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第129話 豊聡耳をもつ女

「なーんで王家の血も引いてない、ただの嫁にすぎないホリーごときがこんな放送をしているの?」


 メラニー姫に素で質問されて、こちらは返答に困った。時々この姫は辛辣だが真実を突く。


「王剣筆頭でしょ、国事行為よ。答えて」


 曖昧なままも許されないらしい。


「今日はパーティで来たんだろうが。リーダーは俺だ」

「残念。パーティ名は『王女と王剣』でしょ。当時私が年端もいかなかったから便宜上あなたをリーダーにしただけよ」


 溜息が吐いて出た。


「仕方ない、か。まぁ簡単に言ってしまえばクーデターだろうな。諦めきれない宰相派の一派がオスニエルを王にしたがって動いたが、嫁のホリーが前面に出てる以上彼が今そこにいないか、出しゃばりたくなったかのどちらかだろうな。王家の血を引いてない奴が王族面で反逆を教唆してるのに腹が立つのは同感だが」

「そこまで言ってないわよ。でも、ライムを無視してこんな話を頭ごなしに聞かされたら、やっぱりムカつくわね」


 しかしボヌーヴ川の氾濫を治めたオスニエル王子の反乱とは思い切ったことをする。サドンが暗躍してると思ったら、こんな所に連れてこられるとは思いもしなかった。てっきりボヌーヴ川の堰堤で対峙してる騎士団同士の戦いに介入させられるものと思っていたのだが、まさかのアート城での、じゃ、あとはよろしくね、のひと言で解放である。


 あの男は何処に行ったのやら。


 今さらサドンの雷移動、疾風迅雷の移動速度には追いつけないが、何でこうなってしまったのかとヘルベルトは思い返した。


 サドンと別れてからすぐのことだ。とりあえず雷移動で一瞬でサーバに来たとは言え、距離的には長旅であったので、スイッチの切り替えのためにも食事をしようと決めたのだ。そうしてサーバの郷土料理屋で腹ごしらえをしようと店に入ったら、個室で料理を待っている間に国中で魔力枯渇のような状態になってしまっただの。


「困ったものだ」

「私の心配をしなさいよ」

「メラニー、大丈夫か」

「大丈夫じゃないわよ。まさかお腹が空きすぎて動けなくなるなんて」

「あー、そうだな」

「早く店の人も料理を運んでくれないかしら」


 個室に入ったから姫は気づいてないが、魔気飲みみたいなことを王都中で行ってるようだ。


「とりあえずメラニー。料理はもう来ないから非常食を摂れ」

「ええっ? 料理屋に居るのに?」

「そうだ。メラニーは今、魔気飲みをされてる状態にある」

「なんですって!」


 怒りながらもすぐさまカバンから糧食を出して食べ出すのがこの姫の良いところだ。冒険者らしい冒険者になったとも言える。


「食べたら魔法陣を展開しろ。それで大丈夫だ」

「展開して魔法を放たなければいいのね」

「そうだ。それをすれば他の魔法の術式が介入しようとして来ても、我等の魔法陣なら跳ね飛ばす」

「なるほど。こういう使い方もあるのね。でも戦場では効かない類の魔法陣でしょうね。しかしそれを王都で展開されるとこうなる」

「そうかもしれないな。で、個室を出るか? ここで情報収集をしてからでも良いと思うが」

「出るわ。私のお腹を空かせた罪を償わせないと」

「それは罪なのか?」

「罪よ。今決めたわ」

「やれやれ」


 そしてしばらく倒れた王都民を庇の下や回廊の柱の脇に移動させて救助活動に励んだのだ。こういうことに関してライムの姫が屈託なく手を差し伸べる姿に、その正体に気づいた王都民から感謝と驚きの念が向けられていた。しかしそういった声に無頓着なのも、この姫の冒険者に向いた特質なのだと思う。


