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第134話 我が名はアルバスト・ル・ハイア

 城塞森林公園の整備された園上に、土が塊となってあちこちに落ちていた。ついさっき掘り起こされたような湿り具合は、おそらく秘奥の間の上にあった土が周囲にばらまかれたせいであろう。地下深くに地層となって折り重なり、普通なら絶対に日の目を見ることもない土塊だったはずだが、なにも統括部や秘密の通路ばかりが秘奥の間の上層にあったわけではない。普通にケルプの星の地層が折り重なった場所もある。

 オレはそれを為したサドンさんの様子をチラと見た。

 変わらず下草のうえに横たわり身体を休めている。今は意識があるのかどうかはわからない。ただ、この土は、サドンさんが秘奥の間から放った雷神乱舞で消し飛ばした土であり、この公園のあちこちに塊となって落ちている土の正体であろうということだ。

 土塁としては少々頼りないが、その堆積した土の塊を盾に、アルバストは回復を計っていたようだ。

 さっきまでは声も発せず、それどろか息も絶え絶えの様子で治癒魔法を連発していたのに、今は自信満々な表情を浮かべて土塁の向こうに立っている。その自信の源はガウェインなのだろう。ガウェインが言うべき事は言ったとばかりにオレの脇から向こうへと去って行く。

 アルバストがニヤリとした。


「これで趨勢は決まったな」

「そうか? ガウェインに命じてた魔法陣は再構築されていないぞ。そちらの命令を丸呑みしてるわけでもないようだ」


 すると後ろから声がかかった。


「あれは本当にガウェインなのか!?」

「そうです」


 むう、と唸りつつ枢密院殿はそれだけ聞いて押し黙った。


「じじいのお守りか。殊勝なことだ。私には理解できんがな」

「オレのことは知ってるのであろう? ホリーはお前のことを早くしろと急かしていたではないか。それを今さら自己紹介をするまでもなかろうが」


 あちらに付いている宰相派の面々が凶悪な顔をしてオレのことを睨みつけた。アルバストよりオレへの恨みが深いらしい。枢密院殿の用心棒をしていたサマースとオレが立ち塞がったせいで、サーバの宰相であったジョージ・アムンゼルはその地位を失ったのだ。思うところはいっぱいあるだろう。


「ヒュー・エイオリー」「あんな小僧に」


 十数人もいるのにこぼれたのはそれだけで、後の者はみな口を真一文字に結んでオレのことを眼で殺そうとしていた。


「なぁ風魔の小太郎、おまえはどっちの口なのだ。ひとりで喚び出された口なのか。それとも故郷ごと無理矢理この星に連れて来られた口なのか。いや、家族がいると言ってたな。家族で連れてこられた口か」

「何を言っても曲解する者に、また無駄な努力をしろとお前は言うのか」

「尋問とはそういうものだ。しかしその顔、どうやらお前は家族で喚び出された口のようだな。ならば聞け。この星の奴らは勝手につれて来ておいて、我らを帰す素振りすらみせない。それはおかしいとは思わぬか」


 その先を阻むようにバックドアが割って入った。


「流浪のアル、じゃなくて流浪の上役~」


 思わずアルバストの本当の名をつぶやきそうになっていたが、すんでの所で踏み止まったようだ。しかしアルバストは茶化す配下をひと睨みした。


「止まる気はない。無駄だ」

「へいへい」


 そしてオレの方へと仕切り直し、なぁ勇者よ、私は自分の星に帰る、何が何でも帰ると、そんなことを口にした。


「ならばガウェインは返せ。それはこの星ケルプの財産だ。持ち逃げは許さん」

「お主も来れば持ち逃げにはならない」

「オレの物でもない。この星の財産だと言ったろうが」

「怒るな。そのじじいを見捨てれば問題はないではないか」


 枢密院殿のことか?


「雇い主殿だ。聞けんな」

「ならばガウェインも諦めろ」


 嘆息したくなるオレを責める者はこの場に誰もいないだろうと思う。異界渡りで狂ったのか、経る時を経てこうなったのか、とにかく、オレはこの女には口では絶対に勝てない。そんな風に思った。


 だがおかしいのはこの女、アルバストはガウェインには主と呼ばれている。

 これまでのオレたちケルプに住まう者にとって、ガウェインの主は古今東西ずっとワイルディンド・ベッカムであるのが常識だ。だがその常識がいつの間にかガウェインの主はアルバストであるとすり替わっている。

