表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
138/172

第138話 夕映え

 気がついた時には足が前に進んでいた。城塞森林公園の樹影がオレの後方へとビュンビュン飛んで行く。


「馬鹿かよ、お前」

「アルバストにも言われたが、主従揃って言われるとはな」

「その速さが異常だっつってんのっ」


 瞬間、闇が流れて来た。

 流星のように闇がオレに降り注ぐ。


「見るからにやばそうだ」


 (あた)ってたまるか。

 樹林の間を盾にしつつジグザグに駆け抜ける。頬のすれすれを枝葉がかすめて、結構ギリギリを攻めている。流星のような闇が枝を飲みこんでどこかに消えた。


 ――何だこれは。


 すると咒札(じゅふだ)が運ばれてたらしく眼前で展開した。足を止めて退避する。


「ぐっ」


 外套の裾を持って行かれた。

 円球のような綺麗な丸のかたちに削り取られている。更なる追い打ちが流星によってもたらされた。

 止まったら駄目だ。止まったら更に魔法と咒札を組み合わされて追い込まれる。しかも無詠唱だということはタイムラグがない。こうしてる間もアルバストは(ぎょく)を握りしめてその目的を果たしつづけている。


 ――リア。


 恐れてる場合ではない。考えてる場合でもない。

 オレが身を寄せてる大樹からパキパキと不穏な音がしている。オレの見えてない前面におそらく闇の流星を受けてるのだろう。大樹がバックドアに向けてゆっくりと動き出した。

 立ち止まってる場合でもない。


 行け。


 バックドアの投擲距離はおよそ三十メートル。この距離感で立ち往生させられている。


「だがなっ」


 行け。


 オレは幹を根こそぎえぐられた大樹が倒れるのを利用しながら、逆側から飛び出した。


「甘い。突破させるかよ」


 闇が飛んで来た。

 その闇を掻い潜る。風が唸りを上げて一瞬でオレの後方へと去って行く。


「たった三歩で」

「どけ! オレが用があるのはアルバストだけだ!」

「だからそれをさせないんだよ! 聞いてるか!」


 返事はしなかった。アルバストが玉を通してリアの魔力を盗み出している。


「邪魔だ」


 すると返事の代わりにバックドアが左右に向かってダガーを投げた。

 何の仕掛けがあるかとダガーを交互に追いかけてたら窪みに足を取られた。そのまま前のめりに地面に顔から突っこみ、鼻の奥がツンとした。


 背後で周囲の木々を巻き込みながらバキバキと倒れる大樹の倒壊音がし、直後、地面が揺れておびただしい枝葉が埃をともなって飛んで来た。

 視界がゼロになる。

 ていうか目を開けていられない。


 痛みを堪えて起き上がろうとすると、足が黒いのに取られていた。埃っぽい森林公園であったが木々が所々で塵風を左右に切り裂いて、塵芥の量が薄くなってる場所が出来ていた。生憎オレの周囲は塵芥で溢れていたが、それでも無理矢理目を開けて見てみると、足下に黒い穴が大きく口を開けていた。

 影にしてはおかしいなと思ってよくよく見たら、森林の窪みではなく落とし穴のような闇魔法がそこにあった。


 これはあいつか?


 何がどうなってこうなったのかわからないが、アルバストに近づこうとしたオレをバックドアが落とし穴を使って嵌めようとしたようだ。しかも質の悪いことにこの落とし穴、闇魔法だからかバックドアの意に沿って動くようで、抜け出したオレが右足を出せば出したその先に落とし穴が広がり、オレを搦めて逃そうとしてくれない。


「むう」


 攻撃じゃなくて、こういう阻害系の魔法には何をどうぶつければいいのかがオレにはわからない。

 咒札だから発動するまでその効能がわからないし――。

 まぁ結局力任せに打ち破って行くほかないのだが、こうしてオレがまごついてる間もアルバストは容赦なく玉から魔力を吸い出しているはず。

 あの玉は取り戻さなければならない。こうしてる間もリアは魔力を抜かれているのだ。

 くそ。アルバストの気を削ぐような時間稼ぎをしたい。

 するとオレを捕らえたと思ったバックドアの方から話しかけて来た。


「ヒュー・エイオリー。こちらに付けばライムもひっくり返すような権力も手に入ると言ったらどうする」

「おいバックドア」


 塵芥も過ぎ去り、一部煙ったく残っているが、それでもアルバストが土塁から身を乗り出して抗議した。よっぽど虚を突かれたらしく、玉からの魔力吸収が一時止んでるようだ。オレは知らず安堵した。


