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第142話 それを厭わぬ女とは思わなかった

 光源もない空間からいずこともなく滲み出していた光が消えると、周囲にはふたたび夕闇が降り、城塞森林公園に束の間の空白が生まれた。

 オレの後方からは一団が迫って来ている。足音が鈴鳴りに連なっており、その足音は迷わず最前まで光っていたこちらの方へと向いているからその正体はわかるというものだ。


「ピュー」


 振り返るまでもなくそこに枢密院殿がいた。枢密院殿が騎士団を引き連れて応援に駆けつけてくれたのだ。

 オレは改めて自分の身体に目を走らせるアルバストに告げた。


「あきらめろ。早々に置いて行け」


 おざなりな警告だが一応しておくべき事だけはしておくと、後ろで枢密院殿が状況を把握したらしく息を飲んだ。

 そう言えば追えとは言われたが捕まえろとは命じられてないような…………、それでもって枢密院殿のお仕事は王への諫言忠言と正確なことを基にした国政への参加であったからつまり、あれ、逮捕は警邏隊のお仕事?


「何を置くというのだ」


 アルバストが問い返してきた。


「え~と、身柄?」

「疲れたか」

「うるさいよ。お前の方こそ人並みなところもあるようだな」

「痛みに弱いからすぐ隙を見せると誰かに言われた気がしてな」


 ふん。


「誰だろうな」

「知るか。まったく、貴公のせいで振り回されてばかりだ。貴公ばかりがいい目を拾う」

「これだけオレたちを振り回しておいてよくそんな言葉が出て来るな、まったく」


 オレからすれば、枢密院殿の要請もあり監視こそが主任務であったが、オレ自身も敵の本丸を知るためにとっとと帰れと思ってるから、生かさず殺さず監視に努めて来たわけだが、この女は自分ばかりが損をしてると思ってるらしい。


「命があるだけありがたい話なんだがな」

「ふざけるな。何をした」

「オレはな、お前のこの星の民草を陥れて自分の家に帰ろうとするその性根が気に入らん。それではお前の言うところの何もしない相手より質が悪い。オレからすればな」

「なんだと」

「お前は何もしないどころか悪意で陥れてるんだぞ。直接の関わりのない第三者を。

 そもそも憎たらしいケルプにおいてもバックドアや四人組には良くされたんだろうが」


 アルバストが黙る。その顔に苦味が走った。

 つと見ると、アルバストの四肢がもげかけていた。アルバストはこっそりと右手を背中に隠して、おそらく(ぎょく)でも取り出そうとしてるのだろうが、あえてオレはそれを放置し、気づかぬふりして会話をつづけた。


「外法な勇者召喚を仕掛けた者と同じ事をしてどうする。どうせならそんな思惑から外れて人助けしながら帰る算段を探れ。それぐらいの気概を見せろ」


 まぁ――。


 オレの血をも取り入れた聖剣を手にするなら、人を嵌めて勝つ程度の勝ちを狙うなと言うことだ。

 オレはリアの全ての四肢と眼を取り返すつもりだ。


「くっ」


 アルバストが呻いた。だがオレに言い負かされたからではない。

 しめしめと水の治癒をかけようとしたら、その途中で異変に気づいたのだろう。


「魔力が」


 かなり力を込めてるようだ。玉から引き出そうと。

 だが微々たる量しか魔力は供給されない。アルバストが胡乱げにこちらに目を向けた。


「貴公か」

「さてな」

「とぼけるな」


 オレは無言を貫いた。


 ――刻印したのは貧の印。お前にはもうその玉からは微々たる物しか手にすることは出来ない。


 とだけ胸の内で返事した。友達でもなんでもないし。


 ただその玉に関してだけは、今後誰にも好き勝手は出来ないだろう

 何せ魔力を吸い出そうとしても、その吸い出すこと自体に貧するのだ。吸おうとしてもちょっとしか吸い出せない。そこに対処法はない。玉の在り方としてそうなってしまったのだから。

 これから後その玉からは何をしようにも貧しく、つつましやかに、清貧をもって尊しとなす。以降その玉からはお前は微々たる魔力しか吸い出せない。そしてそのことはおそらく、不意に魔力を抜かれて動くこともままならなくなったリアの普段の生活が改善することになるだろうとオレは予測を付けており、そうなるよう祈っていた。

 この祈りにも似た予想は、魔力の流れを止めて封じられたリアの身体が枯れられても困るが、むさぼられるのも抑えることができるのではないかという、そういう考えである。この結論は屋敷に帰って実際にリアと会わなければわからないが、ただ、悪いことにはならないだろうなとは思っていた。


