを出口だと思って気長に待っておるようじゃが」

「出口なのも間違いないでしょう。ですがお言葉ですが、ほら、あの様子ですから」


 騎士達はだるそうな身体を懸命に動かしていた。カツーン、カツーンといかにも刃を潰しそうな音が響いてくるが、単純な作業ほど薄い魔気の中ではキツイ力仕事になる。彼らなりに汗まみれであった。

 メラニーがフンと鼻を鳴らした。


「魔力がこもってないわね。みんなすっからかんなのよ」

「しかし背に腹は代えられん。この先に何かが棲んでいるなら集団で進んだ方が戦略的にも正解だ」


 お付きの爺ちゃんはメラニーの先生でもあるようだ。オレはポンと手を拍った。


「メラニーが急ぎたいのなら、ここは彼らに成り代わって一番腕っこきの爺ちゃんに頼むのがいいと思うが」


 要はライムの姫として部下を使えとそう言ってるのである。だがお付きの爺ちゃんが、俺もここまで歩いて疲れたんだが、ヒュー君は剣であの監獄を斬れといわれて斬れるのか、とオレの教唆に噛みついた。

 笑顔のなかの目がちっとも笑ってないのが、ちと恐い。

 オレは首を振った。人が見向きもしていなかった時ならいざ知らず、人の集まった今のあの場所では、オレは忍者刀を振るうのに抵抗がある。


「無理です」

「では無理を言うな。の」


 お付きの爺ちゃんにも事情があるのだろう。

 オレは軽く頭を下げて撤回させられたわけだが、その隣で枢密院殿が嘘つきと云った眼で爺ちゃんを見ていたので、多分ヘイルには事情も含めてやっぱり余裕なのだろう。

 するとメラニーがぴょこんと胸元で手を挙げて言った。


「私もちょっと変。力が出ない」


 おっと思った。

 今までそんな事をメラニーは一度も口にしなかった。最奥からここに来るまでに幾度か魔法も使っているのだ。そのメラニーが口に出したのだから魔力を無効化されているのならオレの仮説の可能性がより強くなる。

 ガウェインの悪戯してた魔法陣はもうすでに壊れたのに、魔力を吸うというのはいまいち腑に落ちない。あいつらがまたどこかで魔力を吸い出そうとしても、いや、アルバストがヘロヘロになってるんだったな。

 これも否定出来ないだけに質が悪いのだが、この情況で余計な予想を語って聞かせても散漫になるだけだろう。基本この界隈の魔法陣は全て潰してここまで来たのだ。アルバストらに関してはオレが眼を配ればいいだけのこと。

 それよりもメラニーだ。メラニーだけにここに閉じ込められた人たちと同じ症状が現れるというのは、やはりオレには神威の影響だとしか思えないのだ。

 メラニーがちらとオレを見た。


「何か?」

「何でもないわ」


 そう言ってメラニーが体重を乗せる足を入れ替えた。

 あ、と思ったがもう遅い。

 メラニーは周りの人たちと同じように座りたかったのだ。だがオレが立ってるので意地でも立ってるつもりになったのだろう。彼女からすればオレはフォルテの王子で、彼女はライムの姫だから。

 気を利かせるべきだった。接待失格である。

 オレがお付きの爺ちゃんに目礼をすると、爺ちゃんから小さく首を振って、必要ない、と赦された。


 しかしこの爺ちゃんはビシッとしてる。両足を大地に根を生やしたようにして立っている。疲れなど微塵もみせない。

 魔力や魔法は持ってるのだろうか。

 力は強そうだ。

 いや、強くて当然か。メラニーの冒険者仲間なのだ。メラニーのお眼鏡にかなうだけの力がなければおかしい。ライムのワッカイン王だって娘のパーティメンバーとして許可を出さないはずだ。

 入り口では今も尚、騎士が懸命に剣を振るっている。


 つまり。


 オレの持ったこの感覚と、格子斬りが出来る爺ちゃんがそれ断った理由を鑑みると、おそらく爺ちゃんはオレと同じ答えを抱いてるのではなかろうかと思える。


 ――魔の力へ対しての絶対的な力、というものを。


 オレは降霊召喚を遣うからこの力の存在を知っている。だがメラニーは神威に押されている。ヘイルの爺さまは未だ疲れた様子を見せない。むしろ健康そのもののままだ。枢密院殿は元から魔力がないから影響を受けにくい。

