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第131話 身の毛もよだつ

(ちがう。闇のことだ)


 小太郎がそんなことを言った。


 闇、深紫の闇のことか。


(そうだ。あれに守護を頼むなんてお前の評価を聞かせろ、ヒュー)


 奴の間抜けなところは、テロリストに深度一の存在を教えてしまったことだ。異界渡りをした経験のある者なら肌で感じる物がある。位相のずれと異界渡りの感触を思い合わせれば、次はやれと必ず云われると子供でも簡単にわかりそうだが、そこをアイツはひょいと乗り越えた。闇とアルバストは見た限り仲が良いわけでもないのにそれを体現させてしまうとは、正直間抜けとしか言いようがない。


(それで?)

(たぶんだが、アイツはオレの血も取り込んでいる。リアが目と四肢を奪われたように。オレの与り知らぬところで敵はオレの血を手に入れている)

(ほほう)

(血の縛りはケルプでは重要だ。魔法使いが先祖代々の血で魔法を受け継ぐように、召喚魔法士の頂点たる父の血を、そして召喚魔法の未来だった母の血をオレは継いでいる。その血を継ぐオレはフォルテ国内でこそポンコツ扱いだったが、純粋な血という意味では研究したい対象ではなかったんだろうか)

(だから血のつながりのある闇は任せるに足ると?)

(あれにも血の縛りがあるんだろう。自分から縛り、オレからも縛った。任せる任せないじゃなく、そうあろうとするのが呪われた存在なんだ。お前も何となく感じなかったか? 厭がりながらも依存せざるを得ない妙な違和感を)

(そうだな。しかしそれは闇を動かすことになるぞ)


 小太郎がそう言った。

 それは深紫の闇がサドンさんとコペルニクスを守らなかったらということだろうか。それはないとは思うが、もしもサドンさんとコペルニクスを守れていなかったら、申し訳ないが天道神さまの力を借りようと思いを巡らせた。


(儂は生き返らせることは出来んぞ)


 あっさりと言われた。オレは言葉を失った。

 いやいやと首を振る。


(閻魔様なら?)

(無理じゃろ。そもそも日の本の神は一芸特化の神じゃからの。閻魔なら地獄の便宜を図ってくれるだろうが、助けると云ってもそういった類の手助けじゃろうな)


 安易に深紫の闇に任せたのは間違いだったような気がして来た。あの場にはまだバックドアがいたのだ。


(それも大丈夫だろう。意地悪に問いかけたが、俺もあの魔剣とやらがサドンを再び傷つけるとは思わない。お前がスキルを使ってサドンを縛ったからだ)


 そういう見方もあるのか。

 サドンさんを救うために縛り、いわばオレの血肉が不可欠の働きをサドンさんにしている。スキルは顔を変えたオレ自身も縛り、そして呪具にも何かしらを縛った、のだろうか。

 もしかして救いを感じてアイツは今、あの場に在るのか。


(だが敵にも味方にもなることを忘れるな。アルバストにも何かしらの血の縛りがあることが、お前の推測を正しいとするなら考えられる)

(なるほど。そうなるな)

(だがあの魔剣がテロリスト側の心臓だった。魔力も、魔法も、作戦の中枢も、すべてあの魔剣ありきの前提だった。お前があれを骨抜きにした以上、お前が戻るまでは奴らに物事は動かせないさ)

(小太郎)

(感心して良い落とし所だと見ていたんだがな。そこまで考えてなかったのか?)


 そう言われて返事を返したかったが、オレはファイアラットを斬り捨てた。動けないお婆さんがこちらが恐縮するほど目に涙を溜めてなんども何度も頭を下げていた。


(か、考えていたよ)

(どうだかな。余計な事をしようとしてるし)

(ここで余計、いや、オレが事態を動かすようなこと、つまり深度一は必要ないと?)


 しかしそうは言っても召喚の場に出入りしてる今だって半ば入りかけてるんだが。


(そうだ)


 と小太郎は肯いた。


(ここでお前が深度一を使えば闇は闇でじぶんの深度一を解除するぞ)


 ん?


(つまり今は、アイツは皆と潜っててバックドアの眼に見えていないと?)

