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第128話 布告

まえがき


三章のとき踏み止まって良かったとしみじみ思います。「第四章 王都防衛戦」の始まりです。



 サドンさんの容態は落ち着いてきた。だが素人の見立てでなく、きちんとサドンさんを検査してもらいたいので救護隊の隊舎でも探そうかと、秘奥の間を後にしようとしたら中空に映像が映った。


「モニターが壊れても機能するのか」


 魔気が流れこんで来てるから無理矢理動かしてるのかも知れない。だが映像としては克明とはいえず、どこか輪郭の甘い売り物にもならないような映像だった。

 そこにはオスニエルの妻、ホリーが映っていた。サーバにおいて長く宰相だった者の娘で、今はアート王の長子、オスニエルの妻としても国内には知れ渡っている。そんな大物の思わぬ登場に王都中でおおっと(どよ)めいたようで、その気配がこんな大穴の中にまで届いて来た。


「今、この王都がテロに襲われています」


 それはホリーからのテロリストの告発だった。


「王都の混乱はハロルド枢密院、サマース・キー、ヒュー・エイオリーがもたらしたものである。現在の混乱は王都の魔法陣をこの三人のうちの一人が傷つけたことに始まる。ヒュー・エイオリーである。このヒューを動かすのがハロルド枢密院である」


 オレはバックドアに呼びかけた。


「おい、何かあべこべになってないか?」

「あんたが迂闊にあの人の前で姿を見せたからこうしたんだろうさ。この秘奥の間で暴れていたのは事実だ」


 いや、確かにそうだが。


「あれ? 確かに壊したのはオレ、だな」


 思わぬ事実に玉の汗が噴き出してきた。

 どうする。

 ここはサドンさんにどうしても長生きしてもらわないと。

 いや、でも、損害賠償はオレに請求されるかもしれないな。

 腕に抱えたサドンさんを知らず見やっていたが、とてもではないがサドンさんが秘奥の間の天井をぶち抜いて大穴を開けましたよねとは言えなかった。

 サドンさんが眉をしかめて苦しがった。


 うむ。とてもではないが言えぬ。


 フォルテに知られても捨て扶持を止められるかも知れないぞ。

 事実だけ並べられると結構ヤバイ。その事に気がついた。

 すると中空映像に、険も露わにした顔でホリーが大写しになった。


「未だ王はこの事態に何の手も打たない。それどころか姿さえ見せない。これをあなた方は何と見ますか!」

「見つけられないアンタが間抜けと」


 ぎろっと睨まれた気がした。

 恐い顔だ。

 それにしてもえらいことになったと思った。

 この映像が王都だけならまだしも、もしかしたらサーバ国内、それどころかライム全域にまで流している可能性だってある。

 ホリーはここぞとばかりに演説を()つ。夫を罠に嵌め、国にここまでの混乱をもたらした。魔法が使えないのは枢密院一派の陰謀である。捕まえよ。この混乱の責任を問わねばならない。夫は今、身の危険を感じ一時的にキボッドに匿ってもらっている。


「しかしアート王を舐めてるな。()の王は異国の王子と姫だって守ろうとした方だぞ」


 だが背景を伝えるのに相当厳しくなったのは確かだ。最初から疑いの目でもって説明せざるを得ない立場になってしまったのだ。


 ふう。


 思わず息を吐いた。

 どうやらオレは札付きになったようだ。事実この場でフェンリルの団長は斃死し、王杖第三席は瀕死の状態。魔法士団統括部はバラバラとなり、雷牢や拘束はきっとオレのせいにされるのだろうな。

 ここでオレを含めた枢密院殿を叩こうとしたわけだ。

 時間稼ぎとしても極めて有効だ。

 しかも城塞都市はすべて敵になったかもしれない。


 気にかかるのは――。


 オスニエルがフェルマータではなくキボッドに身を潜めていると云う事だった。相手の言い分なだけに、どこまで本当かは五分五分といったところだろうが、それでもこちらが公然と指名手配されてしまった以上、ライムにオレが有用だと証明しなければならなくなったのも事実だ。

 安穏と過ごす事は許さぬと既に布告されてるのだ。そう受け止めるべきだ。

 オレは胸の内に手を入れると、リアの指の入った(ぎょく)を撫でた。


 本気で、外交戦をしないといけなくなったな。


「ピューーーーーー」


 風に乗って小さな声が届いた。

 きっと大穴の上ではさぞかし大声で叫んだのだろう。ごほごほという咳も聞こえて来たような気がする。

 枢密院殿が焦っているようだ。

 きっと雷光が見えないというその意味を枢密院殿は案じておられるのだろう。


 とりあえず雷を大穴の上空へと迸らせておいた。


 しかし問題はこれだけではない。本質的なことは枢密院殿が枢密院殿であられるということだ。ホリーの云う事が本当なら、枢密院殿ならきっとキボッドへ行くと言い出すであろう。そこにもってキボッドが攻めてきたというのなら、どうするか。