 となるとこのお付きの爺ちゃんは何なのだろう。オレは降霊召喚の他にも、父さまの係累に繋がるフォルテの召喚魔法陣もあるから先ず間違いなく影響を受けない。だがしかし、この爺ちゃんは何なのだ。何で影響を受けてるように見えないのだ。魔力を持つ者がバタバタと倒れたり苦労をしているのに、この爺ちゃんだけは一貫して平気である。正直得体が知れない。


「あなたは誰です」


 正面から訊くことにした。

 絶対に名のある人物に違いないのだ。宗主国の姫と一緒にいる人物なのだ。


「それをオレに聞いてどうする。貴族だったらどうする。迂闊が過ぎなくはないか」

「む」


 そうだった。貴族であったなら、オレたち兄妹の情報などいつ売られてもおかしくないのであった。メラニーの冒険者仲間ならこの爺ちゃんも当然のようにオレのことは知っているはず。雌伏の時は雌伏するべきなのだ。


「お主が俺の名をその頭で理解するのではなく、心から理解した時、その時初めて俺はキミのことを認めようかな。うん。そうしようと思う」


 枢密院殿がほうという感じで唸っていた。人が悪い。どうやら枢密院殿は本当にこの御仁のことを古くからご承知のようだ。そして枢密院殿から話を聞く裏技もここで潰されたらしい…………。

 そう思うと確かに迂闊であった。

 となると後は芋づる式的にはメラニーがいるわけだが、彼女も聞いても教えてくれないのであろうな。


「何よ」

「いや、何でもない」


 参ったな。メラニーはこの二人は幼馴染みと言っていたが――。

 そして枢密院殿がオレをジッと見ていた。


「何でしょう」

「お主、思ったより大物か?」

「買いかぶりですよ。オレは異国から流れて来た流れ者ですよ」


 しかしオレの言は流された。枢密院殿はお付きの爺ちゃんに訊ねる。


「トライデントは知っておったのか?」

「トライデントか」

「うむ」


 トライデントはダルマーイカ川で水車番をしているおっさんだ。しかしアート王と繋がっており、元貴族であり、娘がアート王の密書を持って枢密院殿を頼ったという秘話をオレは知っている。

 枢密院殿に何か勘づかれたようだ。

 しかしオレは何も言わない。オレはただの用心棒なのだ。

 するとメラニーのお付きの爺ちゃんが声を上げた。


「ハロルドが何を言いたいのかその詳細は知らぬが、まぁまずトライデントなら知ってるだろうよ。言う言わぬはあ奴の裁量だ」

「この連戦も知っておったということか。彼奴らでさえやられたというのに」


 コペルニクスとサドンさんのことか。

 勘弁してくれ。


「いやいや、大物扱いは勘弁してもらいたい。別にオレが大した物だと言うならそれは評価する者が勝手にすることで、当然それはオレの手の及ぶところではありませんが、枢密院殿にそんな事を言われたら正直臀の穴がむず痒くなりますぞ。オレの雇い主殿ですしな。

 それにもし仮にそうだとしたなら国というものは恐ろしいではないですか。トライデントにとってはオレよりアート王だったのだ、と」


 ぷっと枢密院殿が噴いた。


「お主、言うに事欠いて王を引き合いに出すかよ」

「そう、そう思われるでしょう。そしてそれが答えですよ、枢密院殿」

「まったく、お主という奴は」

「それが国というものです。あー良かった。トライデントが答えを出してくれてて、いや、本当に助かった」

「聞き分けがいいの、激戦区に放りこまれたというのに。儂は年寄りじゃから諦めもつくが」

「いやいや、そもそもオレの方では大物になったつもりも覚えもありません。覚えがあるのはこっちです」


 そう言ってポンポンと腕を叩き、オレは枢密院殿の用心棒です、と言った。


 まぁここまで無茶なご要望にも応えてきたんです。お給金は頼みますぞ。


 それにトライデントに捨て駒にされてたとしても、取り立てて問題はない。このままオレが斃れたとしてもフォルテが失うのは廃嫡同然の王子一人。むしろ場合によってはこのまま闇に消えた方がライムに恩も売れるわけで、そうなれば当然ライムもフォルテの第三王女であるリアのことを悪いようにはしないだろう、と思ったところで首を振った。