「ヘルベルト」


 呼ばれて行商人を荷車ごと通りの脇に寄せるとメラニーの元へ行った。そしてメラニーが上空を見上げてるのを見て、俺も一緒になってそこを見上げた。


「何が起きる」

「わからないけど、失われたはずの魔気があそこに集まってるわよ」


 メラニーが言うのなら間違いない。彼女は豊聡耳(とよとみみ)の持ち主だ。その耳のよさで集まる魔気の音を聞き取ったのだろう。


 そして演説が始まった。

 オスニエルの一時避難先のことも話しはじめた。第一王子はキボッドに入ったが、それからフェルマータにも応援の要請を行うと明言した。

 俺は撤退してキボッドに逃げ延びたのかとしか思わなかったが、フェルマータ領にも入った、そのうえで応援要請をしたという話を聞いて眼を剥いた。


「どうしたの」

「あー、いや、あのバカ。国際問題になるぞと思って」

「国際問題?」


 いや、それが狙いなのか。

 と思ってる間に事態はさらに進む。

 あろうことか第一王子の嫁であり、罠に嵌められたと主張している前宰相の娘が、公の場でヒュー王子への暗殺を推奨したのだ。

 だがこうなると城の守備が先だ。このまま何もしなければ城を冒険者に落とされることになるわけだが、姫も同じことを思ったらしい。


「アートはどこ」


 と訊いた。


「俺もそれを真っ先に思ったが、この放送を許してる時点でホリーの手に落ちたとみるのが妥当だろう。だが殺しはすまい。まだ王位の継承をオスニエルに譲るという仕事をしてもらわないといけないから」

「なら」

「喫緊はハロルド枢密院、サマース・キーとヒュー・エイオリーだな。彼らは賞金首になった」

「ヘルベルト?」


 ホリーがとんでもない事をヒステリックに言い募ってた。

 この問題はハロルド・カーギイカ枢密院一派による内乱であると。

 王都がこのような状態になってるのは彼らの手によると、そう大々的に発表したのだ。


「よってハロルド・カーギイカ、サマース・キー、ヒュー・エイオリーのそれぞれの首に賞金をかけます。国家転覆の罪です。額は追って冒険者ギルドに張り出しましょう。この件にはフェルマータの王矢、ホバー・ジョッグルの諒解も得ることが出来ました。速やかに五大国に通達が為されます」


 俺は思わず舌打ちした。


「ヘルベルト」

「やりやがった。フェルマータはフォルテの王子を指名手配、賞金首にしやがった」

「ヘルベルト?」

「俺は手を出せなくなった。姫、姫もだぞ」

「え?」

「ライムに関してのことは動いていい。だがヒュー様を助ければ、それはライムがフォルテに加担したことになる。フェルマータにライム本国の攻撃への口実を与えることになる。局地戦では済まなくなるぞ」

「でもそれじゃ不公平でしょ。ライムがやられっぱなしになるじゃない」

「やっても良い条件は一つ、フォルテがフェルマータのこれを、宣戦布告として受諾する時だけだ」

「そんな! せっかくアガサから聞いて駆けつけたのに」


 あのメイド、姫のためにせっせと情報集めをしていたのかと思ったら、戦争に王女と王剣を迷わずぶっこむ情報を与えてたのか。しかも貴族の娘でもないのに王族をそそのかすとは驚くべき豪胆さだ。

 というより姫が戦争で無双状態を楽しみたかったようだと、メラニーのガッカリした様子を見てヘルベルトは考えを改めた。


 しかし――。

 しかしである。


 他にも方法はある。姫が姫をやめて俺が王剣筆頭を辞めるという禁じ手が…………。


「いずれにしろ姫は正体は隠しておけ。何が起きてもとぼける。国民に見抜かれてもとぼける。これが大事だ」

「わかったわ」


 言ってフードをかぶった。


「オスニエルがヒュー様の正体を知っていて、自国の政治に武力で介入してきたとなればフォルテは体面を守るために向こうに付くかもしれない。

 またライムの立ち位置も微妙だ。ライムがヒュ-様をそそのかして属国への内政干渉を促したとなれば、ライムがフォルテを始め、フェルマータ、クレッシェ、サカードを敵に回すことも有り得る」

