表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
147/172

第147話 思えば異国の王族との初のまともな顔合わせだった その二

 そうして冒険者もやったことがないのねとメラニーに呆れられたわけだが、彼女の目からすると、オレという存在は想像以上にお坊ちゃんだったらしい。振り返って我が事を考えてみると、実はそこにはさほどの問題はなく、アンナさんの必要な分を必要なだけ渡すという行為が、極めてオレには合っていたという事がわかった。

 そしてメラニーは冒険者がうんたらかんたらと言っていたが――。


「別にオレは冒険者ではないからな。毛ほども何も感じないというのが実情だ。そもそも必要がない。オレは用心棒なのでな。ということで枢密院殿、オレはちょっと周囲を見てきます。何か遭ったら飛ばされてここに戻って来ますので、枢密院殿にはここで待っていて頂きたいのですが」


 すると枢密院殿が先ほど居た場所の方を見た。警邏隊の生き残りが魔法陣には触れずにこちらに向かって罠を警戒しながら歩いて来てる。


「わかった。儂の方でも、ちと話すことがあるから気兼ねなくしっかり見てこい」

「わかりました」


 枢密院殿の配慮に感謝をしつつ、メラニー付きの爺ちゃんを見やると、男らしい太い顎をもった爺ちゃんが俺に任せておけと言わんばかりに野太い笑みを浮かべてコクリと肯いていた。

 その眼がオレを知っているような眼で見ている。

 慈愛にも似た眼をしているし、あの時には何か事情があったのかもしれないが、オレはこの爺ちゃんに襲われたことを忘れてはいない。


「どこかで会いましたか」

「はて。どうであったろう」

「知り合いを見るような眼でオレを見てらっしゃったので」

「あー、ちょっとした齟齬だな、それは」

「齟齬?」

「若者にわかるかどうかはわからんが、俺のように年をとると、経た歳の分だけあの時ああしていれば良かった、こうしてれば良かったといった後悔を抱えるようになったりするんだ。良かれ悪しかれ、色々な形でな」

「大変そうですね」

「ああ。年を取ったら誰もが通る道だ。だがそれを解消する方法はある」

「あるんですか」

「ああ、一つだけある」


 それは興味深い。


「そのたった一つの方法とは、どのような?」

「素直になることよ」

「素直?」

「やりたいことをやりたいようにやる。そうすると年寄りの我が儘だの冷や水だの若い者にはえらい云われようを受けることもあるが、だが後悔はしなくなる。やりたいようにやったのだからな」

「ああ、なるほど。それは後悔しないでしょうな」


 なるほど。

 爺ちゃん婆ちゃんが好きな事を好きにやりたがるわけだ。残り少ない人生を懸命に生きようと思っているわけだから。


「良い方法であろう?」

「はい」


 オレは肯きながら何となく枢密院殿を視界に入れていた。

 オレは老人には好きに生きて欲しいと思う派のようであった。でなければ国政会議の用心棒を引き受けたりはしなかっただろうしな。


「だからお灸も据えておくのでな」

「はあ」

「ではお勤め頑張ってくれ。枢密院は確かに預かった」

「よろしくお願いします。それと…………」

「それと?」

「良い話を聞きました」


 オレは目礼をするとその場を後にした。てくてくと歩きだす。途中すれ違う警邏隊の人にも目礼だけを交わすと、向こうも何食わぬ顔で返礼を返して通り過ぎた。

 オレは口を引き締めて歩く速度を維持した。心がざわついていた。何故か枢密院殿が居心地悪そうにしていたが、メラニーの侍従の爺ちゃんのいうことは、いちいち腑に落ちた。

 老い先短い人生で後悔をしないようにやりたいようにやる。やるからこそ後悔をしないのだと逆説的に人生を見つめているのだ。それは老境の境地の一つなのだろう。

 メラニーに苦労してる様子が推し量れる含蓄であったが、オレがリアにしてあげられることも案外それしかないのかもしれない。


 周りには魔力切れで苦労してる人たちが存外に多かった。それだけ魔法陣から魔力を吸われてしまったのだろう。

 馬車ごとワープの餌食にかかったのか、あちこちに馬車が停まっていた。荷売りの荷もあちこちに置かれ、この地下空間は思ったより食糧事情も良さそうであった。

 そういう所には人が集まり、いらない木材やゴミを集めて燃やし、篝火が焚かれていた。ほのかな光源があちこちに見て取れるし、サーバの王都民は強制ワープされてもしたたかに生き抜いていた。