 これは本当に解せなかった。

 オレでも容易く殺せるアルバストが、初代勇者をどうこう出来るとはとてもではないが思えない。

 だがそれはここではどうでもいい。ここに来て一番の問題はそのガウェインなのだ。ガウェインが自分の全力でもってオレを殺すと宣言した。

 これによって、アルバストの動きなら容易く倒せると思っていたオレだが、ガウェインが護りに入った以上それが無理筋となり、それどころか絶対的な脅威となって跳ね返ってくることになったのだ。これまではオレに対して意味のわからぬ配慮をしていたガウェインだが、宣言をした以上それも最早あるまい。


 ガウェインは、土塁を越え、そっとアルバストの傍らまで辿り着いていた。


 これまでのガウェインは、自分を調べようと断りもなしに中に入って来た者を返り討ちにしただけだった。だが今度は、主と認めてるアルバストの手先となって全力でオレを倒しに来るのだ。


「諦めろ、か」

「不満か」

「四肢を治し、ガウェインを取り戻し、何ひとつ諦めたようにはみえないあなたがそれを言うんだな」

「全部奪った物ではないがな。初めから私の物だった」


 だからガウェインはケルプの物だと言ってるだろうに。


「はぁ。やらせてた貴方は本当にテロリストだな」

「ではこの星の者は拉致者だな」


 勘弁してほしい。


「あのな、言っておくがそもそも異界渡りの技術はこの国にはないぞ」

「知っている。向かってる途中だからな。海を越えればすぐそこだ」


 フォルテか。

 フォルテに行く途中で後背の危険をとり除くために、このサーバを落としにかかったのか。

 だが異界渡りが目的ならば、この女はオスニエルをこの国の王にしたいということに取り立ててこだわりがあるわけでもないようだ。旧宰相派や第一王子とはこの国を落とすという利害の一致だけで手を組んでいる、と言うわけか。

 ガウェインもそうか? いや、一見合致してるようだがこいつはこの読みからは除くべきだな。ガウェインはさまよう者だ。国を落とそうがそこに定着はしないし、流れるとさまようの違いこそあるが、ひと所にとどまっていられない焦燥をガウェインは持っている。


「お前のお仲間はオレがお嫌いのようだぞ」

「こいつらの方が私より立場が上に見えるか?」


 見えないな。


「どんな誘い文句で協力態勢をとったのかは知らないが、オレが貴様と手を組むことはない」

「何故だ」

「オレたちはこの地に根を下ろした。その土地で生きていくために枢密院殿のお力を借りているのだ。そんな雇い主殿を死なせでもしたら結局ゆるやかに死んで行くのはオレたちだ。貴様、オレの家族に今度は死ねというのか?」


 殺伐とした殺し合いしか残っていないことはアルバストにもよくわかっただろう。そもそもオレに四肢を断たれてそこにひと言も言及しない時点で、この女エルフはどこか頭のネジが飛んでるのだ。

 そのアルバストが静かに首を振った。


「そんなことは聞いてない。だが貴様があんな役立たずを手に入れて手放す様子を見せないので、そこが気になったのだ。おかげで良いことを教えてもらった」

「良いこと?」

「そうだ。そして返せというなら私にもそれを返せ」

「それとは?」

(ぎょく)を持ち逃げしてるだろうが。それはさる御方の大事な物だ」

「何を言う。これはオレのだ」

「オレの? それは指だろうが。貴公に指はあるではないか」


 ギリッと音が鳴った。このオレの歯ぎしりは思わぬ大きな音を立てて城塞森林公園のなかに響き渡った。

 アルバストの眼が鋭くオレを捉えている。そしておもむろに右手で何かを持ち上げるような体勢をとると、


「これもそうであろう」


 と言ってアルバストが手の平のうえに玉を現出させた。

 その玉に封じられて小さくなっていた。だが、現れた玉があっという間にどこかに消え、中に入っていた物だけがアルバストの手の平のうえに残った。

 切断されたわけでもないのに切断面がピンク色に鮮度を保っていて、その物質が未だ生きていることを示していた。後ろで嘔吐(えず)いてる者もいるようだが、何も知らない者からしたらそれは自然な反応なのだろう。だがオレには、オレたち兄妹には、あれは咽喉から手が出るほど焦がれに焦がれたものである。姿形、造形はオレの記憶よりふっくらと成長しているが、間違いなくリアの左肩から二の腕にかけての部位であろう。

