第14話 親子の再会
川縁で魔法の悪戯をしている者達がいると思ったので、ひとりでティナの身柄を預かったと拉致監禁を告げに来た者に、仲間を出せと言ったら、それが全属性持ちの異常な魔法使いだと知り、ならば槍術で手足の一、二本をもいで捕らえようと思って、仲間の有無を確かめるために、周囲を警戒しながら本当に仲間がいないことを確認し、ならばとわざと広い藁の簡易置き場に誘い込んだのだが、不意打ちを仕掛けたというのに、得体の知れない格闘戦で、逆にこちらが地に組み伏せられてしまった。
いや、何が起きたのかもわからない。とにかく、絶対の自信のあった格闘戦でも後れを取ってしまったのだ。魔法使いを相手に、選言山の守人たる自分が後塵を拝してしまったのだ。
「くっ」
娘を思う。美しい娘だった。素直な娘だった。
ティナ――。
相手がこれほどの腕前では、娘がこやつの手に墜ちたのも無理はないと思った。大事に育てた娘だったが、このような奴に無惨に散らされたのかと思うと、不憫でならなかった。この若造では相手が悪すぎる。抵抗のひとつも出来ずに、さぞ…………さぞ無惨に散らしたことだろう。
力が沸いてきた。
「ぬおおおおお」
耳が切れた気がしたが構わぬ。そう思ったら土に包まれていた。身動きひとつ出来ない。というか重いぞ。
「娘をこうやって手込めにしたのか! この強姦魔め!」
すると、逆である、と言われた。
「オレが不埒な輩からティナ殿をお助けいたしたのだ。その際にティナ殿は不届き者に腕の筋を断たれ申してな。医者に診せ、今は我が家で養生してるので、それをお報せに来たのである。何か勘違いしておられぬか?」
心外である、と言った眼で見られた。
汗顔の至りである。顔どころか背中からも、かいたこともないほどの冷や汗がドバッと出た。
◇
小麦を粉にしようと水車製粉をしていた。胚乳の部分のみを挽いてるようなので白いのだろう。ここで挽かれた小麦粉がめぐりめぐって我が家の食卓においてパンとなっているのであろう。
そんな水車小屋で、水受けに溜まった水がその役目を終えて、水を川に戻す時にこぼれた水を、父御どのは木のコップで受け止めて、水を飲んでひと息ついていた。
随分とうまそうな飲み方である。野趣で、実利に富み、職人でなければ出来ないやり方というのがとても気に入った。
オレもコップを借り受けてその水を試しに飲んでみる。だが飲むのが目的ではなく、水車を回す際に動力源となってた水を、まずはオレも木のコップで受け止めてみたいという、その一心であった。
いわば経験値稼ぎである。
「このようなことは、自治領に暮らす人も経験したことはなかろうな」
「そうだな。町の人は水は井戸で賄えるしな」
「なるほど。これは良い経験をさせてもらった」
「水車番では当たり前だ。毎日がこうだ」
「お疲れ様ですな」
「それよりティナだ。どうしてそんなことになったんだ」
もっともである。
「詳しいことは依頼者でもあるティナ殿にもまだ話していないのだ。なので結果に関しては我が家でティナ殿も一緒にまとめて話したいので、その我が家に向かう途中で、父御どのにはまずはティナ殿に起きた出来事を説明したいのだが、それでよろしいか? 父御どのとしても、まずはティナ殿に会うことが先決だと思うが」
オレがそのように尋ねると、父御どのは一も二もなく肯いてくれた。
オレと父御どのは一緒に水車小屋を出た。最初の出会いにこそ一悶着あったが、それとて今となっては大した影響はなくなったようだ。
おかげで予定通り、午前中でどうにか始末がつきそうな塩梅で推移してくれたので、オレとしても、夕方の稽古にはアーサー道場に顔を出せそうな目途がつき、ホッと一安心した。何しろ我が家の少ない家計から捻出した道場へと通う費用である。無駄にはできなかった。
道々あるきながら、ティナ殿が夜道で闇魔法の使い手に襲われていたところからオレは話をした。そして白ひげ先生に診てもらってるから、今はまだ、我が屋敷から移すことが出来ないだろうということも話した。
もちろん、納屋であることは内緒だ。屋敷なのである。ふん。
そしてリアがいるからこそ屋敷と言い募ってるわけだが、眼の見えぬリアの様子のこともオレは話しておいた。四肢がないことをその場で気持ち悪がられたりしたら困るので、最初からそのつもりで知っておいてもらいたかったのだが、父御どのは案外に気にした様子もなく、それは大変であるな、と言われた。
「そんな自分だが最近ようやく、本当にようやく、たつきの道としてハロルド枢密院に用心棒として雇い入れてもらえて良かったと言ったら、本当に大変であるな」
と感心された。
