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第140話 ヒューの召喚、降霊召喚

 しかしそれにしてもオレの言葉は届かないな。

 穏やかな心持ちのままふと過去を振り返ってみたら、フォルテにおいてもオレの言葉は誰にも届くことはなかった事を思い出した。だから流れ流れてここに居るというのに、敵には都合良く届くと考えてるオレもお目出度いものだ。

 アルバストからリアの(ぎょく)を取り上げんと距離を詰めれば奴等はおなじ距離だけ離れ、セプの攻撃から距離を取ろうとしたら逆に嵩にかかって攻め立てられて、げんこつとシカトの違いこそあるものの、つかず離れずの距離を保たれ、フォルテで起きたことと似たような事がここでもまた起きているのだなという、いわば見馴れた光景があった。


 オレはどうしてこうなんだろうか。

 いや、そうではないな。オレはこの場所に立っていることが出来ている。オレも少しは変わってるはずなのだ。少しずつでいいのだ、少しずつで。

 いきなり全てを変えようとするのは馬鹿のすることだ。

 しかしまぁ、このテロリスト共は粘りに粘っていつの間にか最早殺すこともままならない状況に置かれている。


「ふう」

「ふうじゃねーよ」


 バックドアに突っ込まれた。


「頑丈だな」


 とアルバストもつぶやく。

 周囲には伐り倒された大樹が転がっている。人の身体など樹木に比べれば、よほど伐りやすいはずだが、オレの身体は皮は裂かれても大した傷を負ってはいなかった。


「それは土魔法の影響だと思いやす。枢密院の用心棒は頑丈さでも超人の域に達してるということかと」

「ほう」


 アルバストがじろじろとオレを見た。不躾な目であった。


「先ほどは私も苦労したからな。生きてさえいれば後はあちらでどうとでも出来る。咒札(じゅふだ)もあることだしな」

「上役?」

「四肢を断ってもいいだろう。私もやられたことだ」

「仲間にするんじゃないんですか。日ノ本とか云う出身世界も含めて野良の異界渡りした者は珍しい。しかもこれだけの強さも持ってるんです。恨みを買うのはまずいタイプだと俺は観たんですが」

「暴れられたらどうする。あの女も撤退したようだぞ」


 するとバックドアが空を見上げて押し黙った。映像はすでになく、ホリーの声もいつの間にか王都から聞こえなくなっていた。ホリー、宰相派のかついだ神輿である第一王子オスニエルの妻であり、宰相の娘。


 そのホリーに向かって置いていきやがってとか連絡もよこさず勝手に撤退をしたのかとか、いちいち文句を言うバックドアの発言に、アルバストとしても思うところは色々とあるようだが、女エルフは不満を口にする前に相当まずい事態だと考えているようだ。目が左右に動いている。

 秘奥の間でわずかに邂逅した時、ホリーがアルバストらに先に行くと言っていたあの口振りから、アルバストがいないと出来ないテロ行為が他にもあったのやもしれんが、それならば枢密院殿が粘り強く奴等の行動を監視下に置こうとした行動は実を結んだとも言える。だがアルバストは何も言わない。何も言わずにいきなり深紫の闇を横薙ぎに薙いだ。


 オレの身体に凶悪な風が斬りつけてくる。だがグッと拳を握って耐えようと身体に力を入れたオレが傷つくことはなかったのだが、


「うあっ」


 と背後から苦悶の声がした。

 振り返ると、突然の凶悪な風に追いついて来た枢密院殿と警邏隊、そして統括部の面々が消し飛ばされていた。と言うか追いかけて来ていたのか。

 横に広がってるので両翼にいた人たちが犠牲になったようだが、果たして何人死んだのだろうか。周辺に小ぶりとは言え倒れた木々があり、その樹影に遮られて見ることは叶わなかった。

 生き残った者も、それぞれに武器を構えているが、大穴を迂回して相当に疲弊したらしく、枢密院殿にいたっては肩で息している。


「わ、儂の後ろにと言ったじゃろうが」

「すみません。助けに入らなければと思ってしまい」


 そんな思わぬことを言った人も左腕を失っていた。

 枢密院殿が自分の後ろに下がらせている。枢密院殿はしっかりオレの身体を盾にして追いかけるという基本を外してなかったらしい。枢密院殿はいつものことと出来たようだが、他の者はそれを徹底できなかったわけか。