 ふふんと云った自慢気な目を向けられた。

 メラニーである。


「なぜ付いて来る」

「でね、話なんだけど」


 まるっきり無視された。オレも無視しかえして歩き出すことにすると、すぐにトコトコと軽い足音がしてメラニーが追いついて来る。オレは黙って歩を進め、枢密院殿がかかった罠を抜けた。小さな魔法陣がいやらしく薄い光を放っていて、まだ性能が維持されてたので、そこを通過する際、オレは忍者刀でもってこっそり魔法陣を刺し貫いた。外套の中で行ったので人目にはつかないはずだが、時の止まった忍者刀には強制ワープ陣も干渉できないようで、二度と悪さも出来ぬまま潰えた。


「聞いてよ。私より耳がよくないでしょ」

「そなたを基準にするな」


 そもそも接待脱出はその役目をもう終えている。だからメラニーはあの場で枢密院殿らと一緒にいれば良かったのだが、メラニーはオレの後を跟けて来ていた。トコトコとことこと足音がするのはわざとであろう。無音で歩けることをオレは知っているだけに、意思表示は鮮明である。付いて来るのをやめる気はないようなので、このままついて回られても面倒臭いオレは、座りこんでる人たちの間を縫うように歩いた。

 それでも付いて来る。


「これ、付いて来なくていいから」

「いやよ」

「物陰にでも隠れて附いて来るならわかるが、そうも堂々とオレの後ろを付いて来られるのも困るのだ」

「何でよ」

「ここにはそなたの正体を知ってる者とて居るだろう。お付きのじいやとも合流出来たのだし、そなたはそなたの、我が道を行ってくれんか」


 こうして二人きりのところで人の目がでて来ると、色々と差し障りが生じることもわかって来たのだ。

 魔力切れでへたり込んでいるとは言え、それぞれに目はある。中には宰相派の者だって混ざっているかもしれない。テロリスト側についた監視者だっているかもしれない。そこへ来てライムの姫であるメラニーが話しかける相手だと気づかれてしまえば、オレは一体何者だという事になる。

 対等に話すのは論外、かといってへりくだれば後に仮初めのアンダーカバーが露見した際に、自治領に住まってひと月のオレがなぜライムの姫を知ってるという話にもなりかねないのだ。つまりテロリストにオレの正体を追われる可能性も出て来る。ここではわずかな可能性でも残したくない。むしろ潰すべきだった。

 あくまでオレは枢密院殿の用心棒としてここに居るのであり、仕事でテロリスト共とは対峙していたのだと。


「ねぇ」

「頼むから黙って歩いてくれ。どっかに飛ばされても知らんぞ」

「黙ってれば大丈夫なの?」

「知らぬ」

「ふうん。でもね、アンタの後ろにいると何故だか強制ワープにかからないみたいだからね。利用してるのよ」


 かかったじゃねーか。主にそなたのせいで、という言葉は飲みこんだ。その際に飛ばされてしまった最奥とも言うべき地下からの脱出は既に成功の下、為されている。それもメラニーの豊聡耳(とよとみみ)のお陰をもって道を知り、オレはどっぷりとその恩恵にあずかっている。


「それに私が飛ばされたら探しに行かされるのはアンタだからね」


 なるほど、それはそうだろうな。宗主国であるライムの姫を見捨てるという選択肢はサーバの国民にはない。枢密院殿ならそうする。となると手間暇を考慮したらメラニーの強制ワープ避けは割と良いアイデアなのか。

 サーバとメラニーにとってはだが。


「おい、そっち行くとこの場所に戻されるぞ」


 近くにいた王都民から声がかかった。オレたちに忠告をくれたのだ。

 オレは、左様か、と答えたのだが、メラニーが気をつけますーと世慣れした事を言って通り過ぎていた。王都民はポケッとメラニーの顔を見て、それから文句も言わずに忠告を無視したことも忘れてメラニーの姿を追っていた。メラニーは、この女子(おなご)はもしかしたらオレより市井に熟れてるかもしれないと、そう思った。


 まあいい。


 オレは通り過ぎながら王都民の人に頭を下げると、そのまま進んでゴソゴソと外套の中でもう一振りの忍者刀も抜いて、魔法陣から伸びてる線を()った。そのまま近隣を歩き進めながら強制ワープをどんどん無効化して行く。オレがやってることは忍者刀をただ地面に突き立ててるだけなのだが、外套を羽織っていると、こういう行為をしてても楽に隠してくれるのだから、本当に外套は便利である。

