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第141話 ふたつの刻印

「何なんだ、一体お前は何なんだ! 勇者にしても異常すぎる」

「同感だ、上役。ここまで測って測れない存在なんてのがいるとは。こいつは勇者なんかじゃない。化け物だ。本当の意味での化け物だ」


 そりゃ天道神さまがそよ風(・・・)をそらしてるからな。


 召喚魔法は位相をずらして深度一へと潜ってもいる。現状は浅瀬も浅瀬に居座っているが、お前らの攻撃が当たらないのはそれはもう致し方ない。

 オレの降霊召喚は、フォルテの巷間においては失敗召喚とか欠陥召喚とか論評をさけられたり言葉を濁されこそしたものの、ふつうの召喚魔法のように通常空間にも姿を現すことが出来る。なにしろオレ自身に神の力が顕在化してるのだ。日の本において神々が顕現して人界を楽しむように、ケルプにおいてもそれは普通のように為せてしまう。

 召喚魔法の利点にもよるが、オレの降霊召喚では神の清廉さを保てずに堕してしまった障りのような物と認識された魔の法では、その全てをオレや神が意図したままに打ち消してしまえるので、そんな運用をされたら、知らない者からしたら化け物にしかみえないだろう、とは思う。


 実際アルバストとバックドアの顔は青ざめていた。


 アルバストとバックドアがもしも仮に、この情況が召喚魔法によるものと知り、召喚魔法だったなら仕方ないと諦めがつくのだろうが、今の情況ではアルバストらには召喚魔法かどうかもわからない不可思議な現象としか捉えられないのだ。それもこれもオレの召喚魔法自体が本国で評価されずに通例から洩れてるせいでもある。


 王族と言うだけでなく、論外として評価されてないから記されてもいないのだ。


 そんなわからないものに当たり続けるのは、何の痛痒も感じていないからこそ、そのダメージは肉体にではなく心に来るのだろう。光が当たってる、それだけで気味が悪くなるのだ。

 まさか闇に隠れてるガウェインが狙いだとは思うまい。

 アルバストは周囲の夕闇と比して、日の光を不気味そうに見ていた。


「くそ」


 と力を込めてガウェインを振るう。


「聖剣勝負か」


 と的外れなことをつぶやいたわけだがオレ自身少々驚いてもいた。何せ日は照らしているのだ。それなのにガウェインは未だ深紫の闇を纏ったままそこに在り、しかも主の命じるままに斬撃を飛ばしてみせたのだから、二柱の神から付喪神と評されただけのことはあると思ったのだ。本当なら深紫の闇など消えてなくなってるはず。

 堕してたとしても、まるで在り方は変わってないというわけだ。


「だがそこからじゃ当たらないようだぞ」

「ほざけ。ガウェインがいなくても攻撃の手段はあるわ」


 アルバストが玉を取り出し握りしめた。強く、強く、握りしめている。


「魔力玉ほれ、さっさと魔力をよこせ」


 ――貴様! オレの妹を魔力玉扱いか!


 声にならない憤怒が体内を駈け巡った時、眼前にいるアルバストの左腿から突然に炎が噴き出した。


「な、なんだ?」


 アルバストから噴いた炎は一向におさまる気配がない。左腿から先の足が炎でただれて今にもポトリと取れそうであった。

 そんな状況のアルバストにギロリと睨まれた。


「言っとくがオレじゃないぞ」


 万歳して何もしてないことを立証する。するとアルバストの背後にいたバックドアが舌打ちをした。


「チッ。ここでこの札を切らされるかよ。オープン!」


 するとどこにいたのか、きなり人が現れた。だがその者は眠りに就いているようだった。


「起きろ」

「ここは」

「余計なことを言うな。上役を!」

「あ、アルバストさん」

「上役の回復を!」


 言われて下半身に目をやってアッと声を上げた。


「炎が! いくら何でもこんなの…………」

「俺だって見たことない。だが治せ」

「しかし」


 内部からの燃焼現象である。謎のヒーラーが困惑するも治癒の文言は唱えたようだ。目に見えないけど風の癒やしのようであり、炎を風に変えることで癒やし無害化を同時に計ってるようだが、やはり完全には治らない。火は尚も噴きつづけている。


