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第137話 その自信満々な顔に吠え面をかかせたい

 一人でやれ、甘えるなと言ったらアルバストが目を(すが)めてこちらを見、嘆息した。


「教育が必要だな。貴公、異界渡りで狂ったらしい」

「お?」


 まさかの評価であった。

 まさか向こうからそのような判断が下されてるとは夢にも思わなかったのだ。しかしながらなるほど、お互い様とはこういうことをいうのだろう。人生は深い。

 すると後ろから尋常でない切羽詰まった声がした。


「だめだ」「魔法が使えない」「治せない」


 こちらは警邏隊の人たちの声だった。先ほどのガウェインの攻撃を受けた人を治そうとして回復魔法を施そうとしたのだろうが、魔気が流れこんで来てるのに駄目なのか?

 アルバストもバンバン魔法を使っているし、バックドアも使っていた。オレとしては王都にいる皆ももう魔法を使えるものだと思っていたのだが、どうしてだろう。魔気があっても吸われた魔力が戻ってないから、魔気を魔法へと昇華できないのだろうか。

 しかしそうなると頭はおかしいがアルバストはやはり優秀な魔法使いということになるようだ。異界から来たエルフであろうとエルフという種族固有の力は伊達ではない。

 枢密院殿がジリジリとしている。一向に進まぬ回復状況にオレを呼びつけたいと思ってるようだが、そういうわけにはいかないと自制も働いてるようだ。


「光あれ」


 光速移動を発動し、腰を深く切り裂かれた警邏隊の男の近くにまで飛んだ。


「すみません、場所を譲って」

「な」「キミが来たら」

「急いで」


 オレの一刻を争うような声に、すぐに脇に退()いてくれた。


「光よ癒せ、ライトキュア」


 唱えると同時に、まだ若い警邏隊の男性の腰元から流れ出てる血流の勢いが止まった。だがこれ以上はここに居られない。向こうでオレを見つけたアルバストがガウェインを振りかぶって今にも攻撃しようとしている。


「光あれ」


 ふたたび唱えた時にはガウェインを振り出したアルバストの背後に飛んでいた。

 だがオレを感知したガウェインが軌道を自ら変えて、オレに深紫の闇に触れさせようとする。速い。

 身をよじって気合いを入れて避ける。

 しかし指先が触れただろうか。右手の中指の爪の先が一直線となり、ちょっと形が変わったようだった。


「人の動きではないな」


 だがガウェインが動いたのだからこういうこともある、か。


「貴公、いつの間に」


 アルバストが驚いた顔をして、すぐ近くにいるオレに困惑していた。


「知ってるだろ? オレが光魔法を使えるのは」


 アルバスト自身はオレの言葉よりも背後を取られてることに慌てたようだが、オレ自身は害を為そうにも既にガウェインによって離脱させられている。あのまま触れてしまってたら、おそらくコペルニクスやサドンさんと同じような目に遭うのは予想がついた。

 ズキッと手の平が痛んで我に返る。見れば手の平にえぐられた(あと)があった。


 ――ああ、この傷をまだ治してなかったんだな。


 ダークボールからの複合技に穿たれた手の傷だ。これもこの機会に治す。そしてこの掌を先ほど警邏隊の人に向けていたのを思い出し、「な」と呻いた人がいたが、もしかしたらあの人はオレが治癒に入ったあの時、オレの負ってるこの傷を見て何かを言いかけたのかもしれない。だが、それももう済んだ事だ。治癒した人も含めて背後で態勢を整えてるようなガサガサとした音がするが、気に病まずに枢密院殿の場に居てほしいものだ。


 そしてアルバストからは距離を取る。

 いやらしいことにアルバストがガウェインを一閃したのだ。

 オレとしては当然先ほどのような風の斬撃が飛んで来ると身構えて距離を取ったのだが、不思議と何も飛んで来なかった。

 それでもアルバストが返しの太刀を振ってるので、今度こそ魔法が来るかもと身を固くしたのだが、やはり何も見つけられなかった。


 ここには土塁も何もない。オレは身一つであり、オレはオレ自身の全てをアルバストとガウェインの前にさらけ出している。だからこういった虚実の混じった攻撃に戦術を変えられるとしたら正直厄介だ。