 知ってか知らずか、聞こえているんだろうなと思いながら付いて来るメラニーをチラと見やると、強制されないなぁなどと云ったひとり言が聞こえて来た。

 オレは歩を進める。余談でもごまかせないと知った。


「しかもそなたは目立つ。今もチラチラと視線を集めておるのは気づいておるか」

「私美人だからね」

「違う。その髪が」


 地下の暗所では目立つのだ。オレの黒髪ならともかく、メラニーのような金髪は松明を反射して第二の光源にもなってしまう。薄暗い地下空間において明度が増すのだ。魔力切れを起こして自分で明かりを灯せない者達にとってはメラニーは誘蛾灯のようなものである。

 人目に付くのはできればオレは避けたい。ここは変わらない。


「髪が何よ。失礼なこと考えてない?」

「いや。金髪は目立つと、そう言ってるだけだ」

「金髪じゃないです。亜麻色の髪ですー」


 言い方、そう思った瞬間にメラニーが素の顔にもどって言った。


「剣もないからお守りがいるかと思ったんだけど、必要ないみたいね」


 ぽつりと放りこまれた何気ない言葉であった。だがそれを聞いてオレはハッとした。気づきを得てしまった。

 いってみればオレにその視点はなかったのだ。しかしそうか。メラニーはオレが無手だと思って付いて来てくれてたのか…………。

 これは帰れなどと言って悪いことをしたと、そんな気分にもなる。


「短剣と言うには長いけど、面白そうな剣を二つも持ってるみたいよね。その二対はあっちの業物?」


 数までわかってる。外套の中にあるので見えるわけがないのに。

 つとその髪と表情を見やると、メラニーの眼が召喚魔法を教えてくれと言ったときと同じような眼をしていた。最奥でも見た期待に満ちた、ドキドキわくわくとした眼…………。

 だがその眼を見て思う。


 この女子、フォルテと勘違いしてないか、と。


「まぁあっちと言えばあっちだな」

「はぐらかして。そんなに付いて来てほしくないの? それなら交換条件。ハロルドには私から口利きしてあげるわ」

「枢密院殿に?」

「そう。あなたが手に入れた玉、リアさんの指なんでしょう?」


 オレはギョッとして足を止めた。


「おい、壁際は本当に危ないんっ」


 反響する声がブツッと途切れた。

 オレはもう一度ギョッとして周囲を見渡すと、そこに居たはずの人がいなくなっていた。どうやらオレたちが通るので不用意に道を開けたら、よけたその手が魔法陣に触れたらしく、後方十メートルほど飛ばされ、そこで転がって痛みに呻いてた。


 ――なんかスマン。


 オレはその人の周囲の魔法陣を断ち切りながらその人物に頭を下げ、人も物もないその壁際から距離をとって迂回した。

 それにしても構えを崩さないメラニーは周辺状況もオレよりよく把握してるようだった。この女子は思ったより用意周到であり、豊聡耳のおかげだろうが状況認識がオレよりも速いようだった。オレはメラニーに眼を戻し、ジッと見た。


「聞いてたのか」

「失礼ね、聞こえたのよ」


 豊聡耳恐るべし。

 しかしふうむ。

 そうか。話を戻すが――。


 言われてみれば、オレが手に入れたこの玉はメラニーの言う通りにリアの指なんだが、確かに事情を知らない枢密院殿からしたら、これはテロリスト共が用いてた道具にしか思えないだろう。故に後に雇い主である枢密院殿に提出しなければならない代物であるのは間違いなかった。


 となるとメラニーの持ち出したこの申し出は破格の申し出というか、渡りに舟であった。この王都で手に入れた物は枢密院殿に渡さねばならない可能性が高い以上、再び手元に取りもどすためには枢密院殿にこちらの素性をバラして手に入れる以外ない事になる。だがそれをすれば以降のオレの仕事の話はなくなるだろう。門番どころか用心棒の仕事でさえも…………。

 誰が好き好んでフォルテの王族を、しかも五大国最強のフォルテの王子を扱き使おうとするかという話であった。

 フォルテの王族であることがこういう時は恨めしい。廃嫡同然でもそんなことは枢密院殿には関係ないのである。フォルテの王族であるという事実が重要であった。それを思えば、メラニーの案に乗ってしまえそれらの小細工を弄する必要が全く必要なくなるのだ。それもごく自然な流れで。

 乗るしかないだろう、この流れに。


「わかった」


 オレは黙って差し出された手を握り返した。

 メラニーが良い笑顔でニヒヒと笑っている。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