「見て、血だらけよ。一刻を争うわ。隠密はもう無しよ」


 どこかから声がした。そう思ったらオレの左斜め後方から気にかかる音もした。だが何の音かはわからない。ただガウェインの攻撃でオレの背後には幾本もの巨樹が放射状に倒れていることはわかっていたから、おそらくその倒れた巨樹のどれかを隠れ蓑にしてるのだろう。数多の巨樹がブロックごとに区分けされた城塞都市の城壁のどこかに引っかかっている。


「んなっ?」


 その巨樹の枝がバッサバッサと森林公園に落ちる音がした。気にかかった音は物々しい落下音だった。しかし枝打ちをするようなペースではない。フォルテの森林官でもこんなペースで枝を落とせる者はいない。アルバストから目を離さぬよう微妙な加減をしながら視野を広げると、巨樹の上を走る者がいた。


 誰だ。


 その者は邪魔になる枝を斬り飛ばしながら巨樹の上を駆け下りてきていた。とんだ怪力だ。斬り払われた枝が宙に舞ったことでその顔が一瞬見え、二度驚いた。駆け下りてくるのはサーバの宗主国、五大国の一角ライムの姫の姿だった。

 ライムの第三王女メラニー。


「何で姫がいるんだ」


 しかも巨樹の枝をものともせずに左右に斬り飛ばしている。足も速い。

 オレの視界の隅で、アルバストがかろうじて繋がってる右腕をメラニーの方へと向かって微かに動かした。それだけで深紫の闇から闇の弾が放たれる。


「くっ」


 後退させられるが仕方ない。

 深紫の闇に弾を撃たれた以上、コペルニクスやサドンと同じ末路を防ぐためにはオレが動くしかないのだ。オレは姫の射線上に入る。

 この隙に逃げようとしたアルバストの左足が炎でもげ、四肢もいつ離れてもおかしくないほど怪しくなった。

 ガクンとアルバストの動きが落ちた時に、これはマズイと思ったのかガウェインが自分で深紫の闇を更にばらまく。気合いを入れてオレは初弾を外套を広げて払い、遅れてやって来た後続を幾つかその身に喰らい、幾つかを素手で払い落とした。逸らされて着弾したところから横倒しになった大樹や城塞森林公園の地面が蒸発して消えた。


「なっ、何これっ」


 メラニーがその威力に驚いてるが、驚いたのなら足を止めろよ。相変わらず枝葉がバンバン宙を舞っていた。

 思わずがっつりメラニーに振り返ってしまったのだが、その隙にバックドアが横からアルバストをかっさらった。だがその拍子にアルバストの四肢の結合が解け、アルバストの身体で無事なのはガウェインを握る左手と、抱えられたために押さえつけられた右手を残すのみで、僅かに均衡を保っていた足はすべてもげてしまった。

 バックドアは慌てたように闇収納で魔法を解除されたその右足を、それから炎にまみれた左足をも回収している。そのまま天晴れなほどの逃げっぷりを見せて公園と巨樹の(きわ)に逃げた。

 消えてたと思ったら現れた時には決定的な仕事をする。それがオレから見たバックドアだった。バックドアは相変わらずの縁の下の力持ちである。その撤退を援護するようにガウェインから狂風がうなりをあげて飛ぶ。


「ピュー!」


 枢密院殿から警戒をうながす声がして、オレはその場に屈んだ。

 アルバストがわずかに残った左腕でガウェインを台地に突き立て魔法陣の強制発動。そして吹き荒れる風に周囲の枝葉が飛ばされる。

 向こうからすると時間稼ぎである。力を貸さぬと云ったガウェインがなけなしの余力を用いて撤退の時間を稼いだ貴重な一時のはずである。

 だがオレはそれも耐えきった。根本付近の巨樹はさらに細かく断ち切られ、オレたちの足場がガクンと大地に落ちた。角度がさっきより急になる。

 それを見越したバックドアが少し左にずれるが、それだけだ。アルバストを抱えて逃げようにも大した距離も稼げずにその場に留まっている。もうアルバストが無理が利かないのだ。なのでわざと隙を見せるようにして足下(そっか)の背後に向かって、


「ヒューです」


 と久方ぶりに枢密院殿に訂正し、そして驚いた。


「貴様、なぜそんな所にいる」


 枢密院殿のその脇に、かつてオレを夜襲した爺ちゃんがそこにいた。

 瞬間、視界の隅で深紫の闇が魔法陣に下りた。


「何だ? 何が起きてる!?」

「何やってるのよ、アンタ!」


 後方から無遠慮な姫の声がしたが、返事を返さなかった。だが返事をしないのもサーバの一個人という現在の立場上まずいかという考えも頭をよぎり、手負いのアルバストを眼で押さえながら返事しようとしたら、メラニーから先に気合いの入った声がした。