 対岸に残ったままのサドンさんも心配だが、アルバストはそれ以上の考える猶予をくれる気はないようだ。静かな声でオレに告げた。


「余所見する余裕があるのか? 次こそは斬るぞ。貴公自身も手足を切られてそれがどういう事なのかを肉体で知るがいい」


 また魔力が込められている。だがオレは奥歯を噛みしめることしか出来なかった。

 あれを止めたいだけなのに。

 小太郎が召喚の間から呼びかけて来た。


(おいヒュー)

(わかってる。だがどうしろってんだ。払いのければセプが死ぬ。セプを殺しといて、何食わぬ顔でオレが自治領の屋敷に帰れるとでも思ってるのか)

(しかし)

(セプが死ねばあの玉の中にあるリアの身体だってどうなるかわからないんだぞ)


 そこで小太郎も押し黙った。

 と同時にガツンと身体に風が喰い込んだ。この中にはセプの分もあるのだろう。

 体内に風が走ろうとするがその風は皮膚の上を走るだけで今回はどうにか耐えきることが出来た。だがいくら耐えてもどうすればアルバストからあの玉を奪えるのか、その算段がつかない。


「何を泣く」

「泣いてなどおらぬ」

「痩せ我慢か」


 アルバストがそんな事を言った。

 そして頬をくすぐった何かが流れ落ちるのに気づいて、自分が本当に泣いていることにオレは気づいた。

 夕闇はいよいよ色濃くなり、風通りのよくなった城塞森林公園に四方から風の()がするようになった。何が自然でどれが不自然なのか、オレにももう判別はつかない。ガウェインだろうが夜風だろうが何かを思いつくまでは、我慢比べである。

 ここで粘って誰かが来てくれるのを待つ、という選択もある。


 いや。


 そもそもその誰かもここには来ない方が良いのだ。コペルニクスやサドンさんが警戒してでさえ呪いと反撃を喰らって手痛い目に遭っている。団長クラス以外が来たらおそらくあっという間に呪われてお終いだろう。呪具と化したガウェインによって惨状が広がるだけだ。ましてや警邏隊は統括部の連中とちがって何も知らずにこの場所に来るわけだし餌食になりに来るようなものだ。

 オレが最適解なのだろうな。

 粘ってねばって粘って進める愚直な一歩しかないのだ。

 オレは意を決して一歩足を進める。すると迷わずアルバストとバックドアは二歩下がった。

 かえって距離が広がった…………。


 ――手詰まりだな。


 するとアルバストは枢密院殿たちの方を見て言った。


「ふむ、やはりきちんと断ててるな。ということは風魔の小太郎がそれだけ超人だということか?」


 ざっとでしか見てないが枢密院殿が連れてきた味方は、やはり手酷く痛めつけられたらしい。

 するとアルバストが玉に力を込めた。赤い光が玉の中に満ちる。オレから眼を離さずにつぶやいた。


「切断するまでもどって来るな」

「上役それじゃ死ぬ」


 尚も言い募られたがアルバストは首を振って、行けと命じた。

 瞬間アルバストの手の中からセプティリオンが消える。と同時に外套が後方へと風に流され、オレの身体が夕闇の城塞森林公園に顕わになった。そこへセプが渦を巻いて飛びこんで来る。



(どれ)



 不意に声がした。


(いつもは目に憑くが、今日は右手に憑かせてもらうかの)


 どこからか声がした。

 心に直接響いてくるこの声は召喚の場からである。

 と同時にオレは召喚の場へと連れ出され、強制的に深度一に潜らされていた。


(天道神さま? なんで)

(リアが悲しむ姿は見たくないのでの。ほれ唱えろ)

(は、はい。降霊召喚、天道神)


 清涼な感覚が全身に行き渡る。神憑きの状態にいつにも増して力がみなぎるようだ。ガウェインの猛攻にさらされてるというのに、そんな物は取るに足らないと思えるような不思議な感覚であった。


(あの)

(なんじゃ)

(天道神さまは身体の底上げだけ手伝い願います。戦闘にはオレだけで向かいますので)

(リアちゃんの魔力を使わせないようにしないとマズイのではないのか?)