 これまでのように背後に味方を庇っていては巻き添えで枢密院殿に覚悟を決めさせることにもなりかねないので、枢密院殿をオレの背後からずらす事が重要になる。

 枢密院殿が傷つくような事態だけは勘弁願いたいのだ。

 幸いあいつらが枢密院殿を狙う素振りはないので、肝はガウェインを使わせずにアルバストを攻撃することになるのだろうが、大事なことは、斬線を枢密院殿たちとの線上と重ねられる事がないようにすることでもあった。

 だからオレを狙ってガウェインを振り抜いてくれるのは実は有り難いことであり、それが不発と来たのなら、それはこれ以上ない戦果であった。

 アルバストは不愉快そうだった。


「おい!」


 と自分の手元の深紫の闇に不機嫌な声を浴びせる。


「なんだ」

「魔法を切り裂く力を見せろ」

「力? そんなものは主が寄越せ。憂き身は全力で魔力を蓄えねばならん。そのもそもこれは主が始めた戦争であろうが」

「きさま」

「寄越した分だけ仕事はしよう」


 アルバストは尚も腹立たしげであった。だが最後のひと言を聞いて酷薄そうな表情を浮かべ、笑った。

 オレとしては、オレと同じと言ってた憂き身が戦闘中でも自分の事だけを思索するような先鋭化に、素振りこそ押し殺したが本当のところは首を振りたくなっていた。それはあまりにオレとかけ離れてると思うからそうしたかったのだが、それを追求する時間はなかった。

 アルバストが完全に土塁から姿を現して、オレの方へと向き直り、自分の優位性を示すために深紫の闇のなかに手をかけている。


「貴公」

「何だ」

「聖剣もどきの短剣が二本、斬れぬ物無しとソマ村で高らかに謳っていたな」

「いや?」

「今さらとぼけるな」


 とぼけるも何もそれを言ってたのは小太郎であってオレではない。だがそれを言ってもアルバストに通じないのも(むべ)なるかなという話でもあった。降霊召喚というのは、こういう細やかなところでも難儀なところがある。


「ガウェインを止めるにはそれを出すしかないぞ」


 初めから忍者刀を出すバカがどこにいる。


「何だ、何か言いたそうだな」

「言いたい事ならあるさ」

「聞こうではないか」


 カチンと来た。


「自信満々はいいが、その自信満々な顔にいい加減吠え面をかかせたいと思ったところだ」

「奇遇だな。私も貴公にはエルフの恐ろしさを刻み込んでやろうと思ってたところだ。上下を身体に覚えさせ、それから正常に戻すのも悪くない」


 言ったアルバストが深紫の闇を城塞森林公園の上空へとかざした。


「加重牢」


 怒濤の水が上空に出現した。器となるような物は何もないのに、そこにその形で収まっていないといけないとばかりに四角柱のようになり、その範囲がどんどん拡がっていって城塞森林公園の木々に邪魔されて、それがどこまで拡張されたのかオレにはわからなくなった。

 だがこの魔法は見たことがある。王都に来る途中に立ち寄ったソマ村で、アルバストらと遭遇した遭遇戦時にもつかっていた魔法だ。確か水圧で身体を圧し潰してしまう魔法だったはずであった。

 しかし今の規模は、あの時よりもさらに水量が大規模で、木々の向こうにまで水の天井が出来上がっており、その上その水がどれだけの高さを持ってるのかが我等の頭上まで水に覆われたせいで視認できないのである。

 その莫大な水量が天から逆巻いて下りて来た。この一帯を飲みこむような巨大な水の塊である。

 水に触れた樹木が上からバキバキと音を立てて潰されて行き、ソマ村で見た時よりも数段強烈な水圧で樹木を圧し潰しているようだった。凶悪な水魔法だ。それをアルバストはガウェインを杖代わりにして発動し、範囲攻撃として放ってきたようだった。

 そしてここに来ての範囲攻撃は、実はかなりキツイ。

 後背を守る警邏隊の人たちは魔法が撃てないと嘆いていた。そしてその件はアルバストの耳にも届いていたのだろう。

 だからこうして範囲攻撃を仕掛けて来たのだ。


 絶対にオレが逃げ出さないように。


 枢密院殿は呻き声ひとつ挙げてないが、警邏隊の人たちは警戒を促す声を上げていた。だがそこに対処法や指示を出す声はひとつも無かった。その警戒警報も凶悪な水のもたらす轟音に掻き消されて行く。

