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第127話 勇者スキルの価値は

 王杖の着る白いシャツは品が良い。だが腕を浸食された影響か、サドンさんは血管の一部が破裂したようで闇からのぞく白いシャツに血が滲み出していた。それなのにサドンさんは気にした様子もなく、更に腕を突っこんで行く。

 戦いとはこんなものだと言わんばかりに。

 そしてまた深紫の闇が小さくなった。


「殺したな、お前」


 サドンさんが唐突に問い質したが深紫の闇は答えようとしなかった。


「相手を殺して自分も殺したか。自分を殺して相手も殺したか。なるほど、主体と客体が入り乱れるわけだ。自分でわかってるか」


 返事は一向になかったが沈黙はより重くなった。時折表層に洩れ出てくるプラズマの閃光がモヤモヤを取り除いては放出してるようだった。


「その相手は誰だ。そしてお前は誰だ」


 よくそこまで突っ込めるなと思いつつ息をひそめていると、風に乗って小さな声が届いた。


「むかつくな、お前は」


 深紫の闇が感情を出していた。初めてのことではないだろうか。これだけでも大発見だ。


「子供じゃないんだろ。捌け口を国に向けられても迷惑だ」

「王杖第三席サドンと言ったか。勇者にしか入れなかった領域にあるやも知れぬのに、異界渡りの場所まで雷光を届かせといていいのか」

「いいのかとは?」

「狂うぞ」

「狂ってたまるか」


 またサドンさんが弾けた。肩だ。肩から大量の血を噴き出している。


「だから言ったのに」


 ごふっとサドンさんが血を吐いた。


「狂うのは気ばかりではない。計算が狂うことも、ままある」


 そして胸が弾けた。白いシャツがみるみる真っ赤に染まって行く。

 オレは飛び出していた。と同時に雷装を展開する。


(この雷装。出来ればプラズマで)

(わかってる)


 それをしなければ散弾でまた撃ち落とされる。


(光あれ!)


 オレは心の中で叫んで飛んだ。


 サドンさんはゆっくりと倒れていた。心臓が鼓動を打ちかけており、その鼓動に合わせて白いシャツにじっとりと鮮血が浮き上がってきていた。オレが闇の中からサドンさんを抜き出してそのまま離脱する。

 だがそんなオレたちに深紫の闇と、それからアルバスト達も追いかけてこなかった。

 アルバストはまだクロック・ストップの世界にいる。それだけを確認してサドンさんを横たわらせようとしたがそれが叶わないので闇を見て牽制を入れた。


「お前、何て事してくれてんだ」

「やったのはサドンが先だ」


 まぁ、色々突っこんでいたからな。


「しかし不思議とくっつくな」


 サドンさんはだらりとしてるのにオレの腕と外套にくっついて離れなかった。まるでプラズマ同士が引き合うように、と思ってオレが雷装を解くとサドンさんからのプラズマが力なく消えた。

 もう身体に魔気を回すことも出来ないのだ。

 胸が弾けたのだ。


「心ノ臓は!」


 オレは急いでサドンさんの胸のシャツを破いた。

 状況が悪い。血が溢れ出している。

 肘から先、肩、それから胸が破壊されている。とてもではないが執拗に切り刻まなければこのようにはならないだろう。オレとしては深度一の兆候は見られなかったのだが、深度一から連続して、しかも薄皮一枚残すような精度で切らねば、このような破壊にはつながらないと思う。心ノ臓の内側から破裂するように、意図的に表側に筋を入れつづけなければ内側から破裂するように破壊は出来ない。


「くそ」


 できればサドンさんを時の流れの遅くなる深度一に入れたいところだが、召喚魔法陣のないサドンさんを深度一に入れるのはリスクがある。たった今深度一に喰い込もうとして、手酷い反撃を受けたばかりなのだ。位相のずれに対して身体がどんな反応をするかわかったものではない。

 オレは外套の奥から忍者刀を一振りだけ取り出すと周囲の魔法陣を断ち切った。影響を排除し、それから闇を睨む。

 抱きかかえるサドンさんの肩も、肘から先も、内側から弾けていた。


「よくもこんな風に切れるもんだ」


 闇からの返事はなかった。

 だがじっくりと腰を据えてる暇はない。サドンさんの治癒にかからねばならなかったし、オレの脳裏にはコペルニクスのあの姿もあった。ふと気づくとサドンさんが持ってたはずの杖が影も形もなくなっていた。この人もギリギリまで攻め続けたのだ。


「光よ癒せ、ライトキュア」


 だが心ノ臓の鼓動は続く。またひとつドクンと脈打って血が溢れた。だがその血の溢れ方が先ほどより遅くなった。

 そして治癒してく気配は微塵もなかった。兆候が全くない。


「光の治癒魔法が効かぬ! 何故だ!」


 裏切り、嘲弄されたフォルテでの経験則から、オレは小出しにして次にどんな変化が起こるのかを慎重に見極める癖がついていた。

 小太郎にも指摘されたばかりではないか。

 呪具が魔法陣から解放されて深紫の闇がふわふわと床の上を浮遊していた。コペルニクスは死なせてしまった。だがサドンは死なせぬ。オレとて成長するのだ。ここで成長せねばならぬ。だが――。