「倍に底上げしてるのだぞ! 快癒しないのか!」

「申し訳ありません」

「治らないなら元を絶て」


 近くからなら何が燃焼してるのかわかるのだろうか。いずれにしろオレにはもげないだけでも十分快癒してるように見えるが。

 とそう思ってる間にアルバストの顔の右半分が灼けて来た。

 あれは――。


「コペルニクスにやられた凍傷だな。治したところからも魔力を持ってこざるを得ないようだな」

「貴様! おい、急げ」


 オレに珍しく苛立ちをぶつけてから、オレが近づこうと歩き始めたことに気づき、バックドアも慌てたようだ。


「ヒーラーに当たるな。お前が喚び出した虎の子の医者だろう」

「もういい。戻せ」


 アルバストが右腕に自分の水魔法をあてた。バックドアがヒーラーに咒札(じゅふだ)をあてて、ヒーラーの姿がその場から掻き消えた。

 と同時にアルバストの超巨大水魔法が発動してオレに細部を見せるのを防いだ。しかもこの水魔法は周囲の木々が枯れて行くような…………。


「いや、しなびるほど溶かされてるのか」


 その大きさはどんどん大きくなる。不穏な水がなみなみと体積を増やして行き、円柱のように周囲を隔てる。

 破裂したら押し流されそうだ。

 しかもオレの背後にはおあつらえ向きに大穴が空いている。


「逃げないと!」「ハロルド様!」「今さら間に合わん」


 後ろで枢密院殿の達観した声がする。

 そしてその危惧を相手にさせないのが用心棒の勤めでもある。


「光あれ」


 そのひと言で消す。

 どよめきが敵味方から起きるが答えは簡単だ。光速移動でとにかく上空へと飛ばしたのだ。今頃あの大量の酸の水は雲になったり雨になったりしてるだろう。

 再発動。しかもその主因はセプ。

 セプが外に出て炎が消えた。どういう事だとも思ったが、それ以上に見逃せないことが眼前で展開されていた。


「増えた?」


 見間違いではない。

 中空に浮かぶセプティリオンが増えていた。


「貴様、また奪ったのか」


 我ながら声が顫えていた。


「またリアから奪ったのか! 貴様ーーーっ!」


 叫ぶと同時に自分の右手が光を放っていた。それは天道神さまの光か自分の光魔法なのかももうわからなかった。

 ただ魔法をぶつけて分解してはアルバストに魔力を与え続ける。セプに代わってオレが魔力の供給源として、その立場を強引に奪った。


「なっ!」


 アルバストがおののいた。

 彼女の全身を包むオレの光魔法は光って光って光り輝いている。影など微塵もない光だけの光。


「狂ってる。お前は絶対に狂ってる」

「うるさい喰らえ、オレのを喰らうがいい」

「な!」


 それ以上アルバストは喋る余裕すらなくした。地味に苦しそうにもがいている。


「へ、変換が…………」


 変換など出来るわけがなかろうが。


「魔力をオレが使わせるわけがない」


 使えばお前はまたリアから魔力を奪おうとする。


「ふざけるな!」

「大真面目だ。かつてこれほど真面目になったことがないほどにな」


 アルバストがオレを化け物でも見るかのように凝視している。

 その間も苦しそうに顔を歪めながら。


「欲しければくれてやる。幾らでも堪能するがいい!」

「使えん!」

「誉め言葉だな。オレはいつもそう言われてきた」

「魔力がだ!」

「当たり前だ。魔力だけだ。他の物への変質などオレが許さん」

「それでは意味がないではないか!」

「意味ならあるさ。魔気はあるのだろう。お前の技術がオレを上回れないだけのこと。お前は寄る辺ないことの本当の恐ろしさを知らない」


 鋭い目がオレに向いた。


「食べ物を売ってくれなくなったら飢え死にするしかない。病気になってもその病気を誰も診てくれない。そうなったら死んで行くしかないのだぞ」


 これはアルバストのついさっきまでの状況でもある。四肢を断たれて必死にこの城塞都市から集めた魔力を浪費して水の治癒をおこなっていた自身の姿である。思い当たるところはあるだろう。だがアルバストは憮然としていた。