「冒険者として来てみたら動くなと言われるし、一般人だと主張したら城から出るなと言われるし、どうせアンタとハロルドのせいでしょ!」


 この野郎、アンタ呼ばわりかよ。しかも微妙にオレを先に呼んでるし。

 今の立場で王女扱いしたら面倒臭いから知らない(てい)を通そうとしたのに、雇い主より先に呼ばれては色々と台無しではないか。

 その姫が攻撃しようとしてる。

 深紫の闇にだ。


「よせ!」

「よせって何よ!」

「あれに攻撃するな!」

「アンタはしてるじゃない! 血みどろよアンタ!」

「違う! 呪われるぞ!」


 樹木から跳び上がってメラニーが袈裟に剣を構える。


「やめろ姫! サドンが餌食となったようだ」


 夜襲した爺ちゃんの鋭い声がした。

 ハッとしてメラニーが中空で警告を発した爺さんを見やった。見やったがもう止まれない。ガウェインからも深紫の弾が無数に飛んだ。


「魔気飲み!」


 メラニーが叫ぶ。剣の周囲が歪んで、メラニーの周囲にあった魔気は飲みこまれたが、それでも弾は消えない。変わらず深紫の色を色濃くしたままメラニーへと直撃するコースを辿る。

 メラニーが覚悟を決めて弾を睨み、斬り落としにかかるが、そこをオレが横から掻っ攫った。


「ちょっと!」

「黙ってろ。舌噛むぞ」


 オレはメラニーを左腕に抱えて隣の巨樹に着地した。外套が少し枝葉にもってかれて内側が開いてしまう。だが視線は一切アルバストらから離さない。すると外套の内側を敵から隠すためにメラニーを離して外套を閉めると、メラニーがスッとオレから離れた。無事に降り立ったとわかった途端にメラニーが叫いた。


「アンタ後衛でしょ!」


 オレが前に出てるのがお気に召さないらしい。

 だが、召喚魔法使いなんだから、というのは飲みこんでくれたようだった。しかしそれはつまり、オレの状況はある程度把握しているらしいと云う事のようだった。

 だがそれでは片手落ちというものだろう。オレはすかさず反論した。


「アーサー道場に通ってる」


 だから前衛なのだ。

 しかも人生においても常に矢面に立っている。後塵を拝したことなどない。


「へなちょこじゃない。剣も持たずに!」


 自信がないからそうしてんだろ、とでも言いたいのだろうか。

 ムッとして外套の下から剣を抜くと、折れてるじゃない! と、すかさず窘められた。


「む」


 確かに鞘の奥に剣先が取り残されたような重さがある。

 何というか、メラニーもだが師匠筋の小太郎からも溜息が聞こえて来たような気がした。

 メラニーが崩れた巨樹から隣の巨樹へと飛び移り、そのままの勢いで駆け下りようと動き出したので、オレは降霊召喚状態の深度一を利用してその前に出た。


「な!」

「落ち着け」

「そこどいて!」


 言ったメラニーが剣を構えて、駆け下りる巨樹の上からもう一度更に隣の巨樹へと飛んだ。小太郎あたりが見たら八艘飛びだと騒ぎそうな大胆な跳躍であったが、剣が宙においてもピタリとしており、それはもう見事なアーサー流だとオレも思った。しかしだからこそメラニーにはよく見えたのだろう。同時に行ってた周辺確認で、闇の弾によって穿たれた地割れのような着弾痕を見てメラニーは目を瞠っていた。

 枢密院殿の鋭い声が飛ぶ。


「気をつけろピュー! 闇から出て来たぞ!」


 何が、と思った時には、アルバストの喜色満面の顔が見え、その背後にバックドアが何かをしてるのが見えた。

 と言うかオレはバックドアが消えていたことに気づいていなかった。ずっとそこに居たんじゃないのか?


「喰らえ! 咒札(じゅふだ)直結! 亜空送りっ!」


 バックドアが叫んでいる。


 魚がギュッと方向転換するように左を向くと、遠心力で外套が花開くように開いた。闇の中から出て来たバックドアが手にした咒札から何かが起動して黄色く光っている。

 亜空送りとやらに備えるように、オレはふた振りの忍者刀に手をかけたが、バサッと閉まりかけた外套が防禦態勢をとったというのに、バックドアは地面に咒札を叩きつけていた。


 発動した咒札から黄色い光を帯びた魔法陣が一気に拡大する。


 そういえばこいつは姿を現す前にどこに居た?