「クソッ。時間がないっ」


 思い切ったことをするのはいつも物事が動いた後からだった。リアのこともある。敵のこともある。そうせざるを得なかった面もある。

 だがここでは遅い。遅いのだ。

 そう言えば際限なくエネルギーを補給できる敵に業を煮やして秘奥の間を吹き飛ばす決断をしたのもサドンさんだった。

 だがしかし魔法が通じない。

 魔法が通じないのだ。


「しかし何故だ。鼓動が遅くなっている。まるで…………」


 まるでクロック・ストップの世界に入って行ってるようだ。


「クロック・ストップが効いている?」


 この魔法を発動したのは随分前のことだ。だがクロック・ストップの世界をサドンさんは物ともせずに動いていた。それなのに何故今になって効き始めるのだ。

 魔法が通じはじめている。

 もしやサドンさんの中で魔気や魔素が急速に失われている?

 それに比例して今まで通らなかった魔法が効くようになっている?


 風前の灯火であるだけに助かる事態だが、つまりこれは、サドンさんが魔気操作をしなくなったということだ。


 逆に言えばサドンさんの中で魔気が全くなくなってるからこういう事態に陥ったとも言える。そういうことだ。それは抵抗力がなくなってると言い換えてもいい。


 ならばオレの魔法が効いても良いはずだ。


 だがオレの光の治癒魔法が効かない。それは何故だ。


「切ったわけではないのか?」

「…………」


 魔法ではない。


「ならばそうだ、魔法が通用しない事例をオレは知っているではないか」

「…………」

「お前、スキルを使ったな。勇者スキル…………いや、呪いのスキルを」


 深紫の闇は否定も肯定もしなかった。

 だがオレは血が滾った。カッと熱くなって昂ぶった感情が善悪もわからぬままに先走った。先へ先へと向かいたがっている。


「そうだろう! お前、異界渡りで得たスキルを発動したんだな!」


 血の色を失ったサドンさんがオレの腕の中でぐったりと横たわっている。その身体を強く抱きしめた。


「つまり異界渡りには異界渡りがある! あるじゃないか! あるじゃないか対処法が!」

「聞かぬのか? 憂き身に」

「黙ってた奴が何を今さら」

「決められないであろ?」

「お前がオレなら聞くと思ってるのなら、お前の中に取り込まれたオレも気の毒なことだ。オレはオレの人生を委ねたことはない」


 時の止まった世界の中で、わざと聞かせるように声を出した。

 大したことのない人生であったがそれでもオレにも矜持はある。

 それにサドンさんをここまでしておいて、治せと頼めと言ってるように聞こえるのが少々小癪である。戦ってた相手さえ見てないお前に何を頼むというのだ。


 バカにするな。


 サドンさんを。そしてオレを。


「弾けた血肉よここに聞け!」


 オレの中でぞわりと息をするように何かが周囲の感触を把んだ。それは身の回りからオレの通ってきた道、それから深紫の闇がたたずむ物までもこの手にしたような感触だった。


「スキル発動、変ぜよ心ノ臓に!」


 逃げる際にこぼれ落ちた血肉がぽつぽつと線上に浮かび上がる。

 闇の中からも細かな粒が飛び出して来た。見えなかった闇の底から、オレの変身スキルが作用することで、バラバラとなったサドンさんの肉や神経が粒となってこちらへとやって来てるのだ。

 だが血が戻らぬ。破砕された他の細胞はオレの周囲から深度一へとつぎつぎに潜って行くのに血だけは明らかにその量が少なかった。それでも戻って来るものは戻って来る。落ちてた際に付着した余計な物もこそぎ落とされ、形となって集合して行っている。

 静かで、厳かであった。

 空気はシンと静まって冷たい。地下深くということもあるだろうがそれだけでもないようだった。

 辺りはすっかりと暗くなり始め、大穴の上の方には日が当たっている。だが秘奥の間の底にまではその日は届いてこなかった。瓦礫に覆われた石床の表面だけがぼんやりと光り、人の気配は絶え、秘奥の間に息づいているのは自分とサドンさんだけであった。クロック・ストップは大穴の上部から緩やかに(ほど)けながら、まだかかり続けている。