(そういうことだ。テロリスト共はサドンらの姿を見失って、さぞ慌ててることだろうよ。そこへお前が全体に深度一をかけるということは無駄打ちでしかないだろうが。むしろ要らぬ判断をさせる害悪となる)

(なるほど)

(合流しろ)


 そうであった。

 深紫の闇とは合流を考えるのが筋であった。

 オレは枢密院殿の姿をさがすと、どこかの家の玄関のアプローチに枢密院殿が腰かけているのを見つけた。急ぎその場に戻る。用心棒のお仕事を忘れてはいませんよというアピールだ。なにやら召喚の場から注がれる視線がつめたいような気がするが一切気にしない。生活の糧は大事だよ。


「大方片付いたようじゃの」

「は」


 オレが大仰に頷くと、枢密院殿が冒険者たちに向けて大声を張った。


「諸君、魔物は任せてもよいか」


「おおっ」「いや、いいのか」「指名手配されてるんじゃ?」「王都民を助けるんだから良いんだよ」「おー、そうか」「ホリー様だって理解を示して下さるさ」「でも魔力がないのに文句ばっかだな」「あれはなくね」「うん、ないな」


「ないのか!」


「いやいや、任せてくれ。魔物は倒す」


 なんとまぁ何か気楽な奴らだが、とにかく、了解の返事は来た。


「では」

「ちょっと待った。あんたのお墨付きってことでいいんだよな」

「警邏隊に問われた時はそう言うと良い。儂らは王杖第三席を待たせておる」

「おおっ」「サドン様!」「雷帝だ!」

「お主らもそもそも王都中の魔力がない時点で、なぜこの放送だけ魔力を垂れ流すように使えてるのか疑問に思わんのか」

「おおっ」「云われてみれば」「確かにその通りだ」

「敵がどんな準備をしてるのかはわからない。だが大事なことは王都民を守ることじゃ。そこに一遍の曇りもあってはならない。わかったか」


 おおっ、と今度こそ冒険者たちの声が見事に重なった。


「我等は行く、任せたぞ」


 大歓声で返事が返ってくると、冒険者たちに手を振りながら枢密院殿がこそっとささやいた。


「北を見たい。飛んでくれるか」

「は」


 オレは冒険者たちに目礼をし、オレにも何か問いかけたそうな様子だった冒険者をそのまま残し、光あれと唱えた。



 ◇



 上空は少し寒かった。ひと仕事をして、汗を掻いた身体に肌着が張りついてくるせいだろう。枢密院殿が訝しげにつぶやいた。


「北には全く被害が出てないようじゃの」

「魔法陣を壊しましたからね。バックドアの咒札じゃそんな強力な魔力が込められてなかったんじゃないですか」

「もしくはあの呪具頼りに作戦を立てていた。これが当たりの気がするの」


 枢密院殿の見立てが奇しくも小太郎と合致していた。


「サドンさんのところに戻ります」


 枢密院殿が城塞森林公園の方を見下ろした。公園には本当に大きな穴が開いている。おそらくだが公園の四分の一ほどはあるんじゃなかろうか。秘奥の間は結構な大きさの部屋であったらしい。


「何だ。先ほどと何も様子が変わってないような気がするぞ」

「…………」


 確かに、闇の周囲はなにひとつ微動だにしていなかった。木々が風にそよがず、警邏隊の三人も人形のようにその場を留まり、サドンさんとコペルニクスも彼らに守られながら深紫の闇を挟んでジッとしている。枢密院殿が一瞬痛ましげな目をしていたが、すぐに瞳に宿ったその色合いを消し、とにかく、全員無事な様子であるのを認めた。


「じゃがおかしいじゃろう。クロック・ストップをかけたのか? お主、秘奥の間でもやっておったろう」

「気づいてたんですか」

「そりゃいきなりコペルニクスと仲良くなってたりしたら大抵の者はクロック・ストップを疑うだろうて」


 思わず手を打った。

 空中から落下しかけた枢密院殿にジロッと睨まれたが、それでもそれを咎めることなく枢密院殿が話を続けた。


「一度はクロック・ストップにやられておったお主がいつの間にか動けておったんじゃから、お主がクロック・ストップを攻略したと考えるのが自然じゃろうて。何しろお主はコペルニクスの知り合いでも何でもなかったのじゃから」

「参りましたな」

「ましてや急に親しげに話し込んでおったし」

「いやもう流石としか」


 と降参をしておいた。

 その勢いでオレは光速移動をする。

 城塞森林公園に一瞬で足を踏み入れた途端に、枢密院殿も手慣れたものですぐさま辺りの状況に目を配っていた。


「やはり、の」


 時の移ろいを感じなかったらしい。枢密院殿はひとり納得している。

 実際のところだと、魔気の動きを止めるクロック・ストップと位相をずらす深度一は似て非なるものなのだが、それを枢密院殿に説明するわけにもいかない。

 もし時が止まってるように感じたのなら、それは魔剣自体が潜ったのだろうが、黙ってすっとぼけてる闇にオレの雇い主殿にサービスする気はないようだ。

 オレはジッと見る。

 闇を。闇の中に潜めてるだろう闇を。

 その闇はオレの姿を認めた途端に自分と守る対象だけにかけていた深度一をあっさりと解いた。


「…………」

「…………」


 無言の言葉が応酬となって交わされた。だがそれだけだった。互いの意図は取り立てて何もないのだが、それでも確かに、こいつはオレの血も取り込んでいる。そんなことを沈黙の中にオレは感じていた。