「上役は黙ってて。交渉を一切考えない上位種族の矜持で、またこいつを相手されたら溜まりません。きちんとお宝を提示しないと」


 お宝? おお。

 大人の交渉だな。

 さぞアルバストの下手くそな交渉に歯噛みしてたのだろうな、と思ってる間にバックドアが間髪入れずにオレへと質問をねじ込んできた。


「で、どうでやすか? ライムのそれなりの地位を用意できますよ。ってなんですその顔」

「いや、仮定の話でも興味がない」

「嘘だと思ってるでしょう」

「いやいや、どうでもいいと思ってるだけだ」


 アルバストを釘付けにしてくれるのは有り難いが、それだけだ。

 そもそも五大国最強のフォルテの権力にだって意義を見出していないフォルテの王子に向かって、ライムの権力が手に入るよなんて、そんな物ちらつかせてどうするんだ。


「そうでやすか。実は俺らも権力に用はないんで」

「だったらテロなんかやめろ。適当な事ばかりいってると終戦工作も信用されなくなるぞ」

「ちなみに今の魔法は何でやすか。上役の水魔法を飲みこんだ、あれは」

「あれ? あれか。あれは闇魔法、闇だ」

「闇魔法、闇?」

「基礎中の基礎だ。そう言ったろう」

「闇ってのは水を飲みこみやしませんですぞ。夜の真っ暗闇の中に入ったって人はその中を歩けるでしょう? それと同じで水はこぼれて来るはずでやんす」

「む?」


 そういえばティナがコムロに襲われてた時に見た光景は、闇はただ闇だったな。


「もう一度聞きやす。あの魔法は何でやすか」

「闇魔法、たぶん闇だ」

「決裂だな。よくわかった」


 何でだ。

 バックドアがアルバストに頷いた。アルバストが詠唱を始める。


「水よ覆え。万物をかすめてこの世に慈しみを顕現せよ。朧霧」


 詠唱が終わると同時に靄がかかった。城塞森林公園の木々の姿さえ朧になるような濃い靄であった。


「ピュー! 土をいじれ!」


 枢密院殿の声が聞こえたと同時にオレは土魔法を発動する。土塁を前面に展開する。そこへ間髪入れずに風魔法が着弾した。伸ばしてるそばからザクザクと土を削る音が途切れることなく続く。


 土を固めろ。ただ何となく発動するだけでは駄目だ。

 食い破られる。

 もっと召喚魔法の魔法を意識しろ。

 するとオレの足止めをしていた闇の落とし穴までもが土いじりに組み込まれて壁となって行く。


「思わぬ副作用だな」


 こういう対処法もあるのだと学びつつ、土いじりと背反世界の合わせ技でもってガッチリとガウェインの魔法を食い止める。だが先ほどと違って全身全霊だ。どこに厚みを作ってどう対処するかと感触からの対策を練っていかないと、召喚魔法の魔法でさえ意味を為さなくなりそうだった。

 それほどに激しい。


 振動が土塁越しに響いてくる。重い。そして絶え間ない。


「これは、効くな」


 ぼそりと声が出た。

 たぶんガウェインの風魔法という意味合いだけではない。何の気なしの斬撃でオレの土いじりをここまで追い込んできてるのだ。聖剣ガウェインの本気の攻撃でないのはわかってるのにこれだけ冷や汗を掻かされる以上、まず間違いなく、何もしなければ確実に土いじりを喰い破っていた。

 考えたくもなかったが考えざるを得ない。


 ――これだけの効果が出てるのはたぶん、妹の魔力がからんでるからだろうな。


 重い音が土塁を叩き続けた。



 ◇



「おい、ダークイレイザーを地面に仕込めないのか」

「無理ですよ。動かしてるから消去できるんであって、その場に(とど)めたら地面をちょっと喰らってすぐに効果切れです」

「どういうことだ」

「自壊するんですよ」


 アルバストが残念そうな顔をした。


「だがおいバックドア。反撃されたらどうする」

「大丈夫だ、上役。アイツは肝心なところでは絶対に魔法を使わない。なぜならダークホールから抜け出る時に魔法を詠唱しなかった。光速移動も使えるくせに」

「そういえば…………」

「でしょ。あいつは走ってどうにかしようとした。肉体で解決しようとした。だからここでも魔法は使わない。あいつは剣士だ。大事なところでは、ちょっと異端のようだがあれでアーサー流の剣士なんだ」