 いつの間にか意識から離していた。

 気がつけばヒーラーも居ない。

 バックドアに向けてアルバストが会心の笑みを送っている。


 もしや――。


 やられてやられてやられまくって、こちらの眼中になくなっていたのがバックドアの仕込みだったなら。

 いや、もう考えるまでもなかった。オレの勘がそう言っている。


「そうか、仕込みか」


 気づいた時にはもう遅かった。オレたちはバックドアにここへ、この場所へと誘導されていたのだ。

 だが枢密院殿の思うような狙いではない。

 狙いはオレではなく枝葉を切る手間を省こうとして中空に飛び出してる姫だ。

 手負いのアルバストはオレを見ているが、バックドアはメラニーを見やってニヤリとしていた。


 メラニーを討つメリットは簡単だ。


 テロリスト達がライムのメラニーを討ち取ったともなれば、この後敵達を撃退しようが追い返そうが、それはサーバにとって意味が無いこととなり、むしろ致命傷になることとなる。なにしろ既にコペルニクスがやられ、サドンさんも戦線を離脱させされている。それなのに敵に対して属国であるサーバが宗主国である姫に対して何の対策もしなかったとなれば、戦後の話はこじれにこじれる。


 しかも聖剣使いだと、魔法士団の団長と王直属の王杖が暴いて見せてるのだ。その情報を持っているのに、この場に居るサーバの者が宗主国の姫に対して伝えてもいなかったというのは致命的である。


 オレはバックドアなどいつでも倒せるからと高を括っていた。だが今にして思えば枢密院殿の言をきちんと噛みしめていればこれは防げた事態かもしれないとも思った。なにしろバックドア・クックは王杖第四席モンタッタ・スモールランドから部族のお宝を掻っ攫った実績の持ち主であるとオレはソマ村で聞かされていたのだから。


 バックドアは変わらずメラニーの姿を捉えている。


 オレの意識を誘導することなど王杖に比べれば容易いことであったろう。

 だがそれでも――。


「亜空になど送らせるか!」


 深度一へと潜り、色づいた夕闇迫る宵の口の世界が、位相のずれによって灰色がかった深度一へと瞬時に変貌する。メラニーに迷いはない。中空を滑るように飛んで自分に狙いをつけているバックドアへと標的を変えていた。

 亜空送りが瞬時に起動する物でないことは、この一瞬の空白があることから確定しているが、どうしてその位置に来た時に発動したのだろうかという疑問は残った…………。

 そもそも王都は根こそぎ魔力を奪われてワープ機能は停止していたはずだ。


 ハッとした。


 何でガウェインが魔法陣に下りたのかを。

 あれは対メラニーではない。


「まさか」


 思った時には空間が揺らぎだしていた。

 魔法陣に亀裂が入り出し、これは――。

 と周辺視で辺りを一瞬で見渡すと、オレの深度一にも魔気が入り込んできており、ガウェインの余裕をもった佇まいがメラニーではなく公園にいる者たちを一網打尽にするのを画策していた。


 公園をだ。

 全体をだ。

 そして手伝うガウェインが深度一にも張り巡らしてたのだ!


 時の流れがとまったも同然なほど遅くなった世界でメラニーが狙いをアルバストに変更しようと動いてるが、それでも間に合わない。手負いとは言えアルバストを舐めすぎだ。アルバストから離れたその右手から、セプが今にも飛びださんと手ぐすね引いてるのが見えた。

 アルバストも深度一にいつ入って来てもおかしくない。

 セプは召喚獣だから深度一だろうが自由自在、加えてオレの刻印による「貧」が憑いていようがメラニーにダメージは通る。そしてそのダメージは緩和されようとも致命傷になる。まず助かることはあるまい。呪いだけでコペルニクスとサドンさんは餌食となったのだ。

 メラニーはその事も知らない。

 ライムの第三王女だ。王室外交を今後展開しようと決めたオレにとっては、ここで第三王女に手傷を負わせるのは差し障りがある。


「召喚解除!」


 天道神さまが憑いたのは右腕だけだ。全身で潜ってはいたが、だったらこの方向で行く方がいい。オレは一歩を踏み出しアルバストをこちらに向けさせると、振りに食い付かせて釣り出すと、そのまま横っ飛びに飛んだ。