 子供を諭すように言われた。

 だが問題はそこだけでもないとオレは思ってる。


(それは天道神さまにも言えるのではないですか? 魔気をいきなり叩きつけられたら魔神になる可能性があったりしないのですか? そういうのは絶対に避けたいのですが)

(お主…………)


 ケルプから神がいなくなった理由はわからない。だが神の居たはずのケルプと魔王との間になにがしかの事があったのは、まず間違いない。それはかの塔が城塞に巡らした魔法都市としての流れからも隔離されてたことから想像がつく。星読みの塔において、オレはその片鱗を見たし、枢密院殿は魔気と神の御業は混ぜると危険だとも云っていた。

 日ノ本の神々はその危険性について特に指摘をしてこなかったが、それらの話を断片的に聞いてしまった以上、神々を前面に押し立てて戦闘をするのは、神のいなくなった世界においては、あまりに不用心と言えるだろう。


(だからこその降霊召喚かの。せっかくの二つ目のスキルだ。存分にやろうぞ)


 そして天道神さまに導かれるまま深度一から通常空間に浮き上がると、オレに憑いた天道神さまが右手を軽く前へかざした。

 かざした先に陽光が灯る。

 天道神さまは天の道を作っていた。風が風だけの物だとは限らない。お日様にも風がある。太陽風、恒星風、ましてや天の道をつくる天道神である。ガウェインの風など道をずらせば明後日の方向へ飛んで行く。

 更に天道神さまが右手を薙ぐと、ひとなぎで魔法の繋がりを断つ。

 必死で回復したアルバストの四肢がバラバラになりかけてぶらりと落ちそうになる。咄嗟にセプを呼び戻しており、相当慌てているようだ。

 しかし魔法が途切れるものだろうか…………。


(悪さが過ぎたの)

(天道神さま…………)

(神とはこういう者じゃ。魔の法など受け付けぬ。お主は神を利用する気はさらさらないが、それでは済まぬ時がある。向こうが神の力を用いてる場合とか、の)

(いや、そうじゃなくて。なんで降霊召喚しちゃったんです。オレは天道神さまを直接戦闘にご登場願う気なんてなかったのに)

(だから、血みどろのお前を見たらリアが悲しむだろうに)


 ハッとした。


(あに)さまと慕うヒューを自分の召喚獣が血みどろにしたとリアが知ったら、果たしてリアちゃんはどう思うかの)

(…………)

(耐えろと言うか、リアに向かって)


 …………言えませぬ。


(そういうことじゃ。しかし付喪神か、この世界の神の残滓か、それともそれを悪用して者がおるのかな)


 召喚の間で天道神さまの眼がキラリと光った。


(おるのならいずれ会わねばならんじゃろうな。しかしこの場においてはヒューが降霊召喚をあつかえたのがサーバにとっては幸運じゃったの)

(向こうにとっても、我等にとってもね)

時量師神(ときはかしのかみ)さま?)


 何が敵にとっても幸運だったのだろう。


(ヒューでなかったなら、もしもフォルテの他の王族達だったら、今回のテロリストぐらいならすぐに殺されてただろうからよ)


 あー、例えばドム兄さまだったり、ゴーシュ兄さまだったら瞬殺だな。そうなるとリアの痕跡を追えなかったわけか。

 それは確かにそうだ。

 出会えたオレは幸運で、そしてアルバスト達は生き延びていることが幸運だ。


(でもそれじゃ我等の中にわたしたちが入ってないわよ、ヒュー)

(時量師神さまや天道神さままでですか)

(そうよ。私たちも幸運だったの。この世界の神が消えた理由がわからない以上、迂闊に顕現したら神の存在を消されるかもしれないからね。だからこれだけは言えるわ)

(何でしょうか)

(候補はハッキリと居るってこと)

(候補?)

(召喚されて思ったわ。このケルプという世界にはとんでもない存在が居る)

(とんでもない?)