「他の四大国を…………」


 事実、枢密院であるハロルドがヒューを雇っている。

 そしてハロルドは今の王都の混乱をもたらした元凶だと、第一王子の妻に名指しされている。


「わかるな、姫と俺が迂闊に動いてはいけないその理由が」

「そ、そうね。今度こそよくわかったわ。では他には?」

「他?」

「他には何もないの?」

「他もか?」

「この際懸念はすべて知っておくべきだわ」


 やれやれとヘルベルトは小さく首を振った。


「これはまだ直接には影響ないが、ワッカイン様はヒュー様とリア様の歓迎式典で途中退席し、以後その姿を現さなかった」

「ええ」

「これが王室外交のうえでの大失敗だ。そのうえでヒュー様を国政会議、いや、王位継承の場で武力行使させたとなれば、フォルテの王族がカンカンに怒る可能性が高い」

「厄介払いされたんじゃないの?」

「本音と建て前は別だ。ライムを攻め滅ぼせるチャンスでもある。オスニエルの手で他の四大国が大義名分を得て、王家ケルトニウム家を滅ぼしにかかるかも知れない。その時は容赦ないだろうな。そもそもヒュー様の歓迎式典で退席したのが痛い。言い訳が効かなくなった。フォルテを軽んじてるとオスニエルがフォルテをそそのかせば、それだけでフォルテは動ける。あのシコン様を相手にする羽目になるわけだから、おそらくそれだけでライムは終わりだ」