 縁起でもないことを考えてるな。手がかりを掴んで放牧までしたのだ。まずは前向きに生きよう。

 オレは脱出口の方を見やった。


 しばらく前から音がしないと思ったが、今は騎士に代わって警邏隊の人が格子を切ってるようだった。制服を着てるので警邏隊の者だとわかる。しかもその男、物持ちが良いようで格子を切る際に使ってる道具が小さいノコギリであった。さしづめ普段から木を切る役をもつ城塞森林公園付きの隊員だろうか、キコキコと手際よく格子を切っていた。

 ジッと眺めていると、ヘイルの爺さまからまた声をかけられた。


「ところでヒュー君は騎士団スキルは習ったかな?」

「いえ、習ってません。オレは正式な団員じゃなくて、ただの道場生ですし」

「知識だけか」

「はい」


 ふうむと唸って残念そうな顔をした。

 爺ちゃんは騎士団スキルの「突撃」で神のところまでひと息で行くつもりだったのだろう。だが騎士団スキルは騎士団に正式に入らないと教えてもらえないし、その事は開発者であるライムの金色の水平騎士団、団長との約定だったはず。フォルテも騎士団条約に加盟しているのでその存在はオレも知ってるが、存在しているということしかオレは知らない。


 ワッと歓声が沸いて、貴族の騎士達が殺到した。警邏隊を差し置いてその奥へと殺到して見る間に消えて行く。格子がなくなって渋滞が解消されたから喜ぶのはわかるが、手柄を焦りすぎだろう。フォルテの貴族より欲望に忠実だ。

 そのザマを見て枢密院殿が幼馴染みに言った。


「やはりお主がやった方が良かったのではないか」


 いや、出来んと云ってたでしょうが。

 メラニーも口を出す。


「ヘ、ヘーイルがやったら生き埋めよ、生き埋め。この上にあるお城が地下に崩れて来て私たち以外みんな死んじゃうわ」

「ん? そなたは生き残るのか?」

「もちろん。当然」

「と言うかヘーイルが突撃なんぞしたらモンスターだろうがダンジョンボスだろうが殺してしまうな、まず間違いなく」

「厚い信頼だがそれは神でもか」

「なっ?」


 オレは驚いたが枢密院殿は「つまらん」と吐き捨てて爺ちゃんに向かってヒラヒラと手を振った。

 だがヘイルの爺さんは本気だ。冗談だと返しもしないで枢密院殿が自らの目で確かめた後の姿でも想像してるのか、言わせたいだけ言わせてニヤニヤしてる。


 しかしこの爺ちゃんはそこまでの使い手なのか。

 うーむ。

 ライムは奥が深い。そして侮れない。オレがぼかした言葉で伝えていたことを、きちんと裏読みして気づいていた。その上で倒す自信まである。


「つまらんが、いや待て。そんな事したらアートが血の涙を流すぞ」

「げ」

「ほほう、アートの血涙か。サーバの王を困らせるわけにもいかないと言うのも出て来るわけか」

「馬鹿め。お主が剣を振ったら生き埋めになると言っておるのじゃ。血の気が多いのは昔からじゃの」


 と枢密院殿が言ってる間にメラニーがそそくさと口元を隠した。

 だがオレは見た。メラニーがのどちんこの奥まで見せてしまった光景を。

 メラニーももう少し姫らしい言葉遣いを心がければいいのにと思う。そうすれば人前で「げ」なんて言う事もないだろうし、要らぬ恥を掻くこともなくなるだろうに。おそらくだが平民の女子(おなご)でも今時「げ」なんて言葉は言わないと思う。