 見上げれば太い幹までいとも容易く圧縮されていた。

 あの中に入ったら流石に無事で済まなさそうだ。


「統括部!」

「駄目だ! 魔法が練れない!」


 統括部も駄目か。

 宰相派でない統括部の者も幾らかいるようだったので、その者達なら、魔法士団統括部の魔法使いなら出来るやもと思ったのだが、どうやら無理らしい。簡潔な返事が返って来た。しかしその声も聞きづらい。圧倒的な水量が上空であらゆる物を破壊しながら落ちて来ており、その轟音が他の音を圧倒してしまうのだ。


 城塞森林公園の大樹の樹高は五〇メートルぐらいはあると思う。戦渦もなく、それだけの年月をすくすくと育って来たのは、ライムの属国となっても守り続けてきたわけだから誇って良いと思う。さぞかし王都民からも愛されてきたのだろう。だがその木々が、今は水魔法の加重牢によってへし折られ、ひしゃげ、極限まで圧縮されて木片のひとつも残さず消えていた。


「動くな!」


 警邏隊の方へと警告のような鋭い声がした。この声は枢密院殿の声である。


「ピューがやる。儂の周囲に集まれ」


 そう言われてもと抗議する間もなく、警邏隊の方々と統括部の一部がよばれた枢密院殿の方へと身を寄せた。だがそれだとサドンさんが向こうで一人きりなのだが、まぁサドンさんなら恨み言は言わないだろう。

 首を振るのに忙しいオレを勝ち誇った目で見据えるアルバストが、ゆっくりと深紫の闇をこの大地へと降ろしていた。右往左往した子羊たちが身を寄せ合って最後の覚悟を決めたと判断したのだろう。恐怖を存分に与えたと思ってからその手を振り下ろした。そのゴーサインに合わせて一瞬加重牢がその場に停滞し、それから速度を上げてオレたちの上へと落ちてくる。


「アルバストは自爆するつもりですか」


 声を張って尋ねる。


「このままでは貴方もただでは済みませんよ」


 一メートルも落ちる前に返事は来た。


「その目で確かめろ」

「では貴方もその目で確かめて下さい。貴方の詠唱魔法など無詠唱で対処できるのだと学んでもらいましょう」

「戯れ言を」


 さらに落下速度が速まった。

 森林公園の木々が先端ほど粉々に水圧で圧し潰され、不揃いだった木々ごとの成長は最早見る影もない。あらゆる樹木がその樹高を軒並み三十メートルほどに揃えられていた。

 とりあえず火か。

 水に対抗するなら安直に火がよかろうと考えたわけだが、火だと火災となって後から怒られそうだという弊害にも気がついた。

 光魔法で飛ばすにも飛ばした先が迷惑だ。


「ピュー!」


 枢密院殿の呼ぶ声だ。枢密院殿の呼ぶ声がした。

 これは急げと急かされたのだろうか、それとも怒られたのだろうか。城塞森林公園の大樹たちは戦渦を免れた平和の象徴なのだとしたら、これは後でお小言をもらうコースになるのだろうなと思い、そしてハタと気がついた。


 オレは慌てて魔法を展開する。


 展開したのは闇をである。その闇を出したせいで城塞森林公園が一気に暗くなるが、飲みこんだすべてを圧し潰す加重牢の轟音が聞こえなくなった。

 オレは闇をそのまま上へ上へと展開させ、加重牢そのものを飲みこませるつもりで動かした。重量や抵抗は特に感じなかった。召喚魔法による魔法だからなのか、全てを飲みこむ闇だからこうなったのかはわからない。だが結果として大した苦労もないままにアルバストの加重牢はオレの闇が食い尽くしてみせた。


「そんな」


 アルバストが上空から消えた闇とともに自身の加重牢が消えていることに驚きの声をあげた。


「異界渡りをしたと自称する貴方の魔法なんてこんな物です」

「加重牢だぞ!」

「知りませんよ」

「上級魔法だぞ! レベルだって8はあったはずだ!」

「知りませんけど魔法は基礎です。基礎をしっかりやればこうなるんです」


 基礎しか知らないから基礎万歳なのだが、今はさも尊大に言った方が良いだろう。一応フォルテの王子なのだから王族としての煽り方をしても問題あるまい。

 それよりハタと気づいて焦ったことの方が大事(だいじ)だ。大事(おおごと)だ。

 なにしろ枢密院殿からのお小言だ。その瀬戸際だ。


 危機を脱したというのに後ろからは何の反応も返ってこない。

 枢密院殿からも――、

 警邏隊からもだ。


 オレは背中に冷や汗が流れた気がした。


 お小言だけで済めば良いのだが…………、これで城塞森林公園の大樹が全部同じ高さになったから、その姿を見せられてお給金は半額じゃとでも言われたら目も当てられない。大惨事である。そしてそれを枢密院殿ならやりかねないのだ。

