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第15話 自治領に来てからの、初めてのお茶会 その一

 トライデントは本気で、げえっと思ったらしい。手が藁掻きで攻撃してしまった時を再現するようにジタバタと蠢いている。だがその慌てた動作も、こちらへの謝罪を急いでせねばといった焦燥にしか見えず、オレとしては取り立てて問題にするつもりもない。

 だから言っておいた。


「安心してくれ。国際問題になどせぬ。そもそもオレにそのような力など無い。廃嫡されたも同然の王子だ」


 だがトライデントは(かしず)いてしまって聞く耳を持ってくれない。


「それにオレは親子の再会の喜びを、分かち合わせてもらってるのだ。それを謝罪などされてしまったら、何を目的に会わせたのか、それが台無しになってしまうだろう? 無粋はよそうということで、頼む」

「ハ。殿下がそう仰るならば」

「殿下もよしてくれ。オレはヒュー。ヒュー・エイオリーだ。この地でオレがフォルテの王子だと知ってるのは、ダルマーイカ辺境伯しかいない。だから娘が密使だったからと云って、くれぐれもハロルド枢密院にぽろっと伝えてもらっては困る。内緒で頼むぞ」

「ハ」


 オレは呆れた。


「呼称は呼ばぬが、口調を改めることには気が回らないらしいな」

「それをヒュー様が言いますか」

「…………アンナさん?」


 おかしい。なぜオレが咎められてるのだろう。

 するとアンナさんが鼻息も荒くオレを(たしな)めた。


「いいですか、ヒュー様。王族言葉は改めましょう。近頃は若者言葉と王族言葉と、こちらの言葉とが入り交じって、微妙に田舎者、丸出しになってますよ」

「さ、左様か」

「ほらそこ」

「そ、そうか」

「それです。それでいいんです」


 ――でもアンナもフォルテの名前を出した大失態を犯してますからね。言うほどアンナも上から物を言えるような、注文をつけられるような、そんな立場ではないのですよ。むしろこの事態を招いた張本人ではないですか?


 などという声が聞こえて来た。


「起きてるのか、リア」

「はい。今日は調子が良いようです」

「それは何よりだ」


 オレがアンナに目を配ると、アンナがスッと変わり身も素早くメイドの立場にもどったので、リアの紹介はオレがすることにした。機を見るに敏な女子(おなご)である。


「ティナは知ってるだろうが、トライデント共々改めて知っておいてもらおう」


 そう言ってオレはリビングの反対の位置のベッドに横たわるリアを抱きかかえて連れて来ると、わるいがリアを、ティナのベッドに一緒に座らせてもらった。


「妹のリアだ。この自治領ではダルマーイカ辺境伯の進言もあって、リア・エイオリーと名乗っている。本名はご推察通り、リア・フォルテ・ハーグローブ、フォルテの第二王女だ」


 トライデントが片膝をついて略礼をした。水車番にしては宮廷の作法を知っている男だとオレは思った。


「お初にお目にかかります。リア様。私はダルマーイカ自治領において水車村の水車番をしております、トライデント・オールダムと申します。こたびは娘が大変なお世話になりました。その寛大なお心と迅速な処置に、お礼と感謝を申し上げさせて下さい。本当にどうもありがとうございました」

「はい、どういたしましてです。これでこの話は終わりにしましょう。私はリア・エイオリーです。リアと呼んで下さいね」

「いえ、それは」

「ではリアちゃんと」

「これは…………」


 トライデントがオレに助け船を求めた。


「あきらめてくれ。正体を晒すわけには参らぬのだ。王室外交の一環として無理にでも納得してもらわないと、こちらも困る。リアがこのような姿になったのはわけありでな。オレたちは敵持(かたきも)ちである」

「わかりました。それでは使命に入ります。いいな、これで」

「うむ。上出来だ」

「だから(あに)さま。王室言葉が出てますよ」

「や。直そうとはしてるのだが」


 リビング廻りに、朗らかな笑いがさざめいた。


「さて。ではここらで真面目な話をしよう。今回の首尾の報告だ」

「はい。よろしくお願いします」


 ティナがそう言って、リアにも肩までタオルケットを掛けてくれた。動かぬ片方の手を見るのが少し忍びなかった。

 そしてオレはもう話してしまったこともあったが、ここまでの、一連の密書をハロルド枢密院に手渡すまでのことを、ティナへと報告した。本来の役目をアート王から請け負ったのはティナである。ティナにはその顛末を知って、アート王にいずれ報告する義務があった。その際の手段をどうするかまでは、ティナがトライデントと相談して決めることであろうから、オレはそこまで出しゃばる気はない。だが事の顛末は伝えねばならなかった。

 なので最初からのことを端的に話した。


 要点はこうだ。

 渡すことには成功したこと。

 腕を売って用心棒になったこと。

 そして敵をぶちのめして中に入ってしまったこと。


 三番目のぶちのめした件に関して、ティナは絶句した。ちょっと怒り気味だけど堪えてくれてるようだった。本来ならまだ届いていないのである。その上怪我の治療と養生をさせてもらってると云ったことが、抑止力となったのだろうか。