 交差するメラニーを右腕で抱き留める。とメラニーがオレに剣が当たらぬよう刃筋を横にした。

 そのメラニーがハッとしたようにオレを見る。

 深度一の概念も知らない王女が、自分のためにオレが何かから浮上したことに気づいたらしい。


「アンタ!」

「知ってる! 離れろ!」


 オレの後ろにいれば防げる。


「アンタは!」


 アンタアンタと今さら自己紹介もあるまいに。オレはフォルテの王子ではなくヒュー・エイオリーだ。このまま亜空送りに第三王女まで巻きこまれることはない。オレは助けたままに後ろに突き飛ばそうとしたのだが、逆に彼女に腰元を抱きつかれてしまった。

 おかげでメラニーこそオレの血がついて血だらけである。

 クソ。

 なりふり構わず血だるまのオレを庇う気らしいその動作に、姫という看板を背負ってるはずの第三王女が、自らの全身に血がつくのも厭わぬ女だとは思いもしなかった。オレに止められた時とは違うのだ。普通なら厭がって距離を置くはずであるが自ら逸るオレを止めようとしているようであった。


 この姿はどこかで見たことがある。そう思ってすぐに腑に落ちた。


 その姿は四肢を失った血だるまのリアに似ていたのだ。オレは血まみれを厭わぬ第三王女がリアと重なってしまったのだ。リアがフォルテを出た後も度々オレに無茶をしないよう言い聞かせてきたりする姿にも似ている。

 リアはよく言うのだ。


 私がどうとかで怒っちゃいけませんよ。

 王族が市民に怒りをぶつけてはいけませんよ。

 ここは他国なのですから。

 王室外交の最中だという意識を忘れないで下さい。

 何を言われても私は平気ですよ。(あに)さまも平気でいてください。


 血だるまになった妹が懸命に憤怒に染まろうとするオレを止めようとしてくれるのだ。自らに起こった出来事を脇に置いてオレのことに心を配っているのだ。

 今のメラニーがそうだった。自分だけでも助かれば良いのに、顔にも服にもべったりと血を付着させてるくせに、あれだけ逸ってた攻撃をやめ、刃筋を横にし、懸命にオレを止めようとしているのだ。

 オレはこういう女を振りほどくことが出来なかった。ましてや今は時間がない。

 ここは深度一ではないのだ。


 光が拡がった。

 更に咒札の範囲が拡がったのだ。


 いや、拡げているのか?


「あっ!」


 恐るべき事実に気がついてしまった。

 バックドアは何と言っていたのか。奴はこう云っていた。

 咒札直結! 咒札の直結と!

 つまりこれは咒札だけの魔法陣ではないのだ。

 咒札をこの広大な城塞都市の魔法陣に直結させたと、そう言っているのだ。

 設置型の咒札に、魔法の詠唱まで組み込んで規模を拡げ、なおかつ咒札による魔法と錯覚させておいて亜空間に送られてしまうと勘違いまでさせられていたのだ。


 奴の云ってた亜空は亜空でも移動に関しての亜空――。


 思い出せ。

 この城塞都市には何が蔓延らされていたかを。

 何を持って生活を豊かにしていたかを。


 ミシリと足下(そっか)の魔法陣が鳴った。

 咒札による魔法陣は降霊召喚中のオレに反応していた。解いたとは言え、天道神さまの光に照らされた以上こちらの一角はじきに崩れるはずだ。実際オレへの魔法陣は自壊を始めている。だが向こうは――。


 枢密院殿はっ――。


 視線の先では枢密院殿たちがオレの背後に入ろうと動き出そうとしている。だが足が魔法陣に固定されて一歩も動けないようだった。



 ――バックドアーーーッ!



 睨むとバックドアは必死の形相でこの咒札を拡げていた。詠唱要らずで対象に設置するだけで魔法が発動する、そんな設置型の利点をこれでもかと利用した乾坤一擲の攻撃を仕掛けていた。

 こちらの抵抗を一切許さない咒札を、その恐ろしさを、これでもかと、それはもう懸命に。

 注ぎに注いで拡げに拡げているのだ。

 根こそぎ持ってく気だ。

 設置型の開放だ。

 オレはこの城塞都市にどんな機能が備わっているのかを改めて思い出さされた。


「光あれ!」


 オレはメラニーごと光速移動をして枢密院殿と警邏隊を護りに入る。迷わず飛んだ。だがオレが枢密院殿たちのところへ割り込んだと同時にさらなる光速移動を枢密院殿にかけた時には、それが上手くいったかどうかもわからないまま、オレ自身が強制ワープの餌食になっていた。


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