 かの御仁は国政会議においてサーバ最大の政治派閥である宰相派から、たった二人でその身を守った用心棒に対して、その報酬をキャベツ二個で済ませたという実績がある。それもサマースとオレの二人分で二個だ。

 いや、もしかしたら城塞森林公園の大樹を治せと無茶を言われるかもしれないな。出来ればできたで心配掛けた迷惑料としてお給金の棒引きだとか、出来なかったらできなかったで責任取れと給金が出されなかったりだとか、うむ、枢密院殿なら普通にありそうだ。

 枢密院殿はケチなのだ。

 どうしよう。

 オレは恐ろしくて後ろを振り返れなかった。

 前から声がした。アルバストだ。


「貴公、何をしたのだ」

「なにって、闇魔法で収納しただけですよ」


 オレの血も使ってガウェインが深紫の闇が出来てるなら、他に誰の血を使ってるか知らないが、オレにも幾ばくかは再現出来るだろうと思っただけの事である。

 実際似たような魔法はサマースもソマ村でやってるし自信はあった。


「上役、撤退だー。絶対にあれは超越してる。あの器用さは俺同様闇から来てる。それに賢さと機敏さもおそらく…………」


 バックドアが進言した。

 アルバストがギリッと歯噛みし、絞り出すように言った。


「邪魔だ。貴様らはホリーの所へ行け」


 アルバストがガウェインを構えて宰相派が総崩れとなり、我先にと城の方へと逃げ出した。オレの見せた魔法に対してではなく、アルバストの逆鱗に触れて踵を返したというのがいささか不本意だが、こればかりはどうしようもない。しかしバックドアだけは当然のようにアルバストの背後に控えていた。

 アルバストが一瞬嫌そうな目をしたが、バックドアが動かないので最後は舌打ちして、すぐにオレに向き直った。

 アルバストが深紫の闇を降ろす。そして、空いている方の手で(ぎょく)を取りだした。

 するとオレの懐で奴らから奪い返した玉が微かに(ふる)えるのを感じた。言葉も心も通わせたこともないが、それでもこの顫えが恐怖から来るものだということはわかった。


「貴様何をしているっ!」


 オレが鋭く咎めたが、アルバストは一顧だにしなかった。

 ただ手の平に集中している。まるで手慣れた作業でもしているかのように、自信を持って玉をオレの目の前に晒していた。

 変化はすぐに現れた。玉の内部に毒々しい赤いいろが湧き出てきたのだ。



 あれは――。



 つぶやきかけてオレは息を殺した。もう一度目を凝らしてアルバストの手の平にある玉を見るが事象に変化はなかった。

 あれは玉から力を取り出しているのだ。

 玉にはリアの身体が封じられている。

 リアがしょっちゅう眠りにつくその理由の根幹を、今この眼で見ることになったのだとオレは知った。気がついた。

 低くなった城塞森林公園の大樹の枝葉が、最前よりも小さな葉擦れの音をオレに聞かせている。寄り合う木々も枝も、その数を少なくしたのが原因だろう。葉擦れの音は明らかに小さくなっていた。

 言い知れぬ不安が募る。

 玉がどんどん真っ赤に染め上がり、真っ赤な対流がどこを元にして何を噴き出しているのかと辿ってみると、その流れは細長い線状のものから滲むように溢れ出していることがわかった。それは止めどなく溢れ出る泉のようで、端から見てるこちらにまで伝わってくるほどの魔力に満ちていた。


 その魔力は何なのだ。

 その魔力は誰のなのだ。


 莫大な量の魔力が一気に玉の中をグルグルと無秩序に対流しながら、色味のなかった無色の部分にまで赤で埋め尽くされていく。力任せに吸われているのだろう。でなければここまで無秩序に染め上がってはいかないと思う。玉の内部で魔力同士が奔流となってぶつかり合い、それでも次から次へと湧水が追加されるものだから玉だけでは容量が小さく、赤い色合いがどんどん深みを増し、濃く、純粋に、より赤へとなってゆく。とろみのあるような流れに見えるのは濃縮され、それだけ詰め込まれたせいであろうか。


 心が千々に乱れる。

 ここにはいないのに、浮かない顔をうかべて床に就くリアの切羽詰まった様子がまざまざと目に浮かぶ。


 大丈夫か。



 ――――リア。…………リアッ!




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