 動き出した時の中で、魔力切れを起こしてるアルバストを庇うバックドアに話しかけた。


「ということでだ。ホリーが未だに小うるさいことを言ってるが、バックドア・クック、オレはお前に降伏を勧める」

「拒否だ」


 何がと云うことでだ、と言いたそうな感じだ。にべもない。


「女エルフも魔力切れで使い物にならん。咒札も残り少ないのだろう? もう逃げられんぞ。というか逃がさん」

「嫌がらせはこれからだ。お前はてんてこまいになるぞ、勇者さん。

 いや、風魔の小太郎」


 言われて顔を戻していないことに気がついた。どうにも夢中になりすぎてるようだな。枢密院殿も空中でわかっていただろうに、顔に認識阻害をかけるなと言わなかったのだからお人が悪い。


「いや、人のせいにするのはよくない」

「は?」

「無我夢中になると細やかなところを疎かにするという話だよ。

 魔法解除」


 認識阻害の魔法を解くという体で変身スキルを解く。


 するとオレの顔がヒュー・エイオリーへと変わり、剣の剣先がポキッと中折れし、サドンさんは苦しみだした。

 て言うかなんだアレ。

 治したはずの心ノ臓が血を噴き出している。

 慌てて気が動転し、何がどうなったのか全くわからなかった。心ノ臓は変身させたのだ。


 もしかして変身スキルを解くと、それまでかけてたスキルも一遍に解けるのか?


 サドンさんが胸から盛大に血を噴き出している。

 やばい。

 身の毛がよだった。

 ここに来てフォルテで役立たずと言われたスキルの片鱗を味わった気がする。サドンさんに向けて魔気を流し込むようにしつつ変身のスキルを再発動する。


「再発動、再結合、急げ!」


 みるみるサドンさんの胸から噴出する血量が少なくなり、山のように盛りあがっていた王杖の着衣がサドンさんの胸にの元の位置に張りついた。


「ふうう」


 額を拭ってるとバックドアが闇越しに話しかけて来た。


「お前も治癒魔法がうまいこと働かないらしいな」


 そこにはそこはかとない喜びの声があった。溟い喜びだ。


 あー、この野郎。


「そういうあんたこそ嫌がらせってなんだ?」


 オレが指差すように剣を向けると、バックドアがクスッと笑った。オレの剣が中折れして地面にポトリと落ちた。剣先は地面に突き立つこともせず、こてっと横たわった。何という腑抜けた姿だ。

 ぷっとバックドアが噴き出した。


「あは、アハハハハ」


 たまらないとばかりにバックドアが笑った。

 オレの剣をこの野郎。


「おかしいだろ」

「あははは、笑わせるなよ勇者さん」

「違うぞ。咒札を発動したのに魔物が騒いでる様子がないのをおかしいと思わないのかって聞いてるんだ。ここだけじゃない。王都からも困ったような人々の声は聞こえてこないぞ」


 瞬間バックドアがハッとして耳をすませた。

 咒札を闇収納から取り出してバックドアが眼を眇めた。


「黙ってちゃ嫌がらせにならないぞ」


 城塞森林公園に流れこんで来る魔物もいない。王都が混乱した様子もない。

 あるわけがないのだ。それを今さっき枢密院殿を連れて止めてきたのだから。だがそれをバックドアは知らないし教える気もない。


 周囲も静まり返っており、郊外の様子にもおかしなところが欠片もない。

 木々が揺れ、風は爽やかに吹き、鳥たちが気持ちよさそうにさえずっていた。


 バックドアが咒札を城塞森林公園に叩きつけた。

 血相を変えている。


 だがここでオレは失敗を悟った。

 あいつは完全に勘違いをしている。なぜなら王都を襲った魔物はオレが倒したのではなく、自分のつかった咒札が不発だったせいだと勘違いしたようだからだ。しかし消えたように見えてたはずの時間に何が起きていたのか、深度一のことをここで公言するわけにもいかないわけで、オレは自分自身の失敗にこころの中で頭をかかえた。


 ――苦労してみんな倒したんだがな。


(倒したのは俺じゃねーか)


 小太郎からお叱りの声を遠く、森林浴をしながら聞いた。木々の影はながく伸び、日はだいぶ傾いていた。


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