第136話 防禦
「ガウェイン!」
アルバストが嵐の聖剣の名を呼んだ。
「だからその名で呼ぶなと何度言わせる」
「御託はいい。剣となって我が手にもどれ」
しかし森林にアルバストの声が響くばかりで、ガウェインが深紫の闇を解除して剣の姿を見せることはなかった。
「おい!」
「知るか。やるなら勝手にやれ」
「何を」
「主はバカか。憂き身は全力を出せないから退いたんだろうが」
「貴様! あれだけ魔力を集めたであろうが!」
「そんなものコペルニクスが全てクロック・ストップで使い切ってたろうが」
「な!」
「どんどん集まるからと、そんなことも見ていなかったのか」
「貴様! だがその後も魔力は集めたろうが!」
「バカか。サドン・バーストが秘奥の間の天井に大穴を開けて吹き飛ばしていたではないか。残ってた魔気を使い切り、且つこちらの魔力経路を断つ見え見えの大技を主は…………。
おそらくだが主以外の者は皆わかってるぞ」
「なら魔気は! 今なら流れ込んでるだろうが!」
「使える魔気は向こうも一緒。同じ条件だ。がんばれ」
アルバストが飼い犬に噛みつかれて歯噛みした。
要するにガウェインは――。
溜め込んでた魔気を使い切ってすっからかんと、そういうわけなのだろう。
ましてやオレと約束したのは次に当たる時は「全力で」と言っていたわけだし、「全力」でもなんでもないこの時に当たるわけがないと、そう言ってるのである。
嵐も風もご免だが、思わぬ話を聞くことができた。
「何をホッとしている」
アルバストがオレを咎めた。
「上役、俺が先制する」
「ここに仕込んだのか」
「いや、ここまではさすがに無理」
そしてそのまま宰相派の統括部の群れから飛び出して、バックドアが詠唱を始める。土塁を盾にしてるところが慎重である。
「…………欲深きままに懊悩を辿れ、この世に愚痴を、ダークボール」
終了と同時にバックドアから闇魔法が放たれた。火魔法のファイアボールや水魔法のウォーターボールの闇魔法版のようだ。黒い弾丸が黒い尾を引いてオレの方へと飛んで来る。
ファイアボールやウォーターボールとちがって黒い弾丸は擬態向きというか、とにかく風景に溶けこみやすそうだった。
夜ならその姿を見ることも難しかったろうが、夕闇が迫って来ているとはいえ、まだ地上は明るいので見える。問題ない。
「ピュー」
「大丈夫です」
心配する枢密院殿に答えて、展開先へと召喚する。
「闇魔法、闇」
城塞森林公園のひらけた空間に、突き進んでくるダークボールに向かって暗黒が口を開けた。
「何だそりゃ」
「闇魔法、闇だ」
「そんな詠唱はねー。ただ闇を出しただけじゃねーか」
バックドアがツッコんでいるが、その間に闇がダークボールを飲みこんだ。
「そうだが、何か?」
「でたらめかよ。実効性だけでふざけた性能を発揮しやがって」
そちらからはそうだろう。だがこちらからは先制を防げたというだけでしかない。
そう思った矢先にオレの眼下で魔力光が拡がった。
「ピュー足下じゃ」
枢密院殿が教えてくれた。しかしもう魔法は発動している。間に合わない。
身体をまとう外套に衝撃がはしった。だがそれだけだ。
「これはダークボールに咒札を仕込んでたのか」
「効くだろう?」
見ると、オレの服に穴が開き、外套にもまた穴が開いたようだった。
「よく避けたな」
避けたもんか。
しかしダークボール。上と下からの同時攻撃であったか。
しかも着弾点から咒札を展開して幾つものダークボールを魔法陣から撃ち出していた。黒い弾丸からの黒い弾丸とは見にくいことこの上ない。どうやら魔法と咒札による重ね掛けのようだが、この用法だと組み合わせはいくつでも無限となる。
「また恐ろしいことをしやがって」
バックドアという男は、ある意味天才ではなかろうか。
見た事も聞いた事もない魔法の運用をオレに見せてくる。
言ってる間にまた地を這うように下草を縫ってダークボールが放たれていた。
「そうやって隠してたのか」
おそらく土塁の向こうでバックドアが勝ち誇ってるのだろうがその顔を見ることは出来なかった。何としても見つけなければと目を凝らすのだが、下草に隠れてダークボールの位置がつかみづらい。
「光輪」
前面に光輪を展開した。それを八つほどである。光輪は光魔法の適性があるかどうかを測るための初期魔法だが、八つも放てばダークボールの位置はわかるだろう。そして右斜めに今にもダークボールが迫って来ているのをその明かりが照らした。