「シコン様…………。星を壊せばいいわけだし、その時点でフォルテの負けはない、のね」

「そういうことだ」



 ◇



「よ~くわかった」


 そう言ってバックドアが四人組を闇収納から出していた。

 バックドアという名前がただの名前でないことに、この頃にはオレももう気づいていた。


「本当に便利な魔法だな」


 バックドアを誉め上げた。テロは最低だが魔法は素晴らしい魔法だと思う。

 そして目が合った。


「上等だ」「うわ、あいつだよ」「どうすんだー?」「…………」

「本当によ~くわかった。ヒュー・エイオリーには嫌がらせをするしかないってのがな」

「そのためだけに」「呼ばれたの?」「俺達」「…………」


 妙な間が流れ、そしてバックドアが言った。


「十秒たのむと言う前に仕事をしてくれてありがとう」


 城塞森林公園の向こうに悲鳴がした。しかも複数だ。


「おい深紫」

「…………」

「ちょっとみんなを守ってろ」


 返事はなかったがオレの隣に流れて来たのでそのまま呪文を唱えた。


「光あれ」


 空へと飛んでビビった。


「な、なんで」


 枢密院殿がオレに触れてついて来ていた。


「お主は儂の用心棒であろう」


 ニッと笑い、そして自分の周囲と、それから何も踏みしめない自分の足下を見てサーッと顔を青ざめさせていた。

 偵察に出たわけだしそこを驚かれてもとは思ったが、口にはしなかった。まずもって自分たちが助かることが先決である。


「重力制御」


 ふたりしてふわふわと(ちゅう)を舞った。

 ふうとひと息吐いたが、改めて眼下にある王都を眺めて目を疑った。あろうことか王都に数多の火が点いていた。

 大穴の脇では深紫の闇が、サドンさんとコペルニクスを守るように立ち塞がっているのも見えた。


「火事かの? 奴ら王都を火攻めにする気か」

「いや、動いてますぞ、枢密院殿」


 火が動いていた。その火がやけに小さい。かといって動いているのに火が消える気配もない。眼を凝らしてよく見てみると、火は何かの形を(かたど)っていた。


「四足? 炎の魔獣か!」

 枢密院殿が鋭い声を上げて、周囲を見渡した。

 息を飲む。

 炎の魔獣がいたるところに顕現していた。


「な、王都にこれだけの魔獣が?」

咒札(じゅふだ)で解き放ったんでしょう。生き物を闇収納できるんです。魔獣だって収納できるでしょう」

「しかしこれほどとは」

「オレを困らせるのが目的みたいですからね」


 しかし王都という場所にならサマースも居る。言うほどプレッシャーはかからなかった。そんなオレの表情を見て枢密院殿が安堵してつぶやいた。


「しつこいの、奴ら」

「テロの準備は入念に、ということでしょう」


 枢密院殿がオレを見て笑った。しかし眼は外さない。


「何か?」

「いやなに、昔トライデントがいきなり屋敷を訪ねてきたことがあったのは前に話したな」

「ありましたな、そんな話」

「その時にじゃ」

「はあ」

「その時に儂の未来が見えないって彼奴に教えられたんじゃよ」

「はあ」

「はあってなんじゃお主、知らんのか」

「はあ。トライデントがどうと言われても」


 何のことだか全くわからない。オレからすればこの事件の発端となったティナの父親というだけだ。


「貴族を呼び捨てにしておいて、とんだ大物じゃの。まあよい。おそらく今がその時なのであろうなと、そう思っただけじゃ」

「しかし枢密院殿がそう仰られても未来が見えないのは当たり前では?」

「あやつが言うと意味合いが変わってくるのじゃ」

「はあ。…………それは枢密院殿の御身が危ないと?」

「どうであろうな」

「そこはこのオレ、ヒュー・エイオリーを信じていただきたいですな。オレも用心棒です。そしてそんな話を聞かされたのですから無事帰った暁には、雇い主殿からちょびっと報酬に色を付けてくれてもよろしいですぞ。報酬額が決まっているとは言え、そこに色が付くとわかれば励みになりますからの」


 枢密院殿が笑って考えておこうと言った。


「…………」

「なんじゃ?」


 これは絶対にキャベツだなと思ったが、黙っておいた。


 しかしそうなると問題も出て来る。これだけの魔獣を対処するなら、どう考えても派手なことになる。

 王都民は魔力を抜かれて未だ動けない。

 これだけの規模の魔獣を倒すとなると否が応でも顔を覚えられるだろうし、敵もこれだけの魔獣を顕現させた以上、見張るだろうし、成果を見届けもするだろう。どこかにまだ見ぬ敵も潜んでいるかもしれない。

 オレは考える。

 そして答えを出した。要は敵味方にオレがフォルテの王子だとバレなければいいのだ、と。


(小太郎。またお前の顔を借りるぞ)

(腕を借りろ。一緒にやるぞ)

(………………)

(なんだ)

(それ、ほとんどお前がやるようなもんじゃないか?)

(魔法を放て。お前の魔法の運用は俺も勉強になる)

(了解だ)


 こうして召喚の場に待機してる小太郎の了解もとった。あとは実働部隊として飛び回るだけなのだが、近くに構成されたホリーの空中映像がうるさい。口を開けば宰相派を陥れた憤懣が口をついて出る。


「それにしても随分と酷い言われようですな。言われ放題とはこういう事を言うのかもしれません」

「そこにどうやら儂らのことも入っておるようじゃの」

「何を今さら。元から味方はいなかったじゃないですか」

「うむ。言われてみればそうじゃの。それでお主らを雇ったんじゃった」

「まぁでも、アート王ならこの国は絶対に守ろうとしますよ。そのことだけはオレにもよくわかります」


 行き場のないフォルテの王子と王女に便宜を図った変わり者の王様なのだ。市井の論調がオスニエルと宰相派有利に向かおうが、テロに手を貸したオスニエルに道を譲るつもりはないだろう。

 しかし、サーバの政治に関しては、サーバ国民の立場にないオレでは責任が取れない。


「枢密院殿」

「なんじゃ」

「責任を取って下さい」

「応。行け」


 割と真剣に言ったのだが、枢密院殿はあっさりと許可を出した。


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