 バックドアの分析を聞いて、ジリ貧というわけでもないとアルバストも判断がついた。おかげで気楽に魔力を込めて深紫の闇を振るえる。アルバストは靄の向こうへと、魔力を込めながらサクサクとガウェインを振り続けた。



 ◇



 また攻撃が来る。アルバストはオレが動かないものと判断してるのだ。枢密院殿や警邏隊、それから宰相派でない統括部の者達が後ろにいるとわかっているからだろうが、着弾地点が近場ばかりなので靄の中で狙いはつけてないのは見て取れた。

 ならば同じ所を狙わせる。オレは声を張った。


「これだけは効くな」


 すると声がしたことで安心したのだろうか、輪をかけて同じ場所へと斬撃が飛んで来た。

 しかしオレはこっそり右に移動して、シメシメとばかりに土塁を斜めに人ひとり分通れる道をつくる。まっすぐ道を付けないのは、万が一斬撃が飛んで来ても抜け道に入ってこられず、斜めに付けられた壁にぶつかるからだ。

 だがこのオレのささやかな工夫が活きる機会はなかった。斬撃は変わらず元いた位置辺りに飛んでいる。時間勝負だ。音沙汰がないと勘繰られる前にアルバストの元へ行く必要がある。


 オレは息を吸ってひと息に飛び出した。

 見えないが斬撃の風切り音は聞こえる。問題ない。

 そう思って走る足に尚力を込めたら足を取られた。


 ドサッ。


 と盛大にこけた。

 足下にバックドアの闇魔法が仕込まれている。またか。本当に厄介だ。樹木の陰と見分けがつかん。


「上役、あっちだ。しょぼい作戦を実行してる」


 しょぼい罠を張った男にしょぼい作戦と云われて思うところはあったが、声を立てずに土いじりに専念する。

 隆起する土塁の隙間にむけてさっそく斬撃が飛んで来た。土塁を躱してオレの頭の上をすれすれに風を切って行く。

 オレはその軌道を確かめながら靄の中に消えた斬線を追いつつも、いつまでもこんな斬撃には付き合ってられんぞと思った。できればすぐに突っこみたい。だが突っこむにはこの靄が邪魔だ。いきなり斬撃が飛んで来たらそれだけで脅威となる。せめて出所を知ることができたら予測も立てられるのだが、その予測を立てるにも靄が邪魔で――。


「消すか」


 独りごちて魔気を動かそうとしたが靄が晴れることはなかった。


「くそ、このまま進んだら…………」


 見えないし見えない。斬撃でもあるし落とし穴のことでもある。すると向こうからも声がした。アルバストの声だ。


「バックドア、靄を解くぞ」

「駄目です。一直線に来やすぞ」


 アルバストの舌を打つ音がした。


「お前の足かせにもなっているのか。その自信満々の顔に、オレは吠え面をかかせたいぞ」

「吠えるな。貴公じゃ無理さ。犬死にした先の犬ころのようになる」

「それはコペルニクス隊長のことか」


 リアのことだけでも頭に来てるのに、そのうえコペルニクスも蔑むか…………。


「何だ。もう忘れたのか。犬ころ魔法士団団長らしい最期だったじゃないか」

「クロック・ストップ」


 靄がガチリと固まった。

 動く物は何もない。

 気合いを入れたら魔気がきちんと動いてくれた。動かないという形でだが、そう動いてくれた。不思議なものだ。

 向こうにアルバストの姿が見える。


「オレの幼稚なクロック・ストップもどきでさえ貴様では対処ができない。コペルニクス隊長なら」

「隊長? 二度までも言うとは素で間違えてるのか。貴公、やはりライムの出身ではないようだな?」


 それは勇者を否定してるのが滑稽だとでも云いたげな言い回しであった。


「あ、いや、間違えた。団長だ団長」


 フォルテの王廷守護隊の癖が出た。口馴染みなのだ、隊長呼びは。

 特にオレは王子をやってたから。

 まずいな。オレの正体を辿るヒントを与えてしまったかもしれない。

 そしてこれだけではない可能性もある。果たしてオレは何度コペルニクス隊長と口に出していただろうか。


「いやアルバスト、なぜ動ける?」


 するとアルバストが深紫の闇から手を離してグーパーし、あらためてガウェインを握った。オレの初心者ぶりがやはり失敗した原因かと思ったのだが、動いているのはアルバストだけだった。


