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第135話 立場をわきまえて

 聖剣ガウェインの風魔法は強大である。

 フォルテの攻廷騎士団、聖なる風の精霊騎士団の団長ムーリ・ハーグローブの召喚獣ミーカにも匹敵するだろうと言っていたのは父のシコンであったが、その物言いには、ミーカに匹敵すると告げた時点で聖剣とは他の剣とは桁違いの存在なのだと教えられた。


 なにしろミーカはダブルリグレットによると原初の精霊王の直系であり、宇宙開闢時(うちゅうかいびゃくじ)においては、あらゆる元素を宇宙の果てまで届ける風を司った精霊が存在したらしいのだが、そんな精霊クラスの存在だと云うのだ。

 二度の宇宙の滅びと二度の宇宙の誕生を体験したダブルリグレットがそう言うのだ。

 話半分で聞いてもミーカに会ったら「バカじゃね」と言いたくなるぐらいスケールがおかしい。


 そんなミーカに匹敵するとダブルリグレットに言わしめるほどガウェインの能力は傑出してるらしい。

 そのガウェインだ。

 ガウェインのスキルにはおかしな物があると伝わっている。

 曰く、風の濃度を調整したり、風の温度を調整したり出来るらしい。濃度を薄くさせられたら息苦しくなるだろうし、温度は灼熱の恒星であったり極寒の真空にもなったりしたら、それはもう凶悪極まりなく、ケルプにおける風という魔法の概念を根底から覆した聖剣だと、そう謂われている。

 そのうえ極め付けは異界渡りで浴びる風も再現できるという点にあった。ケルプの勇者召喚の魔法陣とどことも知れぬ異界とつながった、契約状況の整った風の流れである。

 そんなの再現出来るようになるなよと言いたくもなるが、何も知らない者がいきなりあの風に触れたら発狂は必至である。踏みしめる大地はなく、勝手に運ばれてしまうその無言の強制力は、圧力となって、生命体としての本能に根源的な何かを訴えてくるのである。

 つまりオレは、この戦いにおいて犠牲者を出したくなければ、そのスキルのような風魔法のような、そのおかしな技をガウェインに出させてはいけないのである。


 フォルテに伝わる伝承に、異界渡りの最中に、自分で風を操りたければ風を司る召喚獣と契約するのは絶対条件と云われる伝承がある。この伝承の教訓は、風を操る召喚獣と契約してなかった者の大多数が帰って来なかったことに起因する。

 風をあやつれる召喚獣を連れていれば、異界渡りの端緒についても開かずにすぐに帰ることが出来るのである。

 もちろん進む者もいる。

 だが進む者の大半は、異界の召喚魔法陣が閉じる前にぷつりと消息が途絶えてしまうことが多かった。これは道を外れたものと考えられた。

 風の召喚獣がいてもこれなのである。もしも風の召喚魔法がないならば、異界渡り自体をあきらめるか、異界渡りの召喚魔法陣が導いた風の通路を絶対に外れてはいけないという鉄則が生まれたのである。オレ自身も異界渡りをする際に王室の担当者からこの事はくり返し説明を受けていた。


「もしも道を外れたらどうなりますか」


 オレは子供心にその担当の者に尋ねたことがある。

 すると担当はしばし考え、もしも外れたならどこへも辿り着けなくなるし、永劫の時を異界渡りの空間で過ごすことになるだろうと言っていた。仮にケルプに戻って来ることが出来たとしても、その時には以前の人間性は失われ、自分を取り戻すこともない。そんな脅しにも似た説明も受けた。

 だから風の道からは絶対に外れるなとしつこいぐらい釘を刺されたのだ。


 そして今、そんな事が出来る聖剣ガウェインと敵対することとなり、全力でもって相手するとまでオレは宣言されてしまっている。危機である。正直自分以外にも大勢の人がいるこんな状況で、こんな物に逆らうのは愚の骨頂であるし自殺行為でもある。


 それでも進むという風に心が動くのがオレであるが、オレは日銭を手にするために汲々としているしがない用心棒でもある。

 枢密院殿を危険にさらすわけにはいかないのである。


 実際今日一日ここまでがんばっても、枢密院殿を死なせたらその時点で給金はパーである。そうなればオレを頼りに糊口をしのいでるリアとアンナさんをがっかりさせるだろうし、オレ自身も手痛い出費が残るだけとなる。

 なにせ剣は折れてるし、外套には穴が開いてしまったのだ。

 商売道具を失い、高山に位置して冬越えは厳しいと云われる自治領を穴だらけの外套で暮らすことになり、給金は出ない。


 冬を越せるだろうか。


 しかも懐が寂しいだけではない。

 屋敷を借りてるロラン殿からも、自治領の冬は山間でも凍てつくような風がピューピュー吹きすさぶと聞いてるし、物悲しいほどの風にさらされることになるのは間違いない。その時オレは何を思うだろう。