(あなたの父親の召喚獣じゃなくて? ダブルリグレット。彼にかかれば我等もただの地球の土地神といった扱いね、おそらく瞬殺されるわ…………)

(問題にもならんの。そしてその者が血を欲したなら、最早止める手立てなどありはしないの…………)


 二柱の神は押し黙った。

 しかしそれほどまでの存在なのか、ダブルリグレットは。

 父さまがオレの血を敵に売ったのだろうか。その可能性がとても色濃く出て来たことに、オレも気がついていた。母さまの血を引く者はオレとリア。もうオレたち二人しかいない。

 母さまの未来召喚を手にしたがる者のために、あるいは自分のために、我等二人の兄妹を実験材料にした可能性は拭えない。

 ならば母さまの死はどうだったのであろう。

 テロで死んだ母さまと、今ここでテロと遭遇したオレは――――。



 ◇



 浮上すると同時にオレにガウェインの鋭い風が外套からオレの腕にかけて当たる。外套の下の方は切り裂かれたが、オレの腕は当たってると感じた程度で済んでいた。

 それよりもアルバストとバックドアだ。

 奴らはセプを介しての水の治癒魔法を唱えて千切れて行くのを阻止していた。


「上役」

「大丈夫だ」


 青白い光を放ってアルバストが自身に処置を施してた。魔法の結合を解かれてるとような状態を、まさか留められるとは思わなかったので、そこは流石セプティリオンと言えた。


「何をした」

「今は見てる。すごい攻撃だった」

「何がすごいだ」「…………死なんではないか」

「死んでるさ」


 オレは心を殺してる。自分の心を殺している。

 リアの四肢を奪ったアルバストの背後にいる悪党共の本丸にオレたちの正体を気取らせないため、それだけのために、オレは自分の心を殺している。

 やりたいことならいっぱいあった。

 無造作に玉を使ってみせるアルバストなんかは、当然殺したかった。

 母国フォルテにおいても母さまの墓を守りたかったし、母さまら受け継いだ屋敷も守りたかった。だが我が力は及ばず、妹にまで苦労をかけ、苦悩させてしまった。青春も奪った。耐え忍んで人の道を踏み外さないようにしている。オレが踏み外せばリアはそのまま光を失い、生涯にかけて苦しむことになる。リアが出来るはずであったあれこれに思いを巡らせると、それはとてつもない重さとなって責任を痛感する。

 申し訳なさや情けなさや怒りがない交ぜとなって、道を踏み外すことを許さないのである。これ以上間違えられない。これ以上失わせるわけにはいかない。

 その一事に最後は決まって帰結するのである。

 ガウェインの言う死など、思考放棄する分まだ楽なものだとオレは思う。

 ガウェインも奴等も敵性の者を排除していこうと考えるが、オレは己の心を殺して考える。だからオレは奴らの思う方向に簡単に心を動かしてなどやらんのだ。


「だからお前の攻撃は絶対に防ぐのだ。そちらの片手間に、オレがやられるわけにはいかんのだよ」


 アルバストが喋ってる途中で深紫の闇をピクリと動かした。

 地に落ちた木の葉が次々と断ち切られ、その斬撃がオレへと届く。


「な。斬れないだと!」


 深紫の闇の中で見えないのをいいことにガウェインを振ったのだろうな、きっと。


「何をした!」

「風には風を」

「聖剣の風だぞ!」

「それがどうした」


 天道神さまのおかげでアルバストはセプを治癒に使うために引っ込めている。この時を逃すような兄でもないし、従者でもない。


(決めたのね)(そのようじゃな)


 邪魔をしないからオレが何を思ったのか、二柱の神にはわかったのだろう。


(泣くほど悔しかったみたいだし)(泣いたのも気づかないほど負け慣れしすぎだしの)


「行きます」


 恥ずかしかったのでオレは自らの意思で右手を前面にかざした。

 眩しいものでも見るようにアルバスト達がオレを見て目を眇める。


「な」「まぶしい」

「気のせいじゃないぞ」


 周囲の光量がどんどん増している。


「なんなんだ」「どこからこんな光が」

「さて、どこからだろうな」


 光源はない。空間に日の光だけが顕現する天道神さまの権能。神は神としてただそこに神として在る。


(ほう、あの深紫の闇は溶けぬか。伊達に聖剣と言われてきたわけではないようだの。しかし付喪神からも堕したようなものじゃ。あえて言おうか、聖剣ごときだとの)


 つ、強気である。


(天道神さまはあの闇がお気に召さないのですか?)