 そんなものがあの女エルフから無造作に出て来る。


「ほほう。珍しくいい反応をするな」


 と同時にリアの二の腕が瞬時に玉に包まれた。出し入れは自在らしい。


「我が名はアルバスト・ル・ハイア。惑星ハイランドから拉致された流浪の民だ」

「テロリストがここに来て名乗るとは馬鹿か? それとも取り引きか。まともに取り引きが出来る状況だと思っているのか?」

「思っているさ」

「テロリストが?」

「テロリストではない。拉致被害者だ」

「狂ってる。正気ではないな」

「何だそれは。貴様こそ、人の話を全く聞かぬではないか」


 アルバストが心底呆れたと言わんばかりにオレの目の前で溜息を吐いた。

 オレの悲願とも言うべき、リアの左腕の二の腕をその手に持ちながら――。


「…………」


 オレは一度大きく息を吐いた。

 こいつが狂っていなければ手がかりをつかむことはなかったのだと言い聞かせ、こいつがこんなだからこそ手がかりを得られたのだと無理矢理納得させる。

 そして枢密院殿の用心棒だということを胸に刻んだ。何度もなんども刻み込んだ。この狂人を泳がせると決めたのはオレであり、雇い主殿の意向でもあった。

 オレは後ろを振り返り、枢密院殿に一度このまま進めるが良いかと確認を求めるようにうなずいてみせたのだが、何を考えてるのか、枢密院殿からも間髪入れずに大きく肯き返された。

 しかもちんちろりんな頭髪が風に揺れるほど大仰にだ。

 思わずぷっと吹いた。


「おい、ピュー」

「いえ、申し訳ありません。しかしここでそんな大仰にしますか?」

「お主が求めたんじゃろうが」


 いや、求めたわけではないのだが、そんな風に見えたのならそんな風だったのだろうか。しかし何だ、オレが求めたというのは――。

 全く求めていないのだが。


 いや待て。リアの二の腕に焦がれるオレの姿が王の眼である枢密院殿にはそのように見えてもおかしくはないか…………。

 それならば納得もできる。オレはリアの四肢を取り戻すために自治領に流れ着いてからもずっと準備をして来たわけで、それがここに来て玉の中に腕を発見したのだから、所作として表に出てしまったとしてもそれは仕方のないことであろう。心の中で大いに肯けもする。

 がしかし、枢密院殿のこの大仰な所作だけはわからない。まるでわずかしか残ってない頭頂のひょろ毛を動かすためだけに肯いて見せたようではないか。オレの眼はごまかされない。絶対に枢密院殿は意図していたはずだ。しかしそこにそこはかとないおかしみを感じ、フッとオレの心を和らげられたのも事実だ。

 枢密院殿からすれば交渉を任せたといった軽い感覚だったのかもしれないが、オレからすれば、それは紛れもなくオレの心の負荷を取り除いてくれた所作であった。年を経た者の安心感がそこにはあった。

 オレは少しだけ笑った。


「大した胆力じゃ。しかし聖剣が相手じゃぞ。分が悪すぎる」

「わかってます」


 こうしてる間もずっと、アルバストがガウェインを用心棒に、オレに無言の圧力をかけている。


 オレはここから始めよう。

 例えオレが斃れてもリアが不自由な思いなどせぬように。

 せめて最後はこうであったと枢密院殿からきちんと話が届くように。

 枢密院殿なら悪いようにはしない。ケチだが事実を事実のままに本当のことを奏上してくれるだろうし、それが故に煙たがられていた御方だったから虚偽を申し上げる心配もない。十分信じるに足る。

 それに枢密院殿からの言であれば、辺境伯もアート王も、そして宗主国であるライムのワッカイン王もリアとアンナさんのことを無碍には出来ないであろう。

 フォルテの王子が命を賭して属国のテロへと立ち向かう意義はここにある。

 あとでオレたち兄妹の正体を知って枢密院殿を驚かせてしまうかもしれないが、フォルテの第七王子の王室外交の終端としては、そう悪い物ではない。


「良い始まりだ。そうは思わぬか」

「そうだな」

「アルバスト・ル・ハイア」

「何だ」

「聞かぬと言うなら聞いてやろう。貴様、いったい何が目的だ」


 アルバストがようやくそこへ辿り着いたとでも云いたげにニンマリとした。

 よほど心待ちにしていたのであろう。

 悪い顔だった。


「長かったぞ」

「前置きはいい」

「では話そう」

「…………」


 オレは耳を澄ませた。


「異界渡りの入り口を教えろ」


 オレの背後に控える各々方が息を飲む気配がした。彼らには如何ともしがたい要求だった。

 しかしなるほどそれか。

 それがお前の目的であったのか。

 それを訊くためにここまでずっとオレを観察していたわけだな。

 立場が明らかに上になる、この時まで。


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