「切り裂け」
光輪を斜めにうねるように進ませて、ダークボールから展開しはじめた魔法陣を切り裂いてゆく。そのまま横に倒して周辺の下草もついでに刈り取り、残りの光輪にも同様の措置を執らせた。
光輪をその場に浮遊させて、これで一応のダークボール対策は打てたはずだが、
「ぬ」
と声が出た。
対策を終えたと思ったのだが、配下の攻撃から畳みかけるようにアルバストも土塁の陰で玉を取り出していた。リアの身体が封じられているあの玉だ。
「アルバスト!」
「遅いわ! 喰らえ!」
玉を手にしたままアルバストが深紫の闇を振るって空間をひと薙ぎした。
すると風が唸りを上げてこちらへと拡がってくる。アルバストから放たれた時には点でしかなかったその風が、まるで波紋のように拡がってオレだけでなく我等の方へと押し寄せてくる。その風はセプのか、ガウェのか、オレはわからぬままに待機させてた光輪を浮かび上がらせてその風の魔気ごと切り伏せようとしたのだが、逆にオレの光輪のほうが無数に切り裂かれていた。
「ただの一撃でこうなる。これが本当の実力差だ」
アルバストが向こうで勝ち誇っていた。玉に目をやって満足そうに眺めている。風はオレの光輪でばらまかれた下草を吹き散らしながら、こちらへと尚拡がってくる。
「闇!」
だが急遽展開したその闇も波紋のような風に食い破られた。
まずい。
「土よ受け流せ、背反世界」
土の壁が袈裟斬りの軌跡のような形を残して土塁として盛り上がった。ついでにお得意の風魔法、背反世界も仕込んでおいた。
「土塁か」
アルバストの声が壁の向こうから聞こえて来た。だがオレの作り出した土塁が視界を遮ってしまったので様子はわからない。
するとガウェインの放った風の波が、たったひとつしかないはずの波が、作ったばかりのオレの土塁に喰い込む音がした。
ザクザクと削るような音が届いて来る。
食い破ろうとしてるのか!?
「流せ、ながせ!」
オレは気合いを入れて背反世界を意図的に右へ右へと風をはこぶように流す。それはもう凄い勢いで流す。
風には風でとばかりに風で対抗したのだが、勇者を勇者たらしめた聖剣の魔法と最近覚えたばかりのオレの風魔法とでは、どちらに軍配が上がるだろうかという判断の下、これだけでは心許ないので喰い込まれた土も風と一緒に横に流して、防禦を試みたのだが、そこまでやってようやく不穏な音が届く事がなくなった。
土塁の表層は幾重にも土粒が流れているだろう。風と渾然一体となって食い破られることは免れたようだ。波のような風が運ばれるまま右の方へと流れ去って行き、どうにかガウェインの風を逸らすことに成功したようだ。だが試し切りのようなひと振りでここまで手こずってしまったのも事実だ。風の聖剣とも呼ばれてもいるガウェインだが、ガウェインのは本来は嵐の聖剣と呼ばれ、そう呼ぶ者のほうが圧倒的に多い。そのガウェインが本気を出したら果たしてどうなってしまうのか。
風といっても、そよ風のような波を一つ出した様子を見せただけでこの威力なのだ。
本気の一撃を出されたら――。
どうしよう、いや、どうするか、とそう計算を働かせてると、オレの掲げた左手の手の平に鋭い痛みが走った。見ると土塁に小さな点のような穴が開いている。
「本当か!?」
後退しながらつぶやいた。
だが目にした事象が真実だ。どうやら背反世界も喰われていたらしい。土塁に喰い込んだ最初の一撃が点から線へと、その形状が土塁の傷の拡がり方から明らかになってゆく。
流せたのは表層に到達したものだけで、既に喰い込んでた分に関してはオレの想定を越えて、流した時には更に喰い込まれていたらしい。
いや落ち着け。喰い破る際にスピードも落ちて消滅する寸前のようだが、それでもこのままだと真っ二つにされるぞ。
「土、土、つちー」
オレを痛めつけようとする魔気を土に変えながら右に流す。前面に展開した流れる壁だけではガウェインの風に対抗できなかったのだ。直接魔気に介入したうえで、手の平から溢れさすようにして土を拡げて行く。
土塁だけでは足りなかったのだ。
背反世界だけでも足りなかったのだ。
すでに喰い込んだものを音がないからと放置したりせずに、魔気の流れを観るべきだったのだ。その注意が足りなかったのだ。