「もしかして恐くないのか?」

「それの何が恐ろしい」


 平気な顔をしてそう言った。


「すごいな。何というか、お前のやってることは飢えたことのない奴がやるやり方だ。病気で苦しんでも余所から奪って治すというやり方だ」

「だからどうした」

「このままいったら今以上に飢える、今以上に苦しむ、どうにかするために動かなければいけないけれども、孤立した状況では誰にどう詰られに行くかという苦しい選択を選ばなくちゃいけない」


 アルバストが鼻をふんと鳴らした。


「貴公には縁遠い話そうではないか」

「オレは味わったよ、どの苦味を味わうべきか、何を味わうべきか、何度もなんども苦い思いを味わううちに、きちんと考えて味わうようになった。想定以上の苦味を味わっても、一度味わいだしたら最後までその辛酸を舐めつくさないと、日々の糧にさえ困ることになったから」

「それほどまでに辛酸をなめたのなら、この星に未練などないのではないか?」


 勘違いしてるようだな。


「オレの話じゃない。お前への話だ。つまりオレが言いたいのはだ、オレも周囲は敵ばかりだったけれど、敵への接し方はちゃんと時と場所と場合を鑑みて動くようにしていたよってことだ。だがお前は何だ。知らない世界やって来たというのにお前のその体たらくは」

「右も左もわからなければ話を聞けと?」

「そうだ。なぜやらぬ」

「聞く耳を持たぬ者に説得を続けろと? 冗談ではない。私は問答無用でこの状況に追い込まれたのだぞ」

「それは味わうことなく感情にまかせてテロに走ったお前の癇癪だろ。奪ってるだけではないか」


 それはいわばアルバストの生物としての本能である。

 そこをつつかねばと、そう思って、ようやくオレは気がついた。

 天道神さまと時量師神(ときはかしのかみ)さまがオレに何を言いたかったのかということを、である。

 天道神さまが、主体がオレと言っていたが、それはオレが(・・・)アルバストを見て何をどうしたいのかという問いかけだったのだ。

 オレはその意味を危うく取り違えるところだったようだ。おそらく天道神さまは、(いん)とは神が自身のために動くための手助けとして配下に施す物であり、呪いをまき散らす物ではないと、そう言いたかったのだろう。

 降霊召喚はただの召喚魔法ではない。

 神を降ろし、それだけでなくスキルによって神さえも憑かせることが可能となった特殊な召喚魔法である。

 オレは人だが降霊召喚によって神の力も振るえる特殊な召喚士なのである。


(そうじゃの、そうしてお前だけの召喚魔法となってるわけじゃ)

(この世界の攻撃手段とちがって、我々にとっては何も直接攻撃だけが攻撃ではないしね)


 そうだ。そうなのだ。

 印を残せばオレが解除しない限り永劫に魂に刻み込まれることになる。それは攻撃ではないし、救いでもあり罰でもある。

 オレはアルバストを見据える。


「楽に残生を歩けると思うなよ。生涯ついて回るぞ」

「貴様がか」


 アルバストが気持ち悪そうな顔をした。魔力を変換できない苦しさとはまた別の顔をしている。


「逃げるんなら逃げてもいいし、戦うんなら戦ってもいい。でもどっちみち置いてってもらう物は置いてってもらう」


 リアの身体は今ここで返してもらう。


 だからオレは追った。


 道を照らすとアルバストが逃げる。追いかけると、とにかく逃げまくる。少しでも逃れようとしながらも、どこかに宰相派の残党が潜んでいないかと仲間の姿を探してもいるようだが、結果は芳しくないようだ。

 宰相派とは何をやらかすつもりだったのか。

 だが加勢はもうない。


「もう撤収した後のようだな」


 アルバストが不機嫌そうにした。

 だがオレには関係ない。逃げるのなら追うし()がしはしても(のが)しはしないのだ。

 最早手詰まりではない。

 オレは切り札たる降霊召喚をここで切った。

 切った以上はお前達の背後にいる親玉達をも斃すためにオレが研鑽してきたとっておきを、尖兵たるお前らに後れを取らせるようでは話にならない。


(ならば全力で全てを照らさんか、ヒュー)

(何が起きるかわからないのに全力で神を体現するわけにはいきませんよ)