正直、最初は危ない人かと思って、できればあまり近づきたくない人だなと感じていたのだが、話してみれば案外に感情が豊かな人だというのがわかった。
実はオレは、人から感心してもらった経験がさほどない。感心して褒めてくれたのは、いつも母さまばかりである。だから赤の他人から率直に感心されるというのは、こんなにも嬉しい物なのかと、オレは天にも昇る気持ちであった。昇っちゃ駄目だけど――。
「さて、あそこに見えるのが我が屋敷である」
「あそこにティナが」
「おりもうす」
父御どのが本当に安堵した顔になった。のどかな畜産風景に、心なしか父御どのひとりだけ歩く速度が上がった気がしたが、何はともあれ――。
――よかった。
何がよかったって、屋敷と言って、納屋ではないかとツッコミが入らなくてよかった。父御どのの心は完全に娘に向いているようで、これで彼女の父がリアの前で、ここは納屋であると真実を言うようなことはないであろうと思えた。
これは重要なことであった。オレの方から安易に口に出して、ここがオレたち兄妹の急所であると認識させるのも業腹だし、リアには、オレたちがここまで無碍な扱いをされてることを知って欲しくなかった。
いや、知る必要がないのだ。リアは今も奪われた四肢から、召喚獣を召喚しつづけてる代価を奪われている。リアのやることは、これ以上リア自身が養分として敵に代価を吸い取られないよう、じっくりと腰を据えて戦えばいいのだ。
それこそリアは、日夜のべつ幕なしに戦っているのである。オレ以上に戦っているのである。日常の細々としたことに、胸を痛める必要はないのである。
オレはそのことにホッとする。
「やぁやぁ、ただいま帰ったぞ」
オレは大きく声を張って、大船に乗ってるように屋敷中に呵々と大笑した。
「お待ちしておりました。ティナ殿は起きておられます」
アンナがオレたちを出迎えてくれた。
「殿?」
父御のトライデントが気づいたようだ。オレも気づいた。
「ああ、父御どの。申し遅れたがアンナさんは訳ありでな。さる貴族の三女なのである。許されよ」
「メイドなのに?」
「左様。わけありなのだ。これはヘンリー・ダルマーイカ辺境伯からの許可ももらっている。だから許されよ」
「わかり申した」
なぜか口調がオレにも改まってしまった。
ダルマーイカ自治領の、領主の名前を出したのだから致し方ない。だがそれでは困るのだ。
「それでの、口調も元に戻してくれぬか。ティナ殿に余計な心配をさせて、傷を悪くされてもかなわぬ」
「ぬ。……了解した」
「それではしばし待たれよ。ティナ殿の許可をもらってくる故」
父御どのが小さく肯いた。
オレはアンナに父御どのを応接間に案内させると、オレ自身はリビングへと向かった。そのリビングの一角に、特設ベッドが設けられ、ティナはオレがやってくるのを今か今かと待ち構えていた。
昨日の朝から今朝にかけて、彼女はずっと眠りつづけて傷を癒していた。だからオレとは今日は全く顔を合わせていないのである。
「待たせたようだの」
「はい。それで……首尾はどのようになりましたか?」
「うむ。密書は渡せた」
パッとティナの顔が輝いた。満開の花といった感じである。
「それでの、ティナ殿。本日は朝の散歩で水車村まで足を伸ばして来ての、僭越かとも思ったがティナ殿の父御を呼んで来もうした」
「え?」
「であるからして、この部屋に呼んでも良かろうか? 道々、事情は話したが、密書のことは伏せてある。だが娘が手傷を負ったと聞いて、夜道で襲われてたことまではお話しもうした」
ぽかんとしていた。婦女子のこのような顔を見つづけるのも失礼であると思った故、オレは視線を外したが、待てど暮らせど返事は来なかった。
「その、まずかったかの?」
そう聞いて、いえ、とティナは言った。
「是非呼んで下さい。ご迷惑をおかけして、その、色々とありがとう」
ティナが大きく肯いて同意をしてくれた。
オレは早速おおきな声で、アンナ、アンナと呼んで、呼び鈴がないのはちと不躾だろうかと思いつつ、トライデント殿を連れて来るよう頼んだ。
アンナに連れられて来たトライデント殿は、一刻も待てないとばかりにベッドに横たわるティナ殿に詰め寄った。
「大丈夫か、ティナ」
「はい。ヒュー殿のおかげで一命を取り留めることが出来ました。ヒュー殿がいなかったら、今頃私は生きていなかったと…………」
そこまで言ってティナが泣き崩れた。
トライデントがベッドに腰かけてティナの身体をガッシリとした身体で受け止めると、動かぬティナの左腕のかわりに、涙を拭いてやった。
「よくぞ生きていた。任務を果たしたのだ。立派であったぞ、ティナ」
ん? と思った。
トライデントは任務を知っていたのか?