「そうか。それがあったのだな。いよいよアルバストに力を貸すか、聖剣ともあろう存在が…………」

「もう一人だった憂き身よ。我はこのアルバストに力を貸す。そして貴様が我が全力を凌駕したその時に、初めて貴様の言い分を認めよう」

「聞き分けのない奴だ」

「受けて見よ、我が全力を」

「全力? 全力ではないであろう。力を溜めるのではなかったのか?」

「貴公も云っていたではないか。今できる全力が全力なのだと」


 まいった。


「お前がやる気になっちまったのかよ。死ぬぞ」

「憂き身は死なん」

「オレがだ」

「それで貴公を殺しても、憂き身は一切の後悔はせん」

「選んだわけだな」

「そうだ」


 心をどこへ動かすかというのは、人生における結構な命題だ。リアは召喚契約の失敗を悔やみもしたが、時が経つにつれてのしかかったのが感覚があるのに動くことのない四肢だった。動かそうと伝えているのに動くものはそこになく、ただ指令だけがリアの脳から発せられていた。その気色の悪い感覚に四肢を失ったことをまざまざと知らされ、狂おしいほど苦しんでいたのがリアだった。

 ともすれば愚痴をこぼしてもおかしくないのだが、リアは唇をキュッと引き結び、一切の愚痴をこぼさなかった。

 アンナさんが泣いても良いのよと伝えると、心をどちらに動かすかは、きちんと全体を理解してからにしたいと思いますと、そう答えていた。

 目も失ったのだから見えることもないだろうに、とオレは思った。リアは確かめるべき物を見ることも出来ないのだ。

 だがリアはここで心を動かすと心が壊れると、そう女の勘が働いたと言ったのだ。

 オレに女の勘とやらはわからない。だが生物の持つ野性のはたらきとしては、非常によく理解できた。異界渡りで発狂するのは、渡ってる最中の身の置きどころのない感覚に絶えず苛まれるところにあるというのを、身をもって体験していたというのがある。


 あの時は――。


 オレもあの時は何が何でも渡りきろうと、そこから心を動かさないようにしようと努力していた。その時の経験とリアの言っていることが重なったのだ。

 正解だと思った。


 オレは異界渡りのことはあまり人に話していない。貴族に糞スキルと馬鹿にされて、リアたちもその話題に触れて来なかったからなのだが、そのおかげで無闇矢鱈と心を動かさずに済んだのは事実である。肉体の守りだけでなく精神にも守りというものは必要なのである。その守り方として、地獄が見えるような時はあえて心を動かさず、心を動かさないという一点に注力するという守り方を、自然と我等兄妹は覚えた。

 リアが己の心を守るために今はまだ動かさないと決めたように、ガウェインはその逆でいまこそ心を動かすべきだと判断して心を動かしたのだ。オレにとっては甚だ物騒な話だが、そう悪い選択肢ではないと思う。


 耳を傾けてもいい相手を見つけることが出来たのだから。


 オレは音の聞こえる気配に向けてクロック・ストップ解除と告げた。学んだことを活かし、ついでに靄も消えろと魔気に願うと、瞬く間に澄みわたる夕映えが森林を照らしだした。それは日が落ちる直前のまばゆさにも似た夕景だった。



 あとがき


 遅くなって申し訳ありません。病で伏せっておりました。


 よく季節の変わり目に「体調管理には気をつけましょう」という標語を聞きますが、子供の頃は字面でしか受け止められなかったこの言葉が、油断ならないものなんだなと、最近とみに先達の薫陶が身に染みます。気をつけてるのに届かない健やかさ。寒くなりました。


 申し訳ないほど不定期にかかわらず、変わらず静かに後押ししてくれる優しさには本当に頭が下がります。ありがとうございます。

 本作を見つけてくれて、また新たに応援してくれる皆様にも感謝を。ありがとうございます。


 つづきを、つづきをと、これでも心は逸っているのです。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