 まず間違いなく見届けに行くであろうな。

 オレに彼の御仁をひとりで行かせられるかと、つと悩む。


 いや、やはりこれも断るわけにはいかんだろうな。


 ホリーの演説は続いていたが、バックドアが露骨に動き出したのでオレはそちらを注視した。

 四人組を闇収納から出している。四肢を刻まれた彼らは魔法でぐっすり眠っていた。

 この四人組の狙いはオレなんだよなぁと、他人事のように思った。


 ところで、とバックドアが話しかけて来た。


「あんたの立場はわかったかい」

「おかげさまで。大人に嵌められるのは中々きつい物があるなと噛みしめてたところだ」

「よく味わってくれ。これであんたはどのみち賞金首だ。ヒュー・エイオリー」


 そう云われても、できればこのまま撤退してくれたら有り難いんだがな。サドンさんを救護室に運ぶためにも、リアの手がかりを泳がせるためにも。

 そうしてもらえると大変にありがたい。

 切った張ったの神経戦など、オレもバックドアも本意ではないだろう。

 するとバックドアが咒札(じゅふだ)を瓦礫の山に置いた。瓦礫のあちこちから魔力光が集束し、そこに四人組とアルバストを寝かせると更に咒札を追加した。

 みるみる欠損が治って行く。

 治癒の咒札だ。アルバストが窮乏生活を耐えるように耐えに耐えて使わずにいた虎の子の咒札を、バックドアはここで迷わず投入した。

 その効果は一目瞭然だった。

 拡大した魔法陣が一気に怪我人の怪我を治して行く。

 四人組が目覚めて自分の手足を確認してホッと安堵していた。


「恐ろしいものだな。魔力を込めずにそこまでの治癒が可能になるとは」


 オレの声に気がついた四人組がギョッとして起き上がり、戦闘態勢に入った。深紫の闇がオレの脇にあるのを見て顔を引き攣らせてたが、オレの抱えてるサドンさんにも気がついて頬をゆるめた。


「よくやったバックドア」「あいつがいないところで復活させろよ」「面倒臭いままじゃねーか」「…………」

「状況はわかったようだな。流石だぜ。頼りにしてるぞ」


 バックドアが大きく頷いた。

 四人組が瓦礫の山に立ち、バックドアとアルバストの前に出てオレを見下ろした。オレが剣を持たずに膝立ちでサドンさんを抱えていても、討ちに来なかった。

 まあ飛びかかってこないのも理解できないのも仕方がない。四人組がオレにバラされた時には秘奥の間はまだ天井があって今とはまるで状況が違っていた。彼らの中にはオレに斬り捨てられた事実しかないはず。

 そしてそれは冒険者崩れにとっては非常に重たい事実であったはずだ。


「何なんだ、あいつは」「こんな奴が今までどうして無名だったんだ」「アーサー流」「…………」

「盗むぞ。僅かな時間でいい」

「そのために俺らをくっつけたのか」「とっておきのプラズマはもうないんだけどなー」「まぁでも王杖の第四席からお宝防具を盗んだ実績のあるバックドアが言うんだしー」「…………」


 四人の目がサドンさんに注がれた。いつも三番目にしゃべる奴の「王杖」という言葉がやけに強調されてた気がした。


「おい、人目にさらすな。お前が隠せ、闇」


 深紫の闇がフラフラとサドンさんを隠すように移動した。


「どういうことだ」「「「…………」」」

「上役が自分だけを治した弊害かもな。あちらの勇者さんにも反応してるみたい」


 舌打ちが重なった。


「シットスミス。あちらさんみたいに光の移動魔法できないか?」


 バックドアの問いにいつも無口な男が首を横に振った。


「となると、やるしかないな」「演説も始まっちまったし」「もう待つ気もないよねー」「…………」


 ホリーの演説がつづいてるのを知り、自分たちが出遅れたことを悟ったようだ。

 最初の男がまっすぐに突っ込んで来た。瓦礫の山から下りるだけで簡単に加速がつくのだから迫力であった。

 サドンさんを置いて迎え撃とうとすると、もう一段加速した。だがそこで左足がつんのめった。クロック・ストップの世界がそこにちょびっとだけ残っていた。


「な!」


 驚いたリーダー格に向けて、オレは忍者刀を抜き打つ。


 腕を断ち斬るつもりでいたがダガーで受け止められた。だがその時にはそのままダガーを斬り捨てていた。まるでバターを切るような感触だった。


「化け物かよ」


 瞬時にバックステップで退却する。オレが追おうとするとその前に二手三手が同時に来た。すばらしい連携だ。こちらが邪魔だと思うぐらいには――。

 おかげでオレは追えなかった。

 しかも先ほどまでとは動きが違う。二番手のダガーを断ち斬ろうとして空振り、横から来た魔法を代わりに断ち斬らされた。

 と同時に全員が撤退している。


「逃げろ」「上役に怒られるぞ」「その上役がああだぞ」「…………」

「闇のせいだと思う」


 バックドアがそう言った。

 そういえばアルバストは咒札で治っても起き上がる気配がない。おそらく魔力切れだろう。治癒魔法を連発し、王都の魔法陣も壊したうえに、魔力を集める役目を負ってた深紫の闇が今はこちら側にぼんやりと立っている。バックドアが施した急増魔法陣はアルバストに繋げなかったらしい。