「兄さま」

「おう」

「言っておきますが、兄さまが用心棒になって枢密院の身柄の安全を保証したから、ティナは我慢してるのですからね」

「おお、そういうことか。しかしオレの考えてることが何故わかった」

「負い目を感じる部分のことを、延々と感じて動きつづけるのが兄さまの悪い癖です」

「そ、そうか」


 そこで気がついて、オレは左手で茶壺の底をつくると、ポンと手を()った。


「そうそう。ティナの危惧は本当にそうであった」


 と伝えた。


「それはどういうことで?」

「枢密院の屋敷を出たところで、オレは襲われた」


 そしてティナがオレの身体を眺めやった。


「見たところ怪我はされてないようですが」

「ああ。大事はなかった。その際にちょっと脅してもおいた」

「なんと?」

「この件はアーサー先生に報告すると。枢密院の屋敷をアーサー道場の者が、刃物を持ちだして危害を加えたとなると、先生は副団長でもあるから自らの道場の汚名を(すす)ぐために、アーサー騎士団の出陣する事態となるぞとな」

「兄さま。そこはアーサー道場でもよかったのではないですか?」

「いや。枢密院は自治領の統治下ではなく、サーバ統治下の枢密院だ。いわばサーバの政治に直言できるお人だ。その人の屋敷前に集団で武装して見張り、客に刃を向けたとあっては、これはもう戦争案件だ。騎士団の出番だよ」

「アーサー先生には?」

「今はオレの腹の内でおさめてる。だがこれ以上つづくようなら、刃を向けられた以上、大事(おおごと)にもできる。最早一方的にやられるだけでは済まないところにまで持って行けた」


 するとティナがホッとしたように言った。


「それは、ご苦労さまでございました」

「うむ」


 肯いたとたんに(しり)をつねられた。アンナさんにである。


「うん。うまくいった」


 くすくすと笑われたのが腑に落ちぬ。せっかく王族言葉をきちんと言い直したのに。


「だからそれからは蜘蛛の子を散らすように、門前から見張りがいなくなった」

「それは、不意打ちとかは大丈夫なのでしょうか、兄さま」


 リアの用心深さに、ティアも思いだしたように言った。


「忘れておりました。護衛はいいので?」

「ああ。枢密院がふだんは要らんと云ったのでな。いよいよ決行の日となったその時に、頼むと、そうかの御仁は仰った」

「いいのですか、それで」

「構わぬ。オレとしても話を通さねばならん用もあるのでな。むしろ好都合だ」

「いや、でも用心棒ですよね」


 ティナも遠慮がなくなってきた。いい傾向である。


「なぁに。本音をいえば、ひと働きして実力を証明し、そのまま門番にでも滑り込もうかというのがオレとしての狙いでな。今は枢密院も宰相派の目をくらませて、平時を装ってた方が良いというお考えだろうから、オレが門前にいては敵を刺激するだけなのだ」

「暴れてしまいましたしね」

「そうだ。いや、その、面目ない」


 からかい半分なのであろうが、ティナの物言いたげな眼に接して、どうにも頭を下げざるを得なかった。

 女子(おなご)どもがそれを見てカラカラと笑ったのが解せなかった。何より見えてないはずのリアまで一緒になって笑ったものだから、女子(おなご)というものはなぜこうも簡単に気心が通じるのだろうかと、不思議であった。


「さて、兄さま。報告は終わりですか?」

「うむ。じゃなくて、うん、終わりだ」


 また(しり)をつねられてはかなわん。

 オレとて背後にアンナの気配は感じるのだ。


「ではお外に連れてって下さい。私は風に当たりたくなりました」

「わかりました。リア様の外套を取って来ます。ヒュー様は車椅子にリア様を移して下さい」

「わかった」


 そうしてオレがろくすっぽ返事もせぬ間に、あれよあれよとアンナがリアの部屋へと行ってしまった。オレはテーブル脇のリアの車椅子をベッド脇に持って来て、そうしてリアを抱きかかえて車椅子に坐らせた。


「ではの。それがしらはしばらく外に出ておる故、じっくりとくつろいでくれ」


 そう言い残して、玄関先で外套を持って待つアンナのところに、オレとリアは向かった。ひとまず部屋を出ると、トライデントが娘の腕を心配してる声が聞こえて来た。


「さ、お外に出ましょ」


 リアに促されてオレたちは屋敷を出て、牧場の見える庭先の方へと回った。庭先には大きな楠木(くすのき)があり、その下には簡単なテーブルと椅子がしつらえてあった。けだるげな午后の風に吹かれてテーブルに載ってた葉がこぼれ落ちている。この大きな楠木(くすのき)を照らす日が、ちょうど中天の頃合いに達すると、そのテーブルには木陰が差すようになる配置となっていた。

 今はすっぽりと木陰になっている。夏の残暑もその勢力を弱めているが、部屋着で薄着のリアには、木陰に入ることもあり、外套をかけるくらいでちょうどいい塩梅のようであった。


「座らせるぞ」

「はい」


 オレはリアを抱えて長椅子に座らせた。隣には当然のようにアンナが座る。男のオレでは手が出せないことでも、アンナであれば何でもすぐに対応できる。

 オレたちはティーポットとお茶菓子をつまんで、風に吹かれるまま牧場を見ていた。牛飼いが、草を()む牛の廻りで食べ終わるのを待っていた。


「兄さま、どんな感じです。牛さんが近くにいるのは鳴き声でわかるのですが」

「そうだな。牛飼いが次に山の方へと追い立てたいのか、山の低い場所に陣取って、牛に草を食べさせてるな」

「あら。牛さんもお食事中なのですね。私たちと一緒ですね」

「ああ。そうだな」


 そう言ってオレは紅茶をひとくち口に含んだ。


「甘い紅茶は落ち着くな」


 はい、とリアとアンナが同時にうなずき、リアが言った。


「私、ここでお茶をするのが大好きです」


 するとリアに即答するように、モーッとのどかな牛の鳴き声が追随して、オレたちはまたひとつ笑った。


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