 そしてメラニーのこの手の反応に聞き慣れてるのか枢密院殿とヘイルの爺ちゃんは華麗にスルーしていた。

 向こうで歓声が沸いた。人が殺到してる。


「よせ」「行くな」


 警邏隊からの警告が飛ぶが、歓声が飲みこんでそれ以上聞こえてこない。自然耳目がメラニーに集まった。


「この先に行った者が帰って来ないみたいよ。ダンジョンボスが出たとか騒いでるのも居るわね。貴族や商隊はお宝に夢中だからお構いなしね」


 枢密院殿がオレを見た。


「ピューの見立ては変わらんな?」

「変わりません。ヒューです」

「ではどうなると思う」

「勝手に無力化されて山のように折り重なるだけでしょう。運良く逃げられるか、撤退を素早く判断できた者達だけが無事に戻って来るのでは」

「なるほど。好きにさせとくのが一番じゃの」

「いいんですか。素人の見立てですよ」

「かまわん。ヘイルも何も言わんしの」


 お付きの爺ちゃんが肯いた。


「馬鹿騒ぎが落ち着いてから出立じゃ」


 枢密院殿が決断を下した。


「わかりました。その時はオレが先行します」


 すると、ねぇ、とメラニーに肘で小突かれた。


「あのな、ここでそなたがオレの言うことをわざと取り違えるようなフリをするなら行かせるだろうが、そなたはそこまでのバカではないだろう」

「ふ、ふふん。わかってるじゃないの」

「こういう時に先陣を切るのは用心棒の仕事だ。いいな」

「随分と仲が良くなったようじゃの」


 枢密院殿に言われた。

 声は穏やかだったがそれは警告であった。警邏隊の者達がこれ以上殺到されては困ると、入り口付近を傍観してる者達に警告を発し、安全だとわかるまであの先に近づくなと言っているのだが、その警邏隊の目が周囲に注意を促しながら、しっかりとオレを視界に捉えていたのだ。メラニーの正体に気づいてる者もいると言うことだろう。お付きの爺ちゃんが落ち着けと言わんばかりに両手で宥める所作をしてその警邏隊に声を立てさせずにいる。

 オレは気づいてない振りをしつつ、緊張して枢密院殿に返事をした。


「それはもう接待させられましたから。この地下牢の最奥から脱出する際に」


 ライムの姫に対してオレの取ってる態度が、この警邏隊の者の癇に障ったのだろう。だから言葉遣いに気をつけろと、枢密院殿から暗に促されたわけだが、こうしていざ枢密院殿にジロリとした眼を向けられると、向けられた方は堪ったものじゃないと思う気持がわかった。やりづらいのだ。

 枢密院というお役目は伊達ではない。

 しかし知らない警邏隊の人が側にいると、王族言葉はまずいと思って喋るうちに変になった。接待させられたというのは、何か語弊があるような気がした。

 背中に冷たい汗が流れる。

 この警邏隊の者の前でメラニーと対等に話すのは論外、かといってへりくだれば自治領に住まってひと月のオレがなぜライムの姫を知ってるという話にもなりかねないから塩梅が難しい。オレが何者かと調べるのは警邏隊の仕事だろうし、まず間違いなく後からオレのことを調べる。

 わずかな可能性でも潰すべきだ。

 そういう動きをされたくないのだ。王都に残る宰相派はテロリスト共と繋がってる可能性が極めて高い。

 どうすれば良いものかと思っていたら、あに図らんや雇い主殿がメラニーに謝罪の言葉を述べた。


「許せ。疲れ切っておるのじゃ。もうずっと一人で気を張っておる。いつぶっ倒れてもおかしくないぐらいにな」


 隣にいる爺さんは黙って肯いていた。もはや建前の応酬だが、この場に措いては効果的だった。警邏隊が口に指を当てるお付きの爺さんを見て、微かに答礼してこの場を去って行く。だがその目はしっかりオレの姿形を記憶するように眺めていた。


「あんた、そんなに疲れてるの」

「問題ない」


 メラニーに首を振った。

 疲れているのは事実だが、用心棒は雇い主が自分一人では厳しいと思ってるから雇われるのであって、厳しくない用心棒など有り得ない。

 しばらくすると周囲が落ち着いてきた。貴族や商人たちは吉報を待ち、入り口は警邏隊の者によって順調に管理されていた。


「そろそろ行くか」


 枢密院殿の発したその言葉が合図となった。オレたちは腰を上げて入り口へと向かった。枢密院殿が警邏隊の門番と交渉をすると、オレたちはあっさりと通行を許可された。メラニーがいると言うことが密かに警邏隊の中で共有されてたのかもしれない。どことなく所作に恭しさが感じられた。

 オレたちは緩い坂を上る。入り口を塞いでた格子は最早跡形もなく、天井の方に格子があった名残だけを遺していた。道幅は三人ほどが並んで進める程度の幅があり、歩く分には構わないが剣を振り回すには難儀そうな幅であった。