 あの時枢密院殿を、とか思うのだろうか。墓前に話しかけるようなみっともないことにはなりたくないと思い――、


 そしてハタと気がついた。


 オレは目上の人とは数多く話してきたけれど、立場が上の者とは実はそんなに話をしたことがないという、その事実にだ。

 最前まで全く忘れていたが、オレはフォルテの王子であった。なので立場が上の者となると五大国の王か、父母兄姉といった身内に限られており、後は皆立場が下の者ばかりであった。

 目上の人と話すとなれば、そういう人はたくさんいたのでどんな状況だろうと話すに困ることはないのだが、立場が上となると一体どのようにへりくだれば良いのか、その要領がいまいちわからない…………のである。


 オレは不遜な態度でオレからの返事を今かいまかと待ちわびる女を見た。

 閑静な城塞森林公園で、ひとり異質な気配をただよわせてオレからの情報を欲しがっている。

 その顔は上機嫌であり、オレの(はら)が決まるのを心待ちにしている。


「アルバスト」

「なんだ」

「恥ずかしい話だがオレは人から誘われるなんて経験したことがなかった。だから誠実に答えようと思う」


 例え敵にでも。

 そうせざるを得ないほどオレの立場は弱い。


「うむ。ならば教えろ。すぐにその地へ行く。来い」

「来いって、それは質問ではないだろうが」

「来るか来ないかと言う話であろうが」


 互いに見つめ合って、その後の言葉がなかった。

 つづかなかった、見つからなかった、どれが適当な言葉なのかはわからないが、とにかく言葉がなかった。

 こうして圧倒的なすれ違いを見せられると、何となくだが、要領がどうとかこうとか、そんなことを頭に過らせてたのがバカみたいだと思える。


「…………それならば行かないとしか言いようがないぞ」


 アルバストが眼を見開いた。


「行かないというのか。

 こんな得体の知れない星から、脱出したいと思わないのか」

「得体も何も、オレはこの星の生まれだ」


 アルバストがますます訝しげな顔をした。


「そなた、この地で生きるつもりか。こんな地で老いるまで生きてても、どうせろくな死に方はしないぞ」

「先のことはわからん」

「わかるさ。…………」


 アルバストが何か言いかけたが言葉を飲みこんだ。

 オレからの手がかりがなくなっても、まだフォルテがある。本人もその気でフォルテへの足がかりのためにサーバを落としにかかったくせに、何をそんなに先のことを心配するのか。


「エルフは寿命が長いと聞いていたが?」

「いきなり拉致された星で、その星に貢献して生きていこうと思える貴公のほうが気が知れない。勇者なんてのはしょせん人攫いした者の言い分だ。都合の良いように祭り上げて前線に送ったら、後はとことん扱き使って汗の一滴までしぼりとって消耗させる消耗品扱いだ。私の命はそんなことのために使う気はない」

「いや、オレはケルプで勇者を喚ぶ時は、必ず本人の意思確認をしていると聞いてるが?」

「私は確認などされていないぞ」

「ほう」


 それは異なことを聞いた。

 アルバストは自身をどう思ってるのだろう。自分のことを本当に勇者として召喚されたと思ってるのだろうか。スキルを使った様子もうかがえないし、聞いてる限りでは、フォルテ以外のどこかの国か研究者に喚ばれたとしか思えないのだが、どこぞの誰かが研究に研究を重ねて勇者召喚もどきを試したのだろうか。

 だが、これを言ってもアルバストは聞く耳を持つまい。


「ひとつ聞かせてくれ」

「いいぞ」

「この星に来て、楽しいと思ったことはあるか?」

「ない」


 即答であった。

 しかしまぁそうだろうな。

 楽しければテロなんか起こそうとは思わない。


「逆に聞こう。貴公にはあるのか?」

「う~ん」


 面と向かって尋ねられると中々に難しい質問だ。


「人を斬る訓練をしたり、魔法を覚えていかにして敵を撃退するかと考えたり、割とこちらに来てからも殺伐とした日々を送っているかもな」

「ならばやはりこちらに来い。帰還する手がかりを共有できれば道が拓けるかもしれないぞ。そもそも貴公に夢は、やりたいことはないのか」


 やりたいことか。

 オレの生きる意義ではなくてやりたい事となると、これまた中々に難しい。やりたいと思えるほど色々なことをして来たわけでもないし、剣術がそうかと問われれば、これも為さねばならなかった事という部類に入るだろう。そういえばサマースを用心棒に引き込んだ際の酒の席は楽しかったな。