何となくではなく、着弾した対象もしっかり把握して魔法を展開するべきだったと、消えゆくガウェインの風を確かめながら、それらの反省を踏まえてオレは注意深く観る。ついでに土塁の穴も防いで万全を期す。
「よし、流れたな」
手の平に傷はついたが、それ以降の侵攻は防ぐことができている。
凶悪な風も今はただの魔気にしか見えない。もう残滓も散ったか。
「ふう」
峠は越したようだ。防禦を二重にしてようやく流せたようだ。だがガウェインをつかったお試しの一太刀は魔法障壁をかんたんに食い破ってきた。一部は何だかんだでここまで届いてもいる。
ギリギリだが対処でき、オレはホッと安堵する。
するとオレの右後方からウギッという呻き声としゃがめという鋭い声がした。流した先に警邏隊がいたらしく、その中の誰かに風の刃が中ったらしい。犠牲者が出たらしく、慌てて後ろに下がらせている気配が色濃く伝わって来た。
だが後ろをふりかえる暇はない。オレはすぐに築いた土塁のうえに上って追撃を警戒し、アルバストとバックドアの動静を探った。
バックドアはアルバストの背後に控えていた。
アルバスト自身は深紫の闇に手を突っ込んで、ガウェイン本体を握っているようだが、ガウェイン自体は未だ深紫の闇をまとってその正体を現してはいなかった。
それでこの威力なのか…………。
中々に考えさせられる。
今アルバストは、持てる手札を次々と切ってきて試している。そして試す余裕を持ちながらも、その性能の実証もしている。
今の風はガウェインなのか、セプティリオンなのか。それともこの二つの合わせ技なのか。
勇者ワイルディンド・ベッカムの剣と妹リア・フォルテ・ハーグローブの召喚獣。この二つをオレは相手にしてるのだろうか。
アルバストが玉を出したまま仕舞う様子も見せないので、玉への評価も変わったらしい。秘奥の間においてはあれほど使えんと愚痴をこぼしてたのに、今やすっかり手の平を返して頼もしそうに玉を眺めている。どうやらセプが有効なことにも気づかれたらしい。
リアの召喚魔法、機械召喚。機械生命体の群体であるセプティリオンス。
――なぁセプ。リアの兄だぞオレは。
そう語りかけたのだが、こちらの声がセプに届くことはなかった。こういうことは召喚陣を展開せねば無理なのだろうか、それとも展開しても無理なのか。それとももっと別の要因があって、例えばそれは糸の色の違いが関係してるのか。
赤い糸と薄い赤い糸が最初の姿であった。そしてそれが時の経過と共に、薄い赤い糸だったものが白くなり、それからまた時を置いて透明感のある緑色の糸へと変わっている。
組み合わせるべき検証はこの他にももっとあるだろう。
だが実験をしてる暇もない、か。
アルバストの手の中で玉が淡い魔力光を放っていた。
「どうだ、気は変わったか」
アルバストが再び訊ねて来た。
「貴公ではガウェインに勝てんぞ」
「そうだろうな」
「なら」
「もう一度言っておく。オレの妹は今この時も懸命に生きている。だからオレも、今この時を全力で生きる。全力で全力をお前に叩き込む。お前に対してはそうしないと、叩き込まないといけないんだ」
つと、深紫の闇が揺らめいた。
「ガウェインも嗤っておるぞ」
そうか。それはお前からしたら嗤っているのか。
「まぁ嗤われるのにも慣れている。生憎オレは負け慣れしてるんでね」
「負けに慣れる? バカか」
「バカと言われてもオレから見ると逆もまた真理でな。対立軸とはそう言うものであろう?」
「負け慣れを真理と言うか。度し難いな。これは誘ったのは失敗だったか」
「勝ってばかりじゃ世の中勝った者だらけじゃないか。一つ尋ねるが、お前は勝って今の状況なのか? お前自身負けてるからそうなってるんじゃないのか? 勝ちっぱなしみたいな雰囲気を出されても、だったら仲間になれとオレに泣きつかないで、自分一人でやってくれ」
あとがき
応援ありがとうございます。
さて、名前についてです。
ヒューくんのヒューという名は「ひゅーどろろ」から来ています。その直後の一月に「どろろ」のアニメ化が始まった時にはお尻の穴がヒュッとしました。まさかこのタイミングでと思ったものです。ちなみにハーグローブの姓は好きなトランペッターから頂戴しました。そのうちボッティとかブレナーとかも出て来るかもしれません。