 光源もないのでオレは光魔法のライトを灯した。

 閉塞した環境にほのかな陰影が現れると、洞穴の空気が心なしかひんやりと感じて来る。それが何故なのかはわからない。だが周囲がひんやりすると魔気の動きも停滞するような気がするのは不思議だった。


 ――いや。


 やはりそうだ。魔気の動きが遅い。強制的に動かされていたが、今はその枷がなくなったという事だろうか。聖剣ガウェインだった物の枷が。

 こことてガウェインに魔気を掻き回されたはずなのだ。

 だがガウェインの大暴れだけでなく、オレの見立て通りに神がいるならば、神が影響を及ぼしてる可能性も極めて高い。魔気は浄化されて空気となる。しかしそれならもっとパッパと空気になっていい。


 進んでみると狭い道の途上に人がバタバタと倒れていた。騎士や丁稚が圧倒的に多い。懸命に戻ろうとするも力尽き、ここで動けなくなったのだろう。荒い呼吸が魔気をよこせと喘いでいた。中には警邏隊の者達までいたが、彼らは飛んだとばっちりだと思う。

 後ろからお付きの爺ちゃんが確認した。


「メラニー」

「大丈夫よ」

「ヘイルこそ大丈夫なの」

「全く問題ない」

「そう…………。流石ね。ハロルド枢密院は?」

「あ、この爺さまには聞かんでいい」

「何で?」

「魔力がないから禿げてるだろ? つまり魔力に反応しようがないんだ」

「おい、ヘーイル」

「事実だろうがハゲ」


 年寄り達がガチャガチャやり出した。

 オレはこの者達を広間に戻すか相談しようと思ったのだが、メラニーが察して首をよこに振った。年寄り達を全く無視してるのは立場が許される。


「冒険者は自己責任」


 そして迷いなくこう言い切った。

 へたり込んでるのは騎士や商人なのだが冒険者扱いでいいのだろうか。いいのだろうな。メラニーが言うならば。

 とばっちりを受けてる警邏隊の人は気の毒だが、と思ってる矢先にパラパラと細かい砂礫が落ちて来た。次にドーンと突き上げられた。

 じゃれ合ってた爺ちゃん達もじゃれ合いをやめる。

 もう一度地面が揺れた。だが地面だけではない。洞穴自体が揺れていた。

 この震動は神ではない。神なら静かに権能で有無を言わせない。だがこれには作用と反作用がある。


「魔物か?」

「違うわよ。ハロルド」

「メラニーの見立て通りだ。これは空震波だ」

「空震波の震動。それがこんな地下にまでじゃと」

「どういうことですか」


 訊ねるオレにお付きの爺ちゃんが答えた。


「騎士団同士がぶつかったという事だ。おそらく、フィッシュダイスの速さに対抗するためにラインゴールドが騎士団スキルをぶちかましたんだろう」


 動いたのか。

 それがオレの第一感だった。

 ボヌーヴ川を背に、キボッド側から侵攻しようとしたラインゴールド団長率いる地平の彼方騎士団とサーバを守るために王都を背にしたフィッシュダイス団長率いるフィッシュダイス騎士団。そのライムの誇る二大騎士団がついに武力衝突を開始したのだ。

 ゴドンと重々しい震動が再び伝わる。


 と同時に枢密院殿が座りこんだ。周囲にいた騎士や丁稚も脂汗を大量に流しながら呻いている。

 皆気持ち悪くなったようだ。だがこれは魔気切れではない。この洞穴に魔気はまだ薄く残っており、その濃度は最前とさして変わってない。

 原因は別にあるのだ。

 騎士団同士の衝突以外にも、動く物があったのだ。

 オレは光源の先にある闇を見据えて眼を眇めた。この先で起きてるこの事象はオレの見立ての正しさの証明でもある。

 おそらくだが今の空震波に対して何者かが位相を微かにずらして対処したのだ。

 その位相のずれは深度一の中でも足の小指の先っちょが入った程度のずれだが、そのせいで普通の人は嘔吐感でどうしようもないのだ。



 あとがき


 衝撃があまりにも大きくて。

 テディ・ペンダーグラスの「Do Me」を聞いてます。元ネタしか持ってなかったので申し訳ないと思いつつ、この曲をバックに天国への階段もひょいひょいと登っていって下さい。安らかに、志村さん。


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