「うん、そうだな」

「何だ。話せ」

「爺さんが時間が余るようになって酒を呑み、いい心持ちになって昔のことを思い出したりするのもいいだろうし、若造が酒の味を覚えて少しばかりの生活の余裕を噛みしめるのも、オレにとっては憧れ、憧憬なんだなってことを思ったよ」

「それが出来ないわけだな」

「まぁ言うほどにはな」

「頭に来ないのか? 苦労をしてるんだろ?」


 苦労か。

 オレはオレの日常を苦労などという括りで捉えたことはない。仮にアルバストからそのように見受けられたとしても、そんなもの、リアの姿を思えば微々たる物でしかない。



 ――リア。リアか。



 オレはリアを思った。


 我が妹の日々は忙しい。手足がなくとも召喚魔法陣を研究し、最近では魔法も研究し、動かす四肢がないぶん頭を働かしている。眼が見えない分は僅かに残ったセプティリオンスで物の造形を伝えてもらっている。

 花の盛りを迎えるこの時期に友達をつくれるような環境になく、(かたき)に追われ、ひっそりと息をひそめ、そうして日々を費やして行くのだ。男と出会う機会もなく、惚れた腫れたのはなしを聞くこともなく、およそ十四歳で経験すべきあれやこれやをことごとく諦めた人生、それがリアの青春だ。

 リアはそれでも日々のなかでアンナさんと、それからわずかに残った召喚獣セプティリオンとでどうにかこうにか生活をしている。常時魔力を奪われつづけ、時には一気に莫大な魔力を持ってかれてるようだが、それでもリアは魔力をやりくりして命をつないでいる。苦味も辛味も無味も、きちんと嗅ぎ分けて不意の暴風にも自らを休めてやられずに遣り過ごす。

 これを苦労と言えるだろうか。

 苦労か。

 少なくともその境遇に追い込んでしまったオレがリアに言っていい言葉ではないと思う。


「アルバスト・ル・ハイア」

「なんだ」

「苦労はするもんじゃない。味わうものだとオレは思うぞ」


 アルバストの顔色が変わった。


「それはこのままを受け入れるという事か」

「そうだ」

「この星の奴らの思惑に乗ったまま流されるというのか」

「違う。流されるのでもない。積極的なものではないが、味わうことも必要なんだ。そこに何が潜められてるのか、何を引き出そうとしているのか、何でそうなってるのか」

「理解出来ん。この星の輩の無関心を許して自分だけで背負い込むという事ではないか」


 オレは首を振った。


「逆らう者を痛めつけながら進むことに、オレは誇りを感じない」


 リアの四肢を利用してるお前らに、オレが嘘も方便で仲間になどなったら、それはリアへの裏入り以外の何物でもない。

 リアに(あに)さまと呼ばれて心を痛めるようになるぐらいなら、オレ自身が滅んだ方が良い。


「最初から何度も言ってるが、オレは本当に勇者ではない」

「ガウェインがお前を自分自身だと認識してたのにか。異界渡りをしてこの世界に来たガウェインが、貴公を同族だと感じているのだぞ」


 いや、それはおそらくお前の属する組織がオレの血をどこかで手に入れたんだぞ、と言いたいところであったが、オレは自分の正体を明かすわけにはいかない。

 難儀なことであった。

 もしここでヒュー・フォルテ・ハーグローブと自分の身を明かせば、アルバストの背後に潜む本当の敵の本丸が自分とリアの情報をただ同然で入手することになってしまう。


「それもそもそも深紫の闇が言い出したことであって、最後には誤解が解けたと思ってるのだが」


 しかしガウェインが口を挟んでくる事はなかった。


「貴公がどう言い繕おうが、私は貴公の言葉よりガウェインの言葉を信じる」

「いやいや、勇者でもないのに勇者だと詐称するわけにはいかん。用心棒でしかないオレがケルプを救ってきた勇者と同列に語られるわけにはいかんのだよ」

「強情だな。言っておくがここで断れば戦闘となるぞ」


 そしてガウェインを相手取ることになるわけか。

 勇者とともに磨いたガウェインの勇者スキルとも言うべき風魔法に、オレの覚えたての魔法をぶっつけ本番でぶつけると…………。

 とてもではないが勝てる気がしない。

 何が何でも魔法の教本を買っておくべきだったと今にして身に染みるのは、先立つ物のない者の悲しさであろう。


「いいのか、本当にそれで」


 尚も問われたがしかし、オレはアルバストに何も答えられなかった。


「わかった。ならば死ね」


 バックドアが小刻みに首を振ってアルバストの背後に付いた。と同時にアルバストが手を掲げて聖剣の名を呼んだ。


「ガウェイン!」



 あとがき


 応援ありがとうございます。


 精霊の数え方は「白雪姫と七人の小人」にならって「人」です。


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