 だがそれは何故だ。


「うおっ」


 まぶしい。

 何故だと思った時には光がオレの眼を焼いた。眼が眩む。ホワイトアウトだ。


「闇落ち」


 そんな声が聞こえて来た。

 相談してると思ったら息を合わせたように光魔法で光ってこちらの目をくらませ、オレが逡巡した瞬間に仲間を闇落ちでくたっと崩し、闇収納と唱え、オレが眼を開けた時にはそこに四人組は居なくなっていた。

 驚くべき手際だ。そんな素振りを少しも見せずに撤退を許してしまっていた。見逃すのと出し抜かれるのとでは結果が同じでも意味合いが違う。


 初めて間近で見たが、これが人間を収納する手順らしいことも瞠目すべき出来事であった。こんな魔法をオレは聞いたことがない。


(戦いしか頭になかったお前の負けだよ)


 小太郎から指摘された。

 それ以上のことは召喚の場から言っては来なかったが、師匠から見てもそういうことなのだろう。

 オレはこの四人組を陽動のためだけに治癒するとは思ってもいなかった。完全にやられた。もっとこう特別な攻撃が来るものだとばかり思っていた。


「風輪」


 風の初級魔法を背中を見せて崖を登るバックドアに向けて放った。

 バックドアの足が半ば断ち斬られる。


「くそ」


 悪態が聞こえたが、同時に傷も治った。

 速い速い。

 今はもう中空映像の中を通り抜けて、地肌が剥き出しとなった大穴の崖を更なる上へと猛烈な勢いでジグザグに登っている。


「ふう。…………参ったな」


 バックドアは怨嗟の声とともに逃げるためにはどうしても必要だと、あそこで咒札を使用したようだった。これで残る咒札は一枚。しかし、こちらが追う気配を見せてないのに、軽やかな体捌きで大穴の壁を物凄いスピードで登攀して行ってるな。風輪を二度と喰らわないためだろうが、人間と言うよりあれはもう蜘蛛だな。おそらくあれも闇魔法の応用なのだろう。たぶんだが重力制御も併用している。


 そしてオレは中空映像を抜けていったバックドアから、映像その物へと眼を向けた。

 そこに映ってる女は相変わらず辛辣なことを言っていた。王を慇懃無礼に腰抜け呼ばわりし、枢密院殿を筆頭に、我等のことをこの事態を招いた悪の権化のように言い募っている。

 オレは瓦礫の山を降り、サドンさんのところへと戻った。

 サドンさんを抱え上げ、さて、とつぶやいた。

 オレが思うところはひとつ。



 ――オスニエルの妻、ホリーは、果たしてヒュー・フォルテ・ハーグローブを知っているのだろうか。



「まあいいか」


 仲間さえいない外交戦だが、サドンさんを医者の元に届けるのが急務だった。サドンさんのゴツゴツとした身体に触れると、バックドアの施した魔法のことが脳裏を過るが、サドンさんを闇収納で試す気にはなれなかった。

 それは違うだろうと思ったのだ。

 何が違うのかは自分でもわからない。

 ただ、一歩を踏み出すとサドンさんが重たかった。この重みが生きている重みなのだろう。


「…………飛ぶ、ぞ」


 サドンさんが言った。


「無理はしないで下さい。呪いがあります。オレが光速移動しますから。とりあえず奴が地上に着く前に、枢密院殿たちのところへ合流します」


 なぜだろう。医者に連れてくとは言えなかった。

 そういえば召喚契約に失敗したリアを抱えて奔走した時も、リアには大丈夫だとしか言ってなかったような気がする。そのくせ医者はどこだと捜し回ってたのだから、あの時よりは成長したのかも知れない。

 サドンさんが微かに口の端を上げて笑っていた。儚い笑みだった。


「闇魔法、重力制御」


 オレは自分の中に深く入り込んで茫然自失している深紫の闇を触ることなく手元に浮かせた。闇が抵抗する様子を見せないのを見届けると、サドンさんが信じられないと云った顔をしているのが視界の隅に入った。オレはさりげなく光あれと唱えた。



 あとがき


 台風19号すごいですね。我が家は自宅待機でいいようですが、地域によっては避難命令が出ました。避難命令を初めて聞きました。

 家鳴りも凄いですし。雨風も窓を叩いてます。

 避難する人も大変でしょうに。


 無事乗り切れますように。


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