(リアちゃんの何かも隠されてる可能性もあるかと思っての)

(あー、なるほど)


 そう言われると確かにあの闇の中を見ておいた方がいい。人見知りを引きずり出したり、墓場に持ってった秘密を暴き出したりするのは趣味じゃないのでオレの念頭には全くなかったのだが、セプが関与してる可能性だって確かにあると言われたら確かめずにはいられない。それを知らずに攻撃して、もしも深紫の闇と一緒にセプが消えでもしたら堪らない。

 リアがセプティリオンを失うということは半身を失うのと同じ事なのである。リアはオレにとって、ふがいない兄のために立ち上がり、その身を散らせた最愛の妹なのである。四肢を失ってからの五年という年月をオレは今なお何ひとつ返せず、更にリアのセプが利用されてる可能性の確認もせずに、リアの契約し損ねた召喚獣を殺すような恩知らずではいたくない。

 深紫の闇がチリチリと燃えだした。


「何だ。何が起きている」「闇が燃えるなんて事があるのか?」


 アルバストとバックドアは慌てているがこちらには関係ない。


(どれ、あのヒュー由来の闇から引きずり出してやろうかの)

(天道神さま?)


 見るのが目的じゃなかったの?


(それはセプを殺せないからと言って他の物に手を出さない理由にはなるまいて)

(そうそ。直接つかんで誤ってリア姫の召喚獣を殺さないようにできるわよ)

(時量師神さま?)


 流し目にさらされたような気がした。

 うん、神さまおっかない。


(私はあなたの泣く姿が見たくないために契約したのよ)

(儂は泣いてる子をきちんと導いてやろねばならんと思って契約したの)

((我らは降霊召喚の召喚獣。主に仇為す者を放置すること能わず))


「な、おい! 憂き身に何をする!」

「もうわかってるんだろ? オレが闇から引きずり出す気になったようだぞ」

「やめろ!」

「オレを殺そうとしてもオレは止めろとは言わなかったぞ。甘えるな呪具が」

「呪具だと」


 風に何かが混じった。深紫の闇なのか、その中に何かが包まれてるのか、それはわからないがわからないままセプが居たらと思って、オレはその攻撃を受け止めた。

 止めたというか、光に入ったら風その物が消えていた。

 ガウェインが焦ったのか蠢動した。


「呪いが効かぬか?」

「っ!?」


(天道神さま?)

(消えたのではない。在り方として通用しなかっただけ)(神は神だもの。放った物は戻ったんでしょ)


 放ったつもりがその時には在り方が違うと拒絶され、感触だけを残して実際は己の中に在ると、そういうわけでしょうか?

 そう尋ねた。しかし返事はなかったのでそういうことなんだろうと思うことにした。神さまとしてはただそこに在るだけなのだから答えようもない、か。すべてはガウェインの中で勝手に起こったこと。だがその結果、


「おい」


 と当のガウェインまで尋ねてくる始末だ。


「答えても致し方なかろう。そこも甘えるな」


 オレに降霊召喚を説明する気は一切ない。

 ぼわっと光が拡がった。夕闇の落ちる城塞森林公園のなかでここら辺一帯だけが不可思議な陽光が滲んだ。


「貴公」

「もうやめろガウェイン。勇者は気紛れだ」


 アルバストが止めた。


「だが逃げたら捕らえられぬぞ」

「次の準備に備えてるお前が言うな」


 その後も何か色々と言い合っていたが、オレは声を張り、口を挟んだ。


「撤退から色気が出て来たようだな。まぁ勇者など探す方が難しい。しかも野良の勇者なら尚更だ。お前達が粘りにねばって勇者と見立てたオレをどうにか手に入れようとする動機はわかる」


 アルバストは焦がれるほどに故郷の星に帰りたいのだろう。

 オレにとってのリアの四肢が、アルバストにとっての故郷の星なのだ。何度でも手を変え品を変え、食い下がりたくなるのもわかる。


「だがオレは勇者ではないし、そんな風に思われるのも迷惑だ」

「憂き身は半信半疑だがな。だがしかし、それでは一体何なのだ、貴公は」

「お前がオレのことを憂き身と言ってたのではないか。どこぞでオレの血を好き放題にいじったようだが、まさか本家本元の血の存在と対峙するとは考えなかったようだな」

「…………」


 オレの血は手に入れた。だがそれではオレのことなど何ひとつわからなかったらしい。

 ましてやオレは降霊召喚状態である。

 ただ、今この時も、ガウェインが考え込んでる間に深紫の闇が日の光にゆっくりと灼かれているだけだ。

 会話こそ挟むものの、深紫の闇は闇でこれ以上燃やされまいと懸命に縮こまってはいる。だがそんなことをしても無駄だ。いずれはすべてを照らし出す。

 何が起こるかわからないからオレがゆっくりと調整してるに過ぎない。


「ガウェインは生命線だぞ。上役!」

「わかってる」


 アルバストが引っ込めようとする。


(追うな。このまま引きずり出せ)