 サドンさんの失った数々の細胞がそれぞれのあった位置へと戻って行く。


 復活の時。今この時がその時だった。


 だが血が足りない。神経系も一部やられている。呪いが邪魔をしてる。それがスキルの感触でわかる。そこが勇者スキルと呪いのスキルのせめぎ合いなのだろう。

 だが破れた白いシャツは戻らなくとも、サドンさんの肉体自体は以前のままのように傷ひとつなく元に戻っていた。


「うお…………。俺は…………死んでいないのか?」


 ヒュー王子が血を失いすぎて貧血状態だと教えてくれた。


「そうか。失いすぎたのか」

「変身スキルは変身させる物がないと変身させられませんから」



「死んだ、いや、少なくとも呪われたはずなんだが」

「変身させた。元の心ノ臓に」

「勇者スキルです…………か」

「もう黙ってて下さい」


 血のことを聞きたいのだろう。

 血は、血はおそらく呪いが邪魔をしていて戻ることが出来なかったのだと思う。だが長々と解呪(かいじゅ)してから取り込むような余裕はなかった。

 今この時だって、深紫の闇への警戒をオレは解いてない。


「身体の各部が呪われてる。オレでは全部を治せない」

「そのスキルがあれば無敵でしょうに。奴の心臓を変えるも、身体を床にくっつけたり、敵と敵をつないで無力化したり」

「その発想はなかったな。だが、オレのスキルはリアを治せなかった」

「…………」


 己の心臓が脈打っていた。


「つまり?」

「だから目的が違うんですよ」

「リア様の四肢は戻らなかったのですか」

「残念ながらな」

「失礼致しました。無礼をお許し下さい。勇者とは振る舞いが勇者だからこそ勇者なのです。あなたの勇者スキルは、正しく勇者スキルでした」

「サドンさん?」

「はい」


 記憶が混濁している?


「もう喋らなくていいです。呪われてるんだ。少しでも身体を休めて下さい」

「闇を吐くような、あんな力のある呪具があるのですね」

「魔剣です、おそらく」


 噛んで含めるように言った。サドンさんがどういう状況かはわからないが、わかっていないなら最初から言い聞かせるしかなかった。

 思えばアルバストがソマ村でオレの忍者刀を聖剣と思ったのは、自分が魔剣を持ってるからなのだろうか。

 サドンさんに説明しながら、そんな事をふと思った。



 ◇



 ぷちぷちと何かがつながる感覚がした。それが妙にこそばゆい。

 何でこんな感触があるのか、生まれてこの方経験したこともないこそばゆさが右腕を中心に胸にまで広がっていた。

 サドンは自分の胸の辺りを見た。正しく弾けたらしく血の跡がべちゃりとこびりついていた。

 途端に意味不明だったものがつながりを持った。


 そうだ。俺は――。


 すべてが一瞬で甦った。いろ鮮やかによみがえった。

 これまで俺は色々な物を失ってきた。友を失い、先達を失い、今度は自分の番であり、自分が命を失う時だとそう思っていた。

 だが俺の心ノ臓は鼓動を拍っている。

 殺したはずの深紫の闇が彼のそばに所在なげに佇んでいるのがげに不思議だが、こうしてみているとまるで行き場をなくした迷い子のようだ。

 すると突然に若者に抱き寄せられた。まるで敵から庇うように。


 ――王杖も形無しだな。


 だが俺をかき(いだ)いた青年は大人の羞恥心など気づきもせずに、ひたと深紫の闇を睨んでる。鋭い眼だ。


 ――ライムとして、フォルテの王子に感謝を込めて戦いの場に立っていたのだがな。


 この青年は、一方的な心寄せを純粋な心の強さに変える力があるようだった。

 周囲を見やると薄暗い中にも大穴の向こうにある空は青かった。鳥が飛んで大穴を横切っている。

 クロック・ストップが閑かに(ほど)け、ここでも世界が動き出そうとしていた。



 あとがき


 応援ありがとうございます。


 さて、この章は失ってばかりの人たちだらけでしたが、唯一失ってなかったサドンさんも呪いを受けて健康を失ってしまいました。他の王剣も王杖も自分の好きな事をしてるのに、働き者のサドンさんは一生懸命なばかりに貧乏くじを引きました。


 話は変わりますが、近頃、以前より家族と昔のことを話したり聞いたりすることが多くなりました。

 その中でのことですが、当方の母は家庭科の教師をしており、既に鬼籍に入っているのですが、父から生前にその母が「えいようのうた」の歌詞を替え歌で作ったという話を聞かされました。びっくりしました。

 母は子育てをしながら、子供達にいかにして栄養のことを伝えるかと、夜な夜な机に向かって一生懸命頭を捻っていたそうです。そして地区の教師で集まるちいさな研究会でそれを発表しました。するとその会合に参加してたどなたかがまた別の場でそれを発表し、そんなことが積み重なって「えいようのうた」は広がっていったそうです。

 母は私の研究取られちゃったと笑って言ってたとか何とか。

 束の間ですがそんな大らかな時代の空気感にあてられ、自分もその歌を歌っていたことを思い出し、母はどんな気持ちだったのだろうなどと思いました。


 というわけで、なってしまった物は仕方ない。

 自分のコントロール下に置けない物をあれこれしようとも思わない。


 大らかに進んでいきます。


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