「苦い結末にはなったが、生きていただけで親としては嬉しい」
そう言ってトライデントがオレを見上げて黙礼したので、それはよかったなと、返事を返した。
するとトライデントが気まずそうに、視線をさまよわせると、ベッドに腰かけたままオレに頭を下げた。
「それで、済まんな。俺は今までお前に話しいてないことがあった」
「ふむ。密書のことを知ってたようだの」
「ああ。もしもの時はティナを使うと、あらかじめ言われていた」
「誰に、と聞いてもいいものだろうか」
「悪いがそれは言えぬ」
「サーバ王ですよ」
あっさりとティナが言った。
「ティナ」
トライデントが咎めたが、ティナは首を振って、拒否した。
「ヒュー殿には隠さぬ方がいいと思います。おそらくアート王ともお知り合いですよ」
「なっ」
トライデントが驚いたようにベッドに座ったまま、オレを見上げた。
さて、どうした物かと思ってたら、ティナが踏みこんできた。
「そうですよね。ヒュー・フォルテ・ハーグローブさま」
トライデントは理解が及ばずキョトンとし、アンナはあわあわとうろたえていた。
「そうか。聞こえていたか」
「はい。密使ですから」
ティナは少し顔を赤らめてそう言った。
これは――。
そのあとの胸元にオレの腕をかき抱いたことも覚えているなと、オレは思った。
だが、そうか。
ミドルネームにあるフォルテの名を聞いて、心の底からこの屋敷が安全だと、ティナは理解したらしい。いや、夢うつつをさまよって、ようやく辿り着いたのかな?
「ティナ。どういうことだ」
「よろしいですか? 殿下」
「殿下?」
トライデントが首を更にひねった。
「他言は無用だ。秘中の秘である。ハロルド枢密院にも話すことを、ヒュー・フォルテ・ハーグローブの名において禁じる」
「かしこまりました」
「どういうことだ。ティナ」
「だから、ヒュー様はフォルテの王子なのですよ」
「フォルテ? フォルテと言ったら、あのフォルテか?」
「そのフォルテですよ」
「もしかして五大国の?」
「ええ、そのフォルテです」
「あー、なんだその…………、もしかして五大国最強の?」
「はい。そのフォルテです」
げえっと思ったらしい。手が藁掻きで攻撃してしまったことを詫びようとしてジタバタしていた。
自分は書いてる時、結構入れ込むタイプのようで、ヒューくんが屋敷というたびに、その背後にリアの姿が浮かび上がって、うるっと来ていました。今話は書こうとするたび手が止まり、うるっとくるのが止まらないのと、病巣が痛いのとで、投稿の時間が遅くなってしまいました。ダブルと同じ時間ぐらいに来るだろうと待たれてた方、申し訳ありません。こんな時間になってしまいました。その分楽しんで頂けたらと思います。人が幸せになる姿を見たいというのが、昔から変わらぬ私の心持ちです。
皆様どうぞお幸せに。読んで頂きありがとうございます。