 オレはそういう人生を歩んできた男である。少ない捨て扶持で生計を立ててる者が、これでもかと散財するわけにはいかないのである。アンナさんに怒られてそういう所はオレとて学んでいる、…………です。

 天道神さまと話してるのを思い出して、言葉遣いを急遽正した。

 ごめんなさい。

 すると逃げながらアルバストが叫んだ。


「勇者なら手を組め」


 なかなかに見苦しいことを言う。オレを怒らせて心を乱したいところなのだろうが、最早城塞ブロックの壁が近い。オレの心を掻き乱したくとも、逆にお前の方こそ逃げる場所にも困ってるはずだ。なにしろ逃げ込む先には自分たちが倒した巨樹が城塞都市の内ブロックの城壁にひっかかり、半ば逃げ道を塞いでいる。


「しかも終わった話だ。蒸し返すな」

「勇者なら困った者に手を差しのべるものだ。私のようにだ」

「お前と勇者を一緒にするな。お前がしてることは人から奪うことではないか。オレの妹は人の人生を奪ってまで自分の欲望を満たすようなことはしない」

「妹など関係ないであろう、バカか貴公は」

「関係ないだと?」


 何かがブチッと切れた。

 と同時にアルバストの手の中でひときわ輝く青い魔力が光となってほとばしった。オレの与えてる魔力ではない。だが水の癒し、水の治癒魔法らしき光が発現している以上、玉に命じてその効果を数段跳ね上げてるのがよくわかった。


「やはり凄い! 何なのだこれは。だがこれがあれば勝てる!」


(それでもお主の降霊召喚には届かぬよ、落ち着け)(そう。癒してるだけ)


「魔力を封じられても私にはこれがある」


 封じられたのではなくオレが我を忘れただけだ。そもそも自前の魔力は使い切ったのだろうが、とツッコミを入れるのも馬鹿らしい。

 しかし主導権を奪い返せないところを見ると、アルバストがセプティリオンスの使い方を覚えたとオレが確信した瞬間でもあった。オレ自身は気を取り直し、アルバスト自身も癒されたはずなのに未だ青い魔力光がアルバストから溢れているのがその証拠だ。

 あの女は傷をどんどん癒していく。

 オレは血みどろのままだ。そして喚んだ。


(天道神さま!)

(やれ。道は照らしてる。このまま打て)


 アルバストが右往左往し、口では吠えても日の光に厭がってるのは確かだった。セプを取り出し深紫の闇に手を突っ込み、そのなかで青い魔力光が思うほど出力が出なくて困惑したようだが、それでもオレの気配を察してアルバストはガウェインを振る。

 地面に溝が深く掘られてこちらへ伸びて来た。オレの風刃でも地面をえぐるほどの威力で放ったことはない。こんなのが直撃したら、それこそ真っ二つになるのだろう。


 だがしかし――。


 セプとアルバストを照らすままにオレは外套から右手を抜く。右手を張り出して印を放った。


「貧の印!」


 朧な刻印が魔気を切り裂いて飛んで行き、風刃の中に照らし出されたセプのことごとくに紫色の印が刻印された。

 風がふいと途切れるように散った。

 だが日はさらに延びる。そこには逃げるアルバストがいた。

 返す刀で日の本で云うところの突っ張りでもうひと押しする。


「福の印!」


 オレから放たれた手掌(しゅしょう)が光の道を辿ってブンと飛ぶ。逃れようとしてもその時には日の光とともにアルバストに福の字が刻印された。


「ふげっ」


 アルバストがオレの手掌に背中を押されてたたらを踏んだ。巨樹の幹にぶつかって立ち止まる。ぶつかったところが痛そうに擦り剥けていたが、アルバストは胸の内に入り込んでく印をジッと見ていた。


「な、なんだ」

「読めないだろう?」


 自らの身体にぼんやりとした文字が刻まれ、全体が見えてたその印がゆっくりと体内に沈み、最早「福」の右上の(つくり)しか認められない。


「何をしたのだ!」

「二対で一体、貴公には福の印が捺されたのだ」


 福の神と貧乏神が。

 セプには貧を、アルバストには福を。

 オレは間違いなく刻印した。



 あとがき


 明けましておめでとうございます。

 感謝を込めて。

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