 追撃をしようとしたら窘められた。


 ガウェインの方はというと、死に物狂いで強力な風魔法を放っているようだ。遠く、木々が幾本も根元から切断されて倒れており、連鎖的に倒れる木々が震動となってオレの足下を揺らしていた。それでも日の光はゆっくりと確実に深紫の闇を灼いている。


 お前らに目的があるようにオレにも目的がある。

 リアの四肢を取りもどすという目的だ。

 だがオレがどれだけの決意をしても、廃嫡同然で国元を追い出され、名前だけの王子となってライムに放りこまれたオレには、まともな王室外交なんて出来やしない。だが時に暗躍し、時に日向に出ることができれば、闇に潜む者をいっしょに引きずり出すことが出来ると知った。

 何を。

 敵をだ。

 話を聞いてもらえないなら実力で日の下に証拠を自らそろえればいいのだ。今回の一件で敵には恐ろしく広い背後関係があるのがわかった。

 それはお前達テロリストにでもあり、フォルテでもあり、他の五大国にでもある。

 そのすべてを納得させる事実という力を積み上げなければならない。

 だから道を照らす。


「さて、そろそろ運命を変えてみるか? お前が」


 ぼわっとした陽光がひと筋の光となる。それはまるで道のようだった。


「な、なんだ、なん何だそれは」


 ガウェインに向けて発動したのだが、はて、アルバストも気狂いでも見るような眼でオレを見るのだな。


(構うな。主体はヒューじゃ)(印を打つなら?)

(貧の印!)

(うーーむ)(でもないよりマシですわ、行きなさい)


 元よりそのつもりだけれど、ちょっと引っかかる。


 だがまぁ――――。


 逃げた先々で不運を噛みしめろ。どこへ逃げようと、どこまでもお前には不運がつきまとう。逃げて逃げてお前の背後関係すべてに不運をまき散らせ。それがアルバスト、お前の受ける神からの干渉。


「させんわ。喰らえ、我が全力を!」

「道を照らせ!」


 意思を込めると、ガウェインの風が全て逸れて夕闇に消えた。しかし闇が深い。これだけ闇を燃やしているのに一向に体積が減っていく様子がない。

 バックドアが向こうで何事か報告を始めた。


「やっぱりだ。魔気を吸い取ろうとしても吸い取れない」

「闇魔法が闇にならない? もう闇の時間だぞ。光をよけていけば…………」

「おかしい。魔法が上滑りしてるようだ、上役!」


 あー、オレ本体に攻撃をしてるのか。ガウェインに紛れてこっそりとバックドアはバックドアで闇魔法を発動していたのね。

 だがオレは召喚魔法を発動している。つまり顕現してても深度一にいる。


「我らの魔法は潰されてるのに、こっちからは潰せないのか!?」


 混乱してる。だがオレが待つ理由はない。

 オレはわかりやすく振りかぶった。


「まずい。まずいまずいまずいぞ」

「避けろバックドア」


 だが遅い。


「深紫の闇の奥に姿を隠そうとしてるんだろうが、お天道さまは総ての道を照らす」


 ひと筋の光がさらに伸びて射影物の有無など一切関係なく、問答無用でアルバストとバックドアをも照らす。

 その身を光に照らされて、攻撃の種類を確かめようとアルバストとバックドアが必死になって自分の身体のあちこちに目を配る。

 その日の光の色は沈みかけた夕日ではない。だが確かにどこからか差した陽光がひと筋の道となって、アルバストら自分たち自身を照らし出してるのだ。


「何なんだ、一体お前は何なんだ! 勇者にしても異常すぎる」

「同感だ、上役。ここまで測って測れない存在なんてのがいるとは。こいつは勇者なんかじゃない。化け物だ。本当の意味での化け物だ」


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